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新潟地方裁判所 平成11年(行ウ)6号 判決 2002年7月08日

主文

1  原告らの請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実及び理由

第1請求

被告らは,新潟地区広域清掃事務組合に対し,連帯して金93億9000万円及びこれに対する平成5年5月29日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

第2事案の概要

本件は,地方公共団体のごみ処理事務を共同処理することを目的とする一部事務組合(新潟市,亀田町及び横越町等を構成団体とする。)がごみ処理施設建設工事について指名競争入札を行った際,指名業者らによる談合が行われたため,談合による請負契約に基づいて公金が違法に支出され,適正価格との差額の損害又は損失が生じた等と主張して,構成団体の住民である原告らが,地方自治法(以下,単に「法」ということもある。)242条の2第1項4号に基づいて一部事務組合に代位し,一部事務組合の管理者に対して不法行為に基づく損害賠償を求めると共に,受注業者に対して不法行為に基づく損害賠償又は不当利得返還を求める住民訴訟である。

1  前提事実(当事者間に争いのない事実並びに証拠〔甲1,2,5ないし8,10,12,31,乙1ないし5,7,8,10ないし19,31,34。枝番号を含む。〕及び弁論の全趣旨により容易に認められる事実)

(1)  当事者等

ア 原告Aはa町の住民であり,原告Bはf町の住民である。

イ 参加人Eは,構成団体のごみ処理事務等を共同処理することを目的とする地方自治法上の一部事務組合であり,新潟市,亀田町,黒埼町(後に新潟市と合併)及び横越町を構成団体とする。

被告Dは,Eの管理者である。

ウ 被告Iは,清掃施設,廃棄物処理施設,環境改善・衛生施設等の製造及び販売等を目的とする株式会社である。

(2)  請負契約及び公金の支出

ア Eでは,従来のものに代わる新しいごみ焼却場及び粗大ごみ処理施設(以下,両者を併せて「本件施設」という。)の建設を決定し,平成2年11月8日,第1回目の構成市町村長会議を開催した。そこでは,本件施設の総事業費が132億5300万円(消費税抜き)とされ,そのうち,ごみ焼却場(以下「本件焼却場」という。)の事業費が117億円(消費税抜き)とされた。Eは,平成4年6月,本件施設に関する発注仕様書を作成し,同年7月18日開催の第2回構成市町村長会議では,平成3年度に発注された浦安市,市原市,甲府市(いずれも,流動床炉方式〔炉の中で加熱された流動状態の砂の中にごみを投入して瞬時に焼却する方式〕を採用)の建設費の平均に3年間の上昇分を加算した金額が示された。

Eは,同月24日,上記の発注仕様書に基づき,過去に流動床炉方式のごみ処理施設建設の実績があった被告I及び石川島播磨重工業株式会社(以下「石川島播磨」という。)の2社に見積依頼をした。被告Iは,同年8月28日,本件施設の建設費の見積金額を273億6000万円(消費税抜き。本件焼却場の建設費が242億3000万円である。)と提示した。また,石川島播磨は,同日,本件施設の建設費の見積金額を284億5000万円(消費税抜き。本件焼却場の建設費が256億円である。)と提示した。そこで,Eは,同月31日,本件焼却場に関する整備計画書で,本件焼却場の建設費を244億1200万円と算定した。

イ Eは,平成5年4月30日,請負工事等指名委員会(以下「指名委員会」という。)を招集し,同年5月11日,指名委員会を開催し,本件施設に係る指名競争入札の入札参加業者(指名業者)として,過去の建設実績から被告I,石川島播磨及び日本鋼管株式会社(以下「日本鋼管」という。)を指名した。Eは,同月27日,本件施設建設費につき,予定価格を254億8000万円,最低制限価格を191億1000万円(いずれも消費税抜き)とする予定価格書を作成した。

ウ Eは,平成5年5月28日,被告I,石川島播磨及び日本鋼管の3社による指名競争入札を実施した。

エ 入札価格を253億5000万円(消費税抜きの価格。このうち,本件焼却場の価格は223億2000万円。)とした被告Iが本件施設の建設工事を落札し,仮契約を経て,Eとの間で,工事代金を261億1050万円(消費税込み),工期を平成5年6月16日から平成9年3月15日までとする建設工事請負契約を締結した(以下「本件契約」という。)。本件施設のうち,本件焼却場は,処理能力が1日390トン,ダイオキシン処理濃度が0.5ng-TEQ/N立方メートルであり,流動床式を採用したものである。

