新潟地方裁判所 平成13年(行ウ)9号 判決 2003年7月17日
主文
1 原告らの請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告らの負担とする。
事実及び理由
第1請求
被告は,新潟県東頸城郡A町に対し,1661万0618円及びこれに対する平成13年10月19日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2事案の概要
本件は,新潟県東頸城郡A町(以下「A町」という。)が,Bに派遣している職員らに対して給料を支出したことが違法であるとして,原告らが,地方自治法242条の2第1項4号(平成14年法律第4号による改正前のもの。以下同じ。)に基づき,A町に代位して,A町の町長の職にある被告に対し,平成12年8月1日から平成13年7月31日までの間に支払われた給与相当額である1661万0618円の損害賠償を求めるものである(附帯請求は,訴状送達の日の翌日である平成13年10月19日から支払済みまで民法所定年5分の割合による遅延損害金。)。
1 前提となる事実(当事者間に争いのない事実である。)
(1) 当事者
原告らは,A町の住民であり,被告は,平成元年4月24日から現在までA町の町長の職にある者である。
(2) BへのA町職員の派遣と同職員に対する給与の支出
ア Bは,平成11年5月6日に法人登記された株式会社であり,スキー場施設(Bスキー場)の経営,スキーリフトやゴンドラ等の索道事業,ホテル,温泉浴場,飲食店の経営等の業務を行っている。
Bは,A町が2億4500万円,C株式会社が500万円の合計2億5000万円の出資金で設立したいわゆる第三セクター方式の法人であり,被告が代表取締役に就任している。
イ 被告は,平成11年6月1日から平成14年3月31日までの間,A町の職員であるD及びE(以下,DとEを併せて「本件職員ら」という。)の両名を,A町の職員という身分を有するまま,職務命令により,Bに派遣し,その業務に従事させた。
本件職員らがBに派遣されている間,Dは専務取締役として,Eはマーケティング事業部長として,Bの業務に従事し,A町の事務を担当しなかった。
ウ A町の町長は,本件職員らに対し,A町の公金から給与及び諸手当(以下「給与等」という。)を支給しており,平成12年8月1日から平成13年7月31日までの支給総額は1661万0618円であった(以下「本件給与等の支出」という。)。
(3) 監査請求の前置
原告らは,平成13年7月11日,A町監査委員に対し,本件給与等の支出が違法であるとして監査請求を行ったが,A町監査委員は,同年9月7日,これを棄却する旨の決定を行い,同日,原告らがあらかじめ代表者としてA町監査委員に届け出をしていた原告Fにこれを通知した。
2 争点及び争点に関する当事者の主張
原告らは,本件給与等の支出が違法であると主張して,A町の町長の職にある被告に対し,地方自治法242条の2第1項4号に基づき,A町に代位して,支出した給与等の相当額の損害賠償を求めるのに対し,被告は,①本件給与等の支出に違法はないと主張し,また,②平成14年12月20日にA町議会でA町の被告に対する損害賠償請求権を放棄する旨の議決をした(以下,この議決を「本件議決」という。)のでA町の被告に対する損害賠償請求権は消滅したと主張する。
したがって,本件の争点は,
(1) 本件給与等の支出が違法か否か(争点1)
(2) 本件議決によりA町の被告に対する損害賠償請求権が消滅したか否か(争点2)であり,争点に関する当事者の主張は以下のとおりである。
(1) 争点1(本件給与等の支出が違法か否か)について
(原告らの主張)
ア 地方公務員の給与については,「職員の給与・・・※は,条例で定める。」(地方公務員法24条6項),「職員の給与は,前条第6項の規定による給与に関する条例に基いて支給されなければならず,又,これに基かずには,いかなる金銭又は有価物も職員に支給してはならない。」(地方公務員法25条1項)とされている。
そして,地方公務員法24条6項を受け,A町職員の給与に関する条例2条は,「給料は,A町職員の勤務時間,休暇等に関する条例第7条に規定する正規の勤務時間による勤務に対する報酬であって・・・※。」と規定し,同条例12条は,「職員が正規の勤務時間中に勤務しないときは,・・・※その他その勤務しないことにつき任命権者の承認があった場合を除き,その勤務しない1時間につき第16条の規定する勤務1時間当たりの給与額を減額した給与を支給する。」として,職員が「勤務」をしない時間について給与が支給されるべきでない旨規定する。
ここにいう「勤務」は,地方公務員法35条が「職員は,法律又は条例に特別の定がある場合を除く外,その勤務時間及び職務上の注意力のすべてをその職責遂行のために用い,当該地方公共団体がなすべき責を有する職務にのみ従事しなければならない。」としていることとの関係上,A町の業務への従事を意味することは明らかである。しかるに,本件職員らは,Bに派遣されている間,A町の事務に従事せず,条例上の「勤務」をしていないので,A町職員の給与に関する条例2条,12条により,同人らに給与等が支払われるべきでないことは明らかであり,同人らに対して給与等を支出したことは上記の諸法令に反し,違法である。
