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新潟地方裁判所 平成13年(わ)335号 判決 2002年9月10日

主文

被告人を無期懲役に処する。

未決勾留日数中270日をその刑に算入する。

押収してある日本刀1振(その柄の破片3片及びその鞘1本を含む。

平成13年押第55号の1ないし3)をいずれも没収する。

理由

(犯行に至る経緯)

被告人は,昭和33年3月ころ,新潟県a市立中学校を卒業した後,東京都内の塗装店で塗装工として1年位稼働し,その後,神奈川県川崎市内の鉄工工事会社で作業員として5年位稼働した後,実家のある新潟県a市に戻り,ダンプカーや重機の運転手などをして稼働し,その間,昭和42年12月ころに妻Aと結婚し,同女との間に三男をもうけた。その後,被告人は,土建業に従事したもののうまくいかず,同県b郡c町の土建会社に就職し,稼働していたが,平成元年に有限会社B(以下,「B」という。)を設立し,長男をはじめ従業員を使用して同県内では大手建設会社の下請工事を手掛けるなどして一時は仕事も順調だった。

その後,被告人は,平成8年ころ,その長男が結婚することを機に長男夫婦と同居生活をしようと考え,それまで住んでいた自宅を取り壊し,同県a市dに総工費約6000万円をかけて,その住居部分だけでも約72坪ある自宅を新築することにしたが,その基礎工事等をBで施工しても,残余部分の建築費用として3500万円から3600万円が不足するところから,それを住宅金融公庫や新潟県の住宅資金等から融資を受けて捻出したため自宅の土地及び建物(以下,「本件土地建物」といい,特にその建物部分を指す場合は「本件建物」という。)に抵当権を設定した。そして,被告人は,この建てた自宅を自慢に思い,そのころ,Bの経営が順調で,これら借入金の返済は十分に可能であると思っていたが,平成10年ころ,所得税を滞納し国税当局に元請の大手建設会社から受け取る予定の工事代金900万円のうち約500万円を差し押さえられ,その影響等から,その大手建設会社の下請工事を受注できなくなり,さらに,このころから景気が次第に悪化し,大口の工事を受注することができなくなり,Bの資金繰りに困るようになった。そのため,被告人は,自己の兄弟や親戚に連帯保証人になってもらって,商工ファンドから借金をするなどしてその場を凌いでいたものの,平成11年ころにはその借入金の総額が約2000万円を超え,その返済も困難になってきたが,その兄弟や親戚に迷惑をかけてはいけないと思い,その返済を優先したため,上記住宅金融公庫等へのローンの返済ができなくなった。

そのため,被告人は,平成12年7月5日,新潟県からの住宅資金を代位弁済して求償権を取得した同県信用保証協会から新潟地方裁判所高田支部に対し,本件土地建物の不動産競売を申し立てられる窮地に陥り,しばらくの間は競落されずに済んだが,平成13年5月22日,有限会社C(以下,「C店」という。)がそれらを金1148万円で競落した。その後,被告人は,同月下旬ころ,妻Aから,C店の従業員Dが被告人方を訪れ,同店が本件土地建物を競売で競落したこと,同年6月30日までに自宅を明け渡すこと,明け渡さない場合には裁判所に強制執行の申立てをすることなどが記載された書面を置いていったこと,被告人が本件土地建物を買い戻す場合には,その代金は1700万円程度になると言われたことなどを聞いた。しかし,被告人は,以前に読んだことがある競売のことを書いた本には,不動産競売では競落人が物件を競落した後,競落人と債務者との話合いで物件の明渡しをするなどと記載されていたため,上記のようにC店が,自己に一方的に本件土地建物の明渡しを要求し,明け渡さない場合には強制執行をすることなどが強調されて記載された書面を置いていくそのやり方には,自己と全く話合いをしようという姿勢が見られず,余りにも強引と思い立腹した。その後,C店の代表取締役Eは,同年6月11日,同裁判所に対し,本件土地建物の不動産引渡命令を申し立て,そのため,同命令が同月13日,被告人方に送達されるに至ったが,そのころ,被告人は,同店が新潟日報の折込みチラシに競落した本件土地建物を1780万円で販売する旨の広告を掲載したのを見て,同店が自分達家族を自宅から早く立ち退かせようとして嫌がらせをしているなどと思っていたところ,同月下旬ころ,DがC店従業員を伴って被告人方を訪れ,被告人に対し,同月30日までに,本件土地建物を明け渡すよう要求してきた。その際,被告人は,本件土地建物に強い愛着があるため,何とか明け渡さないで済ましたいと思い,Dに対し,自宅を明け渡すつもりはない旨告げ,Dと本件土地建物の買戻しの話をすると,同人から買戻しをするのであれば早く連絡するよう言われたところから,その後,自ら労働金庫等に出向くなどし,自己には多額の借金があって融資を受けられないため,その長男名義で買戻し資金の融資を受けることなどを相談してみたが,色よい返事はもらえず拒絶されてしまい,Dに自宅買戻しの話を持ち出すことができないまま時が経過していった。

