徳島地方裁判所 平成20年(ワ)548号 判決 2011年7月20日
主文
1 原告らの請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告らの負担とする。
事実及び理由
第1請求
被告は、原告らに対し、各22万円及びこれに対する平成20年10月8日(訴状送達の日の翌日)から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2事案の概要
本件は、原告らが公害調停の申請をした際の徳島県公害紛争調停委員会の対応が不法行為に該当するとして、被告徳島県に対し慰謝料等の損害賠償を求める事案である。
1 前提事実(争いがないか、証拠(甲1、4~7、11~13、18、乙9、10、16ないし18、21)及び弁論の全趣旨により容易に認定できる。)
(1) 徳島県公害紛争調停委員会(以下「委員会」という。)は、被告徳島県の機関であり、知事から指名された3名の調停委員で構成される。また、委員会事務局職員は県職員である。
(2) 原告ら7名を含む468人(以下「申請人ら」という。)は、平成19年11月8日、委員会に対し、18の法人と個人(以下、併せて「被申請人ら」という。)を相手方とする公害調停の申請をした(徳島県平成19年(調)第1号事件 以下「本件調停」という。)。
本件調停の申立書によれば、申請人らは、a川流域の住民であり、被申請人らは、徳島市上八万町西山所在の産業廃棄物最終処分場(以下「本件処分場」という。)において無許可で産業廃棄物の処分を業として行ったとして有罪判決を受けたb社の実質上の経営者、本件処分場に残土処理と称して産業廃棄物を投棄した会社及びその代表者、b社への委託者で本件処分場に搬入された産業廃棄物の排出業者であるとし、調停を求める事項の要旨は、被申請人らに、共同して、本件処分場においてボーリングを行い、有害化学物質による汚染について調査し、調査結果に基づいて、本件処分場に存在する許可されたもの以外の産業廃棄物を撤去することを求めるというものであった。
(3) 委員会は、平成19年12月26日に委員会を開催し、同月27日ころ、被申請人らに対し、平成20年1月21日(以下、月日だけを記載する場合は平成20年である。)を提出期限として、申請に対する意見書の提出を求める通知をした。
これに対し、同年2月中旬までに、被申請人らのうち17名が意見書を提出した(うち3名は代理人弁護士名)。提出された各意見書の内容は、いずれも本件調停に応じられないとする趣旨のものであった。
(4) 申請人らは、進行についての意見書等を提出する中で3度にわたり(1月15日付、2月8日付及び同月27日付の各書面)、被申請人らの答弁書の送付を求めたが、委員会は、2月29日付書面で、被申請人らの意見書は本件調停に対する被申請人らの意思確認として任意で提出を求めたものであり、内容について個人情報を含んでいることから、これをそのまま送付することは極めて不適当であると判断した旨回答した。
(5) 委員会は、1月29日、2月19日、3月14日に委員会を開催して協議した後、3月18日に、4月11日を第1回調停期日として、双方当事者を呼び出した。
(6) 4月11日の第1回調停期日には、被申請人らは全員出席しなかった。申請人らは、調停打切りには納得できない、との意見を述べたが、委員会は、当事者間に合意が成立する見込みがないとして、本件調停を打ち切った。
2 原告らの主張
(1) 公害紛争処理法(以下、単に「法」というときは同法を指す。)は、昭和40年代の4大公害訴訟や公害被害の悲惨な状況から、行政上放置することができない公害紛争の現状とその特殊性及び司法手続によって迅速に救済を受けることが容易ではない実情に鑑みて制定されたものであり、同法で設けられた公害調停は、互譲の精神に基づき迅速で低廉な費用で紛争の解決を図る制度である。
(2) 特に、本件調停は、徳島県における公害調停の第1号事案であり、また、次のとおり、廃棄物の処理及び清掃に関する法律(以下「廃棄物処理法」という。)違反で有罪判決がされた不法投棄事件について、徳島県がその後も原状回復措置等を行わなかった行政怠慢事件であり、さらに、a川の流域全体に影響のある広範囲な公害環境被害の事件である。
