徳島地方裁判所 昭和36年(ワ)344号 判決 1962年9月10日
原告 日本電信電話公社
訴訟代理人 大坪憲三 外三名
被告 大野徳男
主文
被告は原告に対し、金一一万五、七一二円およびこれに対する昭和三六年一月一〇日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。
訴訟費用は被告の負担とする。
事実
原告指定代理人は、主文同旨の判決を求め、請求原因として、
一、被告は訴外大野千秋を監督すべき法定の義務ある親権者である。
二、訴外大野千秋は、昭和三六年一月七日午前〇時三〇分頃、徳島市二軒屋町金比羅神社前に設置してある原告所有の公衆電話室(公衆第一五番)の内の五号Aボックス用公衆電話機一個を、バール・ハンマー等で取りはずして、同市二軒屋町の自宅附近の墓地内に持ち運び、これを自宅から持参した手斧で叩き毀わして、電話機内に装置してある金庫から現金一、三〇〇円を窃取し、さらに同年一月一〇日午前三〇分頃、同市東大工町一丁目に設置してある公衆電話室(公衆第六番)内の五号Aボックス用公衆電話機一個および同日午前二時三〇分頃同市新町橋南詰に設置してある公衆電話室(公衆第五番)の五号Aボックス用公衆電話機一個を前記同様の方法で取りはずして、右墓地に運び込み、手斧で叩き毀わして、右第六番内の電話機の金庫から七〇〇円、第五番内の電話機の金庫から一、〇〇〇円の現金を窃取した。
三、原告は右の違法行為により、現金合計三、〇〇〇円の被害を受けたほか、右各電話機がいずれも使用不能となつたので、これらの取り替えをなし、その復旧費として金一一万二、七一二円を要し、結局一一万五、七一二円の損害を蒙つた。
四、本件加害者である大野千秋は昭和二二年一月二八日生まれで、右の当時満一三才一一ケ月の児童であるが、全般的に知能程度が低く、当然親権者である被告の看護を必要とするものでもあるに拘らず、被告は同人に一顧もせずして放任し、深夜に右の不法行為を発生せしめたことは、親権者である被告が、同人に対する監督義務を怠つた結果によるものである。
五、よつて原告は被告に対し、民法第七一四条にもとずき、右損害金一一万五、七一二円と、これに対する昭和三六年一月一〇日から完済まで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。と述べ、被告主張の抗弁事実を否認した。
被告は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、答弁および抗弁として、
一、原告主張一の事実は認める。同二および三の事実は不知、同四の事実中大野千秋の年令の点は認めるがその余は否認する。
同五の主張は争う。
二、かりに大野千秋が原告主張の行為を犯したとしても、被告は、同人の親権者として、学校の担任教諭に予め監督を依頼し且同人の教育監護について相談するなどして、充分な監督義務を尽くしていたので、これら義務の不履行による責任はない。
と述べた。
証拠として、原告指定代理人は、甲第一号証の一の一、二、三、同二の一ないし四、同三の一ないし五、第二号証、第三号証の一、二、第四号証、第五ないし八号証の各一、二、三、第九、一〇号証の各一、二、第一一ないし一九号証、第二〇、二一号証の各一、二、三、第二二、二三号証の各一、二、第二四号証の一ないし四、第二五号証の一、二、三を提出し、証人工藤孝道、同遠山敏の各証言を援用し、被告は甲号各証はいずれも不知と述べ、なお職権により被告本人を尋問した。
理由
訴外大野千秋が昭和三六年一月一〇日当時満一三才一一ケ月余の少年で、被告は同人を監督する義務のある親権者であることは当事者間に争がなく、証人工藤孝道の証言によつて真正に成立したものと認められる甲第一号証の一の一、二、三、同二の一ないし四、同三の一ないし五、第二号証、第二〇、二一号証の各一、二、三、第二二、二三号証の各一、二、第二四号証の一ないし四、第二五号証の一、二、三、弁論の全趣旨から真正に成立したものと認められる甲第八号証の一、二、三、および証人工藤孝道の証言によると、訴外大野千秋が原告主張二記載のとおり、昭和三六年一月七日午前〇時三〇分頃および同月一〇日午前一時頃から二時三〇分頃までの間に、原告所有の公衆電話機三台(徳島電話局公衆第五番、第六番、第一五番)をその設置してある公衆電話ボックスから、バール・ハンマー等で取り毀わして自宅附近に持ち運び、さらにこれを手斧で叩き毀わして、各電話機内にある金庫から、現金を合計して少くとも三、〇〇〇円以上を窃取したこと、右各電話機の右当時の価格は公衆第一五番が三万七、五七一円、第五番が三万七、二六三円、第六番が三万七、八七八円で、原告は右の侵害行為により、電話機と現金の損失を合せ一一万五、七一二円の損害を受けたことが認められ、以上の認定を左右するに足りる証拠はない。
ところで、前掲甲第八号証の一、二、証人遠山敏の証言によつて真正に成立したものと認められる甲第一九号証、弁論の全趣旨により真正に成立したものと認める甲第一二号証、および右証言によると大野千秋は昭和二二年一月二八日に生れ、右事件当時満一三才一一ケ月余の少年であつたが、知能の発達が著しく遅れ、満一〇才から一一才に相当する知能程度で、いわゆる精神薄弱に近く、前示の行為をなすについてその是非を弁別するに足りる能力を有しなかつたことが認められ、この認定に反する証拠はない。したがつて、被告は千秋を監督すべき法定の義務がある親権者として、これが監督を怠らなかつたことを立証しない限り、原告の前示損害を賠償する義務があるところ、被告本人尋問の結果によると、被告は、千秋が他の兄妹に比べ知能の発達が遅れているので中学校に入学させるに際し、特に同人の教育に配慮して戴くよう担任教諭に依頼するなどして、その監護に留意していた事実が認められるのであるが、一方右供述に前掲甲第八号証の一、二を併せると、千秋には前示事件以前から家庭および学校生活に適応できないところから虚言癖、浪費、夜遊びの習慣等があつて、これらのことは少年が本件のような罪を犯すに至る過程において表わす通常の徴候であるのに、被告は千秋の資質からすればかゝる傾向はやむを得ないとして同人の監護を半ばあきらめて放置した結果、前示のとおり深夜に重ねて本件の所為をなすに至つた事情が窺われるのであつて、以上の認定に反する証拠はなく、結局被告が千秋に対する監督の義務を尽したものとは認められない。
されば、被告は原告に対し、前示損害金一一万五、七一二円およびこれに対する前示各所為の日から完済まで年五分の割合による遅延損害金を支払う義務があり、原告の本訴請求は正当である。よつて訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 野口喜蔵)