イ 上記のとおり,本件職員らはBの業務に従事しており,A町の事務に従事していなかったものであるが,仮に,①本件職員らに対するA町の十分な指揮監督関係があり,また,②Bの事務とA町の事務に一体性があり,本件職員らがBでの業務に従事していたことがA町の事務に従事していると同一視できる場合には,本件職員らがBの事務に従事していたことをもってA町の事務に従事していたと評価でき,本件給与等の支出が違法にならないと解する余地があるとしても,以下のとおり,本件では,Bの業務がA町の事務と同一視できるという事情はないので,本件給与等の支出が違法であることに何ら変わりはない。
(ア) Bの業務と町の事務は一体性がなく,同一視できないことについて
地方公共団体の職員が派遣された団体と地方公共団体の事務の一体性の判断基準については,過去の判例・裁判例によると,まず,当該団体の設立目的が住民福祉の向上を目的とするものかどうかを検討すべきであり,その上で,当該団体の業務が地方自治体業務の一部を行っているといえるかどうかという点を検討すべきである。
これを本件についてみるに,Bは,本質的には営利を目的とする商法上の株式会社組織をとる私企業の一つであって,そもそも住民福祉の増進に寄与することを目的として設立された土地開発公社などとは明らかに異なるし,その営業目的とするスキー場施設の経営,ホテル,旅館,温泉浴場,飲食店の経営等の業務は,自治体業務の一部を行っているものではなく,住民福祉の向上を目的とした地方公共団体の事務(地方自治法2条)とは全く性質を異にするものである。
したがって,Bの業務は,その性質上,地方公共団体の事務と同一視し得るものではない。
(イ) 本件職員らがA町の指揮監督下にあるとはいえないこと
地方公務員は,地方公務員法30条による「全体の奉仕者として公共の利益のために勤務し,且つ,職務の遂行に当っては,全力を挙げてこれに専念しなければならない」義務,及び同法35条による「法律又は条例に特別の定がある場合を除く外,その勤務時間及び職務上の注意力のすべてを職務遂行のために用い,当該地方公共団体がなすべき責を有する職務にのみ従事しなければならない」義務を負っているところ,地方公務員がその身分を有したまま他の団体に派遣される場合,職務専念義務が免除されていなければ,これらの義務がそのまま存続する。
そして,法令により地方公務員が他団体に派遣される場合については特に明確な規定がおかれていることから,その反対解釈として,法令に定めがない場合については地方公務員の他団体への派遣は原則として禁止されていると解すべきであり,職務専念義務の免除がされていない場合については,地方公務員の他団体での勤務が職務専念義務に反しないとみられる極めて例外的な場合においてのみ適法になるというべきである。具体的には,他団体の事務が地方公共団体の指揮命令権が及んでいるような場合に限って,当該地方公務員が地方公共団体の事務に従事していると同視できるので,職務専念義務違反はないが,指揮命令権が及んでいるかどうかについては,厳格に判断されるべきである。
本件では,被告は,①代表取締役社長がA町町長,取締役副社長がA町助役,取締役専務がA町職員であるDであること,②A町のBに対する出資比率が98パーセントであること,③A町職員であるDがBを実務上代表していることから指揮命令関係があると主張するが,上記①及び②がA町の指揮命令権関係を基礎づける根拠とならないことは過去の裁判例に照らして明らかであるし,上記③についても,本件ではD自身にA町の指揮命令関係があるかどうかが問題となっているのであるから,同人自身がA町の職員であることをもって指揮命令関係を基礎づける根拠にならないことは明らかである。
さらに,本件では,BとA町の間で締結された協定書《証拠略》3条3項には,「兼職職員の服務並びに前条及び前項に規定する勤務条件以外については,Bの規定を適用するものとする。」とされており,日常業務において,A町の指揮命令下にあるものではなく,Bの指揮命令下におかれていることが明らかである。
(被告の主張)
ア A町におけるBの位置づけ
Bスキー場は,A町の南端に位置し,長野県の県境にあるG岳の北西の斜面に開けたスキー場である。
A町では,昭和40年代から,町内の産業の振興及び町民のためのスポーツ施設の確保という観点からA町にスキー場を作るという話があり,調査が行われた。また,昭和61年ころから,雪をテーマにした町づくりを始め全国に雪を宅配したり,H球場で「さよならH球場スノーフェスティバル」を実行するなど全国的に有名になった。
そのような中,A町では,昭和62年3月ころから,①地域開発・産業振興,②町民のためのスポーツ施設の確保及び③雪をテーマにした町づくりへの貢献という目的で,スキー場を建設しようという気運が高まった。当初は町営のスキー場を設置することも検討したが,多大な費用が一時に必要になることなどから,C株式会社等の出資を受けI株式会社を設立し,第三セクターのスキー場としてオープンした。
ところが,Bスキー場は,入場者数の低迷などから経営不振に陥り,C株式会社は,A町に対し,事業からの撤退を申し入れ,最終的に,①C株式会社は事業から撤退し,A町が主体となって事業を受け継ぐこと,②I株式会社は平成11年5月31日をもって解散し,A町が主体となってBを設立し,事業を引き継ぐこと,③Bの資本金は2億5000万円とし,A町が98パーセントに当たる2億4500万円を出資し,C株式会社が2パーセントに当たる500万円を負担すること,④I株式会社の負債130億円は全額C株式会社が負担すること,⑤I株式会社の営業権及び資産は無償でA町に譲渡すること,⑥A町は,Bスキー場の施設等を無償でBに使用させることで,Bがスキー場の営業を引き継ぐこととなった。
そして,Bの代表取締役社長にはA町町長が,取締役副社長にはA町助役がそれぞれ就任し,本件職員らをBに派遣することとした。