ア 徳島市上八万町のc団地に隣接した場所に昭和57年に建設廃材の埋立のための安定型処分場(本件処分場)が設置された。本件処分場は、本来、安定型5品目(廃プラスチック類、金属くず、ガラス陶磁器くず、ゴムくず、がれき類)だけを埋めることのできる処分場であるが、実際には、安定型5品目とはまるで違うものが埋められていた。
イ 被申請人らのうちAは、b社の取締役ないし代表取締役として平成4年と平成7年の2回有罪判決を受けたが、徳島県は、何の措置も取らずに放置し、不法投棄の黙認を続け、同人名で平成17年8月に知事に提出された埋立処分終了届出は、県環境整備課職員が内容・数量について虚偽の記載をした上で署名させ、責任隠しをしようとするものであった。
ウ 申請人らは、a川流域環境保全の会を結成し、平成18年10月にはトレンチ調査、平成19年2月にはボーリング調査を行い、その結果、安定型5品目とはまるで違うものが多数確認され、また、処分場に続く沢の水と底土を検査した結果、水からは環境ホルモン、泥からは重金属、鉛、水銀、銅が検出された。本件処分場は、標高39メートルであるのに、現在は標高50メートルまで埋め立てられ、この廃棄物層には、紙類・木片・焼却灰など届出種類とは異なる管理型廃棄物が大量に埋め立てられ、焼却灰はダイオキシン類だけでなく水銀・鉛等の含有量も高く、環境ホルモンや発ガン性化学物質等の流出も危惧され、周辺の生活環境保全上の支障のおそれが十分考えられる案件である。
エ 廃棄物処理法は、廃棄物の適正な処理により、生活環境保全上の支障のおそれを除去し、もって、生活環境保全を図ることを目的とする法律であるが、生活環境保全上の支障のおそれの有無を調査するのは行政の監視義務であるのに、徳島県はこれを怠ってきた。徳島県がしたとする調査では環境保全上の支障はないとされているが、土壌調査は、原告らのトレンチ調査で出てきた一塊の土を持ち帰って調べただけであり、原告らが求めても県は違法埋立物を持ち帰らなかった。水質調査等についても、本件処分場内の水質を調べていないし、サンプル採取に当たって住民の立会もなく、安全宣言のための恣意的な検査をした疑いも払拭できないものである。
オ 原告らによる調査は、本件処分場のごく一部について危険性の端緒を見つけただけであるので、広く全体を調査し、危険だと分かれば直ちに取りのけて欲しいと考え、原告らは、会の結成前後を通じて、県に対し、考えられるあらゆる手段を使って、要請、陳情、交渉等を続けてきたが、超過分の廃棄物を撤去する措置命令の要請、本件処分場の調査の要請に対しても回答は得られず、公開質問状を出しても無視されることもあった。県は調査に応じようとせず、申請人らが、もうこれ以上調査費用を捻出するのは限界があり、公害調停委員会による調査あるいは不法投棄を行った排出事業者の費用負担による調査が不可欠であるため、もう他に方法がないということで本件調停を申し立てたものである。
(3) 本件調停における委員会及びその事務方職員の対応には、次のような違法がある。
ア 被申請人らの呼出に関する違法行為
調停への呼出に際しては、被申請人らの出頭を確保するため、不出頭の場合の過料の制裁を記した呼出状を発すべきであり、本件で、出頭するか、しないかは、被申請人の自由であるとする呼出をしたことは、被申請人らの出席確保をして調停期日を効果的にすすめようとする誠実義務の放棄であり、職務怠慢・任務懈怠の違法がある。
法32条は、被申請人の出頭確保のための出頭要求の規定を設け、法55条1号は正当な理由のない不出頭の場合には1万円以下の過料に処せられるとしているのであるから、その旨を記載した出頭要求書を送付すべきである。被申請人の不出頭が調停制度に対する無理解に基づく場合には、この制度の性質・効果等を十分に説明したうえで調停の場で紛争を解決しようという気持ちになるよう説得すべき責務があり、出頭命令を出すことなく、合意が成立する見込みがないとして調停を打ち切ることは、不出頭を容認することになるから許されない。
イ 被申請人らとの接触に関する違法行為
第1回調停期日前に、被申請人らと目的及び手段において公平を欠く接触をし、被申請人の出頭は自由であるとする説明をした。また、元県幹部に不適切な情報提供をし、出頭しない談合を生じさせた。被申請人のd社の代表取締役Bは、徳島県の元幹部職員であるが、平成20年1月下旬ころ、意見書を出していない被申請人が1社でe社であることを知っていた。これは、徳島県の現職職員が、元幹部職員であるBに漏らしてはいけない情報を漏らしたとしか考えられない。
