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徳島地方裁判所阿南支部 平成24年(わ)21号 判決 2012年11月27日

主文

被告人を懲役10月に処する。

未決勾留日数中80日をその刑に算入する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は,平成24年5月30日午後1時40分ころ,徳島県阿南市<以下略>の夏川花子方周辺の路上において,甲野太郎(当時69歳)に対し,所携の杖(平成24年押第2号の1)でその左脇腹付近を叩き,同人を引き倒し,その腹部付近を足蹴にし,その両腕を同杖で叩くなどの暴行を加え,よって,同人に全治約7日間の左胸腹部打撲,両前腕擦過傷,前額部擦過傷及び背部擦過傷の傷害を負わせた。

(証拠の標目)<省略>

(事実認定の補足説明)

1  被告人は,甲野太郎(以下「甲野」という。)からのこぎり様の刃物で切りつけられ,防御するために杖で軽く腹部を叩いたのみであると述べ,その余のことはパニック状態でほとんど覚えていないと述べた。弁護人は,被告人が甲野の腹部を杖で1回叩いたのみであり,それにより甲野に傷害を負わせた事実はないと主張するとともに,同暴行については正当防衛が成立すると主張する。

当裁判所は,被告人が甲野に対して判示事実のとおりの暴行を行い,その結果,同人に判示事実のとおりの傷害が生じたものと認定し,被告人の当該行為には正当防衛は成立しないと判断するものであるが,以下,その理由について説明する。

2  客観的な証拠から認定できる事実関係

(1)防犯カメラによる録画・録音の内容について

関係各証拠によれば,本件の現場付近に防犯カメラが設置されていたこと,押収してあるDVD-R1枚に本件当時の様子が録画・録音されていることが認められるところ,その録画・録音の内容は次のとおりである。

ア 被告人が自動車で夏川花子(以下「夏川」という。)方南側道路を自動車で通行した際,「バキッ」という大きな音がした。被告人が自動車を実家の駐車場に駐車した後,甲野は,夏川方南側道路に歩いていき,防犯カメラの死角に入った。その後,被告人が杖をつきながらゆっくりと徒歩で夏川方南側道路の甲野がいると思われる方向に近づいていった。その後の約15秒間,防犯カメラの死角に入っており,両名の姿は映像に現れない。

イ 被告人が防犯カメラの死角に入ってから約15秒後,被告人は,右手に持った杖を振り回した後,左手で甲野の右腕をつかんで夏川方東側道路を北方へ引っ張っていった。その際,甲野は,手には何も持たず,体重を後ろにかけて抵抗するも,被告人に力ずくで引っ張られた。途中,被告人が「なにー。」と言いながら,右手に持った杖で甲野の左胸腹部付近を強く叩いた。その直後,夏川の「なんしょんもー。」という声が録音されている。

ウ そのまま,被告人は甲野の左腕を引っ張って更に北方へ移動したため,その後の3分間程度は,被告人及び甲野の姿は防犯カメラの映像に現れないが,被告人の「オラッ,こいや。」「さっさと立てえ。」「何っ,離せ。離せ」「いつまで持っとんな。離せ。まだしょんか,オラッ。」「どないしまいつけるんなオラッ。」などの怒声が録音されている。

その間,冬木葉子(以下「冬木」という。)が110番通報しながら夏川方の隣の冬木方の玄関に出てきた姿が記録されている。冬木は,被告人や甲野のいる方向を見ながら,「もうやめてください。」と2度大声を上げて,その後,しばらく被告人らの様子を見ている。

そのころ,夏川が夏川方東側道路に現れ,被告人らの様子を見つつ北方向に歩きながら,被告人に対して「何しょんじぇコラッ,乙川っ。」「何踏んだり蹴ったりしょん。踏んだり蹴ったりしよるわ。葉子はよう言うてくれ。」「踏んだり蹴ったりしょー,もうおとろしい,もー。」「引こずって行って踏んだり蹴ったりしょるわー,おかしいんちゃうん。」「何でほんなに踏んだり蹴ったりするん。」などと声を上げた。

エ 被告人は,「何したもくそもあっかー。」「人に暴力振るてきたんだろが。」「お前にごじゃごじゃ言うてもわかれへんわ。」「お前の方がおとろしいわドアホ。」などと夏川に罵声を浴びせながら,一旦,実家の敷地内へ戻った。

