徳島地方裁判所 昭和63年(行ウ)18号 判決 1989年3月22日
原告
池田電器株式会社
右代表者代表取締役
池田孝
右訴訟代理人弁護士
末澤誠之
被告
徳島県地方労働委員会
右代表者会長
小川秀一
右訴訟代理人
藤川健
同
岡部達
同
西田治男
同
藤井嘉満
同
富久実
被告補助参加人
徳島県金属機械労働組合
右代表者執行委員長
金丸忠雄
同
徳島県金属機械労働組合徳島船井電機支部
右代表者執行委員長
武市勉
右被告補助参加人ら訴訟代理人弁護士
林伸豪
同
川真田正憲
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一当事者の求める裁判
一 請求の趣旨
1 被告が徳島地労委昭和六二年(不)第五号不当労働行為救済申立事件について昭和六三年一〇月二四日付で発付した救済命令(以下「本件救済命令」という。)はこれを取り消す。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
二 請求の趣旨に対する答弁
主文と同旨。
第二当事者の主張
一 請求原因
1 被告は、被告補助参加人らを申立人、原告及び破産者池田電器株式会社破産管財人島田清を被申立人とする徳島地労委昭和六二年(不)第五号不当労働行為救済申立事件について昭和六三年一〇月二四日、主文「被申立人らは、申立人らが昭和六二年六月四日及び同月一九日付で申し入れた団体交渉申入書記載の議題について誠意をもって団体交渉に応じなければならない。」との本件救済命令を発付し、同月二七日に原告に命令書を交付した。
2 しかしながら、本件救済命令は次のとおり違法なものであるから取り消されるべきである。
原告は昭和六三年一月一九日徳島地方裁判所において破産宣告を受け、同日破産管財人が選任された。
会社のような法人破産の場合、その法人は解散するが、法人格はただちに消滅することなく、清算手続に代る破産手続が開始するため、法人は破産の目的の範囲内においてのみ存続する。このように限定された法人格のもとにおいては、定款所定の法人の機関は、破産手続のために破産者としての法人の権利義務について破産者に準じて関係者に対して必要な説明をする等の責任を負担するが、その雇用する労働者によって組織され若しくはこれが加入する労働組合との間で団体交渉をする義務を負うことはない。
被告は、破産会社の存立なり組織上の問題に関する事項は破産会社の取締役に権限があるとして、原告に対して、その点に関する団体交渉に応ずるよう本件救済命令を発している。しかしながら、会社の存立を左右するための一切の財産上の管理処分権のない破産会社である原告が、破産の目的の範囲外の行為であるその雇用する労働者によって組織され若しくはこれが加入する労働組合(以下「被告補助参加人ら」という。)と団体交渉をすることはできないことである。ことに、原告については、はじめに和議手続が進められ、これが破産手続に移行した経緯に鑑みても、被告補助参加人らとの交渉の余地はない。今日、原告には実質上の会社組織そのものはなく、単に破産管財人の職務執行に協力するためにのみ、破産法上定められる組織を残しているのであり、経営のための組織の実態が全く存しないのであるから、被告補助参加人らと団体交渉をする必要はない。
原告は、破産宣告を受けるまでにも会社の存続を図るために数多くの努力をしており、労働組合に対しても経営状況にあわせてその都度詳細な説明をしているのである。
以上のように、本件救済命令は法人が破産した場合の団体交渉の相手方についての法律の解釈を誤った違法がある。
よって、原告は被告に対し本件救済命令の取消しを求める。
二 被告の答弁
(請求原因に対する認否)
1 請求原因1の事実は認める。ただし、本件救済命令は昭和六三年一〇月一一日付で発せられたものである。
2 同2のうち、原告が破産宣告を受け、管財人が選任されたこと、及び法人破産の場合、その法人は破産の目的の範囲内においてのみ存続することは認めるが、その余の主張は争う。
(被告の主張)
被告補助参加人らが原告に対して団体交渉を申し入れた事項のうち会社の倒産・再建の問題は、会社の存立なり組織上の問題に関する事項であり、破産後といえども法的には会社存続の余地が残されているところから、破産会社の代表取締役が団体交渉に応ずるべきである。原告は労働組合に対して大幅な人員削減を提案し、これを実施しなければ倒産は避けられないと主張して団体交渉を行ったが、組合がこれに同意せず、全員解雇、和議申立てに至ったものである。したがって、問題の核心は大幅な合理化そのものにあるのは明らかであるが、これについては原告は具体的な合理化計画を全く示さず、団体交渉でもほとんどこれに触れていない。原告は経理・経営内容についても詳細な諸資料を提示して説明することを怠っており、合理化の必要性自体についても組合に十分な説明をしていない。
理由
一 請求原因1の事実については本件救済命令発付の日を除いて当事者間に争いがない。
二 本件救済命令の適否
