徳島地方裁判所 昭和25年(行)28号 判決
原告 新居貞男
被告 徳島市選挙管理委員会
一、主 文
原告の請求中被告の決定の取消を求める部分は之を棄却する。
原告のその余の訴は之を却下する。
訴訟費用は原告の負担とする。
二、事 実
原告は徳島市議会解散請求の別紙第一目録記載の署名簿二百十五冊署名人員一万三百七十五名、徳島市長解職請求の別紙第二目録記載の署名簿百八十三冊、署名人員一万千六百四十二名に対する被告が昭和二十五年八月二十二日爲した無効の決定は之を取消す。被告は右署名簿が法定数以上の署名者があり、法令の成規の手続に適合していることを確認証明し所定の投票を施行せよ。訴訟費用は被告の負担とするとの判決を求め、その請求の原因として、訴外増田力藏外二十一名は代表者となり徳島市議会の解散並びに徳島市長解職の各直接請求を爲すべく、右解散並びに解職に付必要な事項を記載した請求書を昭和二十五年六月十二日被告に提出し被告から代表者証明書の交付を受け、翌日より署名簿に署名し印を押すことを求める運動を開始し、同年七月十一日迄に署名收集の手続を終り、同月十六日被告に提出して地方自治法第七十四條ノ二に定める審査証明を求めた。しかるところ被告は議会解散請求者署名簿中別紙第一目録記載の簿冊二百十五冊、署名者一万三百七十五名、市長解職請求者署名簿中別紙第二目録記載の簿冊百八十三冊署名者一万千六百四十二名に付、その添付の代表者二十二名の委任状中代表者増田力藏の印影が不鮮明なりとして法令に定める成規の手続によらない署名として之を無効と判定した。そこで原告は同年八月十一日被告に対し異議申立をしたが、同月二十二日被告は該異議申立棄却の決定を爲し、該決定書は同月二十四日原告に送達された。しかし該決定は以下の点に於て違法である。即ち代表者増田力藏の署名押印は不鮮明であるにしても同人の印影と認められる。仮に同人の印影と認められず同人の押印を欠いたとしても他に代表者二十一名の署名押印のある以上委任状の効力に影響はない。もし印影不鮮明の爲審査の要があれば地方自治法第七十四條ノ三第三項により関係人の出頭及証言を求めて判断すべきである。しかるに被告は枝葉末節の代表者一名の印影不鮮明を理由に右法條による審査も行はず委任状を無効とし惹いて同委任状の添付してある各署名簿の署名全部を無効としたのは法規を皮相に解して、地方自治法の精神を無視するものである。もし被告の無効決定を受けなかつたとすれば法定数以上の署名者があり、被告は之が法令の成規の手続に適合していることを確認証明して所定の投票を施行すべきが当然である。よつて原告は前記被告の違法な決定の取消を求めるとともに爾後の手続の履践を求める爲本訴請求に及んだものであると述べた。(立証省略)
被告代表者並びに被告指定代理人は原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。との判決を求め答弁として、原告主張の事実中訴外増田力藏外二十一名が代表者となり徳島市議会の解散並びに徳島市長解職の各直接請求を爲す爲昭和二十五年六月十二日被告に対し請求代表者証明書の交付を申請し、被告が該証明書を交付したこと。同年七月十六日右代表者が署名簿を被告に提出し審査を求めたこと。被告が原告主張の各請求者署名簿の署名に付無効の決定をしたこと(但し無効と決定した署名者数は爭う)。原告主張の各日原告が右決定に対し異議の申立を爲し、被告に於て之が棄却の決定をしたこと。原告主張の日、該決定書が原告に到達したことは何れも認める。その余の事実は総て否認する。
