徳島地方裁判所 昭和43年(ヨ)196号 決定 1968年8月24日
申請人 島口延秋
被申請人 日本専売公社
主文
本件仮処分申請を却下する。
申請費用は申請人の負担とする。
理由
一、申請人の申請の趣旨および申請の理由は別紙仮処分命令申請書記載のとおりであるからこれを引用する。
二、本件疎明資料並びに当事者等審尋の結果によると、
申請の理由一、(1) ・(2) の事実並びに被申請人公社(以下単に公社という。)が徳島地方局長佐々木正逸名義の辞令書をもつて昭和四三年八月一六日申請人に対し、徳島地方局鴨島出張所へ転勤を命じる旨の意思表示(以下本件転勤命令という)をなしたこと、全専売労働組合(以下組合という)の組織状況が申請の理由三、(1) (イ)(ロ)(ハ)のとおりであること、申請人が昭和二六年一月に組合員資格を取得後、昭和二八年七月から三〇年六月まで組合四国地方会議財政部長を、昭和三〇年七月から三六年九月まで組合徳島地方部財政部長を、昭和三六年一〇月に組合徳島地方部青年婦人対策部長兼徳島県労評青年婦人部事務局長を、昭和三七年一〇月には組合徳島地方部賃金対策部長をそれぞれ歴任し、昭和三八年六月組合徳島地方部直轄分会書記長に就任し、現在に至つていること、申請人は熱心な組合活動家であり、昭和三四年地方部財政部長当時は地方部オルグとして、徳島工場業務量設定斗争において指導的かつ主要な役割を果し、更に直轄分会書記長就任後は組合の階級的民主的強化を主張して積極的に組合活動を継続していたこと、なかんずく昭和三七年の第一五回組合全国大会において組合の社会党一本支持が決議されたにもかかわらず、申請人およびその属する直轄分会は実質的に統一戦線の立場に立ち、かつ組合員のための組合を目標に公社と妥協しない姿勢をとりつづけ、昭和四二年六月までに直轄分会独自の活動として申請の理由三、(2) ・(二)・<1>ないし<4>のような斗争がなされてきたこと、また申請人は昭和四三年九月に開催の第二二回組合定期全国大会の代議員選挙に立候補し、同年八月七日当選したこと、右選挙に際し、申請人と趣旨を同じくする有志とともに「わたくしたちの組合を強めるために」と題するビラを組合員に配布したところ、昭和四三年七月三一日に申請人に対し、徳島工場可原職員課長から電話で「あの文書はわしのことを書いてあるのか、中傷ではないのか。あんな文書を工場門前で配つたら警察へ電話して私服を張り込まして皆タイホさせるぞ」「これはわし個人の考えでなく公社の考えだ、今から警察へ電話しでやる。」といつてきたこと、右の電話に対し同年八月六日、直轄分会において臨時職場大会を開き、公社(地方局長佐々木正逸宛)に対する公開質問状を決議したこと、一方直轄分会の執行委員で申請人を支持している泉知子(電話交換手)に対し、前記可原課長が同年八月六日に電話交換室へ来て「旦那はどこえ行きよんな、たしか銀行やつたな、銀行員の奥さんが組合運動してええんか、あまりやると主人に影響があるぞ」などいつたこと、また、直轄分会組合員の藤村あけみに対しても同課長は申請人と主張を異にする西田地方部書記長のため「今度の選挙(代議員選挙)頼むぞ、西田にいれてくれ」と依頼したこと、その後八月八日に公社から申請人に対し本件転勤命令の事前通知をしてきたこと、これに対し、申請人は労働協約に基き労使双方より構成されている簡易苦情処理会議に苦情を申立てたが、意見が対立し、会議は何等結論も得られないまま終結して本件転勤命令に至つたこと、申請人は命令書を交付された直後これをその場で返還したところ、公社側は一〇日以内に赴任ししなければ法令に基いて処分する旨のべたこと、直轄分会では組合役員七各中、執行委員の曽我部徳明が昭和四三年四月の異動で鳴門支部へ転出し、残る六名の役員中、宮本喜美子執行委員は妊娠六ヶ月で実質的な活動ができない状態であること、一方、今回の異動は、高令退職者の発令に伴う一連の定期異動であること、徳島地方局管内では申請人を含め五八名を対象として、支所間の事務能力の不均衡調整、長期間同一職場、職務にある者を序々に転動させるとの方針のもとに行なわれたこと、申請人は入社以来過去約一八年の長い間現任地徳島地方局のみに勤務する者であり、しかも申請人の場合従来鴨島出張所長から徳島地方局長に男子のいい人を送つてくれとの要請が何回かあつたため、経理に堪能な申請人に行つてもらうことになつたこと、今回の異動において組合として問題にしているのは申請人のみであること、鴨島出張所は地方局管内六販売出張所の一であり、順位としては三番目で職員は八名で組合員は六名であること。
