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徳島地方裁判所 昭和40年(行ウ)3号 判決 1965年11月25日

原告 米沢忠男

被告 徳島刑務所長

訴訟代理人 村重慶一 外三名

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告は本件口頭弁論期日に出頭しないが、その陳述したものとみなされた訴状によれば「被告が原告になした裁判を受ける権利の侵害行為(裁判所に出頭させないとの申渡し)を取消し、原告は裁判所に出頭して裁判を受ける事が出来る。訴訟費用は被告の負担とする。」旨の判決を求め、その請求原告として「原告は昭和四〇年七月二九日大阪簡易裁判所に対し調停裁判の申立をなし、昭和四〇年八月一六日に出頭せよとの呼出状を受取つたのであるが、被告は原告に対し「訴訟代理人を立てなければ裁判所に原告を出頭させない」との申請渡をして原告が裁判を受ける権利を侵害すると同時に原告が調停裁判申立の相手に対する第一の手形債権は勿論これに関連する第二・第三の手形債権の主張並に手形訴訟行為は手形の消滅の時効により非常に困難となり原告の一身上に償うべからざる損害を蒙るや計り難き現状である。

右の原因により原告出頭の上公平な装判を受ける権利主張のために本訴に及んだ」との記裁がある。

被告指定代理人は主文同旨の判決を求め、答弁として、原告主張の請求原因事実中、原告が昭和四〇年六月二九日大阪簡易裁判所に対して調停の申立をなしたこと、当該調停期日を原告主張のように昭和四〇年八月一六日とする期日呼出があつたこと、および被告が原告に対し右調停期日に出頭させられないから代理人を選任し処理するよう指示したことは認めるが、その余は争うと述べ、

被告の主張として、

一、本件事案の概要

1  原告は出資の受入、預り金及び金利等の取締等に関する法律違反・暴行・傷害・恐喝・暴力行為等処罰に関する法律違反により、懲役一年四月(通算二二四日)、罰金七万円に処せられ、本年四月一四日以来徳島刑務所にて服役中の者である(刑終了日は昭和四一年一月一日)。

2  原告は本年六月二九日大阪簡易裁判所に対し訴外大阪市西成区南通り、新開虎之助を相手方として貸金元利一六万円返済の調停申立を行なつたものである。

3  被告は右調停申立により原告が屡々大阪簡易裁判所に出頭することを認めることは刑罰執行上または施設管理上多大の支障を生ずる点から、本件七月五日面接の際、(イ)大阪簡易裁判所への申立書は送付しておくが出頭はさせられないから代理人を選任するなどの措置を講じておくこと、(ロ)今後も民事に関しては必らず出頭させるということは約束できないから、釈放後に延ばせるものは延ばし時効完成の懸念の存するものについては時効中断の方法を講じるなどできる限り訴訟事件を少なくするように考慮するよう申渡した。

ところで、本件七月三〇日前記裁判所より調停期日が定められ、その呼出通知が送付されたので再度原告に対し出頭させられないから代理人を選任し処理するよう指示したものである。

二、被告の処分には何ら違法は存しない。

原告は本訴において、被告が原告を本件調停事件に出廷せしめないことは、憲法第三二条により保障された裁判を受ける権利を奪うものであるから、その処分は不当違法なものであると主張されている。しかし、右主張は次の理由により失当である。

1  憲法第二三条の裁判を受ける権利とは、民事事件においては、自ら裁判所へ訴を提起する自由を有することを保障し、反面裁判所は適式な訴の提起に対しては、裁判を拒絶したり、怠つたりすることは許されないいわゆる司法拒絶の禁止を意味するものであつて、原告主張の如く、具体的な民事事件につき常に自ら法廷に出頭して訴訟活動をする権利を保障したものであるとは解されない。

ところで、被告は原告が調停申立を行うこと自体については何らの制約を加えた事実はなく、原告の訴権を充分に尊重し直ちに調停申立書の発送手続を行つているのであつて何ら違法とすべき点は存しない。

2  現在原告は前述のとおり自由刑執行のため徳島刑務所に服役中の者である。従つて、一般社会人に比し行動の自由について種々の制約を受けるものであるが、それが自由刑の執行につき必然的に生ずる制約については受刑者という特殊な地位に照らし当然に受忍すべきものである。換言すれば憲法上保障せられた権利といえども国家の刑罰執行権の要請である、拘禁、社会隔離あるいは行刑目的たる改善等、国家目的達成の必要限度において制約を受けることがあり得るのであり、受刑者はその不利益を受忍しなければならないのである。

