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新潟地方裁判所 平成12年(わ)52号 判決 2001年12月11日

主文

被告人を無期懲役に処する。

未決勾留日数中460日をその刑に算入する。

理由

第1電子計算機使用詐欺被告事件について

1  その犯行に至る経緯等

被告人は,僧籍を持ち,当時,新潟県南魚沼郡a町役場に勤務していた父の長男として出生し,地元の中学校を卒業した後,同県長岡市内の私立高校商業科に進学し,昭和47年3月に同校を卒業すると,修行僧として,京都市内の寺院に入り,約2年間を過ごし,その後,昭和49年7月ころ,新潟県南魚沼郡a町b所在のA農業協同組合(以下,「A農協」又は「同農協」という。)に就職した。被告人は,同農協支所勤務を経て,同農協本所において共済関係の業務を担当するなどし,昭和59年からは共済係長を務めた後,昭和63年ころ,同農協金融課課長補佐となり,その後,平成11年4月には同農協総務課長となった。

ところで,被告人は,分離前の相被告人Bとは,互いにその自宅が近く,顔見知りの仲であったが,Bが,左官見習い等を経て,平成3年5月ころ,左官工事,とび,土木工事の設計及び施工などを目的とする株式会社Cを設立し,B及び株式会社C(以下,この両者を含めて「Bら」という。)がA農協から融資を受けるに当たり,その業務を,当時,同農協の金融課課長補佐をしていた被告人が担当するようになり,親しく交際するようになった。また,Bは,昭和63年ころ,分離前の相被告人Dと同町内の工事現場で一緒に仕事をしたことをきっかけに知り合い,その後,仕事を紹介し合ったり,株式会社Cが,Dの自宅の新築工事を請け負ったり,その建築工事代金を捻出するために,Dが金融業者から借入をする際にBらが連帯保証人となるなど親密な交際をしていたが,被告人自身はDと特につき合いはなかった。

そして,被告人が担当するA農協のBらに対する融資は,当初は同農協内の正規の手続きに則り,上司の決裁を経た上で実行され,その借入金について返済がなされていた。その後,Bは,平成8年ころ,同県小千谷市内に競艇場の場外舟券売場を建設する構想があるということを知り,その工事を株式会社Cで受註すべく,地元の信用組合の元幹部にその工作資金等として現金500万円を渡したが,その後,その構想が実現しないことから,同人とその資金の返還などをめぐってもめ,その際,同人から,手形ブローカーを紹介されるとともに,その現金の返済に代えて,その手形ブローカーから額面500万円の約束手形を渡され,その手形が決済されたことなどがきっかけとなり,以後,その手形ブローカーと互いに手形を融通し合う仲となった。しかし,Bは,自分がそのブローカーから受け取った手形が,次々と不渡りになるのに対し,株式会社Cが振り出した手形はその満期までに決済しなければ不渡りになるため,平成9年ころから,被告人に対し,その手形決済資金などを捻出するため,たびたび融資を要請するようになった。被告人は,Bらに融資を続ければ,その回収が困難となることが分かりながら,自己の融資担当先である株式会社Cが倒産すると,A農協内で,そのような倒産する企業に融資をした責任を追及されることなどを危惧しながら,Bらへ融資することにしたが,その融資には,A農協の融資についての内規では事前に上司の決裁及び理事会の承認を受ける必要があるのに,担保不足等で到底その決裁を得ることはできないと考え,同年5月ころから,事前にその決裁を受けることなく,Bに対し,いわゆる不正融資を繰り返すようになった。そのため,Bは,上記一連の融通手形に起因して新たに7500万円ないし8000万円の債務を負担し,従来からのものと併せると,Bらが同農協に対し負担する債務の合計が約1億4000万円を超えてしまい,もはや返済することが不可能な状態となり,その不正融資が発覚することを防ぐため,被告人に指示され,その返済期日が到来すると,それまでの貸付金の利息金だけを支払い,形式上は新たな貸付けを受け,その貸付金を返済した形にすることを繰り返していた。

そうこうするうち,被告人は,A農協において,平成10年6月から7月にかけ,新潟県H部のI農政事務所の監査が予定されていたため,この監査で,Bらに対する自己の不正融資が発覚することをおそれ,その前にその融資を表向き返済されたことにする必要があり,そのためにはその前提として,何口にも分かれているその融資をいったん一口にまとめるなどして,帳尻を合わせる必要があるところから,同年1月30日,上司の決裁を受けることなく,同農協から株式会社Cに対し,4545万円を融資し,それで従前からの7口分の借入金を返済した形にし,さらに,同年2月27日,前同様に7597万円を融資して,これによって株式会社Cに対する1200万円余の証書貸付及び合計2970万円の2口の手形貸付を除いて従前の全債務を返済した形にした。その後,被告人は,この株式会社Cに対する不正融資をA農協から正規の融資を受け,それで返済したようにして解消しようと考え,担保を提供してもらえる者等にその融資の債務者としての名義を借り,同農協内での稟議決裁を通して,形式上は正常な融資の形にするため,Bとその実兄及びBの長男をその債務者とすることとし,その長男については,Bの離婚した妻の実家から担保を提供してもらおうと考えた。そして,被告人は,Bとその実兄については,同人らがそれまでにもBらのA農協の債務について連帯保証人となり,かつ,その所有する不動産を担保として提供していたため,その債務者となることを了承してくれたが,Bの長男が,その債務者となることと,担保を提供することは,Bの妻の了承が得られず,結局,同年5月29日,上記長男には事情を十分に知らせないまま,その長男に対して2000万円を,Bに対して2250万円を,その実兄に対して3510万円を,それぞれA農協から融資したことにし,これを書類上は株式会社Cに対する7597万円の融資の弁済に充てて,完済されたことにして糊塗した。その際,B名義及びその実兄を債務者とする2口の融資については,それぞれ,その融資した金額に見合う金額をその極度額として,その所有する不動産について根抵当権を新たに設定し,その融資を実行した後,A農協の上司から事後決裁を受けることができた。

さらに,被告人は,その後,Bの長男を債務者とする貸付けについても,不動産を担保として提供させた貸付けに組み替えなければ,その決裁が受けられないと考え,Bの妻に対し,その担保を提供してくれるよう依頼してみたが,その了承を得ることができなかった。そのため,被告人は,前記の監査で,Bの長男名義の不正融資が発覚しないための方策を考えるうち,同年6月上旬ころ,Bから,Dを前記借入の名義人とすることなどを提案されたことをきっかけに,前記の2000万円の返済資金等を捻出するため,A農協が,Dに対し,その自宅の新築工事代金として2900万円を融資したように装って,本件電子計算機使用詐欺の犯行を敢行することを決意し,その際,B及びDもその犯行に関与するに至った。

2  罪となるべき事実

被告人は,前記のとおり,A農協金融課に課長補佐として勤務していた当時,Bと共謀の上,前記の第1の1の経緯から,Bが絡んだ同農協に対する借入金の返済資金等を捻出するため,被告人が管理するD名義の同農協普通貯金口座の貯金残高を不正に増加させて財産上不法の利益を得ようと企て,平成10年6月26日午後3時58分ころ,新潟県南魚沼郡a町b所在の同農協1階金融課事務室において,実際には貸付金連動入金の事実がないのに,被告人において,同所に設置されたオンラインシステムの端末機を操作し,同農協が電子計算機を用いたオンラインシステムによる事務処理を委託している新潟市c町d番地e所在の株式会社G電算センターに設置された同農協の貯金の受入れ,払戻し及び貸付金の実行,償還等の事務処理に使用されている電子計算機に対し,前記普通貯金口座に2775万3000円の貸付金連動入金があったとする虚偽の情報を与え,同電子計算機に接続されている記憶装置である磁気ディスクに記録された同普通貯金口座の貯金残高が,当時の残高1000円に上記2775万3000円を加算した2775万4000円であるとする財産権の得喪,変更に係る不実の電磁的記録を作り,よって,2775万3000円相当の財産上不法の利益を得たものである。

