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徳島地方裁判所阿南支部 平成21年(ワ)69号 判決 2011年1月21日

原告 X

同訴訟代理人弁護士 木曽久美子

同 小野寺信勝

被告 Y木材株式会社

同代表者代表取締役 乙川太郎

同訴訟代理人弁護士 中松村夫

主文

1  被告は,原告に対し,746万7719円及びこれに対する平成20年12月17日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

2  原告のその余の請求を棄却する。

3  訴訟費用は,これを11分し,その1を被告の負担とし,その余を原告の負担とする。

4  この判決は,第1項に限り,仮に執行することができる。

事実及び理由

第1  請求

被告は,原告に対し,8282万4567円及びこれに対する平成20年12月17日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

第2  事案の概要

本件は,中華人民共和国から外国人研修制度の研修生として来日していた原告が,被告において製材作業の研修中に機械に腕を巻き込まれ右腕を切断するという事故に遭ったところ,同事故は,被告の安全配慮義務違反によるものであると主張して,被告に対して,不法行為に基づく損害賠償請求として8282万4567円及びこれに対する不法行為の日である平成20年12月17日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。

1  前提事実

(1)当事者

原告は,中華人民共和国(以下「中国」という。)の国籍を有する男性で,平成20年10月21日,外国人研修制度の研修生として来日し,第一次受入機関である訴外共同組合タックにおいて集合研修を受けた後,同年11月20日から第二次受入機関である被告の下で研修を開始した。

被告は,製材業,立木の伐採業等を業とする従業員が30名ほどの株式会社である。

(2)本件事故の発生

原告は,平成20年12月17日,被告における研修中,被告工場内の原告が担当していたギャングリッパという5連の丸鋸の機械に腕を巻き込まれ,同日,病院において右腕を切断するに至った(以下「本件事故」という。)。

2  争点

(1)安全配慮義務違反の有無(争点1)

(2)損害の額(争点2)

第3  争点に関する当事者の主張

1  安全配慮義務違反の有無(争点1)

〔原告の主張〕

(1)本件事故の態様

平成20年12月17日,原告は,いつもどおり被告工場内の原告が担当していたギャングリッパ(5連の丸鋸の機械)で木材を切断する作業を行っていたところ,残業を始めてすぐの午後5時過ぎ,突然,機械の調子が悪くなり,機械の上部についている木くずを排出する送風管から木くずが排出されなくなった。そこで,原告は,機械を止めて,機械の横のカバーを開き,上部に手を入れて詰まったものを取り除こうとしたところ,まだ回転を止めていなかった丸鋸にたちまち腕を巻き込まれ,抜けなくなってしまった。他の中国人研修生は,原告のそばで作業を行っていたところ,原告の異変にすぐに気づき,まだ事務所に残っているだろうと思われた日本人従業員を呼びに行った。その後,原告は,南和歌山医療センターに救急搬送され,右腕の損傷がひどかったことから,右腕を切断することになった。

(2)被告には安全配慮義務があること

原告と被告との間には,研修契約が成立しており,被告には同契約に付随する義務として,原告の生命及び健康等を危険から保護するよう配慮する安全配慮義務がある。被告は,第二次受入機関として,研修生に対する安全,衛生教育を行う義務を免れないばかりか,研修生であれば未だ労働作業を安全に行うほどの技術者ではないことが推測され,被告の負う研修生の研修を安全に行わせるための教育義務は,労働者に対するものより強度なものとなる。

原告は,平成20年10月21日に来日し,第一次受入機関において1か月程度の非実務研修(木材の切断に関する専門的な研修は含まれていない。)を受け,同年11月21日から第二次受入機関である被告において,木材の切断等の実技を含む研修を始めたばかりの研修生であった。そのため,原告は,十分な日本語能力を有しておらず,その研修に当たっては,原告に危害が及ぶことのないよう,通常の日本人労働者よりも十分に注意し,研修生である原告がどの作業が危険であるかを理解できるようにする措置をとる必要がある。さらに,実際の実務研修においては,指導員を配置し,事故が生じることがないよう十分に教育し,指導していく必要があった。

