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新潟地方裁判所 平成13年(行ウ)7号 判決 2004年10月28日

主文

1  被告国は,原告らそれぞれに対し,700万円を支払え。

2  原告らのその余の金員請求をいずれも棄却する。

3  原告らの各処分取消請求をいずれも棄却する。

4  訴訟費用の負担は次のとおりとする。

(1)  原告Aに生じた費用の4分の3,被告社会保険庁長官に生じた費用の2分の1,被告国に生じた費用の4分の1を原告Aの負担とする。

(2)  原告Bに生じた費用の4分の3,被告社会保険庁長官に生じた費用の2分の1,被告国に生じた費用の4分の1を原告Bの負担とする。

(3)  原告A及び原告Bにそれぞれ生じたその余の費用,被告国に生じたその余の費用を被告国の負担とする。

事実及び理由

第1請求

1  新潟県知事が,原告Aに対し平成10年11月30日に,原告Bに対し平成11年3月23日に,それぞれ行った障害基礎年金を支給しない旨の決定をいずれも取り消す。

2  被告国は,原告らそれぞれに対し,2000万円を支払え。

3  訴訟費用は被告らの負担とする。

4  仮執行宣言

第2事案の概要

原告Aは,昭和62年6月25日に,原告Bは,昭和63年1月5日に,いずれも事故により障害を負った者であるが,いずれも昭和60年法律第34号による改正後の国民年金法(以下「昭和60年法」という。)7条1項1号イの規定により国民年金法の強制適用から除外されていた学生であり,国民年金への任意加入をしていなかった。

原告らは,新潟県知事に対し障害基礎年金の裁定請求を行ったが,支給要件を欠くことを理由に,原告Aに対し平成10年11月30日,原告Bに対し平成11年3月23日,障害基礎年金を支給しない旨の処分(以下「本件各処分」という。)がされたため,平成元年法律第86号による改正前の学生を国民年金法の強制適用から除外した規定等が憲法14条,25条,13条,31条に違反し無効であるなどと主張し,被告社会保険庁長官に対し本件各処分の取消しを求めるとともに,被告国に対し立法不作為等の違法があったとして,国家賠償として各2000万円の支払を求めるものである。

1  前提となる事実(証拠を掲記しない事実は当事者間に争いがなく,以下の括弧内に記載した甲乙の算用数字,当事者名又は証人名は,認定に用いた証拠である。)

(1)  原告ら(甲1ないし14,31,32,47,48,乙1ないし14,原告ら)

ア 原告A(昭和37年11月14日生)は,20歳を超えた学生であった昭和62年6月25日,海岸で飛び込みをした際に事故に遭い,また,原告B(昭和41年12月19日生)は,20歳を超えた専門学校生であった昭和63年1月5日,建物内に設置された照明器具の落下による事故に遭い,それぞれ昭和60年法30条2項,同法施行令4条の7及び同令別表1級の身体障害等級に相当する重度の障害を有し,日常生活の用を弁ずることが不能又は著しく制限された者であるが,学生が国民年金法の強制適用の対象から除外されていた平成3年3月末日までに負傷し,かつ,上記負傷当時国民年金制度に加入していなかった。

イ 原告Aは,平成10年10月7日,新潟県知事に対し,頸髄損傷,四肢麻痺により障害の状態にあるとして,障害基礎年金の裁定を請求したが,同知事は,同年11月30日付けで,原告Aの初診日が昭和62年6月25日であり,初診日において,原告Aが20歳以上の学生であって,国民年金に加入していないため被保険者ではなく,昭和60年法30条1項各号の規定に該当しないことを理由として,障害基礎年金を支給しない旨の処分をした。

原告Bは,平成11年2月3日,新潟県知事に対し,第9胸椎粉砕骨折により脊髄損傷対麻痺の障害があるとして,障害基礎年金の裁定を請求したが,これに対し,同知事は,同年3月23日付けで,原告Bの初診日が昭和63年1月5日であり,初診日において,原告Bが20歳以上の学生であって,国民年金に加入していないため被保険者ではなく,昭和60年法30条1項各号の規定に該当しないことを理由として,障害基礎年金を支給しない旨の処分をした。

ウ 原告らは,本件各処分を不服とし,原告Aは,平成11年2月3日,原告Bは,同年5月14日,それぞれ新潟県社会保険審査官に審査請求をしたが,同審査官は,同年7月6日付けで,審査請求を棄却する決定をした。

さらに,原告らは,この棄却決定を不服として,平成11年8月27日,それぞれ社会保険審査会に再審査請求をしたが,同審査会は,平成13年4月27日付けで,いずれも棄却する裁決をした。

(2)  被告ら

被告社会保険庁長官は,平成11年7月8日に成立した「地方分権の推進を図るための関係法律の整備等に関する法律」(地方分権一括法)により,機関委任事務制度が廃止されたことで,本件各処分についての権限を新潟県知事から委譲された。

被告国のうち,内閣は,国民年金法を改正する法案を国会に提出する権限を有する機関であり,国会は,立法を行う権限を有する機関である。

2  障害年金,障害福祉年金,障害基礎年金に関する国民年金法の規定

国民年金法は,昭和34年に制定され,これによって国民年金制度が創設された。その後,繰り返し法改正がなされ,現行国民年金法に至っているが,本件で問題となっている学生の国民年金については,基礎年金制度を創設した昭和60年改正,学生を国民年金制度の強制適用の対象とした平成元年改正,学生本人の収入を基準とした保険料納付義務免除制度を創設した平成12年改正が関係し,制定当時の国民年金法及び現行国民年金法のほか,これら改正法における,被保険者,任意加入制度,保険料の免除,障害年金等の支給要件について各規定の概要は以下のとおりである。

(1)  現行国民年金法(以下「現行法」という。)の規定(甲55)

ア 被保険者

現行法7条1項は,国民年金の被保険者として,①1号で,日本国内に住所を有する20歳以上60歳未満の者であって次号及び第3号のいずれにも該当しないもの(第1号被保険者),②2号で,被用者年金各法の被保険者,組合員又は加入者(第2号被保険者),③3号で,第2号被保険者の配偶者であって主として第2号被保険者の収入により生計を維持するもの(第2号被保険者である者を除く。)のうち20歳以上60歳未満のもの(第3号被保険者)とそれぞれ定めている。

すなわち,日本国内に住所を有する20歳以上60歳未満の者は,全員が国民年金の被保険者となることとされている。

イ 保険料の免除

被保険者は,保険料を納付すべき義務を負う(現行法88条1項)が,一定の事由がある場合(例えば,大学生の場合,当該学生の前年の所得が政令で定める額以下であるとき等)に該当すれば,社会保険庁長官に申請して保険料の免除を受けることができる(現行法90条の3第1項)。

ウ 障害基礎年金の支給要件

(ア) 初診日(疾病又は負傷及びこれらに起因する疾病(以下「傷病」という。)について初めて医師又は歯科医師の診療を受けた日)において,20歳以上の者の場合(現行法30条1項)

a 疾病にかかり,又は負傷し,その初診日から起算して1年6月を経過した日(その期間内にその傷病が治った場合においては,その治った日(その症状が固定し治療の効果が期待できない状態に至った日を含む。)とし,以下「障害認定日」という。)において,その傷病により同条2項に規定する障害等級に該当する程度の障害の状態にあるとき

b 初診日において,被保険者であること(又は,被保険者であった者であって,日本国内に住所を有し,かつ,60歳以上65歳未満であること)

c 当該初診日の属する月の前々月までに被保険者期間があり,かつ,当該被保険者期間に係る保険料納付済期間と保険料免除期間とを合算した期間が当該被保険者期間の3分の2に満たない場合には該当しないこと

(イ) 初診日において,20歳未満の者の場合(現行法30条の4)

疾病にかかり,又は負傷し,障害認定日以後に20歳に達したときは20歳に達した日において,障害認定日が20歳に達した日後であるときはその障害認定日において,障害等級に該当する程度の障害の状態にあるとき

(2)  制定時の国民年金法(昭和34年法律第141号,以下「昭和34年法」という。)の規定(甲51)

ア 被保険者

原則として,20歳以上60歳未満の国民は,法律上当然に国民年金の被保険者となる(以下「強制適用」という。)こととされたが(昭和34年法7条1項),例外として,①被用者年金各法の被保険者又は組合員やその他の年金の受給権者,②既存の公的年金制度適用者の配偶者,③学校教育法41条に規定する高等学校,同法52条に規定する大学等及び同法70条の2に規定する専科大学等の学生で,定時制課程にある者や通信教育を受け,夜間の学部に在学する学生を除くもの(以下,強制適用を除外された学生を単に「学生」という。)は,強制適用の対象外とされた(同条2項)。なお,専修学校等の生徒は,強制適用の対象外とされた学生には含まれていなかった。

イ 任意加入制度

国民年金法の強制適用の対象外とされた者の中でも,被用者年金各法の適用を受けず,また,これらの法律に基づく年金給付(遺族給付を除く。)の受給権者でもない者については,本人の希望により,都道府県知事の承認を受けて被保険者となることが認められていた(昭和34年法附則6条1項,以下「任意加入」という。)。

学生は,この規定により,国民年金に任意加入することができた。

ウ 保険料の免除

国民年金の被保険者は,保険料を納付する義務を負うが,国民年金の障害年金又は母子福祉年金の受給権者,生活保護法による生活扶助を受けている者等は当然に,所得等がない者等はその申請に基づいて都道府県知事が決定をすることによって,保険料の免除を受けることができるものとされていた。

しかし,国民年金に任意加入した者については,保険料の免除規定は適用されないものとされていた。

エ 障害年金及び障害福祉年金の支給要件

(ア) 障害年金の支給

初診日において国民年金の被保険者であった者,又はかつて被保険者であった者で初診日において65歳未満の者が一定の障害の状態にあるときは,一定の保険料を拠出していたことを条件として,障害年金が支給されるものとされていた(昭和34年法30条)。

(イ) 障害福祉年金の支給

初診日において国民年金の被保険者であった者,又はかつて被保険者であった者で初診日において65歳未満の者が一定の障害の状態にあるときは,(ア)所定の要件を備えていない場合であっても,一定の要件の下に障害福祉年金が支給されるものとされていた(同法56条)。

また,疾病にかかり,又は負傷し,その初診日において20歳未満であった者が,障害認定日以後に20歳に達したときは20歳に達した日において,障害認定日が20歳に達した日後であるときはその障害認定日において1級相当の障害の状態にあるときにも,障害福祉年金が支給されることとされていた(同法57条)。

(3)  昭和60年法の規定(甲53)

ア 被保険者

被保険者は,次の(ア)ないし(ウ)のいずれかに該当する者とされ,国民年金法の強制適用を受ける被保険者の範囲が拡大された(昭和60年法7条)。しかし,それまで強制適用の対象とされていた専修学校等の学生については,その対象から除外された。

(ア) 日本国内に住所を有する20歳以上60歳未満の者であって次号及び第3号のいずれにも該当しない者。ただし,次のいずれかに該当する者を除く(第1号被保険者,同条1項1号)。

a 学校教育法41条に規定する高等学校の生徒,同法52条に規定する大学の学生その他の生徒又は学生であって政令で定めるもの(同号イ。以下,ここで強制適用を除外された学生等を単に「学生等」という。)

b 被用者年金各法に基づく老齢又は退職を支給事由とする年金たる給付であって政令で定めるものを受けることができる者(同号ロ)

(イ) 被用者年金各法の被保険者又は組合員(第2号被保険者,同項2号)

(ウ) 第2号被保険者の配偶者であって主として第2号被保険者の収入により生計を維持するもの(第3号被保険者,同項3号)

昭和60年法では,学生等(専修学校生を含む。)を国民年金法の強制適用の対象とはしないこととされ,「国民年金制度における学生の取扱いについては,学生の保険料負担能力等を考慮して,今後検討が加えられ,必要な措置が講ぜられるものとする。」とされた(昭和60年法附則4条1項)。

イ 任意加入制度

学生等は,都道府県知事に申し出て,国民年金に任意加入することができるものとされた(同附則5条1項)。

ウ 保険料の免除

学生等が国民年金に任意加入した場合,昭和34年法と同様,保険料の免除規定は適用されないものとされていた。

エ 障害基礎年金の支給要件

昭和34年法により定められていた障害年金は,その名称が「障害基礎年金」となり,現行法30条とほぼ同じ要件で支給されることとなった。

また,障害福祉年金は廃止され,代わりに,20歳未満の間にかかった疾病等によって障害の状態となった者に対しても,障害基礎年金を支給する旨の規定(昭和60年法30条の4,規定の内容は現行法の規定と同様。)が設けられ,従前障害福祉年金の支給を受けていた者に対しても,障害基礎年金の支給対象となる程度の障害を負っていれば,障害基礎年金を支給することとされた(昭和60年法附則25条)。

(4)  平成元年法律第86号による改正後の国民年金法(以下「平成元年法」という。)の規定(甲54)

ア 被保険者

昭和60年法7条1項1号イ,ロが削除され,学生等についても国民年金法が強制適用されることとなった。

イ 保険料の免除

学生等に国民年金法が強制適用されることとなった結果,学生等も保険料納付義務を負うこととなり,所得がない場合等一定の場合には,都道府県知事に申請をして保険料の免除を受けることができるものとされた(平成元年法90条本文)。

しかし,世帯主又は配偶者に納付するについて著しい困難がないと認められるときは,保険料は免除されないものとされていた(同条ただし書)ため,結局,学生等の親に保険料を納付する能力がある場合には,保険料納付義務を免れることはできなかった。

ウ 障害基礎年金の支給要件

昭和60年法及び現行法の規定と同様である。

(5)  平成12年法律第18号による改正後の国民年金法(以下「平成12年法」という。)の規定(甲55)

保険料の免除につき,現行法90条の3が新設され,学生等は,当該学生等に所得がない場合などに該当すれば,社会保険庁長官に申請して保険料の免除を受けることができることとなった。

第3本件の争点と争点に関する当事者の主張

1  本件の争点

本件の争点は,①昭和34年法7条2項7号(昭和36年法律第167号による改正後は同項8号)及び昭和60年法7条1項1号イが,20歳以上の学生等を国民年金の強制適用の対象から除外し(以下「本件適用外規定」という。),保険料免除の余地をなくしている点,並びに,昭和34年法57条1項及び昭和60年法30条の4が,20歳以上の学生等を無拠出制の障害福祉年金又は障害基礎年金を受給できる対象から除外している(以下「本件20歳前障害規定」という。)点で,憲法14条1項,25条に違反するか否か,②本件各処分は,原告らが国民年金制度に任意加入しなかったことに対するペナルティーとして障害基礎年金の受給を許さないものとしている点,国が任意加入制度の周知を怠った点で,憲法13条,31条に違反するか否か,③本件適用外規定及び本件20歳前障害規定が違憲であった場合,その違憲性を解消するために,昭和60年法30条,30条の4の規定を合憲解釈して,原告らに障害基礎年金の受給資格を認めることができるか否か,④被告国には,20歳以上の学生等を国民年金の強制適用から除外する規定を立法した点,その後同規定を改正しなかった点について,国会に立法作為・不作為の違法が,内閣に法案提出行為等の違法があり,国家賠償責任を負うか否かである。

これらの争点に関する当事者の主張は次のとおりである。

2  本件適用外規定及び本件20歳前障害規定が憲法14条1項,25条に違反するか否か(争点①)について

(1)  原告らの主張

ア 本件適用外規定及び本件20歳前障害規定は,憲法14条1項,25条に違反し無効である。

(ア) 憲法14条違反

本件適用外規定は,20歳以上の学生等を国民年金の強制適用の対象から除外して保険料免除の余地をなくしているという点で他の20歳以上の国民と差別し,かつ,本件20歳前障害規定は,20歳以上の学生等を無拠出制の障害基礎年金(昭和60年改正前は障害福祉年金)を受給できる対象から除外している点で20歳未満の国民と差別し,その双方との差別の結果,類型的に稼得能力がないために保険料の納付が困難な学生等に対して,「20歳以上の学生等」でなければ受給できたはずの障害基礎年金を一切受給できないという著しく不合理な差別(年齢及び社会的身分による差別)が生じているから,昭和34年法及び昭和60年法は憲法14条1項に違反する。

(イ) 憲法25条違反

憲法14条違反の不合理な差別の結果として,20歳以上の学生等は,社会保障を平等に受ける権利ないし生存権が侵害されているのであるから,昭和34年法及び昭和60年法は憲法25条に違反する。

イ 国民年金の強制適用の対象を20歳以上と定め,かつ,その対象から学生等を除いた立法事実について

(ア) 被告らは「学生等を強制適用の対象とすることは,稼得活動に従事していない者に保険料納付義務を負わせることになり,稼得活動従事者に対する保障を本質とする国民年金制度の趣旨に反する」と主張する。

しかし,学生等が一般的に稼得活動に従事していないことは,昭和34年,昭和60年時点において,立法事実として認められるが,学生等を強制適用の対象から除外したことは,以下のとおり著しく不合理である。

a 国民年金制度は,必ずしも現に稼得活動に従事する者のみを対象とした制度ではないこと

昭和34年当時から,実際に就労していない自営業者の配偶者も強制適用の対象とされているのに対し,20歳未満の自営業者は稼得活動に従事していても国民年金の対象とはされていないこと,失業者等の保険料納付が困難な者に対して保険料免除を認めていることからすると,国民年金法の基本構造は,現実の就労の有無を問わず,20歳以上の者は稼得活動に従事して一定の所得をあげ得る者として強制適用の対象とし,現実的に就労しておらず保険料を納付できない者に対しては保険料免除で対応することにしたものと認められる。また,20歳未満の者も障害福祉年金の対象という形で国民年金制度に取り込まれていたことからすると,国民年金制度は稼得活動従事者に対する保障を本質とするものではない。

b 強制適用として保険料納付義務を課したとしても,保険料免除を認めれば何ら不都合はなかったこと

保険料の免除が認められれば,保険料納付義務を怠った場合に,国税徴収法の例による徴収や滞納処分の対象になって不都合が生じるという事態にはならないし,保険料の免除が認められないような場合に強制徴収の対象となってもやむを得ない。

被告らは,「強制適用+申請免除」は定型的に稼得活動に従事せず所得のない者に保険料納付義務を課すこととなり必ずしも適当ではないとするが,いったん義務を課した上で,一定の権利を残して保険料を免除することは何ら不適当ではない。20歳以上の学生等が保険料の免除を受けた場合,老齢年金に関しては満額の給付は受けられないし,障害基礎年金については基本的に拠出期間と金額との対応はないのであるから,拠出者との均衡を失することはない。むしろ,学生等が強制適用の対象ではなかったために,保険料の免除が全く認められていなかったことによって,任意加入するための保険料が支払えない学生等をおよそ障害年金の対象から除外したことの方が全く合理性のない差別である。

また,被告らは,「強制適用+一律免除」は20歳以上で稼得活動に従事しない者のうち,「エリート」である学生等のみに保険料の免除の特典を付与して優遇することになるものであって,他の被保険者ないし納税者に著しい不公平感・不公正感を抱かせるとするが,学生等は定型的に稼得能力がないのであるから,一律に免除を認めることは合理性があり何ら不当な差別ではない。そもそも昭和34年ないし60年当時,学生等はエリートだから保険料の免除を認めないなどという議論がなされたり,国民一般がそのように考えていたなどというような立法事実を認めるべき証拠はない。

学生等を強制適用から除外した最大の理由は,保険料の負担問題であったと推測されるが,これについては学生納付特例制度のほか一律免除制度,追納制度,半額免除制度等様々な方法が考えられるが,これら制度をとらないのであれば,基本的には非学生と同じように「強制適用+申請免除」制度を採用すれば事足りたものである。現に昭和60年改正前は20歳以上の専修学校等の生徒に同制度が適用されて特段の不都合が生じていなかった。

(イ) 被告らの「学生等の多くは20歳到達後2年で卒業するため,保険事故(主として「障害」)に対する備えを要する期間は通常2年と短く,したがって事故発生頻度も少ないと考えられる」との主張について

学生等の多くは20歳到達後2年で卒業するため,障害に対する備えを要する期間は通常2年と短く,したがって事故発生頻度も少ないことは,昭和34年,昭和60年時点において立法事実として認められるが,それをもって学生等を障害年金による所得保障の対象から除外したことは著しく不合理である。

a 事故発生頻度が少ないことは所得保障の必要性がないことを帰結しないこと

事故の発生頻度が少ないからといって,いったん事故が発生し,重度の障害を抱えるに至った者に対しては,所得保障の必要性があることに何ら変わりがない。もともと保険事故のうち「障害」が発生する確率は年代を問わず極めて低く,発生頻度が少なければ保障の必要性がなくなるのであれば,障害年金自体がそもそも不要ということになる。学生等の活動は活発であって,障害事故に遭うことが他の年代に比して少ないとはいえず,また,若年において重度の障害がある場合通常その障害が回復することは困難であり,稼得能力を生涯にわたって奪われるのであるから,所得保障の必要性は極めて高い。

さらに,両親による扶養からの独立が前提である学生等の場合は,昭和60年改正前の被用者年金各法の配偶者の場合に採用されていた「世帯単位の原則(基本的に夫の所得保障がなされれば配偶者の所得保障がなされるとの考え方)」が妥当しないという違いがある。

b 「国民皆年金」と完全に矛盾すること

国民年金法は,立法当初から「国民皆年金」を目標として成立し,そのように国民に対し宣伝されてきたのであり,これは,低所得者層にもあまねく年金給付を及ぼすことを意味するものであって,被告らの主張する「年金制度に加入し拠出を行ったものに年金給付を行う制度」ではない。原則として,強制適用であること,国庫負担があること,低所得者や障害基礎年金受給者の保険料免除制度があること,障害福祉年金などの無拠出制年金があったことは「国民皆年金」の現れであり,保険原理のみでこれらを説明することはできない。

(ウ) 被告らの「実際に稼得活動を開始する際には,別の被用者年金制度に加入する者がほとんどであると考えられ,多くの場合,納付した保険料は掛け捨てとなる」との主張について