また,Bは,正社員47名中27名がA町民であり,冬季季節社員170名中92名がA町民であるなど,A町の雇用(特に仕事がなくなる冬場の雇用)に大きな貢献をしているし,売上げについても,農業純生産額が7億9000万円であることと比べ,Bの税込みの売上げは8億0700万円と,A町において大きなウエイトを占めている。
このように,Bの運営するスキー場は,雪をテーマとして町づくりをしているA町にとって象徴的な存在であるとともに,その経済的貢献は非常に大きいものである。
イ 本件職員らは,職務命令によりBに派遣され,その給与等をA町が負担していたので,本件の問題は,本件職員らがBで従事していた業務が「職務」と評価されるかどうかという点にある。このことは,本件職員らがBで担当している「職務」が「地方自治体の事務」といえるかどうかという問題である。
地方自治法1条の2第1項が,「地方公共団体は,住民の福祉の増進を図ることを基本として,地域における行政を自主的かつ総合的に実施する役割を広く担うものとする。」と規定していることなどに照らすと,「地方自治体の事務」,特にいわゆる自治事務については,かなり広くとらえるべきである。そうすると,「職務命令」をもってBに本件職員らを派遣することが適法か否かは,①BとA町の一体性,それも,団体の構成と指揮命令系統の両面からみた一体性,②Bの公共性,③BにA町の職員を派遣することが住民の福祉にかなうか否か,④BにA町の職員を派遣することに不当な目的がないか否か,⑤派遣の必要性といった要素を総合的に勘案して判断すべきである。
ウ 上記の点について検討するに,以下のとおり,本件職員らの派遣は,何ら違法性のないものというべきである。
(ア) まず,BとA町の一体性については,その資本の98パーセントをA町が所有し,その施設のほとんどをA町が無償で提供し,さらに,役員構成についても,代表取締役社長がA町町長,取締役副社長がA町助役,専務取締役がA町から派遣されたDであることにかんがみると,団体の構成という観点からしてBとA町とは一体性が認められる。また,上記のとおり,Bの代表取締役はA町町長であるから,現場の実際のトップである専務取締役のDは,A町町長の指揮命令を受けて行動しており,指揮命令系統という観点からしてもBは,A町の指揮命令下におかれており,一体性が認められる。
(イ) Bは,「雪のふるさとA」の象徴的存在であるばかりでなく,その雇用及び売上げにおいてA町に多大な貢献をしており,公共性は十分に認められる。
(ウ) 本件職員らの派遣は,C株式会社がBスキー場を運営するI株式会社から撤退した後,Bを立ち上げるために必要不可欠な派遣であり,この派遣がなければBが発足時から経営に行き詰まり,「雪のふるさとA」の象徴であるBスキー場がなくなるばかりか雇用の面からもA町の経済に多大な影響を与えることは確実であった。
したがって,BにA町の職員を派遣することは住民の福祉に合致するものであった。
(エ) Bには会社を運営する能力のある人材が不可欠であったところ,C株式会社が撤退したことにより,本件職員ら以外には適任者がいなかったことから本件職員らが派遣された。また,Bの最初の3年間の立ち上げ期間は,本件職員らの基本的な給与をA町が負担しなければBは赤字経営となるおそれがあったことから,本件職員らの給与等をA町が負担することとしたものであり,その目的は正当なものである。
(オ) 本件職員らの派遣は,実質的にはBの立ち上げ3年間の資金援助というべきものであるが,Bスキー場を存続させることがA町の住民の福祉にとって何よりも必要であったことから行われたものであり,これは地方公共団体の事務として行いうるものである。
(2) 争点2(本件議決によりA町の被告に対する損害賠償請求権が消滅したか否か)について
(被告の主張)
A町議会は,平成14年12月20日,本件職員らをBに派遣したことに関連し,A町が被告らに対して有しているとも思料される損害賠償請求権を放棄する旨の本件議決をした。
本件訴えは,地方自治法242条の2に基づく住民訴訟であり,原告らがA町に代位してA町の町長である被告に対し損害賠償を求めるものであるから,A町が本件議決をした以上,本件訴えが失当であることは明らかである。
(原告らの主張)
ア 本件議決は,A町の町長である被告自らが議案を提出し,損害賠償金の支払いを免れようとしたものであり,以下のイないしクのとおり,無効なものである。
イ 地方自治の本旨(住民自治)違反
住民訴訟の趣旨,目的は,地方公共団体の判断と住民の判断とが相反し対立する場合に住民が自らの手により違法の防止又は是正を図ることができる点にあるのであるから,住民訴訟が提起された場合に,その審理中に地方自治法242条の2第1項4号の代位の対象となった損害賠償請求権を放棄する内容の議案を議決することは,住民訴訟の制度趣旨を没却させるものとして到底許されないと解すべきである。
ウ 非訟事件手続法76条の類推適用
一般に民法423条の債権者代位の効果として,債務者の処分権が制限されるというのが通説判例である。非訟事件手続法76条1項は,履行期前の裁判上の代位の申請が許可されたときは,「申請を許可したる裁判は職権を以て之を債務者に告知」すべきこととし,同条2項は,この告知を受けた債務者は「その権利の処分を為すことを得ず」とされている。
このように,債権者が自己の個人的利益のために行う代位権の行使の場合ですらこのような効果が認められているのであるから,公益の代表者として地方財務行政の適正化のために住民訴訟が提起されている場合にも,同様の効果が認められるべきである。
