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徳島地方裁判所 昭和33年(行)1号 判決 1960年6月08日

原告 中山秀太郎

被告 徳島県知事

補助参加人 高橋治郎

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原、被告間に生じた分参加によつて生じた分とも、原告の負担とする。

事実

第一請求の趣旨

原告は、「被告が昭和三十一年四月十日付徳島県指令農開発第一八八八号を以て別紙目録記載の農地について農地法第二十条第一項の規定によりなした農地賃貸借解除許可処分はこれを取消す」との判決を求めた。

第二請求の原因

原告は、その請求の原因として

「一、原告は、別紙目録記載の農地(以下本件農地という)を被告補助参加人高橋治郎から期間を定めず賃借して耕作していたが、右高橋は昭和三十年十一月本件農地について、被告に対し賃貸借契約解除の許可を申請したところ、被告はこれを容れ、昭和三十一年四月十日付徳島県指令農開発第一八八八号を以て農地法第二十条第一項の規定により本件農地の賃貸借契約解除許可処分をし、右指令書は徳島市加茂農業委員会を経て同年四月十八日原告に送達された。

二、原告は右を不服として同年六月五日農林大臣に訴願を提起したが、三箇月を経過しても未だ裁決がない。

三、ところで右許可処分は、次の違法があるから取消さるべきである。

(1)  本件許可指令書には全く理由が記載されていない。

(2)  原告の訴願に対する被告の弁明書によれば、昭和二十二年以来原告が地主である右高橋に対し過去九年にわたつて小作料を滞納したとし右事実は賃貸人の催告がなかつたとはいえ徳島市加茂農業委員会から小作料支払の戒告があつたにも拘らず小作料を支払いうる状態にありながらこれを不能としているのは農地法第二十条第一項第一号に該当するとして本件処分をしているものの如くであるが、農地法第二十条第一項には第一号と定めた法条はなく、本件許可処分は該当すべき規定がないのに該当するものとして許可したもので法令の適用を誤つた違法な行政処分である。

(3)  徳島市加茂農業委員会は小作人である原告を呼出した上弁明の機会を与えるべきであるのに故意に原告を呼出さず弁明の機会を与えないで昭和三十年十一月二十五日午後二時の第十二回同委員会において審議の上右高橋の申請を承認と議決したが、被告の本件許可処分はかかる違法な決議を基にしてなされたものであつて違法である。

(4)  原告は本件農地の小作料はすべて弁済ずみである。すなわち昭和二十年同二十一年度分は物納により昭和二十二年度以降本件農地の小作料として高橋に現金で支払つてはいないが、聊かの不納もなくすべて相殺により弁済しているのであつて、原告に信義則違反行為はない。すなわち、もと高橋の所有であつたが政府が買収し原告の長男中山豊名義で昭和二十二年十月二日自作農創設特別措置法第十六条の規定による売渡を政府から受けているけれども、農地法第二条第五項の規定により耕作の事業を行う世帯主である原告の所有であるとみなされる徳島市矢三町六百三十五番地の二田二十九歩を含む一劃の土地を六百坪として右売渡の少し以前から右高橋が訴外ゑびす製薬株式会社、次いで訴外丸和製綿株式会社その他二、三の工場に工場敷地として賃料は昭和二十二年十二月より同三十年六月までは一坪当り二円五十銭、同三十年七月より同三十二年十二月までは一坪当り七円の割合とし毎月末支払を受ける約にて貸与し、毎月原告に代つて右二十九歩分の賃料(昭和二十二年十月二日以降同三十年十二月末日までで八千百円五十銭、同三十二年十二月三十一日までで一万二千九百七十七円となる)を徴収していたのでこれを毎月原告に支払うべき債務があつたところ、右賃料を年末まで据おくと原告が右高橋に支払うべき本件農地の公定小作料一年分(本件農地の小作料の弁済方法は毎年十二月末日限りその年度分を支払う約)とが略々同額となるので、昭和二十三年末右高橋方において原告と右高橋間に昭和二十三年十二月末現在の債権債務を対等額で相殺し、将来についても右工場から原告の得べき賃料は毎月高橋が徴収しておき年末になつて原告が高橋に支払うべき本件農地の小作料と対等額につき相殺すべく将来生ずべき超過部分は繰り越すべき旨契約し、右相殺契約に従つて昭和三十年に至るまで毎年順次相殺され弁済されている次第である。従つて原告は高橋より本件農地の小作料を請求されたことは一度もなく加茂農業委員会から戒告を受けた事実もない。原告の行為は農地法第二十条第二項各号に該当しないのに賃貸借契約解除を許可したのは違法である。」

