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新潟地方裁判所 平成12年(ワ)572号 判決 2002年3月27日

名古屋市<以下省略>

原告(反訴被告)

大起産業株式会社

(以下「原告」という。)

代表者代表取締役

訴訟代理人弁護士

肥沼太郎

三﨑恒夫

新潟県<以下省略>

被告(反訴原告)

(以下「被告」という。)

訴訟代理人弁護士

味岡申宰

主文

一  原告は,被告に対し,887万4702円及びこれに対する平成12年2月25日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

二  原告の請求及び被告のその余の反訴請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は,これを3分し,その1を原告の負担とし,その余を被告の負担とする。

四  この判決は,第1項に限り,仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

一  本訴

被告は,原告に対し,319万6930円及びこれに対する平成12年10月21日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。

二  反訴

原告は,被告に対し,3099万6988円及びこれに対する平成12年2月25日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本訴は,原告(新潟支店)が被告との受託契約に基づいて行った別表記載の金,白金,ガソリン及び灯油の先物取引(以下「本件取引」という。)について平成12年2月25日までに発生した帳尻差損金319万6930円の支払いを求めた事案である(附帯請求は訴状送達の日の翌日である平成12年10月21日から支払済みまで商事法定利率年6分の割合による遅延損害金)。

反訴は,被告が,本件取引において,原告による断定的判断の提供や無意味な反復売買等があったと主張して,不法行為に基づき,損失金2817万9080円及び弁護士費用281万7908円の計3099万6988円の損害賠償を求めた事案である(附帯請求は,不法行為の後(最終取引日)である平成12年2月25日から支払済みまで民法所定年5分の割合による遅延損害金の支払いを求めるものである。)。

なお,被告は,本訴請求について信義則違反及び反訴請求債権との相殺を主張している(相殺適状となった日は,平成12年2月25日)。

一  本件の経過

1  被告は,昭和34年○月○日生の男子であり,昭和57年3月にa大学●●●を卒業し,同年4月にb市役所の臨時職員,翌58年4月に正式職員となり,社会福祉事務所に勤務していたが,平成6年4月に市民課に移動し,本件取引当時は,同課の年金係長の地位にあった(甲12、乙31)。

被告は,本件取引を開始した平成11年6月当時,自宅(持家)に母,妻及び子供3人と同居しており,約940万円の預貯金のほか,亡父が交通事故で死亡した際の損害賠償金3530万円を有していたが,平成10年7月に1万4000ドルの外貨預金をしたことはあるものの,株式や商品先物の取引経験はなかった(甲12,乙31,32,被告本人)。

2  原告は,東京工業品取引所等の商品取引所に所属する商品取引員であり,B(以下「B」という。),C(以下「C」という。)及びD(以下「D」という。)は,本件取引当時,原告新潟支店の従業員であった者である(争いがない)。

3  Bは,平成11年6月中旬(以下,平成11年については,第31項まで年の記載を省略する。)ころ,電話で,被告に商品先物取引を勧誘し,面談の了解を得たうえで,同月21日,被告の勤務先であるb市役所を訪問した。

その際,Bは,被告に対し,原告作成の「商品先物取引・委託のガイド」に基づき,先物取引の仕組みのほか,東京工業品取引所における金の値動きを示すチャートを見せながら,1,2か月前は金の価格は1100円以上の水準にあり,今後,値上がりが期待できる局面にある等と説明して,金の先物取引をするよう勧誘した。

(甲6の1・2,10,乙1,31,証人B及び被告本人)

また,被告は,同日,原告からのアンケート用紙の「営業社員の印象はいかがでしょうか。」との設問には「礼儀正しい」の欄に,「商品先物取引のリスクについて」の設問には「思っていた通りだった」の欄にそれぞれチェックマークを付け,原告に渡した。

(甲13)

4  被告は,原告に先物取引を委託することにし,6月22日夕方,b市役所のロビーで,前記の商品先物取引・委託のガイド及び契約関係書類(受託準則を含む。)を受領し,「先物取引の危険性を了知した上で同取引所の定める受託契約準則の規定に従って,私の判断と責任において取引を行うことを承諾した」旨の記載のある約諾書等に署名・押印した(甲1,5,6の1,2)。

