徳島地方裁判所 平成22年(行ウ)14号 判決 2011年8月26日
主文
1 本件訴えをいずれも却下する。
2 訴訟費用は、原告の負担とする。
事実及び理由
第1請求
1 徳島県収用委員会が、原告に対して行った平成22年3月29日付平成21年第1号事件の裁決を取り消す。
2 被告は、徳島県収用委員会が作成した虚偽の議事録を修正せよ。
第2事案の概要
1 事案の要旨
本件は、被告が行った徳島県阿南市<以下省略>の土地先里道を拡幅し、市道として復旧する工事により新設された道路(以下「本件道路」という。)が坂道構造となっていることにより、原告所有の宅地への出入りが可能な接道が失われ、同土地が袋地となり、車両、自転車、歩行者、車椅子および身体障害者用電動椅子等(以下「車両等」という。)による進入ができなくなったとして、本件道路の道路管理者である阿南市に対して道路法70条1項に基づく通路の新設請求を行ったが、阿南市が協議に応じなかったため、徳島県収用委員会(以下「収用委員会」という。)に対し、同条4項に基づき裁決を申請したところ、これを却下された原告が、被告に対し、行政事件訴訟法3条2項に基づく前記裁決の取り消しと前記裁決に係る収容委員会における議事録の修正を求める事案である。
2 前提事実(争いのない事実及び証拠等により容易に認定できる事実)
(1) 当事者その他関係者
ア 原告は、現在、徳島県阿南市<以下省略>の土地、同番地<省略>の土地、同番地<省略>の土地(以下、併せて「原告宅地」という。)を所有する者である。原告は、前記番地<省略>の土地上に住居を所有して、原告宅地を一体のものとして前記住居の敷地として使用している。
イ 被告は、「H19阿土 大井南島線阿南・南島道路改良工事(1)」の付帯工事として阿南市道柳ノ久保堤防線の道路工事(以下「本件工事」という)を施工し、本件道路の新設工事をした者である。
ウ 阿南市は、現在、本件道路及び本件工事の対象である徳島県阿南市<以下省略>の土地先の里道を道路管理者として管理している者である。
(2) 本件工事の実施
被告は、平成19年9月11日から平成20年3月7日までを工期として、本件工事を実施した。本件工事の内容は、県道大井南島線改良工事及び徳島県阿南市<以下省略>の土地先の里道を拡幅し市道として復旧するものである(甲1)。
(3) 原告の道路の新設請求
ア 原告は、阿南市長に対し、平成20年12月25日付書面をもって道路法70条1項に基づく通路新設を請求した。その内容は、原告宅地の一部である徳島県阿南市<以下省略>の土地に隣接する里道(市道)を改築したことによって宅地への出入り機能不全が生じているというものである(甲2、乙1)。
イ 阿南市は、原告からの前記通路新設の請求に対し、平成21年1月26日付の書面をもって「本件事業の経緯として当市道(柳ノ久保堤防線)は県が施工を行い、完成後、市に移管されたものであり、市道管理者として道路法第70条第1項の規定は該当していないものと判断しており、市による通路の新設につきましてはできかねます」との回答を行った(甲2、乙1)。
また、阿南市は、原告に対し、平成21年2月4日付書面をもって「市道の改築は地域の発展と地域住民の利便性、福祉の向上に寄与するものであり、市と致しましても道路法第70条第1項の規定は該当しないと判断致しております。今回、X様の請求されております通路の確保については、上記のとおりであり、今後この件に対する対応は差し控えたいと存じます」との回答を行った(甲2、乙1)。
(4) 収用委員会による裁決
ア 前記阿南市からの回答を受け、原告は、収用委員会に対し、平成21年3月4日付書面をもって、阿南市との間で道路法70条1項に基づく通路の新設請求について同条3項の協議が成立しなかったとして、同条4項による裁決の申請を行った(甲2)。
イ 原告からの前記裁決の申請について、収用委員会は、合計4回の審理を経て、平成22年3月29日、原告の裁決申請を却下するとの裁決を行った(甲1、乙2、乙3の1ないし4。以下「本件裁決」という。)。各審理の際には議事録が作成されている(乙3の1ないし4)。
原告の裁決申請が却下された理由は、阿南市の提案する間口可能区域を通って原告宅地への出入りは可能であり、また従前の機能を確保しているといえるため、本件工事において損失の事実はないというものである。なお、裁決書では、従前の機能について、用地買収前における幅員約2メートルの徳島県阿南市<以下省略>の土地先の里道を通行できる程度の普通乗用自動車、自転車及び歩行者が出入りする機能と判断した。
(5) 原告は、平成22年6月28日、前記裁決及び前記裁決に係る審理において作成された議事録の記載内容を不服として本件訴えを提起した。