第2殺人被告事件について

1  その犯行に至る経緯

被告人は,A農協の金融課課長補佐をしていた平成6年ころから,同じ中学校の1学年後輩で,給排水給湯工事等の請負施工をする有限会社Eを経営するF及び有限会社E(以下,この両者を含めて「Fら」という。)に対する融資業務を担当するようになった。そして,Fは,しばらくの間は,同農協に対し,融資を受けた資金を順調に返済していたが,前記第1の1記載の手形ブローカーが手形を持ち込んだ会社と手形を融通し合ううち,有限会社Eの経営状態は悪化した。そのため,Fは,平成8年末ないし平成9年初めころから,被告人に対し,手形の決済資金を捻出するためその手形を担保として,頻繁に融資を依頼をするようになったが,その担保の手形が,次々と不渡りとなるため,被告人が,そのことを追及すると,Fは自らが直接取り立てるなどと言い逃れをする一方,さらに,今度はきちんと決済されるなどと言って,新たに別の手形を担保として同農協に持ち込み,融資を依頼してきた。それに対し,被告人は,Fらに融資をしてもその回収ができなくなることを危惧しながら,前記第1の1記載のBらの場合と同様に,それまでの自己のFに対する無計画な融資が発覚し,同農協内で自己の責任が追及されることなどを危惧し,上司の決裁を受ける等の正規の手続きを踏まないままFらに対して融資を続けた。

そのため,被告人は,平成9年末ころから,翌年に実施される前記のI農政事務所による監査で,前記のBらに対する不正融資に加え,Fらに対する不正融資が問題とされることを懸念し,Fに対し,それまでに債務を返済するか,新たに担保を差し入れるよう迫ったが,Fからその返済も新たな担保の提供もなく,その監査でFらに対する不正融資が発覚することに不安を感じながら,これまでと同様に不正融資を繰り返していた。さらに,被告人は,Fがこれ以外にも新たな融資を要請してくるため,それを断ると,Fは,Fらに対する不正融資がA農協内部で発覚すると,被告人も同農協も困るはずだなどと開き直って融資を依頼してくる始末で,半ば脅しとも取れるFの態度に立腹するとともに,そのような窮地に陥った自分自身に惨めな思いを抱いた。そして,Fは,そのころ,被告人に対し,有限会社Eの従業員を借主として,その名義で新たにA農協から融資を受け,Fらに対する負債を減らすため迂回融資を提案してきたので,被告人がこれを断ると,平成10年5月下旬ころに至り,被告人を担保に入れる土地に案内し,さらに,額面が5250万円の埼玉県内の会社が振り出した約束手形を見せるなどし,その数日後,被告人に対し,前記監査に備えるため,Fの従兄弟を借主とし,前記手形を担保として,その名義で同農協から融資を受け,Fらに対する負債を減らすことを提案してきた。被告人は,そのころ,同農協のFらに対する融資額合計が約1億4000万円を超えている上,その従兄弟名義の融資について,同農協内部の決裁を得られないと考えたものの,その監査でFらに対する不正融資が発覚することを免れるためには,同人名義で4000万円を融資するしか方法がないと思い,その融資を実行することにした。さらに,被告人は,Fらに対する不正融資の残額を有限会社Eと手形を融通し合っていた地元の会社の代表取締役の内妻名義にして分散させるなどして体裁を整え,これにより,同年6月から7月にかけて行われた前記監査で,Fらに対する不正融資が発覚することを免れた。その後,被告人は,同年8月下旬ころ,Fから,手形の決済資金が必要なことを告げられ,2回にわたり,それぞれ額面が400万円の手形と300万円の手形各1通を見せられ,その手形を担保として,以前に拒絶した有限会社Eの従業員の名前を借りて,その名義で融資することを再び懇願され,やむなく,有限会社Eの倒産を回避すべく,その名義で600万円を融資し,その現金をいったんその従業員の口座に振り込んだ後,直ちにそこから有限会社Eの口座に現金300万円を振り込み,その残額を同農協への返済資金等に充てた。

被告人は,その後も前記のFの従兄弟を借主とした融資について,Fからその間の事情を知らされていないその従兄弟から,執拗に責められるなどした上,その融資は被告人の責任で処理する旨の意志確認書を書かされるなどするうち,有限会社Eは,A農協等の金融機関のほか,個人からの借金やいわゆる商工ローンからの借金を含め,平成11年4月ころには,その負債総額が約2億4000万円に上り,同月12日,2度目の手形の不渡りを出して倒産し,その後間もなくFの所在が分からなくなってしまった。

ところで,被告人は,前記のとおり,同年4月のA農協内の人事異動で総務課長となったが,同農協の金融課課長補佐当時には同課職員に指示し,同課で作成する返済滞納融資先(貸出金固定化債権)リストから,自己の不正融資先を削除させ,上司の目に触れないようにしていたところ,上記の人事異動により同課を離れた以降,その不正融資先の債務者名が挙がっているリストがそのまま上司の決裁に回ってしまい,その不正融資が同農協内で発覚し,これを契機として,その他の融資についても調査が行われ,これまでの一連の不正融資が明らかになり,その結果,同年5月末には,被告人が決裁を受けずにした不正融資の総額が,FやBらに対するものを含めて合計9名に対し,約3億2000万円にも達することが判明した。

そこで,被告人は,同年6月1日,A農協に呼び出され,その上層部から一連の不正融資を追及されると,その事実を認め,同月7日には,これら不正融資の処理についての話し合いを行った結果,前記のFの従兄弟名義等での融資は,前記の経緯等から,その名義人本人に自己の債務であることを確認させ,それらの者にその債務を返済させることが不可能なため,その幹部の指示により,その融資合計額5000万円については,被告人自身が,同農協から合計5000万円の融資を受けて,それを弁済することにし,そのうち3000万円の融資については,被告人の父には無断のままその父を連帯保証人とするなどして,その貸付金を返済していくこととし,また,前記第1のD名義の2900万円の融資については,Bに対する同額の融資に振り替えた上,その融資についても被告人が連帯保証するという窮地に立たされる事態になった。

そのため,被告人は,せっかく,前記のようにA農協の総務課長となったのに,自らの不正融資が発覚し,同農協内における自らの信用が失墜したばかりか,その穴埋めのためだけでも,前記のように5000万円もの多額の債務を同農協に対して負担することになり,以後,退職するまで当初は月々約12万円を返済せざるを得ず,そのことを家族にも言えないままその返済に一人で苦慮するうちに,同年6月中旬ころ,自己がそのような窮地に立たされる事態になったのは,元はといえばFのせいであるとして,かねて有限会社Eと同農協との間で,被共済者をF,死亡共済金受取人を有限会社Eとする終身共済契約が締結され,Fについて,その普通死亡の場合は1億円,災害死亡の場合は合計2億1000万円の共済金が有限会社Eに支払われることになっていることを利用し,その共済金で自己のA農協に対する債務の支払いに充て,その窮地を脱するしか方法がないと考えるようになり,そのためFを殺害することを決意するに至った。

