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新潟地方裁判所 平成12年(ワ)707号 判決 2003年3月28日

主文

1  被告らは,原告に対し,連帯して金1924万7906円及びこれに対する平成7年10月16日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

2  原告のその余の請求をいずれも棄却する。

3  訴訟費用はこれを10分し,その3を原告の負担とし,その余は被告らの負担とする。

4  この判決は,第1項に限り,仮に執行することができる。

事実及び理由

第1請求

被告らは,原告に対し,連帯して金2750万円及びこれに対する平成7年10月16日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

第2事案の概要

本件は,被告Aが開設するB病院において,平成7年10月16日,被告Cから人工股関節置換術の施術(以下「本件手術」という。)を受けた原告が,①被告Cが本件手術についての適応の判断を誤って本件手術を実施した過失,ないし,②被告Cが本件手術について十分な説明を実施しなかった過失があり,これらの過失により原告に後遺症が生じたとして,被告Aに対しては,不法行為(民法715条)または債務不履行に基づく損害賠償として,被告Cに対しては,不法行為(民法709条)に基づく損害賠償として,入通院慰謝料,後遺症慰謝料,逸失利益及び弁護士費用のうち合計2750万円の支払を求める事案である。

1  前提事実(当事者間に争いのない事実並びに証拠〔甲1,甲2,甲6,甲10,甲11,乙1ないし3,乙6,乙11,原告本人,被告C本人(第1回,第2回)〕及び弁論の全趣旨により容易に認められる事実)

(1)  当事者

ア 原告は,昭和12年9月22日生まれの女性(本件手術当時58歳)で,本件手術を受けるまでは理容師として稼働していた。

(ア) 被告Aは,本件手術当時,新潟県北蒲原郡a町b番c号において,B病院を開設していた者であり,同病院において稼働していた被告Cの雇用者であった。

(イ) 被告Cは,B病院の病院長として稼働していた医師で,原告に対し,本件手術を実施した。同被告は,昭和52年5月ころから平成7年3月ころまで,D病院整形外科に在籍していたが,平成7年4月にB病院の院長に就任し,本件手術当時,B病院に勤務していた。

(2)  従前の診療経過

ア 原告は,左股関節化膿性股関節炎に罹患したため,昭和25年ころ(当時13歳),同患部をギプス固定する左股関節固定術を受けた。

イ 原告は,昭和31年ころ(当時19歳),D病院で,昭和41年ころ(当時29歳),E病院で,それぞれ,左股関節の変形に対して,大腿骨(骨頭のすぐ下の部分)を切って骨を曲げ骨頭を寛骨臼の方へ押し込む内反骨切り術を受けた。

(ア) 原告は,昭和59年6月5日(当時46歳),D病院を外来で受診し,当時,同整形外科に在籍していた被告Cの診察を受けた。その際,原告は,痛みはないが非常に歩きにくいことを理由に,左股関節を人工股関節とすることを希望したが,被告Cは,診察の結果,左下肢の筋萎縮が認められ,股関節を人工股関節に置換しても片脚立位できなくなること等を理由に,これを実施することを断った。

(イ) 原告は,平成2年12月7日(当時53歳),D病院でF医師の診察を受け,その際,股関節を人工股関節に置換することを希望したが,過去の感染症のことを理由にこれを断られた。

(ウ) 原告は,平成3年1月11日(当時53歳),D病院で,被告Cの診察を受けた。その際,被告Cは,原告の症状について,他の関節が代償していた機能が低下したため歩行等日常生活の状態が悪くなったと診断したものの,人工股関節置換術は行わず,それまでの治療を継続することとした。

(3)  B病院における診療経過

ア 原告は,平成7年,原告の親戚がB病院に入院していたため,同病院にお見舞いに行ったところ,偶然,被告Cと再会した。

イ 原告は,同年8月7日及び9月6日に,B病院で,被告Cの診察を受けた。

原告は,同年10月5日,B病院に入院した。

原告は,同月12日,被告Cの診察を受けた。

ウ 被告C,G医師及びH医師らは,同月16日,原告に対し,左股関節を人工股関節に置換する人工股関節置換術(本件手術)を施術した。

エ 原告は,本件手術後,B病院でリハビリに努め,同月31日には自力患肢挙上が可能になり,同年12月1日には3分の1部分荷重で,同月14日には2分の1部分荷重で,それぞれ歩行訓練を開始し,平成8年1月19日には一本杖歩行が可能になったが,同年2月15日,一本杖歩行の状態で,B病院を退院した。

オ 原告は,平成8年2月28日,同年3月25日及び同年5月30日に,B病院外来で,被告Cの診察を受けた。

原告は,3月25日の診察の際に,リハビリのため,再入院することを希望したが,被告Cはこれを断った。

(4)  原告の現在の症状

原告には,現在,左股関節に,筋力低下,疼痛及び著しい運動障害がある。

また,原告は,本件手術後,理容師に復帰したことはない。

2  争点

(1)  被告Cによる過失の有無

ア 適応を欠いた本件手術を実施したことによる過失の有無

イ 説明義務違反による過失の有無

(2)  過失と障害との間の因果関係の有無

(3)  損害額

3  争点に関する当事者の主張

(1)  争点(1)(被告Cによる過失の有無)について

ア 原告の主張

(ア) 適応を欠く手術の実施

a 本件手術の適応

本件手術は,成績が必ずしもよいとはいえず,その適応について,一定の見解は得られていないが,少なくとも,本件手術当時,適応があったといえるためには,以下の要件が必要である。