エ 地方自治法96条1項10号の趣旨
地方自治法96条1項10号は議会の議決があれば権利の放棄も可能としているが,住民の利益を害するような権利の放棄はそもそも法は予定しておらず認められないと考えるべきである。
過去の行政実例においても,権利の実現が不可能な状態であり,権利の放棄をしなければ法律関係が複雑になってしまう場合や,権利の実現の可能性がなく相当程度減額する必要がある場合など,権利放棄をする必要やむを得ない財務上の合理的理由がある場合に限られて運用されている。
オ 「利益相反の排除」違反,地方自治法138条の2違反
地方公共団体の長個人に対する損害賠償請求権を放棄する議案を当該長自身が提案することは,もっぱら自分の利益を計るための目的でなされるものであり,地方自治体の財務処理の基本原則である「利益相反の排除」(地方自治法238条の3,239条2項等)に反し,許されないというべきである。
また,これは地方公共団体の執行機関の誠実な管理執行義務を定めた地方自治法138条の2に反することも明らかである。
このように,そもそも権利放棄の議案を提出すること自体,違法で許されないものであるが,その違法性は,同議案が議会で可決されても治癒されるものではない。
カ 地方自治法237条2項違反
地方自治法237条2項は,「第238条の4第1項の規定の適用がある場合を除き,普通地方公共団体の財産は,条例又は議会の議決による場合でなければ,これを交換し,出資の目的とし,若しくは支払い手段として使用し,又は適正な対価なくしてこれを譲渡し,若しくは貸し付けてはならない。」と規定している。
同条項の禁止行為規定については,条例又は議会の議決があれば解除されるとの例外規定を定めているが,同条項が財産の管理処分について規定した趣旨が,健全な財産運営,特定の者の利益のために運営が歪められないようにするためであることにかんがみると,条例又は議会の議決も無制限ではなく,公有財産の適正な管理の立場から,必要やむを得ない場合に限り行われなければならない。
そして,この法理は,当然に議会の議決により権利の放棄を行う場合にも適用されるのであり,本件のような権利放棄の議決は必要やむを得ない場合に限り認められると解すべきである。
本件議決は,被告である町長が自らの賠償責任を免れるために提出した議案によるものであり,議決しなければならない合理的理由は全く存在しない。むしろ,町長という特定の者の利益のために町の財産を放棄し,町の財政運営を歪めることになるので,健全な財政運営を目的とした同法237条2項の趣旨に反するものであり,本件議決は同条項に反し無効というべきである。
キ 地方財政法8条違反
地方財政法8条は,「地方公共団体の財産は,常に良好の状態において管理し・・・※」と定め,誠実な管理執行義務(地方自治法138条の2)等と相まって,一定程度を超える管理状態の悪化が認められる場合には,財産の管理を違法に怠るという評価を受け,職員個人の損害賠償責任が追及されることもあり得ることを示しているが,何ら合理的な理由がないにもかかわらず,長に対する損害賠償責任を免れさせることが「良好の状態において管理」に当たらないことは明白というべきである。
ク 地方自治法204条,204条の2違反
町長個人に対する損害賠償請求権を放棄する内容の議案を町長自ら議会に提出し,議会の議決を得るということは,本来,町長個人が支出しなければならないものを町が代わりに支出したことと実質的に同視できるものである。
したがって,本件議決は,実質的には公務員に対する給付と考えることができるのであって,法律・条例に基づかない給付に当たり,法律・条例に基づかない給付を禁じた地方自治法204条,204条の2に反し,違法というべきである。
第3当裁判所の判断
本件訴えは,地方自治法242条の2第1項4号に基づき,A町の町長の職にある被告に対し,A町に代位して損害賠償の請求を行うものであり,原告らの請求が認められるためには,A町の被告に対する損害賠償請求権が存在することが必要となる。
そうすると,本件議決に基づく権利放棄によって,A町の被告に対する損害賠償請求権が消滅するならば原告らの請求は認められないことになるため,まず,本件議決によりA町の被告に対する損害賠償請求権が消滅したか否か(争点2)について検討する。
1 争点2(本件議決によりA町の被告に対する損害賠償請求権が消滅したか否か)について
(1) 証拠《証拠略》によると,本件議決については,平成14年12月20日にA町長が「権利の放棄について」と題する議案をA町議会に提案したこと,同議案においては,権利内容,放棄により利益を受ける者,権利放棄の理由及び権利放棄の時期について,下記のアないしエの記載がされていたこと,同議案は,同日に開催された平成14年第6回A町議会定例会において審議の上,原案どおり可決されたことが認められる。
ア 権利内容
A町が平成11年6月1日から平成14年3月31日までの間に,本件職員らに対し支払った給与(諸手当を含む)及び共済組合負担金,退職手当組合負担金(以下,この項及び後記ウにおいて「給与等」という。)の合計金4988万2360円について
① A町が被告,J,K,Lに対して有する利息(遅延損害金)等を含む一切の損害賠償請求権但し,Jについては,上記金4988万2360円のうち,その在任期間(平成11年6月1日から平成13年4月30日まで)に対応する金3343万4186円,Kについては,上記金4988万2360円のうち,その在任期間(平成13年5月1日から平成14年3月31日まで)に対応する金1644万8174円である。