さらに、接触の概要を申請人らに知らせるべきであるのに、知らせなかった。これらは、委員会事務局と元県幹部職員との共同作業による公害調停つぶしである。
ウ 意見書の写しの交付に関する違法行為
申請人らが、第1回調停期日前あるいは同期日当日に、被申請人らの答弁書(意見書)の写しの交付を求めたにもかかわらず、これに応じなかった。第1回調停期日においても、委員会から、被申請人らに意向聴取したところ、調停に応じる意思がない、中には委員会事務局に抗議してきた方もいたということは聞いたが、それ以上の具体的説明はなかった。
公害紛争処理法施行令7条は、住所・氏名の個人情報を含めて申請書の写しを被申請人に交付することが規定されており、被申請人の意見書について個人情報を含むから交付しないという理由は成り立たない。また、同令6条が申請の変更を認めているのも、被申請人の意見を見ることが想定されている。
調停は、当事者間の話し合いにより、双方の互譲に基づく合意によって公害紛争の解決を図る制度であるから、当事者は相互に相手方の意向を正確に理解することが不可欠であり、正確な意思疎通の手段として、申請人らは申立書を提出し、被申請人らは申立書を見た上で意見書(答弁書)を作成する。意見書は申請人らに見られることを前提に作成されるものであり、当事者が特に非開示を求めたり、その内容がプライバシーにわたるといった特別の事情のない限り、申請人らに意見書を開示するか、少なくともその要旨を的確に告知する義務がある。
意見書の提出を求める書面のひな型(乙9)でも、申請人に開示されることがありうることが告知されているし、意見書の書式や記入例からみても、プライバシーに関わる事情を記載しなければならない事情はなく、被申請人らから提出された意見書には、プライバシーに関する記載はないか、あったとしてもごく一部であると考えられ、仮にプライバシーに関する事項が記載されていれば、その部分を黒塗りにして開示すれば足りる。それをしなかったのは、プライバシー侵害の問題はないのに、調停に出席したくないという被申請人らの意を迎えて開示しなかったと考えられ、公平中立であるべき調停委員の裁量権を逸脱した著しく不公平な措置である。
エ 調停の打ち切りに関する違法行為
法36条が調停を打ち切ることができるとする「当事者間に合意が成立する見込みがないと認めるとき」は不確定概念ではあるが、通常人の経験則及び社会通念にしたがって客観的に認定されうるものであり、委員会に無原則な裁量が認められるものではない。委員会が、公害紛争処理法の解釈を誤り、被申請人とされた公害企業には出頭義務、調停手続応諾義務はないものと解釈運用し、被申請人らが調停期日に欠席したこと等を理由に調停を打ち切ったことは裁量権を逸脱濫用した違法な対応である。
第1回調停期日に被申請人らが全員出頭しないという異常事態は、前記のとおり、委員会が、公害紛争処理法の解釈を誤った結果であり、不出頭の帰責事由は委員会にある。
また、委員会は、被申請人らの意見書で「申請人との調停に応じません」との回答があったことをもって調停が成立する余地がないと判断したが、これも解釈運用を誤った不当な対応である。まず、調停に応じない、とする趣旨が、調停申請の内容に応じないという意味であれば、逆に当初から調停申請の内容に応じるのであれば、調停を進める意味はなく、「申請人との調停に応じません」との文言は、訴訟における答弁書で請求棄却の判決を求める決まり文句に該当するものであり、そのような文書が提出されたからといって「合意が成立する見込みがない」と判断するとすれば、調停者が積極的に両当事者の合意形成に介入し、紛争解決を図る公害調停制度の趣旨を理解しない不当な態度である。
また、仮に、調停手続に応じないという意味であるとすれば、手続に応じるか否かの二者択一を求めること自体が不当である。被申請人とされた公害企業は、調停に応じない、との意見表明をするだけで何の不利益も受けず、調停を打ち切りとする措置が正当化されるとすれば、公害紛争処理法が死文化してしまうおそれがある。いずれにせよ、委員会には、真摯に調停を進めようという意思が認められない。
さらに、本件調停の打ち切り後、被申請人ら18名に対して、直接、調停に応じる意思があるか否かを文書で尋ねたところ、1社は「条件次第で話し合いをするつもりがある」旨回答した。これは、申請の趣旨には応じないと回答した場合であっても、直ちに話し合いを拒否するものではないことを示すものである。
