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新潟地方裁判所 平成11年(行ウ)12号 判決 2002年6月07日

主文

1  被告が平成9年11月26日付でした別表「年月」欄記載の各月分の源泉徴収に係る所得税の各納税告知のうち,納付すべき税額が別表⑤欄記載の各金額を超える部分及び前記所得税の不納付加算税の各賦課決定のうち,納付すべき税額が別表⑥欄記載の各金額を超える部分を,いずれも取り消す。

2  本件訴えのうち,被告が平成9年11月26日付でした各納税告知について,平成6年2月分は納付すべき税額15万0986円,平成7年12月分は納付すべき税額418円及び平成8年9月分は納付すべき税額12万7123円をそれぞれ超える金額の取消しを求める部分,被告が同日付でした不納付加算税の各賦課決定について,平成6年2月分は納付すべき税額1万5000円,同年9月分は納付すべき税額1万9000円,平成7年12月分は納付すべき税額0円及び平成8年9月分は納付すべき税額1万2000円をそれぞれ超える金額の取消しを求める部分を,いずれも却下する。

3  訴訟費用は被告の負担とする。

事実及び理由

第1請求

被告が平成9年11月26日付でした別表「年月」欄記載の各月分の源泉徴収に係る所得税の各納税告知のうち,別表⑬欄記載の各金額の部分及び前記所得税の不納付加算税の各賦課決定のうち,別表⑭欄記載の金額の部分を,いずれも取り消す。

第2事案の概要

本件は,原告が外国法人(所得税法2条1項7号)に対して支払った報酬が国内源泉所得(同法161条2号)であるのに,原告が所得税の源泉徴収及び納付(同法212条1項)をしなかったとして,平成9年11月26日付で被告が原告に対して納税告知及び不納付加算税の賦課決定をしたことに対し,原告が源泉徴収義務を争い,各処分のうち,当該外国法人への支払額に係る部分の取消しを求める事案である。

1  前提事実(当事者間に争いのない事実並びに証拠〔甲1,乙1ないし4〕及び弁論の全趣旨により容易に認められる事実)

(1)  当事者等

原告は,法人税法2条10号に規定する同族会社であり,商業登記簿上,海外芸能人招へいに関する業務,これに関連する芸能興行請負業務等を会社の目的としている。

原告は,フィリピン共和国(以下「フィリピン」という。)の国籍を有する者をバービートール(「BAL BIRS TOOR」)というプロダクション(以下「本件フィリピンプロダクション」という。)を通じ,また,インドネシア共和国(以下「インドネシア」という。)の国籍を有する者をアリーナセル・アスリー(「ALI NASSER ASRY」)というプロダクション(以下「本件インドネシアプロダクション」といい,「本件フィリピンプロダクション」と併せて「本件プロダクション」という。いずれも外国法人である。)を通じて本邦へ招へいし,複数の飲食店へ派遺する事業を営んでいる(以下,本件プロダクションを通じて原告が本邦へ招へいした外国人を「招へい外国人」という。)。原告と本件プロダクションとの間では,招へい外国人の招へいにつき,原告が本件プロダクションに対して手数料等の報酬を支払う旨の合意があった。

(2)  契約書

原告が招へい外国人を本邦に入国させる際にこれらの者との間で締結した英文の契約書(表題「CONTRACT OF AGREEMENT」,以下「本件芸能契約書」という。)には,招へい外国人を興行を行う芸能タレント(「Artist」)として原則90日間雇用し,1か月当たり20万円の報酬(給料)を支払う旨の契約内容の記載がある。

また,原告が招へい外国人の派遣先である飲食店(以下「本件飲食店」という。)との間で締結した請負契約書(以下「本件請負契約書」という。)には,原告が舞踊,歌唱等の興行を請負う旨の記載がある。

(3)  納税告知及び不納付加算税の賦課決定等

被告は,原告に対し,平成9年11月26日付で,原告から支払われた招へい外国人への報酬及び本件プロダクションヘの手数料等が国内源泉所得であるとして,別表「本件処分の額」(⑨,⑩)欄記載のとおり,各納税告知及び不納付加算税の各賦課決定をした(以下,これらの処分を単に「本件各処分」ということもある。)。なお,原告が支払った招へい外国人への報酬の額は,別表③欄の範囲で当事者間に争いがなく,原告が支払った本件プロダクションヘの手数料等(以下「本件手数料等」という。)の額は,別表⑦欄の範囲で当事者間に争いがない。