オ Eは,被告Iに対し,本件契約に基づき,次のとおり工事代金を支払った(以下「本件支出」という。)。

平成5年度  34億6869万2000円

平成6年度  93億8462万8000円

平成7年度 109億7311万3000円

平成8年度  22億8406万7000円

合計    261億1050万円

(3)  監査請求

ア 平成10年9月21日付朝日新聞において,被告Iを含む11社が,地方公共団体が発注するごみ焼却施設の建設をめぐり,「環衛α会」という会合で談合を繰り返してきたこと,同月17日に公正取引委員会(以下「公取委」という。)が上記11社に対して独占禁止法違反(不当な取引制限)の疑いで立ち入り検査をしたことが報道された。また,同年11月5日付朝日新聞では,被告Iを含む7社が,昭和53年,ごみ焼却施設の建設をめぐる談合のルール作り等を話し合う会合を開始したこと等が報道された。

イ 原告らは,平成10年12月25日,被告Dの本件支出につき,Eの監査委員に対し,法242条1項に基づく監査請求をしたが,監査委員は,平成11年2月22日,監査請求を棄却し,そのころ,原告らにその旨通知した。

(4)  公取委による警告

公取委は,被告Iらごみ処理施設の製造施工業者らによる独占禁止法違反の審査をしていたところ,平成11年8月13日,被告Iらを含む流動床炉方式の業者5社に対し,平成7年ころまで,業者間で受注予定者を決定していた事実が独占禁止法3条に違反するおそれがある旨の警告をした。

2  争点

(1)  本件訴えの適法性

(2)  被告Iらによる談合の有無

(3)  代金額が不適正に高額なものとして本件契約の締結が不法行為又は不当利得となるか。

(4)  損害又は損失の額

3  争点に関する当事者の主張

(1)  争点(1)(本件訴えの適法性)について

ア 原告らの主張

原告らは,平成10年9月21日付及び同年11月5日付の朝日新聞により,被告Iを含む11社が「環衛α会」なる組織を作って談合を繰り返した旨が報道されて初めて被告Iらによる本件施設の建設工事入札に係る談合の事実を知った。原告らは,新聞報道を契機に情報公開請求により資料を入手し,本件支出の違法性を知ったから,この新聞報道前は,相当の注意力をもって調査しても客観的に当該行為を知ることはできなかった。

よって,原告らによる監査請求が本件支出の日から1年を経過した後になされたことには正当な理由がある。

イ 被告D及び参加人(以下「被告Dら」という。)の主張

本件支出は,平成9年4月30日に終わっている。原告らの監査請求がなされたのは平成10年12月25日であって,監査請求期間経過後のものであるし,「正当な理由」も認められないから,監査請求は不適法なものである。

よって,原告らの本件訴えは,いずれも適法な監査請求を経ていない不適法なものであり,却下されるべきである。

ウ 被告Iの主張

被告Dらの主張と同じである。

(2)  争点(2)(被告Iらによる談合の有無)について

ア 原告らの主張

(ア) 談合による入札

指名業者であった被告I,石川島播磨及び日本鋼管の3社は,本件施設の建設工事に係る入札の前に談合し,被告Iが落札することとした。その結果,被告Iは,261億1050万円(消費税込み)という適正価格よりも著しく高額な価格で本件施設の建設工事を落札し,Eとの間で本件契約を締結した。なお,被告Iは,1回目の入札で予定価格を僅か1億3000万円下回っただけの253億5000万円(消費税抜き)で落札した。落札価格は,予定価格の99.5%という高率であり,他の入札者である石川島播磨及び日本鋼管は,いずれも予定価格を上回る金額であった。

本件契約は,談合によるものであるから,本件支出は,無効ないし違法である。

(イ) 被告Dの責任

被告DはEの管理者として,上記談合の事実を知り,もしくは知り得べきであったのにこれを怠り,本件支出をした。これは本件組合の管理者として公金支出の任務違反に当たり,不法行為に基づく損害賠償として,Eに対し,適正価格との差額を支払う義務がある。

(ウ) 被告Iの責任

被告Iは,石川島播磨及び日本鋼管との談合によって本件施設の建設工事請負契約を落札,受注したから,不法行為に基づく損害賠償もしくは不当利得返還として,Eに対し,適正価格との差額を支払う義務がある。

イ 被告Dらの主張

被告Iらによる談合の事実は否認する。

被告Dの責任に関する原告らの主張は争う。

ウ 被告Iの主張

被告Iによる談合の事実は否認する。

被告Iの責任に関する原告らの主張は争う。

(3)  争点(3)(代金額が不適正に高額なものとして本件契約の締結が不法行為又は不当利得となるか。)について

ア 原告らの主張

(ア) 適正価格より極めて高額な代金額

仮に談合の事実がないとしても,Eは,十分な価格調査をしないまま本件施設の建設費の見通し額を算定し,被告I及び石川島播磨の2社から得た見積額(被告Iが242億3000万円,石川島播磨が256億円。消費税抜き。)が適正かどうかの検討不十分のまま予定価格の設定をするなど,不適正な処理をしたため,本件契約の代金額は,適正価格よりも極めて高額となった(例えば,ごみ焼却場に用いられるバグフィルターの価格のみを比較しても本件焼却場の建設費は不当に高額である。)。Eが,平成3年度発注の流動床炉の実績(浦安市,市原市,甲府市)について精査すれば,本件施設の建設費として適正な見積金額の算定をし,上記2社の見積金額が適正なものかどうかの判断ができたはずである。