仮に、一般論として、調停打切が原則的に委員会の裁量に委ねられるとしても、本件では、本件事案の性質、公害調停申立てに至る経緯や、被申請人らの中には調停に応じる意向の業者もいたことなど、委員会が裁量権を逸脱濫用したとみるべき事情がある。
被告が引用する解説書は、今日の公害紛争処理法に基づく解釈・運用の指針としては、妥当性を欠くものである。司法制度改革審議会の意見書でも、民事司法制度改革の中で「裁判外の紛争解決手段(ADR)の拡充・活性化」が挙げられ、公害調停はADRの代表格であり、公害等調整委員会事務局作成の制度案内(甲50)でも、調停は「あっせんと類似しているが、調停委員会が積極的に当事者に介入し、手続をリードする点が異なる」とされている。したがって、双方当事者の話し合いによる合意形成のため、出頭しない被申請人に対しては、意向調査、出頭勧告、企業訪問をして出席を確保するのは当然のことであり、それでも任意の出席が確保できない場合には、出頭命令を発して出席を確保し、調停の場における話し合いの機会を設け、合意形成に向けて話し合いをすすめるべき義務がある。香川県豊島事件や大阪府能勢事件など産業廃棄物の不適正処理事件が公害調停で解決した例では、被告側の見解に従えば直ちに調停打ち切りになっても不思議ではない事案であるが、公害等調整委員会が公害調停をねばり強く続けたからこそ解決したのであり、公害調停において大切なことは、汚染の有無や汚染の程度を調査することであって、妥当な解決方法はその調査結果を分析して始めて出てくるものであり、本件でも、委員会としては、申請人らの主張に耳を傾け、調査の必要性と調査方法について話し合うことから始めるべきであった。
(4) 原告らは、長年月をかけて自費でトレンチ調査やボーリング調査まで実施して用意し、本件調停において、ADRとしての公害紛争処理法による円満で迅速な解決を期待していたにもかかわらず、委員会の任務懈怠により、同法による事案の解決という期待権を侵害され、精神的苦痛を受けた。原告らの精神的苦痛を慰謝するとすれば各20万円を下らない。また、弁護士費用としては各2万円が相当である。
(5) よって、原告らは、被告に対し、不法行為に基づく損害賠償として、各金22万円及び訴状送達の日の翌日以降の遅延損害金の支払を求める。
3 被告の主張
(1) 公害調停は、当事者の互譲により公害紛争の解決を図る制度であり、調停委員会は当事者間に合意が成立する見込みがないと認めるときは、調停を打ち切ることができる(法36条)。公害等調整委員会事務局作成の公害紛争処理法解説(乙2、4)では、「合意が成立する見込みがないと認めるとき」とは、当事者に出頭を求めたが一方又は双方がこれに応じないため調停手続自体を進めることができない場合や調停手続において当事者が自分の主張を固執して譲歩が全く期待できない場合などが該当し、このような場合に当たるかどうかについては調停委員会が判断することになるとされている。
公害紛争処理法では、手続についての詳細の規定は示されておらず、調停の進行は原則として委員会の裁量に委ねられている。そして、手続の進行についての最終的な裁量判断の拠り所は、当事者間において話し合う余地があるかどうか、合意が成立する見込みがあるかどうか、につきる。
(2) 本件調停では、被申請人らから、意見書により調停に応じる意思がないとの意見書が寄せられ、意見書を出さなかった1名からも、調停に応じない旨の連絡があったこと、これらによる被申請人らの意向は「なぜ被申請人にされたのか」「産業廃棄物を投棄した事実がない」「責任は存在せず調停には応じない」など原告の主張に真っ向から対立し、本件紛争への関与を否定している状況であったこと、被申請人らは、全員第1回調停期日に出席せず、調停に応じないとの意思を明確に示したことから、委員会が確認した限りでは、被申請人らの調停には応じない意思は揺るぎようのない事実であった。委員会では、平成19年12月26日、平成20年1月29日、同年2月19日、同年3月14日、同年4月2日、同月11日の6回にわたり協議し、調停の打ち切りを含めて、委員会は法の範囲内で裁量権を行使しており、裁量権の逸脱濫用はない。
また、廃棄物行政を担う立場としての徳島県の対応などについての原告らの主張は本件に直接関係がない。
