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新潟地方裁判所 平成12年(ワ)418号 判決 2002年5月14日

主文

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第1請求

被告は,原告に対し,8643万1900円及びこれに対する平成4年9月18日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

第2事案の概要

1  本件は,新潟県立甲高等学校(以下「甲高校」という。)に在学中,課外活動としての硬式野球部の練習に部員として参加し,バッティング練習の投手役をしていた原告が,その練習中に打者の打ち返した打球が右眼に当たって負傷したのは,同部の監督をしていた同校の教諭(公務員)の指導監督上の過失によるものであると主張して,同校を設置する被告に対し,国家賠償法1条1項に基づき,損害賠償を請求する事案である。

2  事実経過(ア,イの事実及びウの事実中の下線部分は当事者間に争いがなく,ウのその余の事実は末尾掲記の証拠で認定できる。)

ア  原告(昭和50年8月26日生。男子)は,平成4年9月18日当時,甲高校の2学年に在学し,課外活動として同校の硬式野球部(以下「野球部」という。)に所属していた者であり,被告は,甲高校の設置者であり,当時の野球部の監督は,同校教諭(公務員)のYであった。

イ  同日午後5時35分ころ,野球部は,甲高校グランドにおいて,概ね別紙略図のような位置関係の下に,打者4名に投手役2名とピッチングマシーン2台で投球するという4組態勢でのバッティング練習を行っていたところ,③のピッチングマシーンから投球された硬球(以下「球」という。)を打ち返したCのバッティングケージの打者の打球が,クの防球ネットとケのL字型防球ネットの間を通り抜けて,④で投手役をしていた原告の右眼に当たり,原告は右眼を負傷した(以下「本件事故」という。)。

ウ  原告の負傷内容と治療経過等

(ア)  原告は,本件事故により,穿孔性外傷,眼窩底骨折,緑内障・白内障との診断を受け,その治療のため,平成4年9月18日から同月27日まで乙病院に入院し,同年10月2日から同月10日まで丙病院に入院した(甲6,甲8)。

(イ) 原告は,平成5年3月18日,課外活動中に異常を訴え,受診したところ,水晶体融解緑内障(右),外傷性白内障(右),脈絡膜破裂(右),眼窩吹き抜け骨折(右)との診断を受け,平成5年3月19日から同年4月7日まで手術のため丙病院に入院し,退院後は1年位丁病院に通院して治療を受けた(甲1,甲6)。

(ウ)  原告は,本件事故前の平成4年6月30日に行われた健康診断の視力検査では右眼は2.0と診断されたが,本件事故後,前記傷害が完治せず,平成9年8月11日症状が固定して,右人工無水晶体眼,右網脈絡膜萎縮,視力0.01という症状の後遺障害(光を感ずるが,物の形状は認識不能であり,眼鏡によっても矯正が不能という症状)が残った。

また,球が直接当たっていない左眼の視力は,平成4年6月30日の前記健康診断では1.5と診断されたが,その後,本件事故による受傷直後(平成4年9月18日)は1.2,平成5年10月29日時点では1.0,平成6年11月16日時点では0.4,平成7年3月20日時点では0.3,平成9年8月7日時点では0.1とそれぞれ診断されて,同月11日症状固定と診断された。(甲2,甲3,甲5の2)

(エ)  日本体育・学校健康センターは,原告の診療担当医による診断等に基づき,原告の症状固定時における両眼の視力障害が日本体育・学校健康センター法施行規則6条別表の6級の1の「両眼の視力がそれぞれ0.1以下に減じたもの」に,右眼の調節機能障害(健側の調節力のほぼ2分の1以下に減じているもの)が同別表12級の1の「一眼の眼球に著しい調整機能障害又は運動障害を残すもの」に各該当し,右眼の視野障害(視野の中心部に暗点が存する場合等,視機能を相当程度妨げると認められるもの)が同別表14級に準じるもので,これらを併合すると同別表6級に準じるものと判断して,原告に対し,同法及び同法施行令に基づき,災害共済給付金の障害見舞金として1060万円を支給した。

