新潟地方裁判所 平成12年(行ウ)6号 判決 2001年3月16日
原告
高井弘
同
山賀小七
同
川村茂
同
真田徳之助
同
斎藤和伸
右五名訴訟代理人弁護士
伴昭彦
同
関哲夫
同
斎藤稔
同
野口和俊
同
三部正歳
同
菊池弘之
被告
巻町長 笹口孝明
右訴訟代理人弁護士
馬場泰
被告
大越茂
(ほか二一名)
右二二名訴訟代理人弁護士兼被告
高島民雄
(登記簿上の表示 髙島民雄)
主文
一 原告らの各請求をいずれも棄却する。
二 訴訟費用は原告らの負担とする。
事実及び理由
第三 争点に対する判断
一 争点1(本件三号請求の訴えの利益の有無)について
地方自治法二四二条の二第一項は、住民訴訟の類型として一号から四号までの請求を認めているが、同一の違法な財務会計行為に関して右の四つの請求のうち複数の請求が成り立つ場合があることは当然予想されるところ、同法はこれらの間の優先順位を定めておらず、複数の請求を行うことを許さない旨の定めもない。また、三号請求は、執行機関等を被告としてその財務会計行為の違法を確定し、これによって執行機関等に作為義務の履行を促し、これを通じて財務会計行為の違法状態の是正を図るという方法であり、四号請求は、違法な財務会計行為にかかる相手方を被告として債務名義を得、履行に応じないときには強制執行を行うという方法であるが、両者を対比した場合、違法な財務会計行為を是正しその権利行使を確保する手段として、いずれが有効適切であるかは個々の事案で異なるものであって、一概に四号請求がより抜本的な手段であり三号請求が補完的な手段であるということはできない。したがって、同一の違法な財務会計行為について三号請求と四号請求とがいずれも成り立ち得るときに、いずれを選択するか、あるいは両方の請求を行うかは、訴えを提起する住民の意思に委ねられていると解すべきであり、四号請求を行うときは三号請求は訴えの利益を欠き不適法になると解するのは相当でないというべきである。
よって、本件三号請求は訴えの利益を欠くとの被告町長の主張は理由がない。
二 争点2(本件土地売買契約の適法性)について
1 随意契約によることの適法性について
(一) 地方自治法施行令一六七条の二第一項二号が随意契約によることができる場合として定める「その性質又は目的が競争入札に適しない」契約とは、契約の性質又は目的に照らして競争入札の方法による契約の締結が不可能又は著しく困難というべき場合のみならず、競争入札の方法によること自体は不可能又は著しく困難とはいえないが、競争原理に基づいて契約の相手方や決定することが必ずしも適当ではなく、当該契約自体では多少とも価格の有利性を犠牲にする結果になるとしても、普通地方公共団体において当該契約の目的、内容に照らし、それに相応する資力、信用、技術、経験等を有する相手方を選定しその者との間で契約の締結をするという方法をとるのが当該契約の性質に照らし又はその目的を究極的に達成する上でより妥当であり、ひいては当該普通公共団体の利益の増進につながると合理的に判断される場合もこれに該当するものと解すべきである。そして、右のような場合に該当するか否かは、契約の公正及び価格の有利性を図ることを目的として普通地方公共団体の契約締結の方法に制限を加えようとしている地方自治法及び同法施行令の趣旨を勘案しも個々具体的な契約ごとに、当該契約の種類、内容、性質、目的等諸般の事情を考慮して当該普通地方公共団体の契約担当者の合理的な裁量判断により決定されるべきものであると解するのが相当である(最高裁判所第二小法廷昭和六二年三月二〇日判決・民集四一巻二号一八九頁参照)。そして、予算決算及び会計令九九条が一号から二五号まで列挙する事由は、地方自治法施行令一六七条の二第一項二号の解釈に当たっても参考となるべきものではあるが、必ずしもそこに列挙する事由に限定されるものではないと解するのが相当である。
(二) そこで、以上の観点から本件土地売買契約を随意契約の方法により締結したことの適法性の有無についてみるに、前記第二、一前提事実欄記載の事実及び弁論の全趣旨によると、本件土地売買契約締結の目的は、東北電力の一号機建設計画を進める上で不可欠な本件土地を、住民投票の結果を尊重することが期待し得る住民に売却することによって、一号機建設計画を阻止し、もって住民投票に示された住民意思の実現を図るというものであったと認められる。
ところで、昭和五二年に巻町議会が、昭和五五年に当時の巻町長が、それぞれ一号機建設への同意を表明し、これを受けて東北電力が長年にわたって一号機建設計画を進め、建設用地予定地の買収等を進めてきたという経緯と原発問題が現在も推進派と反対派とが激しく対立している町政上の最重要案件であることに照らすと、たとえ巻町の住民の多数が一号機建設に反対し、現被告町長が建設反対派の指示を得て当選したものであるとしても、先ず東北電力に対する本件土地の売却の実施を凍結し、町議会に諮って町としての最終的な意思を確定した上で、東北電力に原発建設計画の中止と売却済みの土地の買戻しの交渉を行うなどの手順を踏んで原発問題の政治的解決を図るという方法を採るのが政策的に穏当であったというべきである。