(3) 原告ら主張の不法行為は、いずれも否認ないし争う。
ア 被申請人らの呼出に関する行為
委員会事務局は、委員会の指示の下、被申請人らの意思を確認するため、所在の分からない被申請人については、所在地とされる場所に出向き、役場や派出所等に聞き取りするなど確認に努め、意見書を提出しなかった被申請人には、3回提出を求め、「調停には応じない、二度と連絡してくるな」等といわれるまで説得にあたり、また、被申請人らに対し、法の趣旨や調停手続の概要を説明して話し合いのテーブルに着くよう求めた。調停に応じるも応じないも自由であるとの説明はしていない。また、被申請人の中にはペナルティについて質問をした者もいたが、委員会の判断にもよるが、手続によっては過料が発生する場合もある旨の説明を行った。
話し合う余地がほとんど見あたらない状況下で、法32条を適用し、強制的に被申請人らを呼び出したとしても、さらなる反発を招くだけで何らかの進展が期待できるとは考えられず、事件を終結させた委員会の判断に誤りはない。
調査したところ、回答を得た45都道府県のうち、出頭命令をしたことがあるのは5自治体だけであり、被告の運営は通常の対応である。なお、平成10年度から平成19年度に各都道府県で終結した件数は356件で、このうち打ち切りとなったのは184件、うち1回の期日開催で打ち切りとなった件数は13件である。
イ 被申請人らとの接触に関する行為
被申請人らと公平を欠く接触をしたこと、元県幹部職員に不適切な情報提供をしたことは否認する。法の趣旨や手続の概要等を説明した以外に不適切な情報提供をした事実はない。
ウ 意見書の写しの交付に関する行為
調停委員会の行う手続は公開しないと定められている(法37条)。また、意見書の開示については、法に明示の規定はなく、開示が調停の進行上必要であるか否かは、公害紛争処理法の各規定内容や調停の進行状況、意見書の内容や当事者の姿勢を踏まえて委員会の裁量により判断すべきものである。本件では、意見書の中に、被申請人側の家庭の状況等の個人情報が含まれているものが存在したため、委員会において審議したところ、当事者が率直に意見を述べることができるよう調停手続は非公開とされていること、個人情報が含まれる部分とそうでない部分を明確に分離することは現実には困難であったこと、被申請人ら全てについて統一的かつ公平に処理すべきであることから、意見書の写しを申請人らに交付しなかった。
エ 調停の打ち切りに関する行為
本件調停では、意見書等による事前の意思確認の結果、被申請人ら全員から調停に応じないとの意思表明がされ、当事者の互譲による調停が成立する可能性は極めて低いと思料される状況であったが、委員会としては、調停手続を進めようと第1回期日を指定し、被申請人らを呼び出したが、全員が欠席するとの結果に終わって、これ以上の手続の進行は不可能と判断したものであり、委員会の手続進行に何ら違法性はない。
(4) 原告らの損害については争う。
4 本件の争点
(1) 委員会(事務局を含む)の不法行為の成否
ア 被申請人らの呼出に関する行為
イ 被申請人らとの接触に関する行為
ウ 意見書の写しの交付に関する行為
エ 調停の打ち切りに関する行為
(2) 原告らの損害
第3当裁判所の判断
1 呼出状の記載その他被申請人らの呼出に関する不法行為の成否について
(1) 本件調停における被申請人らに対する呼出通知の文面は「…事件について、調停期日を下記のとおり定めたので、出席する意志がある場合は、下記の日時・場所へお越しください。なお、時間厳守とし、下記時間より30分以上遅れた場合、出席する意志がないものとして扱わさせていただきますので、ご留意ください」というものである(乙12)。
(2) まず、原告らは、出頭要求をし、過料の制裁を記載すべきであった旨主張する。法32条は「調停委員会は、調停のため必要があると認めるときは、当事者の出頭を求め、その意見をきくことができる。」と定め、法施行規則4条では「法第32条の規定により当事者の出頭を求めるには、出頭すべき日時、場所、正当な理由がなくて出頭の要求に応じなかつたときの法律上の制裁その他必要な事項を記載した書面をもつてしなければならない。」と定める。
