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徳島地方裁判所阿南支部 平成26年(ワ)22号 判決 2015年7月14日

原告

同訴訟代理人弁護士

石川量堂

今治周平

被告

那賀川南岸土地改良区

同代表者理事長

同訴訟代理人弁護士

浅田隆幸

堀井秀知

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

一  被告は、原告に対し、二万五〇〇〇円及びこれに対する平成二五年一二月四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告は、原告に対し、三五万円及びこれに対する平成二五年一二月四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、閲覧事務手数料合計二万五〇〇〇円を支払い、別紙書簿閲覧請求目録記載一ないし五の書簿(以下、これらを総称して「本件書簿」という。)を閲覧した原告が、被告に対し、上記閲覧事務手数料を請求申請書一枚につき五〇〇〇円以上と定める那賀川南岸土地改良区書簿閲覧請求等に関する事務手数料規程(以下「本件規程」という。)は、土地改良法(以下「法」という。)二九条四項に反し、違法、無効であると主張して、不当利得に基づき、利得金二万五〇〇〇円及びこれに対する閲覧事務手数料の支払日である平成二五年一二月四日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による民法七〇四条前段の利息の支払を求めるとともに、閲覧請求一件につき五〇〇〇円以上の著しく高額な閲覧事務手数料を徴収することが、被告の組合員の書簿閲覧請求権を不法に侵害するものであるとして、主位的に、国家賠償法一条一項に基づき、予備的に、不法行為に基づき損害金三五万円及びこれに対する不法行為の日である平成二五年一二月四日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。

一  前提事実(争いのない事実及び掲記する証拠等により容易に認められる事実)

(1)  ア 原告は、被告の組合員である。

イ 被告は、農業生産の基盤の整備及び開発を図り、もって農業の生産性の向上、農業総生産の増大、農業生産の選択的拡大及び農業構造の改善に資することを目的とする法人であり、総会に代わるべき総代会が設けられている。

(2)  法二九条一項本文は、「理事は、定款、規約、第五十七条の二第一項の管理規程、事業に関する書類、組合員名簿、土地原簿及び議事録を主たる事務所に備え、かつ、これらを保存しなければならない」とし、同条四項は、「組合員その他当該土地改良区の事業に利害関係のある者から第一項に掲げる書簿の閲覧の請求があった場合には、理事は、正当の事由がある場合を除いて、これを拒んではならない」と規定している。

(3)  被告は、平成二二年五月一二日、法二九条四項に基づく書簿閲覧請求等に関し、申請者本人に関する事項以外の書簿閲覧請求について、閲覧を実施するための準備及び関係する理事・監事・委員(以下これらの者を総称して「関係する理事ら」という。)の承認、閲覧当日の立会い、申請者に閲覧実施の日程通知を配達証明書で送付する等の経費がかかるため、請求申請書一枚につき五〇〇〇円以上の申請事務手数料を徴収することとし、その旨を定めた本件規程を、理事会の専決処分で制定した。本件規程は、平成二三年三月二五日、被告の総代会において、承認された。

(4)  原告は、平成二五年一二月四日、被告の組合員として、被告に対し、被告が組合員から徴収している維持管理費の利用方法の確認を目的として、法二九条四項に基づき、本件書簿の閲覧請求を行い、原告は、被告に対し、閲覧事務手数料として合計二万五〇〇〇円を支払った。

二  争点

(1)  本件規程が法二九条四項に違反するか否か。

ア 原告

本件規程は、被告の組合員に対し、書簿閲覧請求の申請書一枚につき五〇〇〇円以上の費用の負担を求めるものであって、他団体の手数料と比較しても著しく高額で、被告組合員の書簿閲覧申請を断念ないし躊躇させるに十分な額であり、被告が地方公共団体等に準ずる公法人であるにもかかわらず、国際協力機構などの公法人の開示請求の手数料の算出方法にも反している。

また、本件規程は、手数料の定めにつき最低額が定められているだけで上限がないなど、閲覧請求者に対して過大な経費負担を強いるもので、書簿閲覧請求権の行使に支障をきたすものである。

被告は、組合員の書簿閲覧請求の事務手続に要する費用の一部を閲覧請求者に負担させることを目的として、手数料の徴求を検討した旨主張するけれども、法二九条四項に基づく組合員の書簿閲覧請求については、土地改良区がその経費を負担することを前提としているのであって、閲覧請求に関する費用を、閲覧請求者に負担させることはできない。仮に、書簿閲覧請求に関する費用の一部を閲覧請求者に負担させることができる場合があるとしても、被告の財政状況や閲覧請求手続の件数からして、閲覧事務請求に関する費用を閲覧請求者に負担させる事情がない。