5  被告は,6月23日昼,b市役所のロビーで,Bに委託証拠金として60万円を支払い,翌24日,金10枚(限月4月)を約定値段1011円で買い付けた(別表番号1の取引)(争いがない。なお,以下「約定値段」との記載を略する。)。

(この時点の建玉残 金 買10枚。以下の各項の末尾の記載も,その時点での建玉残を示すものである。)

6  被告は,6月25日,Bから金を追加して買うよう電話で勧誘され,金13枚(限月4月)を1012円で買い付け(別表番号2の取引),同日夕方,78万円の委託証拠金を交付した(争いがない)。

(金 買23枚)

7  被告は,6月29日,原告本社から送られてきたアンケート用紙の「商品先物取引に参加された理由はいかがでしたか」との設問には「情勢が良いと思ったから」の欄に,「先物取引の仕組について」は「ポイントは理解している」の欄に,「先物取引は投機です。元本保証のないことをご存じですか。」との設問には「知っている」の欄に,「お取引の判断はいかがでしょうか」との設問には「新聞等を参考に」及び「営業社員の相場観を参考に判断している」の欄に,「『商品先物取引―委託のガイド』等のパンフレットを再度読み直してみましたか」との設問には「読み直していない」の欄にそれぞれチェックマークを付し,返送した(甲14)。

8  被告は,6月30日,「先物取引は投機です」「元本保証,利益保証は一切ありません」等との記載のある「商品先物取引の重要なポイント」と題する書面に署名・押印して,Bに代わって担当者となったCに交付した(甲7)。

9  被告は,7月1日にも,Cから金を追加して買うよう電話で勧誘され,金7枚(限月4月)を1011円で買い付け(別表番号3の取引),翌2日,42万円の委託証拠金を交付した(電話勧誘した者を除いて争いがない。この点については甲10,16)。

(金 買30枚)

10  被告は,7月14日ころ,Cから,金が値下がりして追加委託保証金(以下「追証」という。)が発生したとの電話連絡を受け,翌15日,90万円の追証を交付した(争いがない)が,この際,前記7の返送したアンケートの「読み直していない」とのチェックマークを訂正印で抹消し,「読み直した」との欄にチェックマークを付して,Cに渡した。

11  被告は,7月23日ころにも,Cからさらに追証が発生したとの電話連絡を受け,7月26日,180万円の追証を交付した(争いがない)。

12  被告は,7月27日,Cの電話勧誘により,金20枚(限月6月)を941円で売り付けた(別表番号4の取引)(争いがない)。

(この取引は,別表番号1,2の金の買玉との関係で両建(ただし,異限月。以下同じ。)にあたるものである。)

(金 買30枚,売20枚)

13  被告は,8月12日,Cの電話勧誘により,金25枚(限月6月)を936円で売り付けた(別表番号5の取引)(争いがない)。

(この取引のうち10枚も,別表番号1,2の金の買玉との関係で両建にあたるものである。)

(金 買30枚,売45枚)

14  被告は,8月25日,Cの電話勧誘により,値洗い損の出ていた別表番号3の金の買玉7枚のうち5枚を887円で,値洗い益の出ていた別表番号4の金の売玉20枚を882円でそれぞれ仕切り,同日,金25枚(限月6月)を881円で売り付けた(別表番号6の取引)(争いがない)。

(この別表番号6の取引は,別表番号3の金の買玉との関係では途転にあたり,別表番号4の金の売玉との関係では売直しにあたるものである。)

(金 買25枚,売50枚)

15  被告は,9月1日,Cに追証として25万円を交付した(争いがない)。

16  被告は,9月2日,Cの電話勧誘により,値洗い損の出ていた別表番号2の金の買玉13枚のうち3枚及び別表番号3の金の買玉7枚の残2枚をいずれも874円で,値洗い益の出ていた別表番号5の金の売玉25枚のうち15枚を871円でそれぞれ仕切り,同日,金20枚及び37枚(いずれも限月6月)をそれぞれ870円,868円で売り付けた(別表番号7,8の取引)(争いがない)。