原告は,本件各処分を不服として平成10年1月22日に異議申立てをしたところ,被告は,同年6月24日付で申立てをいずれも棄却する異議決定をした。

原告は,異議決定を経た後の本件各処分に不服があるとして,平成10年7月23日,国税不服審判所長に対して審査請求をした。審査請求は,平成11年9月21日付の裁決により棄却され,同年10月8日付の裁決書謄本が原告に送達された。

(4)  本件飲食店に対する源泉徴収

被告は,招へい外国人の派遣先である本件飲食店に対し,本件飲食店が招へい外国人に支払ったドリンクバック(飲み物の注文に対するバック),指名バック,フードバック(おつまみの注文に対するバック)につき,所得税の徴収を行った。

2  争点

(1)  本案前の争点

本件各処分の内容及び原告が取消しを求める利益を有する範囲

(2)  本案の争点

ア 本件プロダクションが芸能人の役務の提供を主たる内容とする事業を行う者(所得税法161条2号,同法施行令282条1号)といえるか。

イ 原告が本件プロダクションに支払った航空券代金及びコスチューム代金が芸能人の役務の提供に係る対価(所得税法161条2号,同法施行令282条1号)といえるか。

3  争点に関する当事者の主張

(1)  争点(1)(本案前の争点)について

ア 原告の主張

本来,源泉所得税についての納税告知は,これによって納税義務を発生あるいは確定させる形成的効果はないが,支払者が税務署長と税額についての意見を異にするときに税務署長の判断を争い,当該税額による徴収を防止することができるようにするという政策的な意図から,抗告訴訟の対象とされている。納税告知についての抗告訴訟の対象を直接的に税務署長が履行を求める額の範囲に限定することは,上記意図に反するものであり,徴収手続の前提たる納付義務の範囲,額について,その納税告知に表れた税務署長の意見すべてについて争うことができると解すべきである。

本件では,本件手数料等の支払について源泉徴収義務があることを前提に,各納期限における本件手数料等の額及びそれに対する源泉所得税の額が税務署長の意見として各納税告知に表れているから,原告は,各納期限における本件手数料等の支払額に係る源泉所得税の額全部について,本件訴訟で争い,取消しを求めることができるのであり,被告が主張するように却下される理由はない。

イ 被告の主張

(ア) 納税告知の同一性を画する基準

源泉所得税の納税義務は,所得の個々の支払により自動的に確定し,各支払ごとに複数の納税義務が発生する(国税通則法15条2項2号。以下,国税通則法を単に「通則法」という。)。納税告知(同法36条1項)は,既に発生した納税義務につきその履行を請求する徴収処分であり,その手続について同条2項は,「税務署長が,政令で定めるところにより,納付すべき税額,納期限及び納付場所を記載した納税告知書を送達して行う。」と定め,さらに,同法施行令43条,同法施行規則5条1項に基づいて徴収実務において定められている書式においては,「納期等の区分」との表題の下に,「所得の種類」,「年月分」,「法定納期限」及び「本税」の額が記載事項とされているものの,支払を受ける者の氏名(名称)や支払年月日など,支払ごとに成立,確定する源泉所得税の納税義務を個々に識別するに足りる事項の記載は要求されていない。

したがって,通則法は,同一の法定納期限に服する複数の源泉所得税の納税義務が法定納期限までに履行されなかった場合,納税告知の対象となる納税義務を「納付すべき税額」,「納期限」及び「所得の種類」で限定した上,「年月分」(法定納期限)を同じくするものを一括して1個の納付義務として取り扱い,それ以外の納税義務との範囲を画しつつ,その徴収を行うこととしている。

本件手数料等及び招へい外国人に対する報酬は,所得税法212条1項の規定により所得税の源泉徴収義務の存する「国内源泉所得」に該当し,所得の種類が同一なので,同一の法定納期限における本件手数料等及び招へい外国人に対する報酬に係る各源泉所得税額を合算し,既に納付済みの「招へい外国人に対する報酬」に係る各源泉所得税額を差し引いて,各法定納期限ごとの金額を算定すべきである。

(イ) 存在しない処分の取消しを求める部分

原告は,別表⑬欄及び⑭欄記載の金額について各処分の取消しを求めているが,本件各係争月分のうち,平成6年2月分,同7年12月分及び同8年9月分の各納税告知及び各賦課決定の額は,別表⑨欄及び⑩欄記載の各金額であるから,これらの各金額を超える部分の取消請求は,そもそも存在しない処分の取消しを求めるもので,いずれも不適法である。