実際に稼得活動を開始する際には,別の被用者年金制度に加入する者がほとんどであるという立法事実は必ずしも認められない。仮にそのような立法事実が認められるとしても,納付した保険料は掛け捨てとなるとの点は,昭和34年当時は立法事実として存在したが,昭和36年にほぼ解消し,昭和60年改正によって完全に解消した。

a 被用者年金制度に加入する者の比率はそれほど高くなかったこと

昭和35年当時の就業構造は,自営業者25.1パーセント,家族従事者31.4パーセント,被傭者43.5パーセントであり,昭和56年当時の就業構造は,自営業者16.9パーセント,家族従事者10.6パーセント,被傭者72.3パーセントであったもので,被用者年金制度に加入する被傭者の比率はそれほど高くはなかった。

b 掛け捨て問題は解決していたこと

昭和36年4月に通算年金通則法が施行され,基本的に掛け捨て問題は消滅した。また,昭和60年改正によって,完全に掛け捨て問題が解消される見込みだったのであるから,少なくとも同改正の時点においては,納付した保険料が掛け捨てとなるという立法事実は消滅していた。

c 必ずしも掛け捨てにはならないこと

学生等を強制適用にした場合には,類型的に稼得能力がない学生等は,保険料の免除を受ける可能性が高いのであるから,掛け捨て問題が発生するのは,保険料支払能力がある一部の学生等のみである。私保険においても交通事故等に備える保険は掛け捨てのものが多いように,突発事故に備える障害年金部分を含む国民年金の保険料が結果的に掛け捨てになったとしても格別不合理ではない。

掛け捨て問題は,老齢年金部分と障害年金部分を分けて保険料を設定することによって解決が可能である。もっとも,そうすると障害年金部分の月額保険料が189円ないし283円という極めて少額になるため,保険料の徴収に要する費用のみが過大となり制度運営が行き詰まるとの問題はあると思われるが,障害年金対応分が極めて少額になるのであれば,拠出金額はごくわずかなものにすぎず財政的にはたいした意味がないのであるから,逆に老齢年金部分を掛け捨てにしないために,学生等である期間中に一律に保険料免除を認めてもさしたる財政上の不都合はなかったはずである。

(エ) 被告らの「学生等である間の「障害」に対する保障を求める者,あるいは,卒業後引き続き国民年金の被保険者となることが見込まれる者などに対しては任意加入という手段を用意した」との主張について

昭和34年及び昭和60年当時このような事実は存在したが,学生等の強制適用除外を何ら合理化する事実ではない。

a 資力のない学生等にとっては無意味であったこと

任意加入制度においては,保険料免除制度がないため,現実に保険料を納付できる者しか加入することができなかった。この点,学生等は類型的に稼得能力がないのであるから,現実に保険料を納付することは難しく,任意加入制度があってもこれに加入することが困難であり,制度として実効性を伴わなかった。

b 制度の周知徹底が不十分であり,制度の実質を伴っていなかったこと

平成元年改正前において,任意加入制度の周知広報は徹底しておらず,個別の広報によってわかりやすい説明が行き届いている状況ではなかった。したがって,学生等やその家族の大半の者が任意加入制度の存在を知らなかったり,存在そのものを知っていても,その多くは老齢年金の関係しか想起されないため,加入していなければ障害年金が受給できないということを理解していた者は少なく,制度としての実効性を伴わなかった。

c 被用者年金各法の被保険者等の配偶者とは前提となる立法事実が異なること

昭和34年法7条2項6号(昭和36年法律第167号による改正後は同項7号)では,被用者年金各法の被保険者等の配偶者(以下「専業主婦」という。)も強制適用から除外し,任意加入制度を設けていたが,専業主婦は夫が公的年金に加入していること,夫に所得があるため任意加入制度に加入しやすい実態があったことなど学生とは異なる社会経済的事実が存在した。そのため,国民年金法制定から平成元年までの間,任意加入制度に加入していた学生等が約1.25パーセントであるのに対し,昭和55年時点では専業主婦の約6ないし7割が加入していた。

d 社会保険の本質に反すること

社会保険の基本的特徴は強制保険ということである。その趣旨は,危険を分散する保険制度において任意加入とすると,保険事故の危険の高い者,負担の少ない者だけが保険関係に入るという不都合が生じ,また,逆に民間私保険では排除される高リスク者が排除されることにもなり,それを防止するということのほか,国家によるパターナリズムという20世紀の福祉国家の理念に基礎を置くものである。すなわち,本来全ての人が自らの高齢や障害事故に備えて貯蓄や私保険によって自らの生活を維持するのが原則ではあるが,それが可能な条件がなかったり,可能であっても必ずしも最悪の事態にまで備えることは期待し難い面があり,そこで,強制的に社会保険に加入させることによって,自助努力の及ばない部分を補うのが社会保険制度であり,各人の基本的生活の維持を自助努力や自己責任のみに全面的にゆだねないところにその本質があるのである。したがって,学生等の任意加入制度は,加入するしないの選択を本人にゆだねるものであって,社会保険の本質に反するものである。

被告らは,平成12年改正後の学生納付特例制度における保険料納付者及び納付特例申請者が約4,5割にとどまることを根拠に,任意加入制度において学生等が任意加入しなかった理由は,保険料負担能力がないとか,周知がなされなかったためではなく,むしろ国民年金制度に加入すること自体に魅力を感じなかったためであると主張するが,学生等自身の将来の保険事故に対する関心の低さはむしろ当然のことであって,だからこそ強制適用や明解な広報・手続が必要なのである。

ウ 本件20歳前障害規定によって学生等を障害基礎年金(障害福祉年金)から除外した立法事実について

(ア) 「国民年金法は,①他の公的年金制度との均衡,②一定以上の被保険者期間の確保の要請,③被扶養者である者に対して保険料を負担させないこと,④大部分の国民がせいぜい高等学校卒業程度で稼得活動を開始していたことを総合的に考慮して,20歳到達をもって就労開始年齢としたものであり,20歳の前後で別異の取扱いをすることは合理性があること」について

20歳の前後をもって就労開始年齢とする立法事実は,昭和34年当時は存在していたが,昭和60年時点においては,④の立法事実は消滅している。また,20歳の前後で別異の取扱いをすることは,学生等が強制適用から除外されていることを前提にすると著しく不合理である。

a 学生等は20歳前後による区別の例外とされたこと

学生等を強制適用の対象から除外した本件適用外規定が存在するということは,国民年金法は,学生等を20歳以上か否かという形式的基準ではなく,類型的稼得能力の有無という実質的基準を重視して制度を設計しているといえる。そうすると,学生等に関しては,20歳の前か後かというのは区別の基準としての意味を失っているといえ,また,20歳以上の学生等に適用される任意加入制度も実質を伴わないものであったので,その点だけを理由に20歳前後での区別を正当化することはできない。したがって,類型的稼得能力がない点で共通する学生等と20歳未満の者とを別異に取り扱うことに合理的な理由はない。

b 稼得能力がない学生等を所得保障の対象外とする合理的な理由はないこと

国民年金法は,稼得能力がない者を保険料免除制度や無拠出制年金によって,障害年金による所得保障の対象としている。ところが,20歳以上の学生等は,およそ稼得能力がないのに,これらの保護が一切受けられない状況におかれていた。すなわち,稼得能力のない20歳以上の学生等は,20歳以上という点で共通する20歳以上の非学生等との関係では,稼得能力がないとの理由で強制適用及び保険料免除制度から排除される一方,稼得能力がない点では共通する20歳未満の者との関係では,稼得能力がないにもかかわらず20歳以上であり国民年金制度に任意加入し得たとの理由で無拠出制年金から排除されていたもので,学生等だけがこのように双方のグループから不利益に区別されるべき合理的な根拠は何もない。国民皆年金の理念からは「学生等であり稼得能力がない」ことは,無拠出制年金や保険料免除の対象になる理由になりこそすれ,強制適用からの除外という不利益を受けるべき理由にはならず,「20歳以上」であることは,強制適用の対象となる理由になりこそすれ,免除制度や無拠出制年金からの除外という不利益を受けたり,現実的に無意味な任意加入制度を与えられたりすることの理由にはなりえない。

(イ) 「就労開始年齢である20歳に達しながら,あえて稼得活動に従事することなく自ら学生等であることを選択した者はいわゆる「エリート」であること」について

昭和34年当時の大学生がいわゆるエリートと認識されていたと推測されるが,そのため学生が無拠出制年金から除外されていたものではない。また,昭和60年当時においては,大学生がエリートであるとの認識は存在しないか希薄化していたし,専修学校等の生徒は特別にエリートとは認識されていなかった。さらに,エリートとされることと所得保障の対象から除外されることには合理的な関連性はない。

a 学生の大学進学率が大きく上昇したこと

大学への進学率は,昭和34年当時には8.1パーセントであったが,その後次第に上昇し,昭和47年に20パーセントを超え,昭和60年当時には26.5パーセントとなり,平成6年に30パーセントを超えた。このことからすると,昭和60年当時には大学生がエリートであるとの認識があったとは認められない。

b エリートと認識されていたことを理由に無拠出制年金から除外されていたわけではないこと

昭和34年当時に大学に進学する者の多くが恵まれたエリートであり,社会的にそのような認識があったことは事実であろうが,そうであったとしても,昭和34年ないし60年当時,学生等はエリートだから保険料の免除を認めないなどという議論がなされたり,国民一般がそのように考えていたなどというような立法事実を認めるべき証拠はない。また,大学生であっても在学中に重度の障害を負った場合は,進学しない者に比して高額の収入が見込まれることなどあり得ないであろうし,不運にも障害を負った大学生に対し,国民一般の通念として,障害基礎年金が支出されることに抵抗感があるとは考えにくい。

エ そして,20歳以上の学生等は,昭和34年法及び昭和60年法により差別された結果,次のとおり不利益を受け,その不利益の程度が著しく,立法府の合理的な裁量判断の限界を超えている(憲法14条1項違反)といえ,また,当該立法によって20歳以上の学生等の健康で文化的な最低限度の生活が損なわれており,著しく合理性を欠き明らかに裁量の逸脱・濫用に当たる(憲法25条違反)。

(ア) 国民年金未加入による不利益情報の不告知

強制適用の対象であれば個別の通知や納付書類が送付されていたのに対し,任意加入制度のもとでは,学生等が20歳に達した場合であっても,個別的な通知はなされなかったのであるから,意識的に年金制度に興味を持っていない限り,任意加入をするか否かの選択をする機会すら与えられていなかった。

(イ) 障害基礎年金等の不享受

昭和60年法では,保険料の支払能力がない者であっても,20歳以上であれば保険料免除,20歳未満であれば無拠出制年金として,障害基礎年金を受給することが可能であったのに対し,20歳以上の学生等は,保険料支払能力があり,かつ,任意加入という選択を可能とするだけの情報を得ていたごくわずかな者(1.25パーセントの加入者)以外の者は,障害基礎年金を一切受給することができない。なお,昭和34年法の場合は,20歳未満の者は障害年金の半額の障害福祉年金を受給することが可能であったのに対し,20歳以上の学生は任意加入していなければ受給できなかった。

とりわけ,拠出制年金の3分の1,障害福祉年金の全部が国庫負担の対象とされていたことからも,20歳以上の学生等を国庫負担から一切排除することの不平等性は顕著である。被告らは,学生等が特に国庫負担分から排除されているわけではないと主張するが,主として老齢年金を念頭においた議論であって,現に国庫負担分を含む障害基礎年金が受給できない不平等性に対する反論とはなっていない。

また,生活保護による所得保障も考えられるが,生活保護法は「補足性の原則」に立っており,本人の資産・収入だけでなく,家族の扶養能力についても調査が行われ,もし資産があればこれを処分しなければ受給できず,収入がある分は支給額が減額されるなど,およそ障害者の自立を念頭においた制度ではなく,これが障害基礎年金の代替にならないことは明らかである。

(ウ) 障害基礎年金受給に伴う恩典の不享受

障害基礎年金受給者は,老齢基礎年金の保険料が法定免除とされ,毎月の保険料を支払う必要がないのに対し,20歳以上の学生等は,障害基礎年金を受給できない結果,法定免除の対象とならないから,老齢基礎年金の保険料を支払わなければならない。

オ まとめ

以上によれば,昭和34年法及び昭和60年法が,20歳以上の学生等を本件20歳前障害規定によって障害基礎年金の受給対象にすることなく,本件適用外規定によって強制適用の対象から除外したことは,昭和34年の立法当時において,又は遅くとも昭和60年の改正当時において,立法理由に合理的な根拠がなく,その区別が立法理由との関連で著しく不合理な状態であることが明白であったから,立法府に与えられた合理的な裁量権の範囲を逸脱又は著しく濫用したものといわざるを得ない。

したがって,昭和34年法及び昭和60年法は,憲法14条1項,25条に違反している。

(2)  被告らの主張

ア 憲法25条に違反しないこと

国民年金法は,同法1条の法の目的に照らして,憲法25条に基づく立法措置であることは明らかである。

(ア) 強制適用の対象を20歳以上と定めた趣旨

国民年金法は,

a 年金制度の本質が稼得能力の減損に対する保障にあり,これが保険料納付義務の根拠であることから,被保険者は,稼得活動に従事し一定の所得をあげ得る者とした上,

b その区分に当たっては,同法が,被用者年金の場合と異なり,農林漁業従事者や自営業者など雇用関係によって稼得活動従事の有無を区別することができない者を対象とすることから,一般に就労していると考えられる年齢により一律に区分することとし,

c 適用年齢については,①他の公的年金制度との均衡,②一定以上の被保険者期間の確保の要請,③被扶養者である者に対し保険料を負担させないこと,④大部分の国民がせいぜい高等学校卒業程度で稼得活動を開始していたことなどを総合的に考慮して成人に達した20歳から60歳未満の者を強制適用の対象者と定めた。

(イ) 強制適用の対象とする必要性が乏しいこと

a 学生等を強制適用の対象とすることは,稼得活動に従事していない者に保険料納付義務(怠った場合は国税徴収法の例に基づく徴収や滞納処分の対象となる。)を負わせることとなり,稼得活動従事者に対する保障を本質とする国民年金制度の趣旨に反する。

b 学生等である間の保険事故(障害,老齢,遺族)に備える必要性は,

(a) 学生等の多くは20歳到達後2年で卒業するため,保険事故(主として「障害」)に対する備えを要する期間は通常2年と短く,したがって事故発生頻度も少ないと考えられること

(b) 実際に稼得活動を開始する際には,別の被用者年金制度に加入する者がほとんどであると考えられ,多くの場合,納付した年金保険料は掛け捨てとなること

にかんがみると,さほど高いものとはいえない。

c 平成12年改正により,保険料負担能力のない学生等でも,納付特例の申請をすることによって納付猶予期間中の障害基礎年金給付を受けることができるようになった後ですら,保険料納付あるいは納付特例の申請を行う20歳以上の学生等は,4,5割にも達せず,障害年金に関する認識が低いのであり,そうすると,稼得活動従事者に対する保障を本質とする国民年金制度において,その本質に反して,あえて学生等を強制適用の対象としてまで,学生等である間の「障害」に備える必要性は認められない。

(ウ) 加入の手段を用意したこと

そこで,立法当時の国民年金法においては,上記の事情を総合考慮して,学生等である間の「障害」に対する保障を求める者,あるいは,卒業後引き続き国民年金の被保険者となることが見込まれるなどの事情により国民年金制度への加入を希望する者に対しては,任意加入の方法により,被保険者となることができるとした。

(エ) まとめ

以上によれば,本件適用外規定は,国民年金制度の趣旨に基づく規定であり,学生等に対する任意加入制度の存在と相まって,十分合理性を有するというべきであり,憲法25条に違反しない。

イ 憲法14条1項に違反しないこと

国民年金法は,憲法25条2項の理念に基づく法律であり,立法府は,その立法に当たって,対象者,給付条件,給付内容等について広範な政策的裁量を有する。

本件適用外規定は,稼得活動従事者に対する保障を本質とする国民年金制度の趣旨並びに学生等に対する強制適用の必要性が乏しいことにかんがみ,より厚い保障を求める者に対しては,任意加入制度により被保険者となる途を確保した上で,類型的に稼得活動に従事しない者の集団である学生等を,強制適用の対象外としたものであって,定型的に稼得活動に従事していない学生等とそうでない者を区別することが,稼得能力の減損に対する保障を中心とする国民年金法の立法趣旨との関連で合理的であり,およそ合理的な裁量判断の限界を超えるものでないことは明らかである。

(ア) 憲法14条1項の平等原則の意義

a 積極的な施策が立法によって講じられなかったとしても憲法14条1項に直ちに違反するものではないこと

憲法14条1項は,不均等な法的取扱いの禁止を保障するものであり,社会に存する様々な事実上の優劣,不均等を是正して実質的平等の実現を積極的に保障するものではない。社会に存する種々多様な事実上の優劣,不均等について,あるべき均等な状態を示し,これに対応したあるべき施策を見つけ出すということは,立法府の職責であり,司法の作用からは逸脱する行為であって,裁判規範としての平等原則には実質的平等は含まれないというべきであるから,積極的な施策が立法によって講じられなかったことを理由として平等原則違反があると認めることはできない。

b 憲法14条1項は合理的理由のある差別を禁止するものではないこと

憲法14条1項は,合理的理由のない差別を禁止する趣旨のものであって,各人に存する経済的,社会的その他種々の事実関係上の差異を理由としてその法的取扱いに区別を設けることは,その区別が合理的な根拠に基づくものである限り,何ら同規定に違反するものではない。

そして,法的取扱いに区別を設けた立法が憲法14条1項に違反するか否かについては,「その立法理由に合理的な根拠があり,かつ,その区別が右立法理由との関連で著しく不合理なものでなく,いまだ立法府に与えられた合理的な裁量判断の限界を超えていないと認められる限り,合理的理由のない差別とはいえず,これを憲法14条1項に反するものということはできない(最高裁判所大法廷平成7年7月5日決定民集49巻7号1789頁)」という違憲審査基準を用いるべきである。

c 社会保障法制に関する立法府の裁量は広範であること

憲法25条1項は,国が個々の国民に対して具体的・現実的にすべての国民が健康で文化的な最低限度の生活を営みうるよう国政を運営すべき義務を有することを規定したものではなく,同条2項によって国の責務であるとされている社会的立法及び社会的施設の創造拡充により個々の具体的・現実的な生活権が設定充実されてゆくものであると解すべきであり,同条の規定の趣旨を現実の立法として具体化するに当たっては,その時々における文化の発達の程度,経済的・社会的条件,一般的な国民生活の状況,国の財政事情等を無視することができず,また,多方面にわたる複雑多様な,しかも,高度の専門技術的な考察とそれに基づいた政策的判断を必要とする。したがって,どのような立法措置を講ずるかの選択決定は,立法府の広い裁量にゆだねられており,それが著しく合理性を欠き明らかに裁量の逸脱・濫用と見ざるをえないような場合を除き,裁判所が審査判断するのに適しない事柄である。

(イ) 昭和34年法及び昭和60年法が20歳以上の学生等を強制適用の対象から除外して任意加入の対象にとどめたことは何ら不合理ではないこと

国民年金法は,昭和34年の創設以来,その被保険者を成人に達した20歳から60歳未満と年齢で一律に区分しているが,これは,国民年金の対象となる自営業者等は,就労や所得の態様が一律でないため,一般に就労していると考えられる年齢により一律に区分して適用者を画するほかないためであり,また,成人に達した20歳から強制適用の対象となるとされたのは,国民年金制度の対象とする大部分の国民が高等学校卒業程度で稼得活動に従事しているという実情があり,被扶養者である未成年者に保険料を負担させることはできないということが考慮されたからである。

そして,学生等が強制適用の対象から除外され,任意加入制度の対象にとどめられたのは,国民年金は,稼得活動に従事して一定の所得をあげ得る者を対象者として予定しており,被保険者は,保険料納付義務を負うことになるため,定型的にみて稼得活動に従事していない学生等に保険料納付義務を負わせることには問題があると考えられたためであり,また,大学教育を受けた学生等は,卒業後,被用者年金制度に加入するのが通常であると考えられたためである。

したがって,このような判断には,何ら不合理な点はなく,社会保障法制に関する立法府の広範な裁量の範囲内にあることは明らかである。また,学生等の取扱いについては,平成元年改正の際においてすら,所得のない者に保険料納付義務を負わせるべきではなく,強制適用とした場合は親に保険料を負担させる結果となること,強制適用とした上保険料を免除した場合,学生等と同世代で稼得活動に従事し保険料を負担している者との公平を欠くことなどを理由とする反対論もあったことからしても,昭和60年法がなお学生等を強制適用の対象とせず,今後の検討課題にとどめたことにも何ら不合理な点はないというべきである。

(ウ) 昭和34年法及び昭和60年法が合理的理由のない差別的取扱いをしているとは到底いえないこと

a 昭和34年法には十分な合理性があること

昭和34年法によって創設された国民年金制度において,本件20歳前障害規定は,社会福祉の見地から,いまだ加入年齢に達せず,国民年金の被保険者とはなり得ない20歳前の障害を受けた者を対象に年金を受給させようとするものである。

そもそも,国民年金制度は,憲法25条2項の規定の趣旨を実現するため,老齢,障害又は死亡によって国民生活の安定が損なわれることを国民の共同連帯によって防止することを目的とし,保険方式により被保険者の拠出した保険料をもとに年金給付を行うことを基本として創設されたものである。本件20歳前障害規定に基づく障害福祉年金は,国民年金制度の経過的又は補完的な制度として創設された無拠出制の年金であり,福祉的施策の一環をなすものであって,立法府は,その支給対象者の決定についても,特に広範な裁量権を有している。