(この別表番号7,8の取引は,別表番号2,3の金の買玉との関係では,途転にあたり,別表番号5の金の売玉との関係では売直しにあたるものである。)

(金 買20枚,売92枚)

17  しかし,その後,金の値上がりが続いて,追証が発生したことから,被告は,9月8日,値洗い益の出ていた別表番号5の金の売玉25枚の残10枚を890円で仕切るとともに,翌9日,原告新潟支店に追証135万5100円を持参して交付した(争いがない)。

(金 買20枚,売82枚)

18  被告は,9月9日,被告本社から送られてきたアンケート用紙の「『商品先物取引―委託のガイド』の内容の理解について」との設問には「理解している」の欄に,「値幅制限(ストップ高,ストップ安)があることをご存知ですか」との設問には「知っている」の欄に,「委託追保証金について算出基準(本証拠金の半額)はご存知ですか」「商品先物取引は投機です。急激な相場の変動により証拠金以上の損になることもご存知ですか。」との各設問には,「知っている」の欄にそれぞれチェックマークを付し,返送した(甲15)。

19  被告は,9月14日,Cの電話勧誘により,金50枚(限月8月)を859円で買い付けた(別表番号9の取引)(争いがない)。

(この取引は,同日までの金の売玉残との関係で両建にあたるものである。)

(金 買70枚,売82枚)

20  また,被告は,9月24日,値洗い損の出ていた別表番号6の金の売玉25枚を877円で,値洗い益の出ていた別表番号9の金50枚の買玉を874円でそれぞれ仕切った(争いがない)。

(金 買20枚,売57枚)

21  ところが,9月27日から,金が急騰を続け(甲19の1),多額の追証及び委託臨時増証拠金が発生した(乙31)。

このため,被告は,次のとおり,これらの金員を原告に交付した。

① 9月29日 163万6250円

② 10月1日 173万2500円

③ 同月6日 173万円

④ 同月8日 173万5000円

(争いがない)

22  被告は,10月13日,Cの電話勧誘により,多額の値洗い損の出ていた別表番号7の金の売玉20枚を1057円で決済するとともに,金17枚(限月8月)を1054円で買い付け(別表番号10の取引),翌14日,委託証拠金173万8700円を交付した(争いがない)。

(この別表番号10の取引は,同日までの金の売玉残との関係で両建にあたり,また,別表番号7の金の売玉との関係で途転にもあたるものである。)

(金 買37枚,売37枚)

23  また,被告は,11月1日,Cから,金が値下がりして委託臨時増証拠金がはずれたとの電話連絡及び勧誘を受けて,金10枚(限月8月)を968円で買い付けた(別表番号11の取引)(争いがない)。

(金 買47枚,売37枚)

24  被告は,11月4日,Cの電話勧誘により,白金10枚(限月10月)を1247円で買い付けた(別表番号12の取引)(争いがない)。

(金 買47枚,売37枚)

(白金 買10枚)

25  被告は,11月12日,Cの電話勧誘により,わずかに値洗い益の出ていた別表番号11の金の買玉10枚を985円で仕切り,金10枚(限月10月)を982円で売り付けた(別表番号13の取引)(争いがない)。

(この別表番号13の取引は,別表番号11の金の売玉との関係で途転にあたるものである。)

(金 買37枚,売47枚)

(白金 買10枚)

26  被告は,11月22日,Cの電話勧誘により,わずかに値洗い益の出ていた別表番号12の白金の買玉10枚を1280円で仕切るとともに,白金10枚(限月8月)を1291円で売り付けた(別表番号14の取引)(争いがない)。

(この別表番号14の取引は,別表番号12の金の売玉との関係で途転にあたるものである。)

(金 買37枚,売47枚)

(白金 買0枚,売10枚)

27  被告は,11月24日,Cの電話勧誘により,わずかに値洗い益の出ていた別表番号14の白金の売玉10枚を1279円で仕切るとともに,白金20枚を1270円(限月10月)で買い付けた(別表番号15の取引)(争いがない)。

