徳島地方裁判所 平成18年(む)497号 決定 2006年11月14日
主文
本件裁定請求を棄却する。
理由
弁護人の請求の趣旨及び理由は平成18年11月6日付証拠開示に関する裁定請求書及び平成18年11月9日付意見書記載の通りであるからこれを引用するが,その主張は要旨本件弁護側請求証拠である,証人予定者の供述する犯人像に酷似した人物の写った写真及びDVDが捜査機関のみの立ち会いの下で証人予定者に示されると捜査機関の暗示や誘導によって証人予定者の記憶が汚染されるおそれがあるから同証拠については証人予定者の尋問実施前には捜査機関が同人に対してこれを閲覧させたり,その内容について言及しないことを開示の条件とすべきであるというものである。
そこで検討するに,一般的普遍的に弁護人主張のような記憶の汚染がなされるおそれがあると認めるべき事情はなく,また捜査機関がこれに及ぶと認めるに足る事情もないのであり,むしろ証人予定者の記憶の汚染という点から見れば,既に証人予定者が捜査段階で被告人を犯人と特定する供述をしている以上,今般本件各証拠を証人予定者に示したとしても改めて暗示等の問題は生じるとは考えがたく,他方本件証拠の開示がなされなくともその記憶の汚染や強化は十分可能である。したがって弁護人主張の弊害の存在を本件において具体的に伺わせる事情はなく,仮にその弊害が存したとしても本件開示によるものとは認められない。
また,本来証拠開示に関連して,開示によって生じるおそれのある弊害を考慮する趣旨は,刑事訴訟法の改正によって証拠開示の対象が拡大するのに伴い,従前開示されなかった証拠の内容などが開示されることにより,証人威迫,罪証隠滅,関係者の名誉・プライバシーの侵害などがなされることを懸念し,これを防止するというものであり,その判断手続きである刑事訴訟法316条の25第1項にかかる裁定請求手続においても,上記のような事情の有無,程度を審理することが予定されているにとどまるものであるからこそ,決定手続ではあるものの,その審理にあたっては裁判所はその当該請求にかかる証拠の提示を求めうると限定的に定められているのみであり(同法316条の27第1項),他方予断排除の観点からその余の請求証拠やその他の事実の取調べは自ずと制約されているとみるべきであって,同手続においては,提示にかかる証拠の内容と公判前整理手続で提出された各当事者の主張や証拠請求の内容から裁定請求の適否を判断せざるをえないと解される。そうすると,同手続で判断すべき証拠開示によって生じるおそれのある弊害の内容及び程度とは,上記資料のみによって判断しうるものに止まるというほかない。しかるに弁護人主張にかかる弊害は,そもそも上記資料から判断しうるものとは言い難く,公判前整理手続において証拠開示に関連して考慮すべき弊害に該当しないものと考える。
そしてその他に開示にかかる弊害は認められない。
他方,本件が約5か月前の事件であり,証人の目撃供述の信用性が争点となる事案であることからすれば,証人の供述を求める際に記憶喚起を図るとともに記憶に誤謬がないか確認することは立証責任を負う検察官の訴訟準備としては必要であり,これを妨げる理由はない。
よって本件裁定請求は理由がないからこれを棄却することとし,主文のとおり裁判する。
(裁判官 杉村鎮右)