また,新潟県高等学校安全互助会は,原告に対し,同じく障害見舞金として353万3000円を給付した。(甲3,甲5の2)

3  争点

(1)  Y監督の過失の有無

(2)  損害額(主たる争点は,本件事故と左眼の視力低下との間の相当因果関係の有無,後遺障害に伴う労働能力喪失の程度,逸失利益の額である。)

(3)  過失相殺の可否・程度

4  争点(1)(Y監督の過失の有無)に関する主張

(1)  原告

ア 高校生の課外活動としての野球部のバッティング練習において,2台のピッチングマシーンと2人の投手により4組同時に行う場合,別紙略図④に右利きの部員を投手役として配置することは危険である。すなわち,④で投手役をする部員が右利きの場合,短時間に効率よく練習を行おうとすると,どうしても,防球ネットは別紙略図ケのようなL字型のものを用い,かつ,クの防球ネットとの間にある程度の隙間を設けて設置せざるを得ないが,そうすると,その部員は,Cのバッティングケージの打者の打球に当たる危険に曝されることになる。本件事故は,このような危険が現実化したものである。

したがって,Y監督には,別紙略図④に右利きの部員を投手役として配置してはならない義務(換言すれば,④にピッチングマシーンを設置するか,又は,ケの防球ネットの鉤状部分の向きを反対にして隙間を作らないでも適切な投球が可能な左利きの部員を配置するよう注意・指導する義務)があるというべきところ,Y監督は,この義務に違反して,右利きの原告が④で投手役をするのを放置した。

イ 仮に,別紙略図④に右利きの部員を投手役として配置するとしても,Y監督には,部員に対し,ピッチングマシーンと投手役が同時に投球することがないようピッチングマシーンに球を入れる部員と投手役の部員とが相互に安全を確認し合って投球するよう注意・指導する義務があるのに,この義務を怠った。

ウ 仮に,別紙略図④に右利きの部員を投手役として配置したとしても,適切な投球を妨げることなく,かつ,Cのバッティングケージの打者の打球に当たることがないよう安全な位置にL字型防球ネットを設置することが可能であるとした場合には,Y監督には,部員に対し,そのような安全な位置に防球ネットを設置するよう注意・指導する義務があるのに,この義務を怠って,原告が微調整として不安全な位置に防球ネットを設置するのを放置した。

(2)  被告

ア 別紙略図クとケの防球ネットを,Cのバッティングケージの打者からの打球を十分防護できる安全な位置に設置したとしても,右利きの部員が④から対面する打者に適切な投球をすることは可能であるから,これが不可能であることを前提とする原告の過失の主張は理由がない。

イ Y監督は,前記(1)イのような注意・指導を行っており,本件事故当時もピッチングマシーンに球を入れる部員と投手役の部員とが相互に安全を確認し合っていた。本件事故は,原告が別紙略図③のピッチングマシーンから発射された投球の行方を注意しなかった過失により発生したものである。

ウ Y監督は,前記(1)ウのような注意・指導を行っていた。本件事故は,原告がY監督の指示どおりに防球ネットの位置を調整しなかった過失により発生したものである。

5  争点(2)(損害額)に関する主張

(1)  原告

ア 原告は,打球を直接受けた右眼について,平成9年8月11日症状が固定して,右人工無水晶体眼,右網脈絡膜萎縮,視力0.01という症状の後遺障害が残り,光は感じるが,物の形状は認識不能であり,眼鏡によっても矯正不能という状態となった。

また,このような右眼の負傷に伴って,原告は,日常生活を営むために左眼を酷使せざるを得なくなり,平成4年9月18日(受傷当日)に1.2であった視力が,平成5年10月29日に1.0,平成6年11月16日に0.4,平成7年3月20日に0.3,平成9年8月7日に0.1と徐々に低下し,同月11日に症状が固定するに至った。原告には,視力低下について遺伝的な要因はなく,前記のような左眼の視力低下も,本件事故に起因する症状であることは明らかであり,本件事故と相当因果関係があるものというべきである。