(ウ) 納税義務について争いのない部分の取消しを求める部分

原告は,招へい外国人への報酬支給額につき,別表③欄記載の金額の範囲で認めている。

そうすると,平成6年9月分の賦課決定の額について当事者間に争いがある部分は,同処分の金額である3万円(別表⑩の平成6年9月の欄)から,原告が納税義務を争わない納付すべき税額1万1000円(別表⑥の平成6年9月の欄)を差し引いた1万9000円(別表⑫の平成6年9月の欄)の部分となる。

しかるに,原告は,平成6年9月分の賦課決定につき,納付すべき税額2万7000円(別表1⑭の平成6年9月の欄)の取消しを求めており,1万9000円を超える部分の金額の取消請求は,訴えの利益の存しない不適法なものである。

(2)  争点(2)ア(本件プロダクションが芸能人の役務の提供を主たる内容とする事業を行う者といえるか。)について

ア 被告の主張

(ア) 原告及び本件プロダクションの業務内容等について

a 原告と本件プロダクションとの間では,外国人の招へいに関し,原告が本件プロダクションに手数料等を円貨又は外貨を送金して支払う旨の合意がなされている。原告は,本件プロダクションが集めた外国人に現地で面接するなどして本邦に招へいし,本件飲食店に派遣する者を選別,決定する。そして,原告は,本件プロダクション及び招へい外国人との間で,招へいに係る手数料額等及び芸能人としての報酬額の交渉を行い,招へい外国人ごとに手数料額等及び芸能人としての月額報酬額が決定される。

b 原告は,本邦へ招へいする外国人を「ARTIST」(芸能人)として雇用し,また,出演店から芸能人の舞踏,歌唱及び演奏等を内容とする興行の依頼を受け,招へい外国人を芸能人として各出演店に派遣することを内容とする契約書を交わした上で,外国人の招へい機関として,在留資格認定証明書の申請を代理して行い,審査基準を満たして交付された同証明書を本件プロダクションに送付する。本邦への入国審査においては,外国人芸能人,招へい機関及び出演先の業務内容等を資料によって把握し,適正な興行活動が行われるか否かの審査がなされた上で,在留資格認定証明書が交付される。

また,フィリピン及びインドネシアにおいては,同国の国籍を有する者が芸能人として出国して外国で興行活動をするには,芸能人であるという政府の公認や許可が必要であるから,本件招へい外国人は同国で公認された芸能人である。本件プロダクションは,公認された芸能人を本邦へ出国させ興行活動を行わせる興行プロダクション又は政府機関に登録された興行プロモーターである。

c 招へい外国人が本邦へ入国すると,原告は,本件請負契約書に基づいて招へい外国人を各出演店に派遣し,各出演店からその対価としての金員の支払を受け,招へい外国人に対して本邦における役務提供の報酬を支払う。各出演店は,招へい外国人に対し,フィリピン国籍の者については1日当たり500円,インドネシア国籍の者については1日当たり1000円のフードアランス(副食費)とともにドリンクバック(飲み物の注文に対するバック),フードバック(おつまみの注文に対するバック)等の各種バックを支払うなど,招へい外国人の本邦における滞在費を負担する。

そして,原告は,本件プロダクションに対し,招へい外国人を芸能人として本国から出国させ,本邦へ入国させるという役務の提供に係る対価として本件手数料等を支払っていた。すなわち,本件プロダクションは,日本国内において芸能人の人的役務の提供を主たる内容とする事業を行っており,かつ,本件プロダクションに支払われた対価である本件手数料等は,当該人的役務の提供に係る対価である。

なお,原告は,各出演店から本件請負契約に係る対価の支払を受ける際に芸能人の役務の提供を内容とする事業に係る当該役務の提供に関する報酬又は料金として源泉徴収された所得税(所得税法212条3項,同法174条10号及び同法施行令298条9項参照)について,原告の法人税額から当該源泉徴収された所得税の額を控除している。

(イ) 勤務実態がホステスであったとの原告主張について

a 原告及び本件プロダクションが手続を行って外国人を招へいしており,本件プロダクションによる所定の手続を経ることなくフィリピン及びインドネシアの各外国人が芸能人として本邦へ入国できない。また,招へい外国人が派遣された出演店では,現にショーなどを行わせることも予定しており,出演店が招へい外国人に対してショーを希望するか否かは,派遣時まで不明であるから,招へい外国人は,少なくともショーを要請された場合には実行する能力を備えた芸能人である必要があった。

