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徳島地方裁判所 昭和55年(ワ)201号 判決 1982年6月21日

原告

甲野花子

右訴訟代理人

岡田洋之

被告

乙野太郎

被告

乙野花枝

右両名訴訟代理人

島内保夫

主文

被告らは原告に対し、連帯して、金七七九万五、四五六円及びこれに対する昭和五五年七月一二日以降完済まで年五分の割合による金員を支払え。

原告のその余の請求を棄却する。

訴訟費用はこれを五分し、その四を被告らの負担とし、その余を原告の負担とする。

この判決の一項は、原告において金二〇万円の担保をたてるときは、仮に執行できる。

事実《省略》

理由

一請求原因一項乃至同六項の事実はいずれも当事者間に争いがない。すなわち原告は昭和五三年に○○大学を卒業して社会福祉法人×××に勤務していたものであり、被告太郎は昭和五一年に○○大学を卒業して株式会社××××に勤務し、実母である被告花枝と二人暮らしであつたものであるが、昭和五五年一月一三日、仲人によつて互いに紹介され、数回交際の後双方とも縁談に乗り気となつて、同年二月三日、親兄弟列席のうえ正式の見合いをなし、同月二〇日には結納をかわして婚約したが、その後同棲、性的交渉の関係はなかつたものの、互いに交際を重ねて将来の生活設計や新婚旅行の行先、日程等を語り合い同年五月五日に結婚式を行うことを約束するとともに、その間同被告においては原告に対したびたび被告方の食事の用意や掃除をするように求めたり、自己の親族、知人に対し原告を結婚の相手として紹介したり、同年四月一九日には原告の嫁入道具として同被告の勉強机が欲しいとの希望を呈して翌日に原告とともに家具屋に至つてこれを購入せしめ、同年二七日には被告花枝とともに原告に対し原告の嫁入道具の内容明細を問うて説明を受けたが、ズボンプレッサーがこれに入つていないから買つて持参するように指示し、テレビと自動車は原告が予定していたそれぞれ小型テレビと普通乗用自動車ではなく二六インチの大型テレビと軽自動車とを持参するように指示したので原告においてはこれをいずれも買い求めて準備したこと、他方原告においてはその間に前掲諸物品を含む嫁入道具やその他衣類、身の廻り品を買いととのえ、被告太郎とともに結婚写真の前写しをなし、同年三月三一日には前記勤務先を退職し、貸衣裳の選定、新婚旅行のためのパスポートの申請をなし、披露宴の順序、列席者への招待状の発送、席順の決定並びに嫁入道具を嫁家に運び込む道具入れの日の決定などを被告らと打ち合わせ、右道具入れの日として同年四月二九日が約束され、右招待状もすでに発送されていたこと、然るところ、同月二八日朝、被告らは仲人山下を通じ、何の理由も告げずに、電話一本で、本件婚約を破棄する旨の意思表示をなし、以来右の婚姻をなさなかったものである。これによると、原告と被告太郎との間には単に将来において夫婦たらんとする合意が存したと言うにはとどまらず、その合意は婚約成立に基づく慣行上の儀式の他親戚、知人への紹介、結婚披露宴への招待状の発送などという一種の身分の公示行為をすら伴つて、各当事者に実質的、形式的な婚姻意思の成立したことを客観的に認めしめるに十分なものがあり、仮に同被告が実際には右婚姻を危惧し、次第に原告に対する愛情を喪失しつつあつたとして、原告がこれを過失により察知しなかつたものとしても、或は又原告と同被告との間に同棲、性的交際その他の事実婚類似の関係が何も存在しなかつたものとしても、右の程度の婚約については、その不履行(破棄)自体が、通常、相手方のよつて取得した生活上の利益に対する故意による不法行為を構成すると解するのが相当である。

