徳島地方裁判所 昭和59年(行ウ)6号 判決 1986年10月31日
原告
大鵬薬品工業株式会社
右代表者代表取締役
小林幸雄
右訴訟代理人弁護士
岡田洋之
同
石嵜信憲
被告
徳島県地方労働委員会
右代表者会長
小川秀一
右指定代理人(公益委員)
藤川健
同(事務吏員)
清川浩
同(同)
木村武昭
同(同)
板谷充顕
補助参加人
総評・全国一般労働組合徳島地方本部
右代表者執行委員長
板東賢次
同
総評・全国一般大鵬薬品工業労働組合
右代表者中央執行委員長
北野静雄
右両名訴訟代理人弁護士
仙谷由人
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一当事者の求める裁判
一 請求の趣旨
1 被告が総評・全国一般労働組合徳島地方本部(補助参加人。以下「全国一般徳島地本」という。)及び同総評全国一般大鵬薬品工業労働組合(補助参加人。以下「大鵬薬品労組」という。)を申立人、大鵬薬品工業株式会社(原告)を被申立人とする昭和五六年(不)第四号不当労働行為救済命令申立事件について昭和五九年九月二〇日付けでした命令のうち1ないし3項を取り消す。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
二 請求の趣旨に対する答弁
主文と同旨
第二当事者の主張
一 請求の原因
1 被告は前記不当労働行為救済命令申立事件について昭和五九年九月二〇日付けで別紙記載の命令(以下「本件救済命令」という。)を発付し、同年一一月二六日、原告にその命令書を交付した。
2 しかしながら、原告は、全国一般徳島地本及び大鵬薬品労組の組合員に対し組合を中傷したり、組合からの脱退を慫慂したことはないし、両組合に対するビラ配布についての警告書等の交付は組合の違法行為に対してされた正当な行為であり、組合活動を妨害するものではない。本件救済命令は事実の認定、評価を誤り、これに基づいてされたものであって、違法な行政処分であるから取り消されるべきである。すなわち、
(一) 大鵬薬品労組は昭和五六年一〇月七日に結成されたのであるが、結成後、間もなく、多数の組合員が相前後して脱退している。その原因について、本件救済命令は「会社が組合を嫌い、組合を弱体化させる意図のもとに、会社管理職及びこれに同調した係長らが一体となって、会社ぐるみで組合の切崩しを図ったもの」との認定判断を示している。しかしながら、これは全く事実に反するものである。大鵬薬品労組は原告の技術部門及び研究部門に勤務する従業員が主体となって結成されたものであり、結成に当り、その中心的役割を担った者らは、従業員に対し組合への加入を促す方法として、原告が自らの手で開発しその直前に売り出した抗炎症剤「ダニロン」には発癌性の危険があり、組合を結成しこの危険について会社と協議することが製薬会社で医薬品の研究開発に従事する者の良心であると訴えた。そして、原告の技術部門及び研究部門で研究開発業務に携わる多くの従業員はこの言葉を信じて組合に加入した。ところが、組合執行部は、「ダニロン」の発癌性の危険については、結成当日原告に提出した団体交渉要求書に要求項目の一つとして掲げたものの、原告と一度も協議しないうちに、しかも、事前に一般組合員に諮ることもなしに、組合結成と相前後して新聞社に対し「ダニロン錠には発癌性の危険がある」旨の、いわゆる内部告発を行い、昭和五六年一〇月一〇日の「毎日新聞(東京版)」をきっかけとして、いわゆるダニロン問題が広く報道されることになった。このことは原告のような製薬メーカーにとっては、極めて衝撃的な出来事であり、当然のことながら製造・販売に混乱が生じ、業務の著しい停滞を招いた。とくに、内部告発を行った組合執行部の構成員はすべて研究部門の研究員であり、「ダニロン」の実験資料が密かに外部に持ち出されていることが判明するにおいては、研究部門の内部における混乱は顕著であった。もとより、このような事態は一般組合員の全く予期しなかったことであり、右内部告発について事前に何も知らされていなかった一般組合員の間には、執行部のこのような行動は組合結成の本旨に反するとして強い批判が生まれ、多くの組合員がこれを是認できないとして組合を脱退した。このように多数の組合員の脱退は、組合執行部による「ダニロン」の内部告発という組合員に対する背信行為から生じたものであり、原告が組合切崩しを図ったことは全くない。