したがって,このような国民年金の支給対象外の者に対する福祉的施策のあり方について国民年金の支給対象者と比較し,両者の間に制度的な不均衡があるとするのは失当である。学生等といえども20歳に達すれば,任意加入制度によって国民年金の被保険者となることができたのであって,国民年金の支給対象外の者とは明らかに立場が異なるのである。そればかりか,20歳以後に障害を負った学生等にも障害福祉年金を支給するとすれば,同年齢の学生等以外の者が保険料を未納付の場合にこれを受給できないこととの均衡を失するから,障害福祉年金の受給対象者を20歳前に障害を受けた者と定めた立法府の判断には十分な合理性がある。

b 昭和60年法にも十分な合理性があること

そして,基礎年金制度を創設して年金制度の再構成をした昭和60年法によって,障害福祉年金は障害基礎年金に改められ,20歳前に障害を負った者にも,障害基礎年金が受給されることとなり,その結果,本件20歳前障害規定に基づく年金給付は,全額国庫負担のいわゆる無拠出制年金ではなくなった。しかしながら,国庫は,6割という特別に高率の費用負担をしており,障害者自身は従来どおり保険料を拠出する必要がないことから,改正前の障害福祉年金と同様,所得制限等種々の制限が定められているのであって,社会福祉的色彩の強い制度であることに変わりはない。

したがって,昭和60年改正後の本件20歳前障害規定に基づく障害基礎年金が,障害福祉年金同様に社会福祉の見地から,いまだ加入年齢に達せず,国民年金の被保険者とはなり得ない20歳前に障害を受けた者を対象に年金を受給させようとする一方,学生等は,昭和60年法においても20歳に達すれば,任意加入制度によって国民年金の被保険者となることができるのであるから,両者の間に制度上の不均衡があるといい難いことは,昭和34年法の場合と同様である。昭和60年改正当時においても,20歳以後に障害を負った学生無年金者に障害基礎年金を支給することとすると,同年齢の学生等以外の者が保険料を未納付の場合にこれを受給できないことと均衡を失するとの考えが依然として根強かったのである。したがって,同改正後の本件20歳前障害規定に基づく障害基礎年金の受給対象者を20歳前に障害を受けた者と定めた立法府の判断にも十分な合理性がある。

ウ 原告らの主張に対する反論

(ア) 通算年金通則法施行後も掛け捨ての問題は解消されていないこと

通算年金通則法は,通算によって得られる年金額及びこれに対応する事務の繁雑さにかんがみ,通算の対象となる期間を一定期間以上(原則1年。ただし,市町村職員共済組合,私立学校教職員共済組合及び農林漁業団体職員共済組合の組合員期間については,当初6か月,後に1年。)に限っており(同法6条2項),すべての期間を通算の対象とするものではない。例えば,短期大学への現役進学者など,20歳以上の学生等である期間が1年未満である場合には,従前の国民年金制度における支払済み保険料は,老齢年金及び退職年金についても掛け捨てとなる。

また,同法は,老齢年金及び退職年金に限って通算の方法を定めたものであって(1条),その他の障害年金給付等については通算の対象としていない。なお,被用者年金各法及び国民年金法の改正により,昭和51年9月以降,障害年金給付等についても通算の対象とされることとなったが(昭和60年法律第34号による改正前の国民年金法30条1項1号ハ参照),各法ごとに通算期間についての制限(6か月ないし1年)があり,必ずしも完全な通算ができたわけではない。

被保険者期間の通算方法は,国民年金法立法当初からの課題であり,そのため,昭和34年法には,「前項各号に掲げる者に対する将来にわたるこの法律の適用関係については,国民年金制度と被用者年金各法その他の法令による年金制度との関連を考慮して,すみやかに検討が加えられたうえ,別に法律をもって処理されるべきものとする。」(同法7条3項)との規定がおかれていた。

結局,各年金制度間の通算は,昭和60年改正による基礎年金制度の導入によって初めて完全に確立されたのであり(上記の規定は,同改正によって削除された。),それまでの間は,必ずしも完全な通算調整が行われていたわけではない。

(イ) 任意加入制度の利用は極めて容易であったこと

任意加入制度は,国民年金法の強制適用の対象でない者のうち,国民年金制度に加入して保障を厚くしたいと望む者について,積極的にこれを排除する理由もないことから任意に加入することを認めたものであり,年金制度を運用する側において,加入者を制限すべき理由はない。むしろ,国民年金制度が社会保険であり,多数の被保険者の拠出により保険事故に対する備えを行う仕組みであることにかんがみると,保険料を支払う者は多い方がより望ましいといえる。

したがって,任意加入制度において,法の定める任意加入の要件を満たす者については,それ以上に加入の要件を厳しく調査する理由はなく,任意加入を申し出る者に対し,所得や資産の調査は特段行われていない。また,当初要件とされた「知事の承認」についても,「通常の場合は必ず認められ」,さらに,昭和36年には,承認ではなく,「知事に申し出て,被保険者となることができる」と改正された。このように,任意加入制度の利用は極めて容易であった。

20歳以上の学生等の任意加入制度利用率が低かったとしても,その理由は,周知徹底や保険料負担能力の欠如にあるのではなく,将来の保険事故に備えるということに対する学生等自身の関心の低さに求められるべきである。

(ウ) 「学生等を強制適用の対象とした上で保険料免除」は不合理であること

原告らの主張は,学生等以外の者と学生等について,何ら合理的な理由なく,学生等のみを区別して優遇するものであって,この点においても均衡を失することは明らかであり,国民年金の被保険者ないし納税者たる国民の理解が得られるとは容易に考え難い。

a 強制適用+免除申請

学生等を強制適用の対象とすることは,定型的に稼得活動に従事せず所得のない者に対し保険料納付義務を課すこととなって,必ずしも適当でなく,また,学生等が定型的に所得がないものの集団であることに着目すれば,結果的には次のbと同じ問題が生じうる。

b 強制適用+一律免除

成人に達した20歳以上で稼得活動に従事しない者のうち,学生等のみに保険料免除の特典を付与するものであり,稼得活動に従事し一定の所得をあげ得る者を制度の中心とする国民年金の制度設計に照らし,かえって不合理な結果を生じる。

すなわち,中学・高校を卒業した後,進学することなく家業を手伝う者,経済的事情で進学を断念し就職する者,また,家族の介護等の事情で家事手伝いをする者らが,現に無業者も含めて,20歳に達した後,被保険者として年金保険料を負担し,滞納した場合には滞納処分の対象とされるのと比較し,20歳に達したにもかかわらず,稼得活動に従事することなく,大学生であることを自ら選択したエリートである学生(しかも,彼らの多くは,進学しない者に比して将来的には高額の収入を得ることが見込まれる。)に対し,その保障のために,保険料を免除した上,障害年金給付に相当する保険料ないし国税を支出することは,他の被保険者ないし納税者に著しい不公平感ないし不公正感を抱かせるというべきである。

(エ) 「障害給付分離論」が不合理であること

そもそも,国民年金制度は,長期間の保険料納付を前提に,老齢,障害,生計維持者の死亡(母子)の3つの保険事故に対する備えとして一体として設計された制度であり,通常短期間であると考えられる学生等の間のみ,障害年金給付のみに対応する保険料の徴収及び年金給付を別途設計・運営することには多大な人的・物的費用を要する。学生等のみを対象として障害年金給付のみの年金制度運営をするのであれば,月額保険料が極めて少額になるのに対し,保険料徴収に要する費用のみが過大となり,制度運営が行き詰まることも予想される。インセンティブを感じないために保険料を滞納する学生等が生じうることをも考慮すると,原告らの主張は机上の空論というほかない。

(オ) いわゆる国庫負担分の受給について

国民年金法には,年金給付額の3分の1相当額について国庫負担とするとの規定(現行法85条1項1号)があるが,これは,①保険料負担を軽減すること,②給付額を上乗せすることを目的とするものであり,国民年金の被保険者は,①の意味での国庫負担分を享受し,年金給付の受給権者となった際には,②の意味での国庫負担分を享受することとなる。原告らは,現に国民年金の被保険者であって,既に①の保険料分についての国庫負担分の支給を受けている。

国民年金の被保険者であるがいまだ年金給付の受給権者でない者は,すべて原告らと同じように,①の保険料分についての国庫負担分を享受し,②の年金給付額についての国庫負担分についてはいまだ享受していないのであって,原告らが特に国民年金制度から排除されているわけではない。

(カ) 「国民皆年金」の解釈を誤っていること

国民皆年金とは,「年金制度に加入していない者に対し年金を給付すること」を意味するものではない。すなわち,「国民皆年金」の理念については,憲法上はもちろん,国民年金法上も,その内容が一義的に定められているものではないところ,立法者は,「年金制度に加入し拠出を行った者に年金給付を行う制度」として国民年金法を制定し,これにより国民皆年金の理念を具体化したものである。

(キ) 20歳到達の前後で年金受給の可否が異なることには合理性があること

前記のとおり,国民年金法は,

a 年金制度の本質が稼得能力の減損に対する保障にあり,これが保険料納付義務の根拠であることから,被保険者は,稼得活動に従事し一定の所得をあげ得る者とした上,

b その区分に当たっては,同法が,被用者年金の場合と異なり,農林漁業従事者や自営業者など雇用関係によって稼得活動従事の有無を区別することができない者を対象とすることから,一般に就労していると考えられる年齢により一律に区分することとし,

c 適用年齢については,①他の公的年金制度との均衡,②一定以上の被保険者期間の確保の要請,③被扶養者である者に対し保険料を負担させないこと,④大部分の国民がせいぜい高等学校卒業程度で稼得活動を開始していたことなどを総合的に考慮して成人に達した20歳から60歳未満の者を強制適用の対象者と定めたものであり,20歳を就労年齢の開始時とし,これをもって強制適用の対象者を区分することには十分な合理性があるというべきである。

原告らは,同じ学生等であるという点を強調するが,上記区分によれば,20歳前の者はいまだ就労年齢に達していないのに対し,20歳に達した者は就労すなわち稼得活動に従事するものと考えられるのであるから,稼得能力の減損に対する保障をその中心とする国民年金制度において,20歳に達しながら,あえて稼得活動に従事することなく自ら学生等であることを選択した者に対し,障害年金給付を行わないことが,法の趣旨・目的に反するとか,不合理であるということはできない。

このような者が障害者となった場合の保障は,障害者基本法,身体障害者福祉法など,他の障害者に関する社会保障制度にゆだねられているというべきである。

(ク) 学生納付特例制度が必ずしも合理的とはいえないこと

現行の学生納付特例制度が学生等に対する障害保障の点で一定の合理性を有するとしても,そもそも,国民年金制度の中心が稼得能力の減損に対する保障にあることにかんがみれば,「定型的に稼得活動に従事しない学生等については強制適用の対象外とした上,より厚い保障を求める者には任意加入の途を開く」という制度設計に合理性があることは明らかである。したがって,上記納付特例制度のような制度を選択しなかったからといって,これが直ちに「著しく合理性を欠き明らかに裁量の逸脱・濫用と見ざるをえない場合」に該当するということはできない。

(ケ) 障害年金受給権者のみに保険料免除規定を適用することには合理性があること

同一の被保険者について,老齢と障害など,保険事故が重複することがあるが,この場合,重ねて所得保障の必要性が生じるわけではなく,複数の年金給付の併給を認めることは不合理であることから(一人一年金の原則),国民年金法上,複数の年金給付の受給権者については,一方の年金給付を支給し,他方の年金給付は支給を停止することとされている(昭和34年法20条。昭和60年法20条も同旨)。

このように保険事故重複が想定される場合において,年金給付の内容や保険事故の性質上,一方の年金給付の受給権が生じた時点で,当該給付がほぼ永続することが見込まれることがあるが,このような場合には,他の保険事故に備える必要性は低いと考えられるから,あえて後者に備えて保険料の支払を強制することは合理的とはいえない。

そこで,昭和34年法89条1項1号は,障害年金及び母子福祉年金の受給権者に対しては,保険料を納付することを要しないとした。昭和60年改正においても,障害年金給付は老齢年金給付と同額あるいはより高額とされたため,上記規定の趣旨は,昭和60年法89条1号にそのまま引き継がれた。

これらの保険料免除規定は,複数年金給付間の併給調整規定の一つであって,障害者であることを理由として年金保険料を免除するものではなく,原告らのように現に年金受給者でない者を免除の対象とすることは予定していないものである。したがって,原告らに対し,同規定を適用しないことが違法であるとはいえない。

なお,障害者である被保険者が,経済的理由により保険料の負担が困難である場合については,昭和34年法90条1項(昭和60年法90条1項も同旨)が,所得がないとき等を理由とする保険料の免除申請制度を定めている。

3  本件各処分が憲法13条,31条に違反するか否か(争点②)について

(1)  原告らの主張

ア 告知及び聴聞の機会の保障がないこと

障害年金制度が憲法25条の保障する生存権を具体化するものであることにかんがみれば,「20歳以上の学生等は,国民年金に任意加入する機会があったのに自らの選択により加入しなかったのであるから,そのことに対するペナルティーとして障害年金を生涯にわたり受給することができないという不利益を受けるのは当然である」という見解が正当化されるためには,憲法13条及び31条に基づき,当該学生等に対し適正手続の保障,すなわち告知及び聴聞の機会が保障されていることが必要である。

ところが,昭和34年法及び昭和60年法は,告知及び聴聞の機会を一切保障していなかったし,そのような機会を保障する運用もなされていなかった。

したがって,昭和34年法及び昭和60年法が,20歳以上の学生等が任意加入しなかったことに対するペナルティーとして障害年金の受給を許さないものとしていることは,適正手続に反するものであり,憲法13条,31条に違反し無効である。

イ 制度の周知徹底がなされていなかったこと

国民は,憲法13条に基づき,自らのことは自らが決定するという自己決定権を有するところ,社会保障に関する制度の利用が利用者の申請や加入にゆだねられている場合,当該制度の対象者である個々の国民は,当該制度の内容,加入手続に加え,当該制度を利用しない場合の不利益まで周知されていなければ,制度の利用について合理的な意思決定ができず,自己決定権を侵害されているということができる。

この点に関連して,憲法31条の適正手続の保障は,個々の国民に対し,自らの権利義務の発生に関する手続について参加と意見表明の機会を与えるものであり,国民がかかる参加と意見表明の権利を行使するためには,対象者である個々の国民に対し当該権利義務の発生に関する情報が十分提供されている必要がある。

そして,国民年金の任意加入制度についても,個々の利用対象者に対し制度の内容,加入手続及び制度を利用しない場合の不利益が十分周知されることが予定されている。

しかし,被告国は,個々の学生等に対して,これらの事項の周知を尽くしていなかった。そのため,原告らも,他の大多数の学生等と同様,任意加入制度の存在,加入手続及び加入しなかった場合の不利益について全く知らなかったため,国民年金制度に任意加入しなかった。

したがって,被告国には,原告らに対する任意加入制度の周知を怠った違法がある。

(2)  被告らの主張

強制適用の対象外であり,任意加入もしなかった者に対し,障害年金を支給しないことは,憲法13条,31条に違反しない。

ア 憲法31条の適用がないこと

国民年金制度は,社会保険であり,加入した者に対して保障を及ぼすことを原則としているのであるから,そもそも,加入していない者に対して給付を行うことができないことは自明の理というべきであって,これがペナルティーなどではないことは明らかであり,原告らの主張はその前提を誤っている。

憲法31条は,主として,刑事罰の発動に関する人身の自由の基本的原理を定めたものであり,また,最高裁判例が事前手続との関係で同条の適用を認めた事案が,いずれも刑事手続ないしは刑罰に酷似するような制裁を科する手続に関するものであることからすると,同条が適用されるのは,刑事手続ないしは刑罰に酷似するような制裁を科する手続に限られるというべきところ,国民年金制度がこれに該当しないことは明らかである。

もっとも,行政処分の中でも,侵害処分や不利益処分等といった国民の権利や自由を制限する処分については,刑事罰の発動と類似する側面を有する場合があることは否定できないから,処分の内容・性質等によっては,憲法31条は準用される余地があると解される。しかし,国民に権利利益を与える処分や確認処分については,国民の権利自由を何ら制限するものではないから,憲法31条を準用する余地がないことは明らかである。そして,国民年金制度は社会保険であり,加入した者に対して一定の要件の下に年金受給権を給付する制度であるから,権利利益を付与する受益処分を行うものであり,憲法31条は準用されない。

イ 憲法13条の適用がないこと

憲法13条が,包括的抽象的な規定であり,かつ,「手続」という文言も全く含まれていないことからすると,同条が行政手続適正化の一般的根拠となるとの解釈は文言上の根拠に欠けるというべきであり,原告らの主張は失当である。なお,行政手続に憲法上の適正手続の保障が及ぶ根拠として憲法13条を挙げる立場は,学説上少数説にとどまっており,最高裁判例にも,憲法13条を根拠に行政手続に適正手続の保障が及ぶ旨判示したものは存在しない。

ウ 任意加入制度の個別的教示は法制度上必要とされていないこと

社会保障制度の告知・教示については,法令で義務づけられている場合を除いて,これを行わないからといって,行政庁に何らかの法的責任が生じるものではない。国の法令は公布によって国民に周知されたものとして,国民の権利義務を創設あるいは規制する効力を発するものであり,法的義務としての周知徹底義務は存在しないからである。まして,個別的な告知又は教示の義務が存在することはあり得ない。

したがって,この点についても原告らの主張は理由がない。

4  本件適用外規定及び本件20歳前障害規定の合憲解釈(争点③)について

(1)  原告らの主張

ア 昭和60年法30条1項について

昭和60年法30条1項の障害基礎年金が支給されるには,①当該傷病の初診日において被保険者であること,②障害認定日において,その傷病により,同条2項に規定する障害等級に該当する程度の障害の状態にあること,③初診日の前日において,当該初診日の属する月の前々月までに被保険者期間があること,④③の被保険者期間に係る保険料納付済期間と保険料免除期間とを合算した期間が,当該被保険者期間の3分の2以上であることを満たす必要がある。

原告らの支給請求は①③④の要件を満たさないかにみえる。しかし,特別規定である昭和60年法7条1項1号イが違憲無効となった場合,遡及的に同条項が原告らに適用されないことになり,原則規定である20歳以上の国民の強制適用を規定した同法7条1項1号本文が適用されることになる。そうすると,①③の被保険者要件については,原告らは20歳に達したときから国民年金の被保険者であったことになるから,要件を充足する。

④の納付要件については,原告らに強制適用の規定が遡及的に適用される結果,原告らは保険料免除を定めた昭和60年法90条1項本文の規定のうち1号(所得がないとき)又は5号(その他保険料を納付することが著しく困難であると認められるとき)の遡及的適用対象となるところ,類型的に稼得能力のない学生等は20歳に達した時点において保険料の免除を申請し,かつ,免除されたものと擬制されるべきである。また,仮に免除要件を欠くものとして免除されなかった場合には保険料を納付していたものと擬制されるべきである。すなわち,原告らは強制適用から除外されていたために免除申請が不可能であったところ,もし当時免除申請が可能であれば,収入がほとんどなかった原告らが免除申請をし,これが認められた蓋然性が高い。また,仮に免除申請が認められなかった場合は,保険料を納付する資力があり,かつ,保険料納付義務があることを明確に認識し得たのであるから,保険料を納付していた蓋然性が高い。加えて,学生等には類型的に稼得能力がないとされていたこと,原告らに10年以上も前の収入状況の立証を求めるのは無理を強いるものであること,被告国が違憲規定によって免除申請を不可能にした原因を作り出しておきながら「逆選択の禁止」などと主張するのは信義誠実の原則に反すること,裁判所が原告らの取ったであろう行動を想定する際に,原告らに事実上不利益に推定することは許されないことから,このような擬制は正当化される。したがって,原告らは④の要件も充足する。仮にこのような擬制をしないとしても,少なくとも原則規定の遡及的適用の効果として,原告らが20歳から初診日の前々月までに保険料免除の要件があったかについて再審査を受ける地位が認められるべきであり,その結果,原告らが免除要件を満たさなかった場合であっても,その時点まで国の違憲規定によって免除を受けられないことを知り得なかったのであるから,障害時までの保険料の追納を認めるべきである。

イ 昭和60年法30条の4第1項について

昭和60年法30条の4第1項の障害基礎年金が支給されるには,①疾病にかかり,又は負傷した者が,その初診日において20歳未満であったこと,②障害認定日以後に20歳に達したときは20歳に達した日において,障害認定日が20歳に達した日後であるときはその障害認定日において,障害等級に該当する程度の障害の状態にあることを満たす必要がある。

原告らの支給請求は①の要件を満たさないかにみえる。しかし,昭和60年法30条の4に20歳以上の学生等が含まれないことによって,同法7条1項1号イが法令違憲になるのであるから,法令違憲を可能な限り避けるという観点からは,同法30条の4の合憲的な解釈・適用が可能であるか否かが検討されるべきであり,この観点から,同法30条の4に「初診日において20歳未満」とあるのは,「類型的に稼得能力のない者」の一例にすぎないと解釈する(例文解釈)か,「初診日において20歳未満の者又は学生等」と拡張して解釈(拡張解釈)すべきである。この解釈の許容される根拠としては,(ア)20歳以上の学生等と20歳未満初診の者は共に類型的に稼得能力がない点で共通すること,(イ)同法7条1項1号イの有効性を前提とすると,こと学生等に関しては20歳以上か否かという点は法律上重視されておらず,むしろ類型的に稼得能力がないことが重視されていること,(ウ)20歳以上の学生等は20歳未満初診の者と異なり,制度上は国民年金制度に任意加入することができたが,類型的に稼得能力がない学生等の大半にとって免除制度のない任意加入制度は現実的に加入できず,制度の実質をもたなかったこと,(エ)若年において重度の障害にある場合は,通常その回復は困難であり,稼得能力を生涯にわたって奪われているので,その保障のために無拠出制年金を支給するという同法30条の4の趣旨は20歳以上の学生等にも妥当すること,(オ)憲法25条に由来する国民皆年金の理念は,できる限り無年金者の発生を防止するような解釈を要請することが挙げられる。