(別表番号14の白金の売玉の仕切りは,不抜けであり,別表番号15の取引は,別表番号14の白金の売玉との関係では途転にあたるものである。)

(金 買37枚,売47枚)

(白金 買20枚,売0枚)

28  被告は,11月30日,Cの電話勧誘により,値洗い益の出ていた別表番号13の金の売玉10枚を944円で仕切ったほか,白金20枚(限月10月)を1246円で買い付けた(別表番号16の取引)(争いがない)。

(金 買37枚,売37枚)

(白金 買40枚,売0枚)

29  被告は,12月9日,Cの電話勧誘により,わずかに利益の出ていた別表番号16の白金の買玉20枚を1261円で仕切り,白金20枚(限月8月)を1280円で売り付けた(別表番号17の取引)(争いがない)。

(この別表番号17の取引は,両建にあたるとともに,別表番号16の白金の買玉との関係では,途転にあたるものである。)

(金 買37枚,売37枚)

(白金 買20枚,売20枚)

30  被告は,12月16日,Cの電話勧誘により,金10枚を929円で売る(別表番号18の取引)とともに,金20枚(限月10月)を923円で買い付けた(別表番号19の取引)(争いがない)。

(この別表番号18,19の取引のうち各10枚は,同時両建にあたるものである。)

(金 買57枚,売47枚)

(白金 買20枚,売20枚)

31  被告は,12月28日,Cの電話勧誘により,わずかに値洗い益の出ていた別表番号15の白金の買玉20枚を1273円で,値洗い益の出ていた別表番号19の金の買玉20枚を941円でそれぞれ仕切り,委託証拠金30万4600円を交付した(争いがない)。

(この別表番号15の白金の買玉の決済は,不抜けである。)

(金 買37枚,売47枚)

(白金 買0枚,売20枚)

32  被告は,平成12年1月5日(以下,第40項まで平成12年については年の記載を省略する。),Cの電話勧誘により,金20枚(限月12月)を922円で買い付けた(別表番号20の取引)(争いがない)。

(金 買57枚,売47枚)

(白金 買0枚,売20枚)

33  被告は,1月11日,Cの電話勧誘により,値洗い益の出ていた別表番号20の金の買玉20枚を943円で仕切った(争いがない)。

また,被告は,同日,Cと面談した際,担当がDに代わるとの説明を受けたほか,ガソリン,灯油の先物取引を勧誘され,パンフレットを受領した(争いがない)。

(金 買37枚,売47枚)

(白金 買0枚,売20枚)

34  被告は,1月12日,Dの電話勧誘により,ガソリン200枚(限月6月)を2万2990円で買い付けた(別表番号21の取引)(争いがない)。

(金 買37枚,売47枚)

(白金 買0枚,売20枚)

(ガソリン買 200枚)

35(1)  被告は,1月14日午前,Dの電話勧誘により,灯油200枚を20710円で売り付けた(別表番号24の取引)。

(2)  また,被告は,同日昼,Dの電話勧誘により,値洗い益の出ていた別表番号21のガソリンの買玉200枚を2万3880円で仕切るとともに,別限月のガソリン200枚(限月7月)を2万3790円で買い付けた(別表番号22の取引)ほか,値洗い損の出ていた別表番号1の金の買玉10枚のうち3枚を973円で仕切った。

(この別表番号22の取引は,別表番号21のガソリンの買玉との関係で買直しにあたるものである。)

(3)  さらに,被告は,同日午後3時ころ,Dの電話勧誘により,ガソリン200枚(限月7月)を2万3590円で買い付けた(別表番号23の取引)ほか,灯油100枚(限月7月)を2万0500円で売り付けた(別表番号25の取引)。

(争いがない)

(金 買34枚,売47枚)

(白金 買0枚,売20枚)

(ガソリン買 400枚)

(灯油売 300枚)

36  被告は,1月18日,Dの電話勧誘により,多額の値洗い損の出ていた別表番号8の金の売玉37枚のうち20枚を966円で仕切った(争いがない)。

(金 買34枚,売27枚)