① 患者の術前の疼痛や機能障害が生活を破壊したり,著しい障害を持つものであること

② ①の原因が股関節の硬直に起因するもので,人工股関節置換術によりこれが改善される見込みがあること

③ ①及び②について必要十分な問診,検査等を実施してこれを確認すること

④ 人工股関節置換術を実施した場合,外転筋の回復は少しずつであることが多く,筋力の改善は少なくとも2年以上かかり,場合によっては5年以上要すること,したがって,術後に歩行補助具を要する可能性が高まり,松葉杖を必要とする可能性が高いこと等を患者に十分説明した上で,その納得を得ていたこと

b 本件手術前の原告の状態

① 生活状況

原告は,本件手術前までは理容業を営んでおり,自宅から職場である床屋まで自転車で通い,理容の仕事を支障なくこなしていた。固定された股関節に痛みはなく,仕事が立ち通しの時には疲れが出て腰部が痛むことがあったり右膝の関節が痛むことがあったりはしたが,一晩寝れば,その痛みも取れる程度のものであった。

また,平成7年3月に,原告の娘婿であるIが自宅を新築し,その際に多額の借金をしたため,原告もI夫婦を経済的に援助する必要が生じ,原告は理容業を継続する必要があった。したがって,原告としては,補助具なしで立位を継続することが生活上不可欠であり,本件手術を受けることによって理容業を継続できなくなる可能性があれば,本件手術を受けることができない状態にあった。

② 股関節の状態

上記①のとおり,原告の疼痛や機能障害は,生活を破壊したり,著しい障害を持つものではなかった。

また,昭和59年に被告Cが,原告には本件手術の適応がないと判断した以後,原告の左股関節の周囲筋が増強するような事情はなく(股関節が固定されており同部分の筋肉を増強することはできない。),同筋肉は昭和59年当時と同様に萎縮していた(むしろ,固定期間がより長期化したものであるから,筋萎縮はより進んでいたものと思われる。)。本件手術前のCT写真(甲17)では,股関節周囲の筋肉に左右差があり,健側の右足に比較して左足には筋萎縮が認められた。

c 被告Cによる診療

被告Cは,本件手術を実施することを決定した平成7年8月7日の診察において,両股関節及び腰椎のX線写真を撮影し,原告を歩行させたものの,疼痛や機能障害に関する十分な問診を行わず,徒手筋力検査等の筋萎縮の状態を把握する検査を一切実施しなかった。被告Cは,その後も,本件手術前までに,左足の太さ,筋力検査,筋電図検査等を実施しなかった。被告らは,必要な検査は全て実施したと主張するが,それらが記載されていなければならないカルテ(乙2)には,問診の内容,筋力検査の結果等について一切記載がない。

被告Cが問診,検査を十分に実施していれば,原告には機能障害はなく疼痛も生活に支障を来すようなものでないこと,股関節周辺の筋肉に顕著な萎縮があり仮に本件手術を実施した場合には歩行の際,松葉杖等の補助具を使用する可能性が高いこと,したがって,理容業を継続することは困難となることを認識し得ていたものであり,本件手術は適応に欠けることが明らかになっていたものである。

d 被告Cの過失と被告Aの責任

以上のとおり,被告Cが十分な検査をしていれば,適応に欠ける本件手術は実施されなかったものであり,原告は従前どおり理容師として稼働できていたものである。

仮に,被告CがD病院での従前の診療経過から,原告の左足筋力が顕著に萎縮していたことを認識し,それでもなお本件手術の適応があると判断していたのであれば,適応の判断について誤ったものである。

このように被告Cが適応がないにもかかわらず本件手術を実施したことは,注意義務違反にあたるので,被告Cは過失がある。また,被告Cを履行補助者ないし被用者としていた被告Aもこの過失について責任を負う。

(イ) 説明義務違反

a 説明義務

本件手術は,これをしなければ死亡する等の緊急性を要するものではなく,患者の今後の生活設計や生活スタイルを十分に考慮し尊重した上で,患者の利益になるようにされるべきものであるから,患者がその手術に関する利害得失を十分に理解した上でなされるべきものである。特に,本件手術は,一定の定まった評価がない状態にある治療法であったのだから,被告Cには,以下の事項について十分な説明を実施する義務があった。