(二) 次に、本件救済命令は組合によるビラ配布について「配布の方法は、週二回程度休憩時間中又は就業時間外に、駐車場、食堂、休憩室を中心として従業員に手渡し、テーブルの上に置く等の方法で配布しており、このビラ配布によって職場秩序が乱され、施設管理上支障があったとは到底認められず、本件ビラ配布は、正当な組合活動を逸脱したものとはいえない。」との認定判断を示している。しかしながら、これもまた著しく事実に相違するものである。原告は、就業規則五四条八項において、会社施設内で印刷物等を配布するには事前に会社の許可を受けなければならない旨を定めている。ところが、組合は、使用者の就業規則よりも労働組合法が優先するとか、就業規則の定めは間違っているので従う必要はないなどと称して、就業規則に従って所定の許可を得るようにとの原告の再三にわたる注意を無視して無許可のビラ配布を続けている。本件救済命令は、組合のビラ配布についても就業規則五四条八項の適用があることを認めながら、組合が現に行っているビラ配布は企業秩序を乱すものではないと判断している。しかしながら、就業規則は、元来、企業秩序を定立するために服務規律を定め、従業員に対しその遵守を求めているのであり、これが無視され、違反行為が繰り返されている状態が企業秩序を乱すことでなくして何であろうか。本件救済命令は、「駐車場、食堂、休憩室を中心として」と表現して、組合によるビラ配布が場所的に限られた範囲で行われているかのような説示をしているが、実際には工場事務所、研究室、倉庫事務室などでも同様に行われている。元来、これらの施設は従業員が担当の職務を遂行する場所であり、なかには業務の必要上関係者以外の立入りや土足での立入りを禁止しているところもある。それにもかかわらず、組合員らは禁を破ってビラ配布を強行し、これを注意した管理職に対して反抗的な態度をとり、暴言さえ浴びせている。女子の休憩室には男子の立入りは禁止されているのに、ここにも組合員が立ち入ってビラを配布して歩くため、女子従業員のなかからは「ゆっくりくつろげない。」との声があがっている。組合によるビラ配布は執拗であり、工場事務室、研究室などでは、事前に受領を拒否している従業員の机の上にも、また従業員が新聞を読んだり茶を飲んだりしている応接机の上にも誰彼の別なくビラを配布して歩くため、腹を立ててこれを突き返そうとする従業員との間にいさかいを生じ、感情的な対立を引き起こしている。食堂では、食事中の従業員の鼻先に、いきなりビラを配布して歩き、なかには食器の上にビラをおくという非常識な行為も見られるため、従業員のなかからは「ゆっくり食事ができない。」、「インクの匂いが気になって食事がしにくい。」、「何度もいらないと言うのにおいていく。」などの苦情が絶えない。以上のような状況でのビラ配布に際し、受領を拒絶する従業員やこれを注意する管理職に対し、組合員らは「この部屋はひねくれ者ばかりだ。」(ビラを受領しない従業員が執務する研究室で)、「元組合員だったのだから読め。」(脱退した組合員に対して)、「うるさい。のけ。」、「馬鹿野郎」、「阿呆」、「チビはだまっておれ。」、「そんなこと言ったら家へ押しかけるぞ。」(いずれも注意した管理職等に対して)などと強要、侮辱、脅迫に類するばり雑言を浴びせている。ビラ配布後の食堂、休憩室、事務所、研究室等には配布されたビラが散乱し、従業員や来訪者にも見た目に不衛生的かつ不始末な印象を与えており、止むなく従業員がビラを回収するという状況が現出している。以上のような状況のため、ビラ配布が予測される日には、職場には朝から憂うつ感が漂い、ビラ配布後には就業時間になってもビラ配布時の悪印象が従業員の心に残り、業務に集中できないという有様であり、組合によるビラ配布が職場秩序を乱しているのは明らかであるのに、本件救済命令は以上の事実を全く無視している。
(三) また、本件救済命令(3項)は原告に対し命令の趣旨を遵守することを誓約する旨を掲示することを求めているが、このような救済命令は憲法一九条に違反し許されない。