憲法第三一条が何人も法律の定める手続によらなければその生命若しくは自由を奪われ又はその他の刑罰を科せられないと規定するのは自由刑の執行において、必然的に伴う自由の制限の合法性を根拠ずけているものである。

3  また原告が徳島刑務所に拘禁されているということは受刑者として刑務所という営造物を使用する関係において、刑務所長たる被告と、被収容者たる原告との間には拘禁という特定の設定目的に必要な範囲と限度において、被告が原告を包括的に支配し原告は被告に包括的に服従すべきことを内容とする関係、いわゆる公法上の特別権力関係が成立しているのである。

一般に公法上の特別権力関係は特別の法律関係に基ずいて成立する関係であり、設定目的のために必要な限度において法治主義の原理の適用が排除され、営造物を管理する者は管理権に基いて、個々の具体的な法律の根拠なしに包括的な支配権の発動として命令、強制をなし得るものであると説かれている。

右の特別権力関係に基ずき国家の刑罰権の執行機関である刑務所長が刑の執行に伴う拘禁の確保、社会隔離、その他行刑目的等の国家日的達成のため受刑者の民事出廷につきその許否を判断し、右特別権力関係の設定目的に照らし必要な限度において制約を加えたとしてもそれが合理的な制約である限り、受刑者はその不利益を受忍しなければならないのであつて、刑務所長が原告を出廷せしめなかつたことが直ちに憲法第三二条に反するものであるとはいえないのである。

勿論受刑者といえども基本的人権が充分に尊重されるべきことは当然であり、受刑者であるという理由で直ちに全ての場合にその訴訟活動が制限されると主張するものではない。

その制限はあくまで刑の執行に基ずく国家目的を達する必要上必然的に制限せざるを得ない限度での制限が合法性を有するものである。

4  被告が原告の出廷を認めなかつたのは刑の執行という国家目的と訴訟活動との間の均衡と調和を考慮しつつ合目的的な判断をなしたものであつて、かかる裁量権が被告に委ねられていることは前述の特別権力関係の理論に照らし当然といわなければならない。

かく解する限り本件原告の調停申立による裁判所の期日呼出に対し、被告が直ちに大阪に出廷せしめる義務を負うものでないことは明らかであり、また原告が一般統治関係の下に於て保障せられる「裁判を受ける権利」が特別権力関係下においてもそのまま適用せられるべきものとの主張が妥当性を欠くものであることも明らかである。

原告の出廷の許否決定に際し、訴訟活動に対する極端な制限あるいは著しい裁量権の濫用が存すれば格別、本件については次のような具体的事由により出廷を認めなかつたものであり、何らの裁量権の濫用逸脱はないから違法とすべき点は認められない。

5  原告の出廷を認めなかつた理由は次のとおりである。

(イ)  原告の出延場所は大阪であり少くとも出廷のため往復数日間を要する。これは刑の執行に著しい影響を及ぼすものである。

即ち、自由刑の執行を受ける収容者が民事調停に出頭のために実質的に数日間を要するということは本来的な刑罰執行の目的に背馳するもので法の許容しないものである。

(ロ)  仮りに出廷せしめるとすれば相当額の護送費用を必要とする。

収容者個人の民事事件の出廷のために多額の国家予算を乱費することは明らかに許されないことであるし、しかも限られた護送費予算を収容者個人の民事出廷に費消することにより行刑目的達成上必要不可欠な受刑者等の移送実施が不可能となる虞がある。

(ハ)  原告は入所以来糖尿病と痔核により病舎において休養中であり、定役としての刑務作業に全く従事していないものである。

この様な療養中の原告を大阪まで出廷させることは病状を悪化させる虞があり、収容者の健康管理上、重大な責務を負う被告として出廷させることはできない。

むしろ、原告は療養に専念して、早く健康を回復させ、定役に服するという本来的な自己の責務を認識すべきである。

(ニ)  原告は入所以来僅か三ヶ月の間に二〇数件に及ぶ調停申立を各裁判所に行つている。

しかるに原告の刑期満了日は昭和四一年一月一日で服役期間は九ヶ月足らずであるから調停申立件数からみて服役期間を、民事事件出廷に明けくれるという結果になることは明らかである。多数の収容者を拘禁し、処遇を行つている監獄において特定収容者の民事事件に伴う裁判出廷を無制限に認めるとすればこの様な民事出廷を行うことなく受刑生活に専念している者との間に処遇上の均衡が失われる。

処遇の公平を標傍としている監獄においてこのような処遇の不公平を許容することは原告として許されないのであり、また処遇の不公平が収容者に与える悪影響から行刑運営そのものに支障が生じてくることを看過し得ない。