そうすると,仮に,本邦における招へい外国人の勤務実態がホステスであるとの事実があったとしても,あくまで本件プロダクションは本邦で芸能活動を行わせるため,名実ともに芸能人である招へい外国人を出国させたのであり,原告ないしは出演店において,興行の在留資格で本邦へ入国した芸能人を,入国後にホステスとして勤務させただけである。

したがって,勤務実態がホステスであっても,本件プロダクションの行う芸能人の派遣に係る事業が日本国内において芸能人の人的役務の提供を主たる内容とする事業に当たること,本件プロダクションが原告に対して行った招へい外国人に芸能活動を行わせるために芸能人として派遣するという人的役務の提供がなされたことが何ら否定されるものではない。

b 原告は,被告がホステスと芸能人を使い分けて課税していると主張するが,被告は,出演店には,招へい外国人のホステスとしての役務提供に対する報酬の支払の事実に基づき,出演店が招へい外国人に支払うドリンクバック,指名バック及びフードバックについて所得税の源泉徴収義務を課しており,原告には,本件プロダクションが原告に対する招へい外国人を芸能活動に従事させるために芸能人として派遣するという人的役務の提供に係る手数料等の支払の事実に基づいて同徴収義務を課したもので,それぞれの役務提供の内容に基づいて課税したものであり,何ら論理が矛盾するものではない。

(ウ) 本件各納税告知及び各賦課決定の適法性

したがって,原告には本件プロダクションに対し所得税法161条2号に規定する国内源泉所得(以下「2号所得」という。)の支払をする者として同法212条により所得税の源泉徴収義務があり,本件手数料等について所得税を源泉徴収した上でこれを納付しなければならない。そして,被告が本訴において主張する原告の納付すべき本件各係争月分の源泉所得税額は別表⑲欄記載のとおりであるところ,同金額は,本件各納税告知による源泉所得税額(別表⑨欄記載の金額)をいずれも上回るものであるから,本件各納税告知は適法である。

そして,原告が本件各納税告知に係る源泉所得税額を法定納期限までに納付しなかったことについて,通則法67条1項に規定する正当な理由は存しないから,被告は,本件各納税告知に係る本件各係争月分の源泉所得税の額(通則法118条3項の規定により1万円未満の金額を切り捨てた金額)を基礎として,通則法67条1項の規定に基づき100分の10の割合を乗じて不納付加算税の額を計算し,不納付加算税の賦課決定を行ったものであり,本件各賦課決定は適法である。

イ 原告の主張

(ア) 外国人らの招へい目的及び日本国内での勤務実態

招へい外国人は,もともと日本国内の本件飲食店で主にホステスとして稼働することを目的として招へいされた。原告が本件プロダクションに芸能タレントのオーディションを依頼した事実はなく,原告が長年の間に信頼関係を築いた十数か所の地方のタレントマネージャーが人材を選別し,それにより紹介する者の中から招へいする者をピックアップしている。採用に当たっては芸能についての資質はチェックしておらず,ホステスとしての接客のしかた,話し方,容姿で決定しており,オーディションに応募してくる外国人もホステスとして派遣されることを十分承知している。本件プロダクションは,これらの実態を知りながら,派遣の適法要件を満たすため,名義上の関与をしているだけである。

本件プロダクションが公認された芸能人を本邦に出国させ,興行活動を行わせる興行プロダクション又は政府機関に登録された興行プロモーターであるとしても,本件の派遣については,出入国の適法要件を満たすために,形式的に関与をしているだけであるから,実質が芸能活動を目的として派遣したことにはならない。本件手数料の実質は,手数料というより名義借り料に近いものである。

(イ) 契約書

現在の出入国管理及び難民認定法(以下「入管法」という。)では外国人をホステスとして入国させることができないから,招へい外国人については,やむを得ず公演活動を目的とした舞踊,歌唱等を行う芸能人として入国管理局に対して在留資格認定証明書の交付を申請していた。原告が招へい外国人を入国させる際にこれらの者と締結した本件芸能契約書が芸能タレントに関する契約内容になっているのは,ホステスである招へい外国人を本邦に入国させるための便法である。また,原告が本件飲食店と締結した本件請負契約書には,原告が舞踊,歌唱等の興業を請負う旨が定められているが,本件請負契約書もホステスを入国,在留させるための便法として作成したものにすぎない。

なお,被告は,本件飲食店に対し,ホステスとしての実態に基づき,出演店が招へい外国人に支払うドリンクバック,指名バック,フードバックについて源泉徴収を求めており,出演店は源泉所得税を納付している。しかしながら,被告は,原告に対しては,招へい外国人は芸能人であるとして納税告知を行っており,論理が矛盾している。

