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新潟地方裁判所 平成14年(わ)193号 判決 2003年1月23日

主文

被告人Aを懲役8月に,被告人Bを懲役10月にそれぞれ処する。

この裁判確定の日から,被告人両名に対し,それぞれ3年間その刑の執行を猶予する。

訴訟費用は被告人両名の連帯負担とする。

理由

(罪となるべき事実)

被告人Aは,新潟県加茂市aに本店を置く土木工事請負業等を営むC株式会社の土木部長をしていたもの,被告人Bは,同社の土木部次長をしていたものであるが,

第1  被告人Bは,

平成12年9月初旬ころ,新潟県三条市b所在の建設省北陸地方建設局D事務所E出張所玄関付近において,上記C株式会社が上記D事務所長から請負った国道c号d橋梁下部工事等に関し,主任監督員として,同工事等を受注した業者に対する監督等の職務に従事していた上記D事務所E出張所長である分離前の相被告人Fに対し,同社が同人から有利かつ便宜な取り計らいを受けたことに対する謝礼及び将来も同様の取り計らいを受けたい趣旨のもとに,ノート型パソコン1台(時価約28万円相当)を供与し,

第2  被告人両名は,共謀の上,

1  平成13年8月下旬ころ,上記第1所在の国土交通省北陸地方整備局D事務所E出張所玄関付近において,上記職務に従事していたFに対し,前同様の趣旨のもとに,ノート型パソコン1台,マウス1個,フロッピーディスクドライブ1台及びメモリモジュール1個(時価合計約22万8900円相当)を供与し,

2  同年9月下旬ころ,上記第2の1記載のE出張所内において,上記職務に従事していたFに対し,前同様の趣旨のもとに,DVDーROMドライブ1台,ハードディスクドライブ1台,i・LINKケーブル1本及びキャリングポーチ1個(時価合計約12万5550円相当)を供与し,

もって,前記Fの前記職務に関してそれぞれ賄賂を供与した

ものである。

(証拠の標目)

(事実認定の補足説明)

1  被告人両名は,公判段階に至り,本件公訴事実のうち,分離前の相被告人Fが主任監督員として有する職務権限及び被告人らが勤務するC株式会社(以下,「C」という。)が国道c号d橋梁下部工事等を受注したこと,被告人らが,それぞれC土木部長及び同次長として,Fが主任監督員をする上記工事等に従事していたこと,被告人らは,判示の日時,場所において,Fに対し,ノートパソコン等を供与したことを認めるものの,同パソコン等は,その工事を監督する立場にあったFから,恐喝されて交付したものであるなどと弁解し,それらが賄賂であることを争い,弁護人も被告人らの上記弁解供述に基づいて被告人らがFに供与したパソコン等は賄賂ではないと主張する。

2  そこで検討すると,本件では,被告人らが,自社であるCが受注した上記工事等に従事し,その工事の主任監督員として,その工事の工程の管理,工事実施状況等の検査及びその工事が完成した際には工事成績の評定等を行う職務権限を有するFに対し,受注業者の社員として逆らえない弱い立場にあることは認められるものの,さらに進んで,被告人らがFに対し判示のパソコン等を供与するにあたり,上記の立場にあるFから脅迫されるなど恐喝されたことが窺える言動を申し向けられたことは全くなく,ましてやFには同パソコン等を恐喝する犯意がなく,被告人らが畏怖した結果同パソコン等をFに交付したことがないこと,被告人両名は,Fとは上記職務上の交際があるほかは,その職務を離れて私的な交際が全くないこと,被告人Bは,Fから要求されたパソコン等をCの取引先の同社に建設資材等をリースしている業者(以下,「リース業者」という。)に依頼して入手し,その代金についても同社にリースされた重機等のリース料に上乗せさせるなどしてその会計処理が行われたことが認められ,これらの事実に照らすと,本件で被告人らがFに供与した上記のパソコン等は,Fの職務に関して供与された賄賂であることが推認されるところである。

以下,関係証拠に基づいて本件各犯行でパソコン等がFに供与された前後ころのCの建設省北陸地方建設局(平成13年1月6日からは国土交通省北陸地方整備局)D事務所長(以下,「D事務所長」という。)からの工事の受注状況及び本件パソコン等が供与された趣旨等について検討し,被告人らを有罪と認定した理由を補足説明する。