よって、原告は被告に対し、本件救済命令(1ないし3項)の取消しを求める。
二 請求原因に対する答弁
(被告)
1 請求原因1の事実は認める。
2 同2のうち、本件救済命令が違法であるとの主張は争う。
(補助参加人ら)
1 原告が大鵬薬品労組の組合員に対し「組合はアカだ。」、「総評は過激だ。」、「組合は会社をつぶす。組合をやめて『守る会』に入れ。」などと言って、職制系列を総動員しての組織的、統一的な脱退工作をしたことは本件救済命令の認定するとおりであり、その認定判断には何らの事実誤認も存しない。
抗炎症剤「ダニロン」については、その安全性試験の結果に発癌性等の知見を示すものが出てきたことから、原告の内部で、その試験結果を製造承認申請書の添付資料に加えるべきかどうか、はたまた、その時点での製造承認申請そのものを見合せるべきかどうかについて公然と議論が交された。研究者の多くは、右の時点で試験結果を隠してまでの製造承認申請をすることには消極的であったのであるが、原告は、安全性よりも営業重視の観点から、右試験結果を隠したまま「ダニロン」の製造承認を受け、これを販売したものである。このような次第で、いわゆる「ダニロン問題」が新聞社のスクープによって報道されるに至ったことについては、研究者は、これにより良心の苛責から解放されたことで安堵の胸をなでおろしたほどであり、「ダニロン問題」が新聞報道されたことと多数の組合員が大鵬薬品労組を脱退したこととは無関係である。「ダニロン問題」は、国民の生命・健康よりも利潤追求を優先させた原告の企業体質に由来するものであり、原告は、いかにもこれが組合によって惹き起されたかのように仮装して、従業員からの批判の目をかわそうとしたものである。
2 原告は、組合によるビラ配布によって企業秩序が乱されているというが、本件では、そのこと自体に問題があるのではない。問題は、むしろ、原告が、就業規則五四条八項を盾に組合が行う一切のビラ配布を禁止し、企業施設内での組合の活動を全面的に封じ込んでしまおうとしていることにある。このことは、原告の関係者が、就業規則五四条八項は事前検閲の制度であり、原告を誹謗中傷する内容のビラ配布は許可しないと断言してはばからず、組合によるビラ配布について組合との間で時間、場所、方法等の取決めをするための協議をするつもりはないと広言していることに端的に現われている。大鵬薬品労組の結成以来、原告は、組合を敵視し、便宜供与は一切与えず、また、就業時間外といえども企業施設内での組合活動は一切認めないとの態度をとり続けているのであり、本件では、原告のこのような行動ないし態度が不当労働行為に当るかどうかが問われるべきである。原告主張の、ビラ配布をする組合員と管理職等との間のトラブルは、原告の意を受けた管理職等が組合員によるビラ配布を執拗に妨げようとしたことから生じたものであり、本件救済命令の発付後は、原告が右妨害行為を自重しているため原告主張のような混乱やトラブルは発生していない。
3 原告は、本件救済命令が誓約文の掲示を命じたことを捉えて憲法一九条違反であるというが、企業内で労働者の言論、表現の自由を圧殺し、団結権を否認し破壊するという憲法秩序の否定、無視の行動をとり続けている原告がそのような主張をすることは破廉恥極まりなく、反論にも値しない。
第三証拠
本件訴訟記録中の「書証目録」及び「証人等目録」に記載のとおりであるから、これを引用する。
理由
一 被告が、全国一般徳島地本及び大鵬薬品労組を申立人、原告を被申立人とする昭和五六年(不)第四号不当労働行為救済命令申立事件について昭和五九年九月二〇日付けで本件救済命令を発付し、同年一一月二六日、原告にその命令書を交付したことは当事者間に争いがない。
二 そこで、本件救済命令の適否について検討する。
まず、原告による組合員に対する組合からの脱退慫慂等の事実の有無についてみるのに、(証拠略)並びに弁論の全趣旨を総合すれば、次の事実が認められる。
1 原告は昭和三八年六月一日に設立された会社であり、それ以来、主として医薬品の製造及び販売に関する事業を営んでいる。その資本金は二億円、従業員約一三〇〇人を擁し、東京都千代田区に本社、徳島市川内町に工場と研究機関をおき、販売機関として全国に一五の支店と四五の出張所を設けており、医薬品業界では中堅どころに位置する企業である。