② A町がBに対して有する利息(遅延損害金)等を含む一切の不当利得返還請求権ないし損害賠償請求権
イ 放棄により利益を受ける者
新潟県東頸城郡A町《以下略》 被告
新潟県東頸城郡A町《以下略》 J
新潟県東頸城郡A町《以下略》 K
新潟県東頸城郡A町《以下略》 L
新潟県東頸城郡A町《以下略》 B
ウ 権利放棄の理由
A町は,平成11年6月1日から平成14年3月31日までの間,Bに,職務命令でA町職員である本件職員らを派遣し,この派遣期間に,給与等として金4988万2360円を支払っている。この給与等の支出について,被告は,A町の町長の地位にあったものであり,J(平成11年6月1日から平成13年4月30日まで)及びK(平成13年5月1日から平成14年3月31日まで)は,雪のまち総合課長として,給与等専決権者の地位にあったものであり,Lは,収入役の地位にあったものである。
この給与等の支出について,A町においては,適法であるとの判断で支出したものであるが,裁判例等によれば,その適否に関する疑義は,一概には否定できないものである。現在,住民から被告に対して,この給与等の支出の一部について損害賠償を求める住民訴訟が提起されていることから,この給与等の支出の適否に関する一切の疑義を解消すべく権利放棄をするものである。
エ 放棄の時期
本議案可決成立の日
(2) 本訴は,Bに派遣した本件職員らに給与を支出したことが違法であると主張し,A町が被告に対して有する損害賠償請求権を原告らが代位行使する住民訴訟であるところ,前記(1)に認定したとおり,本件議決は,A町が平成11年6月1日から平成14年3月31日までの間に本件職員らに対して支払った給与(諸手当を含む),共済組合負担金及び退職手当組合負担金についてA町が被告に対して有する利息(遅延損害金)等を含む一切の損害賠償請求権を放棄することを内容とするものである。したがって,本訴において原告らが代位行使するA町の被告に対する損害賠償請求権も本件議決による権利放棄の対象に含まれることは明らかである。
そして,議会の議決を要する事項を定めた地方自治法96条1項10号は,「法律若しくはこれに基づく政令又は条例に特別の定めがある場合を除くほか,権利を放棄すること」を議会の議決事項として規定し,法令や条例の定めがある場合を除いて,広く一般的に地方公共団体の権利の放棄については,執行機関である地方公共団体の長ではなく,議会の議決によるべきものとしているところ,本件給与等の支出を原因とする損害賠償請求権の放棄については,法令又は条例に何ら特別の定めはないのであるから,仮に本件給与等の支出が違法であって,A町が被告に対して損害賠償請求権を取得したとしても,その損害賠償請求権は本件議決により消滅したものというほかはない。
したがって,原告らの被告に対する請求は理由がないといわざるを得ない。
(3) もっとも,原告らは,本件議決は無効であり,A町の被告に対する損害賠償請求権は消滅していないとして種々の主張をするので,以下,検討する。
ア 地方自治の本旨(住民自治)違反の主張について
原告らは,住民訴訟の趣旨,目的は,地方公共団体の判断と住民の判断とが相反し対立する場合に住民が自らの手により違法の防止又は是正を図ることができる点にあるのであるから,住民訴訟が提起されると,その審理中に地方自治法242条の2第1項4号の代位の対象となった損害賠償請求権を放棄する内容の議案を議決することは,住民訴訟の制度趣旨を没却させるものとして許されないと主張し,これは憲法の保障する地方自治の本旨,とりわけ住民自治の原則に反すると主張する。
確かに,地方自治法242条の2の住民訴訟(平成14年法律第4号による改正の前後を問わない。)は,普通地方公共団体の執行機関又は職員による同法242条1項所定の財務会計上の違法な行為又は怠る事実が究極的には当該地方公共団体の構成員である住民の利益を害するものであることから,これを防止するため,地方自治の本旨に基づく住民参政の一環として,住民に対しその予防又は是正を裁判所に請求する権能を与え,もって地方財務行政の適正な運営を確保することを目的としたものであって,執行機関又は職員の財務会計上の行為又は怠る事実の適否ないしその是正の要否について地方公共団体の判断と住民の判断とが相反し対立し,当該地方公共団体がその回復の措置を講じない場合に,住民が訴えを提起し,住民が自らの手により違法の防止又は是正を図ることができる点に住民訴訟制度の意義があるといえる。
しかし,住民訴訟制度は地方公共団体の住民に参政的意義を与え,ひいては地方自治の本旨を実現するための唯一の制度ではない。すなわち,地方公共団体の運営に住民の意思を反映する方法として,憲法は,地方公共団体には,その議事機関として議会を設置することを定め(憲法93条1項),また,地方公共団体の長,その議会の議員についてはその地方公共団体の住民がこれを直接選挙することを定める(同条2項)ことにより,これらの選挙を通じて住民の意思を地方公共団体の運営に反映しようとしていることは明らかである。そして,これらの憲法の規定を受けて地方自治法は,議会の議員及び地方公共団体の長の選挙について定め(地方自治法17条ないし19条),また,議会の組織及びその権限等並びに地方公共団体の長の地位,その権限及び議会との関係等を定める(同法第2編第6章及び第7章第2節参照)とともに,条例の制定改廃請求権,事務の監査請求権,議会の解散請求権,地方公共団体の議会の議員や長等の解職請求権といったいわゆる直接請求の制度やリコールの制度といった住民の意思を地方公共団体の運営に反映させる様々な制度を設け(同法12条,13条等),これらの規定と並んで住民訴訟の制度を定めている。