(3)安全配慮義務違反

上記のとおり安全配慮義務を負っていたにもかかわらず,以下に述べるとおり,被告は,非実務研修を全く行わず,また,研修生である原告の安全に対する配慮を一切行わず,原告を単価の安い労働者の一人としてしか扱ってこなかったのであって,その結果,本件事故を発生させた。

ア 被告において非実務研修を一切行っていないこと

原告は,被告に到着した翌日から非実務研修などを受けることなく,工場において,被告従業員から1週間程度でギャングリッパの使い方について一通りの指導を受け,その後は,残りの2人の中国人研修生と,毎日ギャングリッパによる木材の切断作業に従事したのであって,被告から研修を一切受けていない。

被告は,日本語による非実務研修を行ったと主張し,研修日誌にはギャングリッパに関する非実務研修が20時間行われた旨が記載されている。しかしながら,原告の日本語の能力は,挨拶ができる程度で,工場の作業工程等を日本語で理解することは到底不可能なレベルであったことからすれば,被告が研修用資料として提出する乙第10号証の5及び6のような高度な日本語が多用されている資料を用いて研修したとの被告の主張は信用できない。また,乙第10号証の5は,作業マニュアルの資料としてはあまりに不完全であり,20時間を超える非実務研修に使われた資料とはとても思われない。

以上からすれば,被告は非実務研修を行ったとするが,かかる研修は行われず,被告は,原告に対し作業工程におけるギャングリッパの危険性について全く理解させていなかったことは明らかである。

イ 指導員が近くに配置されていなかったこと

被告は,研修生である原告について実務研修中においても必ず日本人従業員の監督下に置くべきであり,不測の事態が生じたとしても日本人従業員によって危険が生じないよう指導をするよう人員を配置しなければならない。

しかしながら,本件事故当時,原告は,ギャングリッパを使用して木材を切断する作業に従事していたにもかかわらず,周囲には指導すべき日本人従業員がいなかった。原告は,ギャングリッパの送風音が変化し,木くずが排出されないことに気が付き,自ら対処しようとしたが,この間,本来指導すべき日本人従業員がいれば,本件事故は防ぐことができた。

なお,被告は,指導員はたまたま別の作業をするためギャングリッパから離れていたにすぎないと主張するが,ギャングリッパでの木材の切断作業中に研修を始めて間もない研修生を残し,別の作業を行うことは問題であり,また,木くずの排出音が変化し,木くずが詰まったことを確認し,その後に原告がこの詰まりに対処する間,異変を察知し,すぐさま指導に戻るべきであったのであって,原告の作業を遠くからも確認しているような態勢が全くなかったのである。

〔被告の主張〕

(1)本件事故は,原告の自傷行為により発生したものであり,被告には何らの責任もない。

原告は,ギャングリッパの全停止ボタンを押しても,丸鋸の回転が直ちに停止せず,徐々に回転数が少なくなってしばらくして停止することを知っていた。また,原告は,丸鋸が回転しているかどうかは,カバーを取り付けた状態でもカバーの下部の隙間やベルトの動きで確認できたことを認めている。

したがって,仮に,原告主張のように原告が送風口に詰まった木くずを取り除こうとしたのであれば,丸鋸の回転が停止してからカバーを取り外し,送風口に詰まった木くずの除去作業をすれば済むことであって,わざわざ丸鋸の回転中に腕を丸鋸が収納されているケースの中に差し入れることはない。丸鋸が回転しているケースの中に腕を差し入れることが極めて危険な行為であることは被告から指導を受けるまでもなく,当然に認識できるものである。

丸鋸の回転中にあえて丸鋸が収納されたケースの中に腕を差し入れた原告の行為は,極めて不可解と言わざるを得ず,原告が金銭に異常なまでの執着心を抱いていたことを考え合わせれば,原告は,損害賠償金又は保険金欲しさに,全停止ボタンを押し丸鋸の回転数が下がるのを見計らい,あえて回転している丸鋸に右手あるいは右腕を触れさせようとしたが,予期に反して衣類とともに右腕が巻き込まれ,予期せぬ怪我を負ってしまったと疑わざるを得ない。