以上によれば、本件規程は、事実上、組合員の閲覧請求権の行使を妨げるものであって、法二九条四項に反し、無効である。

イ 被告

組合員の書簿閲覧請求については、適正な手続で定められた事務手数料規程に基づき、合理的な金額の手数料を徴求することが許されるというべきである。

被告に対しては、従前、法二九条四項に基づく閲覧請求がなく、手数料についても、特段の定めがなかったところ、平成二二年に、同項に基づく閲覧請求がなされた際に、組合員の書簿閲覧請求の事務手続に要する費用の一部を閲覧請求者に負担させることを目的として、手数料の徴求を検討し、被告における他の手数料の金額も参考にして、本件規程を定めたものであって、法二九条四項に反するものではない。

土地改良区は、全国に数多く存在しているところ、その人的規模や財政的規模は区々であり、公共的性格を有するからといって、ただちに原告が例に挙げる国際協力機構などの大規模な公法人と同列に扱えるわけではない。

(2)  被告は、原告の書簿閲覧請求権を侵害したことによる損害賠償義務を負うか。

ア 原告

被告は、法二九条四項の趣旨に反する本件規程を定め、原告から高額の手数料を徴収し、故意に、原告の書簿閲覧請求権を不法に侵害した。

原告の損害は、精神的損害に対する慰謝料二五万円及び弁護士費用一〇万円の合計三五万円を下らない。

土地改良区が、組合員の書簿閲覧請求につき手数料を徴収する行為は公権力の行使に当たり、職務を行うについてなされたものであるから、被告は、主位的に、国家賠償法一条一項に基づき、予備的に、民法七〇九条に基づき損害賠償義務を負う。

イ 被告

本件規程は、原告の書簿閲覧請求権を不法に侵害するものではなく、被告には権利侵害について故意又は過失もない。

第三当裁判所の判断

一  前提事実

当事者間に争いがない事実に証拠及び弁論の全趣旨を総合すれば、次の事実が認められる。

(1)  平成二〇年四月一日より施行された被告の役員並びに総代の報酬及び費用弁償に関する規程(以下「本件報酬等規程」という。)四条では、役員等が会議又は委員会の招集に応じたときは、別表第二号表に定める額の範囲内で日当を弁償することができるとされ、別表第二号表では、理事、監事及び委員について会議招集一回につき費用弁償額をいずれも一万円(ただし、半日の場合は五〇〇〇円)とされている。

(2)  法二九条四項に基づき、書簿の閲覧申請がなされた場合の被告における手続は次のとおりである。

ア 組合員又は利害関係人である閲覧請求者は、書簿閲覧請求書に必要事項を記入し、被告に提出する。その際、閲覧請求者は、被告に対し、申請手数料五〇〇〇円を支払い、被告は、領収書を発行する。

イ 被告は、閲覧請求者より提出された書簿閲覧請求書記載の請求内容に従い、閲覧の対象となると考えられる書類の整理及びコピー等、閲覧実施に向けた準備を行う。その際、個人情報保護の観点等に照らし、閲覧に供しないことにつき正当な理由がある事項については、マスキング処理を行う。

ウ 閲覧実施に向けた準備が整った時点で、関係する理事らが閲覧内容の協議、承認及び閲覧実施日程を決定する。その際、出席した関係する理事らに対して、本件報酬等規程に基づき、一日当たり一万円(半日の場合は五〇〇〇円)の日当を支払う。

エ 被告は、閲覧実施日程について、閲覧請求者に対し、配達証明付郵便で連絡を行う。

オ 閲覧実施日程において、関係する理事らの立会いの下、請求者に対し、書簿の閲覧を実施する。その際、被告は、出席した関係する理事らに対して、本件報酬等規程に基づき、一日当たり一万円(半日の場合は五〇〇〇円)の日当を支払う。

(3)  原告からの本件書簿の閲覧請求において、被告は、上記(2)の手続に従い、次のとおり、本件書簿を閲覧に供した。

ア 原告は、平成二五年一二月四日、本件書簿について五枚の書簿閲覧請求書を被告に提出し、申請手数料合計二万五〇〇〇円を支払い、被告は、領収書を発行した。

イ 被告は、原告より提出された本件書簿の閲覧請求書記載の請求内容に従い、書類の整理及びコピー等、閲覧実施に向けた準備を行った。被告が準備をした書類の量は二五五枚であった。