① 人工股関節置換術は,患者の術前の疼痛や機能障害が生活を破壊したり,著しい障害を持つものであるときに実施されるものであること

② 人工股関節置換術は,①の原因が股関節の強直に起因するもので,股関節置換術によりこれが改善される見込みがある場合に実施されるものであること

③ 人工股関節置換術を実施した場合,外転筋の回復は少しずつであることが多く,筋力の改善は少なくとも2年以上かかり,場合によっては5年以上要すること,したがって,術後に歩行補助具を要する可能性が高まり,松葉杖を必要とする可能性が高いこと

b 原告の希望

原告は,上記(ア)b①のとおり,それ以後も,理容師として稼働する必要があったため,本件手術を受ける条件として,理容師として再稼働できることを明示的に求めていたものであり,被告Cもそのことを認識していた。

c 被告Cによる説明

① 被告Cは,平成7年8月7日,原告を診察した際に,「関節を固定した左足に痛みはなく,1~2年前から疲れた時に時々腰痛があり,右足が痛くなることがある。」と言う原告に対し,「股関節が悪いため腰椎が横に曲がって歪みが来るせいだから,人工関節にして股関節が動くようになれば腰椎も真っ直ぐになるし両足に均等に力が掛かる様になるから疲れも痛みもなくなる。理容の仕事も半年もすれば復帰できる。」と説明した。また,被告Cは,同年10月5日,原告がB病院に入院した際に,「ほんの少しでも仕事ができなくなるような危険性があるのであれば,本件手術を受けたくない。」と言う原告に対し,「絶対心配は無いから任せなさい。」と言った。

② 被告Cは,以上のような断定的な説明をして,原告に本件手術を受けるよう勧め,これを受けることを承諾させた。

③ 仮に,被告Cが上記①のような断定的な説明をしたことが認められないとしても,被告Cが弁解する説明内容は,上記aの説明すべき内容を満たしていない。

d 被告Cの過失と被告Aの責任

以上のとおり,被告Cが本件手術につき十分な説明をしていれば,原告は本件手術を受けず,従前どおり理容師として稼働できていたものである。

このように被告Cが本件手術につき十分な説明を実施しなかったことは,注意義務違反にあたるので,被告Cには過失がある。また,被告Cを履行補助者ないし被用者としていた被告Aもこの過失につき責任を負う。

(ウ) よって,被告Aは,債務不履行または不法行為(民法715条)に基づき,被告Cは不法行為(民法709条)に基づき,原告が被った損害を賠償する義務がある。

イ 被告らの主張

(ア) 本件手術の適応について

a 適応の存在

原告のいう人工股関節置換術の適応についての考え方が正しいかどうかは別として,本件では,原告に対する人工股関節置換術の適応はあった。

原告には,脊椎骨の変形(骨棘)が生じていた。これは,老化現象によって生じたものであるのみならず,負担のかかった部分に余計生じたものであり,また,腰椎の椎間が狭くなったりしていたため,日常生活上も理容業という仕事の障害となる程の腰痛があった。これは,股関節が固定されており周辺の関節(この場合は腰)を余計に動かす必要が生じたため,負担が大きくなり腰に痛みが生ずるものであるから,人工股関節置換術によって股関節が動くようにして,さらにリハビリで筋力を強化すれば改善するものである。

b 検査の実施

被告Cは,本件手術に必要な検査は全て実施した。

被告Cは,原告の股関節固定術施行後の状態については,D病院在籍時に十分検査を実施していたので,その内容は承知していた。B病院においては,原告の状況(痛みや動き具合)を問診し,筋肉の状況や萎縮の有無,神経麻痺の有無その他必要な事項に関する検査を行った。すなわち,左足の筋力については,長期に渡る固定のために筋力低下はあるものの,筋の麻痺がないことを確認したものであり,歩行能力,片脚起立能力,下肢挙上・外転能力などについては,外来時と入院時に検査して,いずれも股関節周辺筋が収縮括約することを確認し,術後の訓練を十分に行えば起立歩行が可能になると判断した。筋電図検査は,神経障害等で筋が麻痺した際の回復状況を時期を追って判断するものであって,筋力検査の判断の唯一のものでもなく,また,本件ではその適応でもない。

被告Cにとって原告は以前に検査を実施したことがある患者であり,被告Cは,原告の股関節固定術以後の状況を知っているから,初めての患者に対するような教科書的な検査を一から全部行って記録する必要はなく,人工股関節置換術に必要な範囲で検査をすれば足りる。また,診療録に逐一記載していないからといって,それをしていないということにはならない。

(イ) 説明について

原告は,平成7年8月7日,人工股関節を希望して,B病院で,被告Cの外来を受診した。

被告Cは,同年9月6日,B病院で,被告Cの診察を受けた原告に対し,原告の左下肢は長期間の固定により筋力低下があること,筋の麻痺はないので回復は期待できるがそのためには術後の強力なリハビリが必要となること,また,化膿性炎症が再燃する危険性があることなどを説明した。また,術後の予後については,左股関節が動かないことによる腰椎と膝への負担を,股関節が動くようにすることで軽減できるので痛みが楽になる可能性があること,術後の筋力訓練が十分に行われれば,理容業への復帰の可能性があり得ることを説明した。

