徳島地方裁判所 昭和25年(行)9号 判決
原告 富士谷勲
被告 徳島県知事
一、主 文
徳島市八万町字橋本二十九番田六畝十七歩の内現況宅地十九坪及び同所二十七番田七畝九歩の内現況宅地五十一坪に対し被告が昭和二十四年十二月二日為した買収処分を取消す。
原告のその余の請求を棄却する。
訴訟費用はこれを二分しその一を原告のその余を被告の負担とする。
二、事 実
原告訴訟代理人は「徳島市八万町字橋本二十九番田六畝十七歩及び同字二十七番田七畝九歩に対する被告が昭和二十四年十二月二日為した買収処分を取消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、その請求原因として「請求趣旨掲記の土地は原告の所有であるところ、徳島市八万地区農地委員会は昭和二十四年十一月頃これに対し農地買収計画を樹立し、徳島県農地委員会はこれを承認し、被告は同年十二月二日附買収処分を為し、同令書は昭和二十五年二月二十七日原告に送達せられた。然しながら被告の為した右の処分は次の理由によつて違法又は無効である。
第一、被告は昭和二十四年七月十五日徳島県告示第三二四号をもつて、徳島市を八万、斎津、渭東、渭北、加茂、加茂名の六地区に分割し、原告を地区外居住者として本件買収処分を為したのであるが、右地区分割の処分は農地調整法第十七条の二第三項の規定並に憲法第二十九条財産権保障の条項に違反するものである。(イ)被告は右の処分を為すに当り当然監督官庁である農林大臣の認可を受けるべきであるにもかゝはらずその手続を履践しておらない。(ロ)分割された数地区は人情地味風俗等につき大なる差異なく、交通機関も完備、二里四方位の地域であるから一の農地委員会をもつて事務処理するに不便あることを聞かず、徳島県内で徳島市より面積広大であり、山岳重畳し、交通不便なる東西両祖谷山村さえも地区農地委員会の設置を聞かず独り同市でこのような処分を為すことは市内で約四十町歩の農地を解放しようとする企図のみに基き、平地に波濫を生ぜしめようとするものであつて、行政処分の裁量権を濫用しているものである。(ハ)さきに徳島市農地委員会は昭和二十二年頃保有限度を超過する原告所有の田畑約五反につき買収手続為し、本訴土地は原告の保有地として絶対不可侵の状態におかれ、原告は徳島市民として安穏に所有権を享受していたところ、今回の地区分割処分によりこれさえも買収の憂目を見ることなつた次第であつて、このような処分は公共の福祉に沿うものではなく、明に原告の所有権を不当に侵害するものである。
第二、本訴買収土地の現況と被告の認定に大なるそごがある。原告は従来味噌醤油等の醸造業者であるが、もと水田であつた本訴土地を宅地に変更し、第二第三工場を設置する目的で昭和十年頃小作人より返還受け二尺以上土砂をもつて埋立為し、石垣を周囲に築造して工場建築に着手したが、戦争の勃発とともに工事は停止の止むなきに至つたものであつて、現況は全部宅地である。仮に全部宅地でないとしても字橋本二十七番田八畝九歩の内八十一坪又同所二十九番田六畝二十七歩の内二十九坪はいづれも現況宅地であるにもかゝはらず八十一坪の内三十坪を又二十九坪の内十坪を除きその余を全部農地買収した。
第三、前記の通り本訴土地は昭和十年以来小作地でなくなり、原告自ら占有支配する宅地であるにもかゝはらずこれを小作地と認定して買収した。
以上各理由により被告の為した買収処分の取消を求めるため本訴に及んだ次第である。と述べた。(立証省略)
被告代理人は請求棄却の判決を求め、答弁として、原告請求原因事実中、徳島市八万地区農地委員会が原告所有の請求趣旨掲記の土地に対し自作農創設特別措置法第三条第一項第一号を適用し、不在地主所有の小作地として買収計画を定め、徳島県農地委員会の承認を受け、被告が昭和二十四年十二月二日買収処分を為したこと。本訴土地の内字橋本二十七番田八畝九歩中八十一坪、字橋本二十九番田六畝二十七歩中二十九坪がそれぞれ現況宅地であること。被告知事が農地調整法第十七条の二第三項を適用し、昭和二十四年七月十五日徳島市を八万、斎津、渭東、渭北、加茂、加茂名の六地区に分割したことはいずれもこれを認めるがその余の事実を否認する。本訴土地は地区設置に伴い、不在地主の所有する小作地として当然買収すべきものである。又地区設置に関する原告の主張に関し、農地改革は法規所定の土地を買収し、これを耕作者に解放し急速且つ広汎に自作農を創設することを目的とし、その終局の意図は特定の耕作者の利益を図るにあるのでなく、直接には耕作者の地位を安定し、その労働の成果を公正に享受させること更にこれによつて農業生産力の発展と農村の民主的傾向の促進を図るにある。従つて該事業は新憲法の経済民主化の理想に合致するものであり、公共事業である。徳島市で地区農地委員会を設置したのは農地調整法第十七条の二第三項の規定に基き知事が特に必要と認めたからであり、その理由としては、徳島市の農地面積は一、六七〇町歩(内小作地八九〇町歩)買収予定面積六〇〇町歩、農家戸数二、二六〇戸であり、一般町村同様に一農地委員会をもつて処理することは不適当と認めたからであり昭和二十二年春すでに地区分割の問題があつたが、当時すでに農地委員の選挙が終了しており、農地改革も具体的に進行していたので後日に延期し、現委員の選任を契期として実現されたものである。尚地区設置の処分は農地調整法の規定に基き知事の自由裁量に委されているものである。と述べた。
