徳島地方裁判所 平成9年(ワ)366号 判決 1998年10月16日
原告
加林武
原告
伊澤登
右両名訴訟代理人弁護士
林伸豪
同
川真田正憲
被告
有限会社中央タクシー
右代表者代表取締役
和田吉郎
右訴訟代理人弁護士
井内秀典
同
田中浩三
主文
一 被告が原告加林武に対して平成八年四月二二日に行った解雇の意思表示が無効であることを確認する。
二 被告は、原告加林武に対し、金三八〇万三九四一円を支払え。
三 被告が原告伊澤登に対して平成八年三月八日及び同月一八日に行った各出勤停止の意思表示がいずれも無効であることを確認する。
四 被告は、原告伊澤登に対し、金七〇万六九二七円を支払え。
五 原告らのその余の請求をいずれも棄却する。
六 訴訟費用は被告の負担とする。
七 この判決は、二、四項に限り、仮に執行することができる。
事実及び理由
第一請求
一 主文一ないし四項、六、七項につき同旨
二 被告は、原告加林に対し、金五〇〇万円及びこれに対する平成九年八月一五日(本訴状送達の日の翌日)から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
三 被告は、原告伊澤に対し、金一〇〇万円及びこれに対する平成九年八月一五日(本訴状送達の日の翌日)から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
第二事案の概要
本件は、被告会社の女子従業員のセクハラ問題に関連して申し立てられた別件仮処分事件(当庁平成八年(ヨ)第二一号)の裁判支援活動に伴う原告らの行為等を理由に解雇あるいは出勤停止の処分を受けた原告らが、被告会社に対し、原告らの行為等が就業規則所定の懲戒処分事由に該当せず、また、これが被告会社の不当労働行為意思に基づく不利益取扱いであるとして、各処分の効力を争い、右懲戒処分の無効確認並びに未払賃金及び慰謝料の支払を求めた事案である。
(争いのない事実)
一 当事者
原告加林武及び原告伊澤登は、昭和五八年四月に被告有限会社中央タクシー乗務員として就職し、今日に至っている。原告加林は、被告会社の主にタクシー乗務員で構成する全国自動車交通労働組合総連合徳島地方連合会中央タクシー労働組合(以下「組合」という。)の委員長を、原告伊澤は、組合の書記長(ただし、平成八年当時は書記長代行)を務めている。
被告会社は、一般貸切旅客自動車運送事業(いわゆるタクシー運送業)等を営む会社である。
二 本件懲戒処分
被告会社は、組合に所属する被告会社の女子従業員が被告会社の幹部職員からセクハラ行為を受けたことに端を発した組合の裁判(別件仮処分事件)支援活動に伴う原告らの行為等が、就業規則所定の懲戒処分事由に該当することを理由に、原告加林に対しては、平成八年三月二二日、同年四月二二日付けで解雇する旨の通告をし、原告伊澤に対しては、同年三月七日、翌八日より一〇日間出勤停止とする旨、更に引き続いて、同月一八日、同日より一〇日間出勤停止とする旨の各通告をした。
三 原告らの給与等
1 原告加林は、前記解雇通告前、被告会社より、月額平均三〇万八六五〇円の給与の支払を受け、支払方法は翌月の一〇日払であった。なお、原告加林の平成八年四月分の給与は二〇万八五〇九円、未払額は一〇万〇一四一円である。
2 原告伊澤は、前記出勤停止の通告前、被告会社より、月額平均二五万一三五七円の給与の支払を受け、支払方法は原告加林と同様であった。
四 本件仮処分事件
原告らは、本件の解雇、出勤停止につき、被告会社を相手に従業員地位保全等の仮処分を申し立て(当庁平成八年(ヨ)第五四号事件、以下「本件仮処分」または「本件仮処分事件」という。)、平成九年六月六日、地位保全等を認める決定を受け、その結果、原告加林は、同月一二日より職場に復帰した(なお、原告伊澤は平成八年六月一日より職場に復帰している。)。
(当事者の主張)
一 原告らの主張
1 原告加林に対する解雇の無効
(一) 本件解雇の不当労働行為性
(1) 本件解雇は、組合を敵視し、とりわけ、被告会社がセクハラ問題で抗議した女性三名を解雇した事件について、原告らが所属する組合が右三名を全面的に支援し解雇撤回の闘争を展開し、原告加林がその中心となって奮闘していたことを嫌悪して、組合を壊滅すること及び原告加林を被告会社より排除することを目的として行ったものであるから、不利益取扱い(労働組合法七条一号)として不当労働行為に該当し無効である。
(2) 原告らは昭和六二年に組合を結成し、以後一貫して組合活動を続けてきた。これに対し、被告会社は常に組合を敵視し、被告会社代表者和田吉郎は、「組合の言うことは聞かん。組合の言うことを聞くんだったら、ドブへ捨てる。」と組合を敵視する言動をしてはばからなかった。また、組合結成の年の年末にはこれまで支給していた歩合の五パーセントのいわゆる「残し」というボーナスを組合員には支給しないという不当な措置をとり、このため動揺した組合員が多数脱会し、組合員の数は結成当初の三十数名から十数名に半減した。また、委員長である原告加林には、客観的な一定の水揚げ額に基づいて支給していた「社長賞」を組合結成以後は基準額に達しているにもかかわらず支給しないという不当な差別扱いを行った。さらに、被告会社が、原告加林の言葉尻をとらえて出勤停止にするなど不当労働行為は枚挙にいとまがなく、原告加林は、これまでに二度地方労働委員会に対し不当労働行為救済申立手続を行っている。このような不当労働行為の延長線にあるのが本件の原告らに対する懲戒処分である。
(二) 解雇事由の不存在(解雇権の濫用)
(1) 被告会社の原告加林に対する解雇事由は、<1>平成四年九月四日原告加林が「和田社長が相互タクシーを買ったのは組合がいろいろと会社に対して攻撃をしかけ、会社が経営困難に陥り、手放すようにしむけたからだ、もっと買えるようにしてあげようか。」と発言したこと、<2>平成五年一〇月三〇日従業員松浦が死亡した事件につき、原告加林は事故の責任が被告会社にあるものと決めつけて誤ったビラ(<証拠略>)を配布し、被告代表者に「会社が従業員を殺した。」と申し向けたこと、<3>平成八年三月一七日、セクハラ解雇事件につき、被告代表者への個人的中傷や被告会社等にセクハラがあったとしたビラを配布したことの三点である。