被告Cは,理容業復帰の可能性は,筋力訓練の成果によるということを説明したものであり,原告は,それを理解した上で,本件手術を希望したのである。

(ウ) 被告らの責任

以上より,被告Cに過失はなく,被告らは何らの責任も負わない。

(2)  争点(2)(因果関係の有無)について

ア 原告の主張

原告は,被告Cの意向により,B病院を退院し,退院後は,被告Cらの指示に従ってリハビリに努めた。しかし,結果が思わしくなかったことから,原告は,被告Cに対し,再度入院してリハビリを受けたいと申し入れたが,被告Cに断られた。この事実からすれば,被告Cとしては,本件手術後において杖や松葉杖を必要とする状態になる可能性が高いことを十分認識しており,松葉杖で歩行できる状態にまで回復すれば,リハビリとして十分であると考えていたことを窺わせる。

原告は,B病院を退院した後も,筋力強化のリハビリに努めてきた。にもかかわらず,原告には,左下肢の筋力低下が生じている。

したがって,原告の筋力低下は,原告がリハビリを怠ったため生じたものではなく,本件手術の適応が欠けていたことを原因として生じたものであり,被告Cが行った本件手術と原告に生じた損害との間には相当因果関係がある。

イ 被告らの主張

原告の左下肢に筋力低下が生じた原因は,原告が医師の指示に従わずに必要な筋力強化の訓練を受けなかったことにある。したがって,被告Cが行った本件手術と原告に生じている障害との間には,相当因果関係がない。

原告は,本件手術後,平成8年2月14日まで,筋力強化訓練に励み,一本杖歩行が可能になるまで回復した。しかし,原告は,被告Cら医療関係者が,歩行訓練を引き続き行うように勧めたにもかかわらず,孫が可愛くて側にいたいので入院を続けられないと言って,同月15日に一本杖歩行の状態でB病院を退院した。

退院に際して,被告Cらは,原告に対し,リハビリ訓練のために外来で通院するように勧めたが,原告はほとんど通院しなかったため,筋力の十分な改善がはかれなかった。

原告は,その後,他の病院等でリハビリを行ったと言うが,リハビリは適切な時期に適切な方法で行わなければ効果がない。

(3)  争点(3)(損害額)について

ア 原告の主張

(ア) 入通院慰謝料   150万円

原告は,本件手術により,約4か月B病院への入院を余儀なくされたうえ,退院後は筋力回復のためのリハビリをせざるを得なくなったが,これに対する慰謝料としては,150万円が相当である。

(イ) 後遺症慰謝料 1000万円

原告は,本件手術の結果,仕事が全くできなくなり,また,杖に頼る歩行となり日常生活で不便を強いられているので,これに対する慰謝料としては,1000万円が相当である。

(ウ) 逸失利益   2736万1625円

原告は,本件手術前,理容師として稼働していたものであり,本件手術時において58歳であったのだから,理容師として69歳までの11年間は稼働することができたものである。また,原告は,従前は,理容師としては100パーセントの稼働ができていたにもかかわらず,本件手術により,理容師としては全く稼働できなくなり,また,家事労働も相当の制限を受けることになったものであるから,労働能力の喪失率は,100パーセントと評価するのが相当である。

平成7年当時の女子平均賃金は,年329万4200円であるから,これを基礎として,就労可能年数を11年間とし,中間利息をライプニッツ式計算法によって控除して原告の逸失利益を算定すると,2736万1625円(小数点以下切捨)となる。

3,294,200×8.306=27,361,625円

(エ) 請求額    2500万円

よって,損害は3886万1625円となるところ,原告は,被告らに対し,連帯して,内金2500万円を支払うよう求める。

(オ) 弁護士費用   250万円

原告は,原告訴訟代理人に対して上記請求額の1割にあたる250万円を弁護士報酬として支払う旨約した。

イ  被告らの主張

被告らには債務不履行ないし不法行為はなく,何らの損害賠償義務も負わない。

第3当裁判所の判断

1  争点(1)(被告Cによる過失の有無)について

(1)  認定事実等

ア 医学的知見

(ア) 股関節固定術

証拠(甲4,甲7,甲20,乙8,乙12の1及び2)によれば,股関節固定術に関する医学的知見は次のとおりである。

a 概要

股関節固定術は,股関節の無痛性と支持性の獲得を目的として,股関節を骨性に癒着させる手術法である。

b 適応

① 疾患

炎症や感染によって関節軟骨が破壊され,かつ,人工物を使用して関節再建を図ると炎症の再燃が危惧される疾患に対して行われる。

化膿性股関節炎,関節内骨折の術後感染,股関節結核などが代表的疾患である。

② 他部位の状態

手術後,代償機能が要求されることから,対側股,骨盤,両膝関節,及び下位腰椎が正常であることが必要である。

③ 年齢及び性

年齢は,筋及び骨格がしっかりし,他部位における代償能力を有する壮青年,特に40歳未満が適応である。

男性に行う場合は問題はないが,女性に行う場合には,術後性生活に支障を来すとの報告があり,慎重でなければならない。

④ 職業

長時間の立ち仕事,重度筋力労働及び農業従事者などが対象となる。

c 術後成績

偽関節が発生する危険があること,隣接関節への悪影響があること,日常生活上の不自由が生ずることなどの欠点も指摘されているが,良肢位での固定さえ完成すれば,長期の安定した成績が得られると評価されている。