二被告らは右の婚約破棄には正当理由が存する旨主張し、その事由として、原告には常識が欠け、家庭的な躾けができておらず、ルーズで、責任感に乏しいことが婚約後に判明したのみならず、その体形が余りにも細く劣等であつて、被告太郎が次第に原告に対する愛情を喪失したことを指摘する。しかしながら、結納のとりかわしがなされた後も同被告による婚約破棄の意思表示がなされるまさにその前日まで、同被告の真意が如何ともあれ、嫁入道具として持参すべき物品に関する要求を提出したり、その他、前掲事実の如く、婚姻意思の成立していることを誰もが認めるであろうような態度で振る舞つた者が、相手方の性格一般をあげつらつたり、いわんやその容姿に関する不満をことあげしても、これをもつて婚約破棄の正当事由となし得るものとは到底解し得られない。それ故被告らの右主張事実は、仮にそれが存在するものとしても、これによつて前掲不法行為の成立が阻却されるものとは解せられない。

三原告は被告花枝も被告太郎の右不法行為に加担した旨主張するものであるところ、<証拠>によると、被告太郎は原告と結納をかわして交際中、原告が約束の時刻に遅れることがあり、身なりにも概して無頓着であり、或は料理が上手ではないなどとしてこれを不満とするに至り、とりわけ、原告の体つきが細いことを気にして右婚姻に次第に気が進まなくなり、これを原告に打ち明けたことはないが、実母である被告花枝には打ち明けたうえ、尚決断するには至らなくて悶々としていたところ、同年四月二六日夜、被告らはこの問題につき自宅に親戚の者数名と仲人丙村を集めて話し合いを持つに至つたこと、右席上、親戚の者や丙村は婚姻するかどうかはひつきよう被告太郎の気持ち次第という態度をとり、同被告は、日程の切迫感に追われて非常に悩みながらも、やはり自分は結婚するつもりである旨の決意を披瀝したのに対し、被告花枝はすでに早く同年三月下旬ごろより原告に好感を抱いておらず、原告の欠点をあれこれ指摘して、この婚姻に反対する旨をかねてより被告太郎に伝えてあつたところから、ここでも右婚姻に強く反対し、右反対の意見を繰り返して述べたので、遂には被告らの間において見解の相異のあることを示したまま右話し合いが終了したこと、翌四月二七日における前述した原告宅での話し合いの席上、被告らが原告に対し料理が下手だとか、家庭の躾けが悪いとか体が細いなどとこもごも苦情を呈し、そのため原告が泣き出した際、被告太郎はそれを見てこれからは二人で力を合わせてやつて行こうなどと言つて原告を慰め、割り切れない気持ちながらも五月五日の結婚式を中止するまでの決断がつかなかつたところ、翌四月二八日朝、丙村がそれまでの被告ら、殊に被告花枝の態度に不安を持つて、同被告に電話し、結婚することに変わりはないか、嫌なら今から断つてもよいと申しむけたところ、被告らにおいて、にわかに、今からでも断わることができるなら断つてほしい旨明言するに至り、さらに被告らはそろつて丙村宅に出むいたうえ、こもごも、本件婚約を解消したいからその旨を原告に伝えてくれるよう断言し、そのため丙村は直ちに原告宅に電話してその旨を伝えたこと、被告太郎は本件破棄後の同年六月ごろ、原告との仲の取りなしを知人に依頼して原告より拒否されたことを認めることができ、右認定に反する証拠はない。

而して右事実によると、被告らは結納交付後ともに本件婚姻につき消極的態度に変じたものであるところ、被告花枝の右態度が強硬であつたのに対し、被告太郎のそれは同花枝の働きかけを受けながらもむしろ優柔不断なものであつて、婚約破棄の意思表示を敢てした当の四月二八日朝に至るまでの間は結婚式を実際にとりやめるまでの決意には至つておらず、仮に被告花枝が同太郎に対し婚約の履行をすすめなかつたまでも、かくまで反対の意思を強調することがなかつたならば、同被告において、なおいくらかの逡巡を呈しつつも、本件婚約を破棄することなく婚姻していたものというべきである。かかる場合被告花枝の右各行為、すなわち被告太郎に対する婚姻反対の働きかけ、原告の欠点の指摘、四月二八日の丙村への電話並びに被告太郎と同行したうえの婚約解消の依頼等の各行為は一体となつて被告太郎の婚約破棄の決意を誘発せしめ、右決意の形成に寄与したものというのが相当であり、ひつきようこれらは被告太郎による婚約破棄と相当因果関係を有すると解すべきである。