と述べた。

第三被告の答弁及び主張

被告指定代理人は、主文第一項と同旨並びに訴訟費用は被告の負担とするとの判決を求め、「原告主張事実中一、二、の事実は認める三、の(1)の事実につき本件許可指令書に特に理由を記載しなければならない法律上の義務は争う。(2)の事実につき原告の行為は農地法第二十条第二項第一号第四号に該当する。(3)の事実につき徳島市加茂農業委員会が原告に弁明の機会を与えなかつたとの点は否認する。仮にそうでないとしても右委員会の決議は単なる意見に過ぎず被告は何らこれに拘束されるものではない。(4)の事実につき徳島矢三町堂床六百三十五番地の二田二十九歩はもと高橋治郎の所有であつたが政府が買収し昭和二十二年十月二日自作農創設特別措置法第十六条の規定により政府から訴外中山豊に売渡されたことは認めるが右土地は訴外中山豊の所有であつて原告の所有ではない。高橋が右田二十九歩の賃料を昭和二十二年分から訴外ゑびす製薬株式会社同丸和製綿株式会社から訴外中山豊又は原告に代つて受取つていたこと原告主張の日時に原告と高橋との間に原告主張の如き相殺契約がなされたことはいずれも否認する。被告は実体調査をしたところ原告は本件農地の小作料を昭和二十年度以来支払わなかつたので高橋から数年に亘り十数回支払方催告されながら支払をしなかつたものであつて、右は農地法第二十条第二項第一号第四号に該当するものであるから、本件農地賃貸借解除を許可したものである。被告のなした本件許可処分に何等の違法はないから、原告の本訴請求は失当である。」と述べた。

第四被告補助参加人の答弁及び主張

被告補助参加人訴訟代理人は、主文第一項と同旨並びに訴訟費用参加費用は原告の負担とするとの判決を求め、答弁及び主張として被告と同一の陳述をした。

第五証拠<省略>

理由

一、原告主張の請求原因事実中一、二、の事実は当事者間に争いがない。

二、そこで、本件許可処分に違法が存するか否かを判断する。

(1)  本件許可指令書には全く理由が記載されていないとの原告の主張について

農地法第二十条の規定による農地の賃貸借解除の許可処分をするに当つてその許可指令書に一々同条第二項各号に該当する事実認定を記載する等理由を附すべきことを要件としているものとは解されないし、成立に争いのない甲第一号証(本件許可指令書)によれば、賃貸人として補助参加人を賃借人として原告を許可物件として本件農地をいずれも表示し、昭和三十年十一月の補助参加人の申請に基き農地法第二十条の規定により許可する旨記載されているが農地法第二十条第二項の何号に該当するやを明示してはいないことが認められるが、このように包括的に農地法第二十条を挙示したからといつて未だ本件許可処分を取消すべき瑕疵とは認められないからこの点に関する原告の主張は理由がない。

(2)  本件許可処分は法令の適用を誤つた違法な行政処分であるとの原告の主張について

成立に争いのない乙第八号証の二(原告の訴願に対する被告の弁明書)によれば、被告が農林大臣に対してなした弁明書には原告主張のような判断をし農地法第二十条第一項第一号に該当すると記載されていることが認められるが、右弁明書の記載は明らかに農地法第二十条第二項第一号の誤記であると認められるから、右弁明書の誤記をとらえ本件許可処分は該当すべき規定がないのに該当するものとして許可したもので法令の適用を誤つた違法があるとする原告の主張は理由がない。