(イ) 人工股関節置換術

証拠(甲4,甲5,甲8,甲20,乙8,乙12の1及び2)によれば,人工股関節置換術に関する医学的知見は次のとおりである。

a 概要

人工股関節置換術は,人工骨蓋や人工骨頭による人工股関節を骨に固定して,股関節を人工股関節に交換する手術である。

b 適応

高度の関節破壊と疼痛,それに伴う日常生活上の制限がある場合で,骨切り術などの他の方法での治癒効果が期待できないときに適応がある。

① 疾患

一次性,二次性を問わず,変形性股関節症,大腿骨頭壊死症などに適応がある。

② 臨床状況

疼痛が強く,歩行や基本的な日常動作に大きな制限が生じた場合に実施される手術である。

③ 職業等

人工股関節の緩み,摩耗などの合併症が生じやすいため,肉体労働,立ち仕事及びスポーツなどの活動性レベルの高いことをする患者に対しては,一般的に適応はない。

④ 年齢

適応年齢は,50歳から70歳程度とされるのが一般である。

⑤ 股関節固定術を受けた患者に対する適応

患者が,生活に支障を来すほどの腰痛等他の関節等の痛みの消失や股関節が可動性を回復することによる日常生活上の動作の改善を望む場合には,人工股関節置換術の実施を検討する余地がある。

もっとも,股関節固定術を受けた患者に対する人工股関節置換術については定まった評価が得られているわけではないので,適応を慎重に検討しなければならず,また,術前に,患者に対しては,術後に杖などの歩行補助具を要する可能性が高まる等十分な説明を実施し,その納得を得る必要がある。

なお,術後の筋力の回復については,改善は少しずつであり,少なくとも2年,しばしば5年かそれ以上かかるとの報告がある。

c 術後成績

人工股関節の緩み及び摩耗,脱臼並びに感染などの合併症が生ずることもあるが,一般的に,疼痛が改善され,長期にわたり良好な固定が保たれるなど成績は良好である。

イ B病院における診療経過

(ア) 入院前の原告の生活状況

前提事実及び証拠(甲6,甲12ないし15,原告本人,被告C本人〔第1回〕)によれば,以下の事実が認められる。

a 原告は,本件手術前は,理容師として,毎日午前8時ころから午後9時ころまで稼働していた。

左股関節は固定されていたが,仕事には支障はなかった。

b 原告の娘婿であるIは,平成7年3月,dに自宅を新築し,その際,約5500万円の借金をした。

原告は,平成7年4月ころ,I夫婦が建てた家に引っ越したため,そこからeにある理容店まで,約4キロメートルの道のりを自転車で通勤するようになった。

c 原告は,I夫妻を経済的に援助するためにも,理容業を継続することを強く希望していた。

(イ) 本件手術前における原告の股関節等の状態

a 筋萎縮

前提事実,証拠(甲6,甲17,乙1ないし3,乙9,原告本人)及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。

被告Cが原告を診断した昭和59年6月5日当時,原告の左股関節は,既に長期間にわたり固定されており筋萎縮が生じていた。

その後,原告の左股関節は固定されたままであったため,平成7年8月7日においても,原告の左大腿の筋肉は萎縮しており,外見上も,左大腿は右大腿よりも細くなっていた。

b 疼痛

前提事実,証拠(甲6,乙3,原告本人)及び弁論の全趣旨によれば,本件手術当時,原告には,右股関節及び腰に,立ち通しで疲れたときなどに痛むが一晩寝ると治る程度の軽度の痛みがあったことが認められる。

ところで,被告らは,原告には脊椎骨の変形(骨棘)が生じており,また,腰椎の椎間が狭くなったりしていたため,原告には,本件手術当時,強い腰痛があったと主張する。

しかし,以下に述べるとおり,これを認めるに足りる的確な証拠はない。

① 被告C(第1回)は,平成7年8月7日に原告を診察した際に,原告が股関節には変わりはないけれども,腰の痛み,膝の痛みが強くて,日常生活がつらいということを訴えていたと供述し,乙11(被告Cの陳述書(2))にも,原告が腰の痛みで仕事や日常生活がつらいと言っていた旨の記載がある。

しかし,被告C(第2回)は,骨棘そのものが痛みを起こすかどうかということははっきり証明できない,腰椎の5番と仙椎の間の椎間板腔が狭窄していることにより腰痛が生じていることを神経学的に説明することはできないとも供述しており,そもそも骨棘及び椎間の狭窄により被告が主張するような強い腰痛が生じるものであるのか明らかでない。さらに,被告Cは,当初は,膝及び腰の痛みについて供述していたものが,第1回供述の途中から,腰の痛みについてのみ供述するなどその供述内容が曖昧であるばかりか,そうした事実が本来記載されていなければならないカルテ(乙2)にも,痛みの程度について何ら記載がなされていない。