したがって,原告の後遺障害の程度は,労働基準法施行規則別表第二の第6級1号(両眼の視力が0.1以下になったもの)に該当し,原告は労働能力を67パーセント喪失したものというべきである。

イ 原告は,平成6年3月に甲高校を卒業し,1年間受験勉強をして,平成7年4月戊大学に入学し,平成11年3月同大学を卒業して,同年4月学校法人己専門学校に就職した。

ウ 損害の内容

(ア) 逸失利益 8156万4900円

原告は,大学在学中の21歳の時に症状が固定し,23歳の時に就職したものであるが,67歳まで就労が可能であるとして,その間に前記のとおり労働能力を67パーセント喪失した。

賃金センサス平成10年第1巻第1表の男子労働者学歴計大卒の全年齢平均年収は689万2300円であり,中間利息をライプニッツ方式(係数は17.663)により控除すると,原告の逸失利益は,前記金額(100円未満切捨)となる。

(イ) 慰謝料 1100万円

原告は,本件事故により多大な精神的苦痛を受けており,それを慰謝するには少なくとも前記金額が支払われるべきである。

(ウ) 弁護士費用 800万円

原告は,本件訴訟の提起,追行を弁護士A外に委任し,新潟県弁護士会報酬規定の範囲内の報酬を支払う旨約したところ,その弁護士費用のうち本件事故と相当因果関係にある損害は前記金額である。

(エ) (ア)ないし(ウ)の合計 1億0056万4900円

エ 損害の填補

原告は,本件事故に関し,日本体育学校健康センターから1060万円,新潟県高等学校安全互助会から353万3000円の合計1413万3000円の支払を受けたので,これらを控除すると,本件損害の残金は8643万1900円である。

オ よって,原告は,被告に対し,8643万1900円及びこれに対する本件事故が発生した平成4年9月18日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める。

(2)  被告

原告の損害に関する主張は争う。

本件事故と原告の左眼の視力低下との間に相当因果関係はない。また,原告は,大学卒業後,その主張するところに就職し,現に勤務しているから,具体的に労働能力を喪失していないか,労働能力が喪失・減退したとしても損害は発生していないものというべきである。また,仮に損害が発生したとしても,100分の67という労働能力喪失率を適用するのは相当でない。

6  争点(3)(過失相殺の可否・程度)に関する主張

(1)  被告

仮に,被告に責任があるとしても,本件事故は,原告がY監督の指導に反して,別紙略図クとケの防球ネットの位置を調整せず,かつ,③のピッチングマシーンから発射された球の行方を確認しないまま投球した過失により発生したものであるから,本件事故の発生につき原告に9割の過失を認めるのが相当である。

(2)  原告

被告の過失相殺に関する主張は争う。仮に,原告に過失があったとしても,その過失割合は2割を超えることはない。

第3当裁判所の判断

1  争点(1)(Y監督の過失の有無)について

(1)  前記第2の2ア,イの事実のほか,甲第6号証,乙第1ないし第4号証,証人Y正幸の証言,原告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば,次の事実が認められる。

ア 甲高校野球部には,本件事故当時(平成4年9月18日当時),3年生が引退した後の1,2年生の部員が約20名(いずれも右利きの部員),そのほかに女子マネージャーが5,6名いた。Y監督は,甲高校の教諭になった昭和60年4月から同校野球部の監督をし,所用のない限りは,毎回,練習に立ち会って指導,監督を行っていた。