このように,住民訴訟は,住民の意思を地方公共団体の運営に反映させるための唯一の制度ではなく,これらの制度が相まって憲法の保障する地方自治の本旨とりわけ住民自治の原則が担保されているというべきである。したがって,住民訴訟制度について考察するときには,これらの制度全体との関係でとらえる必要があり,住民訴訟のみを絶対不可侵のものとみることが憲法の定める「地方自治の本旨」に合致するということはできない。
また,本件のような地方自治法242条の2第1項4号に基づく普通地方公共団体に代位して行う損害賠償請求は,その構造上,代位訴訟の形式をとっている以上,住民訴訟の原告が代位行使する権利は,現実に当該地方公共団体が有する権利である必要があり,その意味で住民訴訟には本質的な限界があるといわざるを得ない(なお,代位訴訟であること自体から権利放棄が認められないと解することができないことについては,後記イのとおりである。)。
以上のとおり,本件のように普通地方公共団体が有する損害賠償請求権を代位行使する地方自治法242条の2第1項4号に基づく住民訴訟では,その構造上,地方公共団体が損害賠償請求権を有する必要があるとされているところ,住民訴訟は,あくまでも議会を通じた住民の意思の反映その他の制度と並んで住民参政的な意義を有するものであるから,住民訴訟のみを絶対的なものと考えることはできないのであって,住民訴訟の趣旨及び目的から,住民訴訟が提起されると住民の代表で構成される議会が住民訴訟の対象となっている損害賠償請求権を放棄することができなくなるという結論が導かれるということはできない。住民の代表によって構成される議会で審議の上可決された以上,その議決は十分尊重する必要があり,すでに説示したとおり,地方公共団体の権利放棄について定めた地方自治法96条1項10号が,法律若しくはこれに基づく政令又は条例に特別の定めがある場合を除くほか,権利を放棄することを議会の議決事項としている以上,これに従ってなされた権利放棄の議決は有効というべきであり,原告らの主張は,立法論としてはともかく,現行の地方自治法の解釈としては採用することはできない。
なお,原告らは,議会が議決すれば違法無効となることはないとの理解は誤りであり,議会が議決した場合であってもその議決の内容が他の法令に違反したり地方自治の本旨や公序良俗に違反するような場合には無効となりうると主張する。たしかに,原告らの主張するとおり,本件議決が法令等に違反するものであれば,本件議決は違法でありその効力は否定されるべきものであるが,本件議決が他の法令等に違反するといえないことは,上記及び後記イないしキのとおりであるから,結局,本件議決が違法であるということはできない。
イ 非訟事件手続法76条の類推適用の主張について
原告らは,一般に民法423条の債権者代位の効果として,債務者の処分権が制限されると解されているところ,債権者が自己の個人的利益のために行う代位権の行使の場合ですらこのような効果が認められているのであるから,公益の代表者として地方財務行政の適正化のために住民訴訟が提起されている場合にも,同様の効果が認められるべきであると主張する。
民法423条の債権者代位の制度(ここでは,金銭債権を念頭におく。)は,債権者が一定の要件の下,自らの債権を保全するために債務者の債権を代位行使することを認めたものであり,債権者は,第三債務者に対して,直接自分に引き渡すことを請求することができ,さらには,債権者が債務者に対して負う受け取った金銭を返還する債務と自己の債権を相殺することが認められ,実質的には,債権回収手段として機能している。そして,このような債権者の債権回収を十全ならしめ,債権者代位を実効性あるものとするため,条文上の直接の根拠はないものの,同様の趣旨から債務者の処分権を制限した非訟事件手続法76条2項を類推適用して,債権者代位権が行使されると債務者の管理処分権が制限されるものと解される。このように,民法423条の債権者代位の制度は,一定の要件の下で,債権者の債権を保全するために債務者の管理処分権を制限するという債権者のための制度である。
これに対し,住民訴訟は,地方公共団体の機関の法規に適合しない行為の是正を求める訴訟で,選挙人たる資格その他自己の法律上の利益に関わらない資格で提起する民衆訴訟であり(行政事件訴訟法5条参照),客観訴訟である。そして,住民訴訟の効果(勝訴した場合の効力)も,住民訴訟の原告となった者への給付を命ずる判決を求めることはできず,地方公共団体への給付を命ずる判決を得られるにすぎない。
このように,住民訴訟は,債権者が自己の個人的利益のために行う債権者代位権に基づく訴訟とは性質を異にするものであるから,住民訴訟が提起されることによって当該地方公共団体の管理処分権が制限されると解する必要はなく,裁判上の代位に関する非訟事件手続法76条2項の規定を類推適用する余地もないというべきである。
したがって,原告らの主張を採用することはできない。
ウ 地方自治法96条1項10号の趣旨に反するとの主張について
原告らは,地方自治法96条1項10号は住民の利益を害するような権利の放棄を予定していないから本件議決による権利放棄の効力は認められないと考えるべきであると主張する。