したがって,被告Cの供述及び乙11を採用することはできない。

② また,証人J(以下「J」という。)は,平成7年9月6日に,原告が被告Cの診察を受けた際に,腰が痛い,膝の痛みがひどいと言っていたと供述し,乙5(Jの陳述書)にも同旨の記載がある。

しかし,Jの供述等は,いつ,どういった場合に,どの程度痛むのか,何ら具体的なものではなく,はなはだ曖昧な供述であるといわざるをえず,信用することができない。

したがって,Jの供述及び乙5は採用できない。

③ 他に,上記認定を左右するに足りる的確な証拠はない。

(ウ) 実施された検査の内容

a 証拠(甲6,甲17,乙3,乙9,原告本人)及び弁論の全趣旨によれば,被告Cは,原告を診察した際に,原告を診察室のドアのところまで歩かせ,原告に左足で片脚立ちさせる検査をしたこと,平成7年8月7日,原告の腰部,股関節等のレントゲンを撮影したこと,同年10月5日,原告の骨塩量を測定する検査を実施したこと,同月6日,原告の股関節,大腿部等のCT撮影を行ったこと,しかし,原告の股関節の状態や大腿,下腿を直接見たり,触診したりすることを全くしなかったこと,以上が認められる。

b 被告らは,上記の検査に加え,筋肉の状況や萎縮の有無その他必要な事項に関する検査を全て行ったと主張するが,これを認めるに足りる的確な証拠はない。

被告C(第1回,第2回)は,筋肉が麻痺しているかどうか筋力の低下があるかどうかを診るために,徒手筋力検査を実施したと供述し,乙6(被告Cの陳述書)には,原告の左足について,歩行能力,片脚起立能力,下肢挙上能力,外転能力など,外来受診時と入院時に行っていずれも股関節周囲筋が収縮活約することを確認した旨の記載がある。

しかし,被告C(第1回)は,原告に対する検査について具体的には覚えていないと供述しており,結局,この供述は記憶の裏付けを欠く曖昧なものであるといわざるを得ない。また,被告C(第1回)は,検査を実施したらカルテに記載するものである旨供述しているが,乙2及び乙3には,このような検査について一切記載がなく,かえって,乙3の6頁10月17日の欄には「本人 ope前に筋力検査(MMT)を施行されなかった事を気にしている」との記載がある(なお,この記載について,被告らは,原告ないしH医師が,筋力検査と筋電図検査を誤解して記載したものではないかと主張するが,原告は骨切り術を受けた時の経験から筋力検査と筋電図検査を明確に区別して認識しているものである(甲6)し,医師であるH医師がそのような勘違いをしているとは通常考えられない。)。

したがって,被告Cの供述及び乙6を採用することはできない。

c 他に,上記aの認定を左右するに足りる的確な証拠はない。

(エ) 本件手術に関する説明内容

a 証拠(甲6,乙3,原告本人)及び弁論の全趣旨によれば,被告Cが,原告に対し,①平成7年8月7日の診察の際に,レントゲンを示しながら,人工股関節にして股関節が動くようになれば歪みが直って楽に仕事ができるようになる,半年もすれば確実に理容業に復帰できると説明したこと,②平成7年10月5日の入院の際に,化膿性の股関節炎が再発するおそれがあるが切り取った骨を半年間冷凍保存しておいて炎症が再発した場合には股関節を元に戻して再固定するから,この場合でも,半年もすれば確実に理容業に復帰できると説明したことが認められる。

b ところで,被告らは,被告Cが,平成7年9月6日の診察時に,原告に対し,筋力訓練をすれば理容業に復帰できる可能性があることを説明したに過ぎず,原告が理容業へ復帰できる可能性について断定的な説明はしていないと主張する。しかし,以下で述べるとおり,そのような事実を認めるに足りる的確な証拠はない。

① 被告C(第1回)は,リハビリの重要性を強調し,術後の筋力訓練が十分に行われれば,理容業への復帰はあり得ると説明したに過ぎず,理容業への復帰を確約したことはないと供述し,乙6(被告Cの陳述書)にも同旨の記載がある。

しかし,このような説明が記載されていなければならないはずのカルテ(乙2,乙3)には,何らその旨の記載がない。また,この説明内容からすれば,本件手術後,理容業へ復帰できる可能性は不明であるといわざるを得ないが,前述のようにI夫婦を経済的に援助するために理容業への復帰を強く希望していた原告が,このような説明により十分納得して本件手術を受けたとは到底考え難い。

したがって,被告Cの供述及び乙6を採用することはできない。

② Jは,平成7年9月6日に,原告が被告Cの診察を受けた際に,その場に同席し,被告Cが原告に対し,リハビリはかなり人より余計にやらなければならず,その回復いかんで復職できると説明していたのを聞いたと供述し,乙5(Jの陳述書)には,同日,原告の診察に同席した際に,被告Cが原告に対し,人工股関節を入れても理容師への復帰は100パーセントは保証できないと言った旨の記載がある。