3 本件の争点及びこれについての当事者の主張
(本案前の主張)
(1) 裁決取消の訴えの適法性
(原告の主張)
請求第1項は土地収用法133条1項及び行政事件訴訟法3条3項に基づくものであり、適法な訴えである。被告の教示によれば、土地収用法133条1項の収用委員会の裁決に関する訴えと同条2項の収用委員会の裁決のうち損失補償に関する訴えは、並立の関係にある。同条1項に基づく訴えと同条2項に基づく訴えとは、それぞれ異なる事柄について訴えの規定であるところ、原告は、収用委員会が道路の新設または改築という道路法適用の事案について、本件道路に道路法30条を適用した場合の適法性について審理していないことから、収用委員会の裁決が法令審理をしない裁決であって、無秩序な裁量権の濫用があるとして第1項の請求をしているものであるから、原告の請求第1項は適法な訴えである。
(2) 議事録の修正を求める訴えの適法性
(被告の主張)
収用委員会における議事録作成は事実行為にすぎず、行政処分に当たらないため、抗告訴訟の対象とならない。また、原告には訴えの利益もない。
(原告の主張)
争う。
(本案の主張)
(1) 請求第1項(裁決取消)関係
(原告の主張)
ア 本件裁決は、原告及び相手方が主張していない事項を主張として取り上げ、あるいは、原告の主張を故意に歪曲化して取り上げるなどしており、その結果、収用委員会は重大な事実誤認をしている。また、収用委員会の裁決では、道路の一般的技術的基準の根拠、法令判断がされておらず、判断の理由にも齟齬がある。本件道路が道路構造令に適合するか否かについても判断が示されていない。
本件裁決に係る審理において、原告の主張の主眼は平成21年4月21日付意見書記載のとおりであるが、この内容については何ら審理されず、審理が打ち切られたものであり、審理不尽の違法がある。
イ 相手方が指摘する間口可能区間(裁決書に言う間口可能区域を指すものと解される)から原告宅地上の原告住居の玄関へ直結する平面での進入路は25パーセントの急坂となり、縦断勾配5パーセント以下の緩やかな進入路を造るのであれば宅地内に宅地の平面を分断する谷あい状の進入路となるなど車両等による居宅玄関への通行は不可能となることから、原告の損失の事実は認められる。
(被告の主張)
ア 本件裁決は、裁決申請書の記載や意見書の記載内容のみならず、審理における双方の発言、提出証拠などを踏まえて、当事者双方の主張するものであり、当事者の主張しない事実を主張として取り上げ、あるいは、当事者の主張を歪曲するなどしていない。
原告の請求する通路新設の要否は、市道の物理的形状を原因として通路の新設を必要とする損失が生じているかによって判断すべきであって、収用委員会は、市道の構造が外形上、客観的にみて明白かつ重大な瑕疵がある場合を除き道路構造令の適否について判断する立場にない。
以上のとおり、収用委員会の裁決に審理不尽や事実誤認などの違法はない。
イ 本件工事によって従前の機能は失われておらず、原告に損失の事実はない。
(2) 請求第2項(議事録修正)関係
(原告の主張)
本件裁決に係る審理についての議事録では、原告が市側の提示した設計図案が適法な構造の進入路設計であるかと質問をし、収用委員会がこれについての審理をしなかったことから、原告が審理せよと要求した部分が削除されている、申請者代理人の「謀議」との発言を「合議」と改竄しているなど随所において削除や改竄がおこなわれている。よって、虚偽の議事録の修正を請求する。
(被告の主張)
収用委員会議事録の隠蔽及び改竄、収用委員会と市とで謀議された事実はない。
第3当裁判所の判断
1 請求第1項に係る訴えの適法性
被告は請求第1項に係る訴えの適法性について争うことを明らかにしないが、訴訟要件に関する事項であるから、職権により以下判断する。
(1) 原告は、土地収用法133条1項に基づき請求第1項の訴えを提起するものであるところ、同条は、第1項で収用委員会の裁決に関する訴えについて規定し、第2項で収用委員会の裁決のうち損失の補償に関する訴えについて規定する。収用委員会の裁決のうち損失の補償に関する訴えは、同条3項で起業者と土地所有者又は関係人を当事者とすべきとされ、同条2項の訴えは、行政事件訴訟法4条前段に定めるいわゆる形式的当事者訴訟に当たる。