原告らの主張する「住民の利益を害するような権利の放棄」が何を指すのか必ずしも判然としないが,原告らが,過去の行政実例では権利の実現が不可能な状態であり,権利の放棄をしなければ法律関係が複雑になってしまう場合や,権利の実現の可能性がなく相当程度減額する必要がある場合など権利放棄をする必要やむを得ない財務上の合理的理由がある場合に限られて運用されていると主張していることに照らすと,権利の放棄は地方公共団体の権利を喪失させるのでそれ自体住民の利益を害すると主張する趣旨と考えられる。
しかしながら,同号は,権利の放棄について「法律若しくはこれに基づく政令又は条例に特別の定めがある場合を除くほか」と規定しているにすぎず,原告らが主張するように権利の放棄を例外的な場合に限定するものではない。そもそも,地方自治法が権利の放棄を議会の議決にかからしめた趣旨は,権利を放棄することが債務者に対して一方的に無償で義務を免れさせることとなり,その判断は政策的な観点から諸事情を総合的に判断して行うものであることから,その判断を住民の代表によって構成される議会の審議・議決に委ね,もって住民の代表である議会に地方公共団体の財務の健全性を監視させるとともに地方公共団体の財産について住民の意思を反映するところにあると解される。そして,上記のとおり,同号が「法律若しくは・・・※を除くほか」とするのみでそれ以外の制限を付していないことにかんがみると,原告の主張するように本件議決が地方自治法96条1項10号の趣旨に反し無効であると解することはできない。
また,原告らが指摘する行政実例はいずれも地方自治法96条1項10号所定の「権利を放棄すること」に該当するとされたものにすぎず,原告らが主張するように,同号の権利の放棄が権利の実現が不可能な状態であり,権利の放棄をしなければ法律関係が複雑になってしまう場合や,権利の実現の可能性がなく相当程度減額する必要がある場合など権利放棄をする必要やむを得ない財務上の合理的理由がある場合に限られて運用されていることを裏付けるものと認めることはできない。のみならず,地方自治法施行令171条の7第1項が,普通地方公共団体の長は,同令171条の6の規定により「債務者が無資力又はこれに近い状態にあるため履行延期の特約又は処分をした債権について,当初の履行期限(当初の履行期限後に履行延期の特約又は処分をした場合は,最初に履行延期の特約又は処分をした日)から10年を経過した後において,なお,債務者が無資力又はこれに近い状態にあり,かつ,弁済することができる見込みがないと認められるときは,当該債権及びこれに係る損害賠償金等を免除することができる。」と規定し,権利の実現が不可能な状態にある場合には,そもそも議会の議決を経ずに債権の免除を行うことができるとされていることに照らし,原告らの主張に理由のないことは明らかである。その他,原告らが主張するように同号の権利の放棄が限定的に運用されているとの証拠はなく,原告らの主張を採用することはできない。
エ 「利益相反の排除」違反の主張及び地方自治法138条の2違反の主張について
原告らは,地方公共団体の長個人に対する損害賠償請求権を放棄する議案を当該長自身が提案することは,もっぱら自分の利益を計るための目的でなされるものであり,地方自治体の財務処理の基本原則である「利益相反の排除」(地方自治法238条の3,239条2項等)に反し,許されないというべきであると主張し,また,これは地方公共団体の執行機関の誠実な管理執行義務を定めた地方自治法138条の2に反することも明らかであると主張する。
しかしながら,地方自治法上,原告らが指摘するような①公有財産に関する事務に従事する職員がその取扱いに係る公有財産を譲り受け,又は自己の所有物とすることができない旨の規定(地方自治法238条の3),②物品に関する事務に従事する職員は,その取扱いに係る物品を普通地方公共団体から譲り受けることができない旨の規定(同法239条2項)が存在し,また,その他にも,③議会の議決に関して議長及び議員が除斥される場合を定めた規定(議長及び議員は,自己若しくは父母,祖父母,配偶者,子,孫若しくは兄弟姉妹の一身上に関する事件又は自己若しくはこれらの者の従事する業務に直接の利害関係のある事件については,その議事に参与することができないとされている。同法117条)が存在するものの,地方公共団体の長が自己に関わる議案を提出することを禁じる旨の規定は存在しない。
また,実質的にも,一般的に利益相反が禁止されるのは,意思決定を行う者が利害を有すると公正適切な判断を行うことができないのが通常であるから,そのような地位にある者を排除しようというところにその趣旨・目的があるところ,本件のように,町長は議案を提出するにすぎず,意思決定自体は議会での審議及び決議を経るのであるから,そのようなおそれはないというべきである。
このように,地方自治法が,地方公共団体の職員や議員について,利益が相反すると定型的に判断される事項についての禁止規定を個別に定めているが,長が自己に関わる議案を提出することを禁じる旨の規定はないこと,実質的にも長に議案提出権を認めたとしても地方公共団体の公正適切な事務処理を損なうとはいい難いことにかんがみると,本件のような長の議案の提出行為が違法で,それに基づく議決も違法であると解することはできない。
したがって,原告らの主張を採用することはできない。
また,上記のとおり,地方公共団体の長が自己に関わる議案を提出することは禁じられていないのであるから,そのことをもって長の誠実執行義務(地方自治法138条の2)の違反があるということもできないことは明らかである。
オ 地方自治法237条2項違反の主張について