しかし,証拠(被告C本人〔第1回〕)によれば,同日の診察には,原告の娘(K)が同席していたと認められるところ,Jは,Kは同席していなかったと供述し,また,Jは,診察に同席するに至った経緯につき,原告から頼まれたわけではなく,看護婦から言われてたまたま同席したと供述するが,その経過が不自然であるばかりか,内容自体もはなはだ曖昧であり,Jが同日の診察に同席していたとは直ちには認め難い。さらに,理容業への復帰を強く希望していた原告が,このような説明で納得して本件手術を受けたとは到底考え難い。

したがって,Jの供述及び乙5を採用することはできない。

③ 乙13(L〔B病院整形外科外来担当看護師〕の陳述書)には,同女は,平成7年10月12日に,被告Cが原告に対し,手術後,理容業に100パーセント復帰できるとは保証できず,復帰できるかどうかはリハビリをしっかりやるかによると説明したのを聞いた旨記載されている。

しかし,被告C及びJは,被告Cが,同日,原告に対し,上記のような説明をしたとまでは供述していないし,また,理容業への復帰を強く希望していた原告が,このような説明により納得して本件手術を受けたとは到底考え難い。

したがって,乙13を採用することはできない。

④ その他に,上記aの認定を左右するに足りる的確な証拠はない。

(オ) 原告が退院した経緯

証拠(乙3,乙6,被告C本人〔第1回〕)及び弁論の全趣旨をによれば,原告は,平成8年2月15日,被告Cの許可を得て,B病院を退院したことが認められる。

(2)  本件手術の適応の有無

ア 前述の人工股関節置換術に関する医学的知見からすれば,原告について本件手術の適応を決定するにあたっては,原告に強い疼痛や著しい機能障害が生じているか,その疼痛や機能障害が股関節の強直に起因するものであるか,本件手術により疼痛や機能障害が改善される見込みがあるか等の事項について,問診や検査を実施する必要があったものと認められる。

さらに,原告は理容業に復帰することを強く希望していたのであるから,被告Cは,原告の筋肉が,本件手術後,理容業に復帰するのに耐えうる状態にあるのかをも十分に検査し,また,これらの検査を前提に,原告に対して十分な説明を行って,本件手術を実施するか否かを最終的に決定する必要があったと認められる。

イ 前記認定事実によれば,原告は,本件手術前,左股関節に筋萎縮があり右股関節及び腰に軽度の痛みがあったものの,理容師として特に問題なく稼働できていたのであるから,原告には,本件手術当時,強い疼痛や著しい機能障害はなく,また,それに伴う日常生活上の制限も小さかったことが認められる。

ところが,被告Cは,原告を歩行させたり左足で片脚立ちさせたりする検査及び原告の腰部,股関節等のレントゲン撮影などしか実施せず,その結果,原告の痛みの程度,左脚の筋萎縮の状態,程度の把握を誤り,その誤った認識に基づいて,原告に対し,確実に理容業に復帰できるという誤った説明を極めて安易に行ったものであると認められる。

このように,原告には,疼痛及び機能障害の有無という症状の点,症状を把握するための検査の実施の点,原告の納得を得るための十分な説明の点のいずれの点からも,本件手術についての適応がなかったものといわざるを得ない。

(3)  被告Cによる過失の有無

被告Cには,本件手術を実施するにあたって,原告に本件手術の適応があるか否かを十分に検討し,適応がない場合には,本件手術を行ってはならない注意義務がある。

ところが,上記のとおり,原告には本件手術の適応がなかったにもかかわらず,被告Cは,十分な検査,説明を実施しなかったため適応についての判断を誤り,原告に対し,本件手術を実施したのであるから,被告Cには上記注意義務違反があり,過失があると認められる。

2  争点(2)(因果関係の有無)について

(1)  認定事実等

ア 左股関節の筋力

(ア) 前記1(1)イ(イ)aのとおり,本件手術当時,原告の左股関節には筋萎縮が生じていた。

(イ) 証拠(甲16,甲21,被告C本人〔第2回〕)によれば,現在,原告の左股関節には筋萎縮が生じており,状態は上記(ア)の時よりも悪いことが認められる。

イ 歩行状況

(ア) 前記前提事実のとおり,原告は,平成8年2月15日にB病院を退院した時点では,一本杖歩行の状態であった。

(イ) 証拠(甲2,原告本人)によれば,原告は,現在も一本杖歩行の状態であることが認められる。

ウ B病院への通院中止後の経過

証拠(甲3,甲6,甲18,甲19,乙4,原告本人)及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。

(ア) D病院理学療法科での診療

原告は,平成8年11月7日,筋力訓練を希望して,D病院理学療法科を外来で受診し,以後,同月11日,同月18日,同月27日,同年12月5日及び同月19日に通院した。