オ その後,被告人は,実家の敷地内から出てきて,甲野に対して「お前わかったんかー。」「まだわからんのか。」と言いながら,座っていた甲野に近づいていった。甲野は,そばに来た被告人に対し,草刈り鎌を取り出してその足を払い,その後,鎌を振り上げて殴りかかり,その柄が被告人の左手に当たった。その後,甲野は座り込んだが,被告人が「まだわからんのか。」と言いながら,携帯電話を手にしながら更に甲野に近づいていったため,甲野は鎌の柄で被告人の左手首付近を3,4度強く叩いた。

(2)傷害の結果について

関係各証拠によれば,甲野は,平成24年5月30日に左胸腹部打撲,両前腕擦過傷,前額部擦過傷,背部擦過傷の診断を受けたこと,同月31日に撮影された写真によれば,これらの打撲や擦過傷は新しいものであったことが認められる。

3  甲野供述,夏川供述及び冬木供述の要旨

(1)甲野は当公判廷において,要旨,次の供述をした。

ア 甲野は,夏川方南側路上で折りたたみ式ノコギリを使って竹の長さを測る作業をしていたところ,被告人が近づいてきて,「口ばっかしやな,やってまう。」と言いながら近づいてきて,いきなり持っていた杖で甲野の右腕や右肩を叩かれた。甲野は,持っていた折りたたみ式ノコギリで対抗しようとしたが,被告人に叩かれたためにノコギリが折りたたまれてしまい,ノコギリをその場に捨てた。甲野は,被告人に対して防御のためのものも含めて一切攻撃をしていない。

イ 甲野は,被告人に北方向へ引きずられたが,その途中,被告人に左腹部を杖で叩かれた。

ウ 甲野は,被告人に引きずられて移動した先において,被告人の持っていた杖をつかんだところ,引っ張られたためにその場に膝をつくように倒れ,さらに引っ張られたため,仰向けにひっくり返った。被告人は,倒れた甲野の腹部を蹴ったり,甲野が杖を離した後は,杖で背中や両腕などを叩いたりした。

(2)夏川は,当公判廷において,要旨,次の供述をした。

ア 夏川は,夏川方の室内にいたところ,東側窓から外を見たところ,被告人が夏川方南側道路の甲野がいる方へ近づいていくのが見えた。東側窓からは,甲野のいるところは見えなかったため,夏川は,夏川方南側路上での被告人や甲野の様子は見ていない。

イ その後,夏川は,被告人が甲野の腕を引っ張っていく様子と,被告人が持っていた杖で甲野の腰付近を叩いたのを目撃した。夏川は,隣に住んでいる孫の冬木に携帯電話で電話をかけ,警察に電話するよう伝えた。

ウ 夏川は,夏川方の南側にある玄関から外に出て,被告人に甲野が引っ張って行かれた先である北の方向へ歩いた。その際,夏川は,甲野が被告人によって転ばされ,踏まれたり,杖で叩かれたりするのを見た。夏川は,「乙川,何しよん。」「踏んだり蹴ったりしよるけん,葉子ちゃん,はよ電話して。」などと言った。

(3)冬木は,当公判廷において,要旨,次の供述をした。

冬木は,冬木方にいたところ,夏川より電話があり,警察に電話するよう言われたため,警察に電話をかけながら冬木方玄関の戸を開けて,外の様子を見た。すると,甲野が仰向けに倒れて,被告人が甲野を踏んだり蹴ったりしている様子が見えた。被告人は,杖で甲野の顔の辺りを叩いたり,脇腹を足で蹴っていた。

4  被告人は,当公判廷において,要旨,次の供述をした。

(1)被告人は,夏川方南側路上を自動車で通行した際に竹を踏んだところ,竹を確認するために甲野のいる方へ寄っていった。甲野とのぎすぎすした関係を修復するため声をかけようと思い,いつも甲野から言われている「しまいしたる」の意味を聞くため,「しまいしたろかとはどういうことな。」と言いながら,後ろ向きに立っていた甲野の肩に左手をかけた。すると,突然,甲野は,振り向きざまに,左手に持っていた刃物で被告人の左手首を切りつけてきたため,被告人は,左手首に切り傷を負った。