(白金 買0枚,売20枚)

(ガソリン買 400枚)

(灯油売 300枚)

37  被告は,1月19日,Dの電話勧誘により,ガソリン50枚(限月7月)を2万4550円で買い付けた(別表番号26の取引)(争いがない)。

(金 買34枚,売27枚)

(白金 買0枚,売20枚)

(ガソリン買 450枚)

(灯油売 300枚)

38  しかし,1月20日からガソリンが急落する一方,同月21日から灯油が急騰する展開となり(甲19の3,4,甲20),被告は,何度か,これを仕切ろうとしたが,できなかった(争いがない)。

39  被告は,1月27日,Dの電話勧誘により,値洗い損の出ていた別表番号17の白金の売玉20枚を1363円で,多額の値洗い損の出ていた別表番号23のガソリンの買玉200枚のうち150枚を2万2700円でそれぞれ仕切った。

(争いがない)

(金 買34枚,売27枚)

(白金 買0枚,売0枚)

(ガソリン買 300枚)

(灯油売 300枚)

40  被告は,1月31日,原告に1000万円を送金したが,その後,残っていた建玉を次のとおり仕切った。

① 2月9日(アは値洗い損の出ていたもの,イは値洗い益の出ていたもの)

ア 別表番号1の金の買玉10枚の残7枚 1061円

イ 別表番号2の金の買玉13枚の残10枚 1095円

② 2月22日(ア,ウは多額の値洗い損の出ていたもの,イは値洗い益の出ていたもの)

ア 別表番号8の金の売玉37枚の残17枚 1096円

イ 別表番号10の金の買玉17枚

うち7枚 1095円

うち10枚 1094円

ウ 多額の値洗い損の出ていた別表番号18の金の売玉10枚 1096円

③ 2月25日(いずれも多額の値洗い損の出ていたもの)

別表番号22のガソリンの買玉200枚 2万1670円

別表番号23のガソリンの買玉200枚の残50枚 2万1670円

別表番号24の灯油の売玉200枚 2万1260円

別表番号25の灯油の売玉100枚 2万1260円

別表番号26のガソリンの買玉50枚 2万1670円

(争いがない)

なお,③の仕切りは,被告が訴訟代理人の味岡申宰弁護士と相談した結果,行ったものである(弁論の全趣旨)

41  被告が本件取引により被った損失は,別表記載のとおり,売買差金2254万1000円,取引税26万8480円及び委託手数料536万9600円の合計2817万9080円であるが,このうち319万円6930円の差損金が,被告から原告に対して未払いとなっており,これが原告が本訴において請求しているものである(争いがない)。

42  なお,被告は,新規の売買の成立及び仕切の都度,被告からその取引についての売買報告書の送付を受けたほか,平成11年6月から平成12年2月までの間,未決済の建玉枚数・値洗差金等を記載した残高照合通知書の送付を受け,これに同封されていた「通知書の通り相違ありません。」との残高照合回答書を被告本社の管理部に送付していた(甲8の1ないし30,9の1ないし8,乙2ないし30)。

二  争点

1  原告による不法行為の成否,特に,

(1) 断定的判断の提供と利益保証的勧誘の有無(争点1)

(2) 被告が自己の判断により本件取引を行っていたか(争点2)。

(3) 両建て,損切り直し取引等の無意味な反復売買の有無(争点3)

(4) 過大な取引の勧誘の有無(争点4)

(5) 不法行為の成否についての結論(争点5)

2  過失相殺(争点6)

第三争点に対する判断

一  争点1について

被告は,Bが平成11年6月21日の勧誘の際,被告に対し,「金は今後必ず上がってゆく」と誤信させる説明をしたと主張・供述する。

しかし,Bは,「金が値上がりするであろうとのと予測は述べたものの,『必ず』との断定的な言い方はしていない。」と供述しているところ,被告がBのセールストークにより金が値上がりするとの期待を抱いて本件取引を開始するに至ったことは否定し難いと認められる(このことは,被告が,前記第二・一7のとおり,アンケート用紙の「商品先物取引に参加された理由はいかがでしたか」との設問に「情勢が良いと思ったから」と回答していることからも窺われる。)ものの,金相場の変動を確実に予測することが不可能であることは公知の事実であり,被告の学歴・年齢等に照らして,被告が確実に金が値上がりすると信じて本件取引を開始したと認めることは到底できず,この点に関する被告の主張・供述は採用できない。