(2)仮に,本件事故が原告の自傷行為によるものではないとしても,本件事故は原告の極めて重大な過失により発生したものであるところ,下記のとおり,被告は,十分に安全配慮義務を果たしていたのであるから,被告は,何らの責任もない。

ア 原告は,被告が研修を施していなかったという安全配慮義務違反があると主張する。しかしながら,被告は,原告ら中国人研修生に対し,研修実施予定表(乙9の3及び4)に基づいて,研修記録(甲27の4頁目及び乙22)記載のとおり,実務研修及び非実務研修を実施している。

これらの研修は,被告の安全衛生管理規程(乙10の1),ギャングリッパの作業マニュアル(乙10の5)及び災害事例資料(乙10の6)等の資料に基づいて行われた。具体的には,ギャングリッパでは「鋸が回っているときは,絶対手をもって行ってはだめですよ。」,「鋸が動いているときは,蓋も開けてはだめですよ。」,「送風管が詰まった場合,鋸が止まってから取り除く作業をしなさい。」などと指導し,実際にも指導員立会の上で,原告に指導に従った除去作業をさせていた。また,研修に当たっては,日本語や,「ボルト」,「ナット」等の名称を用いることに加えて,身振り手振りや携帯電話の漢字変換機能等を用いて専門用語や機械の操作,危険性の指導を行っていた。

原告は,上記研修の結果,本件事故当時において,ギャングリッパの操作については,一人前の能力を身に付け,危険性についても理解できていたのであって,研修を施していなかったとする原告の主張は誤りである。

イまた,原告は,本件事故時に原告の作業場所付近に指導員がいなかったことを安全配慮義務違反として主張している。

しかしながら,原告は,本件事故発生までにギャングリッパの操作及び危険性について十分な指導を受け,これを習得,理解していたのであるから,被告において,よもや原告が鋸が回転している最中に蓋を取り外し,右腕を鋸が収納されているケースの中に入れて木くずを除去しようとするなどとは予想できなかったものであって,被告には,本件事故発生の予見可能性はない。

したがって,指導員がたまたま一時,ギャングリッパの側を離れたからといって,その事実が安全配慮義務違反となるものではない。

2  損害の額(争点2)

〔原告の主張〕

(1)後遺障害慰謝料 1889万円

原告は,右腕の肘関節以上で失っており,これは後遺障害等級4級に相当するので,後遺障害慰謝料は1889万円が相当である。

(2)入院慰謝料 120万円

原告は,平成20年12月17日から平成21年2月3日までの49日間,南和歌山医療センターに入院,治療を行った。また,原告の苦痛は全く言語の通じない異国の地で右腕切断という重度の障害を負うという入院に際して重度の苦痛を味わったことから相当程度上乗せすべきであり,入院慰謝料は120万円が相当である。

(3)逸失利益 5443万4567円

原告は,学歴が中学校卒業であることから基礎収入を男女別学歴別賃金センサス・男子中学校卒の平均賃金である344万8200円とし,労働能力喪失率を0.92とし,本件訴訟提起時には27歳であったことから67歳までの40年間(ライプニッツ係数は17.1591)を就労可能とすると,下記計算式のとおり,逸失利益は5443万4567円となる。

(計算式) 344万8200円×0.92×17.1591=5443万4567円

なお,労働能力喪失率については,原告は利き腕を失ったこと,本件事故がなければ製造現場で働く蓋然性が高かったのであってその機会が失われたことからすれば,上記のとおり92パーセントの労働能力を喪失したと評価すべきである。

また,基礎収入についても,日本において研修生又は実習生として3年間は日本で就労して収入を得ることができた蓋然性が高かったこと,また,その後についても,研修によって日本の技術を習得することで中国において待遇のよい職場に就職する蓋然性が高かったこと,中国の経済成長がめざましいことに鑑みれば,日本の賃金センサスを用いて基礎収入を認定することには合理性がある。

