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徳島地方裁判所 平成23年(行ウ)12号 判決 2013年1月28日

主文

1  原告らの請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は、原告らの負担とする。

事実及び理由

第3当裁判所の判断

1  前提事実に加え、引用の証拠及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。

(1)  従事員の地位及び就業状況(甲17、甲33ないし甲35、乙4、乙16ないし乙20、弁論の全趣旨)

ア  従事員の採用は、登録名簿に登録された者の中から、採用日の前日までに就業日を具体的に指定された採用通知書を発する形式を採り、一般職の地方公務員の臨時的任用であるとの理解によっている(昭和48年12月14日自治省公務員第一課長回答)。

なお、前記回答は、くり返し臨時的任用を行い同一の者を実質的に長期間に亘って任用した場合、雇用関係および人事管理上合理的かつ必要な措置が必要と思われること、不安定な状態で雇用することは労働者の立場についても適当でない面があること等などによる将来の法改正の意図、従事員の身分に関する特別法の制定の必要性については、現在のところ考えていないとしている。

イ(ア)  就業規程上の従事員の就業時間(休憩時間含む)は、別紙記載のとおりであるが、業務の都合により必要がある場合は、就業時間を延長しないで1時間の範囲内で始業及び終業を繰り上げ又は繰り下げることができ、また、労働基準法に基づき時間外勤務を命じることもできる。

年次有給休暇に関する協定書(乙17)で定める基準日(平成13年7月1日)前6か月間継続勤務し、この間の所定労働日数の8割以上出勤した場合又は基準日以後継続勤務を否定する事実が存しない場合には、従事員は労働基準法39条による年次有給休暇を取得することができ、また、6日以内に限り、次年度に限り繰り越すことができる。年間の年次有給休暇の日数は、継続勤務期間と1年間の所定労働日数によって決定される(甲33。就業規程19条)。

平成21年度、平成22年度の従事員1人当たり平均の年間勤務日数は、前提事実記載のとおり、平成21年度で約225日、平成22年度で245日であり、従事員1人当たり平均の週間勤務時間は、平成21年度で31.5時間、平成22年度は29.6時間である(平成23年3月は東日本大震災によるボートレース開催中止のため同月の勤務時間は算出上除外)。

(イ) 鳴門市職員の勤務時間、休暇等に関する条例(2条1項)は、休憩時間を除く職員の勤務時間を1週間当たり38.75時間と定め、鳴門市モーターボート競走事業従事職員の勤務条件に関する規程も同職員の勤務時間について同様に定めている(乙5)。

ウ  就業規程上、従事員の賃金は日給とし、基本給及び手当とされ、その詳細は鳴門競艇臨時従事員賃金規程(甲34。以下「賃金規程」という。)が定める。また、従事員相互の共済及び福利の増進を図るため共済会を設立することができ、企業局長は、共済会に対し必要な援助をすることができること、必要に応じて従事員の厚生に関する制度を定めて実施することができることが定められ、従事員が業務上の事由又は通勤により負傷し、疾病し、廃疾し、又は死亡した場合は、労働者災害補償保険法の規定による。

従事員の賃金は、基本給、職務給、記録手当、時間外手当、調整手当、通勤手当、特別手当からなり、その支払は、賃金から所得税、住民税、社会保険料、共済会費を控除し、3節分を取りまとめて翌月10日に通貨で直接本人に支払われる(賃金規程3条ないし5条)。

基本給の額は日額であり、従事員が現に受けている号給を受けるに至った時から3か月ないし12か月の所定の期間を良好な成績で勤務した時には1号給上位の号給に昇級させることができる(賃金規程6条)。

従事員の受け取る賃金は、所得税法上、同185条3号の「労働した日又は時間によって算定され、かつ、労働した日ごとに支払いを受ける給与等で政令で定めるもの」に該当するものとして運用されている。

エ  従事員が故意又は重大な過失により事故を起こしたとき、服務上の業務に違反し、又は職務を怠ったために重大な支障をきたしたとき、その他就業規程に違反した場合などには従事員に対して処分がされるところ、処分の種類は戒告、減給、採用停止、登録抹消の4種類である。

オ  健康保険との関係では、従事員は、従前、日雇特例被保険者として扱われていたが、名簿登録制の採用等により同一の者が状態として毎月15日以上勤務している状態があり、このような状態にある者は当該自治体の週休二日制の導入に伴い、一般職員の所定労働日数のおおむね4分の3以上の就労日数となっていることから、当該自治体が週休二日制を施行する時点から健康保険の一般被保険者及び厚生年金保険の被保険者として扱うとされ、鳴門市においても従事員は、一般健康保険に移行し、厚生年金制度へ加入して現在に至っている。雇用保険についても同様であって、短時間労働被保険者以外の一般被保険者として扱われるに至っており、鳴門市でも全従事員を一般被保険者としている。