3  判示第1の犯行について

(1)  被告人らが勤務するCは,平成12年3月9日,D事務所長からc号d橋梁下部工事(以下,「橋梁工事」という。)を2億8455万円で受注し,被告人Bが同工事の現場代理人兼監理技術者になり,Fが同工事の主任監督員に任命され,被告人Bは同工事の施工についてFの監督を受けることになった。

(2)  Fは,同工事等に関し,その工事の主任監督員として,上記2記載の職務権限を有するほか,その工事の内容の変更及び増工(追加工事)が必要な場合にはその措置を必要とする理由等を上司であるD事務所長に報告すべき立場にあり,その場合には現場の状況に通じた主任監督員の意見が重んじられ,予算等に支障がない限りその意見に従って同事務所長から工事内容の変更指示等が行われていた。

(3)  被告人Bは,同年7月下旬ころ,上記橋梁工事で出る土砂の処分方法をFに相談したところ,その土砂で仮設道路を作ることになり,同社では,同年8月ころ,D事務所長から,橋梁工事の増工としてe仮設道路延伸工事,f仮設道路伐木,落石防護網設置工事を受注した。さらに,Cでは,同年暮れころまでの間に橋梁工事についても変更指示の工事を行うことになり,その工事の入札に際して被告人Bは,その変更金額又は工事原価をFから100万円単位で教えて貰い,同工事の予定金額に極めて近い金額で落札して受注することができ,結局同社では橋梁工事に関連して新たに合計1億円近くの工事を受注することができた。

(4)  そして,被告人Bは,同年8月上旬ころ,Fから「中古でいいから,このパソコンを探してくれ。」などと言われて,カタログ等を示されるなどしてノートパソコン1台を要求されたが,当初は職務上交際があるのに過ぎない公務員のFからそのような要求をされ,その要求に応じるべきかどうか悩んだものの,上記のように自己が現場代理人をする上記工事の主任監督員であるFからの要求であるので,その要求に応じることにした。そこで,被告人Bは,上記のリース業者にそのパソコンの入手を依頼して入手したパソコン1台を判示第1の犯行の日時,場所において,Fに供与した。

(5)  ところで,被告人Bは,上記のようにFにパソコンを供与した趣旨については,捜査段階で検察官に対し,Fの働きかけがあり橋梁工事に関連して上記の増工を貰うことができたことに対する感謝の気持ちから供与した賄賂である旨判示第1の認定に沿う供述をしているところ,その供述は,上記3(3)で認定した橋梁工事に絡んでFから好意ある取り計らいを受けた客観的な情況に良く符合していること,また,被告人Bが,同工事の現場代理人としての職責上,その工事の主任監督員であるFと良好な関係を保持し,その工事を円滑に実施し,自社のために少しでも多くの利益を確保すべき立場にあることなどから見ても,極めて自然な供述内容というべきであり,不自然,不合理な点がないこと,さらに証人Fの当公判廷における供述(以下,「F供述」という。)とも良く符合していることなどに照らすと,その信用性は極めて高いことが認められる。

4  判示第2の各犯行について

(1)  Cでは平成13年になり,上記の橋梁工事を続行するほか,同年3月5日,D事務所長から,新たにg土石流対策ダム工事(以下「gダム工事」という。)を1億5277万5000円で受注し,同社のG(以下,「G」という。)が同工事の現場代理人兼監理技術者となり,同工事を施工することになったが,その工事についてもFが主任監督員に任命された。

(2)  そして,被告人Bは,gダム工事に本格的に取りかかる前の同年5月初旬ころ,その工事現場に通じる工事用道路の一部が雪崩で崩落していることが分かり,急きょその復旧工事が行われることになった際,その工事をCで受注できるようにFに働きかけたが,結局のところ,同工事は,H株式会社がD事務所長から受注することになった。しかし,被告人Bは,その際,Fに同社の現場代理人に同工事をCに下請けさせるように働きかけてもらう一方,被告人B自身も上記現場代理人に対し,その工事をCに下請けさせることを依頼した結果,同社において上記工事をH株式会社から下請けすることができた。