そうこうするうち,被告人は,同裁判所執行官F(以下,「F執行官」という。)から本件土地建物の引渡しの強制執行期日を同年7月19日午後1時と指定した旨の通知を受け,先行きに不安を覚えて,F執行官を訪れて相談をしたところ,同執行官からは,執行当日は執行手続きを延期するようC店に申入れをしていることなどを告げられた。そして,被告人は,同年7月19日午後1時の第1回強制執行当日,本件建物を訪れたF執行官,E及びDらと,その明渡しなどについて話合いをしたが,その際,興奮した被告人とEらの間で言い争いとなり,被告人が,「家を出るくらいならこの家に火を点けてやる,ここでのたれ死にするよりしょうがない。」などと開き直る態度に出るなどしたため,F執行官が被告人の意向を酌んで強制執行を1か月程延期することをEに提案したところ,同人もそれを承諾し,同年9月3日午前10時を次回執行期日と決めて,その場は収まった。

その後,被告人は,明け渡した後の引越先を探そうとしていると,C店が新聞の折込み広告として出していた中古住宅販売物件の内,同県b郡e村fと同県a市gの2つの物件が値段が安く手頃の物件と思い,仕事の休みの日曜日にあらかじめ同店にその所在地を確かめることなく妻Aを連れてその物件を見に行ったが,その物件を見付けることができなかった。また,被告人は,そのころ,その物件の購入代金に充てるべく当てにしていた工事代金を受け取ったものの,それを前記の商工ファンド等からの借金の支払いに充てるなどし,本件土地建物明渡しの目処が全く立たなかったが,同月2日,Dが被告人方の様子を見に訪れたので,Dに対し,引越先として考えていた上記広告に掲載された中古住宅の購入話を持ち掛けてみた。しかし,Dは,これまでの被告人の態度から,被告人が明渡しの時間稼ぎをしようとしているなどと思い,その物件購入の件は本件土地建物の強制執行が終わってからにしようなどと言って,その話をまともに取り合わず帰ってしまった。そのため,被告人は,そのDの言動が余りにも一方的で理不尽であると思い,C店は何が何でも力ずくで本件土地建物から自分達を追い出そうとしていると考え,同店に対するうっ憤を一層強めるに至った。その後,被告人は,公衆浴場に行くなどして何とかそのうっ憤を鎮めようとしたものの,それまでのC店のやり方を思い起こすと,そのうっ憤は容易に鎮まらず,翌日に控えた強制執行の現場でEらと顔を合わせてしまうと,自分が,Eらに対して暴力を振るいかねないなどと考え,また,自分がその場にいなければ,いくら何でもF執行官やEらも本件建物に入れず,家財道具等を運び出すこともできないだろうと考え,翌3日の強制執行当日は,仕事に出て不在にする方がよいと考え,妻Aにも鍵を掛けて居留守を使うようにと指示しておいた。