それ故被告らは共同不法行為者として原告に対し右婚約破棄によつて生じた損害について連帯して賠償の義務を負うものである。

四よつて本件婚約破棄による原告主張の損害につき考察する。

(一)  見合い関係費用(別紙1ないし3)

被告らの不法行為たる婚約破棄によつて侵害された原告の前掲生活利益としては、前認定の事実によると、結納までの交際期間が僅かに三八日にとどまる点に留意するもなお、結納の日以後において形成された法律上の利益を措定するのが相当であると解すべく、これはあたかも、婚姻不成立に関し過失のない男子が結納を不当利得として返還請求し得るのと結果的に相似するものとなる。

そうすると、見合い関係費用は、本件のように当事者がすでに実質的に紹介せられ、縁談に乗り気となつて親兄弟列席のうえ一つの儀式としてとり行われた見合いに関するものであつても、これをもつて被告らの不法行為による被侵害利益のうち計上することのできないものであるから、これが補償を求める原告の請求は理由がない。

(二)  のし入れ関係費用(別表4ないし15)

原告は結納の際のいわゆるのし入れに伴い、被告太郎に贈与した男物時計の購入代金、仲人に対する祝儀料の他酒肴料を含めて合計一一万九、一一五円相当の金員を支出し、同額の損害を蒙つた旨主張するから按ずるに、<証拠>によると、原告が同表4ないし9記載の項目(前掲男物時計購入代金、仲人に対する祝儀料、箱入寿板付、組折り代、箱入り赤飯代、祝い膳赤飯代)について各記載の金員を支出したことを認めることができ、その合計額が五万五、二〇〇円となるところ、これらはいずれも、婚姻が不成立に終つた本件においては、前掲生活利益侵害による原告の通常損害と解するのが相当であるが、右各証拠によると、その余のものはいわゆる酒肴料であることが認められる。而して酒肴料は結納による婚約の成立につき原告において慶賀の祝意を呈するため被告らに対し純然たる贈与をなしたものと解すべきものであり、これをもつて右不法行為による損害のうちに数えるべきものとは解せられず、この点に関する原告の請求は失当である。

(三)  写真関係費用(別表16ないし33)

<証拠>によると、原告は被告太郎とともに写した前写し婚礼写真代金、そのための着付費用、美容師と運転手に対する祝儀代、美容師の車代、和装小物と肌着の購入代、婚礼写真のキャンセル料(別表19ないし33)としてその主張にかかる各金員を支出したことを認めることができ、右認定に反する証拠はない。ところで、<証拠>によると、別表29のキャンセル料(前写し写真のための貸衣裳代と挙式当日用のための貸衣裳のキャンセル料)は、特別豪華で高額の貸衣裳に関するものであり、当該貸衣裳屋において一年に一度の利用客がある程度のものであつたことが認められるから、他に特別の事情の認められない本件においては、これによる支出額の半額の一七万五、〇〇〇円をもつて、原告の損害の額と解するのが相当である。そして右以外の金員の支出はいずれも本件婚約破棄による原告の損害と解すべきものであつて、その総額は四六万七、六五〇円である。なお原告はこれ以外にも正式の見合い写真撮影のための衣裳予約金、美容師の車代、食事代(別表16ないし18)を支出したというが、これらは婚約成立以前のものであるから、これを本件における損害とは解せられない。

(四)  道具見せと道具入れ関係費用(別表34ないし47)