しかしながら、そもそも右<1>は解雇時点から四年前、<2>は三年前のことである上、いずれもその当時問題にされていないことからも明らかなように、全く問題ない内容のものであって正当な事由とはなり得ない。
(2) 前記<1>に対する反論
前記<1>の発言は原告加林のものではなく、原告加林には何ら責任がない。なお、この点に関する事実は次のとおりである。すなわち、被告代表者は平成四年九月の団交の際、組合上部団体の平田敏行に対し、「あんたの組合には、足を向けて寝れん、あんたの組合ができたお陰でわしは、巴も、蔵本も、相互も買うことができた。」旨申し向け、これに対し平田が「ほうやな。」と応答しただけのことである(<証拠略>)。
(3) 前記<2>に対する反論
被告会社の主張する言動は、原告加林のものではなく、当時既に被告会社を辞めていた国府田が述べたもので、原告加林はむしろこれをとめたほどである。また、(証拠略)のビラは問題となるような内容のものではないし、そもそも原告加林はその作成にも配布にも関与していない。
なお、原告らが組合を結成した最大の動機は、交通事故の運転者負担の廃止ないし軽減と、月額六〇万円という高額のノルマを達成しないと五パーセント分のボーナスが支給されないという高度累進歩合制の撤廃であった。後者はタクシー労働者にとって過酷な条件であって、これを達成するためには優秀な運転手でも長時間の深夜勤務を余儀なくされたから、ノルマ達成のために健康を害する蓋然性が高いものであった。このため組合は、結成以来高度累進歩合制の廃止(ノルマ制の廃止ではない。)を要求し続け、平成三年にいったんこれを獲得することができたが、被告会社はこのような労働者に不利益をもたらす重大な労働条件の変更を組合の同意なしに平成五年九月一日から突然復活させた。そこで、組合は、平成五年八月二八日、文書で高度累進歩合制復活に断固反対する旨の申入れをし(<証拠略>)、以後一貫して反対の行動をとり続けていた(<証拠略>)。
このような経緯の下で、原告加林や組合が危惧したとおり、高度累進歩合制復活の二か月後の同年一〇月三〇日未明、組合員松浦が長時間労働による過労のため居眠り運転の自損事故によって死亡した。原告加林は、たまたま松浦死亡の数時間前、過労のためか体調のよくない松浦が、ノルマ達成まであと少しだから頑張る、五パーセントの差は大きい旨述べていたことから、松浦の死亡は高度累進歩合制復活の結果であると確信していたのであり、これは、組合の意見でもあったから、被告会社に責任があると組合が主張するのは当然のことである。
(4) 前記<3>に対する反論
被告会社の無線室に勤務する女子従業員が、被告会社の幹部からセクハラ行為を受けたとして、無線室長が、当該幹部に注意すべく問いただしたところ、逆にこれがもとで無線室長、セクハラ被害を受けた当事者、その同僚の三名の女子従業員が解雇されることになった。そこで、組合は彼女らの訴えを受け、解雇撤回の闘争を支援することにし、右三名は、当庁に対し同年二月一四日の解雇無効を理由に従業員の地位保全の仮処分の申立てを行った。
前記<3>の原告加林の言動は、右裁判支援闘争の経過の中で行われたものであるが、右セクハラ解雇事件は、右申立て及びこれと同時に行われた記者会見を通じて事件の全容が公表され、新聞は「中央タクシーグループでセクハラ注意解雇は不当」として公に報道した(<証拠略>)。このように、この段階で、中央タクシーグループでセクハラ解雇問題があり人権侵害であるとして申立てがなされた事実は、広く県民の知るところとなっていたのである。被告会社が問題にしているビラは、右報道よりも一か月以上も後のことであり、不当解雇を撤回せよとの組合の主張部分以外は右報道記事とほぼ同一内容のものであるし、このビラの内容、その配布行為に何ら問題がないことは、本件仮処分事件の決定理由でも認められているところである。
2 原告伊澤に対する出勤停止の無効
(一) 本件出勤停止処分の不当労働行為性
原告伊澤に対する本件出勤停止処分は、原告加林に対する解雇と同一の目的をもってなされたものである。平成八年三月七日、このことは、別件仮処分の第一回審尋が当庁で行われた際、被告代表者は、原告伊澤に対し、「会社の車を使って裁判所へ行ったのは組合運動だ、仕事中の組合運動は認めていない、始末書を書け。」と迫ったことからも、被告代表者が、組合運動を極端に嫌悪していたことは明らかである。
このように、組合の書記長という要職にある原告伊澤に対する出勤停止処分は、組合弱体化を狙う不利益扱いであって不当労働行為に該当し無効である。
(二) 本件出勤停止処分に係る懲戒事由の不存在
(1) 平成八年三月八日付け出勤停止処分について
(ア) 被告は、原告伊澤について、平成八年三月七日に別件仮処分の第一回審尋に支援のためタクシーで裁判所に赴き、直ちに休憩に入り、その後、約一時間二〇分の休憩を取ったことが、就業規則六条四号の「就業時間中会社の車両を利用して組合活動をした」ことに該当し、更に休憩時間(一時間)を二〇分超過している上、定められた届出、承認を得ていないから、同三四条一項、六五条一項一号に違反するという。そして、右就業規則違反を理由に原告伊澤に対し始末書を書くよう求めたが、原告伊澤がこれを拒否したので同年三月八日付けの一〇日間の出勤停止処分をしたとする。しかしながら、始末書の提出命令は、懲戒処分を実施するために発せられるものであって、労働者が雇傭契約に基づき、使用者の指揮監督に従い労務を提供する場において発せられる業務上の指示命令ではないこと、また、始末書の提出の強制は、個人の意思の尊重という法理念に反することから、右命令は懲戒処分発行の要件となるべき業務上の指示命令には該当しないものであるから、被告会社が原告伊澤の始末書提出拒否を就業規則六五条一項四号の業務上の指示命令違反として、同六四条五号に基づき出勤停止処分を行うことはできないものである。