2 原告においては、会社設立以来、従業員による労働組合が結成されたことはなかったが、昭和五六年一〇月七日に至ってはじめて大鵬薬品労組が結成された。この労働組合は、主として徳島市川内町におかれた研究機関に所属する従業員が中心となって組織したものであり、当初は約八〇人が加入し、これらの組合員は同時に、全国一般徳島地本にも加入した。全国一般徳島地本は、徳島県内の中小企業で働く労働者の個人加入による単一組織の労働組合であり、地域又は職場を単位として支部を設け、総数約二〇〇〇人の組合員を擁している。
3 原告は、外国企業から抗炎症剤の製造技術を導入し、厚生大臣の輸入製造承認を受けたうえ、昭和五六年九月から「ダニロン」の商品名でこれを医療機関向けに売り出した。この医薬品については、輸入製造承認申請をするための原告の内部におけるマウスによる動物実験の過程で発癌性を疑わせる試験結果が出てきたことから、原告の内部、とくに研究者の間からこれを製造、販売することについて危惧する声があがった。しかしながら、原告の上層部は、「ダニロン」をマウスに投与するのと人に対して使用するのとでは投与量等の条件が異なるので、右試験結果は重要視するに値しないとの観点から「ダニロン」の製造、販売を実施に移すことを決断し、その輸入製造承認申請に当っては、添付資料中に右試験結果は加えないで、厚生大臣の承認を受けたのであった。ところが、関係者からの取材と独自の探索によって右事実を把握した毎日新聞社は、昭和五六年一〇月一〇日付けの「毎日新聞(東京版)」朝刊の一面トップ記事として、原告が発売した抗炎症剤「ダニロン」には発癌性の疑いがあり、原告がこの事実を隠して厚生大臣の輸入製造承認を受けた旨を大きく報道した。もともと、大鵬薬品労組が結成されるについては、原告の内部でも危惧の声があがっているのに、あえて「ダニロン」の製造、販売に踏み切った原告上層部の姿勢を、研究者の一部が研究者としての良心とからめて問題視したことが、その動機の一つであったところ、右毎日新聞の報道があった日、中央執行委員長の北野静雄をはじめとする大鵬薬品労組の執行部は、報道関係者との記者会見に臨み、席上、「ダニロン」の危険性とその製造、販売の中止方を強く訴え、これがまた、翌一一日の、地元「徳島新聞」をはじめ新聞各紙に従業員による、いわゆる内部告発として大きく報じられた。以上の新聞報道は、新薬を販売の軌道に乗せたばかりの原告にとっては重大な打撃であり、製造、販売部門を中心に会社業務は混乱し、従業員の間にも会社の存立を危ぶむ声が生まれ、係長クラスの監督者を中心として、「大鵬薬品を守る会」が結成され、これが大鵬薬品労組に対抗する形となった。
4 大鵬薬品労組は、結成大会の翌日である昭和五六年一〇月八日、原告に対して組合結成の通知をするとともに、いわゆる「ダニロン問題」を含めて労働条件等に関する三六項目に及ぶ要求を行い、団体交渉の開催を求めた。そして、右三六項目について原告との団体交渉を継続する一方、上部団体の支援を得ての会社構内における集会の開催、組合員及び組合に加入しない会社従業員を対象とする情報宣伝ビラの配布等の活動を行ったのであるが、結成後一か月ばかりの間に三〇人を超える組合員が組合を集団的に脱退した(なお、組合員の脱退はその後も続き結成の時点では約八〇人であったのが本件救済命令が発付された昭和五九年九月二〇日の時点では八人にまで減少している。)。これらの組合員のなかには、藤原耕介や村中義平のように、いわゆる「ダニロン問題」について組合執行部がとった、いわゆる内部告発に類する行動は是認することができず、以後、執行部と歩調を合せていくことは不可能であるとして、脱退の理由を明確にする者もあったが、組合結成の直後から組合員に対して主として原告の課長等管理職による組合からの脱退を促す説得工作も行われた。たとえば、(1)研究部製剤研究室に所属する中井一裕は昭和五六年一〇月一六日午前一一時三〇分ごろ、直属の上司である同研究室課長山上邦夫から、製剤原末保管室で「組合はアカだ。」、「ダニロンを内部告発するような北野委員長にはついていくな。」、「今だったら会社の方でも組合活動をしていなかったことにしてくれる。」