1 右争いのない事実に弁論の全趣旨を合わせれば、次の事実が明らかである。
(一) 被告補助参加人らは昭和六二年六月四日付及び同月一九日付で、原告に対し「倒産、解雇、再建などの問題について」を議題とする団体交渉の申入れをしたこと
(二) 被告補助参加人らは同年八月二二日、被告に対し、原告を被申立人として、「被申立人は申立人の要求する団体交渉に誠意をもって応じなければならない。」との申立ての趣旨の不当労働行為救済の申立てをしたこと
(三) 原告は、それ以前の同年五月一一日付で徳島地方裁判所に対し和議手続開始決定の申立てをしたが、同年一〇月三〇日右申立てを棄却する旨の決定があったこと
(四) 原告は昭和六三年一月一九日徳島地方裁判所から破産宣告を受け、同日破産管財人が選任されたこと(この点は当事者間に争いがない。)
(五) 被告は昭和六三年一〇月一一日付で原告及び破産管財人に対し前記議題について誠意を持って団体交渉に応ずることを命ずる旨の本件救済命令を発し、その理由中で、右議題のうち、倒産・再建問題は会社の存立にかかわる組織上の問題であるから、破産後といえども原告の代表取締役が団体交渉に応ずるべきであるとの判断を示したこと
2 原告は、本件救済命令が発付されるまでの間に被告補助参加人らに対し会社の経営状況について詳細な説明をしたことも本件救済命令の取消事由として主張するもののようでもあるが、その主張の核心は、要するに、原告が破産宣告を受けて破産管財人が選任されたためその代表取締役は会社財産について一切の管理処分の権限を失ったのであるから被告補助参加人らとの団体交渉に応ずる余地はなく、したがって、原告を名宛人として発せられた本件救済命令は違法である、というにあるので、この点について判断する。
会社が破産宣告を受けると、破産宣告時に会社が有する財産は原則として破産財団となり(破産法第六条)、その管理処分権者として破産管財人が選任される(同法第一五七条)が、その雇用する労働者との間の労働契約は当然に効力を失うわけではなく、破産管財人においてこれを解約しない限り存続すると解される。この場合、破産管財人は、民法第六三一条、破産法第五九条第一項に基づき、労働者との間の従前の労働契約を解約することもできるし、双方未履行の双務契約として履行の請求を選択して労働契約を存続させることもできるのである。してみると、破産管財人は、労働者との関係では労働契約上の使用者の地位を承継し、労働者の労働条件その他の労働関係上の諸利益の決定に直接に事実上の支配力影響力を及ぼす地位にあるものと解されるから、雇用関係の存否、賃金その他の労働条件については、破産会社が雇用する労働者によって組織され若しくはこれが加入する労働組合との団体交渉に応ずる義務があるということができる。
3 しかしながら、破産管財人の権限は破産財団に関するものに限られるのであって、破産会社についての会社設立無効の訴え、株主総会決議取消の訴えなどの法人格の存否や会社組織に関する訴訟においては、被告となりうるのは破産会社であり、これを代表するのは代表取締役ないし清算人であって、破産管財人が被告となり、若しくは被告となる破産会社を代表するのではない。このように、破産会社の法人格の存否及び組織に関する事項については、その管理処分の権限は破産宣告後も破産会社ないしその代表取締役に残されていると解される。
のみならず、破産法には、破産手続を開始した後も破産者をして財団の管理処分の権能を回復させ、その総財産を換価しないで、従来の事業を継続させるための強制和議の制度や破産債権者の同意をえて破産宣告の効力を将来に向かって消滅させるための破産廃止(同意廃止)の制度が設けられ、破産手続開始後も破産会社を存続させる余地が残されているのであって、強制和議の提供や同意廃止の申立ては破産者においてのみこれをすることができるのである(同法第二九〇条、第三四七条)。このように、破産会社には破産手続開始後も法律上事業を継続させる途が残されているのであり、実際的には法律上可能な手続以外の手段によっても労働者の雇用確保を図る余地がある場合もないではない。
このようにみてくると、強制和議などの制度を利用してする事業の継続、そのほかの手段による労働者の雇用確保等の問題は本来的に破産財団に関する事項ではなく、破産手続開始後といえども、破産会社ないしその代表者にこれを処理する権限が残されていると解するのが相当である。
4 本件救済命令は右のような見地に立って、原告に対し、会社の倒産・再建の問題について被告補助参加人らとの団体交渉を命じたものであり、本件救済命令には原告主張のような法律の解釈を誤った違法はなく、ほかに本件救済命令を違法とする事由は見出せない。
三 よって、原告の請求は理由がないから失当としてこれを棄却することとし、訴訟費用(参加によって生じた費用を含む。)の負担につき行政事件訴訟法第七条、民事訴訟法第八九条、第九四条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 大塚一郎 裁判官 永野圧彦 裁判官 栂村明剛)