しかし、前記規定の定め自体からみても、調停期日の呼出において、原則的に法32条が適用され、過料の制裁を告知することが想定されているとは認め難く、公害等調整委員会事務局作成のマニュアル(乙6)でも、期日の通知は、日時・場所を記載した通知で足りることを原則とし、必要がある場合には出頭要求をすることができるとするものである。したがって、呼出通知において出頭要求、過料の制裁等の記載をしないことが原則的に違法であるとはいえない。
(3) 次に、原告らは、呼出通知に出頭は被申請人の自由である旨の記載があるとするので検討するに、前記通知の「出席する意志がある場合は」等の記載は、公害等調整委員会事務局作成の様式や他団体の書式(甲28、34、35、乙6)等にも見当たらない文言であり、実質的にも記載の必要性があるのか疑問はあるが、本件では、呼出通知以前に、被申請人らから出頭しない意志を示す意見書が提出されていたことを踏まえた表現と推認され、出頭をするかしないかは被申請人の自由であるとする意味をことさらに示したものとは認められず、上記の表現を採用したことが違法であるとまでは認められない。
(4) 原告らの出頭命令を出さず、調停を打ち切ることは、不出頭を容認し、調停手続応諾義務がないとの理解による誤った運用であり、制度を空文化させるものであるとの主張(あるいは裁量により出頭命令をしなかったことの当否)については、後記の調停打切の当否とともに検討する。
2 被申請人らとの公平を欠く接触に関する不法行為の成否ついて
(1) 原告らは、委員会事務局職員らが、元県幹部に不適切な情報提供をし、出頭しない談合を生じさせた、被申請人らと目的及び手段において公平を欠く接触をし、被申請人の出頭は自由であるとする説明をした等と主張する。
(2)ア 原告らが、元県幹部への不適切な情報提供の根拠として指摘する陳述書(甲39)の内容は、被申請人の1社であるd社の代表者Bは徳島県の元幹部職員であるところ、同人から、陳述者に対して、平成20年1月下旬頃に問い合わせがあり、「本件公害調停の被申請人の意見書はほぼ出そろっているけど1社だけ出ていない。e社だけど知らないか」と言われた、陳述者は、意見書を出していない被申請人が1社でe社であることを知っていることに驚き、現職の県職員が元幹部職員に情報を漏らしたとしか考えられない、というものである。また、同陳述書には、他の被申請人2社からも同じ元幹部職員が「本件公害調停は無視しよう」と言って帰ったと聞いたこと、その元幹部職員の口から別の2社にも直接訪問したことを聞いたことなど具体性に富んだ記載がある。
イ しかし、上記陳述書記載の発言等からは、その元幹部職員が述べた情報が委員会事務局等県職員との接触により得られたものか否かは明確ではないから、その情報の内容等からみて県職員との接触により得られたものと推認できる事情があるか否かを検討する。
まず、被申請人らの意見書(乙16の1ないし17)が委員会に提出された時期は、その受付日からみて、1月8日、1月15日、1月17日、1月21日(5通)、1月23日(4通)、1月24日、1月25日、1月28日(2通)、2月13日であり、仮に、委員会事務局の担当者等から正確な情報を得ているとすれば、前記陳述書で問い合わせを受けたとする1月下旬の時点での意見書未提出業者は、少なくとも2社以上となるのが自然である。
また、原告らも指摘するように、本件で、被申請人ら18名すべてが第1回調停期日に出頭しなかったことは、被申請人らの間で何らかの連絡を取り合ったことを推認させる事情ではあるが、他方、被申請人らは、申立書の写しの送付を受けており、他の被申請人が誰であるかは認識できるところ、本件のように、468人が申請人となり、18人が被申請人となり、新聞等にも取り上げられた事案において、各被申請人が他の被申請人の対応・動向に関心を持ち、相互に連絡を取り合うことを試みることは不自然ではなく、前記の陳述書(甲39)でも、被申請人間で連絡を取り合っている状況が述べられている。
ウ そうすると、被申請人間の連絡によって、提出予定のない業者が特定されていった可能性もあり、本件において、被申請人間で他の業者の動向等を確認するに際して、委員会事務局等県職員が情報提供したり、不出頭についての話し合いの仲介等をしたと認めるに足りる証拠があるとはいえない。
(3) また、原告らは、被申請人らと公平を欠く接触をし、出頭は自由であると説明したと主張する。