甲野が攻撃してきたため,被告人は,持っていた杖で甲野の刃物を振り落とそうと防御したが,その杖は甲野には当たらなかった。

(2)被告人は,刃物を振り回す甲野が住宅密集地にいては危ないと思い,甲野の手を持って引っ張った。引っ張る途中で甲野の脇腹付近を1度杖で叩いたが,軽く叩いただけである。

(3)その後,甲野がだだっ子のように地面に仰向けになって寝そべったため,被告人は,「さっさと立て。」と言った。甲野は,寝そべっているときに,被告人が持っていた杖を奪い,仰向けの状態のまま被告人の腹から足を叩いてきた。被告人は,杖を取り返そうと杖をつかんだが,甲野が杖を抱え込んだ。さらに甲野が被告人の足を抱え込んで離さなかったため,端から見ていた人からすれば,被告人が甲野を蹴っているように見えたかもしれないが,蹴ってはいない。

5  本件の事実関係を認定するに際し,証拠関係上,冒頭の①夏川方南側路上におけるやりとり部分と,②被告人が甲野を引っ張って北方へ移動する部分と,③被告人が甲野を引っ張って北方へ移動した後のやりとりの部分とに分けて考察する。

(1)まず,②被告人が甲野を引っ張って北方へ移動する部分については,防犯カメラによって録画された映像により,被告人が甲野の腕を引っ張る際に,持っていた杖で同人の左胸腹部付近を強く叩いたことが認められる。また,その際,被告人はひどく激昂しており,甲野は抵抗できずに被告人に引っ張られていたことが認められる。

(2)③被告人が甲野を引っ張って北方へ移動した後のやりとりの部分に関する証拠としては,被告人供述や甲野供述のほか,夏川及び冬木の目撃供述がある。そこで,夏川及び冬木の目撃供述の信用性について検討する。

防犯カメラの映像によれば,夏川も冬木も,被告人及び甲野のいる方向を見ており,また,関係証拠によれば,両者から被告人らのいた場所を観察することができることが認められる。そして,夏川供述と冬木供述は,両者が目撃している部分については互いに一致し,同各供述の被告人の暴行内容も甲野に生じた怪我と符合するものであって,供述内容に不自然な点は見られない。

夏川は甲野の内妻であり,冬木は夏川の孫であることから,両者は完全な第三者とはいえないものの,防犯カメラの録音のとおり,夏川が被告人に対して「引こずって行って踏んだり蹴ったりしょるわー,おかしいんちゃうん。」などと発言していること,冬木も止めに入るのではなく警察に来てもらうよう電話を続けていることが認められ,それぞれがその場で被告人を陥れるような行動を咄嗟にとることは考えられないことからすれば,これらの防犯カメラの映像に残っている夏川及び冬木の言動は,前記の同人らの供述と整合するものであって,供述の信用性を担保するものといえる。

また,防犯カメラの録画及び録音によれば,被告人は,上記の夏川の「引こずって行って踏んだり蹴ったりしょる。」との発言に対して否定する発言をしていないばかりか,かえって夏川に対して「何したもくそもあっかー。」「人に暴力振るてきたんだろが。」「お前にごじゃごじゃ言うてもわかれへんわ。」と暴行を加えたことを前提としたと解釈できる発言をしている事実も,夏川及び冬木の供述に整合するものといえる。

以上のことからすれば,夏川供述及び冬木供述は信用することができ,甲野供述にも照らせば,被告人が甲野を引っ張って北方へ移動した後,被告人が甲野に対し,同人を引き倒し,胸腹部付近を足蹴にしたり,杖で両腕を叩いたりする暴行を加えたことが認められる。

これに対し,被告人は,甲野が自ら仰向けになった,寝そべった状態で杖を被告人から奪い叩いてきたなどと供述するが,その供述内容自体,不自然であり,上記信用できる夏川供述や冬木供述と矛盾し,信用することができない。

(3)①夏川方南側路上におけるやりとり部分については,防犯カメラから被告人及び甲野の姿は死角となっており,映像に映っておらず,また,目撃者もいない。

甲野は,被告人から「口ばっかしやな,やってまう。」と言いながら近づいてきていきなり杖で叩かれた,自分からは被告人に一切攻撃していない旨を供述する。他方,被告人は,甲野が,振り向きざまに突然左手に持っていた刃物で被告人の左手首を切りつけてきたと供述する。