また,被告は,別表番号21以下の取引を始める前に,Dから「中部商品取引所でガソリン・灯油の取引が今日から始まる。最初のときは,必ず上がる。」と勧誘を受けたと供述するが,被告は,この時点で,既に金と白金の取引により多額の損失を被っていたのであるから,金取引の場合と比較しても,被告がこのDの説明を完全に信じ切って取引を行ったとは,さらに考え難いところであり,この点に関する被告の主張・供述も採用できない。

二  争点2について

原告は,本件取引は,被告が自己の判断ないし相場観に基づいて行っていたと主張するところ,確かに,被告は,以前,外貨預金をしたことがあり(前記第二・一1),原告からのアンケートの「お取引の判断はいかがでしょうか」との設問に「新聞等を参考に」と答えている(前記第二・一7)から,金相場が為替相場の変動の影響を強く受けることや,為替相場の変動要因についての一般的な知識は有していたものと認められる。

しかし,貴金属や石油類の先物相場は,為替以外の様々な政治的・経済的要因等により変動するものであるから,為替相場について一般的な知識を有していた程度で,自己の判断で先物取引することができるとは考えられないことや,被告は,前記の「お取引の判断はいかがでしょうか」との設問に「営業社員の相場観を参考に判断している」とも答えており,「自分の意思で行っている」とは答えていないこと(甲14)等に照らすと,被告が原告の担当者らに自己の為替についての相場観を述べることはあったにしても,被告は,本件取引については,主として,原告の担当者らの判断にしたがっていたものと認められる(Cは,自己の担当した本件取引の経緯について比較的詳細な陳述書(甲16)を提出しているが,証人尋問においては,実際には,あまり取引経過については記憶がなく,この陳述書は推測で書いたものである旨供述している。)。

三  争点3について

1①  既存建玉を仕切るとともに,同一日内で新規に「売直し」又は「買直し」を行うこと(限月を含む。)は,通常は委託者にとって委託手数料の負担が増すだけの無益な取引であること,

②  「途転」は,相場感の変化があったときには,合理性を有するものの,無定見・頻繁に行われると,いたずらに委託手数料が増すだけになること,

③  「両建」は,売りと買いの双方に証拠金と委託手数料を必要とする上,両建したときに仕切った場合と同額の差損益が確定するから,特別の事情のない限り,委託手数料の負担が増すほか,その経済的効果は,仕切った場合とほとんど同じであること,

④  「不抜け」は,取引によって利益が発生したものの,手数料等を差し引くと差損金が発生するものであり,委託者にとっては相場観の変化等によって,その時点で仕切ることが合理的な場合にのみ合理性を有するものであること

は裁判実務上,顕著な事実である(なお,原告は,両建とは,同一銘柄,同一限月の商品の売玉と買玉とが同時に建っている場合のみをいい,同一銘柄であっても,異限月のものは損益が固定せず,場合によっては売玉,買玉とも損(益)となる可能性があるから,本来の両建とは似て非なるものであると主張する。しかし,異限月の建玉が安定的にほぼ同一の値動きをしている状況下においては,本来の両建と非常に類似した機能を持つことは認めており,本件において,このような値動きがなかったとの主張・立証はないうえ,そもそも損益を固定させる意味すらないとすれば,異限月の両建には,経済的なメリットは見い出し難く,同一限月の両建以上に有害無益なものというほかない。)。