道具見せとは婚姻する女性において仕度の程度を公示して婚姻の喜びを頒つため、自宅等においてその嫁入道具を自己の親戚知人等に公開することを称するが、これは婚約によつてもたらされた行為であるとは言つても、全く女性の任意に行なうものであつて、婚約の相手方との間の婚姻道徳とは何の接点も有しない単なる女性側社会の内なる扮飾行為にすぎない。それ故仮に原告において、その主張のように、このために別表37ないし42記載の費用を支出したとしてもその補償を請求する権利を有しないことは当然であるから、これについての原告の請求は失当である。

然し道具入れは、通常、婚姻のための重要な準備行為であり、これに伴つて家具店や運送業者に対し相当の祝儀を交付することも通常の仕来たりというべきものであるところ、<証拠>によると、原告は道具入れに伴い、右祝儀料を含め、その主張にかかる別表34ないし36、43ないし47記載の各金員、合計七万四、六七〇円を支出し、同額の損害を蒙つたことを認めることができ、右認定に反する証拠はない。

(五)  嫁入道具の購入代金(別表48ないし85、109ないし111)

<証拠>によると、原告は嫁入道具としてその主張にかかる別表48ないし85、109及び110記載の各物品を同表記載の各代金で購入し(但し、原告主張のように、同表49の鏡台の代金は一三万円、水屋の代金は七万円、同表50の物品の代金は一二万七、〇〇〇円、同表53の婚礼ぶとんの代金は二万七、八七〇円、同表54のざぶとんの代金は一五万円、同表58の自動車の代金は四〇万円、同表60ないし69の物品の代金は合計四八万九、五〇〇円である。なお同表53の右婚礼ぶとんをその後さらに仕立直したことによる代金一八万二、八〇〇円は、本項に後述するように、右婚礼ぶとんの購入自体によつてすでに損害が発生したと解するので、右仕立直しによる出費はもはや本件による損害とは考えられない)、同表111記載の仕立代を支出したことを認めることができ、右認定に反する証拠はない。

ちなみに右各証拠によると、原告は本件婚約破棄後ほどなく他に良縁を得て婚姻し、その際本件婚約によつて購入した道具のうちかなりの物を持参したので、本件においては右により持参することが物理的或は感情的理由により相当でないと思料したものについての補償を請求していることが認められる。

ところで、嫁入道具の購入代金の支出を婚約破棄による損害となすには、まず、調達にかかる道具類が相手方との婚姻生活を営むために通常必要と認められる範囲のものでなければならず、例えば特別の趣向に基づいて購入した物品のための金員の支出は、相手方の同意その他の特別な事情がない限り、これをもつて右の損害のうちに算することを得ないものである。然しながら、通常の夫婦生活を営むためには不必要なものであつても、女性が婚姻の成立することを予期したうえで、かかる物品を買入れて準備していることを婚約破棄者において知つていた場合には、特別の事情のない限り、かかる物品の購入のための代金の支出も又特別損害として破棄者において賠償の責に任ずべきものと解する。

而して本件においては<証拠>によると、被告らはかねて原告に対し嫁入道具の内容について具体的に注文をつけ、特定品目の物品を持参するよう指示していたことが認められるのみならず、婚約破棄の前夜には被告らが原告に対し嫁入道具の内容明細を尋ねてその説明を受けたことについては当事者間に争いがないので、被告らは原告の嫁入道具に何が含まれているかはこれを知悉していたものと言わなければならない。そうすると、前認定にかかる嫁入道具が全て原告と被告太郎との婚姻生活について通常必要とすべき物品であつたか否かはこれを詮索するまでもなく、被告らはその購入による原告の損害を賠償しなければならない。