そして,被告人は,同月18日ころ,新潟県南魚沼郡a町内で知人が経営する中古車販売店の事務所に立ち寄った際,タイヤ交換のために同店に立ち寄った顔見知りであった暴力団に所属する有限会社Eの元従業員(以下,「E元従業員」という。)に対し,500万円の報酬でFを殺してくれるように持ちかけ,その際,被告人は,その報酬は,Fを殺した後,共済金で支払うなどと告げたところ,そのE元従業員は,後払いでは引き受けられないなどと答えてこれを断り,それでも被告人は,なお,Fを殺害することを頼んでみたが,報酬支払時期を巡って話は平行線を辿り,結局,そのE元従業員は,報酬を前払いしてくれたら,Fを殺すかもしれないなどと言い残し,同事務所から立ち去り,この話はそこで終わってしまった。

また,被告人は,同日ころ,Fの実弟(以下,「F弟」という。)を同県同郡a町f所在のa道路情報ターミナル駐車場(以下,「f道路ステーション」という。)に呼び出し,同人に対し,Fを殺してくれる人間を見付けたなどと話した上,Fの共済金から報酬として1000万円出してくれなどと持ちかけた。これを聞いたこのF弟は,被告人に対し,Fが殺された場合,最初に疑われるのは自分だから殺すのはやめるようにと告げてこの依頼を断り,時間をおいて考え直すように告げて,被告人と別れた。

その後,被告人は,同月末か同年7月初めころ,Fの姿を目撃したことを耳にした同農協金融課職員から,Fから手形帳等を回収するように依頼されて,同人を捜し,Fと出会った機会にその手形帳等を回収するとともに,同人に,改めて,同農協のFらに対する貸金債権を被担保債権として前記共済契約に基づく共済金請求権に同農協を権利者とする質権を設定する契約書に署名させ,また,前記のように,被告人が,Fらに対する不正融資の穴埋めのためにA農協に対して個人的に5000万円の債務を負うに至ったことなどを告げ,同農協のその債権についても,前記共済金請求権に同農協を権利者とする質権を設定する契約書に署名させ,その後,同農協金融課職員に指示し,同月8日付けでこれら質権設定契約書に確定日付を入れさせた。

そして,このように,被告人は,Fを殺害する方法やその殺害の実行者等について考えるうち,Fとは一緒に工事をしたことがあり,Fとは顔見知りのBにその殺害を依頼しようと考え,同年7月7日ころ,Bをf道路ステーションに呼び出し,Bが運転してきた普通乗用自動車である三菱パジェロ(以下,「パジェロ」という。)の車内で,Bに対し,交通事故に見せかけて,しかも死体が発見されやすい場所でFを殺害することを依頼し,共済金が下りたら,500万から600万円を報酬として支払うことなどを話し,Fを殺害することを持ちかけたが,Bは,Fを殺害するにしても単独ではできないと考え,その場でははっきりと返事をしなかった。その後,Bは,A農協から融資をしてもらっていたことなどで,被告人に対し,恩義を感じていたため,そのFを殺害するという話を,前記第1の1記載のような親しい間柄にあり,Fとも知り合いのDに持ちかけることにし,同日午後,Dの自宅に赴き,同人に被告人から依頼されたことを伝えた上,一緒にFを殺害しようと誘った。すると,Dは,その際,Bに対し,Fを殺害することには積極的な姿勢を示したが,その報酬が安いことに不満を述べたため,Bにおいて,その報酬額について,被告人と交渉することにして,その場は分かれた。そこで,Bは,同月9日ころ,被告人の携帯電話に電話をし,被告人をf道路ステーションに呼び出して,被告人に対し,報酬額を1000万円に増額することを要求すると,被告人からは,その共済金が有限会社Eの代表取締役になるF弟が受け取るので同人に聞いてみる旨告げられ,その場では明確な返答がなかったので,その日の午後,Dの自宅に赴き,同人に対し,被告人が報酬額についてF弟に相談してみると話していたことなどを伝えた。

その後,被告人は,同月12日ころ,Bをf道路ステーションに呼び出し,Bに対し,実際は,F弟が,Fを殺害することも,その殺害後,その報酬として1000万円を支払うことを承諾した事実がないのにもかかわらず,「Fの弟からゴーサインが出たからやってくれ。」などと虚偽の事実を告げ,さらに,共済金の支払いが遅くなる場合には,自分の妻の定期預金を解約してでもその報酬を支払うこと,さらに,B達のほかにもFを殺害しようとしている人物がいることなどを告げた上,Bに対し,報酬の1000万円のうち,500万円はBらのA農協に対する借金の利息と元金の支払いに充てることなどを告げた。Bは,できれば報酬は現金で欲しいと考えたが,同農協に対し,合計約1億4000万円を超える借金があったので,その500万円がその返済に回されてもやむを得ないと考え,被告人からのその申し出を了承し,ここに,被告人とBは,Fを殺害することについての共謀を遂げた。

また,Bは,この被告人と会った際に,そのころまでに,Dとの間で,被告人がいうように交通事故に見せかけてFを殺害するには,その殺害する前に同人に飲酒させた上,睡眠薬を服用させて眠らせて,殺害するという話が出ていたところから,Fを飲みに連れて行くにもその飲み代が必要なため,被告人に対し,そのための資金を出してくれるよう要求し,同日ころ,被告人からその指示を受けたA農協職員を介して現金5万円を受け取った。

その後,Bは,Dの自宅に赴き,同人に対し,被告人が「F弟がゴーサインを出した。」と言っていたこと,真実は被告人との間ではF殺害の報酬として1000万円が支払われることになったものの,前記のように被告人からは500万円を同農協に対する借金の返済に充てると言われたため,自分にも少しは現金を欲しいと考え,Dに対し,F殺害の報酬は800万円になった旨うそを言い,B及びDの取り分がそれぞれ400万円ずつになることなどを話し,自分の手元に100万円残るようにしたが,Dは,Bのその話を信用して,Fを殺害することを承諾し,ここに,BとDとの間で,Fを殺害することについての共謀が成立するとともに,さらに,B,D及び被告人との間において,Fを殺害することについての順次共謀が成立するに至った。

そして,B及びDは,被告人のいうように交通事故を装ってFを殺害すべく,同月16日ころまでの間に,その殺害に適した場所を探して下見をし,事前に同県中魚沼郡g町h先路上が切り立った崖の上であり,その崖下には中津川が流れていて,その河原には重機があって,被告人から指示された殺害場所として適していると考え,同所でFを殺害することにし,その際,睡眠薬を飲ませて眠らせたFをエンジンをかけた状態のFが使用するオートマチック式の普通乗用自動車カリブ(以下,「カリブ」という。)に乗せ,同車を崖の方に向けて車輪に輪留めをして停車させた上,Fが乗ったままの同車を,輪留めの石を棒で外すという方法で発進させて崖の上から崖下の川に転落させることなどの謀議を遂げた。また,BとDは,このころ,Dの自宅で,かねて同人が眠れないときのために知人からもらった2種類の睡眠薬の錠剤を粉砕してジュースに入れて,飲酒酩酊させたFに対し,その睡眠薬をその冷やしたジュースに混入させて服用させることを話し合った。

その後,Bは,同月18日午後に,パジェロを運転してD宅に赴くと,相前後して,Fがカリブを運転して同所にやって来たので,Fを交えて3人でビールを飲むなどするうち,Fに悟られないようにDとの間で,かねてからの計画どおり,この日にFを殺害することについて意思を通じ合い,その上で,Fを飲みに誘った。そこで,Dは,かねて粉砕してあった2種類の睡眠薬3錠分を溶かした瓶入りのジュース等数本を氷を入れた発泡スチロールの箱に入れて前記カリブの荷台に積み,Bは,D宅の車庫付近から前記の輪留めに使うための石と木製の棒を拾ってパジェロに積み込んだ後,Dが,Fの運転するカリブに同乗し,Bはパジェロを運転し,知人等に会う可能性の低い同県長岡市内まで赴いて,同日夕刻ころ,同市内の居酒屋に入った。そして,B及びDは,その居酒屋において,自分達は飲酒を控え,Fに対しては,2時間程ビール,酎ハイ等を飲ませ,同日午後8時30分ころ,相当酔いが回った状態となったFを連れて同店を出た。