(イ) 原告伊澤は、同年三月七日、別件仮処分事件の当事者の一人を実車(有料乗車)し、同人を当庁まで届け、午後三時ころ直ちにチャージを無線室に連絡し、休憩に入った。そして、女性三名の審尋の支援を行った後、午後四時一五分ころ、オープンの連絡を無線室に入れ、休憩を解除した。そして、再び同人を実車して自宅まで送ったものである。被告代表者は、原告伊澤が右事件当事者を当庁まで実車すること自体が組合活動であると決めつけているが理由がない。また、休憩時間やその取り方についての被告会社の主張も理由がない。被告会社のタクシー運転手は合計二時間の休憩が認められていることから、一時間を超えて連続一時間半、あるいは二時間をとることが常態化しており、一時間を超えたことによって処分を受けた例はこれまで皆無で、被告代表者も、運転手が事実上一時間を超えて休憩をとることを容認してきたことを認めている。上司の承認等については運転手には適用されない性質のものであり、あえて適用するとすれば、事務職員のみである。休憩時間中に組合活動をすることについての届出がないとの主張については、そのような規則もなく、また、休憩時間は労働者が自由に利用できるものである。
したがって、いずれの観点からしても、第一回目の原告伊澤に対する出勤停止処分は理由のない無効なものである。
(2) 平成八年三月一八日付け出勤停止処分について
被告会社は、平成八年三月一七日に、原告加林らとともに徳島駅前でビラ配りをしたことを理由として、再度同年三月一八日付けで出勤停止の通告をしたと主張する。
しかしながら、同年三月一七日のビラ配りが何ら問題のないことは、原告加林について述べたところと同一である。
(3) 原告伊澤は、同年三月二七日に出社したところ、三たび、始末書を書くまで出勤停止である旨を通告され、就労を拒否された。その後、被告会社は、原告伊澤らによる本件仮処分申立て(平成八年五月二日)の後である同年五月一五日になり、出社を促す連絡をしてきたが、被告会社が指定した乗車車両が、同社で最も旧いものであったので、原告伊澤は、同車両では客が遠のきノルマの達成すら難しいと考え、従前使用していた車に乗せるよう強く求めたところ、被告会社より、一か月先からはそのようにする旨の口頭の回答があった。しかし、会社に対して大きな不信を持っていた原告伊澤が、右内容を文書にしてほしい旨申し入れたが、その後、被告会社より回答がないまま経過し、同年五月二八日に会社から連絡があり、同年六月一日より就労することで話合いが成立したものである。したがって、平成八年五月一五日以降、同年五月三一日まで原告伊澤が出社しなかったことは、就労拒否に該当しないから、この間も原告伊澤に賃金請求権がある。
(三) 原告らの慰謝料請求
(1) 原告加林について
原告加林は、本件解雇により本件仮処分申立てを余儀なくされ、同事件で全面的に勝訴するまでの約一年二か月の間、無収入を余儀なくされたばかりでなく、仮処分申立てのため弁護士に依頼せざるを得ず、その間の経済的な困窮及び物心両面にわたる苦痛には、大きいものがあった。特に、被告代表者は解雇にあたり、「もし裁判で負けても、金を払ったら済むでないか、加林は月に三〇万円の収入として定年までの一〇年間の三六〇〇万円支払ったら済むでないか。」との言葉を投げつけ、原告加林の日々労働するという人格権をも侵害している。
また、被告会社は原告加林に対し、前記仮処分決定の後である平成九年六月より同年一一月一〇日までの間、それまで乗っていた小型車をとり上げ旧い中型車を押しつけてきた。このため原告加林は、月に約一二万円くらいの減収となった。
以上、被告会社の原告加林に対する解雇は不法行為にあたることが明らかであり、これによって被った原告加林の精神的苦痛に対する慰謝料としては五〇〇万円が相当である。
(2) 原告伊澤について
原告伊澤は、二度の出勤停止により本件仮処分申立てを余儀なくされ、その後原告伊澤が復職した平成八年六月一日までの間無収入の状況におかれたものであり、また、弁護士にも依頼せざるを得なかったものである。さらに、被告会社は、前記仮処分決定直後に、原告伊澤がそれまで乗っていた車両をとり上げ平成九年一一月まで旧型の中型車を押しつけた結果、原告伊澤の減収は、甚だしく、最低賃金を下まわる金額となったものである。このように、原告伊澤に対する出勤停止は、明らかに理由のないもので、その結果、原告伊澤の労働者としての人格権を侵害している。これによって、原告伊澤が被った精神的苦痛に対する慰謝料としては一〇〇万円が相当である。
二 被告会社の主張
1 原告らの誠実(忠実)義務違反
労働者は労働契約の締結に際しては、使用者に対して労働を提供することを約するほかに、黙示的に使用者に対して使用者の利益を不当に侵害しないように行為することも約するものというべきであるから、労働契約を締結した以上、企業の内外を問わず、広く使用者の利益を不当に侵害してはならないのはもちろん、不当に侵害するおそれのある行為をも慎むべき忠実義務を負うものと解するべきである。
ところで、被告会社における原告らの行動は、使用者の利益を不当に侵害し、または侵害するおそれのあるものであり、右に述べた誠実義務に違反するものである。
2 原告加林に対する解雇の有効性
被告は、原告加林に対し、三〇日前(平成八年三月二二日)に解雇予告をした上、同年四月二二日に普通解雇を行っている。そして、本件解雇は、次に述べるとおり、正当な解雇事由に基づくもので有効である。
(一) 被告会社は、労働組合の存在及び活動は承認しており、これまでも組合の存在自体あるいは当然の権利としての組合活動を敵視するものではなかった。当然、団体交渉等の要求には応じてきたし、その中で組合の意向にそう労働条件改善も行ってきている。
しかるに、原告加林は、正当な組合活動の範囲を逸脱した言動をとることが再三あり、時には被告会社を潰そうと意図しているとさえ疑われる言動を繰り返した。例えば、平成五年一〇月三〇日、被告会社の乗務員が自家用車で帰宅途中に居眠り運転をして信号柱に激突して死亡するという事故が発生したが、原告らは右事故の責任が被告会社にあるものと決めつけ、「被告会社が乗務員に対して厳しいノルマを課しており、乗務員は長時間働かざるを得ない。」とか、「被告代表者は労働基準監督署から出された是正勧告を全く無視した。」などの誤った内容の事実や、「今後乗客を巻き添えにした重大事故が発生する心配がある。」などと一般乗客に根拠のない不安を煽るような内容のビラを配布した。また、原告加林は、被告代表者に対して直接あるいは間接に、「被告会社が従業員を殺した。」などと申し向けた。さらに、平成四年九月四日ころ、原告加林は、同席した組合関係者とともに、被告代表者に対して、「被告代表者が相互タクシーを買えたのは、組合がいろいろと被告(ママ)会社に対して攻撃を仕掛け、被告(ママ)会社が経営困難に陥り、手放すようにし向けたからだ、もっと買えるようにしてあげようか。」と、組合の活動の仕方如何で被告会社の経営が困難に陥ることがあることをほのめかす発言をした。