そして,被告人は,翌3日,強制執行に不安を覚えた妻Aから家にいて欲しい旨懇願されたにもかかわらず,長男ら息子2人を連れて仕事に出かけてしまったため,Aは,被告人から指示されたように本件建物玄関に鍵を掛け,F執行官やEらが執行のために来訪しても,居留守を使うことにした。一方,F執行官は,同日午前9時50分ころ,E,D,C店の従業員G,同H及び同Iらと本件土地建物前で待ち合わせた後,同日午前10時ころ,その強制執行に着手すべく,本件建物玄関から内部に入ろうとしたものの,施錠がされていて入れず,そこで,C店の従業員に指示して強制執行のために他に鍵の開いている場所はないかと探させると,Dが車庫の電動シャッター上部の庇付近の窓が施錠されていないことを見付け,同所から屋内に入り,玄関に回って鍵を開け,F執行官らはそこから本件建物に入った。その後,同執行官は,本件建物内にいたAに引渡しの執行を行う旨告げて執行に着手し,その立会の下で,上記Gをその補助者にして本件建物にある執行の目的外動産の評価を行い,同人をしてその評価額等を記録させ,被告人が仕事から帰った後この目的外動産の取扱いを決めようと考えた。そのころ,Aは,仕事で工事現場にいた被告人の携帯電話に電話をかけ,F執行官やEらが来て家財道具等を運び出すと言っており,自分の手に負えないので帰ってきて欲しい旨言った。そのため,被告人は,Eらが強制執行とはいえ,自己の留守中に勝手に本件建物に上がり込み,家財道具等を運び出そうとしているなどと思い,そのやり方が強引であるなどと思って立腹し,加えて,これまでのC店従業員の言動をも思い出し,益々その立腹の度を高め,その搬出を止めさせるべく急きょ帰宅することにした。そして,そのころ,Aから間もなく被告人が戻ってくることを聞いたF執行官は,上記の目的外動産の取扱い等について被告人の意向を確認しようと考え,その強制執行を一時中断して,その帰りを待つことにし,被告人が戻ってくるまでの間に,本件土地建物とともに競売にかけられたBの資材置場を見分しておくことにし,その作業場を競落した者とともにその作業場に向かった。その後,被告人は,何としてでも家財道具等を搬出することを阻止しようとの思いを募らせ,口で言ってもEらが止めない場合には,力ずくでもそれを阻止しようと思いながら,急いで本件土地建物に戻ったが,その庭先にはC店のトラックが停まっており,玄関の引き戸は開け放たれ,居間に通じる板の間の窓にあったレースのカーテンが全部開けられ,その窓越しに居間の障子戸も開け放たれているのが目に入るや,既に強制執行が開始されて,C店従業員らが被告人及びその家族の家財道具等を片付け始め,外に運び出す準備に取りかかっているものと思い込み,本件建物1階の妻Aの寝室に続く押入内から,日本刀1振を持ち出し,力ずくでその搬出を阻止することにした。

(罪となるべき事実)

被告人は,

第1平成13年9月3日午前10時50分ころ,新潟県a市d所在の本件建物玄関の板の間付近において,前記の経緯から被告人方を競落した有限会社C代表取締役Eからの申立てにより,本件土地建物の明渡しの強制執行を続行しようとした新潟地方裁判所高田支部執行官Fに対し,所携の刃渡り約43センチメートルの日本刀1振(平成13年押第55号の1)を手にして振り上げるなどしながら,「外に出ろ。」などと語気鋭く申し向けて脅迫し,もって,同執行官の前記職務の執行を妨害した,

第2前記の経緯からEをはじめC店従業員に対するうっ憤を一気に爆発させ,咄嗟に同人らを殺害しようと決意し,

1  前記第1の犯行に引き続き,本件建物の居間に入るや,同所において,やにわに,その出入口付近に座っていたG(当時28歳)に対し,「この野郎。」などと怒号しながら,手にした上記日本刀を同人目掛けて振り下ろすなどし,同人の左側胸部及び右下胸部を突き刺し,さらに,左手関節部を切りつけるなどし,よって,そのころ,同所において,同人を左側胸部刺創に基づく大動脈損傷による出血性ショックにより死亡させて殺害した,

2  そのころ,上記Gが倒れかかったところを助け起こそうとして同人に近づいたD(当時44歳)に対し,同所において,上記日本刀で同人の背部等を突き刺し,その後,救急車を呼ぶべく電話をかけようとしていた同人の左上腕部を突き刺すなどしたが,同人に全治まで約18日間を要する外傷性血気胸等の傷害を負わせたにとどまり,殺害の目的を遂げなかった,

3  そのころ,被告人が上記Gに対して切り掛かったのを見て,本件建物2階に逃れようとした上記E(当時50歳)に対し,その2階に通じる階段付近において,上記日本刀で同人の左膝等を切り付けるなどしたが,同人に加療約3週間を要する左膝・下腿切創等の傷害を負わせたにとどまり,殺害の目的を遂げなかった

ものである。

(弁護人の主張に対する判断)