その後,Dは,カリブに乗り込むと,Fをその助手席に同乗させ,自ら同車を運転し,Bは,パジェロを運転して,そのカリブの後を追従し,下見をした前記秋山郷の崖脇の道路に向かった。Dは,その途中の車内で睡眠薬を混入したジュースをFに渡したが,同人が,これを飲まずに眠ってしまい,その後,走行中に同人が目を覚ましたことから,付近の駐車スペースに一旦停車し,自動販売機から飲み物を買ってそれぞれ飲み,その後,同人に言われて同県南魚沼郡a町の方向へ戻ることになり,同人がカリブを運転し始めたものの,間もなく同人がその運転ができなくなると,Dが再び同車を運転し,後記のjドライブインに同車を乗り入れて停車させた。

2  罪となるべき事実

被告人は,前記第2の1の記載の経緯から,B及びDと共謀の上,F(当時44歳)を被共済者とする生命共済金を入手し,自己がA農協に負担した債務を清算するため,交通事故を装って同人を殺害しようと企て,B及びDにおいて,平成11年7月18日午後11時ころ,新潟県南魚沼郡i町j所在のjドライブイン駐車場内において,Bが,同ドライブイン内に設置されている自動販売機で買った500ミリリットル入りの缶ビールをFに飲ませた後,Dが,Fに対し,エスタゾラムを成分とする睡眠薬ユーロジン2ミリグラム錠及びゾピクロンを成分とする睡眠薬アモバン7・5ミリグラム錠合計約3錠を粉砕して混入したジュースを経口摂取させて同人を昏睡状態に陥れ,Fが助手席に乗車しているカリブをDが運転し,Bはパジェロを運転して,かねて下見しておいた同県中魚沼郡g町h先路上へ移動し,同月19日午前零時ころ,同所において,Dが,エンジンをかけた状態のカリブの前部を崖の方に向けて停め,Bが,Fをその助手席に乗車させたまま同車右後輪に事前に用意していた石で輪留めをし,次いで,同車のシフトレバーをパーキングからドライブレンジに入れた上,その輪留めの石を所携の木の棒で外して同車を発進させ,崖下約52メートルの一級河川信濃川水系中津川内にFを同車もろとも転落させ,よって,そのころ,同中津川内において,同人を溺死させて殺害したものである。

(証拠の標目)

省略

(事実認定の補足説明)

1  被告人は,判示第2の殺人の犯行(以下,「本件犯行」という。)について,被害者F殺害の犯行を企画し,実行したのはBであり,被告人にはFに対する殺意がなく,また,B及びDとF殺害を共謀したことはない旨弁解し,弁護人も被告人の弁解をもとに,被告人は,BとF殺害の報酬を支払うことを約束したF弟の橋渡し役をしたにすぎないので,被告人には本件犯行についての共謀共同正犯は成立せず無罪である旨主張するので,以下,被告人にB及びDとFを殺害した共謀を認め,有罪と認定した理由を補足して説明する。(以下,氏名及び場所等の表記は,新たに付記するほか,いずれもこれまで付記したところと同じである。)

2(1)  Bは,Dとともに本件犯行の日時,場所において,判示第2の2記載のように,Fをカリブに同乗させたまま交通事故に見せかけて崖から転落させて,殺害したことが認められ,この事実自体には争いはない。

(2)  ところで,Bは,本件犯行について,被告人から,Fを殺害することを持ちかけられたことをきっかけに,被告人及びDとの共謀に基づき実行した旨捜査及び公判を通じて,前示の判示第2の1で認定した事実に沿う供述を一貫してしており,その内容は,概ね次のとおりである。

ア Bは,平成11年7月7日ころの午前10時から11時ころ,被告人から,電話でf道路ステーションに呼び出されて,自己が運転してきたパジェロの助手席に乗り込んできた被告人から,交通事故に見せかけて,しかも,その死体が発見されやすい場所でFを殺害することを依頼され,その報酬として,Fの生命保険金から500万円から600万円(この点公判では,400万円から500万円)を支払うことを持ちかけられた。Bは,一連の不正融資を通じて,被告人に恩義を感じている上,多額の借金を抱え,金銭に困っており,少しでも金銭が欲しかったので,被告人のその依頼を引き受けても良いとは思ったが,一人ではできないと考え,「プロの人」に頼んでみる(この点捜査段階では,そういうことのプロの人もいるから,やってくれるか聞いてみる)旨答え,その場ではそれ以上のやりとりをしないまま被告人と別れた。

イ その後,Bは,同日午後ころ,この被告人からのF殺害の依頼をかねてから親しく交際し,信頼のおけるDに話して,一緒にFを殺害することを持ちかけるべく,その自宅に訪ねて,Dに対し,被告人から依頼されたことなどを話し,一緒にFを殺害することを誘うと,金銭に困っていたDは,Bに対し,その誘いに乗る気がある態度を示し,その際,Fに酒を飲ませた上で睡眠薬を飲ませることを提案してきたが,殺人をするのにしてはその報酬額では安いという不満を述べた。そこで,Bは,その翌日,あるいは翌々日ころ(この点公判では,7月7日か8日と供述),被告人をf道路ステーションに呼び出し,被告人にはFを殺害することをDに持ちかけたことを伏せたまま,プロの人に依頼するのには,1000万円は必要であることを告げ,その報酬の値上げを要求したところ,その際,被告人は,Bに,Fの保険金が有限会社Eに振り込まれること,その保険金を自由にできるのはF弟であることなどを告げて,同人に相談してみる旨答えてその場を立ち去った。そして,Bは,同日午後,再度,Dをその自宅に訪ねて,同人に対し,被告人に報酬増額の交渉をしたことなど話をしたが,その際,F殺害の報酬額として,被告人に1000万円を要求したことは話さなかった(この点公判では,1000万円を要求したことを話したかどうか覚えていない旨供述)。

ウ Bは,その数日後の午前10時か11時ころ,被告人に電話で,f道路ステーションに呼び出され,被告人から,F弟がゴーサインを出したから,やってくれなどと告げられ,Fの保険金が出るのが遅くなるようだったら,被告人が自分の妻の定期預金を解約してでも約束の報酬を支払うこと,その報酬の1000万円のうち,500万円はBらのA農協に対する債務の元利金の返済に充てることなどを告げられたが,それを了承した。その際,Bは,被告人に対し,Fを飲みに連れて行く費用を要求したところ,被告人から,Bの共済契約の解約金の中から5万円を出すことや,A農協の職員にその旨伝えておくので,受け取るように言われたので,その日に5万円を受け取った。そして,Bは,この日の午後に,Dをその自宅に訪ね,Dに対し,被告人が報酬の増額を了承したこと,及び,F弟がゴーサインを出したことなどを報告したが,その際,被告人から,報酬額のうち500万円は債務の返済に充てる旨言われたところから,多少なりとも手取りの現金が欲しいと思い,Dに対しては,報酬額は800万円で,一人400万円ずつの取り分となる旨話し,Dは,このBの話を信用して,その報酬額でFを殺害することを承諾した。

エ その後,Bは,F殺害後の同月19日午前10時か11時ころ,A農協にいた被告人に電話をかけて,被告人をf道路ステーションに呼び出し,被告人に対し,頼まれた仕事,すなわち,F殺害を実行したことを告げると,被告人は,Bに対し,「サンキュー,サンキュー。」と礼を言い,その際,Bが被告人に対し,約束の報酬を催促したのに対し,保険金の支払いが遅くなるようなら,妻の定期を解約してでも支払う旨答えた。その後,Bが,同月終わりころ,被告人に再度報酬の支払いを催促すると,被告人は,もう少し待って欲しい旨答え,Bが,同年8月半ばころに重ねて催促すると,金はないから,F弟から貰ってくれなどと言われたものの,あまり強く催促をして被告人が警察の捜査の対象になると困ると考えて執拗な催促はしなかった。