(二) かかる経緯を経て、平成八年二月ころ、被告会社女性従業員三名に対する解雇をめぐり、右職員らが解雇無効を争う別件仮処分事件があった。その事件について、同年三月一七日、原告加林は自ら責任者となり、他の組合員と共に、右解雇の撤回を訴えるビラを徳島駅前で配布したが、その内容は、単に解雇の撤回を訴えるに止まらず、被告代表者に対する個人的中傷や被告グループ企業の信用を損なうような記載があり、ビラの配布は正当な組合活動の範囲を逸脱するものであった。すなわち、「被告代表者自ら、Bさんが入社したとき『ひとり暮らしなのに、やっていけるんか、わしの女になるんだったら金ぐらい出してやる。』と何度も言っていたのです。結婚式場(祥雲閣)を経営する社長の言動とは思えません。」旨記載し、被告代表者の名誉を毀損している。また、セクハラについてもまだ裁判で係争中であるにもかかわらず、セクハラがあったものと決めつけた上、被告代表者の経営する企業の名を連記し、他のタクシー会社や結婚式場、料亭等でもセクハラが行われているかのような誤解を招く、少なくともグループ全体をセクハラと結びつけ、企業イメージや信用を著しく悪化させている。なお、結婚式場の祥雲閣では、現実に、右ビラによるイメージダウンが原因で、大幅な減収を招いている。
(三) 原告加林の右行為は、被告会社及び被告代表者個人に対する名誉毀損行為であり、被告会社の経営に大きな打撃を与えるものであり、正当な組合活動の範囲を逸脱したものである。したがって、右行為は、就業規則三〇条一項二号の「反社会的行為により会社の名誉及び信用を傷つけ従業員として不適当と認めたとき」に該当し、また、同規則六六条七号、一七号、二七号の懲戒解雇事由にも該当する上、さらに、同規則五条一項、二項、八項、九項に違反し、かつ、違反の情が重いので、この点でも懲戒解雇事由に該当する(同六五条一項一七号、六六条三八号)。被告会社は、多数の社員を抱えており、社員らの生活のかかった労働の場であるところ、これ以上原告加林の逸脱行為を許していては被告会社の存亡にかかわると判断し、やむなく解雇に踏み切ったのである。本件解雇は、組合を忌み嫌ってのものではないし、組合潰しのためでもなく、従業員の生活のかかった被告会社を守るためである。
(四) なお、原告加林の正当な組合活動の範囲を逸脱した言動は、本件仮処分後も続いている。すなわち、右仮処分決定後、原告加林は職場に復帰しているが、組合は、被告会社に対して、二〇〇〇万円もの金員を要求している。被告会社がこのような多額の金員を支払わなければならない根拠は全くなく、かかる要求も原告加林の逸脱行為の現れにほかならない。
3 原告伊澤に対する出勤停止処分の有効性
原告伊澤に対する平成八年三月八日付け及び同月一八日付けの各出勤停止処分は、いずれも正当な懲戒事由に基づくもので有効である。
(一) 原告伊澤は、平成八年二月ころ、女性従業員に対するセクハラ問題が起こった際、直属の上司である片山勉に対して、「おまえを首にしてやる。首を洗って待っておれ。」などと職場の秩序を乱す不穏当な言動をとることがあった。いくらセクハラ問題で争っていたとしても、上司に対して、右のような発言を行うことは許されない。
(二) そんな中、原告伊澤は、同月二七日、徳島西警察署の取調べを受け、過去四年間(平成四年から同八年二月にかけて)にわたり無車検、無保険の車両に乗って通勤していることが発覚し、原告伊澤は罰金一〇万円の有罪判決及び三〇日間の免許停止処分を受けたほか、被告会社も右警察署により監督不十分との注意を受けた。原告伊澤の右行為は、プロドライバーとしてあるまじき違法行為であり、就業規則五条一項一号、同条二項四号の服務規律違反であるとともに、「社会的規範に反する行為であって会社又は従業員たる体面を汚したとき」との諭旨・懲戒解雇事由に該当するものであった。
しかし、被告会社は、最も軽い懲戒処分である訓戒処分とし、同年三月二日に始末書を提出させて将来を戒めた。
(三) (三月八日付け出勤停止処分に係る事実)
(1) 原告伊澤は、同月七日、前記セクハラ問題に端を発した女性従業員申立てに係る別件仮処分事件の審尋の際、被告会社のタクシーで被告会社では禁じている特定人と事前の約束の上送迎を行い、裁判所に営業車を駐車させ、被告会社に届出なく、約一時間二〇分の間女性従業員の応援活動を行った。他の従業員も裁判所に来ていたが、営業車で来て駐車していたのは原告伊澤だけである。
(2) 就業規則によれば、会社の許可なく就業時間中に会社の車両を利用して組合活動をすることは禁じられており、右違反行為は諭旨または懲戒解雇事由に該当する(同規則六条四号、六六条三四号)。仮に、原告伊澤が休憩時間を利用して右活動を行っていたとしても、休憩時間(一時間)を二〇分超過しているし、規則で定められた承認や届出もしていないことから、就業規則三四条一項、六五条一項一号に違反するとともに、六六条一九号の諭旨・懲戒解雇事由に該当するものである。
被告は、原告伊澤が始末書を書き反省の情を示すならば軽い訓戒処分で止めようと思い、原告伊澤に始末書を書くよう求めてみたが、同伊澤はこれに従わず、反省の態度もみられなかったことから、やむなく一〇日間の出席停止を命じたのである(同規則六四条五号)。
(四) (三月一八日付け出勤停止処分に係る事実)
(1) 原告伊澤は、同月一七日、徳島駅前において、被告代表者に対する個人的中傷や被告以外のグループ企業の信用を損なわせるようなビラを配布した。中傷した内容につき被告代表者は否定しており、原告らから被告代表者への事実確認はなされていない。組合運動を行うに際し、被告代表者個人を中傷誹謗する必要はなく、他業務である結婚式場の信用低下を招くような内容を摘示する必要もない。被告としては、右行為が組合活動を逸脱したもので到底看過し得ないことから、翌一八日出勤した原告伊澤に対し注意をしたが、同伊澤に反省の色が見られなかったので、再度一〇日間の出勤停止処分を行ったのである。
(2) 原告伊澤の右ビラ配布行為は懲戒事由に当たるものであるし(同規則六六条七号・一七号・二七号、同六五条一項一七号、六六条三八号、五条一項・二項・八項・九項)、また、その無反省ぶりは同六六条一号にも該当する。
