徳島地方裁判所 平成23年(ワ)81号 判決 2012年2月01日
主文
一 被告は、原告に対し、六七一万三五九八円及びこれに対する平成二一年二月二四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告のその余の請求を棄却する。
三 訴訟費用は、これを二分し、その一を原告の、その余を被告の各負担とする。
四 この判決は、主文一項につき仮に執行することができる。
事実及び理由
第一請求
被告は、原告に対し、一二七四万一五〇七円及びこれに対する平成二一年二月二四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
第二事案の概要
本件は交通事故(人身)による損害賠償事案である。
一 前提事実(争いがないか、証拠(甲一、二、六、七、乙五、六)及び弁論の全趣旨により容易に認定できる事実)
(1) 平成二一年二月二四日午後〇時二〇分ころ、徳島県小松島市横須町九番六号の路上で、被告運転の普通乗用自動車(ナンバー<省略>)が、赤信号で停止中の原告運転の普通乗用自動車(ナンバー<省略>)に追突し、さらに同車両を前方で停車中の車両に玉突き追突させる交通事故が発生した。(以下「本件事故」という。)
(2) 被告は、被告運転車両の運行供用者として、本件事故につき、自賠法三条の損害賠償責任を負う。
(3) 原告は、本件事故により、頚部捻挫、腰椎捻挫、左膝打撲、左膝関節捻挫、右肩関節捻挫等の傷害を負い、その後、a病院等での通院治療を経て、平成二二年三月一二日に症状固定した旨の後遺障害診断を受け、自賠責保険において、頚部に神経症状診を残すもの(一四級九号)、腰部に神経症状を残すもの(一四級九号)、左膝関節に神経症状を残すもの(一四級九号)として併合一四級の認定を受けた。
(4) 被告は、本件に関し、原告に対して、a病院及びb病院への治療費(合計八〇万七八五二円)のほか、四〇万円を支払済みである。
二 本件の主な争点は原告の損害額であり、当事者の主張は次のとおりである。
(1) 原告
ア 未払治療費 一〇六万六三六〇円(c整骨院分)
イ 休業損害 三四七万二九七〇円
休業損害、逸失利益の前提となる基礎収入について、自営業者である原告の場合は、申告所得に事業の維持・継続に必要な固定経費を加えた金額、つまり、売上収入から変動費を控除した金額をもって算定すべきであり、過去三年間の平均収入は年収六〇八万〇七〇二円となる。
原告は、通院実日数二九七日(a病院一三七日、b病院三日、c整骨院一五七日)について、少なくとも半日は休業を要したから、前記収入から年間稼働日数を二六〇日として計算すると、休業損害は三四七万二九七〇円である。
ウ 逸失利益 三五一万八五三七円
原告は、症状固定診断後も、首、腰、足の痛み、しびれ、左右前腕の知覚鈍麻等の神経症状に悩まされ続けている。原告の頚椎椎間板ヘルニアが本件事故により発生した場合は勿論、仮に、ヘルニア自体が既往のものであるとしても、本件事故前に症状が全くなかったことは明らかであり、事故に起因して症状が発症したことについて、本件事故との因果関係が認められる。
原告の仕事は、大手家電メーカー、自動車メーカーの製品の各種精密部品を主にプレス加工により製作することであり、完璧かつタイトなスケジュールでの納品が要求され、熟練した特殊技術を駆使して精緻かつ高速の作業が要求されるところ、本件事故の後遺症である首や腰の痛み、指先のしびれ等により、作業効率が大幅に低下し、大幅な売上減少をきたしている。
少なくとも、症状固定(六〇歳)から六七歳までの七年間、一〇%の労働能力喪失が生じることは明らかであり、逸失利益としては、前記年収を基準に、ライプニッツ係数(五・七八六四)により中間利息を控除すると三五一万八五三七円となる。
エ 傷害慰謝料 二五〇万円
原告は、本件事故により、約一年間にわたる長期の通院加療を強いられたこと、本件事故時、被告は飲酒し、正常な運転が困難な状態であったこと、被告は、事故後も、原告を気遣ったり、一一九番通報したりすることなく、逆に、信号待ちをしていた原告に「何で止まるんな」等と大声を出すなどしたことを考慮すれば少なくとも二五〇万円は認められるべきである。