(3)  成立に争いのない乙第八号証の五によれば、徳島市加茂農業委員会は昭和三十年十一月二十五日午後二時の同委員会において補助参加人の本件農地賃貸借解除の許可申請について審議し、承認と議決したこと原告は右委員会に呼出を受けていなかつたことを認めうる。しかしながら、農地法第二十条第一項の規定により農地賃貸借解除の許可を受けようとするものは所要事項を記載した申請書を農業委員会を経由して都道府県知事に提出し、農業委員会は右申請を受理したときはこれに意見を附して都道府県知事に進達しなければならない。(農地法施行規則第十四条第二条第三項前段)すなわち、徳島市加茂農業委員会の右決議は被告に対し右申請を進達する際に附すべき意見をまとめるためのものにすぎず、被告としては何ら右決議に拘束されるものではなく、独自の立場で事実を調査し申請を許可すべきか否かを決定すべきものである。そうだとすれば、徳島市加茂農業委員会が原告を呼出さなかつたとしても、直ちに被告のなした本件許可処分の違法を招来するということはできないから、この点に関する原告の主張もまた理由がない。

(4)  本件農地の小作料はすべて弁済ずみであるとの原告の主張について

原告は本件農地の小作料のうち昭和二十、二十一年度分は物納により支払ずみである旨主張するけれども、該事実を確認することのできる証拠はなく、却つて成立に争いのない乙第八号証の三丙第三号証に証人高橋治郎の証言を綜合すれば滞納していることが認められる。

次に原告は昭和二十二年度以降の小作料については原告主張の如き相殺契約に基き昭和三十年に至るまで毎年順次相殺され弁済された旨主張するので判断する。原告主張の徳島市矢三町堂床六百三十五番の二田二十九歩はもと補助参加人の所有であつたが政府が買収し訴外中山豊名義で自作農創設特別措置法第十六条の規定により売渡を受けたものであることは当事者間に争いがない。原告は農地法第二条第五項の規定により耕作の事業を行う世帯主である原告の所有であるとみなされる旨主張するけれども、右農地法第二条第五項の規定は農地法を適用するに当つて自作小作の区別を定める基準を規定したものであつて世帯員が所有権を有する農地について世帯主にこれを使用収益する権利を取得する旨を規定したのではないことは、農地法第二条第二ないし第四項と併せ考えれば自ら明らかである。右二十九歩が訴外中山豊の所有でなく原告所有であることを認めるに足りる証拠はない。そうだとすれば、昭和二十一年十一月頃補助参加人はその所有地六百坪を原告主張の如き賃料を以て訴外ゑびす製薬株式会社に対しその工場敷地として賃貸し、その後二、三の会社を経て訴外丸和綿業株式会社に承継されたところ、昭和二十九年頃実測の結果前記二十九歩のうち約十五、六歩が右六百坪に含まれていることが判明し、かつ原告及び右中山豊から請求があつたので昭和三十年十二月五日右丸和綿業株式会社が火災で焼失したのを期に右部分を返還したことが証人松尾大五、山口美佐雄、高橋治郎の証言により認めうる(右認定を左右しうる証拠はない)けれども、原告において右二十九歩のうち工場敷地として使用されていた部分に関し補助参加人に対し何等かの金銭的請求権を有するものとは認められない又原告主張の日時に原告主張のような相殺契約が原告と補助参加人との間になされたことはこれを認めるに足りる証拠なく却つて前記各証言を綜合すれば補助参加人は訴外中山豊や原告に代つて前記会社から賃料を受領していた事実もなく、原告主張の如き相殺契約の締結された事実もなかつたことを認めることができる。成立に争のない乙第八号証の三丙第三号証に証人中瀬啓二、高橋治郎の各証言を綜合すれば、原告は地主である補助参加人から昭和二十六年中に二回昭和二十七年中に一回昭和二十八年中に他人を介し本件農地の小作料の支払方催告されながらその猶予を乞うのみであつたこと原告の前記訴願の提起により被告が調査をはじめた頃になつて相殺を主張したがその自働債権については本訴で原告の主張するものとは異り原告が補助参加人から賃借していた本件農地以外の農地約二反歩の離作料であつたことが認められ右認定を覆えすに足りる証拠はない。以上の事実によれば原告の本件農地に対する小作料の滞納は著るしく信義に反するものといえるから右は農地法第二十条第二項第一号第四号に該当する。

三、以上のとおり原告の本件許可処分が違法であるとの主張はすべて理由がなく、他に本件許可処分に取消し得べき瑕疵があるものとは認められない。

四、結論

よつて原告の本訴請求は失当としてこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条第九十四条を適用の上主文のとおり判決する。

(裁判官 依田六郎 丸山武夫 藤原達雄)

(別紙目録省略)

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