以上の各事実が疎明される。
三、そこで先ず、本件転勤命令が申請人主張のような意図のもとになされた組合活動に対する支配介入行為に当るかどうかについて判断する。
前記認定事実と関係疎明によれば、全専売労組は組合員三万八、〇〇〇名余を擁する単一の全国組織で、組合結成の歴史も古く、その組織基盤は固まつており、申請人の属する直轄分会は全国六〇一の末端下部組織の一つであつて、一三六名の組合員の中で組合関係の知識、経験を有するものが申請人以外にないというわけでもなく、曽我部執行委員に続く書記長たる申請人の転勤によつて一時的には分会の活動が弱まることは否めないが、分会の存続があやぶまれるような状態をきたすことは組合組織の現状に照らして考えられないこと、また最近における申請人および直轄分会の活動は、昭和三四年ごろのきびしい斗争とは趣きを異にして、申請人らと主張を異にする直轄分会の上部組織の姿勢是正を目ざしてなされており、公開質問状の点を別とすれば公社側ととくに深刻な対立や団体交渉等はなかつたこと、しかも今回の異動は定期異動で、地方局経理部は一八年間在任し経理に明るい申請人を転勤させることは、支所間の事務能力の不均衡調査、長期間同一職場・職務にある者を序々に転勤させるとの公社の方針にかなつたものであり、かつ鴨島出張所長からの要請に基く人事であつたことなど併せ考えると、本件転任命令の主要な理由は公社の業務上の必要に基くものということが推認できる。もつとも可原職員課長の干渉的言動など疎明できるが、同課長は直轄分会と対応する地方局の課長ではなく、徳島工場分会に対応する部局の担当者であり、申請人の主張するような組合活動と因果開係の存することを疎明する資料はない。その他、申請人が組合に対する支配介入だと主張する申請理由のすべてを検討しても、使用者としての公社が組合の運営に積極的に干渉しこれを抑圧妨害するものであると推認するに足りない。
してみると、本件転勤命令をもつて組合に対する妨害とはみられないので支配介入行為には当らないものというべきである。
四、次に本件転勤命令か申請人にとつて不利益取扱であるかどうかについて判断する。
(一) 不利益処分健ついて
1 組合活動上の不利益について。
前記疎明事実に照らし、申請人が組合員六名の鴨島出張所勤務となれば、組合員一三六名の直轄分会の書記長の地位を失うことになり、申請人の組合活動は相当影響を受けることは明らかであり、ひいては直轄分会の運営にも多少の不便を生ずるものといえる。しかしながら前記三、で説示したごとく、今回の異動は定期異動で、とくに一八年の長きにわたり同一職場にいた申請人としては公社の業務上の必要に基き異動の対象者となつたものであり、申請人だけがその過去との比較ないし他の公社員との比較においてことさらに不利益な取扱を受けたものとはいい難い。公社が定期にまたは業務上の必要に基きある範囲の配置換、転勤を行なうことは公社員である以上予想できることであり、組合役員といえどもその対象となることは、公社・組合間における事前通知の了解事項などからみても明らかである。してみると、本件転勤命令が公社の業務上の必要に出たものと推認できる以上、申請人の組合活動がこれによつて結果的にある程度の影響を受け、不利益となつてもやむを得ないものというべきである。(もつとも、使用者の転勤命令の意図が組合員の労働法上の権利、活動を損うことにあり、かかる組合員としての不利益が存するときはいわゆる不利益処分に該るとする解釈も、是認されるところであるが、本件においてかかる不利益処分の事実を疎明するに足りない。)