(イ) M病院での診療

原告は,平成8年12月末ころ,感冒のため,M病院内科に入院したが,これを契機に,平成9年1月28日,同病院整形外科で診察を受け,その後,同病院整形外科において,同月30日,同月31日,同年2月3日から7日,同月10日,同月12日から14日,同月17日から21日,同月24日から28日,同年4月15日,同月23日から25日,同月28日,同月30日,同年5月1日,同月6日,同月7日,同月9日,同月12日から16日,同月19日から23日,同月28日,同月29日,同年6月2日,同月4日,同月6日,同月9日から11日,同月13日,同月16日から19日,同月24日,同月25日,同月27日,同月30日,同年7月2日,同月3日,同月8日,同月28日,同年8月1日,同年9月30日,同年10月1日,同月6日,同月8日,同月13日,同月17日,同月20日から23日,同月27日から29日,同年11月4日,同月6日,同月7日,同月10日,同月14日,同月17日,同月20日,同月25日,同年12月1日,同月4日,平成10年4月1日,同月6日,同月20日,同月27日,同月28日,同年5月6日,同月12日,同月18日,同月26日,同年6月2日,同月11日及び同月22日にリハビリのための筋力訓練を受けた。

(ウ) N病院での診療

原告は,平成11年5月7日,同月11日,同月13日,同月17日,同月20日,同月24日,同月27日,同年6月7日,同月10日,同月14日,同月22日,同年7月1日及び同月8日にN病院において,リハビリ加療を受けた。

(2)  上記認定事実等からすれば,原告が筋力訓練を行ったにもかかわらず,原告の筋萎縮の状態は,本件手術前と大差ないのであるから,原告の現在の障害は,被告Cが適応を欠く本件手術を実施したことを原因として生じたものであると考えるのが自然である。

被告らは,本件手術後,平成8年2月15日までに増強された筋力が,その後,原告がリハビリを怠ったことにより再び萎縮したと主張するが,そのような事実を認めるに足りる的確な証拠はない。

したがって,被告Cが行った本件手術と原告に生じた損害との間には相当因果関係があると認められる。

3  争点(3)(損害額)について

(1)  入院慰謝料

被告Cの過失により入院するに至ったという入院の経緯,入院日数,リハビリを余儀なくされたことによる通院日数等を考慮すれば,入通院慰謝料は,100万円とするのが相当である。

(2)  後遺症慰謝料

股関節が固定されていた本件手術前の症状,左下肢に著しい運動障害が残る現在の症状,原告の本件手術当時の年齢等を考慮すれば,後遺症慰謝料は,500万円とするのが相当である。

(3)  逸失利益

ア 基礎収入額

原告は,本件手術前まで,理容師として稼働していたものの,その実収入を証明できないのであるから,その逸失利益の基礎とすべき年収は,平成7年賃金センサスによる58歳の女子労働者平均賃金の年額331万100円によるのが相当である。

イ 労働能力喪失率

原告は,本件手術により左下肢の運動に著しい運動障害を残し,理容師としては稼働できなくなったものである(労働省〔現,厚生労働省〕労働基準局長通牒別表労働能力喪失率表の7級相当〔労働能力喪失率56パーセント〕と認められる。)が,原告の左下肢には,本件手術前から運動制限(既に認定したところから判断すると,同表の12級相当〔労働能力喪失率14パーセント〕と認められる。)があったのであるから,原告の労働能力の喪失率は42パーセントと認定するのが相当である。

ウ 労働能力喪失期間

原告の症状は,回復の見込みがないものであるところ,原告は69歳まで稼働することが可能であったのだから,就労可能年数は11年間とするのが相当である。

エ 基礎収入額を331万100円,労働能力喪失率を42パーセント,労働能力喪失期間を11年として,年5分の割合による中間利息をライプニッツ方式(係数は8.3064である。)で控除すると,原告の逸失利益は,次のとおり,1154万7906円(小数点以下切捨)となる。

3,310,100×0.42×8.3064=1154万7906円

(4) 上記(1)ないし(3)の合計金額は,1754万7906円となる。

(5) 弁護士費用

原告が本訴の提起,遂行を弁護士である原告訴訟代理人に委任したことは,本件記録上明らかであるところ,本件事案の難度,認容額等の事情を考慮すると,損害額の約1割である170万円を本件の不法行為と相当因果関係のあるものとして被告らに負担させるのが相当である。

(6) 上記(4)及び(5)の合計金額は,1924万7906円となる。

そして,前述のとおり,これらの損害は,被告CがB病院の事業の執行について行った不法行為により生じたものであり,被告Aは被告Cの使用者として民法715条に基づく損害賠償責任を負うべきであるから,被告らには,原告に対し,連帯して1924万7906円及びこれに対する遅延損害金を支払う義務がある。

第4結論

以上の次第であるから,原告の本訴請求は,被告らに対して連帯して1924万7906円及びこれに対する不法行為の日である平成7年10月16日から支払済みまで民法所定年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからその部分を認容し,その余は理由がないからこれをいずれも棄却することとする。

よって,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 片野悟好 裁判官 飯塚圭一 裁判官 佐藤康憲)

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