原告らは,地方自治法237条2項の趣旨からすると,同条の「条例又は議会の議決」も無制限ではなく,公有財産の適正な管理の立場から,必要やむを得ない場合に限り行われなければならないところ,この法理は,当然に議会の議決により権利の放棄を行う場合にも適用されるのであり,本件議決も必要やむを得ない場合に限り認められるべきであると主張する。そして,本件議決は,被告である町長が自らの賠償責任を免れるために提出した議案によるものであり,議決しなければならない合理的理由は全く存在せず,町長という特定の者の利益のために町の財産を放棄し,町の財政運営を歪めることになるので,健全な財政運営を目的とした同法237条2項の趣旨に反し無効というべきであると主張する。
地方自治法237条2項は,「第238条の4第1項の規定がある場合を除き,普通地方公共団体の財産は,条例又は議会の議決による場合でなければ,これを交換し,出資の目的とし,若しくは支払手段として使用し,又は適正な対価なくしてこれを譲渡し,若しくは貸し付けてはならない。」と定めているが,これは,「条例で定める場合を除くほか,財産を交換し,出資の目的とし,若しくは支払手段として使用し,又は適正な対価なくしてこれを譲渡し,若しくは貸し付けること」を議会の議決事項とした同法96条1項6号と相まって地方公共団体の財産の処分について条例又は議会の議決を要件とするものである。
地方自治法237条2項は,その規定上,「権利の放棄」を掲げていないこと,上記のとおり,同項を受けて同法96条1項6号が議会の議決事項を規定しているところ,権利の放棄については,同項10号で別途規定されていることに照らすと,同法237条2項は権利の放棄について規定したものではないことは明らかである。
もっとも,同項の財産の処分と同法96条1項10号の権利の放棄が共に議会の議決を要件とした趣旨には共通するものがあると考えられるが,すでに前記ウで説示したとおり,本件議決が地方自治法96条1項10号の趣旨に反するということはできないから,同条が議会の議決を要件とした趣旨に反するということはできず,いずれにしても原告らの主張を採用することはできない。
カ 地方財政法8条違反の主張について
原告らは,本件のように,何ら合理的な理由がないにもかかわらず,長に対する損害賠償責任を免れさせることが「良好の状態において管理」に当たらないことは明白であるから,本件議決は地方財政法8条に違反して無効であると主張する。
しかし,地方財政法8条は,地方公共団体の財産の管理及び運用について定めるものであり,本件のような権利の放棄,すなわち,財産の処分について規定したものではないことはその文言上明らかであるから,原告らの主張はその前提を欠き,失当である。
仮に,同条の財産の管理及び運用に財産の処分が含まれると解する余地があるとしても,本件議決は,権利の放棄について定めた地方自治法96条1項10号に基づいて行われているものである。そして,地方財政法8条は,このような地方自治法の規定を前提としているものと解されるところ,前記ウのとおり,本件議決は同号に反するものではなく,したがって,地方財政法8条に反するということもできない。
キ 地方自治法204条,204条の2違反の主張について
原告らは,町長個人に対する損害賠償請求権を放棄する内容の議案を町長自ら議会に提出し,議会の議決を得るということは,本来,町長個人が支出しなければならないものを町が代わりに支出したことと実質的に同視できるものであるから,このような議会の議決は,実質的には公務員に対する給付と考えることができるのであって,法律・条例に基づかない給付に当たり,法律・条例に基づかない給付を禁じた地方自治法204条,204条の2に反し,違法というべきであると主張する。
しかしながら,本件議決はあくまでも被告に対する権利を放棄するものであって,地方公共団体の長に対する給与その他の支給に該当しないことは明らかであるから,原告らの主張はその前提を欠き,採用することはできない。
すなわち,本件では権利を放棄しただけで何らの支給行為もないから,地方自治法204条及び204条の2が適用される余地はないし,権利の放棄についても議会の同意という厳格な手続が定められている以上,原告ら主張のように解すべき理由はない。また,地方自治法243条の2第8項は同条1項に規定する職員の賠償責任を免除することができる旨を規定していることからすると,地方自治法が職員に対し給付をすることと職員に対し債務を免除することとを峻別していることは明らかであり(なお,上記損害賠償請求権は,地方自治法243条の2第1項所定の要件を満たす事実があればこれによって実体法上直ちに発生するものと解すべきであり,同条3項に規定する長の賠償命令によってその請求権が発生すると解すべきではない(最高裁昭和61年2月27日第一小法廷判決・民集40巻1号88頁参照)から,同条8項の債務の免除は地方公共団体が実体法上の請求権を放棄することと同じことである。),原告らの主張に理由のないことは明らかである。
ク 以上のとおり,原告らの主張はいずれも採用することができない。
2 以上のとおり,原告らが本訴で請求するA町の被告に対する損害賠償請求権が発生していたとしても本件議決により消滅していることは明らかであるから,その余の点について判断するまでもなく原告らの請求は理由がない。
第4結論
以上のとおり,原告らの請求は理由がないからこれを棄却し,訴訟費用の負担について行政事件訴訟法7条,民事訴訟法61条,65条1項本文を適用して,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 犬飼眞二 裁判官 外山勝浩 裁判官 加藤聡)
<編注:『※』部分は原文のとおり。>