しかしながら、前記のとおり、当該契約が地方自治法施行令一六七条の二第一項二号所定の「その性質又は目的が競争入札に適しない」に該当するか否かの決定については、当該普通公共団体の契約担当者の合理的な裁量に委ねられているものであるが、その裁量判断に当たっては当該地方公共団体における政策決定又は政治的要素を考慮することも許容されるというべきであり、当該契約担当者の判断が明らかに不合理であると認められる場合以外は直ちにこれを違法とするのは相当でないと解される。そして、巻町における一号機建設計画に対しては従来から住民の間において賛否両論の意見が闘わされてきていたこと、平成七年四月に行われた町議会選挙においては、原発建設問題の賛否を問う住民投票条例の制定派や原発反対派が議会の過半数を占めるに至り、同年六月には右住民投票条例が制定されたこと、平成八年一月に行われた巻町長選挙においては住民投票条例制定運動の中心であり「実行する会」の代表者であった笹口孝明が町長に選出されたこと、同年三月、八八・二九パーセントもの高い投票率の下に実施された住民投票において、原発建設に反対とする投票が六〇・八六パーセントの多数を占めるに至ったこと、右住民投票条例においては「町長は、巻原発予定敷地内町有地の売却その他巻原発の建設に関係する事務の執行に当たり、地方自治の本旨にもとづき住民投票の賛否いずれかの意思を尊重しなければならない。」との規定が置かれていること等の事情を総合考慮すると、被告町長が、住民投票の結果及び右住民投票条例の規定に基づき、巻町において長年の間意見が闘わされてきた原発建設に対する賛否を巡る問題の最終決着を図るという目的の下、本件土地を住民投票の結果の尊重を期待し得る者に随意契約の方法によって売却することにより東北電力が本件土地を取得して原発計画を推し進める余地がないようにした判断・措置が、明らかに不合理であるということはできないし、また、不正の動機に基づくものであるとか、あるいは被告町長に委ねられた裁量権を逸脱・濫用したものということはできないというべきである。
そして、仮に本件土地を競争入札に付したとすれば、東北電力あるいはその意を受けた者、さらには東北電力への転売を図って買取りを目論む者などの参加が当然予想されるところであり、その場合には、住民投票の結果に示された住民意思を実現するという前記目的を達成することは不可能ないし著しく困難になると予想される。さらに、前記第二、一前提事実欄記載の事実及び弁論の全趣旨によれば、本件土地を買い受けた被告買受人らは「実行する会」の構成員又は同会の運動を支持する者たちであって、住民投票の結果を尊重することが期待し得る者たちであったこと、本件土地の売却代金一五〇〇万円は佐藤町長が平成七年二月に東北電力に売却しようとしたときの価格を上回るものであり、価格の有利性を著しく害するものではなかったことを認めることができる。これらの事情を総合すると、被告町長が、契約の性質又は目的が競争入札に適しない場合に該当すると判断して、被告買受人らを相手方として本件土地売買契約を締結したことが明らかに不合理であるということはできないというべきである。
(三) また、巻町財務規則一四一条三項二号は、地方自治法施行令一六七条の二第一項二号と全く同旨の規定であるから、同規定の解釈についても前記判断が妥当するというべきである。
(四) 以上によれば、被告町長が被告買受人らとの間において、本件土地売買契約を随意契約の方法によって締結したことは、必ずしも政策的に妥当であったとはいい難いものの、これが地方自治法、同法施行令及び巻町財務規則の規定に反し違法であると断ずることはできないというべきである。
2 売却手続の適法性について
(一) 予定価格不設定・見積書不徴収の適法性について
巻町財務規則一七六条一項及び一七七条によると、随意契約を締結する場合においては、予算執行職員はなるべく二人以上の者から見積書を徴するとともにあらかじめ予定価格を定めなければならない旨が規定されているところ、前記第二、一前提事実欄記載のとおり、本件土地売買契約においてはこれらの手続が実施されなかったことは当事者間に争いがない。
ところで、巻町財務規則は、地方自治法一五条一項、同法施行令一七三条の二に従って地方公共団体の長が定める内部的規律ではあるが、一旦制定された以上は地方公共団体の長といえども当然これを遵守する義務があるというべきであり、巻町財務規則に規定された前記手続を履践することなく本件土地売買契約を締結した被告町長の行為については、その妥当性には問題がないではない。