(五) ところで、原告伊澤の逸脱行為は右処分後も存しており、被告会社は、同年五月一五日から出勤するよう原告伊澤に要請したが、同伊澤は出勤する旨連絡しながら、その後約二週間にわたり欠勤し、平成九年一月以降も、同年五月三一日までの五か月間で一五日も無断欠勤を行っている。
さらに、原告伊澤が所属する組合は、本件仮処分後、被告会社に対して二〇〇〇万円もの多額の金員を要求している。かかる事実も原告伊澤の逸脱行為の現れである。
(六) 被告会社の出勤停止処分は、かかる原告伊澤の前記誠実(忠実)義務に反する行動を背景にして行われたものである。すなわち、平成九年三月八日の処分は、過去四年間無車検、無保険で運行の用に供してはならない車両を運行に供し、同年二月に本人のみならず被告会社も警察から注意を受けたこと、直属の上司に対する発言、態度に問題があったことを踏まえ、同年三月七日被告会社が禁じている客からの指名を受けて唯一人裁判所に営業車で乗りつけて駐車し、通常の一時間の休憩時間を超える一時間二〇分応援活動を行ったこと、さらに、業務上の指示命令である始末書の作成をも拒否したことに伴うものである。原告は一度に二時間の休憩をとることも許されると主張するが、夕食の時間帯にも休憩時間をとる方が通常である。また、同月一八日の処分は、前日、被告代表者個人を中傷誹謗し、他業務の結婚式場の信用低下を招くビラをまいたことを踏まえて、原告伊澤に反省の態度も見られなかったことからなされた処分である。
第三当裁判所の判断
一 原告加林に対する本件解雇の効力について
1 解雇事由の存否(解雇権濫用の有無)
(一) 被告会社が主張する解雇事由に関する規定は、<1>被告会社の就業規則三〇条(解雇)一項二号の「反社会的行為により会社の名誉及び信用を傷つけ従業員として不適当と認めたとき」、<2>六六条(諭旨解雇、懲戒解雇)七号の「社会的規範に反する(刑罰にふれなくとも一般社会通念上してはならないことなど)行為があって会社、又は従業員たる対面を汚したとき」、同条一七号の「外部から指摘を受ける言動を行い会社の信用を傷つけ、又は損害を会社に与えたとき」、同条二七号の「不用意な流言飛語を行ったり、他の従業員をそそのかしたり、又は扇動したとき」、<3>五条一項(服務規律)一号の「会社の信用と名誉を傷つける行為をしてはならない」、同項二号の「事業場の内外を問わず、従業員としての体面を損なう行為をしてはならない」、同項八号の「不用意な流言飛語を行ったり、他の従業員をそそのかしたり、又は扇動したりしてはならない」、同項九号の「生産意欲を阻害したり、業務能率を故意に低下させたり、若しくは低下させようとしたり、あるいは会社業務遂行の妨げになるような行為をしてはならない」、六五条(懲戒処置)一項一七号の「前各号に準ずる行為があったとき及びこの規則(付属の諸規程を含む)に違反したとき」、六六条三八号の「前条の各号に該当してその情が重いとき」、のとおりである(<証拠略>)。
(二) そして、右解雇事由に該当する原告加林の行為として、被告会社が主張している事実は、<1>平成四年九月四日ころ、原告加林は、同席した組合関係者とともに、被告代表者に対して、「被告代表者が相互タクシーを買えたのは、組合がいろいろと被告(ママ)会社に対して攻撃を仕掛け、被告(ママ)会社が経営困難に陥り、手放すように仕向けたからだ、もっと買えるようにしてあげようか。」と、組合の活動の仕方如何で被告会社の経営が困難に陥ることがあることをほのめかす発言をした、<2>平成五年一〇月三〇日従業員松浦が死亡した事件につき、原告加林は事故の責任が被告会社にあるものと決めつけ、「被告会社が乗務員に対して厳しいノルマを課しており、乗務員は長時間働かざるを得ない。」、「被告代表者は労働基準監督署から出された是正勧告を全く無視した。」、「今後乗客を巻き添えにした重大事故が発生する心配がある。」などと一般乗客に根拠のない不安を煽るような内容のビラを配布し、さらにまた、被告代表者に対して直接あるいは間接に、「被告会社が従業員を殺した。」などと申し向けた、<3>セクハラ解雇事件につき、平成八年二月ころ、被告会社女性従業員三名に対する解雇をめぐり、右従業員らが解雇無効を争う別件仮処分事件があり、同年三月一七日、原告加林は自らが責任者となり、他の組合員と共に、右解雇の撤回を訴えるビラを徳島駅前で配布したが、単に解雇の撤回を訴えるに止まらず、被告代表者に対する個人的中傷、及び、他のタクシー会社や結婚式場、料亭等でもセクハラが行われているかのような誤解を招き、少なくともグループ全体をセクハラと結びつけ、企業イメージや信用を著しく悪化させるような内容、すなわち「被告代表者自ら、Bさんが入社したとき『ひとり暮らしなのに、やっていけるんか、わしの女になるんだったら金ぐらい出してやる。』と何度も言っていたのです。結婚式場(祥雲閣)を経営する社長の言動とは思えません。」とのビラを配布した、という内容に要約される。
そこで、以下、被告会社主張の右事実の存否、解雇事由の該当性について検討を加えることとする。
(三) <1>事実について
証拠(<証拠・人証略>)によれば、平成四年九月四日ころ、原告らの所属する組合の上部組織である全日自労建設農林一般労働組合徳島県本部において執行委員長を務める平田敏行が原告加林らと共に同席し、被告会社と組合との団体交渉が行われたが、その席上、原告加林は「被告代表者が相互タクシーを買えたのは、組合がいろいろと被告(ママ)会社に対して攻撃を仕掛け、被告(ママ)会社が経営困難に陥り、手放すように仕向けたからだ、もっと買えるようにしてあげようか。」との発言を行っていないことが認められる(なお、前掲証拠中、右認定に反する部分は信用できず採用しない。)。
なお、右発言については、平田がそのとおり発言したのか、それとも、被告代表者が平田に対し、「あんたの組合には、足を向けて寝れん、あんたの組合ができたお陰でわしは、巴も、蔵本も、相互も買うことができた。」旨申し向けたのに対し、平田がこれに話を合わせるように「ほうやな。」と応答しただけ(<証拠略>)なのかどうかについては証拠上明らかではない。仮に前者の場合であったとしても、これを、直ちに、組合の活動の仕方如何で被告会社の経営が困難に陥ることがあることをほのめかすものと評価するのは無理であるし、そもそも、組合委員長という立場で交渉に臨んではいるものの、平田の言動を原告加林のそれと同視して解雇事由を基礎付けるのは明らかに行きすぎである。