1  公務執行妨害被告事件について

(1)  弁護人は,判示第1の公務執行妨害の犯行について,その犯行当日,執行官F(以下,「F」という。)が本件土地建物に対する強制執行に着手していたという客観的状況自体は争わないものの,被告人は,その公務執行を妨害すべく所携の日本刀をFに対して振り上げたことはない,また,同人に対し,「外に出ろ。」などと語気鋭く申し向けて脅迫したこともないから,被告人は無罪である旨主張し,被告人も,当公判廷において,概ねこれに沿う供述をし,Fが本件土地建物に対する強制執行に着手していたこと自体は認識し,かつ,判示の日時及び場所において,Fに対し,日本刀を携帯したまま声を掛けたが,Fに危害を加えるつもりはなく,同人には「ちょっと表に出て行ってください。」などと言ったのみであり,また,上記日本刀も同人には見えないように自分の腰付近に隠すように持っていたものであり,これを振り上げて脅迫した覚えはない旨供述するので,この点について検討する。

(2)  関係証拠,とりわけ第3回公判調書中のFの供述等によると,被告人は,判示犯行に至る経緯で認定した経緯で本件建物に立ち戻ると,Fが本件土地建物に対し,強制執行のため来ていることを知りながら,その玄関から屋内に入り,Eらがいた居間とは反対側の方に小走りで向かったこと,一方,Fは,被告人が帰宅したことに気付き,一時中断していた上記の強制執行を続行すべく,本件建物の玄関で靴を脱いで上がろうとすると,被告人が上記のように,小走りで屋内に向かい,次いで,玄関板の間に上がったFが居間の方を見たときには,被告人が既に小走りで戻ってきて,その際,被告人の右手には約5,60センチメートルの茶色の棒状のものが握られていたこと,そして,被告人は,それを肩付近の高さまで振り上げて,Fに対し,「外に出ろ。」などと鋭い形相と口調で言ったので,Fは身の危険を感じて,靴も履かずに玄関の外に飛び出したこと,その直後,被告人は,居間に入り,最も近くにいたGに対し,いきなり上記日本刀で切り付け,以後,判示第2の各犯行に及んだこと,そして,本件各犯行後,被告人が上記日本刀を持ち出した押入に隣接するAの寝室には上記日本刀の鞘が払われて放置されており,それには極めて微量な血痕しか付着していないことが認められる。

(3)  上記認定の事実によると,被告人は,本件建物に立ち戻ると,いきなり日本刀を持ち出し,寝室でその鞘を払い,抜き身のままこれを持ち,Eらがいる居間に向かう途中の玄関において,本件土地建物に対する強制執行を続行しようとしたFに出会うや,同人に対し,上記日本刀を振り上げるなどし,外に出ていくよう語気鋭く脅迫したことは優に認定でき,被告人には判示第1の公務執行妨害罪が成立することは明らかというべきである。

(4)  ところで,弁護人は,Fは,被告人が日本刀をどのように持っていたのか記憶が曖昧であり,特に,被告人が手に何を持っていたのかを明確に見ておらず,日本刀であるとの記憶がないことなどを指摘し,同人の供述は信用できず,被告人が,日本刀を振り上げたことも,「外に出ろ。」などと語気鋭く脅迫したことも認められない旨指摘する。

確かに,Fは,捜査段階の初期に実施された検証の際には,被告人は棒状の物を両手で横にして下に提げて持っていた旨説明し,その後,検察官による取調べの際に,被告人による脅迫の状況を再度確認され,被告人が棒状の物を右手で振り上げて持っていた旨その供述を変更し,その後の実況見分に際しては,被告人が棒状の物を片手で振り上げていた旨説明し,さらに,この「棒状の物」が約5,60センチメートルの茶色の物であった旨公判において供述するに至っており,その供述や指示説明が一貫せず,一部曖昧な点があることは弁護人が指摘するとおりである。