などと言われて説得され、既に何人かの組合員が作成した脱退届を雛形として示され、同様の脱退届を作成するよう勧められたので、一旦、これを作成して同課長に手渡したが、熟慮のすえ、意をひるがえし、その日のうちに同課長から右脱退届を返してもらった。(2)研究部安全性研究室所属の今野一郎は昭和五六年一〇月二〇日午後八時すぎ、直属の上司である同研究室課長森田健一から、徳島市内の喫茶店に呼び出され、「総評は過激な集団で手段を選ばない。」、「組合をやめて守る会に入れ。」などと言われて、組合を脱退するよう説得された。同人は、組合を脱退はしなかったが、その年の一二月、原告会社を任意退職した。(3)品質管理部生物技術課所属の土居正弘は昭和五六年一〇月二三日、同部次長の赤沢明から、会社内の応接室で「組合は過激だ。」、「会社をつぶす。」などと説得され、予め用意されていた三枚ひと組の内容証明郵便用紙に、示された雛形に従って組合脱退の文言を記載し、脱退届を作成した。そして、右脱退届は、同月二四日付けの北島郵便局長の証明文言が付されて組合に送達された。(4)研究部安全性研究室所属の浅野間光治、同国宗義雄は同じころ、同部研究管理課係長北里慶子から、それぞれ個別に職場内で「総評や全国一般は過激な組合であるから脱退してほしい。」と説得されたが、引き続き組合にとどまった。(5)そのほか、研究部生化学研究室所属の上甲章弘、同部合成研究室所属の寺田忠史、同部研究管理課所属の樋口雄二、同部薬理研究室所属の小野尚彦は同じころ、それぞれ直属の上司から、組合を脱退するよう説得され、脱退届を作成した。そして、上甲、寺田、樋口の脱退届は昭和五六年一〇月二三日付けの川内郵便局長の証明文言が付された内容証明郵便として、小野の脱退届は同月二六日付けの北島郵便局長の証明文言が付された内容証明郵便としてそれぞれ組合に送達された。
以上の事実が認められ、(人証判断略)、ほかに右認定を覆すに足りる証拠はない。
右事実によれば、「ダニロン」についての大鵬薬品労組執行部による、いわゆる内部告発は、原告にとって極めて衝撃的な出来事であったばかりでなく、「ダニロン」の製造、販売に携わる原告の従業員の間にも大きな波紋を投げかけたであろうことは推認するに難くないところであり、藤原耕介や村中義平の例にみられるように、大鵬薬品労組の組合員のなかには「ダニロン問題」に対する組合執行部の対処の仕方に疑問を抱き脱退を決意した者もあることは否定できないが、組合員の脱退については、原告の研究部門の部次長、課長、係長等の職制による組合員に対する「組合はアカだ。」、「総評や全国一般は過激な集団で、手段を選ばない。」、「組合は会社をつぶす。」などと言っての説得工作があったばかりか、これらの職制が脱退届まで作成させたことは右認定のとおりである。そして、これらの説得工作等が時を同じくして何人もの組合員に及び、しかも、主として当該組合員の直属の上司によって行われていること、(証拠略)によれば、組合員の脱退届けの多くは何通かずつまとめられて、内容証明郵便として特定の郵便局を介して組合に送達されていることが認められ、これらの事実を併せ考えると、右説得工作等は、個々の職制の個別の判断によったというよりは、原告が、「ダニロン」の内部告発という、あえて原告を窮地に陥れるような挙に出でた組合を嫌悪し、その勢力の弱体化を図るため、会社職制を通じて組織的統一的に行ったものと認めざるを得ないのであり、そうすると、本件救済命令にはその前提となった事実の認定判断に原告主張のような誤認はなく、ほかに原告による組合員に対する組合からの脱退慫慂等の事実の有無との関係で本件救済命令を不適法とすべき理由を見出すことはできない。
三 次に、組合によるビラ配布の適否についてみるのに、前認定の事実に、(証拠略)並びに弁論の全趣旨を併せれば、次の事実が認められる。
1 原告は、大鵬薬品労組の結成前から、従業員による労働組合結成の動きに神経をとがらせ、課長等の管理職を通じて、個々の従業員から組合への加入の勧誘がないかどうかを聞き出すなど、その動向を探っていた。そして、前認定のとおり、大鵬薬品労組が結成されると、その直後から職制を通じての大がかりな脱退工作に出たほか、結成通知を受けた日の昭和五六年一〇月八日、経口インシュリンの研究開発状況の打合せの名目で中央執行委員長の北島静雄に東京・本社への出張を命じ、組合からの事務所の貸与、掲示場の使用許可の申出に対しても一切の便宜供与を拒否するなど、その勢力を弱体化させ、活動を封じ込めようとする強い姿勢をとり続けた。