労働者災害補償保険との関係では、競艇事業について開催期間(準備期間を含む。)に使用する労働者が5人以上の場合、強制適用事業であるとされ、鳴門市においても労働者災害補償保険法の適用を受ける事業場として労働保険の年度更新を行っている。

(2)  離職餞別金の扱い(甲35、乙12、弁論の全趣旨)

ア  前記した臨時的任用による採用が繰り返される形式が採られてきたことを背景に、従事員は各競走場で組合を結成し、各組合は全国組織であるa労働組合で団結し、団体交渉を行い、年間の採用が土、日、祝日を中心に年間220日程度となる競走事業の円滑な運営のため安定した雇用を確保する必要性もあったことから、昭和40年ころ、各組合と施行者間で労働協約が締結され、離職餞別金等の制度が実施されるに至った。

平成15年度までは、全国の24競走場すべてで離職餞別金が支給され、うち1競技場ではそれが条例で制度化され、他の23競技場では条例で規定されることなく支給された。その後、平成22年度までの間に、経営合理化のため6競走場で制度自体が廃止され(施行者の民間会社への委託を含む。)、1競走場で離職餞別金制度が条例化された。

イ  離職餞別金は、所得税法上、同法30条1項に規定する退職手当に該当するものとして扱われ、退職所得控除額の算定に当たって問題となる勤続年数は、原則として登録名簿に登録期間中の雇用日数に1.4を乗じ、これを365日で除して算出されるが、当該年数が登録期間を所得税法施行令73条1項1号の勤続年数とみなして計算した勤続年数を超える場合には登録期間を勤続年数とみなして同号の規定により計算した勤続年数によるとされている。

なお、行政実例では、職員の永年勤務に対する功績報償としての退職手当に相当するものについて、従事員は短期の臨時雇用であり、常用の身分関係はなく、退職金支給の義務はないとされている(昭和36年5月24日自治省公務員課長回答)。

ウ  給与条例15条は、原則として勤務期間6月以上で退職した場合、企業職員で常時勤務を要するものに対して退職手当を支給する旨定める。その金額は退職手当の基本額(原則、その者の退職日の給与月額に勤続期間に応じて一定の割合を乗じて得た額の合計額)に退職手当の調整額(職員としての在職期間に応じて定められる金額)を加えて得た額である(鳴門市企業職員給与規程12条、鳴門市職員退職手当支給条例2条の4、3条、6条、6条の4)。

(3)  本件補助金に係る離職餞別金の交付状況(甲16)

共済会は、平成22年6月30日付けで登録名簿から登録を抹消した32名に対して合計1億0818万2222円を支出した。このうち共済会自身の負担額は360万8500円であり、前記離職餞別金交付に占める本件補助金の割合は、97パーセント弱である。

従事員が支給を受けた離職餞別金の最高額は、勤続年数(登録名簿への登録期間)41年の者に対する428万7505円であり、最低額は勤続年数12年の者に対する116万1870円である。

2  原告らは、本件補助金の交付が法律ないし条例に基づかない退職金の支給であって給与法定主義に違反する旨主張する。

給与法定主義は、地方公共団体が法律又は条例に基づかずに職員に給与その他の給付をすることを禁ずるものであり、本件補助金の交付は、直接には共済会に対するもので、直ちに給与法定主義に抵触するものではないが、地自法232条の2に基づく補助金の交付は、公益上の必要がある場合に認められるところ、本件補助金を原資とする離職餞別金の交付が給与法定主義の趣旨に反し、これを潜脱するものである場合には、公益上の必要性についての裁量権の範囲を逸脱するものとして、本件補助金の交付は違法となるというべきである。

この理は、給与法定主義を定める地自法204条の2の適用を地方公営企業について除外する旨の規定はなく、地公企法38条4項が企業職員の給与の種類及び基準は条例で定めるとし、地公労法8条が条例に抵触する協定が締結された場合には条例の改廃措置を採るべき旨を定めていることから、地方公営企業の場合も変わらない。

