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愛知中村簡易裁判所 昭和38年(ろ)24号 判決 1963年7月10日

被告人 岡本武雄

昭一〇・一〇・二一生 会社員

主文

被告人は無罪

理由

一、公訴事実は、

「被告人は、昭和三十八年三月二十二日午後六時十五分ころ、信号機の設置してある名古屋市中村区笹島町一丁目二二一番地先道路において、信号機の表示する信号に注意して運転すべき義務を怠り、右信号機が止まれの信号を表示しているのに気づかずこれに従わないで普通乗用自動車を運転通行したものである」というにある。

二、認定した事実は、

「被告人は普通乗用自動車を運転して、前記道路の別紙図面のとおりの交差点(以下本件交差点と称す)に、信号機に従うことを要しない南方から北進してはいり、同交差点内において右に折れ東進するに際し、同交差点の北東すみに西向きに設置してある同図面A信号機(以下本件信号機と称す)が「止まれ」の信号を表示していたときであつたが、これを知らずにそのまま東進したものである」ことが、一件書類により認められる。

三、検察官の論旨は、

「被告人は、その自動車を運転通行するに当り、本件交差点を北進中は、交通整理の行なわれていない交差点における通行の規定に従つて運転すべきであるが、右折して自動車の前面が本件信号機の方向に向いたときから、同信号機に対面する交通となり、その表示する信号に注意して運転すべき義務が発生する。しかして、この場合被告人は、道路交通法施行令第二条の次の表「止まれ」欄の二の規定により、交差点の直前において停止すべきであるが、本件のごとき状況における交差点とは、右折東進する車両については、南北道路と東西道路の交わる部分のうち、交通整理の行なわれている部分が南北道路のうち、中央線の東側である同図面の斜線部分に限定されているから、この部分が交通整理に従うべき交差点で、右中央線である同図面(イ)点と(ロ)点を結ぶ線(以下(イ)(ロ)線と称す)がこの交差点の西側端である。従つて、被告人は本件信号機の表示する信号に注意して運転すべき義務に反し「止まれ」の信号に気づかず、右(イ)(ロ)線を通過したもので、信号無視の過失犯が成立する。」という意味に検察官の釈明及び弁論を綜合して解せられる。

四、論旨に対する判断は、

まず、検察官の論旨のうち、その根拠となる法規の解釈で、問題になる二つの点について判断しておかねばならないが、その

第一点は、

検察官は、自動車の運転者は、一つの交差点において、方向を変えるごとに、新たに対面する信号機があるときは、その表示する信号に従う義務があると解している点である。

道路交通法施行令第二条第一項は、その信号機に対面する交通はその信号機の表示する信等に従うべき旨を規定しているが、これを、同項の次の表の規定と綜合して解釈すると、交差点においては、初めに対面した信号機の表示に従つてその交差点を通過若しくは停止すべき旨の規定であつて、右規定及び他の全法意によるも検察官のごとく解すべき根拠はなくこのことは、本件のごとく交通整理のない交差点にはいつた後に、同一交差点において信号機に対面することがあつても解釈を異にする理由がない。

もつとも、第一種原動機付自転車及び軽車両は、その右折方法が交差点の左側と前方との各側端に沿つて進行することに規定(道路交通法第三十四条第三項)されている関係上、信号機のある場合には「進め」の信号により、右折れする地点まで直進し、その地点において進路を変えるまでの動作をし(施行令第二条第一項次の表「進め」欄三)右方の信号機が示す次の「進め」の信号により右方へ進行するものと解せられており、あたかも、新たに対面した信号機の表示に従つたもののごとくである。しかしこれは、旧法施行令第二条第一項第一号但書の「右折する方向が進めになるのを待たなければならない」との趣旨が、前掲新法の規定から当然に解せられるからで、つまり、この場合には次の信号を待つのであつて、検察官の論旨を証するものではない。

のみならず、検察官の論旨のごとく、道路交通法施行令第二条次の表の信号をそれぞれ新たに対面した信号機の表示するものと解すると、同表「止まれ」欄三の規定には車両の区別がないから、前述第一種原動機付自転車等の場合、これを右へ進路を変えたままで次の信号まで停止せしめる法律的根拠が薄弱になり、また同規定は当該車輛が信号に従つて交差点にはいつた場合と、交通整理の行なわれない本件のごとき場所で交差点にはいつた場合とを区別していないから、本件の場合においてもすでに右折れしている車輛は、新たに対面した信号機が「止まれ」の信号を示していても、同規定により適法に進行し得ることとなり、検察官の本件公訴事実とこの論旨とは矛盾するものである。

第二点は、

検察官は本件の場合「止まれ」の信号により従うべき規定を前掲表の「止まれ」の欄二とし、交差点(イ)(ロ)線を設定して、この線の直前において被告人は停止すべきであるとしている点である。

しかし、交差点とは、道路交通法第二条五号及び一号に法定解釈の規定が設けられ、同規定によると、歩道と車道との区別のある場合の外は、道路の一部分が交わる部分を交差点とする規定はない。従つて検察官論旨のごとく道路のうち、交通整理の行なわれている部分と、そうでない部分とを、道路の中央線によつて区分することが仮りにできるとしても、その一つの部分のみが他の道路と交わることを想定し、この部分を交差点とすることは法律上の概拠がないから、(イ)(ロ)線は交差点の側端ではなくその直前で停止すべきであるとする検察官の論旨は理由がない。

五、結びの判断は、

以上から考えると、前記認定した事実のとおり、被告人は自動車を運転して本件交差点において、北進してから右折れして本件信号機に面することはあつたが、法規上同信号機に対面する交通となつたものではないから、同信号機の表示する信号に注意する義務はなく、従つて、これが「止まれ」の信号を示しているのを知らなかつたことを過失ということはできない。

図<省略>

また、(イ)(ロ)線は法規上交差点の側端ではないから、その直前において停止すべき義務もなく、これを通過したからといつて信号無視の罪は成立しない。

なお、本件の場合、被告人は交通整理の有無にかかわらず適用される直進車優先(法第三十七条第一項)その他の規定に従つて右折進行すれば、同交差点における通行の秩序は維持せられ得るものであることは、通常交差点の通行において顕著な事実であるから、取締りの必要からしても、本件公訴事実を処罰すべき理由はない。

よつて、本件公訴事実は罪とならないから被告人は無罪とし、主文のとおり判決する。

(裁判官 福岡昌作)

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