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徳島地方裁判所 平成17年(ワ)117号 判決 2006年12月20日

徳島県<以下省略>

原告

訴訟代理人弁護士

島尾大次

中田祐児

東京都千代田区<以下省略>

被告

株式会社オリエントコーポレーション

代表者代表取締役

訴訟代理人弁護士

主文

1  被告は,原告に対し,349万9609円及びこれに対する平成14年11月19日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

2  被告は,原告に対し6万円及びこれに対する平成17年4月8日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

3  原告のその余の請求を棄却する。

4  訴訟費用は,これを5分し,その4を原告の負担とし,その余を被告の負担とする。

5  この判決は,第1,2,4項に限り,仮に執行することができる。

事実及び理由

第1請求

1  被告は,原告に対し,1599万8958円及び内金1591万6093円に対する平成14年11月19日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。

2  被告は,原告に対し,55万円及びこれに対する平成17年4月8日(訴状送達の日)から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

第2事案の概要

本件は,被告との間で金銭消費貸借契約を締結し,継続的に被告と取引を行ってきた原告が,①既に被告に支払った金員につき,利息制限法所定の制限利率による引き直し計算をすると過払いとなるとして,不当利得返還請求をするとともに,②被告が取引履歴開示義務に違反して原告との取引履歴の開示を拒否したとして債務不履行又は不法行為に基づく損害賠償請求として,被告に慰謝料の支払を請求した事案である。

1  当事者間に争いのない事実

(1)  被告は,東京都に本店を置き,全国で貸金業を営む業者である。

原告は,被告との間で金銭消費貸借契約を締結していた者である。

(2)  原告代理人らは,平成14年12月,原告の被告との間の金銭消費貸借契約につき,原告から債務整理の依頼を受け,同月19日,被告に対し,受任通知を送付して,債務額調査票,契約書,帳簿,取引経過を示す書類等の写しの送付を求めた。

被告は,原告代理人らからの上記取引履歴の開示要求に対し,平成5年3月13日以降の取引履歴を開示したのみで,それより前の取引履歴を開示しなかった。

2  争点及び当事者の主張

本件の主たる争点は,(1)過払金返還請求権の有無等,(2)取引履歴開示義務違反による慰謝料等請求権の存否であり,これらの争点についての当事者の主張は次のとおりである。

(1)  争点(1)(過払金返還請求権の有無等)

(原告の主張)

ア 原告は,平成2年ころ,被告との間で金銭消費貸借契約を締結し,以後,継続的に被告と取引を行い,被告の指示するとおりに元利金を弁済し続けてきた(以下「本件取引」という。)。

原告が弁済した金員につき,利息制限法所定の制限利率により引き直し計算をすると,別紙2のとおり1599万8958円(平成14年11月18日時点での元金1591万6093円及び経過利息8万2865円の合計額)となる。本件取引は,借入ごとに個別の消費貸借契約が成立するのではなく,全体として一個の消費貸借契約と扱われるべきである。

イ 被告の継続契約入金履歴明細表(乙3)及びこれに基づく別紙4の1,2の推計計算は信用することができない。

別紙5(B),(C)の入金は,貸金契約についてのものではないとはいえない。

ウ 原告は,被告が取引履歴を開示しない平成2年4月27日から平成5年3月12日までの期間の本件取引については,弁済を主張,立証すれば足り,借入を主張,立証する必要はない。被告が上記期間における貸付を主張立証しない限り,上記の期間における貸付の事実は認められず,別紙2のとおり,貸付残高が存在しないものとして,不当利得返還請求が認められると解すべきである。

徳島地方裁判所は,平成18年8月10日付け決定により,平成5年3月13日より前の取引履歴の開示を命じ,同決定は確定したものの,被告は上記取引履歴を開示しない。被告が上記文書提出命令に従わなかった効果として,本件取引経過が別紙2のとおりであるとの原告の主張が真実であると認められるべきである。

エ 被告は,悪意の受益者として,上記不当利得金に商事法定利率である年6分の利息を付して返還すべき義務がある(民法704条)。

(被告の主張)

ア 原告と被告との取引は,現在まで次の3件がある。

(ア) 完済分(別紙3の1)

弁済金を利息制限法所定の制限利率により引き直し計算をすると,別紙3の1のとおり,58万0605円の過払金がある。

(イ) 未完済分(別紙3の2)

弁済金を利息制限法所定の制限利率により引き直し計算をすると,別紙3の2のとおり,35万8890円の残債務がある。

(ウ) 未完済分(別紙3の3)