3  そこで、本件補助金を原資とする離職餞別金の交付が給与法定主義の趣旨に反し、公益上の必要性を欠くものか否かについて検討する。

(1)  離職餞別金は、離職すなわち登録名簿からの抹消を支給原因とし、その使途に限定はなく、その額は、日額賃金、在籍年数及びこれを基準とする支給率を基準に算出されるものであって、平成22年6月30日付の登録抹消者に交付された金額も最低でも116万円余りで、平均額は300万円を超え、400万円以上の支給を受けた者もあるなど比較的高額に及んでおり、所得税法上も退職手当として取り扱われていることも踏まえれば、退職金としての性格を有することを否定はできない。

離職餞別金自体は共済会から従事員に対して支給されるものではあるが、本件補助金の割合が平成22年6月30日付けの登録抹消者に支給された離職餞別金の原資に占める割合は97パーセントと高く、補助金額の算出方法も離職餞別金の算出方法とその大部分を占める主要な部分において共通することに加え、離職餞別金補助金の交付申請は従事員への離職餞別金支給を目的とする旨明示してされ、鳴門市もこれを前提に本件補助金を交付しているから、本件補助金の交付が実質的に従事員に対する退職金支給としての性格を有していることも否定はできない。

(2)  他方、従事員の就業状況は、形式上その必要に応じて就業日を指定した採用通知書を発して採用する臨時的任用によっているものの登録名簿への登録を前提に同一の者が必要に応じて繰り返して採用されており、その日数も年間で220日を超え、1人当たり平均の週間勤務時間も30時間程度であって、常勤の職員、企業職員の週間勤務時間38.75の4分の3を超えるものであるから通常の常勤職員の就労状況に類する状態にある(人事院規則15―15は、国家公務員に関するものではあるが、非常勤の職員の勤務時間は、原則として常勤職員の勤務時間の4分の3を超えない範囲内とする。)。

このような従事員の就労実態に照らして、競艇事業内部で登録名簿搭載期間を勤続年数と捉え、年次有給休暇や昇級の制度が設けられ、また、減給、採用停止、登録抹消などの処分が定められているのみならず、健康保険や厚生年金、労働者災害補償保険など鳴門市内部に留まらない事項との関係においても登録名簿への登録期間は競艇事業に雇用されていることを前提として一般被保険者として扱われている。

以上の従事員の就労実態及びこれに付随する種々の法律関係の整備の状況に鑑みれば、従事員の採用は臨時的任用による日々雇用の形式によっているが、その実態は、むしろ常勤の地方公務員に準じる関係にあるといえる。

地自法204条及び205条は、常勤の職員を対象に退職手当、退職一時金、退職年金を支給することができる旨定め、給与条例も勤務期間が6月以上の常時勤務を要する者を退職手当支給の対象とするが、前記従事員の就業実態に照らせば、従事員には退職手当を受領するだけの実質が存在し、離職餞別金の形で実質的な退職手当を支給することが、常勤の職員を退職手当の対象とする地自法及び給与条例の趣旨に反するとはいえない。

そして、従事員に対する離職餞別金その他退職手当の支給については条例上規定がなく、給与規程上も従事員の給与に退職手当は含まれていないが、これは従事員が臨時的任用による一般職の地方公務員であるとの理解に基づくものと推認され、必ずしも従事員に対する退職手当の支給が前記法及び条例の趣旨に反することの根拠となるものではない。

(3)ア  従事員の就労状況及び前記離職餞別金の金額の算出方法に照らせば、離職餞別金は賃金の後払的性格、永年勤続に対する功績報償の性格を有すると解される。従事員の臨時的任用が繰り返されることによる特殊かつ継続的な関係であることを背景に従事員によって組織された組合との全国的な団体交渉によって締結された協定に基づき、昭和40年代から多くの競技場において離職餞別金の制度が継続的に実施され、共済会の掛金も賃金から控除して納付される形態をとっていることからすれば、離職餞別金及びこれに対する鳴門市の補助は、従事員に係る労働関係の関係者間に共通の認識が存在し、慣行上、確立したものであった。

イ  また、就業規程26条が、従事員相互の共済及び福利増進を図るため共済会を設立することができ、企業局長は、共済会に対して必要な援助をすることができる旨を定め、共済会は、従事員の相互共済により福利厚生及び互助融和を図ることを目的とし、その目的の達成のために事業を行っていること、離職餞別金補助金が共済会の行う事業に対する補助であることに照らせば、離職餞別金補助金は従事員の離職後の生活に対する生活保障の性格をも有するものと解される。