(イ) 被告Dの責任

本件契約の代金額は適正価格よりも著しく高額であったが,被告Dは他の施設に関する資料の検討をせず,上記2社のみからしか見積をとらなかったため,受注価格が著しく高額であるという事実を知りもしくは知り得べきであったのにこれを怠り,本件契約に基づく本件支出をした。これはEの管理者として公金支出の任務違反に当たり,これによってEに生じた適正価格との差額分の損害を賠償する義務がある。

(ウ) 被告Iの責任

被告Iは,適正価格よりも著しく高額な価格で本件契約を締結したから,不法行為に基づく損害賠償もしくは不当利得返還として,Eに対し,適正価格との差額を支払う義務がある。

イ 被告Dらの主張

本件契約の代金額は適正である。

被告Dの責任についての原告らの主張は争う。

ウ 被告Iの主張

本件契約の代金額は適正である。

被告Iの責任についての原告らの主張は争う。

(4)  争点(4)(損害又は損失の額)について

ア 原告らの主張

本件焼却場(流動床式)の処理能力は,1日390トンであり,ダイオキシン処理濃度は,0.5ng-TEQ/N立方メートル以下である。本件施設のうち,本件焼却場部分の請負代金223億2000万円と,岡山市のごみ処理施設(平成9年8月20日に石川島播磨が受注。処理能力は1日450トン,ダイオキシン処理濃度は0.1ng-TEQ/N立方メートル以下。流動床式)の請負代金129億3000万円(焼却場部分のみの工事価格)との差額93億9000万円がEの損害又は損失の額である。

よって,原告らは,被告らに対し,連帯して上記金員及びこれに対する平成5年5月29日(本件施設建設工事に係る指名競争入札の行われた日の翌日)から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の支払を求める。

イ 被告Dらの主張

原告らの主張は争う。

ウ 被告Iの主張

原告らの主張は争う。

第3争点に対する判断

1  争点(1)(本件訴えの適法性)について

原告らによる監査請求がなされたのは平成10年12月25日であり,本件契約及び本件支出から1年を経過している。そこで,原告らが適法な監査請求を経たというには,1年を経過したことについて正当な理由がなければならない。

(1)  「正当な理由」の意義

法242条2項本文が,当該行為のあった日又は終わった日から1年を経過したときは監査請求をすることができないと規定したのは,地方公共団体の執行機関又は職員の財務会計上の行為が違法・不当な場合でも,いつまでもこれを監査請求及び住民訴訟の対象となるとすると,法的安定性を損なうことになり,妥当でないからである。ただし,地方公共団体の執行機関又は職員により当該行為の存在自体が秘匿され,あるいは当該行為自体は公然とされたとしても,その前提として入札における談合といった違法行為が行われ,その違法行為が財務会計上の行為があった日又は終わった日から1年を経過した後に初めて住民に明らかになった場合にも前記趣旨を貫くことは妥当でないから,同項ただし書きは,「正当な理由」があるときには,例外的に上記期間経過後でも監査請求をすることができるものとした。

したがって,地方公共団体の執行機関又は職員が行った財務会計上の行為について,前記のような違法行為が行われた場合,「正当な理由」の有無は,特段の事情がない限り,地方公共団体の住民(地方公共団体が一部事務組合の場合は,構成団体の住民)が相当の注意力をもって調査したときに客観的にみて隠ぺいされた当該財務会計上の行為を知ることができ,又は当該財務会計上の行為について違法行為が行われたことを疑うべき相当な事情があることを知ることができたかどうか,また,当該財務会計上の行為の存在を知ることができ,又は違法行為が行われたことを疑うべき相当な事情があることを知ることができたと認められる時から相当な期間内に監査請求がされたかどうかによって判断するべきである。