2 家庭生活上の不利益について。
申請人は本件転勤命令が、共働きに困難をもたらし、家庭生活の破壊を招くおそれがある旨主張するので判断するのであるが、疎明と申請人審尋の結果によると、申請人の家庭の状況が申請の理由三、(6) (ロ)のとおりであること、申請人が鴨島出張所へ転勤すること、通勤時間が従来より少なくとも五〇分は多くなり、帰宅時間も若干遅くなることが疎明される。しかしながら、鴨島出張所は申請人の自宅から十分通勤可能なところであり、申請人主張のような家庭的不便の程度は転勤に際し一般にあり勝ちのことであり、これをもつて不利益取扱とすることはできない。
3 本件転勤命令が左遷であるとの点について。
疎明および申請人審尋の結果によると、公社における職階制の分類が一般職掌については申請の理由三、(6) (ハ)のとおりであること、申請人の職種が現在一般三群事務員(特)であること申請人は鴨島出張所では販売係内勤として、消費税の計算、販売速報の作成等の業務にあたることが予定されていること従来右の業務には職階制発足以来一般二群(A)の者が従事してきたこと、申請人は地方局経理部出納課で旅費係をしているが、転勤発令後も給与、職種には変動がないことの事実が疎明される。右事実を併せ考えると、本件転勤によつて、申請人の職階、職種、給与には変動なく、担当業務も従来と同じく内勤であり、業務も経理と関連性があつて特に異別な職務内容が付加されるわけでもないので適応は容易であること、また申請人のような経理に堪能な者が行つて当該業務の内容を向上させる意味もあり、鴨島出張所長の徳島地方局長に対するかねての要請はこれを意図したものであるとも推測されるのであつて、格別奇異とするに足りず、このような新旧担当者の職種の比較のみで、右転任が左遷であるとは断じがたく、この点を目して不利益取扱であるとはいい難い。
(二) 不当労働行為意思について。
申請人の組合歴、活動の状況、税在の組合上の地位、役職等は前述のごとくほぼその主張のとおり疎明されるところであるが、三、四項に検討したところでも明らかなように、本件全疎明資料、当事者等審尋の結果に照らしても申請人の正当な組合活動の故に公社が本件転勤命令を発したとの事実についてもこれを推認するに足る疎明がない。
五、更に、申請人は、本件転勤命令は申請人および組合の意思を真向から踏みにじり労働契約の信義則に反する違法なもので、人事権の乱用によるものであるから無効であると主張するので判断する。
疎明によると、公社と組合との間において一定の組合役員となつている職員の転勤にあたり、公社は「転勤の事前通知に関する労働協約」により職員に対する事前通知とともにその職員が所属する支部局に対応する地方部または支部に対して通知するものとするとの了解事項がかわされていることが疎明され、右事前通知の手続が履践されたことも明らかである。しかして、前記四、説示のごとく本件転勤命令は職階制によつて定められた職務内容の種類ないし範囲をこえてなされたものでもなく、更に公社と組合との間において直轄分会等の三役をその在任中に転勤させるには本人および組合の同意を得なければならないとの協約ないし慣行の存することは窺われず、本件転勤に際して申請人および直轄分会の同意がないからとして、これをもつて直ちに信義則に反するということはできず、他の疎明を検討しても、公社が一方的恣意的にその人事権を乱用したとの事実については疎明がない。
六、以上の次第で、本件仮処分申請は、被保全権利についていずれも疎明がないことになり、かつ保証を立てさせてこれを補充させるのは相当でないからこれを却下することとし、申請費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり決定する。
(裁判官 深田源次 大山貞雄 山脇正道)