してみれば、前記<1>事実の存在を認めることはできない。
(四) <2>事実について
(1) 証拠(<証拠・人証略>)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。
(ア) 原告らが所属する組合が結成されたのは、昭和六三年二月であるが、組合が結成された最大の動機は、交通事故の運転者負担の廃止ないし軽減と、高度累進歩合制の撤廃にあった。原告らは、組合結成以来、高度累進歩合制の廃止を要求し続け、平成三年六月の賃金改定によってこれを獲得することができた。ところが、被告会社は、右高度累進歩合制を二年間ほど廃止していたが、その間乗務員の労働意欲が以前より低下したため売上げが減ったものと判断し、平成五年九月一日から再び右累進歩合制を復活させた。通常のノルマ制から高度累進歩合制を復活することは、従来と同一の水揚げであっても六〇万円以下であると五パーセントの減額になることから、これは労働者に不利益をもたらす重大な労働条件の変更であり、労働者や労働組合の同意なしには強行し得ないところ、被告会社は組合の反対を無視し一方的にこれを強行した(この点、被告代表者は、その本人尋問において、原告加林が事前に右制度の復活に同意したなどと供述するが、組合はこれに一貫して反対する運動を進めていたのであり(<証拠略>)、原告加林の組合における立場を考えると右供述を信用することはできない。)。
(イ) 高度累進歩合制が復活して二か月後の同年一〇月三〇日未明、被告会社の乗務員で組合員でもある松浦敏が、自家用車で帰宅途中に居眠り運転をして信号柱に激突して死亡するという自損事故が起きた。原告加林は、たまたま右松浦死亡の数時間前、被告会社の食堂で同人と会話をしたが、その際、普段色白の松浦が土色の顔をしていたため無理をするなと注意したところ、松浦は、ノルマ達成まであと少しき(ママ)た、五パーセントの差は大きいので頑張る旨答えた。
(ウ) 松浦の葬儀の席には、被告代表者の長男(被告会社専務)や被告会社幹部、原告加林等が参列したが、その際、当時既に被告会社(乗務員)を辞めていた元組合員の国府田正明が、義憤に駆られて公然と、「被告会社が従業員を殺した。」旨の発言をした。原告加林は、葬儀の席では不適当と思い、国府田の発言を止めにかかった。
(エ) 被告会社の提出に係るビラ(<証拠略>)には、「和田吉郎は組合潰しノルマによる賃金カットやめろ」との大見出しが付いているほか、「『月間六〇万円をクリアしなければ一〇(ママ)%の賃金カット』という高いノルマに、乗務員は長時間労働をせざるを得なくなっている」、「労働基準監督署の是正勧告に対しても和田社長は無視するという態度で、乗務員を死亡させた反省はみじんもありません」、「今後、乗客を巻き添えにした重大事故の発生も心配されています」との記載等がある。
(2) ところで、一般に、労働組合はビラ配布等の文書活動をその重要な運動手段としているから、その記載内容がことさら事実を歪曲・誇張しているなどの事情がない限り、正当な組合活動であって、使用者もこれを受認しなければならないというべきである。そして、組合が了解なく復活された累進歩合制の廃止をビラ配布行為を通じて訴えることは、正当な組合活動であるし、業務終了後帰宅途上の松浦の居眠り運転が、ノルマ達成のために無理を重ねた末の過労に起因するものであったかどうかを的確に認定するのは困難ではあるが、当該ビラの内容は前認定のとおりであって、ことさら事実を歪曲・誇張しているとまではいうことはできず、したがって、正当な組合活動の範囲内というべきである(なお、原告加林は、<証拠略>のビラについては原告ら所属組合の上部団体である自交総連徳島地方連合会が作成・配布したもので、自分は一切関与していない旨主張するけれども、当該ビラの配布行為が組合活動の一環としてなされたであろうことは間違いないから、組合の委員長である原告加林が、右ビラ配布行為等に全く関与していなかったとの弁解は信用できない。)。
(3) 次に、被告会社は、原告加林が被告代表者に対し直接あるいは間接に、「被告会社が従業員を殺した。」旨発言したことを解雇の一事由と主張するが、解雇事由に該当するような原告加林の右の如き発言を認定するに足りる確たる証拠が存しない上、日常業務の際に仮にそのような発言があったとしても、業務状況の改善を求めること自体は従業員としての立場から当然認められてしかるべき意見表明であって特に問題とすべきものではないし、組合活動の一貫(ママ)としてなされたとしても、これが、正当な組合活動の範囲を逸脱した言動でないことも明らかである。
(4) 以上によれば、前記<2>事実の存在を証拠上的確に認定できず、あるいは、仮に認定することが可能であっても、右事実が、就業規則三〇条一項二号の「反社会的行為」、六六条七号の「社会的規範に反する行為」、同条二七号の「不用意な流言飛語」の解雇事由に該当しないことは明らかである。また、被告会社が主張するような五条一項一号、二号、八号、九号の服務規律に違反するとか、六五条一項一七号、六六条三八号に該当するということもないというべきである。
(五) <3>事実について
(1) まず、前示争いのない事実、証拠(<証拠・人証略>。ただし、右証拠中、認定事実に反する部分は信用できず採用しない。)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。
(ア) 平成八年二月一四日、組合に所属する被告会社の女子従業員が、被告会社の幹部職員からセクハラ行為の被害を受けたとして抗議をしたことに対し被告会社から正当な理由もなく解雇されたとして、被告会社を相手に従業員地位保全の別件仮処分を申し立てたところ、この事件は、翌日の地元新聞やテレビで大きく報道された。
(イ) 組合は、別件仮処分を支援するとともに、裁判外でも右女子従業員の解雇撤回を求める運動を開始することを決定し、その一環として組合委員長の原告加林が責任者となり、被告会社による女子従業員の解雇を批判する内容のビラを作成し、平成八年三月一七日、原告加林、同伊澤ら組合員数名が、徳島駅前で一、二時間の間に約五〇〇枚配布した。