以上の合憲的解釈によれば,原告らは①の要件も充足するのであり,原告らに対する本件各処分は,法令の解釈適用を誤った違法な処分であるから取消しを免れない。

ウ 憲法14条1項違反の効果

上記ア,イのように解されないとしても,平等原則違反の直接の効果に基づき障害基礎年金が支給されるべきである。平等原則に適合した立法をするに当たって,立法者に裁量の余地がないほど一義的に立法内容が決まるときは,違憲性の確認以上に給付判決も可能というべきである。原告ら20歳以上の学生等は,20歳以上の非学生と20歳未満の者との双方から不合理な差別を受けているところ,昭和60年改正以降においては,これら双方のいずれもが障害基礎年金を受給しうるという点で異なるところがなく,救済内容は障害基礎年金の受給という点で一義的に明確である。よって,本来障害基礎年金を受給されるべき原告らに対する本件各処分は,結論において違法と評価されることになるから,取り消されるべきである。

(2)  被告らの主張

ア 昭和60年法30条1項

原告らの主張は争う。昭和60年法30条1項は,前述のとおり憲法25条,14条1項には反しない。

イ 昭和60年法30条の4第1項

(ア) 本件20歳前障害規定の類推適用の余地がないこと

本件適用外規定の文言をみれば,学生等を国民年金の強制適用の対象から除外し,任意加入被保険者となった場合に限って年金給付の対象とする趣旨であることは明らかであり,昭和34年法及び昭和60年法が,成人に達する20歳を就労開始年齢として区分する立場をとっていることにもかんがみると,就労開始年齢に達していない20歳前の者と20歳を超えてあえて稼得活動に従事していない学生等とを同一にみるものとは解されない。したがって,そもそも両者の利益状況は同一であるとはいえないから,類推適用の余地はないというべきである。

(イ) 拡大適用が許されないこと

上記のとおり,本件適用外規定を含めた昭和34年法及び昭和60年法が,20歳を超えてあえて稼得活動に従事していない学生等を強制適用の対象から除外したこと,これが憲法25条,14条1項に反しないことは前述のとおりであり,また,本件20歳前障害規定を拡大適用することは解釈の限界を超えるものである。

(ウ) いわゆる無拠出障害年金給付論が失当であること

全額国庫負担の無拠出制の年金は,保険料を必要期間納付することができない見込みの者など,保険原則によるときは給付を受けられない者についても国民年金制度の保障する利益を享受させるために,経過的・補完的な制度として設けられたものであって,立法府は,その支給対象者の決定について,もともと広範な裁量権を有しているものというべきである。そして,本件20歳前障害規定が20歳を超えて学生等であったものをその支給対象とするものではないことは前述のとおりであり,そうすると,仮に,本件20歳前障害規定が社会扶助ないし社会手当としての性格を有するとしても,そのことのみによって同規定が原告らに適用されるものではなく,他に本件20歳前障害規定を原告らに適用すべき理由がないことは明らかである。

5  被告国が国家賠償責任を負うか否か(争点④)について

(1)  原告らの主張

ア 最高裁昭和60年判決の判示は,次のとおりに分析できる。

(ア) 原則論

a 大前提

国家賠償法1条1項は,公権力の行使に当たる公務員が個別の国民に対して負担する職務上の法的義務に違背した場合の責任である。

b 小前提

国会議員は,立法に関しては,個別の国民の権利に対応した関係では法的義務を負わない。その根拠は,次の3点である。

(a) 議会制民主主義における立法行為の政治性

国会議員は,多様な国民の意向を汲みつつ,国民全体の福祉の実現を目指して行動することが要請されるので,議会制民主主義が適正かつ効果的に機能することを期するためにも,立法行為の内容は議員各自の政治的判断に任せ,その当否は国民の自由な言論と選挙による政治的評価にゆだねるのが相当である。

(b) 憲法解釈の多様性

立法行為の規範たるべき憲法の解釈は,国民の間には多様な見解があり,国会議員はこれを立法過程に反映させる立場にある。

(c) 国会議員の免責特権

憲法51条によって国会議員の発言・表決につき法的責任が免除されているのは,国会議員の立法過程における行動は政治的責任の対象にとどめるのが議会制民主主義の目的にかなうとの考慮による。

c 結論

国会議員の立法行為は,国家賠償法1条1項の規定の適用上,違法の評価を受けない。

(イ) 例外論

国会議員の立法行為であっても,容易に想定し難いような例外的な場合には国家賠償法1条1項の規定の適用上違法の評価を受ける。その例としては,立法内容が憲法の一義的な文言に違反しているにもかかわらず国会があえて当該立法を行うような場合である。

イ 上記判例の検討

例外的場合を認める根拠については,原則論との整合性からすれば,例外を認めても原則論の上記根拠に実質的に抵触しない場合ということができる。原則論の根拠のうち(c)は,国家賠償請求において国会議員の個人の法的責任が追及されたわけではないから,これが根拠となるというのは,(a)の議会制民主主義における立法行為の本質的政治性すなわち法的評価の対象とならないことを憲法の規定によって裏付ける趣旨と考えられるから,(c)は(a)に包含される。そして,「立法内容が憲法の一義的な文言に違反しているにもかかわらず国会があえて当該立法を行う場合」において,国会議員又はその総体たる国会に立法行為における職務上の法的義務が生ずることが,原則論に実質的に抵触しない理由を考えると,そのような場合には,既に原則論の前提であった議会制民主主義の適正かつ効果的な機能である(a)が果たされていない異常事態であり,もとより(b)の憲法解釈の多様性を考慮する必要はないからである。かかる場合には,議会制民主主義における多数決によって明らかな憲法違反(多数者による少数者の人権侵害)がなされているから,裁判所による司法審査で権利侵害が救済されることを期待するしかないといえる。

したがって,①立法内容の違憲性が明白であるにもかかわらず当該立法をなし,あるいは立法後違憲性が明白となってから相当期間を経過しても必要な立法措置がなされず,②重大な人権被害など国民が著しい不利益を受けており,③司法的救済の必要性が認められるという,極めて特殊で例外的な場合には,国会議員及びその総体としての国会において個別の国民の権利に対応した関係での法的義務及びその違反を認めることができるから,これによって国家賠償法1条1項所定の違法性を基礎づけることができる。

ウ 国民年金法の明白な違憲性

(ア) 昭和34年法制定時

政府は,立法当時において,学生の3分の2については国民年金に任意加入せず,それらの者が重度障害者になっても障害年金又は障害福祉年金が一切受給できない危険性があることを認識していたか,又は容易に認識し得た。にもかかわらず,学生に対して障害(福祉)年金の受給の道を閉ざす,国民皆年金の原則に反する不合理な差別がなされており,国民年金法が制定時から憲法14条1項,25条に違反することは立法当初から明らかであり,明白に違憲の状態にあった。

(イ) 昭和60年改正時

昭和60年改正時には,さらに昭和34年当時とは立法事実に変化が生じており,国民年金法の違憲性はより一層明白になった。すなわち,①無年金障害者の問題が明確に認識され,その救済を求める運動が昭和50年代から継続して行われていたこと,②学生等の進学率が大幅に向上し,必ずしも経済的に恵まれていない層も大学に進学できるようになったこと,それに伴って学生無年金障害者の問題はより一層顕著になったこと,③基礎年金制度の確立によって,専業主婦や在外邦人について制度的な無年金者の発生を最大限抑える改正がなされたこと,④無拠出制の障害福祉年金が拠出制の者と同金額の障害基礎年金に一本化され,従来からの福祉年金受給者は障害基礎年金に裁定替えされたことなどの変化が認められ,これらの事実は国民年金法の上記違憲性をより一層明白にしたものであって,また,既に法改正のための合理的期間は経過していたものというべきである。

エ 国会及び内閣の過失

(ア) 昭和34年法制定時

国会議員は,立法当時において必要な調査ないし検討をする義務を怠らなかったならば,国民年金法の有する重大な欠陥である学生無年金障害者の発生を容易に認識し,これを回避する国民年金制度を確立することが可能であったものであり,学生無年金障害者の発生について重大な過失がある。

国民年金法案を国会に提出し,法案作成に深く関与した内閣(厚生大臣)も同様に重大な過失がある。

(イ) 昭和60年改正時

昭和50年代にはa連合会(以下「a会」という。)が無年金障害者への障害年金支給のための取り組みを開始し,厚生省,国会,衆参社会労働委員会に対し,陳情,請願,要望書の提出を繰り返し行い,昭和59年11月には,衆参両議院の社会労働委員会の議員に対し,国会に上程された年金改正法案の中に無年金障害者の救済が含まれていないことに抗議し,厚生省は,昭和58年8月に「障害者生活保障問題専門家会議」の報告書を提出し,現行の障害者に対する所得保障において保障の手が及びえないものがみられるので,すべての成人障害者が自立生活を営める基盤を形成する観点から所得保障全般にわたる見直しを行うべきであるとした。

したがって,昭和60年改正時には,国会議員及び内閣(厚生大臣)には,既に学生無年金障害者の問題について十分な認識があり,仮適用,納付猶予,半額納付,無拠出支給などの具体案も出尽くしており,適切な学生無年金障害者の発生防止に向け応急的な法改正をなすことは十分可能であった。しかし,国会は,学生に関する法改正を無為に先延ばししただけでなく,かえって専修学校等の生徒を無年金者へと追いやったものであり,その過失は重大である。

国民年金法改正案を国会に提出し,法案作成に深く関与した内閣(厚生大臣)にも同様に重大な過失がある。

(ウ) 内閣は,障害者である学生等に対し障害基礎年金が支給されないという憲法に違反する解釈・運用がなされないように政令を制定するなどして憲法に適合した年金制度を確立する義務,さらには違憲な運用の余地がない改正法案を国会に提出する義務があり,これを怠ったことが明らかである。

オ 原告らの損害額

原告らが障害を負った当時,国が学生無年金障害者を救済する法改正を行っているか又は憲法に従った法運用を行っていれば,原告らは,遅くとも症状固定の翌年には,裁定請求を行い,その年から少なくとも国民年金の支給最低額の支給を受けていたはずである。

しかし,原告らは国による違法行為により,本来受けられるべき障害基礎年金を受けられず,逆に,障害基礎年金受給者であれば法定免除された老齢年金の保険料を支払い続けざるをえなかったのであり,社会保障を平等に受けられる権利を侵害され,生存を脅かされており,多大の精神的苦痛を被っている。ちなみに,原告らが平成元年から16年間障害基礎年金が受給できたとすれば,受給可能額を現在支給額(月額8万3775円)で計算すれば,1608万4800円となり,支払いを免れた保険料額は255万3600円(現在額の月額1万3300円で計算。)となり,将来の受給可能額をも斟酌するなら,原告らは著しい不利益を受けている。

原告らの極めて厳しい生活実態及び著しい精神的苦痛などにかんがみると,国の違法行為により原告らに支払われるべき慰謝料は,各2000万円を下ることはない。

(2)  被告国の主張

ア 立法作為・不作為の違法がないこと

原告らは,①学生に対する本件適用外規定を立法したこと,②その後,改正をしなかったこと,③専修学校生等に本件適用外規定を立法したことが国家賠償法上違法であると主張する。しかしながら,上記主張が失当であることは次のとおりであり,そもそも原告らの主張する国会議員の立法行為(立法不作為を含む。以下同じ。)は,国家賠償法上違法とはいえないものであるから,上記主張はそれ自体失当である。すなわち,議会制民主主義の下で,「多様な国民の意向をくみつつ,国民全体の福祉の実現を目指して行動することが要請されている」国会議員の立法行為については,

(ア) その当否は国民の政治的評価,すなわち自由な言論及び選挙の結果にゆだねるべきであって,裁判所において,個別の国民の権利に対当した具体的義務を措定して,当該立法行為の適否を法的評価の対象とすることは,原則として許されないこと

(イ) 当該立法行為が国家賠償法上違法の評価を受けるのは,「憲法の一義的な文言に違反しているにもかかわらず国会があえて当該立法を行う」,すなわち,故意に憲法に違反し国民の権利を侵害するというような,容易に想定し難い場合に限られること

が明らかである。

これに対し,原告らは,「議会制民主主義や多数決原理によって少数者の人権が重大に侵害され,司法による救済を待たざるをえない場合は,上記最高裁判決の論拠はそのまま妥当するものではない」とする。しかしながら,上記主張は,国家賠償法1条1項の責任が,「公務員が個別の国民に対して負担する職務上の法的義務に違背して当該国民に損害を加えたときに」発生するものであることを看過したものである。すなわち,国会議員の立法行為が同項の適用上違法となるかどうかは,「国会議員の立法過程における行動が個別の国民に対して負う職務上の法的義務に違背したかどうかの問題であって,当該立法の内容の違憲性の問題とは区別される」。そして,国会議員が立法を行うについては,画一的な行動規範があるわけではなく,法律は多種多様な意見の対立の中から多数決原理によって形成されるものであるから,立法行為の規範たるべき憲法自体の解釈,ひいては具体的立法の合憲性について,国会議員間に意見の相違があることは,議会制民主主義の予定するところである。

してみれば,裁判所が,具体的立法が憲法に違反する,あるいは具体的立法が憲法上要請されるとの解釈に到達したからといって,これに関与する国会議員が国民に対して負うべき法的義務に違反したとは直ちにいうことができない。立法の違憲状態は,自由な言論,選挙を通じた民意の反映により,法改正の形で是正されることを原則とするのであって,法改正が行われるまでの間は,違憲審査権の行使により,当該立法,処分等の法的効果を否定するという形で権利救済を求めるべきである。

以上によれば,原告らの挙げる,具体的「立法内容の違憲性が明白」「人権被害が重大」「司法的救済の必要性がある」等の論拠は,いずれも,立法行為の違法を基礎付けるものとはいえないから,原告らの主張は失当である。

イ 法案提出行為の違法がないこと

原告らは,本件適用外規定が違憲であり,かつ,内閣はこれを認識していたのであるから,①政令を制定するなどして,本件適用外規定が適用されないようにすべき義務,②法改正案を国会に提出する義務を負っていたにもかかわらず,いずれもこれを怠ったために,原告らに対し,精神的苦痛を与えた旨主張する。

しかしながら,①については,本件適用外規定は憲法に適合するものであって,そもそもこれに反する政令を制定する義務など存在しえないことは明らかである。また,この点を措くとしても,上記主張は,内閣に対し,政令の制定による法律の適用排除を求めるものであって,憲法の定める法律誠実執行義務(73条1号),法による行政の原理に反するものというべきである。また,②については,最高裁判所第二小法廷昭和62年6月26日判決が,「立法について固有の権限を有する国会ないし国会議員の前記立法不作為につき,国家賠償法1条1項の適用上違法性を肯定することができないこと前記のとおりである以上,国会に対して法律案の提出権を有するにとどまる内閣の前記法律案不提出についても,同条項の適用上違法性を観念する余地のないことは当然というべきである」と判示するとおり,内閣の法律案提出行為自体の違法性を別個に観念する余地はないというべきである。

第4争点に対する判断

1  国民年金法の制定及び改正の経緯

国民年金法が制定,改正された経緯のうち,本件で問題となっている学生等の国民年金に関する規定の制定及び改正の経緯等については,次の事実が認められる。

(1)  国民年金法の制定の経緯(甲18,49,乙15,16,20,22,証人C)

ア 我が国においては,戦後,人口の老齢化が急速に進む一方,老齢者扶養を支えてきた家族制度が崩壊に向かったため,老齢者扶養の全責任を親族らによる私的な扶養に負わせることが期待し得なくなり,国家的な対策の必要性が指摘された。

昭和25年及び昭和28年,社会保障制度審議会は,政府に提出した勧告において,戦後我が国の社会保障制度は生活保護や医療保険等を中心に大いに改善されたが,老齢に達した多数の国民が制度の恩恵から取り残されているとして,老齢年金制度の創設の必要性を述べた。しかし,当時は国民経済の回復,発展が不十分であって,社会保障施策の重点を生活保護等の救貧対策に置かざるを得ず,これに比べてより多くの財政負担を必要とする防貧対策である年金制度の確立には至らなかった。

その後,我が国の経済発展が進み,国の財力もある程度充実したことなどから,年金制度の創設を検討する基盤が整い,昭和32年5月,内閣総理大臣が社会保障制度審議会に対し,「国民年金制度に関する基本方策いかん」との諮問を発したことを受けて,同審議会は,国民年金特別委員会を設け,その具体的検討に着手した。そして,社会保障制度審議会は,昭和33年6月,「国民年金制度に関する基本方策について」と題する答申をした。これを受けて,同年7月,厚生省の国民年金委員は,「国民年金制度構想上の問題点」と題する基本構想を厚生大臣に説明した。同年8月,l党の国民年金実施対策特別委員会は,社会保障制度審議会,国民年金委員等から意見を聴取し,国民年金法案についての基本的な考え方となる3原則(①国民年金制度は拠出制の年金を基本とし,無拠出制の年金は経過的,補完的に認める,②老齢・障害・母子の3年金は,昭和34年度中に発足させる,③国民年金法案を昭和34年1月の通常国会冒頭に提出するため,早急に準備を進める。)を発表した。昭和33年9月,厚生省は,後に成立する国民年金法とほぼ内容を同じくする「国民年金制度要綱第1次案」を発表した。同年10月,大蔵省は,この第1次案に対する意見書を発表し,同案実施に要する財政支出は過大に過ぎ,負担に耐えられないとして,できる限り支出を圧縮することを求めた。同年12月,l党国民年金実施対策特別委員会は,上記第1次案に若干の修正を加え,国民年金法案の基礎案となる「国民年金制度要綱」を決定した。

イ 以上の検討過程において,国民年金制度の適用対象は,厚生省第1次案では「全国民」,l党国民年金実施対策特別委員会の国民年金制度に関する試算資料(その一)では「原則として全国民」,社会保障制度審議会答申では「現行公的年金制度の適用者およびその被適用者を除く国民,任意適用を認めない」,国民年金委員中間発表(国民年金制度構想上の問題点)では「現行公的年金制度の適用者を含めたできるかぎり広範囲の国民,妻および無業者については任意適用」,大蔵省意見では「妻を適用対象とすることには問題」とされていた。このように,検討過程においては,学生を強制適用とするか任意適用にとどめるかについては,見解が分かれていた。

また,障害年金における無拠出制の支給対象については,厚生省第1次案では「拠出能力がなかったため(または20歳から22歳までに)拠出制年金をうけられなかった厚生年金一級程度の外部障害をうけた者」,l党国民年金実施対策特別委員会の国民年金制度に関する試算資料(その一)では「厚生年金一級程度の障害者(外部障害のみ)で20歳以上の者」,社会保障制度審議会答申では「拠出制に同じ(常時介護を要する完全廃疾者),ただし,6歳以上の者に支給する」,国民年金委員中間発表(国民年金制度構想上の問題点)では「拠出能力のない身体障害者」とされており,20歳以上の学生で障害を負った者に対して無拠出制年金を支給する案も検討されていた。

ウ 昭和33年12月に決定された国民年金制度要綱では,国の財政負担等が考慮され,拠出制を基本とし,経過的及び補完的制度として無拠出制を併用するという方針により制度設計がなされたこと,また,老齢年金に関する通算調整の問題があったことなどから,学生を任意適用とし,任意加入をしなければ障害を負っても年金が支給されないとする制度が採用された。そして,この要綱を基礎として国民年金法案が策定され,同法案は,昭和34年2月,国会に提出された。

なお,この国民年金制度要綱は,同年1月,社会保障制度審議会から次のような批判を受けた。「要綱に示された案には,拠出制年金を支柱としている点や,母子,障害年金などの内容を向上させていることなどその配慮が認められる点も少くない。しかしながら,本審議会がさきに内閣総理大臣の諮問にこたえて答申した基本方策の重要な骨子である無拠出制年金と拠出制年金との組み合わせ,保険料の額等において,本審議会と異なった建前をとっていることは遺憾である。国庫負担を保険料収入の2分の1としたことは結構であるが,完全積立方式を前提とする財務収支にこだわり過ぎ,社会保険でありながらむしろ任意保険に近い考え方が各所に見られるとともに,社会保障の精神をかなり大幅に後退せしめ,防貧というよりは救貧的色彩が濃厚にあらわれていることは問題である。たとえば,無拠出年金を単に経過的及び補充的にとどめた如き,また,援護の名の下に年金の受給資格に極めて苛酷な所得条件を附した如きは,その適例である。その結果,国民年金制度の必要の最も多いボーダーライン層が,かえってこの制度からしめ出される恐れが多分にある。また拠出年金に対する保険料の納付を怠ったものには無拠出制年金を支給しないことにしていることも見逃しがたい。(中略)したがって,政府は,極力本答申の考え方に沿って,適切な修正を行われんことを要望する。」そして,さらに「援護年金については,保険料の納付を要件とすべきでない。」との意見が出された。

また,国会審議においては,厚生大臣が,保険料免除制度によって低所得者層に対する特別の考慮をしているとの趣旨説明や答弁を行った。厚生省年金局長は,全体の保険料免除対象者が約3割になると予測し,保険財政の収支予測の上で,学生について任意加入する者は全体の約3分の1にとどまると予測する答弁,保険料免除基準は一応原則として市町村民税の均等割の納付を免除されているものを考えており,均等割納付義務免除者として,学生,生活扶助受給者,身体障害者で13万円以下の所得の者,未婚の女子で所得のない者,前年度所得のなかった者であるとの答弁,突然の怪我や配偶者の喪失のような予測困難な事故に対しては,保険料納付の有無を給付になるべく反映させず,「何か非常に意識的な意図を持って保険料の納入を怠らない限りは,障害年金や母子年金がいくように」従来の社会保険の考え方の枠をはずした制度設計をした旨の答弁をした。D議員からは,大阪市開催の地方意見聴取会において,b大学教授が被保険者から配偶者と学生を任意加入としたことに疑問がある旨の意見陳述をしたことが報告されている。

(2)  昭和34年法の規定(甲49,51,乙20,22,証人C)

