徳島地方裁判所 昭和40年(ワ)36号 判決 1965年8月25日
原告 富永喜一郎 外一名
被告 田村双輪株式会社
主文
被告は原告各自に対し別紙目録<省略>(二)記載の部分を明渡せ。
訴訟費用は被告の負担とする。
この判決は原告各自において、それぞれ金一〇万円の担保を供するときは仮に執行することができる。
事実
原告ら訴訟代理人は主文一、二項と同旨の判決ならびに仮執行の宣言を求め、その請求の原因として次のとおり述べた。
一、別紙目録(一)記載の家屋(以下本件家屋と称する)はもと訴外田村清吉の所有であつたが、原告両名は昭和三八年六月五日競落によつて所有権を取得し、同月一一日その旨の所有権移転登記手続を受けた。
二、しかるに被告は本件家屋のうち別紙目録(二)記載の部分(以下本件家屋部分と称する)を不法に占有している。
三、よつて本件家屋の所有権(共有)にもとづき、原告各自に対し本件家屋部分の明渡しを求める。
被告は「原告の請求を棄却する。」との判決を求め、答弁として次のとおり述べた。
(一)、本件家屋がもと訴外田村清吉の所有であつたことは認めるが、その余の事実は否認する。本件家屋は現在もなお同訴外人の所有である。
(二)、被告が本件家屋部分を占有していることは認める。
抗弁として次のとおり主張した。
仮に本件家屋が原告両名の所有になつたとしても、被告は昭和二六年一二月二五日当時本件家屋の所有者であつた訴外田村清吉より本件家屋部分を含む本件家屋全部を、賃料月額一万五、〇〇〇円、賃貸借期間五年の約定で賃借し、その後五年毎の昭和三一年一二月二四日と昭和三六年一二月二八日とに合意によつて契約を更新してきたものであるから、被告は本件家屋部分を賃借権にもとづき占有しているもので、右賃借権は原告らにも対抗し得るものである。
原告ら訴訟代理人は抗弁に対する答弁として「被告主張の被告と訴外田村清吉間の右賃貸借契約は昭和二六年一二月二五日に真実なされたものではなく、競売申立後に競落されたとき本件家屋の引渡を阻止するために契約書を作つた虚構のもので、被告は賃借権を有するものではない。」と述べ、
再抗弁として
仮に被告主張の賃貸借契約がなされていたとしても
(1) 賃貸借の目的物である本件家屋について一番抵当権が設定されたのは、被告主張の一回目の賃貸借契約更新がなされた昭和三一年一二月二四日より前の昭和二八年七月二一日であるところ、抵当権設定後に賃貸借更新契約が締結された場合には、更新後の賃貸借は本件家屋の競落人たる原告らに対して対抗できないものである。何故なら賃貸借契約が更新された場合、新旧両契約は同一性をもたないので、抵当権設定後に更新された賃貸借は右抵当権に優先しないものと考えるべきである(薄根正男著実務法律講座IV借地借家二四二頁)からである。したがつて右賃貸借契約は昭和三一年一二月二四日の経過によつてすでに消滅している。
(2) 仮にしからずとするも、被告は競売がなされた本件家屋についての抵当権によつて担保された債権の債務者であつたところ、被告が賃借権を有する本件家屋を、その所有者が被告の債務の担保として提供し、これに抵当権を設定した場合には、その設定の際に将来生ずるであろうことの予想される本件家屋についての不特定の競落人に対して競落を停止条件とする賃借権放棄の意思表示をなしたものというべきである。したがつて原告らの競落によつて右停止条件が成就し賃借権の放棄はその効力を生じ被告の賃借権は消滅したものである。
(3) 仮にしからずとするも、本件家屋は訴外田村清吉の所有であつたところ、原告らは昭和三八年六月五日競落によつて本件家屋の所有権を取得し、同月一一日その旨の所有権取得登記手続を経て同日右訴外田村清吉の賃貸人たる地位を承継した。しかるに被告は原告らが本件家屋の所有権を取得した日である右昭和三八年六月一一日から昭和四〇年四月一一日までの本件家屋部分の従前同様の賃料を支払わなかつたので、原告らは昭和四〇年五月四日被告に対し内容証明郵便をもつて右昭和三八年六月一一日から昭和四〇年四月一一日までの二二ケ月分の延滞賃料(一ケ月金一万五、〇〇〇円の割合)合計金三三万円を同月一五日までに持参または送金して支払つてもらいたい旨の催告をなし、該郵便は同月五日被告に到達した。しかるに被告は右期限を経過しても右延滞賃料を支払わなかつたので、原告らは昭和四〇年五月一七日内容証明郵便をもつて賃料不払を理由に賃貸借を解除する旨の意思表示をなし、該郵便は同月一八日被告に到達した。よつて被告の本件家屋部分についての賃貸借契約は右同月一八日かぎり終了したものである。
