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徳島地方裁判所 平成18年(む)514号 決定 2006年11月24日

主文

本件裁定の申立てをいずれも棄却する。

理由

第1申立ての概要

弁護人の請求の趣旨及び理由は平成18年11月21日付証拠開示命令請求書のとおりであるからこれを引用するが,その主張は要旨同月6日に検察官に対して主張関連証拠として開示を求めたが同月20日に不開示とされたもののうち,本請求書記載の証拠については徳島県迷惑行為防止条例違反被告事件について公訴事実の前後の被告人の所在及び動向等を明らかにするもので,予定主張記載書面記載のアリバイ主張と関連するから本件と関連し,同請求書記載の証拠については,本件各公訴事実にかかる捜査経過を明らかにするもので,予定主張記載書面記載の被告人の供述の信用性にかかる事実と関連するから本件と関連し,いずれも被告人の防御の準備のために必要性が高いから開示すべきというものである。

第2本請求書記載の証拠について

弁護人の予定主張記載書面によれば,弁護人は徳島県迷惑行為防止条例違反の事実についてはアリバイを主張するとするものの,その内容は公訴事実より約1時間前に犯行現場から約4km弱離れたパチンコ店にいたことと,その後犯行現場から約1km離れたスーパーに立ち寄って,犯行現場至近の自宅に帰宅したことと,犯行時間帯ころに被告人がその長女に対して携帯電話で架電したことのみであり(なお,上記の距離はいずれも主張がなされておらず,裁判所が独自に道路地図などをもって調査した概算であり,かかる事態は本来望ましくなく,本来はアリバイ主張に際して調査して主張すべきものであることは銘記されたい。),いずれもその事実が全て認められたとしても本件犯行は可能であり,相対立する主張とは言い難く,つまるところは弁護人の主張は被告人が本件犯行を行っていないというに尽き,これに重ねて何らかの立証命題を提示したものとは認めがたく,弁護人作成の平成18年11月14日付回答書の内容を合わせ考えたとしてもアリバイの主張と評価することは困難であり,同主張はアリバイ主張としての主張明示義務を満たしたものとはいえず,検察官には本主張による被告人証拠開示義務はないといわざるをえない。この点弁護人は,主張関連証拠の開示を受けなければ証明予定事実の具体化は不可能を強いると主張し,現にこれまでの主張予定事実はいずれも開示証拠から認められる事実の羅列に過ぎず,それ以上の被告人の記憶に基づく具体的な事実の主張はなされていない。しかし,証拠により証明しようとする事実は被告人の供述によって証明しようとする事実も含まれるのであり,それ以外の証拠によって認められる事実には限られないから弁護人の主張は失当である。被告人が逮捕されたのは本件後約20日後であるが,被告人は捜査段階から弁護人を選任し,今日まで打合せを重ねてきているのであり,記憶喚起には十分な期間があったと言うべきであり,さらに記憶があればこそ被告人がアリバイを主張するのであろうから,細かい時間まではともかく,移動手段等について何らかの具体的事実の主張がなされてしかるべきであり,なお検察官手持ち証拠の開示を受けなければ自らの行動を明らかにできないという主張は理由がないばかりか,開示証拠と矛盾しない弁解を構成してから主張するとの意図も疑われ,もはや記憶の喚起の範疇を越えるものであって到底容認できない。また,確かに弁護人主張のように主張関連証拠開示の後に主張の追加,変更が可能とされているが(法316条の22),これはあくまで前記主張明示義務を果たした上での追加,変更を予定しているに過ぎず,むしろ法改正にあたって全面証拠開示が認められなかった以上,抽象的にアリバイ主張のみをして,主張関連証拠として概括的広範に証拠開示を求め,開示証拠を元に主張を構成するがごときは全面的証拠開示を求めるのと何ら変わるところがないものであって法の容認するところではなく,当初の主張明示段階でできうる限り具体的な主張をなすことは公判前整理手続での迅速な争点整理に必要不可欠であることは変わりないから,同条が主張関連証拠の開示後に具体的な主張をすることを容認する趣旨でないことは明白で,上記判断を左右するものではない。