この点、地公法45条は、共済制度を実施すべき旨定め、これには職員が相当年限忠実に勤務して退職した場合等におけるその者又はその遺族に対する退職年金に関する制度が含まれていなければならないとし、同条6項に基づき地方公務員等共済組合法に基づく共済制度が設けられており、この共済制度は地方公務員の生活の安定と福祉の向上をも目的とするが、臨時的任用であると理解された従事員に対して、退職時の共済制度が適用されてきたことは窺われない。前記のとおり、賃金規程上、従事員の賃金に退職手当は含まれておらず、登録抹消時に鳴門市から従事員に対して直接金銭が支給されてきたことを窺わせる事情もない。従事員の登録抹消時の共済制度の不備は、従事員の就業状況が前記のとおり実質的には継続的なものでありながら臨時的任用によっていることに起因し、この特殊な関係については法的整備の必要性の指摘も含めた照会がされていたものであり、共済掛金を賃金から控除して納付する方法を採用していることからすれば、離職餞別金の制度自体は登録抹消時の共済制度の不備を補完するものと位置づけることが可能である。

ウ  原告らは、複数の裁判例(甲22~26)が共済会を介した退職給付を脱法行為であり違法と判断したとするが、指摘の裁判例は、いずれも共済制度が整備され、退職手当の支給も受ける常勤職員によって組織される互助会を介して実質的に退職手当の上乗せがされている事案であって本件とは事案を異にする。

(4)  地自法204条の2が、いかなる給与その他の給付も法律又はこれに基づくその他の給付も法律又はこれに基づく条例に基づかず支給することができないとして給与法定主義を採用する趣旨は、職員に対する給与の支給を議会の制定する条例に基づかせることにより、地方公務員の給与に対する民主的統制を図るとともに、地方公務員の給与を条例によって保障することにある(最高裁平成22年9月10日判決民集64巻6号1515頁参照)。地公企法38条4項が企業職員の給与の種類及び基準は条例で定めるとし、地公労法8条は、条例に抵触する協定については、その改廃措置を講じるべき旨を定めて、地方公営企業との労働協約も条例に抵触する場合には効力を有しないことを前提としているが、その趣旨は、地方公営企業が特別会計を設けて独立採算制をとり(地公企法17条、地方財政法6条)、職員も行政権限の行使その他の一般行政事務に従事するものではなく、むしろ民間企業における業務と類似することがあることから、一般の地方公務員と異なり、その給与について職務給に加えて能率給を採用し、地公企法10条に基づく管理規程によることで、その会計に即した対応を可能にしたもので、その決定に係る考慮要素を定め、給与の種類と基準を要請する職員の給与に対する民主的統制を図り、公金が不当に支出されることを防止したものと解される。

(5)  従事員の就労実態は、常勤に準じる継続的なものであるから、給与条例2条3項、15条に基づき退職手当の支給を受けることができる企業職員に準じた取扱いをする余地があり、離職餞別金についての公金負担額については賃金規程ではなく補助金規程ではあるもののその算出基準が明確にされており、従事員が常勤に準じる継続的な就労実態がありながら、登録抹消時に鳴門市から直接支給を受ける金員はなく、離職餞別金の支給をまって初めて賃金の後払い、共済制度として要請される退職後の生活保障を受けられるものであって、その金額も社会的相当性を逸脱するものとはいえないことも踏まえれば、離職餞別金補助金の交付に対して、地方公営企業の職員の給与に対する民主的統制が図られていないということはできず、離職餞別金の交付が給与法定主義の趣旨に反するものとはいえないものというべきである。

(6)  以上のとおり、従事員の就労実態及びこれを踏まえた離職餞別金の性格、金額に照らせば、給与法定主義の趣旨に反し、これを潜脱するものとはいえず、離職餞別金補助金の交付に公益上の必要性があると判断したことが裁量権の逸脱、濫用であるとは認められないから、本件補助金の交付決定及びこれに基づく支出命令、支出が違法であるということはできない。

なお、付言するに、離職餞別金は、その退職金支給として性格を否定し難いにもかかわらず、これを補助金名目で支出していることについて、給与法定主義の見地から適法性に疑義が生じているものであり、その背景には、従事員の任用関係について登録名簿制を背景とする常勤ないしこれに準じる継続的勤務関係と臨時的任用という採用形式が必ずしも整合していないことがあると考えられる。そして、過去の補助金の交付等が違法とはいえないことは前記のとおりであるが、前記のような適法性の疑義を避けるためにも、関連制度の条例化、従事員の採用形式等を含めた制度の再検討が望まれる。

第4結論

以上のとおり、本件補助金交付が違法であるとは認められず、これを前提とする原告らの請求は、その余の点について判断するまでもなく、理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用については行政事件訴訟法7条及び民事訴訟法61条、65条1項本文を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 齋木稔久 裁判官 入江克明 杉山文洋)

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