(3)  このようなBの一連の供述は,公判段階の供述が捜査段階からでも約5か月後に行われているため,捜査段階と公判段階で若干相違する部分があるものの,総じて,Bが,被告人から,Fの生命保険金から報酬を支払うとの約束でF殺害を持ちかけられたことをきっかけに,Dを本件犯行に誘い込み,その後被告人との間で,F殺害の報酬金額が決定すると,Dと共にF殺害の実行行為役を引き受けてFを殺害したことなどを具体的に一貫して供述していること,その供述には自己に不利益な事実を隠さず供述していることが認められること,とりわけ,被告人に恩義を感じているBが,虚偽の供述をしてまで被告人を罪に陥れるということは考え難いこと,さらに,Bから本件犯行に関与することを持ちかけられたDは,公判段階において,Bから誘われて本件に関与するに至った経過等につき,Bが,被告人から,Fを交通事故に見せかけて殺害することを依頼されたこと,F殺害の報酬が保険金から支払われること,被告人が,その依頼の際,Bに対し,保険金の支払いが遅れる場合には,被告人の妻の定期預金を解約してでもF殺害の報酬を支払う旨言っていたこと,被告人は,Dが,BとともにFを殺害したことは知らない旨供述しており,Bの供述と符合する供述をしていて,Bの供述が裏付けられていることなどに照らすと,Bの被告人と本件犯行を共謀したことを認める供述はその信用性が極めて高いことが認められる。

3(1)  一方,被告人は,捜査段階において,本件犯行に関与したことなどについて,概ね次のとおり供述している。

ア 被告人は,自己の行った一連の不正融資をやめると,その融資先が倒産するなどしてこれまでの不正融資が発覚し,A農協内で自己の責任を追及されることなどを恐れる余り,融資することを要請してくるFに対し,不正融資を繰り返し,その融資額が増大していくという悪循環に陥るうち,有限会社Eは2度目の手形の不渡りを出して倒産し,それまで何度となく被告人に対し,死んででも,その生命保険金で同農協に対する債務を返済する旨言っていたFが,その倒産後所在をくらましてしまい,そのため,Fらに対する債務は回収不能に陥った。その上,被告人は,平成11年6月には同農協内でこれらFらに対する一連の不正融資等が発覚し,その後,自己が,同農協内でその不正融資の責任を取らされ,その穴埋めのため,同農協に対し,そのFらの融資に関連して合計5000万円の債務を負担するなどの窮地に陥り,夜も眠れない程思い悩むようになった。

イ そして,被告人は,そのような折りの同月15日か16日ころ,a町で知人が経営する中古車販売店の事務所に行き,電話をしていたその知人を待っていた際,Bが同店に入ってきて,そのBが,被告人に対し,Fの保険が有効かどうかなど質問した後,「Fをやってやろうか。」などとFを殺害すること,その報酬としてFの生命保険金から1000万円を出すことなどを持ちかけて来た。その際,被告人は,Bに対し,その保険のことは,それを自由にできるのはF弟であることなどを告げたりした後,同店を出て,Bに先導される形で,それぞれが自動車を運転してf道路ステーションまで行き,その後,被告人が,Bのパジェロの車内に乗り込んだところ,Bから,F弟に,その報酬を保険から支払ってもらえるかどうか聞いて欲しい旨依頼されたので,Fが殺害されれば,その生命共済金でA農協にFらが負った債務や被告人が肩代わりした同農協に対する債務が回収できると思い,Bからのその依頼をF弟に持ちかけることにした。

ウ そこで,被告人は,同月18日,f道路ステーションに呼び出したF弟に,Fを殺害する者がいること,その生命保険から殺害の報酬を出すつもりがあるかを打診したところ,F弟がその報酬の支払いを承諾したので,同月19日,Bから呼び出されて行った株式会社Cの資材置場のパジェロの中でBに対し,F弟が報酬を出すことを承諾した旨伝えた。その後,被告人は,BがFを殺害すると思い,Fと出会った機会に,同人に対し,被告人がFらに対する不正融資の穴埋めのためにA農協に5000万円の債務を負担したことなどを話し,同人をして同農協のその債権等について改めてその生命共済金請求権に同農協を権利者とする質権を設定する契約書に署名させ,その後質権設定契約書に確定日付をとった。その後,被告人は,同年7月12日,Bから,Fを飲みに連れていく資金を出して欲しいと頼まれたので,Bの共済契約の解約金の中から現金5万円がBの手元に渡るように手配した。

エ 被告人は,同月19日午前8時30分過ぎころ,Bから電話でF殺害が終わったことを聞かされた。なお,同年6月及び7月当時,A農協における被告人の妻の預金は約700万円あり,被告人は,その入金手続を行っていたので,引き出そうと思えば随時引き出せた。

(2)  他方,被告人は,公判段階において,概ね次のように供述している。

ア 被告人が,BからF殺害の話を聞かされたのは,同年6月15日のことであるが,この時点では,まさかBが本気でFを殺害するとは思っていなかった。同月18日,Bが,手形ブローカーをA農協に連れてきて,生命共済に加入させようとしているのを見て,Bが本気でF殺害を考えているかもしれないと考え,Bの依頼をF弟に聞いてみることにした。被告人は,BがFを殺害してくれれば,助かるので,殺害してもらいたいとは思ったが,積極的に殺害に関与しようとは思わなかった。

イ その後,被告人は,F弟が報酬の支払いを承諾したので,Bにその旨伝え,BがFを殺害することを期待したものの,実際にはできないと考えていた。Fを殺害しようとしている者がいることを知った以上,その共済金に質権を設定したが,それは金融関係者としては当然のことをしたものであり,その質権に受取人の請求がなくとも,優先的に弁済を受けられる効力があることは知らなかった。同年7月12日,Bの依頼に応じて5万円を渡したが,その際,被告人は,BがいよいよF殺害の段取りに入るのかという気持ちと,被告人から現金を入手するための口実ではないかという気持ちが相半ばしていた。

ウ 同月19日,Bから,Fの件が終わったと聞いたときは驚いたものの,なお半信半疑だった。被告人は,A農協における同人の妻の定期預金の金額を知らなかった。

エ 公判段階で,捜査段階と趣旨の異なる供述をしたのは,捜査段階では,作成された供述調書の内容が違うと申し立てても,捜査官がこれに取り合わなかったためである。

(3)  しかしながら,被告人は,捜査段階ではF殺害はBから持ちかけられたものであること,及びBと本件犯行を共謀した時期の点などを除くと,被告人にはFを殺害するに足る動機があったことや,BとFを殺害する共謀をしたことなど本件犯行をほぼ認める自己に不利益な供述をしながら,公判段階では,Bから,F弟にF殺害の報酬を支払う意思があるかどうか聞いて欲しいと言われ,このBの依頼をF弟に持ちかけておきながら,この時点では,Bが本気でFを殺害すると考えていなかったなどと不合理,かつ,不自然な供述をしているほか,また,質権の効力を知らなかった,被告人が自らその入金手続きを行っていた妻の預金額を知らなかったなどとその供述を捜査段階における供述から後退させ変遷している部分があり,かつ,その変遷の理由とするところも不合理であり,捜査段階の供述と異なる被告人の公判段階における供述は信用できない。また,そもそも,被告人は,前記のように知り合いが経営する中古車販売店に赴いた際に,Bから,いきなりF殺害を持ちかけられた旨供述しているところ,その供述自体に不自然さがあることが否定できず,被告人がBからそのような話を持ちかけられたという時期等にも変遷があることに加え,これを否定するBの前記の供述と対比すると,被告人のその供述は到底信用できない。