(ウ) 源泉徴収義務

源泉徴収義務の有無は,その実質を認定し,それを前提に判断するべきであり,書類の記載など形式だけで判断するべきではない。そして,招へい外国人の本件飲食店での仕事はクラブ等の飲食店でのホステスであり,芸能人としての活動は全く行っていないから,招へい外国人は,所得税法施行令282条1号に規定する「その他の芸能人」には該当しない。

したがって,原告には,本件手数料等についての源泉徴収義務はなく,各納税告知は取り消すべきである。そして,これに伴い不納付加算税の各賦課決定も取り消すべきである。

(3)  争点(2)イ(原告が本件プロダクションに支払った航空券代金及びコスチューム代金が芸能人の役務の提供に係る対価といえるか。)について

ア 被告の主張

(ア) 所得税法161条2号に規定する「当該人的役務の提供に係る対価」には,当該対価として支払われるものに限らず,他の名目によって支払われるものも,これらの対価としての性質を有する限り含まれる。

そうすると,対価の支払者が,その役務の提供者に対して航空代金及びコスチューム代金等として支払う金銭も,それがいったんその役務の提供者に帰属した上で,その役務の提供者によって当該役務を提供するにあたっての芸能人の航空代金及びコスチューム代金等の支払に充てられるのであるから,対価支払の段階では,その役務の提供者の収入金額となり,その役務の提供者による支払の段階でその者の必要経費となることとなり,同支払は「当該人的役務の提供に係る対価」に該当するということができる。

(イ) これを本件についてみると,本件手数料等は,個々の支払先あるいは招へい外国人に個別に送金していたわけではなく,全部まとめて本件プロダクションの口座に送金されていた。また,原告と本件プロダクションとの間で実際に掛かった金額と原告が支払った金額との差額を精算していなかったし,実際に支出があったか否かの確認すら行っていない。また,平成5年以前から平成8年11月に至るまで,航空代金をはじめ,本件フィリピンプロダクションへの実費支払額の各内訳金額に何ら変動がないことに加え,本件インドネシアプロダクションへの実費支払額の明細に,パスポート所持者には支払が不要であるパスポート費用(1万5000円)が一律に含まれていることなどからすれば,原告の主張する実費支払額の各内訳は,招へい外国人を本国から出国させ,本邦へ入国させるに際し,実際に要した費用を根拠に算出されたものとは到底いえない。

そうすると,本件手数料等のうち,本件プロダクションに対して支払われる招へい外国人の航空代金及びコスチューム代金等も,本件プロダクションが招へい外国人を芸能人として本国を出国させ,本邦へ入国させたという役務の提供に係る対価の支払の一部にすぎないことが明らかである。

イ 原告の主張

(ア) 仮に,本件手数料等が2号所得に該当するとしても,本件手数料等のうち航空券代金及びコスチューム代金等は,実費弁償的なもの(立替えによる求償関係の清算)あるいは購入代金としての預託金的な実質を有するものであり,「当該人的役務の提供に係る対価」には該当しないから源泉徴収の対象とならない。

したがって,本件手数料等のうち,航空券代金及びコスチューム代金に係る部分の各納税告知及び各賦課決定は取り消すべきである。

(イ) 招へい外国人1人当たりの実費は,別紙「実費支払明細」記載のとおりである。各係争月において,原告が招へいしたホステスの人数は,別紙「実費支払等一覧表」の入国者数欄記載のとおりであり(「比」欄がフィリピンからの招へい人数,「印」欄がインドネシアからの招へい人数),各月の実費支払分の金額は,同別紙「実費支払分」欄記載のとおりである。

第3争点に対する判断

1  争点(1)(本案前の争点)について

ア  源泉徴収による所得税についての支払者の納税義務は,所得の支払の時に成立し,成立と同時に特別の手続を要せず,所得の額と法令の定める税率等から,支払者が徴収,納付すべき税額が法律上当然に確定するものとされている(通則法15条)。それが法定の納期限までに納付されないときは,税務署長は支払者に対し,当該所得の支払と同時に確定した税額を示して納税の告知をする(通則法36条1項)。そして,納税告知は,既に発生した納税義務につき納期限を指定してその履行を請求する徴収処分であり,源泉徴収による所得税についての納税の告知は,確定した税額についての税務署長の意見が初めて公にされるものであるから,支払者がこれと意見を異にするときは,当該税額による所得税の徴収を防止するため,抗告訴訟で争うことができると解される。

