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徳島地方裁判所 平成22年(ワ)657号 判決 2011年12月22日

主文

1  原告の請求を棄却する。

2  参加人の請求を棄却する。

3  訴訟費用中、当事者参加に関する部分は参加人の負担とし、その余の部分は原告の負担とする。

事実及び理由

第1  請求

1  657号事件

被告は、原告に対し、金783万1836円及びこれに対する平成22年12月21日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

2  258号事件

被告は、参加人に対し、金849万8503円及びこれに対する平成23年5月20日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。

第2  事案の概要

本件は、訴外A(以下「A」という。)の相続人である原告及び参加人が、被告に対し、Aの預かり金のうち自己の法定相続分にあたる部分の支払及びこれに対する訴状送達の日の翌日から支払済みまで民法所定の年5分の割合(原告)または参加申立書送達の日の翌日から支払済みまで商事法定利率年6分の割合(参加人)による遅延損害金の支払をそれぞれ求めた事案である。

1  争いのない事実等

次の事実は当事者間に争いがないか、括弧内標記の証拠により優に認めることができる。

(1)  Aは、平成8年10月10日当時、被告(当時の商号は「和光証券株式会社」。その後商号変更を経て平成21年5月8日に現在の商号となる。以下旧商号時代も合わせて単に「被告」という。)の顧客勘定において、次のもの(以下合わせて「本件投資信託」という。)を保有していた。(乙5、7)

ア 顧客勘定(一般)

(ア) 投資信託であるボンド・ドリームB号(回記号08132)

(イ) 投資信託であるボンド・ドリームC号(回記号08133)

イ 累投顧客勘定

(ア) ボンド・ドリームA号(回記号08131)

(イ) ボンド・ドリームB号(回記号08132)

(ウ) ボンド・ドリームC号(回記号08133)

(2)  Aは、平成8年10月10日、死亡した。同人の相続人は、子である原告、参加人、訴外Bの3人である。

(3)  上記(1)記載の本件投資信託の各分配金、平成16年3月及び同年5月に満期償還された際の償還金が、被告のA名義の口座(以下「本件口座」という。)に預かり金(合計2349万5509円)となって存在している。(乙5、7)

2  争点

本件の争点は、原告及び参加人にAの預かり金の支払が請求できるか、できる場合にそれぞれその額はいくらか、遅延損害金の始期はいつかである。

3  争点に対する当事者の主張

(1)  原告の主張

ア 本件投資信託のようなものは、一般投資家の感覚としては金銭債権あるいは金銭債権に準じるものとしてのものであるから、分割債権・可分債権とされる預金債権に近いものとして取り扱うのが妥当であるし、遺産分割が迅速に進まない場合にあっては、遺産分割を待っていては支払手段が枯渇してしまうなど、経済的な困難が発生するような時を考え、本件投資信託のような場合にあっては可分債権として扱い、そのような相続人のニーズに応えるべきである。よって、本件投資信託は、可分債権であり、相続の開始により当然分割の対象となる債権というべきである。

イ(ア) 参加人が主張する200万4040円の支払は、原告が平成8年10月16日に手続をしたものであるが、この金員は、Aの投資信託の換価金であり、同人から原告の二女に対して生前贈与されていたものである。よって、この金員を原告受領分として差し引くべきとの主張には理由がない。

(イ) また本件投資信託は、5口の異なる投資信託であり、これらを1つのものとして取り扱うべきではない。よって、それぞれの償還金ごとに可分債権となるのであるから、参加人が主張するように通算すべきではない。

ウ 被告の履行遅滞責任を負わない旨の主張は争う。原告が請求している遅延損害金の始期は、本件訴状送達の日の翌日であるから、被告が主張する本件提訴前の事情はこれに対する理由とならない。