弁済金を利息制限法所定の制限利率により引き直し計算をすると,別紙3の3のとおり,103万5691円の残債務がある。

本件訴訟が提起された平成17年4月5日より10年以前の本件取引に基づく不当利得返還請求権があったとしても,時効により消滅したので,本件訴訟において時効を援用する。

仮に,原告が,ア(ア)の金額を超える不当利得返還請求権を有しているとしても,被告は,ア(イ),(ウ)のとおり,未払の貸付金債権を有しているから,対当額で相殺する。

イ 本件契約に関して被告が保持する継続契約入金履歴明細表(乙3)により平成5年3月13日より前の取引履歴を推計して利息制限法所定の制限利率により引き直し計算をすると,別紙4の1(一連方式によるもの。過払金残金102万2783円)又は別紙4の2(個別連番方式によるもの。過払金残金59万9651円)のとおりとなる。

原告の主張する入金のうち,別紙5(B),(C)の入金は,貸金契約についてのものではなく,別件の立替払契約分の返済金であると思われるから,過払金の計算に含めるべきではない。

ウ 本件訴えは不当利得返還請求であるから,原告に,貸金額についての主張,立証責任がある。原告の主張は立証責任の原則を無視するものである。

エ 不当利得返還請求権は,法律の規定によって生ずる債権であり,商行為によって生じた債権に準ずるものと解することもできないから,民事上の一般債権として,利率は民法所定の年5分と解すべきである。

最高裁判所は,不当利得返還請求権の消滅時効の期間について,この旨を判示している(最高裁判所第一小法廷昭和55年1月24日判決・民集34巻1号61頁参照)。

(2)  争点(2)(取引履歴開示義務違反による慰謝料等請求権の存否)

(原告の主張)

ア 貸金業者は,債務者から取引履歴の開示を求められた場合には,特段の事情のない限り,金銭消費貸借契約の付随義務として,信義則上,取引履歴を開示する義務を負う。

被告の前記の取引履歴不開示は,上記義務に違反するものであり,債務不履行又は不法行為を構成する。

イ 被告の取引履歴開示義務違反による慰謝料の金額は50万円を下らない。また,被告は,弁護士費用相当額として5万円を賠償すべきである。

(被告の主張)

被告においては,顧客のデータをコンピュータ処理しており,10年以前の履歴はコンピュータからデータが自動的に消去されるシステムになっている。平成5年3月13日より前の取引履歴については,消去されて存在しないため開示することができなかったものである。

被告は,存在している取引履歴をあえて開示しなかったのではなく,10年以前の取引履歴が存在しなかったために開示することができなかったものであるから,不開示につき損害賠償責任を負わない。

第3争点に対する判断

1  争点(1)(過払金返還請求権の有無等)

(1)  証拠(乙2)及び弁論の全趣旨によれば,原告と被告とは,遅くとも平成2年ころにはカード基本契約を締結し,原告は,同契約に基づき被告からの借入及びその返済を繰り返していたことが認められる。

原告は,取引履歴が開示された平成5年3月13日以降の本件取引の取引履歴は,別紙2の番号88ないし450の各借入金額及び弁済額欄記載のとおりであると主張する。しかしながら,証拠(甲2の1ないし3,乙3)及び弁論の全趣旨によれば,別紙2の番号88ないし450のうち,番号89,92,94,96,99,101,103,106,108,110,115,117,121,124,127,130,132,136,139,141,144,146,152,188については,被告から開示された取引履歴(別紙3の1ないし3)にも,継続契約入金履歴明細表にも記載がなく,他に本件取引に基づくものであることを認めるに足る証拠がない。

また,証拠(甲2の1ないし3,乙3)によれば,別紙2の番号189の弁済額は「110,710」,番号347の借入金額は「60,000」,番号363の弁済額は「175,464」であることが認められる。

(2)  原告は,被告が文書提出命令を受けたにもかかわらず,平成5年3月13日より前の取引履歴を示す文書を提出しない結果,上記の期間については,被告による貸付の主張,立証がないのであるから,別紙2の番号1ないし87記載のとおり,貸付残高がないものとして計算すべきである,と主張する。