野球部の練習は,季節によって若干異なるが,月曜日から金曜日まで毎日午後3時30分ころから午後6時30分過ぎころまで行われ,土曜日や日曜日は大概練習試合を行っていた。1日の練習内容は,概ね,ウォーミング・アップから始まって,キャッチボール,トスバッティング,連携プレー,ノック又はバッティングの順に行い,最後にダッシュや腕立て伏せ等の補強トレーニングを行って終了となるが,大会直前にはバッティング等の重点項目を決めて練習を行っていた。

イ 甲高校野球部では,昭和63年5月ころから,Y監督の発案により,バッティング練習を,本件事故当時と同様,中央にピッチングマシーンを2台並べ,その両側に2名の投手役の部員を配置する4組態勢で行うようになった。ピッチングマシーンは,球種の選択ができ,発射される球の速度は時速約100キロメートルまで出せるものであった。

ウ ピッチングマシーンを使ってバッティング練習を行う場合,防球ネットやピッチングマシーン等は,次のような手順で設置されていた。

まず,グランドに常設されてある別紙略図B及びCのバッティングケージの中のホームベースの突端からメジャーで16メートルのところまで測り,その位置にエ及びカのピッチングマシーンケージを設置し,次に,同じくY及びDのバッティングケージの中のホームベースの突端からメジャーで14メートルのところまで測り,その位置にア及びケのL字型防球ネットを設置し,次に,それぞれの間にイとウ,キとクの防球ネットを筋違いに重なり合わせて設置(別紙略図ではその間に隙間が生じているが,実際は,隙間が生じないように設置する。)した後,②及び③のピッチングマシーンを設置して,完了となる。なお,本件事故当時,防球ネットとして,幅200センチメートル,高さ200センチメートルで,鉤状の空間部分が100センチメートル四方のL字型のもの(別紙略図ケの防球ネット),幅200センチメートル,高さ200センチメートルの四角型のもの(同略図キの防球ネット),幅280センチメートル,高さ230センチメートルの四角型のもの(同略図クの防球ネット)が使用されていた。

以上のようにして設置が完了すると,部員に①及び④で投球動作をさせてみて,防球ネットが隣のバッティングケージの打者からの打球に対して安全な位置に設置されているか否か,すなわち隙間が生じていないか否かを,その部員と打者側に立って確認するキャプテンとが相互に確認し合い,防球ネットが安全な位置に設置されていることが確認されると,キャプテンがY監督にその旨伝え,Y監督がバッティングケージの後ろから安全性を再度確認して,バッティング練習の開始を指示していた。

もっとも,練習開始の指示が出された後,実際に投手役をする部員の身長,足の踏み出し方,日頃の投球フォーム等により投球に支障が生じる場合には,投球しやすくするために防球ネットを多少動かすことは許されていたが,その場合でも,自己の責任で前記のような防球ネットの安全確認を行うよう指導されていた。

エ また,バッティング練習は,次のような方法で行われていた。

まず,投球する側は,いずれも打球から頭部を防護するためヘルメットをかぶり,別紙略図①の投手役の部員と②のピッチングマシーンに球入れをする女子マネージャー,及び③のピッチングマシーンに球入れをする女子マネージャーと④の投手役の部員とが,それぞれ一組になって,交互に投球し又はピッチングマシーンに球を入れて発射させる。ピッチングマシーンに球入れをする女子マネージャーは,対面する打者及び隣の投手役の部員に知らせるため,「いきまーす。」と大きな声を発してからピッチングマシーンに球を入れて発射させ,隣の投手役の部員は,その球の行方を見届けてから投球する。

次に,打つ側は,部員4名がそれぞれ別紙略図YないしDのバッティングケージに入り,速度や球種の変化に対応した練習をするため,ひとり5球前後の球を打っては,順次隣のバッティングケージに移動し,4つのバッティングケージでバッティング練習をする。

オ 甲高校では,前記ウ,エの安全上の指導は,2,3年生部員が防球ネット張りをしたり,バッティング練習をしたりする際に,新入部員の1年生にその手伝いをさせながら,Y監督や2,3年生部員が実地に教える方法により行われていたほか,屋外練習を再開する毎年4月,ネットやピッチングマシーン等の器具の点検をする際にY監督から部員に再度注意を喚起する方法により行われていた。