(4)弁護士費用 780万円

原告は,本件について弁護士に委任せざるを得ないところ,弁護士費用のうち780万円が本件事故と相当因果関係がある。

(5)通訳費用 50万円

本件訴訟提起のための通訳費用は50万円が相当であり,これも本件事故と相当因果関係がある損害である。

(6)損害額合計 8282万4567円

以上から,原告の被った損害は8282万4567円を下らない。

(7)過失相殺について

本件事故は,原告が被告において就労を始めてから1か月もたたないうちの事故であり,そのような時期に原告がギャングリッパの危険性を自ら認識して行動することは容易ではなく,被告は原告に十分に指導し,教育する必要があったにもかかわらず,被告は極めて杜撰な監理にとどまっていたことからすれば,本件において過失相殺をすることは相当でない。

(8)損益相殺について

原告は,国民年金法に基づく障害年金を受け取っているが,損益相殺の対象となるべきものは,原告が現に受け取っている範囲に限定されるべきである。

〔被告の主張〕

(1)後遺障害慰謝料について

原告の主張する後遺障害慰謝料はあまりに高額であり,その根拠は不明である。原告は,後遺障害等級4級に該当すると主張するが,原告は肘関節と手関節との間において上肢を切断したもの(乙2,3)であるから,「上肢を手関節以上で失ったもの」として後遺障害等級5級4号に該当する。

また,中国の労働者の賃金は,日本の労働者の賃金と比較すれば極めて低額であり(本件事故当時の中国遼寧省における日系企業中国現地社員の年間平均賃金は1万6633元である。),当然,その金銭感覚が異なっているのであって,このことは,後遺障害慰謝料の算定に当たっても考慮されるべきである。

(2)入院慰謝料について

原告が外国人であるからといって,格別,日本人以上の慰謝料額を認めなければならない事情はない。また,上記のとおり,日本と中国の金銭感覚の差を考慮すべきであることは同様である。

(3)逸失利益について

原告は,労働能力喪失率を92パーセントと主張するが,後遺障害等級5級4号に相当する79パーセントよりも相当程度上回るものとすべき特段の事情はない。

また,原告は,中国に帰国していて,今後,再び日本に入国することはないのであるから,逸失利益を算定するに当たっては,中国での収入を基礎とするのが相当であり,原告が主張するような日本人労働者の賃金センサスを用いることは不当である。なお,原告は,日本において研修生又は実習生として3年間は日本で就労して収入を得ることができた蓋然性が高かったと主張するが,原告は,外国人研修制度のうち,研修生として入国し,1年間一般職種について研修し,終了後帰国することを条件として「研修」という在留資格で入国した者であって,1年間の研修後,日本において更に就労することは不可能であり,原告の主張は誤りである。

(4)弁護士費用,通訳費用について

否認する。

(5)損益相殺

原告は,平成21年10月20日,外国人研修生総合保険から後遺障害保険金420万円を受領している。

また,原告は,国民年金から国民年金障害基礎年金として年額79万2000円を受給しており,現実に,平成22年8月17日までの段階で,平成21年12月15日に72万6000円,平成22年2月15日,同年4月15日,6月15日及び8月15日に各13万2000円を受給している。この年金は原告が死亡するまで支給されるのであって,口頭弁論終結時までの支払予定分の合計金額について,原告の逸失利益と損益相殺されるべきである。

第4  当裁判所の判断

1  争点1(安全配慮義務違反の有無)について

(1)前記前提事実,証拠(<証拠等略>)及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。

ア 原告は,1982年8月*日,中国遼寧省大連市で生まれ育ち,中学卒業後,軍隊に2年間入隊し,その後,広告会社や携帯電話の修理会社で働いていたが,平成19年ころ,より賃金の高い日本で働くことを希望し,同年10月に送出機関の会社の面接を受けた。原告は,同年12月中旬から平成20年3月中旬まで約3か月間,中国の外語学校で日本語の研修を受けた後,同年10月21日に,外国人研修制度を利用して,研修の在留資格で来日した。在留期間は平成21年10月21日までとされていた。