(ホ)  民事事件には訴訟代理人の制度が認められているのであるから刑の執行をうけている収容者は訴訟代理人によつて目的を達し得ないという特殊例外的な事案を除いては、訴訟代理人に委任して行うべきである。

本件の場合原告自ら出廷すべき特殊事情は何等認められず、また被告が事前に訴訟代理人の選任その他種々の指示を行い、充分の配慮を行つていることからしてもあくまで自らの出延に固執する原告の主張は認められないのである。

(ヘ)  収容者の民事出廷により当然収容者戒護のための職員を若干名配置しなければならない。

しかるに矯正施設の職員は現在不足の状態にあり、連日過重な勤務を余儀なくされているのが実情である。

これは徳島刑務所に於ても例外ではない。この様な状況下にあつて特定収容者の個人的な民事事件出廷を認めるとすれば、護送職員の配置により職員の勤務条件はさらに過重となり、これが施設自体の管理運営に悪影響が少くないものと考えられる。

(ト)  原告の刑期満了は昭和四一年一月一日である。

従つて出所後訴訟活動を行うのが受刑者の地位に照らし正当であり、また充分な訴訟活動がなし得るものである。

短期の服役期間内に二〇数件の調停申立を行うが如きは行刑運営を阻害する乱訴というべきである。

仮りに債権の時効が近いとしても時効中断の手段を採る等適宜な措置をとることにより債権保全は容易である。

と述べ、

立証として乙第一号証を提出し、証人檜垣茂の証言を採用した。

理由

原告が大阪簡易裁判所に対し調停申立を行い、同裁判所より当、該調停期日を昭和四〇年八月一六日とする期日呼出が原告に対してなされたこと及び被告が原告に対し右調停期日に出頭させられないから代理人を選任し処理するよう指示したことは当事者間に争いない。

原告は被告が原告を右調惇事件の調停期日に出廷せしめないことは裁判を受ける権利を侵害するものである旨主張する。

成程憲法第三二条は「何人も、裁判所において裁判を受ける権利を奪われない。」と規定しているが同条は民事事件においては何人も裁判所へ訴を提起して裁判所の裁判を受ける権利を有することを意味するものと解されるところ、民事調停事件は当事者の互議によつて紛争の解決を図るものであつて裁判所の裁判によつて紛争を解決するものではないのみならず、その調停期日には止むを得ない事由がある場合は調停委員会の許可を得て代理人を出頭させて(民事調停規則第八条)調停手続を進めることもできるのである。ところで原告が現在徳島刑務所に在監中の者であることは当事者間に争がなく、証人檜垣茂の証言によれば、原告は出資の受入、預り金及び金利等の取締等に関する法律違反・暴行・恐喝等の罪により徳島地方裁判所において懲役一年四月の刑に処せられ、昭和四〇年三月三一日以来徳島刑務所に入所して服役中の者であることが認められるから、原告は監獄に拘置された上定役に服する義務があることは明かであるし、右証人の証言によれば被告は次のような諸点即ち、原告は徳島刑務所に入所以来糖尿病並びに痔核のため病舎で休養を続けているものであつて、大阪の裁判所まで出頭させることは病状を悪化させる虞があること、原告が前記調停事件の調停申立書を発送する当時、被告は原告に対し代理人を選任して調停手続を進めるよう指示を与えていたものであり、前記調停事件は原告の身分関係に関するような事件と異りその申立の事件の内容(右調停事件が手形債権に関する事件であることは原告の主張から明かである。)から代理人を選任して調停手続を進めることによつて目的を達し得る場合で原告自ら出頭しなければ目的を達し得ないような事情は認められなかつたこと、前記調停事件のため大阪簡易裁判所に出頭させるときは往復に数日間を要し、本来的な刑罰執行の目的に背馳することとなること、大阪の裁判所に出頭せしめるとすれば最低二名の看守の付添を必要とするのみならず、相当額の護送費用を必要とするが、かかる人員の配置及び護送費の支出は行刑目的達成のために必要不可欠な他の受刑者等の管理運営に支障を来す虞があること等の諸事情を勘案して原告を前記調停事件の調停期日に出頭させないこととし、原告を大阪簡易裁判所に出頭させなかつたものであることが認められるのであつて、以上のような事情の下においては、被告が原告を前記調停事件の調停期日に大阪簡易裁判所に出頭させないからといつて、これを以て違法不当の処置ということはできない。

よつて被告の右処置の違法を前提とする原告の本訴請求はその理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 伊藤和男 原田三郎 磯都有宏)

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