カ 本件事故当時も,前記ウのような手順で,防球ネットやピッチングマシーン等が設置された。Y監督は,キャプテンからネットセット完了の報告を受けて,バッティングケージの後ろから安全確認をし,練習開始を指示した後,近くの水場まで顔を洗いにその場を離れて,再びバッティングケージの後ろに戻ってきた時に,本件事故が発生した。

キ 原告は,中学生のころから課外活動としての軟式野球部に所属し,練習や試合の経験を積んできた者で,甲高校入学後も野球部に入部して,3年生が引退した1年生の秋から,二塁手をレギュラーポジションに与えられ,そのコントロールの良さから,バッティング練習ではたびたび別紙略図④で投手役をしていた。原告は,右投げ,オーバースローの選手であったが,④で投手役をするとき,設置当初の防球ネットの位置でも適切な投球をすることは可能であったものの,クの防球ネットに投球が妨げられるような窮屈感を感じるため,クの防球ネットの位置をずらして隙間を広げ,投げやすいように微調整していた。その際,隣接のCのバッティングケージの打者からの打球には絶えず危険を感じていたため,クの防球ネットが,隣接のCのバッティングケージの打者からの打球に対して防護できる位置に設置されているか否か(防球ネット間に隙間が生じていないか否か)を注意しながら調整することを心掛けていた。また,原告は,同様の危険を回避するため,隣接の③のピッチングマシーンに球入れをする女子マネージャーの「いきまーす。」という大きな声を聞き,その球の打球が自分の方に飛んで来ないことを確認してから,自身の投球をするようにも心掛けていた。

原告は,本件事故当日(2学年の平成4年9月18日)も,バッティング練習の最初から別紙略図④で投手役をすることになり,投球を始めるに先立ち,上記のように防球ネットを微調整したが,この日は,隣接のCのバッティングケージの打者からの打球に対して防球ネットが安全な位置に設置されているか否かの確認を怠り,その結果,その打球に対する防護が不完全であること(防球ネット間に隙間が生じていること)を見過ごしてしまった。この時,Y監督は,その場を離れていたため,原告の微調整の様子を見ていなかった。

原告は,そのような危険な防球ネットの設置状況の下で,投球を開始したが,更に,日頃は注意を心掛けていた隣接の③のピッチングマシーンから発射される球の打球に対しても注意を欠いたことが重なって,③のピッチングマシーンから投球された球を打ち返したCのバッティングケージの打者の打球が,クの防球ネットとケのL字型防球ネットの間を通り抜けて,④で投手役をしていた原告の右眼に当たるという本件事故が発生した。

(2)  原告の主張に対する判断

ア 原告は,本件のような方法でバッティング練習を行う場合,別紙略図④に右利きの部員を投手役として配置すると,ケのL字型防球ネットとクの防球ネットとの間にある程度の隙間を設けざるを得ないが,そうすると,その部員は,Cのバッティングケージの打者の打球に当たる危険に曝されることになるから,Y監督には,④に右利きの部員を投手役として配置してはならない義務があるのに,この義務を怠ったと主張する。

しかし,前記認定のとおり,右利きである原告は,バッティング練習において,たびたび別紙略図④で投手役をしていたが,練習前に一度安全確認がされた防球ネットの位置を動かさないでも適切な投球をすることは可能であったこと,もっとも,原告は,クの防球ネットに投球が妨げられるような窮屈感を感じるため,クの防球ネットの位置をずらして隙間を広げ,投げやすいように微調整していたが,その場合でも,日頃は隣接のCのバッティングケージの打者からの打球には絶えず危険を感じていたため,クの防球ネットが,その打球に対して防護できる位置に設置されているか否か(防球ネット間に隙間が生じていないか否か)を注意しながら調整することを心掛けていたことが認められ,以上の事実は,原告自身が本人尋問の中で認めているところでもある。