この点、土地収用法133条が、収用委員会の裁決に関し、一方で、裁決に対する抗告訴訟を認め、他方で、裁決のうち損失の補償に関する訴えについて形式的当事者訴訟によるべきとする趣旨は、収用委員会の裁決は、通常、土地収用事業(同法3条)のための収用についての公益的事項に関する部分と収用に伴う損失の補償についての私益的事項に関する部分の二つの異質な部分から構成されているところ、私益的事項に関する損失補償については、当事者である起業者と被収用者の自由な処分に委ねても直接公益に影響することが無く、収用自体の適否とは別個に判断が可能であり、また、直接に利害関係を有する起業者と被収用者の間で解決させる方が直裁かつ合理的であることにある。最高裁昭和58年9月8日判決(裁判集民事139号457頁)も、収用裁決の取消訴訟と当該収用裁決に係る損失補償の訴えの関係について同趣旨を述べるものである。
(2) 本件において、原告は、道路法70条1項に基づき本件道路の道路管理者である阿南市に対し通路の新設請求をしたが、阿南市との協議が整わなかったことから、同条4項に基づき収用委員会に対して裁決の申請を行ったものである。
道路法70条1項は、土地収用法93条1項の規定による場合の外、道路を新設し、又は改築したことに因り、当該道路に面する土地について通路、みぞ、かき、さくその他工作物を新築し、増築し、修繕し、若しくは移転し、又は切土若しくは盛土をするやむを得ない必要があると認められる場合においては、道路管理者は、これらの工事をすることを必要とする者の請求により、これに要する費用の全部又は一部を補償しなければならないと規定していることから、同条が損失の補償に関する規定であることは、文言上明らかである。
本件裁決は、原告に損失が認められないことを理由として原告の裁決の申請を却下したものである。また、本件裁決は、原告の通路の新設請求に関して阿南市との協議が成立しなかったことから、原告の申請を受け、通路新設の要否に関して判断したものであるところ、道路法70条1項後段に基づく通路の新設は補償金の全部又は一部に代わるものであり、損失補償の一態様にすぎない。
それゆえ、本件裁決においては、通路新設による損失補償の要否という私益的事項に関する内容しか判断されていないものである。
(3) 以上によれば、本件裁決は、原告に損失が生じておらず、損失の補償は不要であるとしたもので、損失補償に関する内容しか判断されていないのであって、損失補償に関する事項については、前記のとおり、起業者を相手にした損失補償の訴えによるべきであるから、本件で裁決取消の訴えを提起する余地はない。
原告は、本件裁決の違法事由として、本件裁決の審理不尽、事実誤認、法令の適用の誤り、議事録の改竄などを主張するが、直接公益に影響することのない損失の補償に関する事項については、損失補償の訴えにおいて適正な補償額が算定されれば当事者の権利利益の保護に欠けることは無く、また、土地収用法133条1項の規定は、損失の補償に関する事項に係る裁決に関して、当事者の権利利益の保護の必要性を離れて、法適用の誤り、事実誤認等の有無のみについて司法判断を求めることを認める趣旨とは解されず、原告主張の事由をもって裁決取消の訴えを認めるべきものとはいえない。
(4) 以上のとおりであるから、本件裁決の取り消しを求める本件訴えは不適法である。
2 請求第2項に係る訴えの適法性
(1) 同項の請求内容に加えて、被告は、当該訴えが抗告訴訟であることを前提に、その処分性を争い、原告は、この前提部分について特に異を唱えるものではないことから、原告の請求第2項の訴えは、抗告訴訟のうち行政事件訴訟法2条6項の義務付けの訴えであると解される。
(2) 行政事件訴訟法2条6項に基づく義務付けの訴えは、処分を対象にするところ、ここにいう処分とは、公権力の主体たる国又は公共団体が行う行為のうち、その行為によって直接国民の権利義務を形成しまたはその範囲を確定することが法律上認められているものをいう(最判昭和39年10月29日民集18巻8号1809頁)。
この点、収用委員会による議事録作成は、裁決を行うため裁決のための審理内容を記録することを目的に行われる事実行為であって、議事録の作成によって原告の権利又は法的地位が形成され、あるいは、その範囲が確定されるものではなく、議事録の作成には何らの法律効果も認められない。
それゆえ、収用委員会による議事録の作成は処分に当たらず、原告の請求第2項に係る訴えは不適法である。
(3) なお付言するに、法律上確定した議事録の修正を求める権利は認められていないことから、原告の請求には理由がないことも明らかである。
第4結論
以上のとおり、原告の訴えは、いずれも不適法であることから、その余の点について判断することなく、これを却下することとし、訴訟費用については、行政事件訴訟法7条及び民事訴訟法61条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 齋木稔久 裁判官 入江克明 杉山文洋)