本件では、被申請人らと委員会事務局等との交渉状況について、被告の主張を裏付ける的確な証拠はないが、しかし、被申請人らが全員調停期日に出頭しなかったこと自体から委員会事務局等の関与を推認することができないことは前記のとおりであり、その他、委員会ないしその事務局が被告主張以外の態様で公平を欠く接触をし、出頭は自由であると説明したと認めるに足りる証拠はない。
また、本件で推認しうる範囲の委員会ないし同事務局の対応について、被申請人らとの接触状況を公平の見地から申請人らに知らせるべきであったとまでは認められない。
3 意見書の写しの交付に関する不法行為の成否について
(1) 原告らが被申請人らの意見書の写しの交付を求めたにもかかわらず、委員会はこれに応じなかったこと、第1回調停期日において、委員会から、被申請人らの意向聴取したところ、調停に応じる意思がない、中には委員会事務局に抗議してきた方もいたという説明はあったが、被申請人らの意見について、それ以上の具体的説明はなかったことは概ね争いがない。
(2) まず、原告らの指摘する法施行令6条、7条は、調停等の申請あるいは調停を求める事項の変更があった場合に、相手方に通知し、その際申請書や変更の申請の写しを添付すべき旨定めるところ、これは当該手続で対象となっている事項を確定し、それについて共通の認識を得るための規定と解されるが、それ以外の主張や証拠書類については、その写しを他方に交付するか否かには明示の定めはない。
また、意見書の提出を求める書面のひな型(乙9)でも、申請人に開示されることがありうることが告知されているが、これも調停委員会の裁量により開示されることがあるという趣旨であり、原則的に開示されることを意味するものとはいえない。
(3) 原告らは、調停において互譲により合意を形成していく過程で相互に相手方の意向を正確に理解することが不可欠である旨主張するが、調停手続に関する諸規定や訴訟との手続構造の相違などからみても、調停においては、相手方の提出書面の開示が制度的に保証されているということはできない。
また、調停の過程において、互譲により合意を形成していくために、相手方の提出書面を開示し、あるいはその要旨を告知することが調停委員会に求められる場合があるが、本件において、そのような見地から委員会の裁量により意見書を開示すべきであったか否かは、合意が成立する見込みの有無と密接に関連するので、後記の調停打切の当否とともに検討する。
4 調停打切に関する不法行為の成否について
(1) 法36条では「合意が成立する見込みがないと認めるとき」には調停を打ち切ることができる旨定める。そして、被告は、本件において、委員会が調停にかかる紛争について合意が成立する見込みがないと判断した理由として、被申請人らに、意見書の提出を求め、調停に応じる意思がないとの意見が寄せられたこと、意見書を出さなかった1名からも、調停に応じない旨の連絡があったこと、これらによる被申請人側の意向は「なぜ被申請人にされたのか」「産業廃棄物を投棄した事実がない」「責任は存在せず調停には応じない」など原告らの主張に真っ向から対立し、本件紛争への関与を否定している状況であったこと、被申請人らは、全員第1回調停期日に出席せず、調停に応じないとの意思を明確に示したこと等を指摘する。
(2) 本件では、被申請人らの意見書記載の具体的内容として被告が主張するところは、原告ら指摘のとおり、証拠の裏付けがあるとはいえないが、被申請人らのうち17名が、調停に応じないとする意見書を提出したこと(委員会からの当初の提出期限までに提出した業者は8社に止まる。)、第1回期日において被申請人らは全員欠席したこと、欠席について被申請人ら間において何らかの意見交換がされた可能性が高いと考えられることは前記のとおりである。
公害等調整委員会事務局作成の公害紛争処理法解説(乙2)には、「合意が成立する見込みがないと認めるとき」(法36条)として、当事者に出頭を求めたが、これに応じないため調停手続自体を進めることができない場合も例示され、その判断は調停委員会に委ねられているとされている。この点、原告らは、前記解説は、今日の公害紛争処理法に基づく解釈・運用の指針としては妥当性を欠くとし、裁判外の紛争解決手段(ADR)の拡充・活性化の重要性、調停は「あっせんと類似しているが、調停委員会が積極的に当事者に介入し、手続をリードする点が異なる」とされていること(甲50)等を指摘する。