ウ 平成二五年一二月一七日、被告のB監事とC委員が出席して、閲覧内容の協議、承認及び閲覧実施日程を同年一二月二四日とすることを決定した。その際、出席した両名に対して、一日当たり五〇〇〇円、合計一万円の日当を支払った。本件書簿の書簿閲覧承認書に署名押印がある三名のうち、D理事については、後日、個別承認を得たため、日当は支払われなかった。

エ 被告は、書簿閲覧承認書及び閲覧日程を連絡する通知を作成し、閲覧実施日程について、被告に対し、配達証明付郵便で連絡を行い、上記配達証明付郵便に八〇〇円の費用を要した。

オ 平成二五年一二月二四日、午前九時三〇分から午後五時近くまで、被告の理事長、D理事、B監事及びC委員の立会いの下、原告に対し、書簿の閲覧が実施された。その際、被告は、午前中のみ立ち会ったD理事に対しては、五〇〇〇円、午前及び午後に立ち会ったB監事及びC委員に対してはそれぞれ一万円の合計二万五〇〇〇円の日当を支払った。

二  争点(1)について

被告における書簿閲覧請求制度の運用には労力と費用を要することからすれば、閲覧請求者には、その公平な負担が求められるというべきであって、被告は、手数料という役務の反対給付としての性質を逸脱しない範囲で、諸般の事情を考慮して、書簿閲覧請求手数料を決定する裁量権を有するというべきであって、書簿閲覧請求に関する費用を、閲覧請求者に負担させることができないとの原告の主張は理由がない。

そこで、本件規程について、被告の上記裁量権の逸脱の有無について検討するに、上記前提事実及び認定事実によれば、被告においては、書簿閲覧請求があった場合、書類の整理、コピー、マスキング処理などの閲覧を実施するための準備や関係する理事らによる書簿閲覧請求の承認及び閲覧当日の立会い、申請者への閲覧実施日程の配達証明付郵便での通知等の手続を行うこととされていること、書簿閲覧請求の承認及び閲覧当日の立会いについて、関係する理事らに対し、本件報酬等規程に基づき、一人当たり一日当たり一万円(半日の場合は五〇〇〇円)の日当を支払うこととされていることが認められる。そうすると、被告における書簿閲覧の上記手続からすれば、書類の準備等に要する費用や一人当たり一日当たり一万円とされる関係する理事らへの日当の支払、閲覧実施日程通知のための配達証明付郵便の費用などの被告において書簿閲覧請求にあたって要する費用など諸般の事情を考慮して、書簿閲覧請求の申請書一枚につき五〇〇〇円以上を徴収する旨の本件規程が役務の反対給付としての性質を逸脱しているとまでは認められない。

原告は、本件規程は、他団体の手数料と比較しても著しく高額である旨主張するけれども、被告と他団体では、規模や組織等が異なることからすれば、本件規程の手数料と他団体の手数料とを比較することは困難であって、その対比をもって本件規程が法二九条四項に反するとまでは認められない。

また、原告は、本件規程が公法人の開示請求の手数料の算出方法に反している旨主張するけれども、書簿閲覧請求にあたって要する費用など諸般の事情を考慮して定められた本件規程の手数料の算出方法に不合理な点があるなどの事情は認められないのであって、原告の主張は採用できない。

また、原告は、本件規程は、手数料の定めにつき最低額が定められているだけで上限がないなど、閲覧請求者に対して過大な経費負担を強いるものである旨主張し、本件規程が請求申請書一枚につき五〇〇〇円以上の申請事務手数料を閲覧請求者から徴収することとして上限が定められていないことは原告が指摘するとおりであるけれども、本件書簿の閲覧請求において、被告が原告から徴収したのは、請求申請書一枚につき下限の五〇〇〇円であること、本件以外の書簿閲覧請求において、役務の反対給付としての性質を逸脱して多額の手数料を被告が徴収しているなどの事情も認められないことなどからすれば、本件規程の原告の指摘する定めをもって、閲覧請求者に対して過大な経費負担を強いているということはできず、原告の主張は理由がない。

三  争点(2)について

上記二で判断したところによれば、本件規程は、法二九条四項に違反するとは認められないから、本件規程に基づいて原告から手数料を徴収した被告の行為が原告の書簿閲覧請求権を侵害するものとはいえず、原告の主張は理由がない。

四  以上によれば、原告の請求はいずれも理由がないから、これを棄却することとして、主文のとおり判決する。

(裁判官 川﨑博司)

別紙 書簿覧閲請求目録<省略>

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