なお,被告人は,捜査段階では,自己の意思に沿わない供述調書が作成されたなどと供述するが,その供述調書は,本件犯行はBから持ちかけられたものである旨被告人の弁解にも配慮し,適宜問答形式を取り入れて被告人の供述したことに基づいて作成されていることが認められることなどに照らすと,捜査段階における供述は,被告人の公判段階における供述と比較すると,その信用性が高いことが認められる。

4(1)  ところで,被告人がF殺害の報酬を支払うことを承諾した旨主張するF弟は,当公判廷において,証人として,概ね次のとおり供述している。

ア F弟は,平成11年6月18日に,被告人から,電話でf道路ステーションに呼び出されて,実際にFを殺害する人物については明らかにされなかったものの,Fを殺害する人物がいること,有限会社Eの代表者になるのはF弟しかいないことや,Fが殺害された場合に,その報酬としてその生命共済金から1000万円を支払うよう持ちかけられたが,Fが殺害されれば真っ先に疑われるのはF弟であるからやめて欲しいと被告人に告げて,報酬を支払うつもりがない旨告げて断った。

イ F弟は,その後の同年6月下旬ころ及び,同年8月ころの2回にわたり,被告人が,電話やF弟と会った機会に,同人に対し,「例の話俺はうんと言った。」などとなおも前記の報酬の支払いを促すかのような言動をしてきたが,それを明確に拒絶した。

ウ そのF弟は,知人から,本件犯行の前日にFを連れ出した人物を知っている者がいるという話を聞くと,その人物に接触し,その者から,BとDが実兄のFを連れ出したことなどを聞くに及んで,そのBの氏名が出たことなどから,被告人が本件犯行に関与しているのではないかとの疑いを持ち,そのため,同年10月27日ころ,被告人を自宅に呼んで,被告人に対し,しばらく,金策の話などをした後,本件犯行について尋ねてみると,被告人は,BにF殺害を依頼したこと,しかし,実際のところ,誰がFを殺害したのかなどのその具体的な殺害方法などは知らないことを告白した。

エ F弟は,その翌日,A農協に150万円の融資を申し込むと,その数日後にその融資が受けられることになり,その際,同人が依頼もしないのに被告人がその融資の保証人になってくれた。その後も被告人に対し,警察に自首するように勧めたが被告人がそれに応じなかった。

(2)  そして,このF弟の供述の信用性について検討すると,同人は,被告人からの依頼があった直後に,実兄のF殺害とその報酬支払いの依頼というその胸中にしまい込み秘密にしてしかるべきことを,その妻や従業員等に公言していること,そのF弟は,有限会社Eから独立し,自ら配管設備業を自ら営む身であり,その6月18日当時,Fらの生命共済契約の支払手続等についての知識が十分でなく,その共済金の支払いを請求するつもりはなかったことが認められ,このことは,F弟が,同年11月下旬になりようやく,A農協の組合長の共済金がおりるとの話を聴いて,有限会社Eの代表者に就任し,その支払請求手続きをしたことからも裏付けられていること,F弟が被告人から聴いたF殺害に関する前記の告白からは,被告人は,その当時,本件犯行にBのほか,Dが実行行為者として関与していることを知らなかったことが認められ,この点,前記のB及びDの,被告人には本件犯行にDが関与していることを話していないという供述に符合していることなどに照らすと,その信用性が極めて高いことが認められる。

5  これに対し,被告人は,不正融資が発覚した後,被告人が負担することになった同農協に対する5000万円の債務も,被告人が同農協に勤務し続ければ,十分に返済できた金額であり,現に,平成11年8月から被告人が返済していることについて家族は知らず,被告人にとっては全く心理的な負担にならなかったなどと供述し,弁護人も,被告人にはFを殺害する動機がないと主張している。

しかしながら,被告人には,前示の本件判示第2の1の犯行に至る経緯で認定したように,Fを殺害するに足る動機があったことは優に認めることができ,以下,その点を敷衍して説明する。

(1)  被告人は,Fらに対する不正融資を取り繕うための迂回融資を行う際,Fが名義を借用した有限会社Eの従業員やFの従兄弟から十分な了解を得ていなかったため,この従業員から執拗に文句を言われて,有限会社E倒産前ころには,このFの従兄弟名義の融資については,同人から責められた挙げ句,被告人がその責任を持つ旨の意志確認書を書かされたこと,Fは,被告人が,同農協に対し,不正をしてまで融資をしてやっても,ほとんど返済をしないばかりか,融資を巡る被告人の弱みにつけ込むように開き直って追加融資を迫っていたことが認められ,この点,被告人自身,公判廷においても,不正な融資の相手方の中で最も恨んでいたのはFであることを自認していることなどに照らすと,被告人が,融資を巡ってFに対して個人的な恨みを抱いていたことが認められる。

(2)  また,被告人は,判示のように同農協に対して一連の不正融資の事後処理として,Fらに関連した融資だけでも合計5000万円を被告人の責任で処理せざるを得ない立場に追い込まれ,そのため同農協から,それぞれ3000万円及び2000万円の2口の融資を受けてそれを返済することになり,その3000万円の融資については,被告人が,自己の父名義でその承諾を得ることなく無断でその債務を連帯保証する契約を締結までし,残りの2000万円の融資についても同農協に担保を提供することを要求されていたほか,また,前記のようにBに対する融資に振り替えられた2900万円の融資についても被告人が連帯保証するという窮地に陥ったこと,そして,関係証拠によると,この各債務は,いずれも,返済期間が24年2か月間の長期にわたるもので,2000万円の債務については同年8月から当初は月額約12万円,3000万円の債務については2年間据え置いた後,平成13年8月から月額約20万円を返済する約定になっており,その返済は,被告人の年収額が約500万円であることなどからみても経済的に相当に重荷になったことが認められる。

(3)  さらに,関係証拠によると,被告人は,Fが,平成10年9月分以降のFを被共済者とする生命共済の掛金の支払いを滞った際,A農協共済課職員に対し,平成11年2月分までは同農協による立替払手続と,その後の同年3月分からは,共済契約の返戻金の一定割合を限度額として自動的に共済契約者に貸し付け,その貸付金を掛金に充てるという自動振替貸付けを行うように段取りをし,その後も,同課職員に3回位その契約の有効期間等の問合せを行い,その結果,Fの共済契約の掛金の払い込みが同年6月分くらいまでは可能であること,その後は,払い込みがない限り,その契約が同年8月か9月には失効してしまうことを知っていたことが認められる。

(4)  こうした状況のもと,同農協内で,長年にわたり,共済業務を担当し,同農協金融課に配置換えとなった後も,融資業務のみならず共済契約の獲得にも尽力するなどしていて,共済契約に関する知識が豊富の被告人が,自己のおかれた経済的な窮状を打開すべく,Fの生命共済金請求権に被告人がFらに肩代わりすることにより負担することになった前記の同農協の債権を被担保債権とする質権を設定し,これに確定日付まで取るように指示し,その共済金から優先的に弁済されるように工作し,不正融資をした人物の中でも恨みが強い一人であったFの共済契約が有効である間に,その生命を犠牲にして,その共済金の入手を計画したことが推認できる。