しかしながら,Fは,その捜査段階の初期に実施された検証の際には,その検証が関係者の位置関係についての指示説明が主眼であると考えていたこと,その後,捜査の進展に従い,検察官から事情聴取されるなどするうちに自己の記憶を喚起するなどした結果,被告人が棒状の物を右手で振り上げて持っていたと供述するに至ったことが認められ,その供述の経過に特段不合理不自然なところは認められない。また,その供述が曖昧で不確実なところがあり,とりわけ上記日本刀を茶色の棒状の物としか認識していない点についても,Fは,被告人の姿を見たのは一瞬のことであり,その直後,身の危険を感じて玄関を飛び出してしまっているのであって,その詳細を記憶していないとしても特段不自然ではなく,瞬時に目撃した物の印象として,客観的には日本刀であったものが,全体として茶色の棒状の物としてその記憶に残ることもあり得ることであって,そのことから直ちにその供述の信用性を減殺させるものとは解されない。そして,Fは,棒状の物を被告人に示された上,外に出ろと語気鋭く申し向けられ脅迫されたこと,そのため身の危険を感じて靴も履かずに外に逃げ出したという客観的状況の核心部分についての供述するところは一貫しており動揺していないことなどを勘案すると,その供述の信用性は十分である。

(5)  他方,被告人は,捜査段階では,本件建物の玄関付近で出会ったFに対し,日本刀を振り上げ,「外に出ろ。」などと語気鋭く申し向けて脅迫した事実は明確には覚えていない旨供述をしていたところ,公判段階に至るや,Fには感謝をしており,Fを巻き込みたくなかったので,日本刀を利き腕の右手に隠すように持ち,Fに対し,「あんた出ていってくれ。」と普通の口調で言ったなどと供述するに至っている。しかし,その公判供述は,捜査段階の供述から相当程度後退したものであり,かつ,被告人は,当時,自宅の強制執行という事態に直面し,極めて興奮した状態に陥り,日本刀を持ち出してまでこれを阻止しようとして判示第1の犯行に引き続き,C店従業員らに対して次々と日本刀で切り付ける判示第2の各犯行を敢行していることに照らすと,このような被告人が,Fに対する関係だけで冷静に対処し,日本刀を見えないように敢えて隠し持ち,普通の口調で同人に外に出て行くように告げたということになり,それ自体非常に唐突で不自然であり,到底信用できない。

(6)  したがって,以上検討したところによると,判示第1の犯行は,その証明は十分であり,弁護人の前記主張は採用しない。

2  殺人及び殺人未遂被告事件について

(1)  弁護人は,判示第2の殺人及び殺人未遂の各犯行について,被告人は未必の殺意を有していたに過ぎない旨主張するので,以下,この点について検討する。

(2)  関係証拠によると,被告人は,かねてから本件土地建物に対する強制執行を巡りE及びC店の従業員らに対しうっ憤を募らせていたところ,本件各犯行当日目撃した本件建物居間などの光景などから咄嗟にEらに対し激しい殺意を抱くことはごく自然であり,十分に了解可能であること,また,本件犯行に使用された凶器は,刃渡り約43センチメートルにも及ぶ極めて鋭利な殺傷能力の高い日本刀で,被告人は,以前この日本刀を仕事先で見付けて持ち帰った後,自ら錆を落とし,これを研ぐなどして手入れをした上,木を試し切りし,この日本刀が十分に殺傷能力を有することを認識していたこと,被告人は,寝室奥の押入内から,この日本刀を持ち出し,それを鞘から抜き放つと,間髪を置かずに,Eらがいる居間に戻り,いきなりその入口近くに座っていたGに切り掛かり,さらに,その付近にいたD,Eの2人に対しても,いきなり切り掛かっており,この日本刀で攻撃をすることにいささかの躊躇も認められないこと,そして,G及びDに対しては身体の枢要部であるその胸部や背部等目掛けて数回にわたり切り掛かり,あるいは,突き刺すなどの攻撃を加えていること,Eに対しては,階段付近で攻撃を加えたため,同人と被告人がいた位置に高低差があり,その下肢への攻撃にとどまったに過ぎないこと,加えて,被告人は,寝室において,Dから頭部をゴルフクラブで殴打され一時気を失い,程なくして意識を回復するや,なおも居間にいたDの喉元付近を狙って日本刀で攻撃を加えていることなどの事実が認められ,これらを総合すると,被告人が確定的殺意をもって判示第2の各犯行に及んだことは優に認定することができる。

(3)  一方,被告人は,公判段階において,上記日本刀を持ち出した際には,C店の従業員らを殺すつもりまではなく,腕を切り落とすくらいの気持ちであった,また,上記日本刀は鞘付きのまま押入から持ち出し,そのまま携帯して居間に向かった,この鞘を払ったのは,居間に入ってC店従業員らに対して切り掛かる直前であったなどと供述しているが,上記認定の事実に照らすと,その供述は到底信用することはできない。