(ウ) 右ビラは、「セクハラに抗議した女性三人を解雇」「中央タクシーグループは不当解雇を撤回せよ」と大文字で見出しを付け、「一月三一日、中央タクシーグループの無線配車に従事する女性が男性管理職にセクハラをうけ、それを抗議した本人と女性上司、同僚の三名が会社に解雇されました。『こんな理不尽は許せない』と二月一四日徳島地裁に地位保全の仮処分を申し立ててたたかっています。」と別件仮処分に至った経緯を詳しく記載しているほか、被告代表者の個人名を明らかにして、「和田社長自ら、Bさんが入社したとき『ひとり暮らしなのに、やっていけるんか、わしの女になるんだったら金ぐらい出してやる。』と何度も言っていたのです。結婚式場(祥雲閣)を経営する社長の言動とは思えません。」との記載、「中央タクシーグループとは」と少し大きめの字体で見出しを付した上、「和田社長が経営する企業グループで、中央・相互・蔵本・巴タクシーのほか、結婚式場の祥雲閣、料亭の渭水苑などがあります。」との記載等がある。
(エ) 被告会社は、セクハラ問題に関連して生じた裁判支援活動に伴う原告らの行為等が就業規則所定の懲戒処分事由に該当することを理由に、原告加林に対しては、平成八年三月二二日、同年四月二二日付けで解雇する旨の通告をした。また、被告会社は、しばらくして、前記女子従業員からセクハラ行為で訴えられた幹部職員に対し、問題を起こした責任をとらせて離職させた。
(2) ところで、原告加林の前記ビラ配布行為は、組合活動の一環としてなされ、組合委員長の立場でこれに参加したものであり、文書によって職場環境の実状等を外部に訴えることは当然認められなければならないので、その記載事実が虚偽であるとか表現が誇大にすぎるなどの事情がない限り、正当な組合活動として許されるというべきである。してみれば、当該ビラの記載内容のうち、別件仮処分に至った経緯に関しその中核部分に相当する被告会社幹部職員によるセクハラ行為や、被告代表者による問題発言の点については、前掲証拠に照らしてその存在を推認し得るところであり、少なくとも、右ビラ掲載内容が事実に反する虚偽のものであるとまで認定することはできず、また、中央タクシーグループの説明内容が事実に合致していることは明らかである。
被告会社は、右ビラの内容が、あたかも中央タクシーグループの一員である結婚式場(祥雲閣)や料亭(渭水苑)でもセクハラが行われているかのような誤解を招き、グループ全体をセクハラに結びつけ、企業イメージや信用を著しく悪化させるものである旨主張するけれども、前認定のとおり、「結婚式場(祥雲閣)を経営する社長の言動とは思えません。」と意見にわたるような記載があるほかには、右結婚式場や料亭でセクハラ行為が行われているとの記載はない上、被告会社女子従業員に関するセクハラ問題は右ビラの配布より先になされた別件仮処分についてのマスコミ報道によってタクシー会社固有の問題であることが明らかにされていたのであるから、右主張は理由がない。
(3) 以上によれば、原告加林の前記ビラ配布行為は、正当な組合活動として許されるというべきであるから、右行為が、就業規則三〇条一項二号の「反社会的行為」、六六条七号の「社会的規範に反する行為」、同条二七号の「不用意な流言飛語」の解雇事由に該当しないことは明らかである。
仮に、原告加林の右ビラ配布行為が、服務規律を定める五条一項一号の「会社の信用と名誉を傷つける行為」、あるいは、同項九号の「会社業務遂行の妨げになるような行為」に該当し、かつ、「その情が重いとき」(六六条三八号、六五条一項一七号)には、本件解雇が許されることになるが、その情が重いかどうかを判断するに当たっては、解雇処分が労働者の雇用関係を消滅させてしまう点で、使用者が労働者に対して行う懲戒処分の中で最も重い部類に属するものであるので、規則違反の種類・程度その他の事情に照らして当該解雇を社会通念上相当とするような場合でなければならず、右相当性を逸脱する場合には、解雇権の濫用として当該解雇を無効とすべきであるところ、原告加林のビラ配布行為は正当な組合活動であって、社会通念上、解雇を相当とする場合には当たらないというべきである。
また、その他被告会社が主張する五条一項二号、八号等の就業規則違反も見当たらない。
2 以上のとおり、本件解雇は、原告らのその余の点(不当労働行為該当性)を判断するまでもなく、解雇事由の不存在により無効(場合によっては解雇権濫用による無効を含む。)というべきである。
なお、被告会社は、原告加林の行動(前記<1>ないし<3>事実)が使用者の利益を不当に侵害し、または侵害するおそれのあるものであり、誠実(忠実)義務に違反する旨主張する。しかしながら、労働者において、信義則上、労働契約の付随的義務として、企業の内外を問わず、広く使用者の利益を不当に侵害してはならないのはもちろん、不当に侵害するおそれのある行為をも慎むべき忠実義務ないし誠実義務を負うものと解することができるとしても、前説示のとおり、原告加林の行動が正当な組合活動と認められる以上、右行動が被告会社の利益を不当に侵害し、またはそのおそれがあったとはいえず、結局、右主張は理由がない。
二 原告伊澤に対する各出勤停止処分の効力について
1 本件出勤停止処分に係る懲戒事由の存否
(一) 平成八年三月八日付け出勤停止処分
(1) 被告会社が主張する懲戒事由に関する規定は、<1>被告会社の就業規則六条(無許可禁止事項)四号及び六六条(諭旨解雇、懲戒解雇)三四号の「就業時間中会社の施設、車輛等を利用して政治活動又は労働組合活動をすること」、<2>三四条(休憩時間の利用)一項の「従業員は、業務を妨げない限り休憩時間を自由に利用することができる。但し、事業場外に私用外出する場合には、上長の承認を受けなければならない」、六五条(懲戒処置)一項一号の「諸手続き、届け出を怠り又は偽ったとき」、六六条(諭旨解雇、懲戒解雇)一九号の「許可なく、又は偽って会社の車両を持ち出し私用に、又は他人に使用させたとき、或いは放置したとき」、のとおりである(<証拠略>)。