被告が署名を無効と決定したのは原告主張のように(一)代表者委任状中の増田力藏等の印影の不鮮明を理由とするもののみならず、その外に(二)委任状の押印の脱漏、(三)委任状の押印の脱漏と印影の不鮮明、(四)委任状に代表者の不足、(五)委任年月日の記入洩、の各理由により委任状としての効力のないもの、(六)委任前に署名のなされているもの等の理由により成規の手続によらない署名として之を無効としたものである。本件のように請求代表者が数名あるときは、委任状には総ての請求代表者の氏名を記載し押印を爲すべきことは地方自治法施行規則第十一條の規定により明であるから、内一人にても押印洩のある委任状を添付した署名簿の署名は地方自治法第七十四條ノ三第一項第一号に言う成規の手続によらない署名として無効と判断されるのは当然である。しかして委任状は嚴格な要式行爲であるからその効力の存無は形式自体によつて判断すべく他の証拠と相俟つて判断さるべきではない。署名の効力を決定する爲選挙管理委員会が関係人の出頭及び証言を求め得る旨の同法第七十四條ノ三第三項の規定は同委員会の自由裁量に属する行爲である、と述べた。(立証省略)
被告補助参加人兼補助参加人等代理人福島喜一は被告と同趣旨の陳述をした。
三、理 由
訴外増田力藏外二十一名が代表者となり、徳島市議会の解散並びに徳島市長解職の各請求書を昭和二十五年六月十二日被告委員会に提出し、被告から代表者証明書の交付を受けたこと、同年七月十六日各署名簿を被告委員会に提出して署名の審査請求を求めたこと、之に対し被告委員会に於て議会解散請求者署名簿中別紙第一目録記載の署名簿二百十五冊、市長解職請求者署名簿中別紙第二目録記載の百八十三冊に付て無効と判定したこと、そこで原告は同年八月十一日被告委員会に対し異議申立をしたが、同月二十二日被告委員会は該異議申立棄却の決定を爲し、該決定は同月二十四日原告に送達されたことは何れも当事者間に爭のないところである。そこで先づ原告提出の別紙第一、二目録記載の署名簿を檢ずると、
右各署名簿中
(一) 各(A)項記載の署名簿は何れも委任状代表者の印影不明並びに押印洩
(二) 各(B)項記載の署名簿は何れも代表者の印影不明
(三) 第二目録(C)項記載の署名簿は委任状代表者一名不足
(四) 同 (D)項記載の署名簿は代表者の押印洩
(五) 同 (E)項記載の署名簿は委任状年月日の記入洩
(六) 同 (F)項記載の署名簿は委任前に署名したこと
により何れも署名が成規の手続によらないものとして無効と決定されていることが明らかである。
しかして右各項の署名簿に付更に精査すると、
(一) 各(A)項の分中第一目録記載第五三号は十五名その他のものは何れも一名宛第二目録(A)項の分は何れも一名宛の押印洩があること、並びに第二目録記載第四六〇号は代表者林竹五郎の印影が不明その他の第一、二目録(A)項は何れも代表者増田力藏の印影が不明なこと
(二) 各(B)項の分は第一目録中第三四三号第二目録中第三三六号は夫々代表者林竹五郎のその他は何れも代表者増田力藏の印影の不明なこと
(三) 第二目録(C)項の分は代表者一名が不足していること
(四) 同(D)項の分は何れも代表者一名の押印洩があること
(五) 同(E)項の分は委任状年月日の記入洩があること
(六) 同(F)項の分は委任年月日昭和二十五年七月五日以前に何れも署名がなされていること
を各檢認することが出來る。思うに直接請求の如き地方自治運営上重要な制度にあつてはその手続の嚴格な履践がその適正を保障する所以であるから法規も亦その手続を詳細に規定し手続に違背した署名は無効と定めているのである(地方自治法第七十四條ノ三第一項第一号)昭和二十五年五月政令第百三十七号による地方自治法施行令の改正により請求代表者の直接請求における重要性を考慮するとともに、署名收集行爲を一層適正ならしめる爲、請求代表者が他の有権者に依頼して署名收集を爲す場合は請求代表者の委任状を添付した署名簿によることを要することとし、同法施行規則第十一條に於て之が委任状の様式を規定した。