(4)  したがって,以上検討したところによると,判示第2の各犯行の際,被告人に確定的殺意があったことは明らかであり,弁護人の前記主張は採用することができない。

(法令の適用)

被告人の判示第1の所為は刑法95条1項に,判示第2の1の所為は同法199条に,判示第2の2及び3の各所為はいずれも同法203条,199条にそれぞれ該当するところ,各所定刑中判示第1の罪については懲役刑を,判示第2の1の罪については無期懲役刑を,判示第2の2及び3の各罪についてはいずれも有期懲役刑をそれぞれ選択し,以上は同法45条前段の併合罪であるが,判示第2の1の罪について無期懲役刑を選択したので,同法46条2項本文により他の刑を科さないで被告人を無期懲役刑に処し,同法21条を適用して未決勾留日数中270日をその刑に算入し,押収してある日本刀1振(その柄の破片3片及びその鞘1本を含む。平成13年押第55号の1ないし3)は,判示殺人の用に供した物で被告人以外の物に属しないから,同法19条1項2号,2項本文を適用していずれもこれを没収し,訴訟費用は,刑事訴訟法181条1項ただし書を適用して被告人に負担させないこととする。

(量刑の理由)

本件は,住宅ローン等の支払いを滞らせた挙げ句,その自宅が競売にかけられた被告人が,その競落人である会社の明渡し請求のやり方等に不満を抱いていたところ,その明渡しの執行期日の当日に,執行に臨んだ執行官や同社代表者や従業員らが一方的に家財道具などを運び出そうとしているものと思い込んで激昂した挙げ句,その押入から日本刀を持ち出し,強制執行に着手していた執行官に示し,この日本刀を示すなどして脅迫し,その公務の執行を妨害したという公務執行妨害(判示第1の犯行)の,そして,上記競落会社の従業員らに殺意をもって次々と襲いかかり,同人らに上記日本刀で切り付け,あるいは,これで突き刺すなどした末に,従業員1名を殺害し(判示第2の1の犯行),上記代表者及び別の従業員1名の合計2名に傷害を負わせたにとどまり,その殺害の目的を遂げなかった(判示第2の2及び3の各犯行)という殺人及び殺人未遂の各事案である。

被告人は,自宅建設資金等の借入金の返済が滞ったことが原因で,その自宅の土地建物が競売に付され,法的に正当に競落されたにもかかわらず,その明渡し交渉に訪れた競落人である会社の従業員に対し,誠意ある態度で交渉に応ぜず,その後,不動産引渡命令が申し立てられてこれが認容され,その第1回の強制執行期日には執行官の取りなしで執行が延期されて明渡しが猶予され,その間に明け渡すことを約束し,本件犯行当日である第2回の強制執行期日が指定されたのにもかかわらず,その間に明け渡した後の移転先を探す努力を十分にすることもなく,本件犯行当日までに自宅を明け渡すことができない事態に至らせ,しかも,強制執行当日には,自らは不在にし,妻にも居留守を使わせて明渡しの強制執行を不首尾に終わらせようと考え,本件犯行当日に現に不在にし,その後,妻から強制執行が開始されたことを聞くや,急きょ帰宅し,本件土地建物の様子を見て,競落人である会社の従業員らが強制執行を開始し,自己に無断で家財道具等を運び出そうとしていると思い込み,実力でそれを阻止すべく,競落会社の従業員らに対し殺意を抱いた挙げ句,本件各犯行を敢行したものであり,その犯行に至る経緯や動機は,一時の激情に駆られた余りにも身勝手で自己中心的なものであり,酌量すべき事情は認められない。

被告人は,本件判示第1の公務執行妨害の犯行では,上記のとおり自宅が競落された後の事態の収拾に向けて十分な努力を怠っていた上,上記従業員らがその居間に集まっているのを見て激怒し,同人らを殺害しようと決意し,本件建物押入内にあった日本刀を持ち出し,その場で鞘から刀身を抜き放ち,上記従業員らのいる居間に取って返すその途中で出会った執行官に対し,この日本刀を振り上げて,外に出るよう脅迫してその公務執行を妨害したものであり,その犯行は,債権の正当な保全を目的とする強制執行制度に対し,凶器を用い,実力でこれを阻止しようとしたものであり,その犯行態様は非常に悪質である。本件強制執行は,法律上の手続きに則った適法かつ正当なものであり,不動産引渡命令の発令とこれに続く明渡しの強制執行の手続きには全く違法不当な点は認められず,また,事件を担当した執行官,競落した会社の代表者及び従業員らの一連の対応にも特段の落ち度が認められないにもかかわらず,その犯行のため本件犯行当日の強制執行を中止することを余儀なくされるという実害が生じており,その犯行で発生した結果は重大であり,犯情は誠に悪質である。