ところで、婚約破棄の場合の嫁入道具の購入費に関しては、婚約を前提として事実上支出した財産的損害であるとして、これの全額を原告の損害額とすべきであるとする見解が存するが、支出による損害額を直ちに支出額それ自体に求めることは相当でない。さればと言つて、嫁入道具が婚約不履行によりその用途を失つて無駄なものとなつたとしても、原告においてこれを自己の手許に残存せしめているときは未だ現実に損害を生じたものとは言えず、又はその具体的損害額が不明であるとして、いずれにせよ支出による損害の賠償請求はこれを失当とするとの見解(高松高判昭和三〇年三月三一日・下民集六巻六二二頁)も又到底これを採ることができない。なぜなら被告らの不法行為である婚約破棄によつて傷つけられた法益たる原告の前掲生活上の利益(権利)における損害とは、もとより物質世界における変化ではなくて、原告の全体財産という利益状態における不利益なる変化にして且つ侵害された権利によつて直接に保護されるべき範囲内のものを指称すべきものであり、又このように全体財産に関する差額仮定に依存した損害概念についてもこれが全ての人によつて平均的に認められる価値を評価するところの、いわゆる客観的損害評価を加えることによつて、その具体的損害額を算出することが許される。そしてこのような損害は侵害的結果が発生した時点において直ちに賠償請求権によつて取つて替えられるものであるから、嫁入道具がその後他に処分されなければ損害もなく損害額も不明だとすることにはならない。而してこの立場における財の評価とは有用性の見積り評価を言うものであるところ、嫁入道具は、その他の日用家財道具などとは異なつて、予期される婚姻生活という特定の目的のために購入されたものであり、その有用性が特定の婚約によつて規定される存在であるから、これに関する損害の評価も日用品一般の市場価値の下落と同列にとらえられるものではなくて、常に特定婚約の態様、殊に客観的にみたその履行の確実性に配慮したものでなければならない。そうすると道具入れの前日にまで到つていた本件婚約の程度を考慮し、これに公知の事実である諸道具類の市場価格の下落等の事情を総合して考慮すると、原告は嫁入道具の購入によつてその各支払額の七割に相当する額の損害を蒙つたものと解するのが相当である。

そうすると、別表49の鏡台について原告は一三万円で購入して五、〇〇〇円で転売した差額一二万五、〇〇〇円を損害額と主張しているが、これは損害金の一部請求の趣旨に理解することができるものであるところ、前述のように、一三万円の七割に当たる九万一、〇〇〇円をもつて原告の損害たる金員の出捐と解すべきであり、水屋七万円については、右同様にして、四万九、〇〇〇円をもつて原告の損害額と解する。又別表50の机一二万七、〇〇〇円を八万円で転売した差額、同表54の夏冬ざぶとん一五万円の仕立直し代相当額(ざぶとんの購入代金の請求はしていない)、同表58の四〇万円の軽自動車の転売の際に要した諸費用、同表60ないし69の物品を合計四八万九、五〇〇円で買つてこれを合計二〇万円で転売した差額二八万九、五〇〇円の主張は、おのおの若干のニュアンスを異にするけれども、右各物品の購入による損害という意味で、いずれもこれを各買入代金についての損害金の一部請求の趣旨に理解することができるものであるところ、前述のように購入代金の七割に当たる額が各損害額であるから、右50の物品については右一二万七、〇〇〇円の七割たる八万八、九〇〇円の範囲内で請求にかかる四万七、〇〇〇円、54の物品については右一五万円の七割たる一〇万五、〇〇〇円の範囲内で請求にかかる七万円、58の物品については右四〇万円の七割たる二八万円の範囲内で請求にかかる一〇万円、60ないし69の物品については右四八万九、五〇〇円の七割たる三四万二、六五〇円の範囲内で請求にかかる二八万九、五〇〇円をもつてその各損害額と解すべきである。その余の物品すなわち別表48、51ないし53、55ないし57、59、70ないし85、109及び110記載の各物品についてはいずれもその各支出額の七割に当たる各金額、すなわち48の物品については三、五〇〇円、51については四万九、〇〇〇円、52については四万七、六〇〇円、53については一万九、五〇九円、55については四万二、〇〇〇円、56については二万四、五〇〇円、57については一万〇、五〇〇円、59については二万〇、八六〇円、70については八、〇五〇円、71については七、五六〇円、72については五六万円、73については六、七九〇円、74については三、六四〇円、75については二、四五〇円、76については一万九、六〇〇円、77については二万七、七二〇円、78については四、二〇〇円、79については二、八〇〇円、80については二、八〇〇円、81については二、六六〇円、82については二、一〇〇円、83については一、六八〇円、84については一、九三二円、85については三五〇円、109については一万二、四六〇円、110については七万七、〇〇〇円をもつて各損害の額と解すべきであり、111の仕立代についても、右同様にして、原告の支出額七、〇〇〇円の七割である四、九〇〇円をもつて原告の損害額と解するので、以上を合計すると、嫁入道具の購入に関する原告の損害額は合計一六一万二、六六一円であつて、この点に関するその余の原告の請求は失当である(同表53の仕立直し代についてはすでに前述)。