(2)  そこで,上記の観点から本件において正当の理由が認められるかを検討する。

ア 前提事実によれば,平成10年9月21日付朝日新聞において,被告Iを含む11社が,地方公共団体が発注するごみ焼却施設の建設をめぐり,「環衛α会」という会合で談合を繰り返してきたこと,同月17日に公取委が上記11社に対して独占禁止法違反(不当な取引制限)の疑いで立ち入り検査をしたことが報道され,同年11月5日付朝日新聞では,被告Iを含む7社が,昭和53年に,ごみ焼却施設の建設をめぐる談合のルール作り等を話し合う会合を開始したこと等が報道された。そして,原告らの主張を前提とすると,原告らは,上記新聞報道により,被告Iらによる本件施設の建設工事入札に係る談合の事実を知ったというのである。

本件支出自体は公然と行われたことが明らかであるが,談合は,その性質上,秘密裡に行われることが前提であるから,上記新聞報道以前において,原告ら構成団体の住民が相当の注意力をもって調査したとしても,談合が行われた事実を知ることができ,又は談合が行われたことを疑うべき相当な事情があることを知ることができたということはできない。

イ 法が正当な理由がある場合に当該行為のあった日又は終わった日から1年を経過していても監査請求を認めるのは,法的安定という監査請求期間を制限した趣旨を貫くことができない例外的な場合に限定されると解されるから,住民が当該行為の存在を知ることができ,又は違法行為が行われたことを疑うべき相当な事情があることを知ることができたと認められる時から相当な期間内に監査請求がされたかどうかについても厳格に解するのが妥当であり,相当な期間を余り長期に解するのは相当でないというべきである。

上記新聞報道のうち,被告Iを含む11社が,地方公共団体が発注するごみ焼却施設の建設をめぐり,「環衛α会」という会合で談合を繰り返してきたこと,同月17日に公取委が上記11社に対して独占禁止法違反(不当な取引制限)の疑いで立ち入り検査をしたことを報道した朝日新聞が発行されたのが平成10年9月21日であり,原告らが本件支出について監査請求をしたのが同年12月25日であるから,原告らが被告Iらによる談合について疑念を抱いた時から監査請求までに3か月と4日の期間が経過している。

そこで検討するに,住民監査請求は,違法な公金支出等を証する書面の添付が要求されており(法242条1項),住民が,公共工事の入札における談合を問題とする場合には,秘密裡に行われた違法行為の資料を収集するためにある程度の期間が必要となるのはやむを得ない面があるから,上記新聞報道から原告らの監査請求までに3か月と4日を要したことをもって上記の監査請求期間を制限した趣旨をいまだ逸脱したとは評価できなず,原告らの監査請求が本件支出の日から1年を経過した後になされたことについて正当な理由があると認められる。

(3)  したがって,原告らの本件訴えは,適法な監査請求を経て提起された適法なものというべきである。なお,「怠る事実」についての監査請求には,法242条2項の期間制限が及ばないとした最高裁判所平成14年7月2日判決(平成10年(行ヒ)第51号事件)は,本件に直接の関連はない。

2  本案の争点について

(1)  争点(2)(被告Iらによる談合の有無)について

前提事実のとおり,被告Iを含む業者による談合に関する新聞報道があったことや,公取委によって警告がなされたといった事実によれば,原告らが本件施設の建設工事にかかる入札において被告Iらによる談合があったと疑念を抱いたことには理解できる一面がある。しかし,本件の全証拠によっても,本件施設建設工事の指名競争入札において被告Iらによって談合が行われた事実を認めるに足りないといわざるを得ない。

すなわち,原告らは,談合を推認させる事情として,価格が不当に高額であることや,予定価格との乖離が小さいこと等を縷々主張するが,そもそも不当に高額であるか否かのメルクマールとなる「適正な価額」について首肯し得るに足りる主張立証がなく,また,ごみ焼却場の建設費については,単に処理能力だけでなく,立地条件(土地の状態)や社会の経済状況,入札の時期,環境対策に対する配慮の程度等によって差違が生じるのは当然であるから,個別の施設によって価格の差違があるからといって,本件において被告Iの受注価格が不当に高額であるということは困難である。さらに,バグフィルターという本件焼却場の一部分のみを取り出して比較しても,本件焼却場全体の建設費が適正なものであるかを判断することはできない。

また,被告Iは,本件施設の建設工事費についてEから見積を依頼された業者であるから,予定価格と極めて近い金額で入札をしたからといって,直ちに談合の事実を推認させるものということはできない。

(2)  争点(3)(代金額が不適正に高額なものとして本件契約の締結が不法行為又は不当利得となるか。)

原告らは,仮に談合の事実が認められないとしても契約代金額が不当に高額なので被告らが不法行為責任又は不当利得返還義務を負う旨主張するが,争点(2)について説示したとおり,本件契約の代金が適正価格と比較して著しく高額であると認めることはできないから,原告らの主張には理由がない。

3  結論

以上の次第で,原告らの請求は理由がない。

よって,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 片野悟好 裁判官 飯塚圭一 裁判官 和田健)

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