そして,被告人は,本件判示第2の殺人及び殺人未遂の各犯行においても,本件土地建物を競落した会社の代表者や従業員らが居間にいることを知りながら,上記のとおり,いきなり日本刀を持ち出し,これを抜刀した上で居間の最も近くにいた従業員(以下,「第1の被害者」という。)に対し,いきなりその背後から切り掛かり,同人の左側胸部を2回突き刺し,それにより左第10肋骨を切断して腹腔内で腹部大動脈を切断する左側胸部刺創の傷害を負わせ,右下胸部を1回突き刺し,右第7肋骨を切断して右胸腔内に達する右下胸部刺創の傷害を負わせ,また,左手関節部にもその腱を切断し橈骨に至るほどに深く切り付け,それにとどまらず,倒れ伏した同人に対し,その後頭部にさらに切り付けるという攻撃を加えたものであり,この一連の殺害行為は,極めて鋭利で殺傷能力が非常に高い日本刀を用い,無抵抗の第1の被害者に対し,その身体の枢要部目掛けて繰り返し攻撃を加え,同人が倒れた後もさらに攻撃を加えたもので,その犯行は,凶暴かつ執拗なこと極まりない。また,被告人は,これにとどまらず,被告人の凶刃に倒れた上記第1の被害者の安否を気遣い,その様子を見に来た別の従業員(以下,「第2の被害者」という。)に対し,その背後から背部等を突き刺し,さらに,日本刀を持って居間に躍り込んできた被告人の姿を見て驚愕のあまり,居間から逃げ出し,本件建物2階に逃げようとしていた競落会社の代表者(以下,「第3の被害者」という。)をその階段付近に追い詰め,上記日本刀で切り掛かり,同人に対し,左膝・下腿切創等の傷害を負わせ,その後,一旦は,同人から上記日本刀を奪われながらも,なおも攻撃する意思を捨てず,ゴルフクラブを持ち出し,なおも攻撃を加えようとして同人と揉み合うなどし,その後,同人を助けようとした第2の被害者によってその後頭部をゴルフクラブで殴打され,気を失い,程なくして意識を回復するや,落ちていた日本刀を拾って居間に戻り,救急車を呼ぶべく電話をかけようとしていた同人に対し,その喉元付近目掛けて上記日本刀を突き出し,その左上腕部を突き刺すなどしたものであり,この攻撃も同人の身体の枢要部目掛けて何回も繰り返されたものであり,その犯行は極めて危険かつ執拗なものであり,極めて悪質である。このように被告人は,強制執行の現場に居合わせた競落会社の代表者をはじめ,その従業員らを見るや,その強制執行に対する不満を一気に爆発させ,自己のうっ憤を晴らそうと思い,同人らに対し,無差別に切り掛かり,手当たり次第に殺害行為に及んだものであり,思うように逃げ出すこともできない室内で逃げ惑う被害者らに次から次へと襲いかかり,その一連の犯行は余りにも凶暴で常軌を逸したものであり,しかもその一連の犯行からは被害者らを殺害することについての強固な殺意が認められ,その惨状はまさに目を覆うばかりであり,本件殺人及び殺人未遂の犯行態様は極めて悪質である。

殺害された第1の被害者は,全く無防備なところをいきなり日本刀で襲われ,抵抗する間も与えられないまま,何回も日本刀で突き刺され,切り掛かられた挙げ句,28歳という若さでその命を奪われたものであり,その肉体的苦痛が甚大であったことは想像に難くなく,また,同人は,その恵まれない成育歴を自分なりに克服し,上記競落会社に就職し,真面目に稼働し,その代表者らの信頼も厚く,不動産取引に関する国家資格の取得に向けて勉強するなど充実した生活を送り,しかも,実弟や近々結婚する予定であった婚約者とともに仲睦まじく生活していたものであり,その将来への夢や希望を一瞬にして被告人の凶行により奪われたその無念さは察するに余りあるというほかなく,本件で発生した結果は余りにも重大である。そして,第1の被害者の婚約者や実弟をはじめとする遺族らは,第1の被害者を失ったことにより悲嘆にくれており,その精神的衝撃は甚大であり,被告人に対する処罰感情が極めて厳しいことも誠に当然のことである。