オ 後遺障害慰謝料 二五〇万円
原告は、首、腰、足の痛み、しびれ等の神経症状に悩まされ、就労にも多大な支障をきたしているほか、日常生活でも、睡眠中に痛みで何度も目覚め、足の痺れ等のために、犬の散歩が短時間しかできない、趣味の釣りにいけない、酒が全く飲めないなど生活が非常に制約されており、後遺障害による苦痛を慰謝するに足る金額は二五〇万円を下らない。
カ 弁護士費用 一一五万円
キ 上記損害合計一四二〇万七八六七円から既払金四〇万円を控除すると一三八〇万七八六七円であるが、本件では請求欄記載の金額を内金請求する。
(2) 被告
ア 未払治療費
整骨院への通院は医師の指示によるものではなく、事故との相当因果関係を欠くし、病院との重複通院であり、不必要である。また、受傷の程度からみて通院期間が長期に過ぎるし、通院頻度も極めて濃厚で、過剰通院や賠償目的の通院を疑わせるものである。
イ 休業損害
原告の事業は平成一八年以降、年々売上が減少しており、基礎収入は、事故前年を基準とすべきであるし、その金額は会計上の営業補償基準に従えば、三六八万七九一五円である。また、本件事故のあった平成二一年の売上の実際の減少は前年比約一八七万円に止まる。
受傷が軽微であることや売上の状況からみて、本件の実態に即した休業期間は多くとも六〇日分であり、六四万〇三一一円となる。
ウ 逸失利益
外傷により、椎間板ヘルニアが発生するのは、脊椎脱臼骨折などの椎体自体が損傷を受ける程の強大な外力による負荷が脊椎にかかり、椎間板も併せて損傷を受ける場合であり、そのような特殊なケースでは、脊柱管内の脊髄神経が損傷し、受傷直後に四肢麻痺や歩行困難等の重篤な症状を発現させるが、本件ではそのような受傷直後の症状はなく、その後も、いわゆる頚椎捻挫の症状を上回る症状は発現していない。原告の頚椎椎間板ヘルニアは、加齢及び職業上の必要から長時間不良姿勢を取り続けていたことによるもので、非外傷性の経年変化による既往症である。よって、本件事故とは因果関係がないし、仮に因果関係があるとしても、素因減額をすべきである。
本件の後遺障害は、器質的な病変のない頚椎捻挫(ムチ打ち)の神経症状であり、労働能力喪失率は五%を超えないし、喪失期間は長くても三年以内であり、逸失利益は、五三万〇三七四円である。
エ 慰謝料
一年間の通院は過大であり、半年の通院として、通院慰謝料は八九万円、後遺障害慰謝料は一一〇万円が相当である。
第三判断
一 原告の損害額について
(1) 治療費
証拠(甲三~五、乙一(枝番含む。)、二、五、原告本人)及び弁論の全趣旨によれば、原告は、本件事故後、平成二二年三月一二日の症状固定診断までの間、a病院及びb病院において通院治療(実日数一四〇日)を受け、また、これと並行して、c整骨院に一五七日間通院して、電気療法、徒手矯正、マッサージ等の理学療法の施術を受け、その治療費として一〇六万六三六〇円を要したこと、整骨院への通院は、医師にも告げていたが、医師の指示によるものではないこと等が認められ、受診頻度、施術内容その他本件の諸事情を考慮すれば、整骨院における治療費は、その五〇%(五三万三一八〇円)の範囲で本件事故との因果関係を認めるのが相当である。
なお、被告は、本件の治療期間そのものを疑問視するが、本件事故は、原告運転車両の前方で停車中の車両運転者にも傷害が生じた事案(甲二)で、衝撃が特に軽かったとはいえないし、その後の治療経過も特に不自然なものとはいえず、治療期間中の原告の就労内容等が治療の長期化に一定の影響を与えた可能性は否定できないとしても、本件の治療期間について、治療の相当性ないし本件事故との因果関係を否定すべき事情があるとは認められない。
(2) 休業損害
ア 証拠(甲八~一一、一四、一五、原告本人)及び弁論の全趣旨によれば、原告は、本件事故当時、d社の名称でプレス加工業を自営し、本件事故前年(平成二〇年)の確定申告では、売上が六四九万七七〇八円、経費を差し引いた所得が二三九万八八八九円であるところ、自営業者の休業損害、逸失利益の前提となる基礎収入の算定においては、休業の有無にかかわらず支出を要する固定経費を考慮する必要があり、前記売上から、休業により支出を免れる給料・外注工賃費、租税公課、荷造運賃、水道光熱費、旅費交通費、通信費、接待交際費、消耗品費として確定申告に計上された金額を差し引いた五一五万六九六二円とするのが相当である。
