大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

徳島地方裁判所 昭和25年(行)12号 判決

原告 近藤義二

被告 徳島市八万地区農地委員会・徳島県農地委員会

一、主  文

被告八万地区農地委員会が別紙目録記載物件中養魚池二十一坪につき定めた買收計画を取消す。

被告徳島県農地委員会が原告の提起した右買收計画に関する訴願につき昭和二十五年一月三十日爲した棄却の裁決お取消す。

原告のその余の請求お棄却する。

訴訟費用わこれお三分しその二お原告の、その余お被告の負担とする。

二、事  実

原告訴訟代理人わ、「被告八万地区農地委員会が別紙目録記載の物件につき昭和二十四年十二月二日樹立した買收計画を取消す。被告徳島県農地委員会が右買收計画につき原告の提起した訴願に関し昭和二十五年一月三十日爲した。棄却の裁決お取消す。訴訟費用わ被告等の負担とする。」との判決お求め、その請求原因として、被告八万地区委員会わ昭和二十四年十二月二日原告所有の別紙目録記載の物件につき農地買收計画お定め、公告縱覽に供したので原告わ適法期間内に異議申立を爲したが、採用されなかつたので更に被告県委員会に訴願提起したところ、同委員会わ原告の右訴願につき昭和二十五年一月三十日棄却の裁決お爲し、同裁決書わ同年三月十三日原告に送達せられた。然しながら被告等の爲した右の各処分は次の理由によつて違法である。

第一、徳島県知事わ農地調整法第十七条の二第三項同法施行令第四十六条お適用して昭和二十四年七月徳島県告示第三二四号により徳島市お八万、斎津、渭東、渭北、加茂、加茂名の六地区に分ち、被告等わ右地区に從い原告お不在地主として本件買收計画お維持しているのであるが、徳島市は東西二里、南北二里であつて東京都、大阪市等の広大な面積でなく、又人情風俗、地味等につき特異な差異なく、県下東西祖谷山村の如きわその面積徳島市より広大であり、山岳地帶であり、交通不便であるにもかかわらず、これお地区分割したことなく、ひとり徳島市のみこのような取扱お爲したことわ、同市内に約四十町歩の農地お買收しようとする意図のみに基き、監督官廳である農林大臣の認可お得ず、独断專横の処置に及んだのであつて、原告が徳島市民として保有する小作地の所有権わ、同一市内で居住しながら住所地が異るとゆう理由のみによつて買收されるわけであり、又財産権の制限は公共の福祉の爲にのみ爲し得るとゆう憲法の規定に照らし、右知事の処分わ結局前記農地調整法及び憲法第二十九条の規定に違反するものである。

第二、原告わ現に徳島市八万地区内に居住し、有畜農家として耕作に從事しているから不在地主でわない。

第三、本件土地わ賃借地でなく、仮に賃借地であるとしても農地調整法第九条の特別事由に基く一時の賃貸借関係に基くものであつて買收されるべきものでない。すなわち原告の父訴外近藤栗二わ原告の出征不在中昭和十九年十一月三十日原告に無断で本件土地の中養魚池お除く部分お訴外南本龜吉に対し期間お一年とし、原告が召集解除等により帰宅した場合わ直に明渡す約で賃貸したものであるが、右父の行爲わ無権代理行爲であるから原告の追認のない限り無效であり、仮に賃貸借関係が存在するとしても原告わ昭和二十一年四月二十四日召集解除により帰宅したので右賃貸借関係わ条件の成就により終了した次第であつて、原告の家族は昭和二十年七月四日の戰災により徳島市八万町に転住し、自作地一反一畝十一歩を耕作していたが、昭和二十三年十二月頃徳島市龍屋町に転住し、更に昭昭二十四年七月牛一頭お飼育し農業経営に專念し、同年十二月四日八万町に転住したものである。」と述べた。(立証省略)