ア 昭和34年4月,国民年金法が成立した。その内容は,国民年金法案中,援護年金とあるのを福祉年金と修正したほかは同法案どおりであった。

イ 拠出制と無拠出制

国民年金制度を創設するに当たり,拠出制と無拠出制のいずれを基本にするかについては,制度の根幹に関わる大きな問題であったが,昭和34年法では,①自ら保険料を納付し,その納付金額に応じて年金を受領するという仕組みをとることによって,老齢のように予測できる事態に対しては,自らの力でできるだけの備えをするという原則を堅持することが,制度の健全な発展にとって不可欠の前提と考えられたこと,②無拠出制を基本とした場合,我が国のように老齢人口の急激な増加が予想される社会においては,将来の国の財政負担が膨大なものとなり,将来の国民に過度の負担を負わせることになりかねず,また,その時々の国の財政事情に給付が左右され,安定的な運営ができないこと,③無拠出制を基本として上記②の事態を避けようとすれば,年金額などの制度の内容は社会保障の名に値しないほどに不十分なものにならざるを得ないことを大きな理由として,拠出制を基本とし,無拠出制の年金は経過的及び補完的なものとされることになった。

制度発足時点において,既に高齢や障害などの事故が発生している者,他制度から移行したこと等により加入期間が短いため拠出制の年金の支給要件を満たすことのできない者,所得能力が低いため保険料を納めることのできない者に対して,全額租税財源による無拠出制の年金を支給するか否かについては議論があったが,①当時の社会状況,すなわち,戦争によって財産を失い,扶養者を亡くした老齢者,障害者及び母子世帯が多数存在するという状況に照らし,生活の資を得る術を失ったこれらの者に年金的保護を及ぼす必要性が高いとされたこと,②年金額のうち3分の1は国庫負担とされているところ,保険料の支払能力のない者は,その援助を受けられない結果となり,公平を失すること,③多数を占めるこれらの者に年金を支給することによって,結果的に国民年金制度を広く普及させる効果が期待できること,④公的扶助制度のみによると,扶助の水準は最低生活水準とされてしまうことなどを理由として,経過的,補完的かつ限定的なものとして拠出制年金より低額の福祉年金を給付することとした。

ウ 被保険者と学生の任意加入

(ア) 被保険者は,20歳以上60歳未満の国民としたが,これは,年金制度が労働能力を減損した場合の保障を本質とし,被保険者はこれに備えるために保険料を拠出すべき義務を負うのであるから,被保険者は労働能力を持つ者,すなわち,稼得活動に従事し一定の所得をあげ得る者であると考えられたからであり,その範囲を画するに当たり,雇用関係を前提としない稼得活動従事者を対象とする国民年金制度においては,一般に就労していると考えられる年齢により一律に区分することとしたものである。

検討過程において,社会保障制度審議会の答申では,被保険者期間の開始を25歳からとする提案がなされたが,①他の公的年金制度との均衡,②開始年齢を早めることにより一人あたりの保険料を引き下げることができること,③しかし,あまりに開始年齢を早くすると,稼得活動に従事していない被扶養者に保険料を負担させることになること,④当時は,大部分の国民がせいぜい高等学校卒業程度で稼得活動に入っており,25歳からでは遅きに失するとされたことなどから,20歳をもって国民年金の被保険者期間の開始時とされた。

(イ) しかし,20歳以上60歳未満の国民であっても,既存の被用者年金各法の被保険者とその配偶者,既に年金受給権が発生している者,学生は,強制適用の対象外とされた。

学生が強制適用の対象から除外されたのは,国民年金制度が拠出制年金を基本とすることから,定型的に稼得活動に従事していないと考えられる者について,強制適用の対象とし保険料納付義務を負わせることには問題があると考えられたこと,学校を卒業し社会に出た後は被用者年金制度に加入する者が非常に多いと考えられたことによる。また,仮に強制適用の対象とした場合,学生である間は保険料を納付させ,卒業後,就職して被用者年金制度に加入した場合には国民年金の対象者から外れることとなり,多くの場合に保険料が掛け捨てとなることも考慮された。

なお,昭和34年法によって国民年金の被保険者としないとされた者(同法7条2項各号に掲げる者)に対する将来にわたる国民年金法の適用関係については,国民年金制度と被用者年金各法による年金制度及びその他の公的年金制度との関連を考慮して,すみやかに検討が加えられたうえ,別に法律をもって処理されるべきものとするとの条項が設けられた(同条3項)。

(ウ) ただし,学生も,自らの年金を充実させたいと望む場合は,任意加入できるものとされた。任意加入は,都道府県知事の承認を受けて国民年金の被保険者となることのできる制度であるが,この承認は,いつでも希望したときに行うことができ,加入しても保険料納付見込みのない場合など特別の場合を除いては通常認められるものとされていた。ただし,過去に遡って加入を申請することは保険の性質上認められなかった。任意加入した場合は,保険料納付義務を負い,年金受給権が発生するためには,一定の保険料納付期間を要するとされた。また,任意加入後,任意脱退もできるものとされていたため,強制加入対象者のうち保険料拠出能力のないものについて認められていた保険料の免除規定は,任意加入者には適用されないこととされた。

保険料の免除規定が設けられたのは,①一般的に拠出能力の低いといわれる人々こそ最も年金を必要とする人々であると考えられるから,そのような人々を最初から除外すべきではないとされたこと,②年金制度のように長期の拠出を基にして考えられるべき制度において,たまたまある一時期における拠出能力の有無だけを取り上げるべきではないとされたこと,③20歳から59歳に及ぶ40年間を通じて拠出能力が全くないという事態は異例であり,被保険者とした上で,拠出能力のない間,保険料を免除することが合理的であるとされたこと,④実際問題として,我が国の経済が復興途上にあった制度創設当時において,十分に保険料拠出能力を有する者だけを対象とすると,対象者が非常に限られてしまうこと等の理由による。

エ 障害福祉年金

障害福祉年金は,制度発足前から障害者であった者等のほか,20歳前に初診日のある傷病によって障害を負った者にも支給されることとされた。これは,20歳に到達する前に障害を負った者は,保険事故が起こった時点では被保険者としての資格を有さず,あらかじめ保険料を納付して保険事故に備えることができない反面,若年において重度の障害を負った場合,通常その障害が回復することは困難であり,稼得能力を生涯にわたって奪われていると考えられるためである。

(3)  昭和34年法制定後から昭和60年改正までの法改正(甲49,52,56,証人C)

ア 昭和34年法制定時に,将来速やかに検討が加えられるべきとされていた(同法7条3項)国民年金制度と被用者年金各法による年金制度等との通算調整の問題については,昭和36年に通算年金通則法が制定され,一応の解決が図られた。ただし,通算の対象となる期間が一定期間以上(原則として1年)と限定されていたり,老齢年金及び退職年金に限って通算の方法を定め,障害年金給付等については通算の対象としていないなど,完全な通算調整ができたわけではなかった。

イ 国民年金法は,制定後,ほぼ毎年改正され,年金支給額の増額や制度の拡充が行われた。

ウ 障害年金については,昭和41年までの法改正によって,内科的疾患を原因とする障害や精神障害を含むすべての障害について支給されることとなり,支給要件である被保険者期間が短縮されるなどされた。障害の認定を行うべき日についても,昭和51年までの法改正によって,初診日から1年6月を経過した日に短縮された。

(4)  昭和60年改正前の学生無年金障害者問題(甲20,49,58,59,61,62,63,64の1ないし6,65の1ないし5,証人C)

ア 20歳以上の学生は,昭和34年法によって,国民年金法の強制適用の対象から除外され,任意加入が認められたが,実際に任意加入をした学生は極めて少数にとどまり,平成元年法によって強制適用の対象とされるまでの間に任意加入をした者は,全体の1.25パーセントにすぎなかった。その結果,学生である間に疾病又は傷害によって障害を負いながら,任意加入をしていなかったため障害年金の支給を受けられない者(学生無年金障害者)が発生し,その改善を求める運動が起こされた。

イ a会の活動

a会は,昭和50年代に,学生無年金障害者を含む無年金障害者に対する障害年金給付を求める運動として,次のような活動を行った。その活動は,厚生省との交渉が11回,請願活動が4回,衆参社会労働委員会議員に対する陳情2回等であり,その中で,学生についての無年金問題も明確に取り上げられていた。

(ア) 昭和51年11月,厚生省年金局長に対し,「重度身障者で年金無給者には,障害福祉年金と同額の年金を支給していただきたい。」との要望書を提出し,交渉を行った。これに対し,厚生省年金局長は,拠出制の年金制度の下においては,年金を拠出していなかった無年金者に対して年金制度で何らかの措置を講ずることは極めて困難であり,社会福祉施策全体を通じて配慮していくべきものであるとの趣旨の回答をした。

(イ) 昭和53年4月,「身障者福祉改善に関する脊髄損傷者の請願書」を衆参両院の議長宛に提出した。この請願では,「年金皆無者に障害福祉年金と同額の年金を支給していただきたい」とした上で,「そして,学生などで任意加入であったため年金に加入しなくて掛金をしていなかった者」が無年金者になった旨が記述され,学生無年金の問題が具体的に取り上げられていた。

(ウ) aニュース4月号(昭和53年4月21日付け)によれば,E議員が政府に対し質問主意書を提出して,障害(福祉)年金の問題点を指摘し,「福祉年金を受けられない人々の救済措置に関して」と題する質問の中では「拠出制の障害年金受給者と同じ障害の程度にある20歳以上の人で,拠出制の年金に加入せず,かつ障害福祉年金の受給要件を満たさないため,どこからも給付を受けていない人が少なからず存在している。福祉の見地からこうした人々の実態を把握し,何らかの救済措置を講ずる必要があると考えるが,政府の見解を示されたい」と述べている。

(エ) 昭和55年には,衆参社会労働委員会の委員に対し,「身障福祉改善に関する脊髄損傷者の要望書」や「国民年金法被保険者で公的無年金者となった重度障害者の特例納付制度適用に関する要望書」を提出した。この要望の趣旨は,①国民皆年金の趣旨を貫くために,無年金者を作り出す制度上の問題を撤廃して欲しい,②過去の無年金者についても,遡及して問題を解決して欲しい,③老齢年金について,特例納付の制度を設けたように,障害者についても特例納付の制度を設けて欲しいということであった。

(オ) 昭和56年6月,厚生省年金局と交渉をもち,その中で,厚生省側は,「諸事情から無年金者が若干出ることが分かりました」「しかし,それでも保険方式では救えない方々がおります。その方々と障害者の無年金の方々を含めて,何等かの生活保障を考えねばと方法を講じ,検討し,問題意識としてはありますが,特例納付としては考えていません。その方法は目下検討中」であり,「昭和57年3月に大臣へ報告書を出す」と回答した。

(カ) 昭和58年12月には,「重度身体障害者の年金・生活保障に関する陳情書」,昭和59年には,「重度障害者の無年金者救済に関する請願書」を厚生大臣や衆参議長宛に提出した。これらには,イギリス,フランス,スウェーデンなどの障害年金の実情を紹介しながら,無年金者について「それは年金制度を知らなかった者,サラリーマンの奥さんが脊損者となり,離婚された者,あるいは障害者になり,早い時期に国年に加入申込みを行ったが,窓口で加入を拒否された者,また,大学生が任意加入で申込みに行ったがあなたは学生だから加入しなくてもよい等の理由です。」との記載があり,学生無年金障害者の存在を指摘していた。そして,「国年発足当時すでに障害者であった者及び20歳未満で障害者になった者には無拠出であっても,障害福祉年金が国庫負担として全額支給されて」いる例を挙げて,すべての障害者に対する平等取扱いを求めていた。

(キ) 昭和59年3月のaニュースによれば,障害基礎年金制度を設けた厚生省に対し,a会は,重度身障者の無年金者については無拠出制の障害福祉年金と同額の年金が受給されるべきであるとして,学生無年金障害者問題の解決を求めている。

ウ 障害者の権利に関する国際的・国内的認識

昭和45年,心身障害者対策基本法が制定され,同法20条において「国及び地方公共団体は,障害者の生活の安定に資するため,年金・手当等の制度に関し,必要な施策を講じなければならない」と規定された。

国際的には,昭和50年,第30回国連総会において国連障害者権利宣言が採択され,その中で「障害者は,経済的社会的保障を受け,相当の生活水準を保つ権利を有する」と規定された。

昭和56年は,障害者の「完全参加と平等」をうたった国際障害者年とされ,我が国でも,障害者を個人として尊重し,健常者との実質的平等を目指す「ノーマライゼーション」の理念が普及することとなった。厚生省は,「障害者対策に関する長期計画」を策定することとなり,「障害者生活保障問題専門家会議」を設けて「今後の障害者の生活保障のあり方」について検討を行った。上記専門家会議は,昭和58年7月,厚生省に報告書を提出し,「障害者対策の基本目標は,障害者が障害に伴うハンディキャップを克服し,自立した社会人として健常者と平等に社会参加することを容易ならしめることにある」「障害者対策は社会にとって必然の課題であり,障害者の自助努力にゆだねることには限界があり,社会が連帯して障害者の生活を保障していく必要がある」「現行の障害者に対する所得保障制度においては,制度間に格差が存在するのみならず,ややもすれば保障の手が及びえない者もみられる。このため,すべての成人障害者が自立生活を営める基盤を形成する観点から,所得保障制度全般にわたる見直しを行うべきである。」という提言がなされた。

(5)  昭和60年改正の経緯(甲49,乙17,23の1,52の2ないし4,証人C)

ア 我が国は,昭和30年代からの高度経済成長の過程で,国民の生活水準が向上したのに伴い,前記のとおり年金額の給付水準の引上げなど社会保障制度の充実が図られたが,昭和48年のオイルショック以後経済成長の伸びが鈍化し,高度成長期ほどの税収増や社会保険料収入増が見込めなくなった。その上,昭和59年には世界一の長寿国となるなど人口の老齢化が進展したため,国の財政状況の変化に対応し,かつ,将来の高齢化社会に適合するよう社会保障制度の抜本的な見直しが必要となった。

イ このような社会情勢の中,国民年金制度の全面的な見直しが行われることになり,その際,①公的年金制度が3種(厚生年金,共済年金,国民年金)8制度に分立し,制度ごとに設計が異なっていたため,給付・負担両面において制度間較差があり,年金の重複給付の問題が指摘されていたこと,②職域を中心とした縦割りの制度体系が,産業構造,就業構造の変動により個々の年金制度の財政基盤を不安定にしていたこと,③本格的な高齢化社会の到来に伴い,受給者数の増加等により給付費の増大が見込まれることなどが問題となり,これらを解決するためには,全国民を一つの年金制度の中に取り込むような制度体系に改めることが必要とされた(基礎年金制度の導入)。

ウ 厚生省は,各種公的年金制度共通の基礎年金制度を創設することを中心とする国民年金法の全面的改正に向けて検討を進め,昭和58年11月,国民年金審議会及び社会保険審議会に対し,制度改正についての諮問を行い,昭和59年1月には,各審議会会長から厚生大臣宛にそれぞれ答申がなされた。このうち,国民年金審議会においては,昭和58年12月及び昭和59年1月,複数の委員から,学生無年金障害者問題が存在し,非常に酷な状態になっているとの認識が示され,仮適用にして障害年金の支給対象とすることや,保険料納付の猶予といった具体的解決案が提案され,同審議会会長の答申において,制度改正案を了承するが,今後の検討課題として,「学生の適用のあり方については,引き続き検討をすべきである。」との指摘がなされた。

昭和59年1月,厚生大臣から社会保障制度審議会会長にあて,国民年金法等の一部を改正する法律案要綱の諮問が行われ,同年2月,同審議会会長から厚生大臣に対し,「国民年金法等の一部改正について(答申)」が提出された。その中では,要綱案の内容を大筋では理解するものの,重要な問題点が残されているとの指摘がなされ,その一つとして,「20歳未満で障害の状態になったときには障害基礎年金が受給できるのに対し,任意加入しなかった学生がその期間中に障害の状態になったときには障害基礎年金が受給できない。」との指摘がなされた。

エ 昭和59年3月,政府は,国民年金法改正案を国会に提出した。国会審議において,学生無年金障害者問題については,次のような議論がなされた。

(ア) 衆議院社会労働委員会では,昭和59年7月26日及び同年8月2日,F委員とG委員が学生無年金障害者の問題を取り上げた。同年12月6日,H委員が学生の保険料低額負担の提案をした。同月13日,I委員,J委員,K委員がこの問題を取り上げ,J委員が,学生は2分の1程度の保険料で強制被保険者にすべきではないかとの提案をした。同月18日,K委員が,当面5,6千人は学生の中で障害者がおり,20歳未満の者の延長線上にある学生についても20歳未満の者に対する条項を適用すべきであるとの提案をした。

参議院社会労働委員会では,昭和60年4月23日,L委員が,任意加入者(20歳以上の学生及び専業主婦)が国民年金に加入せずに中途障害者になった場合に,障害福祉年金も拠出制障害年金も支給されないのは,保険料不払による資格欠如と異なって全く合法的な対応の中で無年金者となったのであるから,当然救済措置が必要であるとの意見を述べた。

(イ) これら国会議員からの提案等に対し,政府は,おおむね次のように答弁するにとどまった。

①学生の保険料の負担能力に疑問がある点や,当然免除対象者を強制適用対象者にする点からすると,直ちに強制適用にすることについてはいまだ議論があること,②30歳,40歳の学生もおり,十分だとは思わないが任意加入の道も開かれている20歳以上の学生を20歳前障害の者と同列に扱えるかについても議論があること,③任意加入時代の事故について過去にさかのぼって年金の対象とすることは難しいことなどを理由として,学生無年金障害者の問題は今後の宿題として早急に検討したいと答弁した。

(6)  昭和60年法の規定(甲49,53,乙17,18,28,29,証人C)

ア 国民年金改正法案は国会で一部修正の上,昭和60年4月に成立した。

昭和60年改正の柱は,①基礎年金制度の導入と制度の再編成(国民年金を全国民共通の基礎年金とし,二階建年金とする),②給付と負担の適正化(支給要件の統一,給付の重点化,公平化を図る),③女性の年金権の確立(専業主婦が任意加入とされていたのを強制加入の対象とした),④無年金者の解消(在外邦人の海外居住期間も基礎年金の資格期間に算入する),⑤障害年金の大幅改善であった。

イ 基礎年金制度の導入

基礎年金制度の導入によって,基礎年金については全国民に共通する給付となった。そして,基礎年金を通じて一人一年金の原則が確立され,重複給付の解消が可能となり,また,各年金制度間の通算が完全に確立された。

この基礎年金を拠出制とすべきか無拠出制とすべきかについては,国会審議を通じて論議されたが,次の理由により拠出制を維持することとされた。①我が国の年金制度が,拠出制に基づく社会保険方式により創設,運営され,既に長期にわたり国民に定着してきたこと,②無拠出制を導入した場合,新たに巨額の税負担が必要となること,③公的年金は,世代間の扶養,社会的な親孝行の仕組みという要素を持つとともに,社会保障における自助努力,自己責任の見地が重視されたことである。

ウ 強制適用対象者の範囲の拡大

従来,被用者年金適用者に対する年金給付により保障が及んでいるとして任意加入の対象とされるにとどまっていた被用者年金適用者の配偶者(いわゆる専業主婦)について,夫に依存することなく女性独自の年金権の確立を図るべきであるという考え方が取られ,第3号被保険者として国民年金の強制適用の対象とされた。

エ 障害年金の改善

従来の国民年金の障害年金は,全制度に共通する障害基礎年金として再構成され,給付額の増額や子がある場合の加給などの改善がなされた。また,無拠出制の障害福祉年金は廃止され,全国民を対象とする障害基礎年金に一本化された。これに伴い,改正時に障害福祉年金の受給者であった者については,障害基礎年金の受給者とする裁定替えがされた。

従来の障害福祉年金は,拠出制の障害年金に比べてより低額の給付であり,所得制限などの支給制限があったが,障害基礎年金への一本化が行われた結果,従来障害福祉年金を受給していた者も,より高額の給付(昭和59年度価格で老齢基礎年金額と同額の月額5万円。障害等級1級の者はその25パーセント増しで従前の障害福祉年金の約1.6倍,同2級の者につきその約2倍。)を受けることができるようになった。

ただし,20歳前の傷病により障害者となった者については,障害者自身の保険料拠出がないこと,特別に高率の国庫負担を行っていることから,従来の障害福祉年金と同様に,所得制限及び公的年金受給制限が定められた(昭和60年法36条の2ないし4)。

オ 学生の取扱い

昭和60年改正によっても,学生は国民年金法の強制適用の対象とはされず,任意加入ができるにとどまった。これは,①定型的に稼得活動に従事することなく所得のない者を強制適用の対象とすることの適否,②仮に強制適用の対象とした場合,学生は一般に親により扶養されていることから,既に学費をはじめとして相当の負担をしている親の負担が更に増大すると考えられるが,これについて国民の合意が得られるのかとの問題の整理が必要であったこと,他方,③学生が全く年金制度から排斥されているわけではなく,任意加入をすることにより自ら問題を回避することができることも考慮されたからである。

学生無年金障害者の問題は,今後の課題とされ,衆議院においては,「無年金者の問題については,今後ともさらに制度・運用の両面において検討を加え,無年金者が生ずることのないよう努力すること」,参議院においては,「無年金者の問題については,適用業務の強化,免除の趣旨徹底等制度・運用の両面において検討を加え,無年金者が生ずることのないよう努力すること」との附帯決議がそれぞれなされ,改正法附則4条1項において,「国民年金制度における学生の取扱いについては,学生の保険料負担能力等を考慮して,今後検討が加えられ,必要な措置が講ぜられるものとする。」と定められた。

さらに,この改正において,それまで強制適用の対象とされていた専修学校等の生徒が新たに強制適用の対象から除外され,任意加入の対象とされることになった。このような改正がなされた根拠は明らかではなく,改正時の議論において,大学生との比較や新たに強制適用から除外することの問題点等が十分に検討された様子はうかがわれない。

(7)  平成元年改正の経緯(甲54,乙19,24の1,47)

ア 年金審議会は,昭和63年11月29日付国民年金・厚生年金保険制度改正に関する意見において,「現在20歳以上の国民のうち,唯一,国民年金の強制適用の対象から外されている学生については,従来から障害年金を中心に無年金問題が指摘されているところであり,さらに,基礎年金のフル・ペンションの確保を図っていくという観点からも,この際,これを強制適用の対象とすべきである」との意見を述べた。