(2)  参加人の主張

ア 本件投資信託は、いずれもAの死亡後に預かり金債権に転化したものであり、相続開始時には未だ償還されていないから、預かり金債権ではなかった。

本件投資信託は、運用の実績に応じて単価及び配当金が変動するものであるところ、このようなものについては、各共同相続人が解約実行請求権を準共有していることになるから、これを可分債権と考えるのは困難といえる。

よって、本件投資信託は、遺産分割の対象とすべきであり、現在係属中の遺産分割審判において判断されるべきである。

イ(ア) 仮に可分債権として相続分に従って請求できるとしても、原告は、平成8年10月16日、Aの本件口座から200万4040円の払戻しを受けている。よって、Aの預かり金は、この払戻し分を含めて計算すべきである。

(イ) そして、この合計額を3分したものが各相続人の取得分となるが、原告は、既に200万4040円の払戻しを受けているから、同額を差し引くべきである。

(3)  被告の主張

ア(ア) 被告が原告らAの相続人に対して負っている債務は、預かり金返還債務である。

(イ) 原告及び参加人が主張している200万4040円の払戻金は、投資信託2銘柄の解約金である。

(ウ) 被告は、上記(ア)の預かり金について、相続人間の協議または裁判所の判断に基づく金額を各相続人に支払う所存である。

イ(ア) 本件のように相続が開始した事案においては、戸籍謄抄本、遺言書、遺産分割協議書等の提出を求め、相続の事実等を確認した上で払戻請求に応じるとするのが確立した金融実務・慣行である。

その後、被告は、原告に対し、相続の場合における必要書類の提出も含めて案内しているが、原告はそれに沿う書類の提出をしなかったため、被告において原告が権利者であるか判断できず、払戻請求に応じなかった。

(イ) さらに、被告は、原告に対し、平成22年10月27日ころ、必要な手続をとるように依頼をしたことで、弁済の準備をしたことを通知してその受領を催告したものといえるから、口頭による弁済の提供がされている。

(ウ) よって、被告は履行遅滞責任を負わない。

第3  争点に対する判断

1  本件においては、原告は、参加人の参加についての違法性を指摘するが、上記第2の冒頭の事案の概要に照らし、参加の利益があることは明らかである。

2  弁論の全趣旨によれば、本件投資信託は、被告が受益者から資金を集め、これを内外の公社債への投資により安定した収益の確保を図るために運用する目的で、信託銀行である三井信託銀行株式会社との間で信託契約を締結し、それに基づき同社が信託財産を運用し、他方で、元本及び収益の受領権などの権利を証券(受益証券)化し、これを被告が発行し、取扱証券会社を通じて受益者に販売する形式のものと認められる。

3(1)  相続財産の性質については、相続開始時において判断すべきものであるところ(東京高裁昭和63年12月21日判決・判例時報1307号114頁参照)、本件投資信託は、相続開始時にはいずれも償還されておらず、預かり金債権に転化していなかったものである。

(2)  そして、本件投資信託の性質に照らすと、その受益権は単なる解約請求権にとどまるものとは認められず、単純な金銭債権とは認められない。よって、Aの相続開始により、各相続人はその相続分に応じてこの受益権を準共有しているというべきである。

投資信託の解約請求は、受益権の処分と認められるところ、準共有する権利の処分は他の権利者の同意を要することになるから、原告及び参加人のみでこれを処分することはできないことになる。

(3)  もっとも、本件投資信託は、すでに預かり金債権に転化しているものであるから、現時点において、この受益権の処分は問題にはならない。

(4)  そこで、転化した預かり金債権の払戻しについてであるが、上記(1)のとおり、相続開始時において相続財産の性質を判断すべきである以上、現時点で金銭債権に転化したからといって相続開始時に遡って金銭債権となるわけではないから、この預かり金債権は、相続開始によって当然に分割される可分債権ではない。

(5)  よって、原告及び参加人は、単独でこの預かり金債権について相続分の払戻しを請求できない。

第4  以上の次第で、原告の本訴請求及び参加人の請求にはいずれも理由がないからこれらを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法61条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 入江克明)

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