納税告知の手続について通則法36条2項は,「税務署長が,政令で定めるところにより,納付すべき税額,納期限及び納付場所を記載した納税告知書を送達して行う。」と定め,さらに,同法施行令43条,同法施行規則5条1項に基づいて徴収実務において定められている書式(乙19)においては,「納期等の区分」との表題の下に,「所得の種類」,「年月分」,「法定納期限」及び「本税」の額が記載事項とされている。

イ  本件訴訟では,原告が支払った招へい外国人(非居住者)への報酬(所得税法161条8号の所得〔以下「8号所得」という。〕に該当する。)と本件プロダクション(外国法人)への手数料等という別個の内容,性質を有する金員のうち,本件プロダクションへの手数料等が2号所得に該当するかが争点となっているが,本件手数料等が2号所得に該当するとすれば,原告は,所得税法212条1項により,招へい外国人への報酬と同じ国内源泉所得として,支払の際,所得税を徴収し,その翌月10日までに国に納付する義務を負うことになる。

そして,納税告知書においては,支払を受ける者(受給者)の個別の氏名(名称)や個別の支払年月日など,支払ごとに成立,確定する源泉所得税の納税義務を個々に識別するに足りる事項の記載は要求されていないから,通則法は,同一の法定納期限の複数の源泉所得税の納税義務が法定納期限までに履行されなかった場合,納税義務を「納付すべき税額」,「納期限」及び「所得の種類」で限定した上,「年月分」(法定納期限)を同じくするものを一括して1個の納税告知を行い,それ以外の納税義務についての納税告知との範囲を画していると解される。

そうすると,本件手数料等及び招へい外国人に対する報酬は,共に所得税法212条1項の規定により所得税の源泉徴収義務の存する国内源泉所得に該当し,所得の種類が同一なので,納税告知の処分としての同一性は,同一の法定納期限における本件手数料等及び招へい外国人に対する報酬に係る各源泉所得税額を合算し,既に納付済みの「招へい外国人に対する報酬」に係る各源泉所得税額を差し引いた各法定納期限ごと(1か月ごと)の金額によって画されるものと解される。

ウ  以上のような観点から本件の各納税告知をみると,本件各係争月分のうち,平成6年2月分,同7年12月分及び同8年9月分の各納税告知及び各賦課決定の額(納付すべき税額)は,別表⑨欄及び⑩欄記載の各金額である。これに対し,原告は,別表⑬欄及び⑭欄記載の金額について各処分の取消しを求めているが,原告の本件訴えのうち,各月において,別表⑨欄及び⑩欄記載の各金額を超える金額の取消しを求める部分は,そもそも存在しない(したがって,異議申立て及び審査請求を経ていない。)処分の取消しを求めるもので,いずれも不適法なものとして却下するべきである。

さらに,原告は,招へい外国人への報酬支給額につき,別表③欄記載の金額の範囲で認めており,招へい外国人への報酬が8号所得として源泉徴収義務の対象となることについては本件で争いがない。そうすると,平成6年9月分の賦課決定の額について当事者間に争いがある部分は,同処分の金額である3万円(別表⑩の平成6年9月の欄)から,原告が納税義務を争わない納付すべき税額1万1000円(別表⑥の平成6年9月の欄)を差し引いた1万9000円(別表⑫の平成6年9月の欄)の部分となる。しかるに,原告は,平成6年9月分の賦課決定につき,納付すべき税額2万7000円(別表⑭の平成6年9月の欄)の取消しを求めており,本件訴えのうち,平成6年9月分の賦課決定のうち1万9000円を超える金額の取消しを求める部分は,訴えの利益の存しない不適法なものとして却下するべきである。

エ  原告は,徴収手続の前提たる納付義務の範囲,額について,その納税告知に表れた税務署長の意見すべてについて争うことができると解すべきであるとして,本件手数料等の金額の範囲で本件各納税告知及び不納付加算税の各賦課決定の取消しを求めている。請求の趣旨から必ずしも明確ではないが,原告が,被告の主張するように各納税告知の内容を捉えると,原告が不服を有する納税義務の範囲(納付すべき税額)を抗告訴訟で争えなくなり,原告に不利益となるかのような主張をしていることからすると,原告は,本件の各月における納税告知を,2号所得についてのものと8号所得についてのものとで別個のものと捉えているようにも解される。