被告等代理人は請求棄却の判決を求め、答弁として、「原告請求原因事実中被告八万地区委員会が原告所有の別紙目録記載の土地に対し自作農創設特別措置法第二条第一項第一号お適用し、原告お地区外居住不在地主として農地買收計画お樹立したこと、徳島県知事が昭和二十四年七月徳島市に地区農地委員会お設置したことわいづれもこれお認めるがその余お否認する。先づ憲法違反の主張につき、農地改革わ農地お買收してこれお耕作者に解放し、急速且つ広汎に自作農お創設しようとするものであり、その終局の目的わ特定の耕作者の利益お図るに在るのでなく、直接にわ『耕作者の地位お安定し、その労働の成果お公正に享受きせる』ことお目的とし、更にこのことによつて『農業生産力の発展』と『農村における民主的傾向の促進』とお企図するに在り、以上の構想の下に責務お推進する機関が農地委員会制度である。徳島市で地区農地委員会制度が実施せられたのわ農地調整法第十七条の二第三項の規定に基き知事が特に必要と認めたからであり、その理由としてわ、徳島市の農地面積わ一、六七〇町歩(内小作地八九〇町歩)、買收予定面積六〇〇町歩、農家戸数二二六〇戸であり、一般町村同様に一農地委員会おもつて処理することが不適当と認めたからであり、時期的に遷延したのわ昭和二十二年春すでに地区分割の問題があつたが、当時委員の選挙終了しており、農地改革も具体的に進行していたので後日に延期し、現委員の選任を契機として実施せられたものである。同地区設置わ知事の自由裁量処分に属するものと解すべきである。次に賃貸借関係の存否につき本訴農地わ訴外南本龜吉が原告から昭和十九年十月より小作料米二石二斗五升、麦六斗、期間一年更新の約で賃借しているものである。」と述べた。

(立証省略)

三、理  由

原告所有の別紙目録記載の土地に対し被告八万地区農地委員会が昭和二十四年十二月二日自作農創設特別措置法第三条第一項第一号お適用し、原告お地区外居住不在地主として農地買收計画お樹立したこと、原告が右買收計画に関し適法期間内に異議申立を爲したところ認容されなかつたので更に被告県委員会に訴願爲したところ、同会わ昭和二十五年一月三十日訴願棄却の裁決お爲したことわ、いづれも被告等の明に爭わないところである。

先づ憲法違反の主張につき判断するに、徳島県知事が農地調整法第十七条の二第三項同法施行令第四十六条に基き昭和二十四年七月徳島県告示第三二四号により徳島市お八万、斎津、渭北、渭東、加茂、加茂名の六地区に分ち各地区農地委員会お設置する旨の処分お爲したことわ被告等の認めて明に爭わないところである。被告等わ右徳島県知事の処分わいわゆる自由裁量処分に属する旨主張するのであるが、農地調整法第十七条の二第四項自作農創設特別措置法第四十八条により地区農地委員会の設けられている地区わ通常市町村の区域と同等に取扱される結果当該地区外不在地主の財産権に重大な影響を与えるものであり、知事わ農地調整法第十七条の二第三項同法施行令第四十六条に定められた要件お勘案の上当該処分お爲さなければならないのであるから、該処分わいわゆる法規裁量に属するものといわなければならない。原告わ徳島市の農地面積が千六百七十町歩(内小作地八百九十町歩)、農家戸数二千二百六十戸であるとゆう被告等の主張に対し明にこれお爭つていないから右事実お自白したものとみなし、徳島市が大正十五年四月名東郡斎津村お、昭和十四年四月同郡加茂町、同八万町お、同年十月同郡加茂名町おそれぞれ合併し(徳島市勢要覽昭和二十四年版)、これらの町村が農業経営お主とする地域であることは公知の事実であり、前記知事の処分が右の各事実お勘案の上これを爲したことわ推認に難くないのであつて、該処分わ農地調整法に定められた権限の行使上何ら違法でなく、該処分の目的が占領下の日本に課せられた自作農創設事業にあることわ被告等の主張によつて明白であつて、その結果原告の財産権が侵害されることわ公共事業の目的のため誠に止むを得ないところといわねばならない。

從つて前記県告示が憲法に定められた原告の基本的人権お侵害し農地調整法の規定に違反するとゆう原告の主張わ採用しないこととする。又住所地に関する原告の主張わ同本人尋問の結果により措信できない。次に賃借権の存否につき考えるに、成立に爭ない甲第二号証に証人南本龜吉、谷田清吉の各証言お綜合すれば、別紙目録記載物件中養魚池二十一坪お除くその余お原告の父訴外近藤栗二が原告の応召不在中その代理人として昭和十九年十一月三十日訴外南本龜吉に対し期間一年、賃料年米二石二斗五升、麦六斗の約で賃貸した事実お認定するに足る。右に反する証人近藤栗二並に原告本人の供述わこれを借信しない。原告わ右賃貸借契約わ原告の復員と同時に終了すべき旨の解除条件附であつたと主張するが、右事実お認めるに足る資料がない。從つて右の部分に関する原告の主張わ全て採用できない。次に養魚池の部分につき賃貸借関係が存在したとゆう賃料は全然なく、又該土地が農地でないことは檢証の結果によつて明かであるから、これに対し被告等の爲した農地買收手続わ違法であり、原告の請求わ理由がある。よつて訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九十二条お適用して主文の通り判決する。

(裁判官 今谷健一 合田得太郎 三木光一)

(目録省略)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!