イ原告は,同月22日から11月18日までの約1か月間,日本における第一次受入機関である協同組合タックにおいて,日本における生活の指導,日本語の研修,安全教育等の集合研修を受けた。

ウ原告は,同月20日から,第二次受入機関である被告において,他の中国人研修生2名とともに研修を開始した。同研修のカリキュラムは,実際に作業を行いながら指導を受ける実務研修と,主に会議室で行われる非実務研修とからなっており,被告従業員3名が日本人指導員となっていた。

エ 原告は,実務研修においてギャングリッパという機械を使って木材を割るという作業を主に行っていた。ギャングリッパは,金属製のケースで覆われた5連の丸鋸が回転し,そこに長い木材を挿入すると6つの細長い木材に割ることができるものである。ギャングリッパのケース上部には,作業中に生じる木くずを排出するための送風口があり,それに送風管が接続されていた。ケースの横蓋であるカバーを開けると,ケース内部にある5連の丸鋸が見える構造になっている。ギャングリッパの操作中に木くずが送風管に詰まることがあるところ,被告従業員である指導員は,原告に対して,ギャングリッパの操作方法や危険性についての指導はしたが,木くずが詰まった場合に指導員に知らせるように指導することはしなかった。なお,ギャングリッパは,停止スイッチを操作してから約1分15秒間は丸鋸の回転が惰性により止まらないものであった。

オ原告は,同年12月17日の午後5時前後,上記作業中に送風管に木くずが詰まり異音がしたため作業を中断し,ギャングリッパの停止スイッチを操作し,ギャングリッパのカバーを外し,付近にあった木の棒をケース内部の送風口に挿入するなどして木くずを取り除こうとした。原告は,同作業の危険性を十分認識しておらず,丸鋸が完全に停止しているであろうと軽信して上記ケース内部に右腕を入れて上記作業を行ったところ,惰性で回転が止まっていなかった丸鋸に右腕が巻き込まれ,身動きがとれなくなってしまった。これに気づいた他の中国人研修生2名は,すぐに日本人従業員を呼びに行った。なお,本件事故時,指導員は他の作業を行うなどしており,事故現場付近に指導員はいなかった。

カ 午後5時14分に119番通報がされ,その後,原告は南和歌山医療センターに救急搬送されたが,手のひらや前腕部に深い傷があり,動脈や健が切断され,また骨折も伴うなど,重傷であったため,同日,右前腕部から切断する手術が行われた。

原告は,同日以降,平成21年2月3日までの49日間,上記医療センターに入院した。

キ 原告は,平成21年10月20日,受入機関が契約していた外国人研修生総合保険から後遺障害保険金として420万円を受け取った。また,原告は,国民年金障害基礎年金として本件事故から年額79万2100円を隔月に分けて受給をしており,本件口頭弁論終結までに少なくとも151万8000円(平成21年12月15日に72万6000円,平成22年2月から12月まで隔月15日に各13万2000円の合計)の支給があった。

(2)被告は,本件事故は損害賠償金又は保険金欲しさに原告が自ら引き起こしたものである旨を主張するので,まず,この点について判断する。

確かに,被告が指摘するように,原告は,ギャングリッパの丸鋸は停止ボタンを操作後すぐには止まらないこと知っていたと陳述し(乙14),また,前記認定事実のとおり,ギャングリッパのカバーの横蓋を外せば丸鋸が見えることから,原告は,丸鋸が回転を続けていることに気付き,カバー内部に腕を入れることの危険性を認識することは容易であったことは認められる。