第3本請求書記載の証拠について

弁護人の予定主張記載書面によれば,弁護人は,被告人が捜査段階から一貫して容疑を否認していることを主張する予定であるとする。しかし,被告人が捜査段階から容疑を否認していることは特に争いがなく,検察官による被告人の自白調書の証拠請求がないことからしても容易に立証がなされることが想定できるのであり,さらに重ねて同証拠の開示によって立証すべき具体的事実の主張はなされておらず,同証拠を開示する必要性は認められない。なお,具体的な証明予定事実や必要性についての主張なしに証拠開示を認め得ないことは先に述べたとおりである。

第4結論

よって本件裁定の申立てには理由がないからこれを棄却することとし,刑事訴訟法316条の26第1項により主文のとおり決定する。

なお付言するに,本件が公判前整理手続に付され,公訴提起より4か月を経過してなお第1回公判期日の開催に至らない点については,本件が多数の証拠開示やこれに付随する裁定の申立てなどを経ている点から一概には不相当とは言い難く,その経過についても,当裁判所は検察官において殊更に手続を遅延させているとは考えていない。もちろん,開示証拠の謄写や決裁などで構造的に日数を要する点は当裁判所も遺憾であり(本申立てが検察官の不開示決定に対するものであるにも関わらず,本申立てに対する意見書も申立てから3日経過した本日をもってなお提出されていない。),以後改善を検討されるべき事項であると考えるが(近日開催予定の第1審強化方策徳島地方協議会にも協議題として提出済みである。),過渡期である現時点では制度上やむを得ない期間的コストであると考える。そして他方で公判前整理手続に付したことで通常の公判手続による以上の証拠開示を受けられるなどの攻撃防御上の利点が被告人,弁護側には存するのであり(そうであればこそ弁護人においても法定刑も全て考慮の上で本件を公判前整理手続に付することを強く希望したのであろう。),そのために必要な期間は当然法も予定していること,さらには公判前整理手続が裁判員制度導入を前提に,公判の充実集中のために導入されたものであることなどからすれば,通常の公判に付するよりも期間がかかっている点のみをもって不相当と断じることはできない。さらに検察官の不開示決定や裁定申立てにかかる意見書については特段殊更に手続を遅延させる目的のものとは認めがたく,むしろ開示の適否の判断の基礎となる弁護人の開示請求や主張予定記載書面の内容が広範かつ抽象的であることからすれば,相手方当事者の対応としてはやむを得ないものと考えている。現実に類型証拠開示では,裁判所が公判前整理手続において釈明を重ね,弁護人主張を善解し,開示証拠の範囲を絞り込むことで検察官に検討を促し,結果検察官は任意の開示に応じているのであり,弁護人請求を裁判所が容認して任意の開示に至ったのではないことは銘記されたい点である。したがって,検察官の訴訟活動が万全なるものではないことは当裁判所も認めるところではあるが,さりとて本手続の現状の責任が全て検察官にあるがごとく一方的に非難する弁護人の主張は看過できない。弁護人に対しては上記類型証拠開示の際に主張が抽象的で,具体的な証拠関係との関連が不明確であるなどとして具体性に欠けることは指摘済みであり,さらに主張予定記載書面についてもより具体化が可能である点も指摘の上で主張の補充を検討されたい旨求めたにもかかわらず,全くこれに応じないまま本裁定申立てに至ったものであり,これに対して検察官が主張関連証拠開示請求について不開示とした点はやむを得ないものというほかない。少なくとも当裁判所としては,両当事者のこれまでの努力には敬意を表するものであるが,他方で省みるべき点も両当事者,そして裁判所にもそれぞれ認められると思えるところである。しかるにそれを置いて他方当事者を一方的に論難するがごときは,たとえ対立当事者間であっても手続進行にかかる基本的信頼関係をも損なう行為であって,一般的にも害多くして何ら益はなく,まして裁判所が証拠関係を全く見ることが無く,進行において当事者のイニシアティブが大きくなる公判前整理手続においてはその弊害はさらに大きいのであって,本件においては以後差し控えられたいと考えていることを付言する次第である。

(裁判官 杉村鎮右)

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