そこで検討するに,被告人の姿が防犯カメラの死角に入る直前,被告人は杖をつきながらゆっくりと甲野のいる方へ歩いている様子が防犯カメラで録画されており,杖を振り上げる等の暴行に及ぶ動きは見られない。また,被告人がいきなり暴行に及んだとすれば,甲野が竹を道路に置いていたことが動機と考えるほかないが,その後の執拗な暴行態様や,被告人の激高した様子からは,そのようなことが動機足り得るか疑問が残る。

他方,被告人が甲野に因縁をつけるように近づいて,肩に手を置かれたため,恐怖から甲野が持っていたノコギリで被告人に攻撃を加えることがあり得ないとも言えず,むしろ,被告人が後に夏川に対して「人に暴力振るてきたんだろが。」と怒鳴りつけていることや,被告人が一旦駐車場に戻った後,甲野に近づいてきたのに対して,甲野が草刈り鎌で強い攻撃を加えていることからすれば,甲野の供述のうち,被告人がいきなり杖で叩いてきたとする部分及び甲野が被告人に一切攻撃を加えていないとする部分については,にわかに信用することができず,被告人の供述を排斥する証拠はない。

もっとも,被告人及び甲野の姿が防犯カメラの死角に入っている時間は,15秒程度と短く,かつ,その場にノコギリが残されており,甲野がノコギリで被告人に対して攻撃し得る時間は極めて短いと認められること,当該ノコギリは,折りたたみ式でさびが多く,鋭利なものではないことからすれば,甲野が被告人に加えた攻撃は,軽微で,かつ,ごく短いものに止まるものと認められる。

6  以上からすれば,被告人が甲野に対し,夏川方東側路上で北方向へ引っ張る最中に所携の杖で甲野の左胸腹部を叩き,その後,引き倒した上,甲野の腹部付近を足蹴にしたり,杖で両腕を叩いたりしたことが認められる。そして,この認定した暴行態様からすれば,甲野に生じた左胸腹部打撲,両前腕擦過傷,前額部擦過傷及び背部擦過傷の傷害は,上記暴行から生じたものと認めることができる。

7  正当防衛の成否について

上記認定事実をもとに,正当防衛が成立するかを検討するに,①夏川方南側路上におけるやりとりにおいて,甲野から被告人に攻撃を加えたとしても軽微かつ短いものに限られる。そして,その後遅くとも被告人が甲野の腕を引っ張って北方へ移動を始めた時までには,甲野はノコギリを落とし,被告人に腕を引っ張られて抵抗もできない様子であったこと,さらには,甲野が地面に引き倒され,抵抗できない状態であったことからすれば,被告人が甲野に暴行を加えた際に,被告人に対する急迫不正の侵害があったものと認めることはできない。

8  よって,罪となるべき事実記載のとおりの暴行及びそれによる傷害が発生したことが認められ,かつ,正当防衛は成立しないものと認められる。

(法令の適用)

被告人の判示所為は,刑法204条に該当するところ,所定刑中懲役刑を選択し,その所定刑期の範囲内で,被告人を懲役10月に処し,同法21条を適用して未決勾留日数中80日をその刑に算入することとし,訴訟費用については,刑事訴訟法181条1項ただし書を適用して被告人に負担させないこととする。

(量刑の理由)

本件は,被告人が実家の近所に住む被害者に対し,杖で叩いたり足蹴にするなどして,全治約7日間の傷害を負わせたという傷害事件である。被告人は,被害者が竹を道路に置いていたことに因縁をつけたところ,被疑者から抵抗されたため激高して本件犯行に及んだものと認められるところ,被害者からの攻撃があったことを考慮しても,その後,無抵抗の高齢の被害者に対し,執拗に暴行を加えた本件の犯行態様は悪質で,被害者に与えた苦痛や屈辱感は相当なものであって,被告人の責任は重い。被告人は,暴行の事実のほとんどを否認するとともに,合理的とは言えない供述をして,自己の責任を免れようとするに止まらず,被害者や目撃者らがえん罪を仕組んだとか,被害者らに対する責任を追及したいとすら述べ,被害者らに対して逆恨みの感情を抱いている。そして,被害者方と被告人の実家が近所であり,被告人と被害者が顔見知りであることに照らせば,被告人が再犯に及ぶおそれも高いものと認められる。

そうすると,被告人には,十分な矯正教育を施し,再犯を防止するためには,主文の刑を科するほかないものと認める。

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