そうすると,別紙略図④に右利きの部員を投手役として配置しても安全上特に問題はなかったといえるから,安全上問題があることを前提に,Y監督に④の位置に右利きの部員を投手役として配置してはならない義務があったとする原告の前記主張は,前提を欠くものであり,理由がない。

イ また,原告は,別紙略図④に右利きの部員を投手役として配置するとしても,Y監督には,部員に対し,ピッチングマシーンと投手役が同時に投球することがないようピッチングマシーンに球を入れる部員と投手役の部員とが相互に安全を確認し合って投球するよう注意・指導する義務があるのに,この義務を怠ったと主張する。

しかし,前記認定のとおり,Y監督は,そのような注意・指導を,実地の練習を通じて,上級生から下級生に指導させることにより,あるいは,自ら直接に行っており,実際にも,ピッチングマシーンに球入れをする女子マネージャーが「いきまーす。」と大きな声を発してピッチングマシーンに球を入れて発射させ,その声を聞いて隣の投手役の部員はその発射された球の行方を見届けてから投球するという練習方法で安全確認が行われていたこと,原告も,④で投手役をする際には,隣接のCのバッティングケージの打者からの打球に絶えず危険を感じていたため,防球ネットの設置位置とともに,隣接の③のピッチングマシーンに球入れをする女子マネージャーの掛け声を聞き,その球の打球が自分の方に飛んで来ないことを確認してから,自身の投球をするように心掛けていたこと(この点も原告自身が本人尋問の中で認めているところである。)が認められる。

したがって,Y監督には原告が主張するような注意義務違反の事実はないので,原告の前記主張も理由がない。

ウ 更に,原告は,別紙略図④で投手役をする右利きの部員に対し,Cのバッティングケージの打者の打球に当たることがないよう安全な位置にL字型防球ネットを設置するよう注意・指導する義務があるのに,この義務を怠ったと主張する。

しかし,前記認定のとおり,Y監督は,部員に対し,上記のような注意・指導を行っており,実際にも,そのように防球ネットが設置されて,キャプテンとY監督自身がその安全性を確認した後にバッティング練習が開始されていたこと,もっとも,練習開始の指示が出された後,実際に投手役をする部員の身長,足の踏み出し方,日頃の投球フォーム等により投球に支障が生じる場合には,投球しやすくするために防球ネットを多少動かすことは許されていたが,その場合でも,自己の責任で前記のような防球ネットの安全確認を行うよう指導されていたこと,そして,原告も投手役をする場合に,防球ネットの微調整を行っていたが,その際,隣接するバッティングケージの打者からの打球に危険意識を持ち,防球ネットの調整にもその点を注意するよう心掛けていたことが認められる。

したがって,Y監督には原告の主張するような注意義務違反の事実はないので,原告の前記主張も理由がない。

(3)  以上のとおり,本件事故が発生したことについて,Y監督に,原告の主張するような注意義務違反の事実は認められないので,Y監督に過失責任があることを前提とする本件請求は理由がないというべきである。

本件事故は,中学生時代から課外活動として野球を続け,その技術も注意力も相応に備わっていた原告が,上級生やY監督から指導され,自身も日頃から危険であると認識していた防球ネットの安全な設置方法に関する注意を怠り,不安全な設置状況下でバッティング練習の投手役を行った上,隣接のピッチングマシーンから発射された球の行方に対する注意も怠り,かつ,その対面するCのバッティングケージの打者からの打球が防球ネット間の僅かな隙間を通り抜けるという不運が重なったことにより生じた事故というほかないものである。

2  よって,原告の請求は,その余の主張について判断するまでもなく,理由がないからこれを棄却することとし,訴訟費用の負担につき民事訴訟法61条を適用して,主文のとおり判決する。

(裁判官 飯塚圭一)

(略図は省略)

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