確かに、公害紛争の特殊性等を考慮し、当面の状況としては「合意が成立する見込み」が乏しいと思われる事情がある場合であっても、被申請人らの出頭を強く求めて調停期日を繰り返すという方法や、被申請人らの主張内容によって、手続を分離して進行する方法等もありうるところであり、本件では、調停の進行について、委員会において、どのような検討がされたかは証拠上明らかではない。
しかし、反面では、調停は、その本質において、訴訟等と異なり、最終的には当事者間に合意が成立した場合にだけ紛争解決のための拘束力を持ちうる制度であることは否定できず、それを前提に考えれば、最終的に合意に至らないことが想定される場合に調停期日を繰り返すことが必ずしも公害被害者の利益であるともいえない側面もあり、合意の成立の可能性が乏しいと考えられるときも、合意の形成による解決の可能性を模索して調停手続を続行するか、これを打ち切って他の手続に委ねるかは、公害調停の特殊性を考慮しても、なお、一義的にその当否を断ずることが困難な問題であって、結局、手続を進行するか否かは、委員会の見識に基づく裁量判断に委ねられているといわざるをえず、それが違法として損害賠償の対象となりうるためには、委員会がその裁量権を逸脱濫用したと評価できる特別の事情のある場合に限られるものというべきである。
また、原告らの主張する被申請人らの出頭確保の必要性についても、最終的な合意に至る可能性の有無・程度の判断と不可分のものであり、合意の見込みがない場合にも出頭だけは確保しなければならないともいい難いし、合意の見込みの判断の前提として、原告らの主張するような出頭確保のための企業訪問や出頭命令がされなければ直ちに違法となるとも認められない。
(3) そこで、次に、本件における合意の可能性等、委員会が「合意が成立する見込み」がないと判断したことが裁量権の逸脱濫用に当たると評価すべき事情があるか否かについて検討する。
原告らが、本件調停申立てに至る経緯として、被申請人が廃棄物の処理に関して刑事処分を繰り返し受けても事態が改善しないでいること等被申請人らの悪質性、被害の危険性、県への要請等他の手段によっては解決困難であったこと等の諸事情を指摘し、原告X1本人の供述ないし原告らの陳述書(甲19~25、55、56、62、64)もその主張に沿うものである。しかし、これらの事情は、原告らが本件調停に期待した理由としては理解できるが、それらが事実であるとしても、「合意が成立する見込み」という点では、その可能性が高いことを推認させる事情とはいえないものである。
また、原告らは、本件で、調停での協議のテーブルにつく意向をもっていた被申請人もいた旨主張し、その根拠として、調停打ち切り後、申請人らからの照会に対して、被申請人の1社からされた回答書(甲38)を提出する。
しかし、同回答書の内容は、「本件案件についてのご見解の概略はどのようなものですか。」との質問に対する回答は空欄であり、「貴社は、今後、申請人らやその代理人とは、本件に関して、別途、話し合いをするつもりがありますか。」との質問に対して、「ある」「ない」「条件次第である」との選択肢の「条件次第である」欄にチェックしているに過ぎないもので、これをもって調停での協議のテーブルにつく意向をもっていたことを推認させるものとはいい難く、この程度に交渉の可能性を示唆した被申請人も1社だけであったことは、むしろ、被申請人ら側の交渉に応じないとする態度はかなり固いものであったことを窺わせる事情とも考えられ、少なくとも、委員会が「合意が成立する見込み」がないと判断したことが誤りであったことを推認させる事情であるとは認め難い。
その他、本件において、委員会が「合意が成立する見込み」がないと判断したことが裁量権の逸脱濫用に当たると評価すべき事情があるとは認められない。
(4) そして、合意が成立する見込みがないとして調停を打ち切ったことが、裁量権の逸脱濫用であるとは認められない本件においては、出頭命令をしなかったこと、意見書を開示しなかったことについても、それらが究極的に調停による合意成立を目指すものである以上、その委員会の判断について裁量権の逸脱濫用があるとは認められない。
5 以上から、本件調停における委員会ないし委員会事務局の対応について、原告らに対する不法行為と評価すべき事情があるとは認められないから、原告らの損害等について、さらに検討するまでもなく、原告らの請求は理由がない。
よって、主文のとおり、判決する。
(裁判官 齋木稔久)