しかしながら、巻町財務規則が随意契約の締結において前記手続を要求した趣旨は、随意契約の場合には契約の相手方の選定が一部の者に偏し、町にとって不利な価格が設定されるおそれがないとはいえないことから、あらかじめ予定価格を設定するとともに、複数の者から見積書を徴しておくことによって、これを相手方の申出にかかる価格の適否の判断基準とするものであると解されるところ、前記第二、一前提事実欄記載のとおり、本件土地が東北電力が一号機建設予定地として既に取得していた土地に囲繞され、国定公園内に位置し、近年まで墓地の用に供されていた、日本海までわずか数百メートルの位置にある荒廃した不毛の土地であることからすれば、佐藤町長が平成七年二月に東北電力に売却しようとしたときの価格を上回る一五〇〇万円を超える予定価格を設定するということはおよそ考え難いというべきであり、また、前記の住民投票の結果に示された住民意思を実現するという本件土地売買契約の目的を承知した上で一五〇〇万円を上回る価格で買い受けを希望する者が被告買受人らの他に現われることもおよそ考え難いというべきである。そうすると、被告町長が巻町財務規則に規定された予定価格の設定及び見積書の徴収という手続を履践しなかったことは、必ずしも妥当であったとはいえないものの、実質的に、巻町財務規則の要求するところに違反するものとまではいえないと考える。
よって、予定価格不設定・見積書不徴収を理由に本件土地売買契約を違法とする原告らの主張は理由がない。
(二) 事案決定手続・会計手続の適法性について
巻町財務規則二二七条一項、五四条、五五条一項及び六一条によると、用地管財課長は、普通財産を売却しようとするときは、所定の事項を記載した書面により町長の決裁を受けなければならず、また、収支命令職員は、収入金の調定をしたときは、直ちに収入役に対し、調定兼収入通知書により収入の通知をし、かつ納入義務者に対して納入通知書を送付することによって納入の通知をしなければならず、さらに、町の収入金の受領権限を収入役等としているところ、前記第二、一前提事実欄記載のとおり、本件土地売買契約の締結に際しては、これらの手続が履践されていないことは当事者間に争いがない。
しかしながら、同規則が用地管財課長が所定の書面によって町長の決裁を受けなければならないとしているのは、契約担当者が別に存在し、町長が決裁権者となる通常の場合を想定してのものであり、本件のように町長自らが契約の締結事務に当たる場合にまで右手続の履践が要求されていると考えられないというべきである。また、弁論の全趣旨によれば、本件土地売買契約に際しては契約締結と同時に現金で代金の支払いが行われたことが認められるところ、かかる場合には事前の収入通知及び納入通知書による納入通知を行うことには意味がないのであるから、同規則はこのような場合にまで右手続を要求するものではないと解すべきである(なお、同規則五五条には、前記の納入通知を要する旨の規定に続いて、その性質上納入の通知を必要としない収入にあっては、この限りではないとの規定がある。)。さらに、〔証拠略〕によれば、本件土地売買契約においては、売買代金は、契約締結後、被告町長から収入役職務代理者会計課長に現金で手渡され、右収入役職務代理者会計課長の作成にかかる領収書が被告買受人らに交付されていることが認められるのであって、かかる事情に照らすと、被告買受人らから直接被告町長に対して売買代金の交付が行われたことをもって、実質的に違法とまでいうことはできない。
したがって、事案決定手続・会計手続に関する巻町財務規則に対する違反を理由に本件土地売買契約を違法とする原告らの主張は理由がない。
三 争点3(本件土地売買契約の有効性)について
1 被告買受人らが、本件土地売買契約締結の違法を知り又は知り得べきであったか否かについて
原告らは、本件土地売買契約を随意契約の方法で締結したことが違法であることを前提に、被告買受人らは右の事情を知っていたか又は知り得べきであったから、本件土地売買契約は無効である旨主張する。しかし、前記二のとおり本件土地の随意契約による売却は、地方自治法施行令一六七条の二第一項二号及び巻町財務規則一四一条三項二号の要件を具備した適法なものであって、違法であるとは認められないから、原告らの右主張はその前提を欠き採用できない。
なお、前記二2(一)(二)で説示したとおり、本件土地売買契約の締結に際しては、巻町財務規則の規定に則っていない部分もあるものであるが、既に説示したとおり右手続違背は実質的に違法とまではいえないものであるし、仮にこの点が違法と評価される場合であっても、それが故に本件土地売買契約を無効たらしめるものではないと解すべきである。
2 信義則違反の有無について
前記二1(二)で説示したとおり、巻町と東北電力との間の本件に至るまでの経緯に照らすと、被告町長が被告買受人らとの間で本件土地売買契約を締結したことは、これまで一号機建設計画を進めてきた東北電力に対する配慮をやや欠いた面があることは否定できないところであるが、それ故に巻町と被告買受人らとの間の本件土地売買契約を無効たらしめるものではないというべきである。したがって、本件土地売買契約は信義則に反し無効であるとの原告らの主張は理由がない。
第四 結論
以上によれば、原告らの請求はいずれも理由がないから、これを棄却することとし、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 片野悟好 裁判官 飯塚圭一 古谷慎吾)