2 原告のこのような姿勢は組合の会社施設内での活動に対しても示された。すなわち、大鵬薬品労組が会社施設内で最初に組合活動らしい行動を起こしたのは、結成五日目の昭和五六年一〇月一二日、就業時間後の午後五時すぎ、会社構内で、上部団体(徳島県労働組合評議会)の支援を受けて集会を開き、これと合わせて駐車場や正門出入口付近で帰宅する従業員を対象に組合への参加を呼びかけること等を内容とするビラを配布するというものであったが、このとき集会やビラ配布の現場には原告の課長等の管理職が多数これを包囲するようにして出張り、監視の目を光らせた。そのため帰宅する従業員のなかにはビラの受取りを躊躇する者もあり、駐車場や正門出入口でのビラ配布では十分な活動の実効をあげ得ないと判断した組合は、三回目のビラ配布活動を行うころから、配布の時間を正午から午後一時までの休憩時間帯とし、場所を従業員食堂の出入口からその内部、さらには休憩室・娯楽室へと切り換えていった。
3 ところで、原告の就業規則にはその五四条八項に、職場秩序と作業能率の維持向上のため、従業員は「会社において業務外の放送、宣伝又は印刷物、文書の配布、貼紙、掲示、寄附、その他の拠金の募集活動その他これに類する行為をするときは、あらかじめその目的、方法、内容その他必要な事項を届け出て会社の許可を得なければならない。」との規定がおかれているところ、組合がビラ配布の場所を食堂の出入口やその内部に移した時点から、原告の管理職らは、右就業規則の規定を盾に、組合による無許可のビラ配布がこれに違反するとして、ビラを配布して歩く組合員に何人かの管理職がつきまとい、これを阻止しようとする挙に出はじめた。これに対して、組合は、使用者の就業規則よりも労働組合法の方が優先するなどと、独自の論理を振りかざして対抗し、ビラの配布を強行しようとしたため、各所で、ビラを配布して歩く組合員と管理職との間にこぜり合いが起こり、ののしり合いのば声がとび交うという事態が現出した。その間、原告は、組合に対して、さらにはビラ配布を行った個々の組合員に対して、組合による無許可のビラ配布は就業規則に違反するとし、これを続ける場合には相当の処分をすることがあり得ることを示唆した警告を、はじめは口頭で、続いて「警告書」の交付という方法で何回にもわたって発したが、かえって、組合は、これに反発するように強引かつ執拗なビラ配布活動を続けたばかりか、配布の場所も工場や営業部門の事務所、研究室、倉庫事務室等にも拡げていった。これらの施設のなかには関係者以外の立入りや土足での立入りを禁止しているところもあるが、組合員のなかにはこの禁を無視してビラ配布を行う者もあり、そのため部署によってはビラ配布が行われる時間帯には出入口の施錠をしておくところも現われた。また、組合員による執拗なビラ配布活動に対しては、一般従業員からも「落ち着いて食事もできない。」などの苦情の声が相次ぎ、ビラ配布が行われたあとの施設内は受け取る者のないビラが散乱し、見苦しい様相を呈した。
4 しかしながら、このような状況下においても、原告は、組合活動に対する従前からの強い姿勢を崩そうとはせず、ビラの配布についてその時間、場所、方法等につき組合と協議して、一定のルールないし慣行を確立しようとする気配は全く示さない。
以上の事実が認められ、(証拠判断略)、ほかにこれを覆すに足りる証拠はない。