(六)新婚旅行関係費用(別表86ないし108)

<証拠>によると、原告はハワイへの新婚旅行の際に持参すべき道具類としてその主張にかかる別表86ないし108記載の各物品を同表記載の各代金で購入したことを認めることができ、右認定に反する証拠はない。

而して右各物品が仮に現在原告の所持するものであるとしても、あるいは化粧品などすでに費消した物があつても、すでに嫁入道具の購入代金に関して述べたのと同じ理由に基づいて、原告にはその各出捐額の七割に相当する額の損害があつたものと解すべきであり、その額は合計二〇万八、七七五円であるから、原告のこの点に関する請求は右の限度において正当であり、その余の部分は失当である。

(七)  祝儀返し費用(別表112ないし164)

原告は本件婚約に対する祝儀として贈与を受けた際、慣例にならつて祝儀返しを行つたとして、これによる出捐の補償を求めるものであるが、いわゆる道具見せによる損害に関してすでに説明したのと同様に、右の出捐は本件婚約の成立によつて社会生活上半ば必然的にもたらされたものではあつても、それは原告の社交範囲内での事件であつて、被告太郎との婚姻道徳には何ら関連性を有しないものである。被告らが右の婚姻道徳に対する重大な陵辱を敢てしたとしてこれを不法行為と構成するならば、祝儀返しの出捐は原告の損害とはならず、或は又これを因果関係の側面から論じて、祝儀返しによる出捐は被告らの行為によつて侵害された原告の前掲生活上の権利が直接に保護すべき利益に属しないと言うこともできる。

いずれにせよ祝儀返しによる損害の補償を求める原告の請求は主張自体失当である。

(八)  退職の際の手土産代(別表165)

原告は本件婚約により勤務先の×××を退職するに当たり職員に手土産を交付したとしてこれによる損害の賠償を請求するが、前(七)項に記載したものと同じ理由により、右は主張自体失当である。

(九)  被告ら及び被告らの近親者に対する手土産関係費(別表166ないし177)

<証拠>によると、原告は本件婚約の成立後被告ら及び被告らの近親者に対し、その付き合い上、その主張にかかる、主として手土産である、別表166ないし177記載の各物品を購入し、そのため同表記載の各金員を出捐したことを認めることができ、右認定に反する証拠はない。而して右各証拠によると別表166ないし176の物品はいずれも被告らに交付されたが、177の物品は原告の手許に現存することが認められるので、右166ないし176の物品についてはそのための出捐額の全額である一三万九、七五〇円、177の物品についてはその七割に当たる一、〇五〇円、合計一四万〇、八〇〇円が本項にかかる原告の損害額である。

(一〇)  買物のための交通費(別表178及び179)

これは嫁入道具の購入のため原告が大阪におもむいた際の交通費の補償を求めるものであるが、仮に原告がその主張の出費をしたものとしても、特別の事実の主張立証のない本件においては、右は婚約破棄に伴う損害とは解し難い。