(立証省略)
三、理 由
原告所有の請求趣旨掲記の土地に対し、徳島市八万地区農地委員会が自作農創設特別措置法第三条第一項第一号を適用し、不在地主所有の小作地として買収計画を樹立し、徳島県農地委員会がこれを承認し、被告知事が昭和二十四年十二月二日買収処分を為したこと、同被告が農地調整法第十七条の二第三号を適用し、昭和二十四年七月十五日徳島県告示第三二四号をもつて徳島市を八万、斎津、渭東、渭北、加茂、加茂名の六地区に分割処分したことはいづれも双方争ない。先づ被告知事が制定した前記地区分割に関する告示が憲法その他の法令に違反するか否かの点につき検討するに、農地調整法第十七条の二第三項に「都道府県知事特に必要ありと認めるときは命令の定めるところにより市町村の区域を二以上の地区に分ち、市町村農地委員会に代え各地区に地区農地委員会を置くことができる。」と規定し、又自作農創設特別措置法第四十八条によれば地区農地委員会の設けられている市町村の地域にあつては同法第三条第一項の適用につき地区農地委員会の設けられている地区は市町村の区域と同等にみなされ地区外地主の所有する小作地は全て買収される結果、当該地区設置に関する知事の処分は地域外地主の小作地所有権の帰属に重大な影響を及ぼすものであつて、このような行政処分は前記農地調整法及び自作農創設特別措置法の規定の趣旨に則るいはゆる法規裁量に属するものと解するのを相当とし、これを知事の自由裁量処分であるとする被告の見解はこれを採用しないことゝする。次に徳島県名東郡斎津村が大正十五年四月、同郡加茂町同八万村が昭和十二年四月、同郡加茂名町が同年十月それぞれ徳島市に編入され(昭和二十四年版徳島市勢要覧)右の各町村が農業を主とする地域であることは公知の事実であり、本件地区設置の処分が右町村を主体として為されたことは充分推認されるところであつて、右は農地調整法第十七条の二第三項に該当する適法の処分といはなければならない。原告は当該処分につき知事は農林大臣の許可を得なければならないと主張するがその根拠がない。次に憲法違反の主張につき判断する。被告が本件昭和二十四年七月徳島県告示第三二四号を制定したのは農地調整法及び自作農創設特別措置法の精神に沿い農地事務処理上並に自作農創設の目的のため法規所定の要件を充たした上これを為したものであり、右両法律の目的が占領下の日本に要求せられている自作農の創設及びこれらの維持ということにある以上該処分によつて原告の財産権が侵害される結果となつてもそれは公共の事業のため止むを得ないものといわなければならないのであり、原告の主張は理由がない。次に原告は字橋本二十七番田八畝七歩の内八十一坪及び同字橋本二十九番田六畝二十七歩の内二十九坪がそれぞれ現況宅地である旨主張し、被告もこれを認めて争はないのであるから右事実を自白したものとみなし、該部分に関する被告の買収処分は違法であるが、前者については内三十坪、後者については内十坪がすでに買収から除外され本訴の目的となつていないので主文掲記の部分に関する原告の請求は理由あるものとする。最後に原告は本訴土地が小作地でないと主張するが、検証の結果に証人鶴島多次郎、鶴島岩太郎、吉本宇平の供述を綜合すれば、本訴土地はもと水田であつたが十数年前原告が埋立して宅地と為したが、その頃字橋本二十七番の土地は訴外鶴島岩太郎の先代が、又字橋本二十九番の土地は訴外吉本宇平の先代がそれぞれ原告より使用貸借を受け耕作を継続し、各訴外人がこれを承継し現在農地である事実を認定するに足る。右に反する甲第一、二号証の各一、二の記載と原告本人の供述はこれを措信しない。然らば本訴土地の内前記認定の宅地の部分を除くその余は自作農創設特別措置法第二条所定の小作地であり、原告が地区外居住者であることは双方争ないのであるから、被告がこれに対し同法第三条第一項第一号を適用して為した本件買収処分は爾余の判断を為すまでもなく適法でありこれを非難する原告の本訴請求は右の部分に関する限り理由がない。よつて訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九十二条を適用して主文の通り判決する。
(裁判官 今谷健一 合田徳太郎 三木光一)