これを受けて,厚生省は,学生等を国民年金の強制適用の対象に含めることなどを内容とする国民年金制度及び厚生年金保険制度改正案要綱を作成し,平成元年2月,年金審議会及び社会保障制度審議会に対し,それぞれ諮問を行い,了承された。ただし,年金審議会の答申においては,「学生に対する国民年金の適用に当たっては,親の保険料負担が過大とならないよう適切な配慮がなされるべきである。」との意見が付された。これらをもとに平成元年国民年金改正法案が策定された。

イ 平成元年法の国会審理の過程においては,c大学助教授のM公述人が学生等の強制適用に踏み切る主たる理由が障害年金対策であることを,厚生大臣が「障害年金というような非常にいい特典」の積極的な面も十分に評価すべきことを,厚生省年金局長が「本来的には,今回の制度の適用というのは,学生期間中に発生する障害の無年金を防止するということが大きなねらい」であることをそれぞれ述べた。

従来の任意加入制度については,厚生省年金局長が「現実に任意加入の制度をとっておりますとなかなか加入は進まない,それが結果的にご指摘のような無年金者を生ずる可能性が大きいことにかんがみまして,今回当然適用ということに踏み切った」ものであり,それによって「完全な皆年金体制が整備される」ことを,年金評論家のN公述人が社会保険の原則が強制加入,保険料の強制徴収であり,学生等の強制適用にはどこにも無理がなく,任意加入の方が有利であるということはないことを,O委員とP委員が制度の不備・欠陥であったと思うということをそれぞれ述べた。

ウ 平成元年12月,平成元年法が成立し,平成3年4月1日から,20歳以上の学生等も国民年金法の強制適用の対象とする旨が定められた。

学生等の保険料の免除に関しては,一般に親元の世帯が学費・生活費の全部または一部を負担しているのが通常であることから,学生等の保険料負担能力の判定を学生等と親元の世帯を含めた経済単位により行うとの基準に従い,申請により免除を行うこととなった。

(8)  平成12年改正の経緯(甲55)

平成元年改正後,20歳以上の学生等も国民年金制度の強制適用の対象となったものの,学生等は一般的に所得がないために,その親が保険料を負担することが多くなり,学費に加えた親の負担加重が問題視されるようになった。そこで,親の負担を軽減しつつ,稼得能力のない学生等に保険料納付という負担を負わせることなく,学生等無年金障害者の発生をも防止することを目的として,平成12年改正によって,親の所得ではなく学生等本人の所得を基準に学生等の保険料納付を猶予するという学生納付特例制度が創設された。

これにより,20歳以上の学生等(大学,大学院,短大,高等学校,高等専門学校,専修学校及び各種学校その他の教育施設の一部に在学する者)であって,学生等本人の前年の所得が68万円以下(扶養親族等がいない学生等の場合は約133万円以下。)である場合には,市区町村の国民年金担当窓口又は社会保険事務所に備え付けられている「国民年金保険料学生納付特例申請書」に必要事項を記入の上,同申請書を住民票を登録している市区町村の国民年金担当窓口に届け出て,学生納付特例の承認をうけることにより,学生納付特例期間中は国民年金の保険料納付を猶予されることとなった。この学生納付特例期間は,老齢基礎年金の受給資格要件には算入されるが,年金額には反映されないため,10年以内に保険料を追納すれば,満額の老齢基礎年金が受給できることになった。

また,学生等は,学生納付特例の承認をうけると,学生納付特例期間中に障害・死亡といった不慮の事態が生じた場合,保険料を納付していなくても満額の障害基礎年金を受給しうることになった。

(9)  昭和60年改正後の学生無年金障害者問題(甲20,63,64の1,65の6ないし14,81,82の1ないし4,乙48の1,2)

ア 平成元年改正によって,20歳以上の学生等は,国民年金の第1号被保険者として強制適用の対象となったが,従来の任意加入時代の学生無年金障害者の救済はなされなかった。

a会等の障害者団体は,無年金障害者の救済を求め,昭和60年以後も,厚生省や衆参両院の議員らに対し,請願,交渉,直接陳情等の活動を繰り返し行った。

イ これらの活動の結果,平成4年には初めて参議院で「無年金障害者の救済に関する請願」が採択された。

また,平成6年の国民年金法改正案が可決された際に,衆議院においては「無年金である障害者の所得保障については,福祉的措置による対応を含め検討すること」との,参議院においては「無年金である障害者の所得保障については,福祉的措置による対応を含め速やかに検討すること」との各附帯決議がされたが,これらを踏まえた施策が実現されるには至らなかった。

さらに,平成14年7月には,Q厚生労働大臣が,無年金障害者に対する「Q試案」を発表し,その中で「考え方と結論」として,「既に述べた如く,無年金障害者は本人はもとより,その扶養者である両親をはじめとする親族等は高齢化が著しく,看過できない事態に立ち至っている。純粋に年金制度を中心に考えれば,保険料を負担した者にのみ給付は存在し,それに従わなかった者は排除される。しかし,現在の成熟した年金制度の下では発生しない無年金障害者が,学生など政策的移行期であったが故に発生した側面も否定できない。学生など任意加入であった者を中心に救済する案も存在するが,福祉的措置をとるためには立法化が必要であり,法制上からも対象者は無年金者をすべて同様にとり扱うことが妥当であるとの結論に達した。(中略)いずれにせよ,無年金障害者の生活実態は推測の域を出ず,速やかに実態調査を実施して,これらの人達への対応を開始しなければならない。」との意見を表明した。

ウ このQ試案の発表に加え,平成16年6月,与党年金制度改革協議会は,学生や専業主婦のうち,任意加入であった期間内に任意加入せず障害を負った者に対し,全額国庫負担で特別障害給付金を支給することを内容とする「特定障害者に対する特別障害給付金の支給に関する法律案要綱」による同法律案を速やかに成立させ,平成17年4月1日の施行を目指す旨の合意を発表したが,現段階では同法案は成立していない。

2  原告らの生活状況及び任意加入しなかった経緯並びに県市等の広報について

(1)  原告A(甲1ないし3,15,28,31ないし33,35,証人R,原告A)

ア 原告Aは,d大学理学部を卒業後,同学部修士課程を経て,昭和62年4月,同大学自然科学研究科博士課程に入学し,同年6月25日,事故により頸椎を骨折し,頸髄損傷,四肢麻痺(第5頸髄レベル)となり,肩から下の動作ができず,呼吸は横隔膜による腹式呼吸のみであり,排尿・排便に障害があり,ほぼ全介護を要する状態となった。原告Aは,e病院において,頸椎固定の手術を受けた後に,四肢の他動運動,上肢筋力強化のリハビリテーションを始め,同年12月26日,身体障害者福祉法別表に掲げる障害(1級)に該当するとの診断を受け,平成元年11月に,f重度障害者リハビリテーションセンターに入所し,日常生活動作の訓練や職能訓練を受け,父のRも同センターに定期的に通所し,社会復帰の準備を進め,平成5年3月25日,同センターを退所し,改築を済ませた新潟の自宅に戻った。

イ 原告Aが車椅子の生活で,その乗り降りにも介護を要することから,Rは,退職金で自宅を建て替え,車椅子での出入りや移動を可能にし,特別の便器や浴室を設け,天井にレールをつけた電動式と移動可能な手動式の2組のリフターを備え付けてベットや風呂場等での移動に使用し,原告Aの生活全般にわたる介護にあたった。また,車椅子を搭載できる乗用自動車を購入せざるを得なかった。原告Aは,車椅子に体をマジックテープで固定したり,着脱を容易にするために,すべての衣服に加工が必要であり,食事も嚥下事故を起こさないように調理に工夫を要し,褥瘡が生じないように常に注意し,排泄のため装置の設置等についても介護を要し,体温調節機能が働かないためその点の配慮も必要としている。また,カテーテルを月に2回交換したり,使用する医療用の材料等に相当の支出を要し,ヘルパーの援助を受けるために費用を要し,病院に3週間ごとに通院し定期診断を受けなければならない。

ウ 原告Aは,職業に就いて自立したいと考え,肩に残された力で書字ができるよう訓練に取り組み,行政書士試験を受験し,ワープロでの受験が実現したこともあって平成8年に同試験に合格し,同年5月に行政書士の登録をした。また,平成9年3月に社会福祉士試験に合格し,同年4月,社会福祉士の登録をし,g福祉医療カレッジの非常勤講師として働き始めたほか,介護老人保健施設の支援相談員として働くなど諸種の社会活動をしている。

エ 原告Aは,d大学2年に在学中,教師をしていた父R,母,同じくd大学生の姉とともに新潟市内に居住し,家庭教師のアルバイト以外に収入はなく,昭和57年11月に20歳になったが,国民年金の任意加入制度について知識がないため,その加入を検討したことはなく,父母と加入の相談をしたこともなく,年金には就職をして加入するものと思っていた。Rもまた,任意加入制度や加入しないと障害者となっても障害年金を支給されないとの認識を持っていなかったため,加入の是非を考えたことがなく,原告Aが昭和63年2月に障害者手帳(上下肢不自由で1級の障害者)の交付を受けた際に,障害年金支給の手続をとろうとしたが,市役所において未加入を理由に支給が受けられないことを知らされた。

(2)  原告B(甲10,11,39,47,48,証人S,原告B)

ア 原告Bは,新潟県三条市内で生活し,昭和60年3月にh高校を卒業し,父Sが鍼灸院を経営していることから,家業を引き継ごうと考え,新潟県内に専門学校がなかったことから,同年4月,i鍼灸マッサージ専門学校鍼灸マッサージ師科(昼間部)及びj鍼灸柔整専門学校柔道整復師科(夜間部)に入学し,横浜市内にアパートを借りていた大学生の姉と共同生活を始めた。そして,昭和61年12月22日に東京都板橋区内のアパートに転居し,昭和62年3月,j鍼灸柔整専門学校柔道整復師科を卒業し,按摩指圧マッサージ師,柔道整復師の資格を取得したが,上記マッサージ師科に在学中の同年6月,事故に遭遇し,胸椎骨折による両下肢不全の障害を負い,療養生活に入り,昭和63年7月1日,身体障害者福祉法別表に掲げる障害(1級)に該当するとの診断を受け,同年9月,新潟県内のk病院に転院してリハビリテーションを始め,平成元年3月に上記マッサージ師科を卒業し,同年10月にk病院を退院し,改築した自宅に戻り,平成2年1月には鍼灸師資格を取得した。

イ Sは,原告Bが車椅子で生活し,鍼灸マッサージの仕事ができるようにするため,自宅を改築し,1階を治療院,2,3階を車椅子で移動できる居宅とし,専用のトイレや風呂場を設け,昇降用のエレベータを設置した。原告Bは,車椅子に乗ったまま治療ができるようにするため,特殊な電動ベットを用いて簡単な針治療や電気治療を行っているが,それ以外の治療行為をするのは困難であり,父の補助者の役割にとどまっている。原告Bは,体温調節機能がうまく働かず,その配慮を要するほか,車椅子生活のため褥瘡ができないように,また,尿路感染を起こさないように常に注意を要する状態にある。原告Bは,父の治療院で働くほか,介護支援専門員や福祉住環境コーディネーターの資格を取得しており,この資格を生かして積極的に社会活動をしたいと考えている。

ウ 原告Bは,上記各専門学校に在学中の昭和61年12月に20歳に達したが,国民年金制度への任意加入につき何らの知識がなく,同級生と話題にしたこともなく,年金といえば老齢年金が念頭に浮かぶくらいであった。Sは,任意加入制度を知っていたが,老齢年金は仕事についてからで間に合うものと思い,未加入の場合に障害者となったとき障害基礎年金がもらえないとの認識はなく,昭和63年7月に身体障害者手帳(下肢不自由で1級)の交付を受けた際に,窓口でその事実を初めて知った。

(3)  原告らへの国民年金制度の周知,広報(甲29の1ないし3,乙30,31の1,2,32の2,3,34の2ないし5,36の1ないし4,37,44,45の1,2)

ア 原告Aが20歳になった昭和57年当時,新潟市は,広報誌「市報にいがた」において国民年金制度の周知をはかっており,同年1月17日号において「20歳です! 国民年金に加入しましょう」との見出しで,国民年金制度の説明をするとともに,成人として義務や責任が課せられること,その一つが国民年金であること,老齢年金等が支給されることや障害者になったときは障害年金が支給されることを記載し,同年6月20日号では,「国民年金に加入を-無年金者にならないために-」と見出しをつけ,希望すれば加入できる人として「学生(昼間部の学生)」をあげ,老齢年金が受けられるほか,障害年金が支給されることを記載し,昭和58年においても同時期に同内容の「市報にいがた」を発行し,いずれも日刊新聞の折り込みで各戸に配布し,駅ターミナル等にも配置した。また,新潟県は広報誌「ねんきん新潟」において,年金制度の広報を行い,昭和57年1月1日号では,「祝・成人 20歳と国民年金」との見出しを掲げ,年金制度一般を説明した上,年金には老齢年金のほか障害年金もあること,その中核が国民年金であると述べ,「成人の一歩は国民年金から」との見出しのもと「任意加入」としてサラリーマンの妻,昼間部の大学生をあげ,加入を勧める内容を記載し,例年,同時期に同内容の「ねんきん新潟」を作成し,市町村,金融機関等に配置し,昭和58年11月1日の特集号では年金制度を詳しく紹介し,市町村を通じて全戸に配布すべく70万部を作成した。そして,新潟県は,成人式のころなどに,テレビのスポット放送で同様の周知をはかっていた。

イ 原告Bが20歳に達した昭和61年当時,横浜市は,広報「よこはま」で年金制度の広報をし,同年11月号の国民年金特集において,昭和61年4月1日からスタートする新年金制度の説明をし,サラリーマンの妻が届出をすれば保険料を納める必要がないことを大きく広報し,希望で加入することができる人として学生(20歳以上)と記載し,国民年金には老齢基礎年金のほか障害基礎年金があること,20歳前または加入中の病気等で障害が生じた時に支給できることを記載したが,専門学校生についての特別の記述はなく,これを新聞折り込みで配布した。また,神奈川県は,広報誌「年金かながわ」において,新年金制度を説明し,同年7月号では「20歳以上の学生が希望すれば任意加入ができる」と記載し,障害年金と障害福祉年金が障害基礎年金に変わったことなどを説明し,横浜市の各区役所窓口に配置した。そして,東京都板橋区においては,「広報いたばし」において,昭和62年9月1日号の「けいじばん」という欄で,「加入もれになっていませんか国民年金」と見出しをつけ,加入もれと思われる方に「国民年金勧奨状」を郵送したからこれに記入し返送するように求める趣旨を記載し,三条市は,「三条市政だより」により広報を行っていたが,昭和61年12月1日号では,サラリーマンの妻への加入が強調され,「学生は任意加入であること」だけが記載され,昭和62年3月16日号では,「ご存じですか国民年金の障害基礎年金を」と大きく見出しを掲げ,障害基礎年金の支給要件を詳細に説明し,「国民年金保険料の納め忘れはありませんか」との見出しで,保険料が未納であると受けられるはずの障害基礎年金や遺族基礎年金が受けられなくなると記載し,新聞折り込みで各戸に配布した。

ウ 上記の広報は,20歳になれば年金制度に加入すべきこと,「学生」が任意加入であることを告知する点においては一定の役割を果たしたと思われるが,新聞折り込みの広報が中心であり,必ずしも対象者全員の目に触れるものではなく,強制適用であれば,個別に通知がなされたり納付書類が送付されることで,制度を理解し加入の機会が与えられることに比べると,制度の周知や加入を促すものとしては極めて不完全なものである。また,その内容においても,年金が老齢年金を中心とする制度であり,障害年金について理解している者は少ないと考えられることから,未加入であれば障害者となっても障害年金が受給できないことを強調すべきであるのに,そのような配慮はなされず,かえって任意加入であることが強調され,学生等や親に対し,加入しないことが許され,加入しなくとも不利益がないかの印象を与えるものであり,任意加入制度を理解し加入の是非を決する機会を与えるものとしては極めて不十分な広報しか行われていなかったというべきである。

3  昭和34年法及び昭和60年法が憲法14条に違反するか否か(争点①)について

(1)  原告らは,本件適用外規定が,20歳以上の学生等を国民年金の強制適用の対象から除外して保険料免除の余地をなくしているという点で他の20歳以上の国民と差別し,かつ,本件20歳前障害規定が,20歳以上の学生等を無拠出制の障害基礎年金(昭和60年改正前は障害福祉年金)を受給できる対象から除外している点で20歳未満の国民と差別し,その双方との差別の結果,類型的に稼得能力がないために保険料の納付が困難な学生等に対して,「20歳以上の学生等」でなければ受給できたはずの障害基礎年金を一切受給できないという著しく不合理な差別(年齢及び社会的身分による差別)が生じているから,昭和34年法及び昭和60年法は憲法14条1項に違反すると主張する。

(2)  憲法14条1項は法の下の平等の原則を定めているが,この規定は合理的理由のない差別を禁止するものであって,各人に存する経済的,社会的その他種々の事実関係上の差異を理由としてその法的取扱いに区別を設けることは,その区別が合理性を有する限り,何らこの規定に違反するものではない(最高裁判所大法廷昭和39年5月27日判決民集18巻4号676頁)から,法的取扱いに区別を設けた立法が憲法14条1項に違反するか否かについては,その立法理由に合理的な根拠があり,かつ,その区別が立法理由との関連で著しく不合理なものでなく,立法府に与えられた合理的な裁量判断の限界を超えていないと認められる限り,合理的理由のない差別とはいえず,これを憲法14条1項に反するものということはできないと解される(最高裁判所大法廷平成7年7月5日決定民集49巻7号1789頁)。

そして,本件適用外規定は,20歳以上の学生等を,20歳以上の学生等(なお,昭和34年法では被用者保険被保険者の配偶者らも除外された。)を除く国民と区別し,本件20歳前障害規定は,20歳以上の学生等を20歳未満の国民と区別しているので,これらの立法が憲法14条1項に違反するか否かは,その立法理由に合理的な根拠があるか否か,その区別が立法理由との関連で著しく不合理であり立法府の合理的な裁量判断の限界を超えているといえるか否かによることとなるから,次にこれらの規定の立法理由及びその合理性について検討する。

(3)  本件適用外規定の立法理由

ア 立法理由

前記のとおり,昭和34年法において,学生が国民年金法の強制適用の対象から除外されたのは,国民年金制度が拠出制年金を基本とすることから,類型的に稼得活動に従事していないと考えられる者について,強制適用の対象とし保険料納付義務を負わせることには問題があると考えられたこと,学校を卒業し社会に出た後は被用者年金制度に加入する者が非常に多いと考えられたこと,仮に強制適用の対象とした場合,学生である間は保険料を納付させ,卒業後,就職して被用者年金制度に加入した場合には国民年金の対象者からはずれることとなり,多くの場合に保険料が掛け捨てとなることも考慮されたことによる。

さらに,昭和60年改正によっても,学生等が国民年金法の強制適用の対象とされなかったのは,定型的に稼得活動に従事することなく所得のない者を強制適用の対象とすることの適否について議論の決着がついていなかったこと,仮に強制適用の対象とした場合,学生等は一般に親により扶養されていることから,既に学費をはじめとして相当の負担をしている親の負担が更に増大すると考えられるが,これについて国民の合意が得られるのかという問題の整理が必要であったこと,他方,学生等が全く年金制度から排斥されているわけではなく,任意加入をすることにより自ら問題を回避することができることも考慮されたからである。

すなわち,昭和34年法において本件適用外規定が定められ,昭和60年法においても同規定が削除されなかった主な理由は,拠出制を基本とした国民年金制度を前提とすると,定型的に稼得活動に従事せず所得のない学生等を強制適用の対象とした場合,その本質に反するのではないかという理論的な問題のほか,実質的な問題として,学生等の親の負担が増大するという点が懸念されたことにある。これに加えて,昭和34年法制定時には,学生は卒業後被用者年金制度に加入することが多いので,そのような場合には,国民年金法を強制適用させる必要性に乏しく,また,保険料が掛け捨てになることが考慮されたものである。昭和60年法では,各種公的年金制度共通の基礎年金制度が導入されたことにより,保険料の掛け捨て問題が完全に解消されたので,専ら前記の理由,すなわち拠出制の制度における学生等の保険料負担問題が考慮されたのである。

イ 拠出制を基本としたことの合理性

(ア) 前記のとおり,国民年金制度を創設するに当たり,拠出制と無拠出制のいずれを基本にするかについては,大きな問題として検討されたが,昭和34年法では,①自ら保険料を納付し,その納付金額に応じて年金を受領するという仕組みをとることによって,老齢のように予測できる事態に対しては,自らの力でできるだけの備えをするという原則を堅持することが,制度の健全な発展にとって不可欠の前提と考えられたこと,②無拠出制を基本とした場合,我が国のように老齢人口の急激な増加が予想される社会においては,将来の国の財政負担が膨大なものとなり,将来の国民に過度の負担を負わせることになりかねず,また,その時々の国の財政事情に給付が左右され,安定的な運営ができないこと,③無拠出制を基本として上記②の事態を避けようとすれば,年金額などの制度の内容は社会保障の名に値しないほどに不十分なものにならざるを得ないことを大きな理由として,拠出制を基本とすることとなった。ただし,制度発足時点において既に高齢や障害などの事故が発生している者,他制度から移行したこと等により加入期間が短いため拠出制の年金の支給要件を満たすことのできない者,所得能力が低いため保険料を納めることのできない者に対して,全額租税財源による無拠出制の年金を支給するか否かについては,①当時の社会状況,すなわち,戦争によって財産を失い,扶養者を亡くした老齢者,障害者及び母子世帯が多数存在するという状況に照らし,生活の資を得る術を失ったこれらの者に年金的保護を及ぼす必要性が高いとされたこと,②年金額のうち3分の1は国庫負担とされているところ,保険料の支払能力のない者は,その援助を受けられない結果となり,公平を失すること,③多数を占めるこれらの者に年金を支給することによって,結果的に国民年金制度を広く普及させる効果が期待できること,④公的扶助制度のみによると,扶助の水準は最低生活水準とされてしまうことなどを理由として,経過的,補完的かつ限定的なものとして拠出制年金より低額の福祉年金を給付することとされたのである。