確かに,2号所得及び8号所得についての納税告知を同一のものと解した上で,原告が既に納付した8号所得に係る所得税を控除した金額の納税告知をした場合,訴訟物レベルでは原告が納税義務を争う範囲(不服を有する金額)が取消しを求める納税告知の金額として現れないこともある。例えば,本件の平成6年2月分についてみると,原告が当初納付した8号所得(招へい外国人への報酬)に係る所得税は,被告が認定した8号所得を基に算定した所得税より額が大きく,過納付となっていたため,被告は,2号所得に該当すると考えた本件手数料等にかかる所得税から,その過納付額を差し引いて納税告知をしているため,納税告知に現れた納付すべき金額は,原告が不服を有している本件手数料等のみを取り出して税率を掛けた場合の税額よりも少ないものとなっている。

しかし,納税義務の範囲についての税務署長と原告とで意見が異なる場合,原告は,攻撃防御のレベルにおいて処分理由との関係における税額の適否を争うことができるし,納税告知によっては税額についての公定力が生じるわけではなく,過大に納付した所得税については過誤納金の還付請求をすることができるのであるから(通則法74条1項),納税告知の同一性をどのように画するかという問題(この問題をどのように考えるかによって請求の趣旨における納税告知の特定のしかたが異なることになる。)と,税務署長の意見について不服がある部分について抗告訴訟で争うことができるかとは直接の関係はないというべきである。すなわち,例えば,平成6年2月分についてみると,原告は,納税告知の取消しを求めると同時に,過大に納付した8号所得に係る所得税については,過誤納金の還付請求をすることができるのである。

したがって,招へい外国人への報酬(8号所得)及び本件手数料等の支払について,各支払月ごとに合わせて1個の納税告知となると解しても,何ら原告の利益を不当に害することにはならない。

2  争点(2)ア(本件プロダクションが芸能人の役務の提供を主たる内容とする事業を行う者といえるか。)について

(1)  証拠(甲2ないし13,乙12,13,証人P1,同P2)及び弁論の全趣旨に前提事実を総合すると,次の事実が認められる。

ア 原告は,平成6年ころから平成8年ころにかけて,本件プロダクションと提携し,フィリピン国籍を有する女性を本件フィリピンプロダクションを通じ,また,インドネシア国籍を有する女性を本件インドネシアプロダクションを通じて本邦へ招へいし,ホステスとして勤務する旨の雇用契約を締結し,原告との間で派遣契約を締結していた複数の飲食店へ招へい外国人をホステスとして派遣する事業を営んでいた。原告と本件プロダクションとの間では,招へい外国人の招へいにつき,原告が本件プロダクションに対して手数料等の報酬を,本件フィリピンプロダクションに対してはドルで,本件インドネシアプロダクションに対しては円で支払う旨の合意があった。

イ フィリピン及びインドネシアでは,日本国内で飲食店のホステスとして稼働する女性を集めるブローカーがおり,原告は,ブローカーが集めた女性を本件プロダクションを通じてホステスとして採用し,報酬の月額を合意した上で本邦へ招へいしていた。原告は,ホステスの採用に当たっては,女性に面接をしないことが多く,面接をする場合でも,舞踏や歌唱等の芸能についての資質は審査しておらず,主として容姿のみで採否を決定していた。報酬の額は,舞踏や歌唱をするかどうかに無関係に決められていた。また,オーディションに応募してくる外国人の女性も,採用された場合,日本国内の飲食店にホステスとして派遣されることを承知していた。

ウ フィリピン及びインドネシアにおいては,同国の国籍を有する者が芸能人として出国して外国で興行活動をするには,芸能人であるという政府の公認や許可が必要であり,招へい外国人は同国で芸能人として公認されて本国を出国していた。本件プロダクションは,本国で公認された芸能人を本邦へ出国させ興行活動を行わせる興行プロダクション又は政府機関に登録された興行プロモーターであり,芸能人も扱っていたが,少なくとも原告との関係では,原告の依頼により,日本国内の飲食店で接客することを本業とするホステスとして勤務する目的の女性を集めて本国を出国させることを行っていた。招へい外国人は,名目上は芸能人なので,ショーのためのコスチュームを持って本国を出国し,本邦へ入国していた。フィリピン及びインドネシアでは,出国前に政府による芸能のテストがあるため,舞踏や歌唱の訓練費用や,受験費用が必要であり,原告が本件手数料等の一部として本件プロダクションに支払っていた。

エ 原告は,招へい外国人の本邦での在留資格認定証明書の交付申請事務を代理で行い,交付された証明書を本件プロダクションに送付していた。入管法上,ホステスとしての在留資格が認められていないため,その規制を潜脱するため,原告は,申請に際して入国管理局に提出する書類上,招へい外国人が芸能人であるとしていた(本件芸能契約書及び本件請負契約書は,在留資格認定証明書交付申請に用いられた。)。