(5)  さらにまた,このことは,被告人が,自らのA農協内での配置転換に伴い,自分がしてきた不正融資が発覚した後の平成11年5,6月ころ,その融資担当先である知人が経営する建設会社の事務所に赴き,同人が以前,暴力団組員と知り合いだったことから,同人に対し,殺したい人間がいるなどと話をして,けん銃の入手方を依頼して,その値段を尋ねるなどしていることが関係証拠から認められること,前記のように同年6月18日ころになされた前記のF弟に対するF殺害への報酬支払いの依頼の事実,さらに,同時期になされた中古車販売会社事務所でのE元従業員へF殺害を依頼して拒絶された事実,被告人は,同年8月及び同年9月の2度にわたり,A農協参事らと共に,有限会社E倒産後に設定した共済金支払請求権に設定した質権の有効性や,有限会社Eの代表者の変更手続について,弁護士に相談に赴いて,自ら質問をするなどしていることが関係証拠から認められることなどの諸事実も存在していることなどを勘案すると,被告人にはFを殺害する動機があったことは十分に推認できるところである。

6  さらに,弁護人は,Bが,本件犯行当時,経済的に困窮していた上,株式会社Cが経済的に窮状に陥った手形を持ち込んできた手形ブローカーをBに紹介したのはFであること,Bには,本件犯行当時,Fに対し500万円程度の借金があって,Fを恨んでおり,BにはFを殺害する動機があったこと,また,Bは,被告人に対し,Fの殺害を「プロの人」に依頼するかのように告げておきながら,被告人が報酬の半額500万円をBのA農協に対する債務の弁済に充てることを了承したり,報酬の前払いを請求していないこと,被告人は,当時,通勤と日常の業務の際には同農協から貸与された車両を使用しており,Bが被告人からF殺害を依頼されたという平日に,その自車であるシーマ(以下,「シーマ」という。)を運転して行くことはないことなど不自然な点があることなどを指摘し,そのBの供述には信用性がないとるる論難する。

(1)  しかしながら,関係証拠によると,Bは,本件犯行の前後にかけて,詐欺事件や,窃盗事件を惹起するなど相当金銭に困っていたことが認められるものの,被告人などに協力をしてもらって株式会社Cを倒産させることもなく当座の生活をしのいでいたこと,また,Bにその手形ブローカーを紹介したのはFではなく,別人であること,さらに,Bは,Fに額面300万円の手形を融通してもらったことがあり,その関係で同人に300万円程度の借金があったことが認められるが,それは判示第1の2の電子計算機使用詐欺の犯行によって,入手した金員で清算され,実質的にはこの時点で貸借関係はなくなっており,B自身,その後Fから請求がなかったため,その手形の件は,それで決着したと考えていたと供述していること,とりわけ,Bは,自分自身も生命共済に加入していて,共済契約や共済金の支払条件等についてそれなりの知識を持っていたと考えられるところ,生命共済金の被共済者が飲酒運転の交通事故で死亡した場合には,その共済金は,普通死亡として1億円しか支払われない可能性があるのに,Fの殺害計画を立案していた初期のころから,Fに飲酒させて殺害することを目論み,本件犯行に際しても,飲酒させて同人を殺害し,共済契約の共済金の支払条件など念頭にない行動をしていることが認められ,これらの事実に照らすと,BにはFを殺害する動機があったとは到底認められない。

(2)  また,Bは,長年にわたり,同農協から,融資担当の被告人を通じて多額の融資を受け,その中には,前記の多額の不正融資に当たるものがある上,その後もその穴埋めに尽力してくれる被告人に対して恩を感じていたことは十分に推測できるところであり,そのため被告人に対し,報酬の前払いなどを要求しなかったとしても,特段不自然な行動とまではいえない。さらに,Bは,被告人からFの殺害を依頼された際に,被告人が,シーマを運転してきたことは間違いない旨その停止位置等を図示してまで断言していて,Bの供述の信用性が高いことが認められ,この点に関する弁護人の主張は採用することができない。

7  以上説示したところからは,本件犯行を共謀したことを否定する被告人の供述は,前記のB,D及びF弟の各供述ともいずれもそごしていること,また,被告人にはF殺害の動機が認められることなど本件犯行当時の客観的な情況にも符合せず到底信用できない。

したがって,本件犯行は,被告人が,Fの生命共済金を入手しようと,その殺害を発案し,Bに報酬を支払うことなどを告げて,その殺害を持ちかけて,Bがそれを承諾し,次いで,被告人とF殺害を共謀したBが,Dに対し,本件犯行を持ちかけて,Dと共謀したことにより,ここに被告人と,B及びDとの間に順次共謀が成立し,この共謀に基づいて,BとDが共同してFを殺害した以上,被告人がその共謀共同正犯に該当することはその証明が十分であって,弁護人の被告人が本件犯行について無罪である旨の主張は採用できない。

なお,弁護人は,被告人が,Bから事前に,F殺害の実行者と殺害の具体的な計画の内容について,全く聞かされず,相談したり,教示したりした事実もないことなどを指摘して,被告人は,殺人の共謀共同正犯とはならない旨主張するが,以上説示したところからは,被告人が殺人の共謀共同正犯というのに十分である。

(法令の適用)

被告人の判示第1の所為は刑法60条,246条の2に,判示第2の所為は同法60条,199条にそれぞれ該当するところ,判示第2の罪について所定刑中無期懲役刑を選択し,以上は同法45条前段の併合罪であるが,判示第2の罪につき無期懲役刑を選択したので,同法46条2項本文により他の刑を科さないで,被告人を無期懲役に処し,同法21条を適用して未決勾留日数中460日をその刑に算入することとし,訴訟費用は,刑事訴訟法181条1項ただし書を適用して被告人に負担させないこととする。

(量刑の理由)

本件は,A農協に勤務していた被告人が,Bと共謀の上,被告人において,同農協の電子計算機に正規の融資があったとの虚偽の情報を入力して,財産権の得喪に係る不実の電磁的記録を作り,これにより被告人らが財産上不法の利益を得た電子計算機使用詐欺(判示第1の2)の,また,被告人が,B及びDと共謀の上,被害者に掛けられた共済契約に基づく生命共済金を入手しようとして,同人を殺害した殺人(判示第2の2)の各事案である。

本件判示第1の犯行は,当時,A農協金融課長補佐の地位にあった被告人が,判示のような経緯から,同農協に多額の負債を抱えるBに対し,不正融資を繰り返してきたことが農政事務所の監査で発覚し,同農協内で自己の責任を追及されることなどを危惧する余り,同農協から,Bの長男名義等で不正な迂回融資を受けて,書類上はBの負債が完済されたように糊塗した際,上記の長男名義を除くその余の融資については担保の提供を受けるなどして,上司の決裁を受けることができたものの,その長男名義の融資についてだけ,あてにしていた担保の提供が受けられず,その決裁が受けられないところから,その融資の返済資金等を捻出すべく,Dに対し,その自宅の新築工事代金を融資したように装い敢行されたもので,被告人が,その犯行を犯すに至った経緯や動機に酌量すべき事情がない。その上,その犯行は,被告人が主導し,自らの融資に関する知識や同農協の金融課の融資に関するオンラインシステムを自由に操作できる立場などを悪用し,自ら融資業務の事務処理に使用されている電子計算機に虚偽の情報を入力したばかりか,その融資を受ける際に,虚偽の書類を提出するなどして,同農協の金融課職員としての職責に背いたばかりか,その金融業務の信用を著しく阻害したもので,その犯行態様は極めて悪質である。そして,被告人は,その犯行の結果,2700万円余りを超える財産上不法の利益を得て,同農協に対し,多額の財産的な損害を被らせており,その被害結果は重大である。さらに,被告人は,その犯行により入手した利益の一部を自己の先物取引に起因する債務の返済に充て,また,その一部を殺人事件の共犯者の殺害に向けた報酬の一部に充てており,犯行後の犯情も極めて悪質である。