しかしながら,回転している5連の丸鋸で自らの腕に傷を負わせることは本件のような重大な傷害結果を生む可能性が高く,そこまでして原告が金銭を得ようとする動機があったと認めるに足りる証拠はない。そして,原告が陳述する事故に至った経過にも特に疑わしい点もないことから,前記認定事実のとおり,原告は,危険性を十分認識しておらず,丸鋸が完全に停止しているであろうと軽信してギャングリッパのケース内部に右腕を入れて作業を行った結果,本件事故が発生したものと認めるのが相当であり,被告の主張は採用することができない。

(3)次に,被告の安全配慮義務違反が認められるかについて判断する。

前記認定事実のとおり,原告は,中国からの研修生で,合計で4か月程度日本語を学習したにとどまることからすれば,十分なコミュニケーション能力を有していたとは考えられないこと,また,原告は,製材業の仕事をしたことはなかったことからすれば,製材作業の知識も能力も元々なかったと考えられることからすれば,被告は,原告にギャングリッパという5連の丸鋸の機械を使用した高い危険を伴う作業を行わせるに当たっては,安全に関する十分な指導,教育を行うとともに,それを十分に理解しているか確認するために,指導したとおり安全に原告が作業を行っているか監督できる体制を整える安全配慮義務があるものと認められる。

この点,前記認定事実のとおり,被告は,研修生にギャングリッパに接続されている送風管が詰まった場合に指導員に知らせるよう指導はしていなかったところ,このような通常の操作方法とは異なる作業で,かつ,丸鋸が収納されているケースのカバーを開けて,腕を丸鋸のそばに入れるのであるから,通常の作業に比べて危険性が高いのであって,少なくとも原告ら研修生がまだ実務研修を開始して1か月程度しか経過していない段階においては,被告は,原告に対し,このような故障が生じた場合は,指導員に知らせるよう指導した上で,指導員において修理するか,又は,指導員の指導の下で原告に修理をさせるべきであったというべきであり,これに反して,被告は研修生自身に上記作業を行わせ,少なくとも故障から本件事故が発生するまでの間,指導員が原告の近くにおらず,指導員による監視は全くされてなかったのであるから,安全に関する十分な指導,教育が行われていたということも,また,安全に原告が作業を行っているか監督できる体制が整えられていたということもできないのであって,前記安全配慮義務の違反があるものと言わざるを得ない。

(4)これに対し,被告は,原告に対して十分に安全教育を施していたし,丸鋸が回転中にケース内部に腕を入れることが危険であることは容易に認識できるので,本件事故は予測しえないものであった旨主張するが,前記のとおり,原告の日本語の能力が十分でなかったため,危険性が理解できていなかった可能性も十分に考えられ,そうすると原告が丸鋸に触れないように腕を入れて詰まりをとれば大丈夫であると軽く考え,丸鋸の回転が止まっているかを確認せずに作業を開始するという事態も十分に想定できるものというべきであって,被告の主張は採用することができない。

(5)以上から,被告に安全配慮義務違反があったものと認めることができる。

2  争点2(損害の額)について

(1)後遺障害慰謝料 460万円

前記認定事実のとおり,原告は,前腕部から先の右腕を失ったものであるから,後遺障害等級5級4号の「1上肢を手関節以上で失ったもの」と認められる。

このような後遺障害を一生負い続ける原告の精神的苦痛は甚大であると認められるが,他方で,原告は生活の基盤が中国にあり,支払われる慰謝料も中国において費消されるものと考えられることから,中国と日本との物価水準や所得水準等の経済的事情の相違を考慮せざるを得ず,これらの事情を考慮すると,原告の被った後遺障害による精神的苦痛に対する慰謝料は,460万円をもって相当と認める。

(2)入院慰謝料 70万円

前記認定事実のとおり,原告は,本件事故後49日間,日本の病院に入院していたと認められ,入院は日本滞在中であることから,その精神的苦痛を慰謝するための慰謝料の額は,上記後遺障害慰謝料の場合と異なり,日本における物価水準等を基準に定めるべきであるところ,傷害の程度及び入院日数に鑑み,傷害慰謝料(入院慰謝料)は,70万円をもって相当と認める。