別紙2の番号1ないし15の入金については,被告から推計計算が不能であるとして貸付金額の主張,立証がないから,貸付残高がないものとして計算するほかはない。

しかしながら,別紙2の番号16ないし87の期間の弁済額について,被告は,別紙4の1の番号1ないし47のとおり貸付金額を推計しており,証拠(乙3,6)によれば,上記貸付額の推計は,合理的なものと認められる。また,証拠(乙6,7)によれば,別紙2の番号22,25,27,29,30,32ないし34,36ないし41,43,44,46,47,49,50,52,53,55,56,59,60,62,64,66,68,70,72,74,76,78,79,81,84,86の弁済額については,毎月の弁済額が100円ないし10円単位となっていることや,その後の取引経過などに照らし,立替払契約に基づくものである可能性が高く,他に,これが貸付金に対する弁済であることを認めるに足る証拠はないから,上記入金額は,利息制限法に基づく引き直し計算の対象から除外されるべきであると認める。

そうである以上,上記推計計算の期間の取引履歴は,別紙4の1の番号1ないし47の新規貸付額欄及び入金額欄記載のとおり(ただし,別紙4の1の番号17の金額は「99,796」,番号34の金額は「150,194」が正しいものと認められる。)と認めるのが相当である。

(3)  原被告間の上記取引は,前記(1)のカード基本契約に基づくものであることや取引の経過等にかんがみると,全体として一個の消費貸借契約と認めるのが相当であり,これを前提に前記(2)で認定した取引履歴を利息制限法所定の制限利率に引き直して計算すると,別紙1のとおり平成14年11月18日の時点で349万9609円となる。

(4)  本件において,被告からいわゆるみなし弁済の主張,立証がないこと等にかんがみると,被告は,悪意の受益者として,上記不当利得金に利息を付して返還すべきである。

原告は,上記利息の利率は商事法定利率である年6分と解すべきである,と主張する。しかしながら,不当利得返還請求権は商行為に属する法律行為から生じたものではなく,法律の規定によって発生する債権であるから(最高裁昭和55年1月24日第一小法廷判決・民集34巻1号61頁参照),商法514条の適用はなく,民事上の一般債権として,その利率は民法所定の年5分と解するのが相当である。原告の上記主張は採用することができない。

(5)  被告は,本件訴えが提起された平成17年4月5日より10年以前の本件取引に基づく不当利得返還請求権が時効により消滅したと主張する。しかしながら,前記のとおり,本件取引にかかる貸付は全体として一個の消費貸借契約とみるべきであることから,その消滅時効の起算点は,最終の貸付日である平成14年11月18日であると解するのが相当である。そうである以上,本件取引に基づく不当利得返還請求権については,本件訴え提起時において10年の消滅時効期間が経過していたものとは認められない。

被告の上記主張は採用することができない。

2  争点(2)(取引履歴開示義務違反による慰謝料等請求権の存否)

(1)  貸金業者は,債務者から取引履歴の開示を求められた場合には,その開示要求が濫用にわたると認められるなど特段の事情がない限り,貸金業法の適用を受ける金銭消費貸借契約の付随義務として,信義則上,保存している業務帳簿(保存期間を経過して保存しているものも含む。)に基づいて取引履歴を開示すべき義務を負うものと解すべきであり,貸金業者がこの義務に違反して取引履歴の開示を拒絶したときは,その行為は違法性を有し,不法行為を構成するものというべきである(最高裁判所第三小法廷平成17年7月19日判決・民集59巻6号1783頁参照)。

(2)  被告が,本件訴え提起前に原告訴訟代理人から取引履歴の開示を求められながら,平成5年3月13日より前の取引履歴を開示しなかったことは,当事者間に争いがない。

被告は,10年以前の取引履歴はコンピュータから自動的に消去されるシステムになっているため,上記の期間の取引履歴を開示することができなかったものであり,存在している取引履歴をあえて開示しなかったものではない,と主張する。しかしながら,被告提出の乙第2号証によっては,被告が上記の消去システムを採っていることを認めるには足りない。そうである以上,被告は取引履歴の開示義務違反による不法行為責任を免れないというべきである。

(3)  前記認定によれば,被告は,不開示にかかる取引にかかる入金額について,一定の合理性を有すると認められる推計計算を提出していること,このため不開示にかかる期間は,比較的短期間にとどまっていること等を考慮するならば,不開示による慰謝料額は5万円であると解するのが相当である。上記慰謝料の額に照らすならば,弁護士費用は1万円が相当である。

第4結論

以上によれば,原告の請求は,主文1,2項記載の限度で理由があるから認容し,その余は理由がないからこれを棄却することとし,訴訟費用の負担につき民事訴訟法61条,64条本文を,仮執行の宣言につき同法259条1項を,それぞれ適用して,主文のとおり判決する。

(裁判官 阿部正幸)

<以下省略>

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