また,本件判示第2の犯行は,被告人が,判示の経緯から,この犯行の被害者を含む多数の者に対し,不正融資を繰り返した挙げ句,A農協内でその不正融資が発覚し,その責任を追及された結果,その被害者等に対する不正融資の後始末として自ら,同農協に対し,5000万円という極めて多額の債務を負担するという窮地に陥ったところから,交通事故を装って被害者を殺害し,同人が災害で死亡したことにして,その加入する生命共済金を入手し,上記の負債等を清算しようとして計画し,その入手した共済金から報酬金を支払うことなどを告げて,その殺害をBに持ちかけ,同人に被害者を殺害する実行行為を行うことを承諾させ,その後,Bが,Dを巻き込んで敢行した計画的,かつ,確定的殺意に基づく殺人事案である。

被告人は,自己が不正融資を重ねた挙げ句,その不正融資がA農協内で発覚し,それに関連して自己が同農協に対し,5000万円の債務を負担することになったものの,その時点では免職にもならず,しかも,その債務の返済資金を融資してもらうなどの支援を受けながら,自ら招いた窮状を一挙に打開すべく,被害者の生命を犠牲にして,交通事故の共済制度を悪用してその生命の代償である生命共済金の入手を目論んだものであり,その保険金入手目的の殺人という罪質自体が極めて悪質であるばかりか,その犯行を敢行するに至った経緯や動機は,極めて身勝手かつ利欲的であって,酌量の余地は全く認められない。しかも,被告人は,共犯者Bに対して,交通事故を装い,共済金の支払いを受けるために被害者の死体が早く発見されるようにして殺害することなどを指示し,これを受けて,B達が,事前に犯行現場の下見をし,被害者の殺害方法を検討するなどし,飲酒酩酊させた被害者をその使用する自動車に同乗させた上,さらに睡眠薬を混入したジュースを飲ませて昏睡状態に陥らせ,被害者を同車もろとも崖下の川の中に転落させて溺死させたもので,その犯行態様は,人の生命の尊さなどを一顧だにしない冷酷非情なもので,人間性に欠けているというほかなく,被告人が,Bに指示した殺害方法からは,B達が,このような態様で,被害者を殺害することをその細部は分からないにしても,予見できたもので,その犯情は極めて悪質である。とりわけ,被告人は,本件犯行における殺害の実行行為こそ分担していないものの,上記目的のために,自ら被害者の殺害を計画し,被害者を殺害する実行行為者を捜し,被害者に対する不正融資の穴埋めのため自己が同農協に対して負担した債務をその生命で清算すべく,その生命共済金に質権を設定するなど共済金の確保に向けて周到に準備をした上,被害者の弟が,被害者を殺害し,報酬を支払うことを約束した事実がないのにもかかわらず,報酬を支払うことを承諾した旨うそをついてまで,被告人の依頼を断りにくい立場にあったBに対し,交通事故を装って被害者を殺害してほしい旨報酬の支払いを約束して依頼し,これを受けてBはDをその犯行に誘い,同人と共に,被告人の依頼のとおりに被害者を殺害したものであって,本件殺人の犯行は,被告人なくしては到底考えられず,被告人がその犯行の主犯であること,被告人は,被害者の殺害をBに依頼する前にも,被害者の元従業員に対し,その殺害を依頼して,拒絶されたのに,なおあきらめることなく,極めて強固の殺意に基づき,Bに対し,その殺害を依頼してその犯行に巻き込んだ上,自らの手を全く汚すことなく,B達に被害者殺害の実行行為役を担当させるなど極めて狡猾な面が認められる上,被告人は,被害者を殺害した後,自らその殺害現場に赴いて,その現場を確認するなどし,その後も何食わぬ顔をして,被害者の亡きがらに焼香するなどし,本件殺人の犯行を何ら悔いることなく,平然と従来と同じ生活を続けながら,自らの債務をいかにして弁済するかのみに頭を悩ませ,捜査が開始された後も,公判段階に至っても,Bや,こともあろうにその犯行の被害者の弟に自己の責任を転嫁してまで自己の刑事責任を免れるべく不合理な弁解に終始していて,反省の態度は全く認められず,犯行後の犯情は極めて悪質である。

そして,被害者にはその経営する会社を倒産させ,その倒産に絡んで相当多数の関係者に金銭的な迷惑を掛け,そのことが一因となり殺害されたという事情が認められるものの,自らの生命を代償とし,その生命共済金によって負債を清算することを強制されるいわれはなく,未だ壮健で十分にやり直しのきく年齢であり,同人には実母のほか,離婚した妻,その妻との間に未成年のいまだ養育すべき3人の子供がおり,倒産後もなお再起を期していたことが窺われ,よもや知人の被告人らから,前記のように昏睡状態のまま生命を奪われることなどは夢想だにしなかったであろうその心情は察するに余りあり,その犯行で発生した結果は極めて重大である。また,そのような生命共済金目当てという極めて利欲的な動機から,一家の支柱を殺害された被害者の家族や兄弟ら遺族の精神的な衝撃が極めて大きいことは想像するに難くなく,いまだ被告人からはもちろんのこと,他の共犯者からも何らの慰謝措置が講じられておらず,加えて,前記のように,被害者の弟は,被告人から犯行に関与したとの供述までされ,言葉では言い表せない程の多大な迷惑を被っているばかりか,その経営する会社の営業などにも支障が生じるなどしており,被告人に対する被害者の親族等の処罰感情が極めて厳しいのもまことに当然のことである。

また,本件判示第2の犯行は,被告人の計画どおり,当初は自損の交通事故として取り扱われ,その遺体が解剖されることなく火葬に付されてしまい,その犯行から約3か月を経過して,ようやく殺人事件としての本格的な捜査が開始されるに至ったもので,完全犯罪として成功する余地があったこと,さらに,前記のとおり,被告人は,本件判示第1の犯行に至る以前から同様の不正融資を複数の融資先に対して繰り返してきたものであり,地域に密着した農協ということで,その監視体制が緩いという農協の特質があったとしても,その監視体制が甘いことにつけ込み,A農協に対し,莫大な損害を与えたばかりか,これら不正な融資に起因して本件殺人の犯行まで敢行し,同農協の社会的な信用を失墜させていること,さらに,この犯行が生命共済金入手目的の殺人事件ということで,地域の住民らに対して,大きな衝撃を与えたことは勿論のこと,全国的にも報道されるなどしていて,その社会的影響も大きく,一般予防の必要性が高いことなどの諸事情を考慮すると,その犯情は甚だ悪質であり,被告人の刑事責任は極めて重大である。

そうすると,被告人が,本件判示第1の電子計算機使用詐欺の犯行については,捜査及び公判を通じて事実関係を認めて反省の態度を示していること,本件判示第2の殺人の犯行については,被害者の放漫な経営姿勢がその犯行の誘因となっていることが窺える上,犯行後生命共済金入手には失敗していること,被告人は,A農協の業績等に貢献した側面もあること,被告人には,業務上過失傷害罪による罰金前科1犯のほか前科がなく,今回,初めて身柄を拘束されて公判請求された上,本件各犯行により同農協を懲戒解雇されるなどの厳しい社会的制裁を受けていること,本件判示第2の犯行の被害者に対する一連の不正融資に対する責任としてA農協に対して負った債務のうち600万円余りをこれまで自らの負担において返済していること,被告人には,被告人の弁解を信じて,その帰りを待っている高齢の両親や妻と未成年の子供がいることなど被告人のために斟酌すべき情状が認められるが,これらを最大限に考慮しても,先に指摘した本件の犯情及び共犯者との刑の均衡などに照らすと,被告人を無期懲役刑に処することはまことにやむを得ない。

よって,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 榊五十雄 裁判官 金子大作 裁判官 武田瑞佳)

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