このように,国民年金制度が拠出制を基本としたのは,将来にわたり制度を安定的に運営し,かつ,一定程度の給付水準を維持するためには,将来予想される人口の老齢化を見据え,国の財政負担すなわち国民の税負担が過度なものにならないよう別の財源を確保する必要があったからであると考えられるが,このような判断には合理性が認められるので,国民年金制度が拠出制を基本としたことは,不合理であるとはいえない。

そして,被保険者を20歳以上60歳未満の国民としたのは,年金制度が労働能力を減損した場合の保障を本質とし,被保険者はこれに備えるために保険料を拠出すべき義務を負うのであるから,被保険者は,労働能力を持つ者,すなわち,稼得活動に従事し一定の所得をあげ得る者であると考えられたからであり,その範囲を画するに当たり,雇用関係を前提としない稼得活動従事者を対象とする国民年金制度においては,一般に就労していると考えられる年齢により一律に区分することとしたものである。

(イ) この点について,原告らは,昭和34年当時から,実際に就労していない自営業者の配偶者も強制適用の対象とされているのに対し,20歳未満の自営業者は稼得活動に従事していても国民年金の対象とはされていないこと,失業者等の保険料納付が困難な者に対して保険料免除を認めていることからすると,国民年金法の基本構造は,現実の就労の有無を問わず,20歳以上の者は稼得活動に従事して一定の所得をあげ得る者として強制適用の対象とし,現実的に就労しておらず保険料を納付できない者に対しては保険料免除で対応することにしたものと認められ,また,20歳未満の者も障害福祉年金の対象という形で国民年金制度に取り込まれていたことからすると,国民年金制度は,現に稼得活動に従事する者のみに対する保障を本質とするものではないと主張している。

前記のとおり,国民年金制度においては,雇用関係が前提とされていないため,被保険者資格を雇用関係の有無によって決することができず,一般に就労していると考えられる年齢を20歳以上とし,これにより一律に区分することとしたのであるから,現に稼得活動に従事する者のみを対象とした制度ではないという点については,そのとおりであるが,そのことをもって,国民年金制度が稼得活動従事者に対する保障を本質にするものではないということはできない。なお,原告らは,20歳未満の者が国民年金制度の対象となっていることをも根拠にしているが,国民年金法は,20歳前後で明確に区別し,20歳未満の者は被保険者にはなりえないため,あらかじめ障害といった事故に対する備えをすることが不可能であるから,福祉的施策として障害福祉年金を支給することとしたもので,20歳以上の者とは趣旨の異なる制度の対象とされているのであって,このような20歳未満の者の取扱いを根拠に国民年金制度が稼得活動従事者に対する保障を本質にするものではないということはできない。

(ウ) 次に,学生等を強制適用とした場合,稼得活動に従事していない者に保険料納付義務を負わせることになり,稼得活動従事者に対する保障という国民年金法の本質に反することになるかについて検討する。

この国民年金法の本質については,前記のとおり年金制度が稼得能力の減損に対する保障を本質としていることや,原告らの主張するとおり,現実に就労していない20歳以上の者でも国民年金法の強制適用の対象となっていることからすると,現に稼得活動に従事している者に対してのみ保障を及ぼすという趣旨にとらえるべきではなく,稼得活動に従事して一定の所得をあげ得る者に保障を及ぼす趣旨と考えるべきである。

そして,学生等については,定型的に稼得活動に従事していない者と認められるが,稼得能力の減損に対する保障という観点からすると,学生等であった期間に障害を負った場合は,将来にわたって稼得能力の減損が生じるのであるから,障害年金に関しては,学生等に対しても稼得能力の減損に対する保障を及ぼすべきであり,学生等に保険料納付義務を負わせるとしても国民年金法の本質に反するとはいえない。まして,昭和60年改正により,全国民を一つの年金制度に取り込むよう基礎年金制度に改め,基礎年金は最低限度の所得保障とされていたのであるから,その保障が及ぶようにすべきであった。

(エ) もっとも,現実に稼得能力のない学生等に対しては,保険料納付義務を負わせることには不都合があり,この点に関して,保険料の免除を認めるべきか否かが問題となる。

被告らは,20歳に達したにもかかわらず稼得活動に従事することなく,大学生であることを自ら選択したエリートである学生等に対し,保険料を免除した上,障害年金を給付することは,学生等のみを優遇するもので,他の被保険者との間で著しい不公平を生じ,不合理な結果となる旨主張している。しかし,昭和34年当時ないし昭和60年当時,立法過程において学生等はエリートであるから保険料の免除は不公平であるなどの議論があったとは認められず,このような立法事実は認められない。

定型的に稼得活動に従事していないと認められる学生等であっても,中には収入を得ているなど保険料を納めることのできる者もおり,学生等にも一律に保険料納付義務を認めた上で,実際に収入のない学生等に対しては保険料の免除を受けうる制度とすることは,他の20歳以上の者を強制適用の対象とし保険料納付義務を認めた上で,実際に収入がないなど保険料を納めることのできない者に対しては保険料の免除を受けられるという国民年金法制定当時から設けられていた制度とその趣旨に変わりがなく,不合理であるとはいえない。このような制度設計をした結果,保険料の免除を受けた場合,老齢年金については拠出期間が短くなるため満額の給付は受けられず,障害基礎年金については拠出期間と給付金額との対応はないのであるから,現実に拠出をした他の被保険者との間で著しい不公平が生じるとはいえないし,逆に,保険料の免除が認められない学生等については,保険料の支払能力があるのであるから,保険料納付義務を認めても不都合はないといえる。

(オ) 以上のとおり,国民年金法が,拠出制を基本とし,稼得活動従事者に対する保障を本質とする制度設計をしたことには合理性が認められるが,それを根拠にして,学生等を強制適用の対象として保険料納付義務を負わせることが制度趣旨に反するとはいえず,保険料納付義務を認めた上で保険料を免除することができる制度とすることが相当であったと認められる。

ウ 昭和34年法制定時,学生は卒業後被用者年金制度に加入する場合が多いことを理由に,強制適用の必要性が乏しいこと及び保険料の掛け捨て問題が考慮されたことの合理性

(ア) 就業構造における被用者の割合をみると,昭和35年当時は43.5パーセント,昭和56年当時は72.3パーセントであった(甲49)が,このことからすると,昭和34年法制定当時,学生は,卒業後被用者年金制度に加入する場合の方が多いであろうと推測はできるが,それがほとんどであるとは必ずしもいえない。また,学生が20歳到達以降,稼得活動に従事し年金制度の強制適用の対象となるまでの間は通常短期間であり,障害という保険事故発生頻度も少ないことは当時の立法事実として認められるが,事故発生頻度が少ないからといって,保障の必要がないとはいえない。すなわち,学生は,活発に活動するため事故に遭う可能性が低いとはいえず,また,若年において重度の障害を負った場合は,通常回復が困難であり,稼得能力の減損状態が長期間継続するのであるから,所得保障の必要性はむしろ高いというべきである。

(イ) 学生が,卒業後被用者年金制度に加入した場合,学生時代に加入していた国民年金の保険料が掛け捨てになるとの点は,昭和34年当時には立法事実として存在しており,そうであるにもかかわらず,学生を強制適用の対象とすると,多数の学生については負担を強いることになるのであるから,被用者年金制度に加入する者のことを考慮したことには合理性が認められる。なお,昭和60年法制定当時はこの立法事実は完全に消滅していた。

エ 任意加入制度の合理性

被告らは,強制適用の対象外である学生であっても,年金による保障を厚くしたいと望む者に対しては,任意加入制度が用意されていたのであり,その加入要件は厳しくなく,望めば容易に加入できたのであるから,本件適用外規定は,この任意加入制度の存在と相まって十分合理性を有する旨主張している。

しかし,加入の要件は厳格でないとしても,任意加入制度においては保険料の免除規定が適用されないとされていたため,現実に保険料を納付できる者しか加入することができなかったのであり,稼得能力がなく現実に保険料を納付することが困難な多くの学生にとっては,容易に任意加入できるとは到底いえないものであり,加入を促す周知広報が不十分であったことも加わり,制度としての実効性を伴ったものであったとはいい難く,この制度の存在をもって本件適用外規定が合理性を有するとは認められない。

(4)  本件20歳前障害規定の立法理由

ア 立法理由

国民年金法が,20歳以上60歳未満の国民を被保険者としたのは,年金制度が労働能力を減損した場合の保障を本質とし,被保険者はこれに備えるために保険料を拠出すべき義務を負うのであるから,被保険者は労働能力を持つ者,すなわち,稼得活動に従事し一定の所得をあげ得る者であると考えられたからであり,その範囲を画するに当たり,雇用関係を前提としない稼得活動従事者を対象とする国民年金制度においては,一般に就労していると考えられる年齢により一律に区分することとしたものである。検討過程において,社会保障制度審議会の答申では,被保険者期間の開始を25歳からとする提案がなされたが,①他の公的年金制度との均衡,②開始年齢を早めることにより一人あたりの保険料を引き下げることができること,③しかし,あまりに開始年齢を早くすると,稼得活動に従事していない被扶養者に保険料を負担させることになること,④当時は,大部分の国民がせいぜい高等学校卒業程度で稼得活動に入っており,25歳からでは遅きに失するとされたことなどから,20歳をもって国民年金の被保険者期間の開始時とされたのである。

イ 昭和34年法の合理性

前記のとおり,国民年金法が拠出制を基本としたこと,及び稼得能力の減損に対する保障という観点から,被保険者を稼得活動に従事し一定の所得をあげ得る者とし,その範囲については,雇用関係を前提としないことを考慮して一般に就労していると考えられる年齢により一律に区分することとした点には合理性が認められる。その年齢については,昭和34年当時,前記ア①ないし④の立法事実が存在したことが認められ,20歳をもって区分するとしたことには合理性が認められる。

そして,拠出制を基本とした制度設計がなされていることからすれば,無拠出制年金である本件20歳前障害規定に基づく障害福祉年金は,国民年金法の被保険者となり得ない者に対する福祉的施策の一環として,経過的又は補完的な制度として創設され,国民年金法に盛り込まれたものとみるべきであって,20歳以上の者が対象とされる制度とは性質の異なる制度であると解するべきである。

このように国民年金法においては,20歳前後で明確に区別がなされており,20歳以上の者と20歳未満の者では全く別の制度設計がなされていることからすると,20歳以上の学生を本件20歳前障害規定の対象としなかったことが不合理であるとはいえない。

これに対し,原告らは,本件適用外規定の存在を理由に,国民年金法は,学生を20歳以上か否かという形式的基準ではなく,類型的稼得能力の有無という実質的基準を重視して制度設計をしていると主張している。しかし,国民年金法の立法過程において,拠出制を基本とし,被保険者の範囲については,一般的に就労していると考えられる年齢として20歳以上を基準とし,20歳で一律に区分してその前後で異なる制度設計をした経緯からすると,本件適用外規定が存在するとしても,国民年金法が形式的基準よりも実質的基準を重視して制度設計をしているものとみることは困難である。本件適用外規定は,20歳以上の者が被保険者すなわち強制適用の対象となるとする前提のもと,主に保険料の負担問題から定型的に稼得能力がないとされる学生について強制適用の対象から除外したものであり,この規定の存在が国民年金法において類型的稼得能力の有無という実質的基準を重視して制度設計されたとの根拠にはなり得ない。

以上によれば,昭和34年法の本件20歳前障害規定については,合理性が認められる。

ウ 昭和60年法の合理性

昭和60年当時も前記ア①ないし③の立法事実が存在したことが認められる。前記ア④について,原告らは,大部分の国民がせいぜい高等学校卒業程度で稼得活動を開始していたという立法事実は消滅していると主張するが,昭和60年当時の大学への進学率は,26.5パーセントであり,8.1パーセントにすぎなかった昭和34年当時と比べると大幅に上昇しており(乙27),大部分の国民が高等学校卒業程度であるとまではいえないが,20歳を超えてなお多くの者が稼得活動に従事しているということができる。また,昭和34年法制定当時に議論があった25歳で区分するとした場合には,他の公的年金制度との関係で不均衡となったり,給付水準を維持すれば一人当たりの保険料負担が重くなることが想定されるなどの不都合もあり,20歳をもって区分するとしたことに合理性が認められる。

そして,本件20歳前障害規定に基づく障害基礎年金も,昭和60年改正前の障害福祉年金と同様,福祉的な見地から,被保険者になり得ない20歳未満の者に年金による保護を及ぼす制度であるのに対し,20歳以上であれば強制適用の対象となるか任意加入によって被保険者となりうることからすると,昭和60年法においても,20歳の前後で区別し,異なる制度設計をしている昭和34年法の方針が維持されていると考えるべきであり,この区別については昭和34年法の場合と同様に合理性がないとはいえない。

ただし,昭和60年法において,障害福祉年金は障害基礎年金に改められ,20歳未満で障害を負った者も,20歳以上の者と同額の給付が受けられるようになったことを考慮すると,障害基礎年金の給付の面では20歳前後で実質的な違いがなくなったのであるから,この区別にそれほど高い合理性があるとは認められない。

以上によれば,昭和60年法の本件20歳前障害規定については,一応の合理性は認められるものの,昭和34年法に比べると,その程度は高いものとはいえない。

(5)  昭和34年法の合憲性

昭和34年法については,本件20歳前障害規定には立法理由に合理性が認められるが,本件適用外規定の立法理由のうち,とりわけ20歳以上の学生については保障の必要性が乏しいとする点や,任意加入制度についてはその合理性に疑問が生じる。

この点,昭和34年法の立法過程や当時の社会保障施策の状況等からすると,国民年金法の制定の主眼は,当時,人口の老齢化に伴い国家的な老齢者扶養対策の必要性が高いことが指摘され,既に存在した各種年金制度では,多数の国民がその対象になっていなかったことから,これらの国民にも年金による保障を及ぼすための老齢年金制度の創設という点にあった。このように創設当初は,専ら老齢年金を中心に考えられていたことに加え,政府・国会においては年金制度の創設が急務とされており,昭和32年5月の内閣総理大臣の諮問後,昭和33年8月にはl党国民年金実施対策特別委員会において,昭和34年度中に制度を発足させるとして昭和34年1月の国会への法案提出を目指すと定められ,同年4月には国民年金法が成立するなど早急な法案作成,審議,立法が行われたことからすると,当時は年金による保障の及んでいなかった多数の国民に対する老齢年金制度の早期創設が重視され,その結果,障害年金等については必ずしも十分な検討がなされなかったものと考えられる。しかし,当時の社会情勢等からすると,年金制度の創設そのものが極めて重要な政策課題であったのであり,早期の年金制度創設を目指す中で,専ら老齢年金を重視し障害年金につき十分な検討がなされなかったとしても不合理であるとはいえない。

そして,学生についても,障害に備えて被保険者とすべき必要性は学生以外の20歳以上の者と何ら変わるものではないが,学生を強制適用の対象とするか否かに関し,最も大きな問題となったのは保険料負担問題であるところ,保険料の免除等の問題につき十分議論が尽くされていなかった昭和34年当時においては,収入のない学生に保険料納付義務を負わせた場合に過重な負担をかけることとなるほか,国民年金法においては,老齢年金が制度の中心に据えられており,保険料の額は一定水準の老齢年金の支給ができるように設定されているから,保険料の大部分は老齢年金のためのものであったのであり,学生が卒業後に別の公的年金制度に加入すると,学生であった期間に支払った保険料のほとんどが掛け捨てになることも軽視できなかったのである。学生やその親に大きな負担を強いることとなることを避けるべく学生を強制適用の対象から除外するという選択をしたことには一応の合理性が認められる。

よって,昭和34年法は,立法府の合理的な裁量判断の限界を超えているとまではいえない。

(6)  昭和60年法が合憲であるか否かについて

ア 無年金障害者問題の発生

昭和34年法によって国民年金制度への任意加入が認められるにとどまった20歳以上の学生は,極めて少数の者しか任意加入しなかったため,学生である間に障害を負っても障害年金の支給が受けられない無年金障害者が発生するようになり,特に昭和50年代に入ってからは,障害者団体によって,無年金障害者に対する障害年金の給付を求める運動が活発に行われた。その回数は,昭和50年代に行われた主な活動だけでも,厚生省との交渉11回,請願活動4回,衆参社会労働委員会議員に対する陳情2回等であり,多数回に及んだ。これらの活動を通じて,学生無年金障害者の存在やその問題性,救済の必要性などが大きく取り上げられ,この問題が国民年金法改正審議に関わる国会議員らに広く知られるようになった。そして,昭和58年11月から昭和60年4月にかけて行われた昭和60年改正の審議において,複数の国会議員らから,学生無年金障害者が非常に酷な状態に置かれていることの報告がなされたり,この問題を解消するため,仮適用,保険料納付猶予,保険料低額負担,本件20歳前障害規定の適用など具体的解決案が提案されるなどの議論が長期間にわたって繰り返された。

また,国際的には,昭和50年に国連障害者権利宣言が採択され,国内においても,昭和56年の国際障害者年を契機に「ノーマライゼーション」の理念が普及するなど,障害者が健常者と同じように自立生活を営むことができるような社会保障を考えるべきであるとする気運が高まっていた。

このような状況からすると,昭和60年改正当時には,国民年金制度の制度設計を考えるに当たり,昭和34年当時とは異なり,老齢年金に主眼がおかれるにとどまるのではなく,障害年金に関しても,より多くの国民に障害への備えをさせ,できる限り無年金者をなくすという方向での施策が期待される社会情勢に変化していたものと認められる。実際にも,昭和60年法の大きな改正点として,女性の年金権の確立や在外邦人につき海外居住期間も資格期間に算入して無年金者をなくすこと,障害年金の給付額の増額等大幅な改善があり,無年金者を解消すること及び障害者への保障を厚くすることが,改正法に反映されているのである。

イ 昭和60年法の不合理性

このような情勢の中,昭和60年法において,20歳以上の学生等に被保険者資格を認めず,学生等である間に障害を負った者には障害基礎年金が支給されない制度を維持したことは,立法理由に合理性が認められるとはいえず,その区別の不合理性が顕著になったといわざるを得ない。

すなわち,昭和60年法においては,基礎年金制度が導入され,保険料の掛け捨て問題が完全に解消されたことから,学生等を強制適用の対象とする場合に問題となるのは,ほぼ学生等の保険料負担問題に限られていたのであり,この問題と学生等を障害等の事故に備えさせるため被保険者とすべき必要性とのどちらを重視した制度設計をすべきかということが問題となり,昭和60年法では,学生等を被保険者として保険料納付義務を負わせると,学生等の親の負担が増大するという点を重視し,学生等を被保険者とすべき必要性の方を後退させたのであるが,これに合理性を認めることはできない。

前記アのとおり,昭和60年法では,女性の年金権の確立,無年金者の解消を目指し,被用者保険被保険者の配偶者(いわゆる専業主婦)らこれまで強制適用の対象外であった多くの者が国民年金制度の強制適用の対象とされ,無年金者となりうる者の割合が大幅に減少した一方,20歳以上の学生は取り残され,任意加入しない限り,学生である間に障害を負った場合は無年金障害者となる状態に何ら変わりはなかった。また,昭和60年当時は,既に多くの学生無年金障害者が存在することが知られており,障害者団体が政府や国会議員らに対し,無年金障害者問題の解決を訴えており,社会的にも障害者に対する社会保障の拡充が検討されるなど,昭和34年当時と比べて無年金障害者に対する認識が深まり,障害者に対する保障を検討する方向に社会情勢が変化し,さらに,昭和60年法においても,従来の障害福祉年金が障害基礎年金となり,給付額が大幅に増額されるなど障害者に対する保障が拡充されたのである。そして,昭和50年代に入ってからの障害者団体による活動の結果,学生の保険料負担問題に関して様々な具体的解決案が示され,それらは国会審議においても提案されていた。このように,昭和34年当時と比べて社会情勢の変化があり,国民年金制度自体も昭和60年改正によって無年金者をなくし,かつ障害者に対する保障を拡充する方向に大幅に改善されたにもかかわらず,その中で20歳以上の学生のみが任意加入しない限り無年金障害者となりうる状態のままにおかれたこと,昭和34年法制定時においても3分の1が未加入と見込まれ,制度発足後に任意加入がほとんどなされないまま多くの学生無年金障害者が発生し,彼らが苛酷な状況にあることが昭和60年改正時の改正法審議において報告されていたことからすると,学生を被保険者とすべき必要性は明白であったというべきである。他方,改正法審議における報告により,これに関与した国会議員らには,学生を被保険者とすべき必要性が高いことを認識し得たこと,学生を被保険者とする場合に問題となる保険料負担問題については,その具体的解決案が改正法審議においても提案されていたことなどからすると,保険料負担問題について解決する立法が可能であったのであるから,この点の立法理由の合理性はその根拠を失っていたというべきであり,それにもかかわらず,昭和60年改正時に20歳以上の学生を他の20歳以上の国民と区別し,国民年金法の被保険者としないまま放置したことは著しく不合理である。国民年金法は,被保険者を稼得活動に従事して一定の所得をあげ得る者とし,その年齢を20歳と定めて20歳以上か否かという形式的基準で区別しながら,20歳以上の学生については類型的に稼得能力がないという実質的基準をも加え,理論的には必ずしも整合しない制度設計をし,その結果として,20歳以上の学生は,20歳未満の者が対象となる障害基礎年金が受給できないにとどまらず,20歳以上の者が対象となる障害基礎年金についても,任意加入しない限り受給できないという不利益を受けているのであり,このように20歳以上の学生が,いずれの制度からも除外される結果となっていたことからすると,本件適用外規定によって学生等以外の20歳以上の国民との間で生じた区別の不合理性は,一層顕著である。