と主張した。
被告は「原告ら主張の各内容証明郵便がその主張の日に被告に到達したことは認める。しかし本件家屋は今もなお訴外田村清吉の所有であり、被告は同訴外人からこれを賃借しているのであるから、原告らに対し本件家屋部分の賃料を支払う必要はないのである。」と答えた。
立証<省略>
理由
一、本件家屋がもと訴外田村清吉の所有であつたことは当事者間に争いがない。成立に争いのない甲第一ないし第四号証によれば、原告両名が昭和三八年五月一三日本件家屋につき競落許可決定を受け、同年六月五日右競落代金全部を納入してその所有権を取得し、同月一一日その旨の所有権移転登記手続を受けたことが認められ、他に右認定をくつがえすに足る証拠はない。
二、被告が本件家屋のうち本件家屋部分を占有していることは当事者間に争いがない。
三、被告は本件家屋につき原告らに対抗し得べき賃借権を有すると主張するので考えてみる。
被告代表者本人尋問の結果によつて真正に成立したと認め得る乙第一号証、証人元木幹二の証言によつて真正に成立したと認め得る乙第二、第三号証、成立に争いのない乙第七号証と右証言ならびに右代表者本人尋問の結果を綜合すると、被告は昭和二六年一二月二五日当時本件家屋の所有者であつた訴外田村清吉より本件家屋部分を賃料月金一万五、〇〇〇円、賃貸借期間五年の約定で賃借し、その後五年毎の昭和三一年一二月二四日と昭和三六年一二月二八日とに合意によつて契約を更新してきたもので、本件家屋部分につき昭和四一年一二月末日まで賃借権を有していることを認めることができ、他に右認定をくつがえして、これが虚構のものであることを認め得るような証拠はない。
四、そこで原告らの再抗弁について順次検討してみることとする。
(1) 成立に争いのない甲第四号証によると、本件家屋について一番抵当権が設定されたのは昭和二八年七月二一日で翌二二日その旨の登記手続がなされていることが認められ、右は前段認定の被告が一回目の賃貸借契約の更新をなした昭和三一年一二月二四日より前であることが明らかであるところ、原告らはかように抵当権設定後に賃貸借更新契約が締結された場合には、更新後の賃貸借は本件家屋の競落人たる原告らに対しては対抗できないものであると主張する。
なるほど抵当権設定登記以前に成立し、しかも対抗要件をそなえる家屋賃借権は抵当権者したがつて競落人に対抗できるが、この対抗力を保有する家屋賃借権更新の時期が抵当権設定登記の時に遅れるときは、対抗力を有する家屋賃借権が民法六〇二条三号に定める期間を超えないいわゆる短期の賃貸借である場合にかぎり、民法三九五条の適用を受けて抵当権者したがつて競落人に対抗できるに反し、対抗力ある家屋賃借権であつても、民法六〇二条三号の定める期間を超えるいわゆる長期の賃貸借である場合には、更新後にあつては対抗力を保持しないとする有力な説(更新された契約が旧契約と同一性をもつか、もたないかによつて必ずしも結論を異にしないようである。)があることは周知のところである。しかし抵当権設定登記後のいわゆる短期賃貸借でも競売開始決定による差押の効力が発生する前は有効に更新されて抵当権者したがつて競落人に対抗することができること、抵当権設定登記以前に成立した家屋賃借権が期間の定めのないものであれば、少くとも二〇年間(民法六〇四条)は抵当権者したがつて競落人に対抗することができるであろうことの権衡(抵当権設定登記前であるにもかゝわらず短期賃貸借以上の期間を定めたばつかりに短期賃貸借の期間内においても全然対抗できなくなる)ならびに民法三九五条の反対解釈、借家法一条、一条の二、二条の立法の趣旨に徴して考えると軽々に右説に左袒することはできない。むしろ抵当権に先立つて家屋賃貸借契約がなされている場合には、抵当権者になろうとする者は抵当権設定契約にあたつて家屋賃貸借契約にたとえ期間が定められていても借家法という特別法によつて正当な事由を生じないかぎり延長されるのが原則であることを予期すべきものであるから、最初の家屋賃貸借契約が抵当権に優先するものであれば、更新後の契約もまた民法三九五条の期間の制限を受けることなく、抵当権に優先し、抵当権者したがつて競落人にこれを対抗し得るものと解するが正当であると解する。