(一一)  嫁入道具の保管料(別表180)

原告は婚約破棄後嫁入道具を保管するため自宅の一室を使用し一箇月三万円の使用料相当の損害を蒙つた旨主張するが、かかる損害が本件婚約破棄によつてもたらされたものと言えないことはすでに詳論したところより明らかである。よつて原告の右請求は主張自体失当である。

(一二)  勤務先退職による逸失利益

<証拠>によると右逸失利益にかかる原告主張事実を認めることができ、右認定に反する証拠はない。但し右のうち×××を退職しなかつたなら受け得べかりし給与の額は一箇月一一万円である。そうするとこれによる原告の逸失利益の額は次の算式に則り、一二三万五、七〇〇円となる。

110.000円×12+110.000円×4.9−311.900円−311.400円=1.235.700円

ちなみに被告らは原告の勤務先退職と本件婚約との相当因果関係を争うが、前認定のように、原告は本件婚約を履行するため右の退職をしたものである。

(一三)  慰藉料

右のように、被告らは、原告と被告太郎との婚約を、その結婚式の直前、披露宴の招待状の発送も行なわれ、新婚旅行の準備もととのい、ともに婚礼写真の前写しも行ない、もとより原告において嫁入道具の購入も完了し、いわんや嫁入道具として持参すべき物品について被告ら自らあれこれと要求を呈してこれをのませていたのに、右の嫁入道具が運び込まれるまさにその前日において、かねて原告の容姿等について抱いていた不満感に抗しきれず、他人を介し、電話一本で断定的に破棄したものである。その又前夜には原告に対し、被告太郎が真意はいざ知らず、これからは二人で力を合わせてやつて行こうなどと言つて、婚姻に対する期待感を抱かせていた。その他前認定の各事実を考慮すると、両者の間に性的交渉がなかつたこと、婚約成立までの日数が短かかつたこと等に配慮しても、本件婚約破棄による原告の精神的損害を慰藉するためには四〇〇万円が相当であるから、被告らには右金員の支払義務がある。被告らは原告が婚約破棄後被告太郎の勤務先などで被告らの悪口をふれ回つた旨主張するが、これは被告らの不法行為後の事実であつて、本件慰藉料の額を定めるにつき斟酌すべき事実ではなく、被告らがこれを原因として別個の請求をしたものとも解せられない。

以上により本件における原告の損害額は合計七七九万五、四五六円である。

五損益相殺

原告は被告太郎より結納として一〇〇万円を受け取つていたので、本件損害賠償債権を自働債権として同被告の右結納金返還債権と対等額において相殺する旨主張するが、前認定のように、本件婚約破棄については被告らに何等正当な事由がなかつたので、原告には右の結納返還債務が発生していない。すでに述べたように、本件婚約破棄が正当事由によることは原告自身これを争うところであつたので、この損益相殺に関する原告の主張はそれと牴触するものであるところ、原告の右の損益相殺の主張は損害賠償請求権の原因たる事実の主張に該るものではなく、単に請求額算定のための事情の陳述たるにすぎないことになるので、被告らの損害賠償債務の額を定めるにつきこれ以上の斟酌を要しないものと解すべきである。

六右のように、被告らは原告に対し連帯して右の合計たる七七九万五、四五六円及びこれに対する不法行為の日以後の法定利率による損害金の支払義務がある。

それ故原告の本訴請求は被告らに対し右七七九万五、四五六円及びこれに対する訴状送達の翌日であることが記録上明らかな昭和五五年七月一二日以降完済まで民法所定率年五分の割合による金員の連帯支払いを求める限度において正当としてこれを認容し、その余の部分を失当として棄却すべく、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九三条一項本文、九二条本文、仮執行の宣言につき同法一九六条一項を適用して、主文のとおり判決する。 (橋本喜一)

別表<省略>

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