そして,幸いその生命を奪われることだけは免れた第2及び第3の各被害者についても,第2の被害者は全治まで約18日間を要する外傷性血気胸,左上腕切創等の重傷を負い,その被害自体が重大であることは勿論,日本刀が突き刺さった部位が若干でもずれたり,あるいは,その創傷の深さがより深ければ,その生命を失いかねない程のさらに重篤な結果が発生した危険性は極めて高く,また,第3の被害者も加療約3週間の左膝・下腿切創等の重傷を負い,さらに重大な被害を受けた危険性も大きく,被告人と揉み合った際に負った右示指伸筋腱断裂の傷害のため現在もなお同指の神経が切断された部位の感覚が正常に戻っていないなどの被害を被っており,このように上記両名の肉体的苦痛は甚大であり,加えて,被告人によるこのような常軌を逸した凶行に接し,直接その被害を受けた者として,未だにその精神的な衝撃から完全には回復しきれておらず,その処罰感情が非常に厳しいことは誠に当然のことである。そして,本件では,これら被害者らの他に,強制執行の現場には競落会社の従業員が数名おり,同人らもいきなり被告人に日本刀で殺害されかねない場面に遭遇したことによる恐怖感が余りにも大きく,現在もなお,本件犯行当日の悲惨な現場が想起されてしまい,その衝撃から回復しきれていないことなど,本件犯行がその従業員らに与えた影響も無視することはできない。

加えて,被告人は,本件判示第1の公務執行妨害の犯行について,公判において不自然不合理な弁解をし,反省に欠けていること,本件各犯行後,その被害者及びその遺族に対し,十分な慰謝措置が講じられていないこと,また,競落会社は,本件後,本件土地建物をその競落価格をはるかに下回る金額で売却せざるを得なくなるなどの経済的損失を被っていることなど犯行後の犯情も芳しくなく,さらに,本件は,不動産明渡しの強制執行に際して日本刀という極めて殺傷力が高い危険な凶器を用い,執行官を脅迫してその公務の執行を妨害した上,その場に居合わせた従業員らに対し,この日本刀で切り掛かるなどして1名を殺害し,2名に重傷を負わせたという極めて特異な事件として広く報道され社会及び強制執行実務に与えた影響も重大であり,一般予防の必要性が極めて高い犯行であることなどを考慮すると,本件の犯情は誠に悪質で被告人の刑事責任は極めて重大である。

他方,被告人は,強制執行に対する知識が十分ではなく,それがために被害者側の一連の対応について思い込みを重ねた末,家族のために建てた愛着ある自宅が競売にかかり,これを失うという事態に陥り,一時の激情に駆られて本件各犯行に及んだことは否定し得ず,本件各犯行には計画性までは認められないこと,また,本件犯行に至る経緯に照らすと,本件を誘発した一事情として,本件では,被告人に不穏当な言動があるため不安を感じた第3の被害者から,事前に,執行官に対し,執行に当たり何らかの対策を講じるよう申入れがありながら,何らの有効な対策も取られておらず,そのため,その被害者が被告人のゴルフクラブを勝手に持ち出し,自衛のために本件犯行現場周辺に置くなどしたことが認められること,被告人は,事実を概ね認め,一応の反省の態度を示していること,特に第1の被害者の冥福を祈り,被告人の妻がその遺族に対し,これまで見舞金として30万円を支払うなどその慰謝に努めていること,さらに,第2及び第3の各被害者に対しては見舞金として各10万円の支払いを申し出るなどして謝罪の意思を表していること,被告人はこれまで土建会社を経営し,3人の子供の父親として真面目に稼働してきたこと,被告人には業務上過失傷害罪等での罰金前科が3犯あるのみでこれまで懲役刑に処せられた前科がなく,被告人が,その早期の社会復帰を待つ妻子を抱える身であることなど被告人のために斟酌すべき諸情状が認められるが,これらを最大限に考慮しても,先に指摘した本件の犯情に照らすと,その罪刑の均衡の見地からは被告人を主文に掲げた無期懲役刑に処することは誠にやむを得ないと思料する。

よって,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 榊五十雄 裁判官 金子大作 裁判官 入江克明)

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