從つて法定の方式に則らない重要な瑕疵のある委任状添付の署名簿による署名收集行爲は結局前記自治法第七十四條ノ三第一項第一号により無効の署名と判断されるわけである。前記(一)乃至(五)記載の署名簿は何れも委任状自体の瑕疵に基き署名が無効とされているものであるが((二)に付ては後述)本件の如く請求代表者が多数あるときは請求代表者全員による委任状たることを要することは、もともと請求代表者が合同して行爲するものであることから当然のことで地方自治法施行令第九十二條が單に代表者の委任状と言うのもこの趣旨であり、之を受けて同法施行規則第十一條も請求代表者が二人以上あるときは全ての代表者の氏名を記載し、印を押すことを要すものとしている。從つて全員の請求代表者によらない委任状は勿論その欠缺が一部の押印若しくは氏名のみにある委任状も亦同様に解すべく、又前記のように委任年月日を欠く場合も委任状の重要部分の脱漏で同じくその効力なきものと謂はねばならない。(後者の場合は実質的には委任行爲と署名の前後を判断することが出來ない結果となる)原告主張のように一部の請求代表者の押印を欠くも残余の代表者の氏名押印のある限り有効と見る如きは前説明に照し到底採用し得ない見解であり、又署名收集行爲を有権者に委任する場合は委任状を添付した署名簿によることと規定した趣旨を沒却することとなる。委任状記載の年月日より前になされた署名である前記(六)(第二目録(F)項の分)の署名簿の署名も亦成規の手続によらない署名として無効と目さるべきである。從つて前記(一)(三)乃至(五)(別紙第一、二目録記載(A)、(C)乃至(F)項の分)記載の署名簿の署名を無効とした被告の決定は相当と言はねばならない。ただ前記(二)(各(B)項のもの)記載の印影不明な委任状については原告は印影不鮮明としても印影としての効力があると主張するが之等の署名簿添付の委任状は前記の如く請求代表者増田力藏及び林竹五郎の印影の不明であつて、右増田力藏の名下には到底常識上印影と認めることの出來ないむしろ朱肉による汚点と目される跡があるのに止る。かかるものは右増田の印顆によつたものとしても外形上印影と認め難い以上結局押印を欠いたものと判断する外はなく、又前記林竹五郎の名下にも亦印影と認め難い印顆の上半部分の輪廓がわづかに顕出されたもの等があるに止り、前同様に解する外なく結局前段説明の押印洩と同様委任状としての効力のないものと謂はねばならない。右一名の押印を欠いても他の請求代表者の記名押印のある限り有効だとの主張の採用し得ないことも前説明の通りである。もつとも地方自治法第七十四條ノ三第三項には署名の効力を決定する場合選挙管理員会は必要と認めるときは、関係人の出頭並びに証言を求めることが出來る旨の規定があるが、委任状に関して言へば右規定は形式上完全な委任状の存在を前提とし該委任状の押印の眞僞に爭あるときの如き場合に始めて適用されるもので本件の如く到底印影と認められないもの、即ち印影を欠くものと認められ結局成規の方式に則らない委任状と見られるものについて、さらに同規定により他の証言等の資料により判断することはもとより意味をなさない。されば本件(二)(各(B)項のもの)についても署名を無効とした被告の決定は相当である。
原告はさらに本件署名を有効とし被告に対し請求趣旨記載の如き手続を求めるが該訴は行政廳に対し積極的処分を訴求するもので、裁判所の審判権に属しないものと解するのが三権分立を建前とする憲法の精神に適合した解釈である。從つて原告の右訴の部分は爾余の判断を俟たず不適法として却下すべきものとする。
以上の次第であるから訴訟費用の負担に付民事訴訟法第八十九條を適用して、主文の通り判決する。
(裁判官 今谷健一 合田得郎 三木光一)
(目録省略)