原告は、過去三年間の平均値によるべき旨主張するが、原告の売上は平成一八年が一〇七九万八七六四円、平成一九年が七四三万〇〇一九円(甲八、九)で、次第に減少傾向にあり、約七年前までは人を雇用していたが、内職としての外注になり、それも事故前には止めていたこと(原告本人)等も考慮すると、過去三年間の平均値による推計を相当とする事情があるとは認められない。
他方、被告は、休業により免れる費用として、さらに、減価償却費の五〇%、修繕費、福利厚生費、雑費を控除すべきである旨主張するが、しかし、本件のように、完全な休業ではなく、営業そのものは継続しつつ、通院時間の休業や割合的な労働能力喪失の影響を推計するに際して、被告主張の控除をすべきものとは認められない。
イ 次に、原告は、前記のとおり症状固定診断までの間、実日数二九七日通院しており、通院自体が過剰なものとは認められないことは前記のとおりであるが、原告本人の供述によっても、通院日に丸半日休業していたわけではないこと、休業損害については実所得の減少分を重視すべきであり、本件事故のあった平成二一年の前年比の売上減少分一八六万九九二五円(甲一〇、一一)を上回るとは考え難いことその他本件の諸事情を考慮すれば、前記年収(一日当たり一万四一二八円)を基礎として、通院実日数の四割に相当する一六七万八四〇六円が相当である。
(3) 逸失利益
ア 証拠(甲五~七、一二、一三、乙七~一〇、原告本人)及び弁論の全趣旨によれば、原告は、本件事故により、頚部痛、上肢の知覚鈍麻(左側が強い)、腰部痛、下肢の知覚鈍麻(左側が強い)、左膝関節痛等、頚部、腰部及び左膝関節にそれぞれ神経症状を残し、併合一四級の認定を受けており、前記各後遺障害については、本件事故と相当因果関係あるものと認められる。
被告は、ヘルニアと本件事故との因果関係を争うところ、確かに、本件の椎間板ヘルニアの形成の機序そのものは証拠上明確ではなく、本件事故により形成されたと認定するに足りる証拠はない。しかし、後遺障害等級一四級の認定自体が、画像所見上確認できる椎間板の突出が外傷性の異常所見であるとは認められないことを前提としており(甲六、七)、本件事故後に発症した神経症状について、本件事故との相当因果関係を否定すべき事情があるとは認められない。また、本件の椎間板ヘルニアの形成について、加齢による経年変化等の要因があるとしても、後遺障害等級一四級相当の神経症状という本件の後遺障害との関係で、公平の見地から素因による減額をすべき事情があるとは認められない。
イ 労働能力喪失率については、原告の就労の具体的内容等に関する原告提出の各証拠(甲一七~一九、三一、原告本人)を考慮しても後遺障害等級一四級の一般的な喪失割合である五%を超える喪失率を認めるべき特段の事情があるとまでは認められないが、就労内容からみて、後遺障害による労働能力の低下からの回復は容易ではないものと推認でき、喪失期間については、症状固定時の六〇歳から一般的な就労期間とされる六七歳までの七年間と認めるのが相当である。
ウ そして、前記年収五一五万六九六二円を基礎として、ライプニッツ係数(五・七八六四)により中間利息を控除すると一四九万二〇一二円となる。
(4) 傷害慰謝料
原告の前記受傷内容、通院期間、通院日数のほか、本件事故時、被告は飲酒運転であったことを含む本件事故状況(甲二)等を総合考慮すれば、傷害慰謝料としては一七〇万円が相当である。
(5) 後遺障害慰謝料
本件の後遺障害の内容、程度その他の諸事情から、後遺障害慰謝料としては一一〇万円が相当である。
二 結論
(1) 前記損害額合計六五〇万三五九八円から既払金四〇万円を控除すると六一〇万三五九八円である。
(2) 本件の弁護士費用としては、六一万円の範囲で被告に負担させるのが相当である。
(3) よって、原告の請求は、六七一万三五九八円及び本件事故日である平成二一年二月二四日から支払済みまで年五分の割合による遅延損害金の範囲で理由がある。
(裁判官 齋木稔久)