(3)逸失利益 1947万1438円

ア  原告は,本件事故当時,研修生であって,本件事故時の収入を基礎収入として逸失利益を算定することはできない。また,本件に提出された全証拠によっても,本件事故以前の原告の収入は明らかではなく,これにより逸失利益を算定することもできない。

原告は,日本における賃金センサスによる平均賃金を基礎収入とすべき旨を主張するが,現在における中国と日本の賃金水準等の差(乙20によれば,遼寧省の日系企業の一般工員の平均年収が約20万円程度である。)からすれば,将来における中国経済の発展の見込みを考慮するとしても,日本の平均賃金をそのまま用いることに合理性は見出し難く,原告の主張は採用することができない。そこで,上記の事情や,本件事故がなければ原告が日本において研修を終了することができたであろうことなどを総合考慮し,日本における平成20年の賃金センサスの産業計男性中学卒全年齢平均である427万5500円の3分の1である142万5166円をもって基礎収入と認める。

なお,原告は,3年間は日本において就労可能であり,日本の賃金センサスを用いるべきである旨主張するが,原告は「研修」の在留資格で日本に滞在しており就労はできなかったこと,在留期間は平成21年10月21日までとされていたことからすれば,原告の主張は採用することができない。

イ 原告の後遺障害は,前記のとおり後遺障害等級5級4号に該当するため,労働能力喪失率は79パーセントであると認められる。原告は,92パーセントの労働能力喪失率であると主張するが,原告の障害の程度からすれば,上記の限度で労働能力を喪失したものと認めるのが相当であり,原告の主張を採用することはできない。

ウそして,原告は,本件事故時26歳であったことから,67歳までの41年間(対応するライプニッツ係数は17.2944)にわたって同割合の労働能力を喪失したものと認められる。

以上によれば,原告の逸失利益は,下記計算式のとおり,1947万1438円と認められる。

(計算式)

142万5166円×0.79×17.2944=1947万1438円

(4)過失相殺

前記のとおり,原告において,丸鋸が回転を続けていることに気付き,ケース内部に腕を入れることの危険性を認識することは容易であったこと,被告において,十分とは認められないものの,ギャングリッパの危険性についての指導はされていたと認められることを考慮すると,本件事故は,被告のみに責任があるとはいえず,原告の相当程度の過失が寄与して発生したものと言わざるを得ず,原告の過失の程度を考慮すると,5割の過失相殺をするのが相当と認める。

そうすると,慰謝料530万円(後遺障害慰謝料460万円及び入院慰謝料70万円の合計)及び逸失利益1947万1438円のそれぞれ5割である慰謝料265万円,逸失利益973万5719円の合計1238万5719円をもって,原告の損害額と認められる。

(5)損益相殺

前記認定事実のとおり,原告は,平成21年10月20日,受入機関が契約していた外国人研修生総合保険から後遺障害保険金として420万円を受け取ったことが認められ,これは損益相殺の対象となるべきものと認められる。

また,前記認定事実のとおり,原告は,平成21年12月以降,国民年金障害基礎年金を151万8000円受給していることが認められ,これについては逸失利益から控除されるべきものであることについて当事者に争いがない。

以上から,原告の損害額の残額は,666万7719円となる。

(6)弁護士費用及び通訳費用 80万円

原告は,通訳費用として50万円の損害が生じたと主張するが,原告が同金額を通訳費用として支出したことを認めるに足りる証拠はない。もっとも,原告の日本語能力が十分でないことや,原告が中国に帰国していることなど,本件事案の特殊性を考慮すると,弁護士費用として80万円が相当であると認められる。

(7)以上からすれば,被告は,原告に対し,不法行為に基づく損害賠償として746万7719円及びこれに対する不法行為の日である平成20年12月17日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払義務があるものと認められる。

第5  結論

よって,原告の請求は,主文の限度で理由があるから認容することとし,その余の請求は理由がないから棄却することとし,主文のとおり判決する。

(裁判官 舟橋伸行)

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