ところで、元来、使用者の企業施設は労働の場であって、労働者は労務提供に必要な限度で施設の利用が許されているにすぎないのであり、労働者がこれを演説、集会、貼紙、掲示、ビラ配布等、労務提供以外の目的で利用するにおいては、利用の態様如何によって企業の運営に支障を及ぼし企業秩序が乱されるおそれがあるから、使用者がその就業規則で、労働者において企業施設を労務提供以外の目的で利用するときは事前に使用者の許可を得なければならない旨の規定を設けておくことには十分に合理的な理由があるものというべきである。しかしながら、一方、労働者には憲法上労働基本権が保障されており、とくに、企業内労働組合にあっては、当該企業で働く労働者が所在する企業施設内にその主たる活動の場を求めざるを得ないことからすれば、使用者としても労働基本権保障の精神を尊重して、企業の運営に支障が生じ企業秩序が乱されるおそれがない限り、労働組合ないし労働者が演説、集会、貼紙、掲示、ビラ配布等の目的で企業施設を利用することを受忍すべきであり、右のようなおそれがないのに、無許可であることの故をもって直ちに懲戒権を発動することは権利の濫用として許されないと解するのが相当である。これを本件についてみるのに、右認定の事実によれば、大鵬薬品労組によるビラ配布活動は、これをそれ自体のこととしてのみとりあげれば、少くとも配布の場所が食堂出入口からその内部へと切り換えられた時点以降においては、これが企業の運営に支障を及ぼし企業秩序を乱すものであることは明らかであり、労働組合の活動として当然に是認されるものとはいい難い。しかしながら、右事実によれば、原告が大鵬薬品労組によるビラ配布活動について組合及びビラ配布活動をした個々の組合員に対し警告書等を交付し、処分を示唆するなどしてこれを中止させようとしたのは、組合によるビラ配布活動が許容の限度を超えたものであることを指摘して自省を促すことにあったというよりは、組合の勢力を弱体化させ、その活動を封じ込めようとする従来からの強い姿勢の一環として、就業規則の規定を盾に組合によるビラ配布活動を全面的に押え込んでしまおうとしたものとみることができるのであり、組合による前記のような許容の限度を超えたビラ配布活動も、これを原告の右のような姿勢と対比してみるときは、原告の姿勢に反発する形で誘発され、拡大したとみることもできなくはない。してみると、原告が組合のビラ配布活動に対してとった、処分を示唆しての「警告書」等の交付による警告は労働組合の活動を妨害するものであって不当労働行為を構成するということができる。本件救済命令は、組合によるビラ配布について「職場秩序が乱され、施設管理上支障があったとは到底認められず」としている点で事実評価を誤っているということはできるが、原告の右警告を不当労働行為に当るとした点では結論において誤りはなく、これと不適法とするには当らない。
四 最後に、原告は、本件救済命令(3項)が原告に対し命令の趣旨を遵守することを誓約する旨を掲示することを求めている点を捉えてこれが憲法一九条に違反すると主張するが、本件救済命令(1、2項)を遵守することは原告の法律上の義務であって、本件救済命令(3項)はその当然のことを誓約することの掲示を求めているにすぎず、良心の自由を侵害するものとはいえない。
五 よって、原告の本訴請求は理由がないから失当としてこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 大塚一郎 裁判官 山田貞夫 裁判官 鶴岡稔彦)
<別紙> 主文
1 被申立人会社は、申立人組合員に対して組合を中傷しあるいは組合からの脱退を慫慂するなどして、組合の運営に支配介入してはならない。
2 被申立人会社は、申立人組合が行う休憩時間中又は就業時間外のビラ配布について警告書等を交付したり、処分を示唆することにより、組合活動を妨害してはならない。
3 被申立人は、本命令交付後七日以内に下記の文書を縦一メートル、横二メートルの白色木板に明瞭に墨書し、被申立人会社徳島工場の正門付近の見やすい場所に七日間掲示しなければならない。
記
当社が行った下記の行為は、不当労働行為であると徳島県地方労働委員会において認定されました。今後このような行為を繰り返さないことを誓約いたします。
記
1 当社が、会社職制らをして貴組合を中傷し、また組合員に対し、組合からの脱退を慫慂したこと。
2 貴組合及び組合員に対し、ビラ配布について昭和五六年一一月四日から同月一三日までの間に警告書及び要請書を交付したこと。
昭和 年 月 日
(注 年月日は、文書を掲示した日を記載すること。)
総評・全国一般労働組合徳島地方本部
執行委員長 坂東賢次殿
総評全国一般大鵬薬品工業労働組合
中央執行委員長 北野静雄殿
大鵬薬品工業株式会社
代表取締役 小林幸雄
4 申立人のその余の請求は、これを棄却する。