オ 本邦に入国した招へい外国人は,原告との間でホステスの派遣契約を締結していた本件飲食店において,客に水割を作ったり,客と会話をする等の接客をするホステスとして勤務していた。本件飲食店では,舞踏や歌唱の能力がある者はショータイムに舞踏や歌唱を披露することもあったが,接客以外についての報酬が特別に支給されることはなかった。

招へい外国人は,出国前に原告との間で合意した金額の報酬(給料)を支給されていたが,具体的な支給額は,本件芸能契約書に記載されていた月額20万円(入管法7条1項2号及び基準省令に規定する月額報酬の最低額である20万円を記載したもの)とは相違していた。原告から支給される報酬(給料)以外に,本件飲食店からは,ドリンクバックやフードバック(客が注文した酒類やおつまみ等の売上の一部を報酬の歩合部分として支払うもの)や,指名バック(客がホステスを指名した場合,一定額を報酬の歩合部分として支払うもの)等の支給を受けていた。

(2)  被告は,仮に,本邦における招へい外国人の勤務実態がホステスであるとの事実があったとしても,あくまで本件プロダクションは本邦で芸能活動を行わせるため,名実ともに芸能人である招へい外国人を出国させたのであり,原告ないしは出演店において,興行の在留資格で本邦へ入国した芸能人を,入国後にホステスとして勤務させただけであると主張する。

しかし,前記認定事実によれば,本件プロダクションは,原告との間の合意のもと,日本国内の飲食店においてホステスとして勤務する女性を斡旋し,招へい外国人を本国から出国させ,本邦に入国させることの対価として本件手数料等を受給していたのであり,招へい外国人を出国させる目的が日本国内において芸能活動を行わせることになかったことは明らかである。

確かに,招へい外国人が出国するには本国での芸能に関する一定の審査を通過していることや,本邦での在留資格を芸能人として取得している等の事実も認められるが,これらは,原告及び本件プロダクションが,本国での出国の規制や,入管法の定める本邦での在留資格の規制を潜脱するためにいわば形式を整えたにすぎず,本件プロダクションが招へい外国人に芸能活動を行わせるために出国させたということはできない。

なお,証拠(乙5ないし8)及び弁論の全趣旨によれば,原告が,本件飲食店から本件請負契約に係る対価の支払を受ける際に芸能人の役務の提供を内容とする事業に係る当該役務の提供に関する報酬又は料金として源泉徴収された所得税(所得税法212条3項,同法174条10号及び同法施行令298条9項)について,原告の法人税額から当該源泉徴収された所得税の額を控除する税務処理を行った事実が認められるが,前記認定事実によれば,原告の法人税の税務処理の方がむしろ事実関係に則さないものというべきであり,原告がそのような税務処理を行ったことが前記認定を左右するものではない。

(3)  そうすると,本件プロダクションが芸能人の役務の提供を主たる内容とする事業を行う者ということはできない。また,原告から本件プロダクションに支払われた本件手数料等が,芸能人の役務の提供に係る対価であるということはできない。したがって,本件の各納税告知及び不納付加算税の各賦課決定のうち,本件手数料等の支払に基づく部分は,所得税法上国内源泉所得に当たらないものを国内源泉所得に当たることを前提としてなされた違法な処分として取消しを免れない。

これを具体的にみると,本件で原告が招へい外国人に支払った報酬額は,別表③欄記載の各金額の範囲で争いがないから,本件各納税告知のうち,適法な部分は,別表④欄記載の各金額から,原告が既に納付済みの別表②欄記載の各金額を控除した別表⑤欄記載の各金額の範囲(平成6年2月,平成7年12月,平成8年9月は,いずれも0円)である。そして,不納付加算税の各賦課決定のうち,適法な部分は,別表⑤欄記載の各金額を,通則法118条3項によって1万円未満で切り捨てた金額に100分の10の税率を乗じた別表⑥欄記載の各金額の範囲(平成6年2月,平成7年12月,平成8年9月は,いずれも0円)である。

なお,被告は,別表⑮欄において,別表③欄記載の金額と若干異なる金額を主張するが,別表⑮欄記載の金額を認定するに足りる証拠はないから,本件各処分が適法である金額は,当事者間に争いのない別表③欄記載の金額によって判断するべきである。

(4)  したがって,争点(2)イについて判断するまでもなく,本件の各納税告知及び各賦課決定のうち,上記の各金額を超える部分は,いずれも違法な処分として取り消すべきである。

3  結論

よって,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 片野悟好 裁判官 飯塚圭一 裁判官 和田健)

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