よつて原告らのこの主張は採用しない。
(2) 被告名下の印影および訴外田村清吉名下の印影が被告および右訴外人の印章によつて顕出されたものであることは当事者間に争いがなく、右各印影が盗用されたものであると主張するのみで何らその立証がなされないから、該各印影は本人または代理人の意思にもとづいて成立したものと推定することができ、したがつて民訴三二六条によりその全体が真正に成立したものと推定される甲第五号証によれば、被告が本件家屋についての抵当権によつて担保された債権の主債務者であつたことを認めることができる。ところで原告らは被告が賃借権を有する本件家屋を、その所有者が被告の債務の担保として提供し、これに抵当権を設定した場合には、その設定の際に将来生ずるであろうことの予想される本件家屋についての不特定の競落人に対して競落を停止条件とする賃借権放棄の意思表示をなしたものというべきであると主張する。しかし抵当権設定契約は抵当権者と担保提供者たる所有者(本件においては訴外田村清吉)とが当事者となつて締結するもので、所有者が、自己以外の債務者(本件においては被告)の有する賃借権による利益を特段の約定もなく、たとえ条件付にもせよ放棄するような意思表示をすることはできないものと解するのが相当である。(もつとも本件においては所有者たる訴外田村清吉が、同時に債務者たる被告会社の代表者ではあるが、右の理に変りはない。)所論は独自の見解といわざるを得ない。
よつて原告らのこの主張も採用しない。
(3) 進んで賃貸借解除の主張について判断することとする。本件家屋が訴外田村清吉の所有であつたこと、原告らが昭和三八年六月五日競落によつて本件家屋の所有権を取得し、同月一一日その旨の所有権移転登記手続を受けたことは前示認定のとおりである。そうすると原告らは昭和三八年六月一一日右訴外田村清吉の賃貸人たる地位を承継したものといわねばならない。しかして被告が本件家屋が原告らの所有となつた右の昭和三八年六月一一日から昭和四〇年四月一一日までの本件家屋部分の従前同様の賃料を支払わなかつたことは被告の明らかに争わないところである。そうして原告らが昭和四〇年五月四日被告に対し内容証明郵便をもつて右昭和三八年六月一一日から昭和四〇年四月一一日までの二二ケ月分の延滞賃料(一ケ月金一万五、〇〇〇円の割合)合計金三三万円を同月一五日までに持参または送金してもらいたい旨の催告をなし、該郵便が同月五日被告に到達したことは当事者間に争いがない。しかるに被告が右期限を経過しても右延滞賃料を支払わなかつたことも被告の自認するところである。そうして原告らが昭和四〇年五月一七日内容証明郵便をもつて賃料不払を理由に賃貸借を解除する旨の意思表示をなし、該郵便が同月一八日被告に到達したことも当事者間に争いがない。そうだとすると被告の本件家屋部分についての賃貸借契約は右同月一八日かぎり、解除によつて終了したものといわねばならない。
五、してみると被告は本件家屋のうち本件家屋部分を右同日以後何らの権原なく不法に占有していると断ぜねばならないから原告らの本件家屋の所有権(共有)にもとづき共有物の保存行為として原告各自に対し本件家屋部分の明渡しを求める本訴請求はいずれも理由があるといわねばならない。
六、よつて原告らの本訴各請求は正当としてこれを認容し、訴訟費用の負担につき民訴八九条、仮執行の宣言につき民訴一九六条一項を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 小川正澄)