ウ これに対し,被告らは,学生等が全く年金制度から排斥されているわけではなく,立法理由としては任意加入制度により問題を回避できることが考慮されており,本件適用外規定には合理性が認められるとしている。しかし,学生等は,免除制度や納付特例制度のない任意加入制度のもとにあっては,保険料納付が困難であるため任意に加入することは極めて困難であったというべきである。しかも,前記のとおり,任意加入制度の周知広報がなされたものの,十分なものではなく,強制適用であれば,個別に通知がなされたり納付書類が送付されることで制度を理解できるのに比し,任意加入制度を理解し加入の是非を決する機会は学生等に対し与えられてはいなかったのであって,学生等にとって将来の事故に備えるとの発想はなじみがたいものである上,国民年金制度が老齢年金の支給のための制度との理解が一般的であり,学生等の圧倒的多数が未加入による不利益,障害無年金となる事態を認識していなかったのであるから,いっそう加入は困難であったというべきである。保険料の免除等が認められない任意加入制度は,稼得能力がなく現実に保険料を納付することが困難な大多数の学生等にとっては,利用することができない制度であり,これらの者は,任意加入制度が利用できない結果,国民年金制度から排除されているのである。このことは,平成元年までの任意加入率が1・25パーセントであった事実が如実に示しており,また,任意加入制度に問題があったことは,学生等への強制適用を決めた平成元年法への改正理由が明らかに示しているものというべきである。20歳以上の学生等が,学生等以外の20歳以上の国民から区別され,国民年金制度から排除されることにつき,合理的な理由は見いだし難いのであるから,このような結果となる任意加入制度の存在が,20歳以上の学生等を強制適用の対象から除外したことの合理性を支える根拠となり得るものではない。

エ 専修学校生等を強制適用の対象から除外する立法をしたことの違憲性

昭和60年改正により,それまで強制適用の対象とされていた20歳以上の専修学校等の生徒が,強制適用から除外されて任意加入の対象とされた結果,20歳以上の学生と同じ状態におかれることとなった。原告Bは,障害を負った当時21歳の専門学校生であり,この改正により国民年金法の強制適用の対象から除外された者にあたる。

改正時の審議経過からしても,その立法理由は明らかでない。稼得能力がない点で学生と同等に扱うべきであるという考えに基づくのではないかと推測できるが,前記のとおり,強制適用から除外された学生について無年金障害者が発生するという問題があり,その問題を解決するにはどのような制度設計をすべきかについて盛んに議論されていたこの改正時において,新たに無年金障害者を発生させる法改正をしたことに合理性があるとは到底認めることができず,この立法は,20歳以上の専修学校生等を学生と同様にそれ以外の20歳以上の国民との間で強制適用をしない点において著しく不合理に区別するものであり,明らかに憲法14条1項に違反するものというべきである。

(7)  まとめ

以上のとおり,昭和60年法の本件適用外規定により,20歳以上の学生等とそれ以外の20歳以上の国民との間で生じた区別は,著しく不合理であり,合理的な理由のない差別であり,同規定は,憲法14条1項に違反するものと認められる。

4  昭和34年法及び昭和60年法が憲法25条に違反するか否か(争点①)について

(1)  原告らは,昭和34年法及び昭和60年法によって,強制適用の対象から除外された20歳以上の学生等は,障害基礎年金を受給できず,健康で文化的な最低限度の生活が損なわれ,社会保障を平等に受ける権利ないし生存権が侵害されており,憲法25条に違反すると主張している。

(2)  憲法25条は,いわゆる福祉国家の理念に基づき,すべての国民が健康で文化的な最低限度の生活を営みうるよう国政を運営すべきこと(同条1項)並びに社会的立法及び社会的施設の創造拡充に努力すべきこと(同条2項)を国の責務として宣言したものであるが,同条1項は,国が個々の国民に対して具体的・現実的にこのような義務を有することを規定したものではなく,同条2項によって国の責務であるとされている社会的立法及び社会的施設の創造拡充により個々の国民の具体的・現実的な生活権が保障,充実されるものと解すべきである。そして,同条にいう「健康で文化的な最低限度の生活」なるものは,抽象的・相対的な概念であって,その具体的内容は,その時々における文化の発達の程度,経済的・社会的条件,一般的な国民生活の状況等との相関関係において判断決定されるべきものであるとともに,同条の規定の趣旨を現実の立法として具体化するに当たっては,国の財政事情を無視することができず,また,多方面にわたる複雑多様な考察とそれに基づいた政策的判断を必要とするから,同条の規定の趣旨にこたえて具体的にどのような立法措置を講ずるかの選択決定は,立法府の広い裁量にゆだねられており,それが著しく合理性を欠き明らかに裁量の逸脱・濫用と見ざるを得ないような場合に初めて憲法違反の問題が生ずるものというべきである。

そこで,20歳以上の学生等が国民年金の強制適用の対象から除外されたことが,憲法25条に違反するか否かについて検討すると,一般的に健常者と比較して収入が得られにくく自己の収入のみでは生活を維持することの困難な障害者に対しては,その「健康で文化的な最低限度の生活」を保障すべく,何らかの立法措置が必要であるということはできるが,前記のとおり「健康で文化的な最低限度の生活」の具体的内容は一義的ではなく,立法府が,立法当時の文化の発達の程度,経済的・社会的条件,一般的な国民生活の状況,国の財政事情等諸事情を考慮した上,社会保障施策を立法化することによって初めて具体化するものである。また,社会保障施策には障害基礎年金の支給だけでなく,様々な施策が考えられるところ,そのいずれを選択するかについては,上記諸事情を考慮せざるを得ないのであるから,立法府に極めて広範な裁量が認められている。そうすると,障害基礎年金の受給ができないことが直ちに「健康で文化的な最低限度の生活」を損ない,生存権の侵害に当たるとはいえないし,障害基礎年金を受給させる立法措置を選択していないことが,著しく合理性を欠き明らかに裁量の逸脱・濫用にあたるとはいえない。

よって,原告らの主張は理由がない。

5  本件各処分が憲法13条,31条に違反するか否か(争点②)について

(1)  原告らは,昭和34年法及び昭和60年法では,任意加入制度につき,告知及び聴聞の機会を一切保障せず,そのような機会を保障する運用もなかったのであるから,任意加入しなかったことに対するペナルティーとして障害年金の受給を許さないとしていることは,適正手続に反するとともに,自己決定権を侵害しており,憲法13条,31条に違反し無効である旨の主張をしている。

(2)  しかし,国民年金制度は,社会保障制度であり,加入した者に対して一定の要件の下に年金受給権を給付するというものであるから,憲法31条の適用対象となる不利益処分ではなく,憲法31条の適用も準用も考えられない。また,包括的抽象的な規定である憲法13条を根拠に,行政手続に適正手続の保障が及ぶと解することもできない。

そして,国の法令は,公布によって国民に周知されたものとして,国民の権利義務を創設あるいは規制する効力を有するものであり,原則として周知徹底義務が要求されることはなく,任意加入制度に関しても,周知徹底義務があるとは認められない。よって,任意加入制度の周知の如何にかかわらず,自己決定権の侵害(憲法13条違反)ということはできない。

したがって,原告らの前記主張は理由がないことが明らかである。

6  本件適用外規定及び本件20歳前障害規定を合憲解釈して,原告らに障害基礎年金の受給資格を認めることができるか否か(争点③)について

(1)  原告らに障害基礎年金が支給されるには,昭和60年法30条に規定する①当該傷病の初診日において被保険者であること,②障害認定日(初診日から1年6か月を経過した日又は症状固定日のいずれか早い日)において,その傷病により,同条2項(同法施行法令別表)に規定する障害等級に該当する程度の障害の状態にあること,③初診日の前日において,当該初診日の属する月の前々月までに被保険者期間があること,④③の被保険者期間に係る保険料納付済期間と保険料免除期間とを合算した期間が,当該被保険者期間の3分の2以上であることを満たす必要があるところ,原告らは,④の要件を満たさないことが明らかである。また,同法30条の4第1項の障害基礎年金が支給されるには,①疾病にかかり,又は負傷した者が,その初診日において20歳未満であったこと,②障害認定日以後に20歳に達したときは20歳に達した日において,障害認定日が20歳に達した日後であるときはその障害認定日において,障害等級に該当する程度の障害の状態にあることを満たす必要があるところ,原告らは①の要件を満たさない。

(2)  この点について,原告らは,昭和60年法30条又は30条の4の規定を合憲解釈することによって,原告らに障害基礎年金の受給資格を認め,本件各処分を取り消すべきであるとして,具体的には,同法30条1項の要件のうち,被保険者期間に係る保険料納付済期間と保険料免除期間とを合算した期間が当該被保険者期間の3分の2以上であることという要件について,類型的に稼得能力のない学生等は20歳に達した時点において保険料の免除を申請し,かつ,免除されたものと擬制されるべきであり,仮に免除要件を欠くものとして免除されなかった場合には保険料を納付していたものと擬制されるべきであるが,仮にこのような擬制をしないとしても,少なくとも原則規定の遡及的適用の効果として,原告らが20歳から初診時の前々月までに保険料免除の要件があったかについて再審査を受ける地位が認められるべきであり,その結果,原告らが免除要件を満たさなかった場合であっても,障害時までの保険料の追納を認めるべきであると主張している。

また,同法30条の4第1項の要件のうち,初診日において20歳未満であったことという要件については,「類型的に稼得能力のない者」の一例にすぎないと解釈する(例文解釈)か,「初診日において20歳未満の者又は学生等」と拡張して解釈(拡張解釈)すべきであると主張している。

さらに,以上のように解されないとしても,平等原則違反の直接の効果に基づき障害基礎年金が支給されるべきであると主張している。

(3)  しかし,国民年金法が拠出制を原則として制度設計されている以上,現実に保険料を納付しておらず,保険料免除の申請も免除もなされていないのに,それらがあったものと擬制するのは法解釈としては困難であり,また,再審査を受ける地位や保険料の追納を認めることは,行政措置としては可能であるとしても,法解釈としてはその限界を超えているといわざるを得ない。

また,国民年金法が20歳以上の国民を被保険者と定め,20歳未満の者と区別した制度設計をしていることからすると,法文上「初診日において20歳未満」と明確に規定されているのに対し,これを「類型的に稼得能力のない者」あるいは「初診日において20歳未満の者又は学生等」と解釈することも困難である。

そして,20歳以上の学生等を強制適用から除外した点において憲法14条1項に違反したことを前提としても,そのような取扱いを受けた者に対し障害基礎年金の支給という社会保障施策を実現するには,新たな立法が必要であり,憲法違反の効果として直ちに障害基礎年金の支給が認められるものと解することはできない。

したがって,原告らは,昭和60年法30条及び30条の4の障害基礎年金の支給要件を満たさないのであるから,原告らに対し,本件各処分がなされたのはやむを得ず,原告らの主張する本件各処分に違法事由は存在せず,取消請求には理由がない。

7  被告国が国家賠償責任を負うか否か(争点④)について

(1)  国家賠償法1条1項は,国又は公共団体の公権力の行使に当たる公務員が個別の国民に対して負担する職務上の法的義務に違背して当該国民に損害を加えたときに,国又は公共団体がこれを賠償する責めに任ずることを規定するものである。したがって,国会議員の立法行為が同項の適用上違法となるかどうかは,国会議員の立法過程における行動が個別の国民に対して負う職務上の法的義務に違背したかどうかの問題であって,当該立法の内容の違憲性の問題とは区別されるべきであり,仮に当該立法の内容が憲法の規定に違反するとしても,その立法行為が直ちに違法の評価を受けるものではない。

そこで,国会議員が立法に関し個別の国民に対する関係においていかなる法的義務を負うかをみるに,憲法の採用する議会制民主主義の下においては,国会は,国民の間に存する多元的な意見及び諸々の利益を立法過程に公正に反映させ,議員の自由な討論を通してこれらを調整し,究極的には多数決原理により統一的な国家意思を形成すべき役割を担うものである。そして,国会議員は,多様な国民の意向をくみつつ,国民全体の福祉の実現を目指して行動することが要請されているのであって,議会制民主主義が適正かつ効果的に機能することを期するためにも,国会議員の立法過程における行動で,立法行為の内容に係るものは,これを議員各自の政治的判断に任せ,その当否は終局的に国民の自由な言論及び選挙による政治的評価に委ねるのを相当とする。もっとも,立法行為の規範たるべき憲法については,その解釈につき国民の間には多様な見解があり得るが,国会議員は,憲法を尊重し,立法過程に反映させるべき立場にあるのである。このように,国会議員の立法行為は,本質的に政治的なものであって,その性質上法的規制の対象になじまず,特定個人に対する損害賠償責任の有無という観点から,あるべき立法行為を措定して具体的立法行為の適否を法的に評価するということは,原則的には許されないものといわざるを得ない。ある法律が個人の具体的権利利益を侵害するものであるという場合に,裁判所はその者の訴えに基づき当該法律の合憲性を判断するが,この判断は既に成立している法律の効力に関するものであり,法律の効力についての違憲審査がなされるからといって,当該法律の立法過程における国会議員の行動,すなわち立法行為が当然に法的評価に親しむものとすることはできないのである。

以上のとおりであるから,国会議員は,立法に関しては,原則として,国民全体に対する関係で政治的責任を負うにとどまり,個別の国民の権利に対応した関係での法的義務を負うものではないというべきであって,国会議員の立法行為は,立法の内容が憲法の一義的な文言に違反しているにもかかわらず国会があえて当該立法を行うというごとき,容易に想定し難いような例外的な場合でない限り,国家賠償法1条1項の規定の適用上,違法の評価を受けないものといわなければならない(最高裁判所第一小法廷昭和60年11月21日判決民集39巻7号1512頁)。

この例外的場合が認められる根拠について検討すると,「立法内容が憲法の一義的な文言に違反しているにもかかわらず,国会があえて当該立法を行うような場合」というのは,国会によって明白な憲法違反が行われている事態,すなわち,議会制民主主義の名の下,多数決によって人権侵害が行われるなどの異常事態であり,議員の政治的判断に任せるべきではない場合であって,憲法解釈に多様性があることを理由に許容できるような場合にもあたらないのである。そのような場合には,国会議員の立法行為が国家賠償法1条1項の規定の適用上違法の評価を受けないという原則の根拠となっていた事情が消失しているのであるから,裁判所が司法審査を及ぼすことによって憲法違反の状態の救済を図るしかなく,例外的に国会議員の立法行為を国家賠償法上違法の評価をすることが認められるのである。

そうすると,立法内容の違憲性が極めて明白であるにもかかわらず当該立法をなし,あるいは立法後違憲性が明白となってから相当期間を経過しても必要な立法措置がなされない場合に,その立法行為によって国民が重大な人権侵害等著しい不利益を受けており,司法による救済の必要性が極めて高いときには,国会議員の立法行為についても,個別の国民の権利に対応した関係での法的義務が認められるものと解するべきである。

(2)  そこで,国会が学生を強制適用の対象とする立法をしなかったことが憲法14条1項に違反するとしても,その立法をするに当たり必要な相当期間を経過していなければ,立法不作為が違法と評価することができないので,昭和60年改正当時,そのような状況にあったかについて検討する。

前記のとおり,昭和34年当時は,立法経過等からすると,無年金者が生じうる立法をしたことはやむを得なかったものと認められるが,その立法過程においてすら,国民年金法案の検討過程において20歳以上の学生に無拠出制年金を支給する案も検討されていたこと,その案を採用せず,拠出制を基本とし経過的及び補完的制度としての無拠出制を併用する制度設計をした昭和34年法の基礎となった国民年金制度要綱が,社会保障制度審議会から「国民年金制度の必要の最も多いボーダーライン層が,かえってこの制度からしめ出される恐れが多分にある。」として批判されたこと,厚生省年金局長が「学生について任意加入する者は全体の約3分の1にとどまる」と予測する国会答弁をしたこと,D議員から,地方意見聴取会において大学教授が「学生を任意加入としたことに疑問がある」旨の意見陳述をした旨国会で報告したことなどの事実が認められる。これらの事実からすれば,昭和34年当時でも,内閣や国会は,学生を強制適用の対象から除外すると,無年金者が生じうることを認識し得たのである。

その上,国民年金法制定に際し,強制適用の対象から除外された者については,将来にわたる国民年金制度の適用につき速やかに検討する旨の条項を規定したにもかかわらず,その後昭和60年改正時までに二十数年もの期間が経過し,その間福祉政策を拡充する方向へと社会情勢が変化し,国民年金制度の改正も無年金者をできる限りなくそうとする方向で進められてきたところであり,とりわけ昭和51年以降,a会が無年金障害者問題の解消を盛んに訴え続けていたことからすると,遅くとも昭和50年代中頃には,内閣や国会は,学生の無年金障害者問題を十分認識し又は認識し得たものといえる。そして,その時点で学生を強制適用の対象とする立法作業を進めていたならば,昭和60年改正時にそれまで学生と同じく強制適用から除外されていた専業主婦を強制適用の対象とするという大きな改正が実施されたこと,基礎年金制度を導入して通算問題を解消することができたこと,当時までにはa会による活動や一部の国会議員による検討などによって,学生の保険料負担問題に対する具体的な解決案がいくつも提案されていたことに照らすと,昭和60年改正時には法改正ができたものと考えられるのであって,それまでに立法に必要とする相当期間が経過していたことが明らかである。

(3)  そうすると,前記のとおり,昭和60年法は,本件適用外規定によって20歳以上の学生等をそれ以外の20歳以上の国民と区別して,任意加入しない限り,学生等である間に障害を負っても一切障害基礎年金が受給できないという不利益を負わせたものであり,これは20歳以上の学生等という社会的身分による著しく不合理な差別で憲法14条1項に違反することが明白である。昭和60年法は,20歳以上の専修学校等の生徒については,このような違憲性が明白である立法をなし,学生については,昭和34年法制定当時からこのような立法がなされていたが,遅くとも昭和50年代中頃には改めるべきことが明白となっていたにもかかわらず,相当期間が経過した昭和60年法改正当時において,本件適用外規定を削除する立法措置をとらなかったものである。

原告らは,免除制度や納付特例制度のない任意加入制度のもとにあって,保険料納付が困難であり,しかも,前記のとおり,一定程度,制度の周知広報がなされたものの,不十分であるため,強制適用であれば,個別に通知がなされたり納付書類が送付されることで制度を理解できるのと比較すれば,任意加入制度を理解し加入の是非を決する機会を与えられないまま,未加入による不利益を認識することができなかったのであるから,任意に加入することは極めて困難であった。原告らは,このような制度のもと,任意加入制度や未加入の不利益を認識しないで任意加入をしなかったため,障害により稼得能力を失いながら,資格要件を欠いているとして障害基礎年金を受給できないのであり,強制適用制度下において保険料を納付しなかった者が同様の事態となるのとは明らかに前提が異なり,何ら非難されるべきでない者が将来にわたり障害年金制度から排除されるという不当な結果を甘受させられているというべきである。原告らは社会で自立することを望んでおり,そのために障害年金は不可欠であり,その保障を得られないことの不利益は極めて大きいものというべきである。

そして,学生である間に国民年金制度に任意加入せず障害を負った者が障害年金が受給できないという問題の解消のため,昭和50年代から障害者団体が国会議員らに繰り返し働きかけ,その結果,平成4年には参議院で「無年金障害者の救済に関する請願」が採択され,平成14年には厚生労働大臣により無年金障害者の救済に関する試案が発表されるなどしたものの,現在に至っても無年金障害者の救済のための立法はなされておらず,司法による救済の必要性は極めて高いというべきである。したがって,昭和60年法の立法作為又は不作為については,国家賠償法上違法の評価を免れないものと認められる。

さらに,昭和50年代の障害者団体による活動の状況や昭和60年法の改正審議等立法経過に照らせば,昭和60年改正当時には,国会議員においては,学生無年金障害者の問題について十分認識でき,保険料負担問題の具体的解決案の検討もなされていたのであるから,この時点で20歳以上の学生を強制適用の対象とする法改正が可能であった。にもかかわらず,国会議員らは,前記の立法作為又は不作為を行ったのであるから,原告らに障害基礎年金が受給できる地位を取得させず,これが支給されない結果を招いたことにつき過失があるものと認められる。

よって,被告国は,原告らに対し国家賠償責任を負う。

(4)  なお,原告らは,内閣に法案提出をしなかったなどの違法があると主張している。

しかし,違憲な解釈・運用をすることのないように政令を制定すべきであるとする点は,政令による法律の適用排除を求めるものであって,そのような義務を認めることはできないし,立法については,国会ないし国会議員に固有の権限があり,内閣においては,法案を国会に提出する権限はあるものの,立法に関する権限はないのであるから,立法作為又は不作為が憲法に違反するとしても,内閣がその憲法違反を解消するための法案を提出しないことによって,国民に対しその人権を侵害するなど不利益を及ぼすものではないから,このことを国家賠償法上違法と評価することはできない。

(5)  そして,原告らの損害額については,昭和60年当時,原告らが強制適用の対象となる法が施行されていれば,原告らが故意に保険料の納付を怠るなどの例外的な事情がない限り,原告らは,障害基礎年金の支給対象者となっていたはずであり,症状が固定したと考えられる障害者手帳交付時には裁定請求をし,遅くともその翌年である平成元年から障害の程度が1級に該当する者に支給される障害基礎年金を受給できたと認められる。しかし,原告らは,昭和60年法により強制適用の対象から除外され,障害基礎年金を受給することができなかったものであり,そのため,経済的にも家族に依拠せざるを得ず,将来に深刻な不安を抱き,社会的自立にいっそうの困難を強いられたものであり,現在に至るまで十数年間の長期にわたり,多大な精神的苦痛を被ったことが認められる(甲31,47,原告ら)。これらの事情を考慮すると,原告らに支払われるべき賠償額は,原告らそれぞれにつき700万円が相当である。

8  よって,本件請求は,国家賠償請求については,原告らが被告国に対し各700万円を支払うよう求める限度で理由があるからその限度で認容し,その余の請求はいずれも棄却し,原告らの処分取消請求は理由がないからいずれも棄却することとし,訴訟費用の負担につき,行政事件訴訟法7条,民事訴訟法61条,64条本文,65条1項ただし書を適用し,仮執行宣言の申立てについては,不相当であるので却下することとし,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 犬飼眞二 裁判官 外山勝浩 裁判官 入江恭子)

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