2  しかして,本件取引のうち,両建,途転,買直し,売直し取引及び不抜けに該当する取引を含むのは,前記第二・一で認定したとおり,取引回数26回中,13回(同一建玉について重なっている場合は,重複させず,1回と計算する。)であり,取引枚数でみると,金は294枚中,162枚,白金は80枚中,50枚,ガソリンは650枚中,200枚,灯油は300枚中,0枚であり,金と白金については極めて高率であって,これらの取引において生じた売買差金が,全売買差金(マイナス)2254万1000円の半分以上の(マイナス)約1300万円を占めていることが認められるから,本件取引のうち金及び白金の取引に無意味な反復売買が多数含まれていることは明らかというべきである。

四  争点4について

原告の受託業務管理規則には,商品先物取引の経験のない者に対する習熟期間や登録外務員の判断枠等に関する規定はないが,「管理担当者は,取引枚数が21枚以上及び101枚以上となった委託者に対し,速やかに訪問して調査・指導を行い,当該委託者の内容から見て,明らかにふさわしくないと判断される売買取引については,抑制を促す。」(7条(4))との定めがある(甲11)ところ,原告は,被告が本件取引により多額の損失を被るまでこのような措置を講じた形跡がないばかりか(Bは,そもそも,本件取引当時,このような規定があることを知らなかった旨供述している。),Cは,本件取引開始後,3か月も経過しない平成11年9月2日に,既に100枚以上の取引を勧誘し,Dに至っては,前日に,パンフレットを渡されたにすぎない被告に電話で,ガソリン200枚もの勧誘を行い,そのわずか2日後には,買い直し分を含めてガソリン400枚,灯油300枚という総取引金額が3億円以上にのぼる巨額の取引を勧誘しながら,自分自身は,総取引金額がどのくらいの金額か認識していなかった(証人D)というのであって,原告が被告に対して著しく多額の取引を十分な説明なく,勧誘していたことは明らかというべきである。

五  争点5について

以上のように,原告の従業員らは,先物取引の経験のない被告が前記三,四で認定したような経済的合理性に乏しい取引を反復したり,過大な取引を行えば,原告が多額の委託手数料を取得できる一方,被告が巨額の損失を被る可能性が高いことを容易に察知できたはずであるのに,約536万という多額の委託手数料を取得しながら,このような取引を被告に勧誘し続けていたこと等に照らすと,原告の従業員らは,もっぱら被告から委託手数料を得る目的で無意味ないし過大な取引を勧誘していたものと推認するほかなく,このような原告の行為が,委託者である被告に対する善管注意義務に反することは明らかであるから,原告は,不法行為に基づき,被告が本件取引によって被った損害を賠償する責任がある。

六  争点6について

本件に表われた一切の事情,とりわけ,被告の学歴・職歴,被告は,商品先物取引の仕組みや危険性等については一応理解しており(これは,前記第二・一7,18のアンケートに対する被告の回答により窺われる。),ある程度の損失を被ることも覚悟して本件取引を開始したうえ,多額の損失が発生したことから,これを取り戻そうとして,さらに取引を継続・拡大していったこと(このことは,被告の陳述書(乙31)中の「(本件取引の最終時期である)平成12年2月1日に前日入金した保証金でさらにガソリンの買い付けをしようとしたが,原告のE支店長に制止された。」旨の記述からも窺える。),被告の損失の相当部分は,金及び灯油の急騰と,ガソリンの急落という先物取引に内在する危険性が現実化したことにより生じたもので,原告の不法行為との関連性に乏しい面があること等,過失相殺の割合を拡大すべき事情も少なからず認められる。

しかし,原告が被告から委託手数料を得る目的で無意味ないし過大な取引を勧誘していたと推認すべきことは前記五のとおりであり,本件取引により被告が被った損失は,被告が当初,予期していた額をはるかに上回るものであったと推察されること等を考慮すると,過失相殺の割合は6割にとどめるのが相当である。

七  結論

よって,被告の反訴請求は,差引損益金計2817万9080円に6割の過失相殺をした1127万1632円から,被告から原告に対して未払いとなっている差損金319万円6930円を相殺控除した807万4702円に,弁護士費用80万円(認容額の約1割)を加えた887万4702円及びこれに対する不法行為の日(最終仕切日である平成12年2月25日)から支払済みまで民法所定年5分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由があり,原告の請求は理由がない。

(裁判官 大野和明)

<以下省略>

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