(2) そして、前認定事実、証拠(<証拠・人証略>)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。すなわち、原告伊澤は、平成八年三月七日、セクハラ問題に関する別件仮処分の当事者の一人を実車(有料乗車)させて当庁まで送り、午後二時四五分ころ、自身も休憩に入る旨の無線連絡(チャージ)を無線室に入れた。そして、女性従業員三名の第一回審尋の支援を行った後、午後四時ころ、休憩終了の無線連絡(オープン)を無線室に入れ、休憩を解除した。そして、再び右当事者の一人を実車させ、同人の自宅まで送った。
(3) 被告会社は、許可なく就業時間中に車両を利用して組合活動をすることは禁じられており、右違反行為は諭旨・懲戒解雇事由に該当し(就業規則六条四号、六六条三四号)、仮に、原告伊澤が休憩時間を利用して右活動を行っていたとしても、休憩時間(一時間)を約二〇分超過しており、規則で定められた承認や届出もしていないことから、就業規則三四条一項、六五条一項一号に違反するとともに、六六条一九号の諭旨・懲戒解雇事由にも該当するところ、原告伊澤が始末書を書き反省の情を示すならば軽い訓戒処分で止めようと思い、原告伊澤に始末書を書くよう求めてみたが、同伊澤はこれに従わず、反省の態度も見られなかったことから、やむを得ず一〇日間の出席停止を命じた(同規則六四条五号)旨主張する。
(4) しかしながら、本来、休憩時間をどのように使用するかは従業員の自由であり(労働基準法三四条三項、就業規則三四条一項本文)、また、タクシー運転手の業務内容からみて、休憩場所をどこにするかはその裁量に任されていると解すべきである。また、被告会社は、就業規則三三条一項別表2のとおり、タクシー運転手に一勤務二時間の休憩時間を認めており、しかも、休憩時間をどの時間帯でとるかはタクシー運転手の裁量に任され、一時間を超えて二時間まで連続して休憩することも事実上容認されていたことがうかがわれる(<証拠・人証略>)。そうすると、原告伊澤が当庁まで別件仮処分の申立人の一人を有料乗車させたことは正当な業務行為であり、また、その後、休憩に入り、休憩時間内に別件仮処分の支援活動を行ったことは、休憩時間中の行動として何ら懲戒事由に該当するものではなく、結局、前記出勤停止処分は無効というほかない。
なお、被告会社は、右各行為のほか、原告伊澤が過去四年間もの間無車検・無保険の車両を通勤に利用し、このことで罰金一〇万円の有罪判決及び三〇日間の免許停止処分を受けたこと、原告会社の女子従業員に対するセクハラ問題の際、直属の上司に対して暴言を吐いた事実を主張し、(証拠略)によれば、この事実が認められるが、これについては、既に訓戒処分を受け原告伊澤も始末書を提出しているから、これを更に右出勤停止処分における懲戒事由とすることは、原告伊澤が同一事由によって二重の不利益処分を受ける結果となるため、許されない(いわゆる一事不再理の法理は、私的制裁規範である就業規則の懲戒事由にも該当するというべきである。)。
(二) 平成八年三月一八日付け出勤停止処分
被告会社は、原告伊澤が、同月一七日、徳島駅前において、原告加林と共に被告代表者に対する個人的中傷や中央グループ企業の信用を損なわせるようなビラを配布した行為は、組合活動を逸脱したものであり、翌一八日出勤してきた原告伊澤に対しその旨注意したが、同伊澤に反省の色が見られなかったことから、右ビラ配布行為が懲戒事由に該当するとして(就業規則六六条七号・一七号・二七号・六五条一項一七号、六六条一号・三八号、五条一号・二号・八号・九号)、再度一〇日間の出勤停止処分を行った旨主張する。
しかしながら、既に説示したように(前記一、1、(五))、右ビラ配布行為は正当な組合活動とみることができるから、当該出勤停止処分は無効である。
なお、被告会社は、準備書面(二)の第六項で右出勤停止処分後の原告伊澤の行動を問題とするが、事後的事実を遡らせることはできないため、これを本件出勤停止処分の懲戒事由として主張することはできない。
(三) ところで、被告会社は、本件出勤停止処分は、原告伊澤の誠実(忠実)義務に反する行動、すなわち、前説示の原告伊澤の各行動に加え、<ア>平成八年三月七日、被告会社が禁じている客からの指名を受けて唯一人裁判所に営業車で乗りつけて駐車したこと、<イ>業務上の指示命令である始末書の作成を拒否したこと、を背景にして行われたものである旨主張する。
しかしながら、<ア>事実については、被告会社が禁止している内容及びそれと懲戒事由との関連性が不明確であり、さらに、<イ>事実については、始末書の提出命令は、懲戒処分を実施するために発せられる命令であって、使用者の業務命令の範疇に属するものとはいい難い上、始末書の提出の強制は個人の意思の尊重という法理念に反すること、本件では、そもそも始末書の提出義務について就業規則に明文の規定が置かれていないことを考慮すれば、右命令を業務上の指示命令と同視するのは相当でないというべきであるから、右主張は失当というほかない。
2 以上のとおり、本件の各出勤停止処分は、原告らのその余の点(不当労働行為該当性)を判断するまでもなく、懲戒事由の不存在により無効というべきである。
三 原告らの未払賃金請求について
1 原告加林
既にみたとおり、本件解雇は無効であり、原告加林は平成八年四月二二日から平成九年五月三一日までの未払賃金請求権を有しているところ、原告加林の請求額三八〇万三九四一円が、右未払賃金額の範囲内であることは当事者間に争いがない。
2 原告伊澤
前同様に、本件の各出勤停止処分は無効であり、原告伊澤は平成八年三月八日から同年五月三一日までの未払賃金請求権を有しているところ、原告伊澤の請求額七〇万六九二七円が、右未払賃金額の範囲内であることは当事者間に争いがない。
四 原告らの慰謝料請求について
原告らが違法・無効な本件解雇、出勤停止処分により、精神的苦痛を受けたであろうことは容易に推察されるが、この精神的苦痛は、右懲戒処分の無効確認や未払賃金請求部分の勝訴判決が確定することによって慰謝される性質のものであると考えられるから、右請求は理由がない。
第四結論
以上検討したとおり、原告らが、本件解雇、出勤停止処分の無効確認を求める部分、未払賃金の支払を求める部分はいずれも理由があるが、慰謝料の支払を求める部分は理由がないことから、主文のとおり判決する(なお、原告らの未払賃金以外の請求部分については、その性質上、仮執行宣言を付さないこととする。)。
(裁判長裁判官 松本久 裁判官 大西嘉彦 裁判官 本間敏広)