(3)  そうこうするうち,gダム工事の現場代理人であるGは,健康を害し,同工事の現場代理人として同工事の現場事務所に常駐すべきところ,同年7月ころから数日間続けて欠勤したり,出勤してもその現場からいなくなるという事態が生じ,同年7月25日に開催されたCの土木部定例会でもこのことが問題となり,そうした事態が同工事の施工上の問題に発展することを危惧したCでは,急きょ同社土木部長の被告人Aを現場事務所に常駐させてG不在の穴埋めをすることになった。そのため,被告人A及び同Bの両名は,その後急きょE出張所にFを訪ねて,Gが病気で現場に常駐できないことなどを詫びるとともに,同人に代わって被告人Aが現場事務所に常駐することなどを話し,しばらく上記事態の推移を見守ることなどを依頼してその旨Fの了承を得た。

(4)  さらに,Fは,同年8月中旬ころ,橋梁工事現場の視察に訪れたD事務所の工務課長などから,その工事現場のコンクリート橋脚にクラック(ひび割れ)があることを指摘され,その旨連絡を受けたため,急きょ被告人Bを呼びつけ,橋脚にクラックがあることなどを指摘し,その対応策などを指示したほか,同年9月13日に行われた同工事の完成検査の際にはその検査官に対し,上記のクラックの件はその対応策等を検討中なので,上記検査で問題にしないよう口添えをした。

(5)  上記のような工事を巡る状況のもと,被告人Bは,同年5月下旬ころ,Fから新たにソニー製のノートパソコンとその付属品等を要求された。そのため,被告人Bは,Gに代わり現場事務所に常駐することになった上司に当たる被告人AにFからまたパソコン等を要求されていること,以前にもFからパソコンを要求され,その際にはリース業者に依頼してそのパソコンを入手してFに供与したことなどを話し,Fから2台目のパソコン等を要求されていることの対応策を相談したところ,被告人AもFにそのパソコン等を供与することを了承したため,上記リース業者にそのパソコン等を入手し,その代金を前同様に会計処理することなどを依頼し,その後そのリース業者から入手したパソコン等を判示第2の犯行の日時,場所においてFに供与した。

(6)  そして,被告人両名は,上記のようにFに対し,ソニー製のパソコン等を供与した趣旨については,捜査段階で検察官に対し,いずれも橋梁工事等に関連して供与した賄賂である旨判示第2の認定の趣旨に沿う供述をしているところ,その供述は,被告人らが上記の4(2)ないし(4)の工事等に関しFから好意ある取り計らいを受けた客観的な情況に良く符合しているばかりか,また,被告人Bについては前同様の理由により,被告人Aについても,自社であるCが受注した橋梁工事等に従事する同社の幹部社員としての職責上,その工事の主任監督員であるFと良好な関係を保持し,その工事を円滑に実施し,自社のために少しでも多くの利益を確保すべき立場にあることなどから見ても,極めて自然な供述内容というべきであり,不自然,不合理な点がないこと,さらにF供述とも符合していることなどに照らすと,その信用性が極めて高いことが認められる。

5  これに対し,弁護人は,①被告人両名の検察官に対する供述及びF供述はいずれも信用できないこと,②橋梁工事の増工等は,その橋梁工事等を受注したCが受注することが通例となっていること,③変更工事契約で入札する際の工事原価又は変更金額はCで正確に積算できるので,Fから教示を受ける必要がないこと,④gダム工事の現場代理人であるGは欠勤しておらず,同工事施工上問題がないことなどをるる述べ,被告人らは,受注した上記工事等に関し,Fから便宜を受けたことがないなどと主張し,被告人両名も公判段階において,その主張に沿う供述をしている。

しかし,①の被告人両名の検察官に対する供述の信用性が高いことは上記説示のとおりであり,従って,その供述に符合するF供述の信用性も高いものと認められる。また,②の橋梁工事の増工等をするか否かについては,その工事の主任監督員であるFに影響力があり,その意向が強く反映したことは上記3(2)の事実等に照らして紛れもない事実であり,被告人Bらも増工等の有無及びその内容等について主任監督員として現場に通じたFが強い影響力を保持していることを理解していたからこそ,前記3(3)のように橋梁工事で出る土砂の処分方法を同人に相談していること,さらに,③の変更工事契約の金額等の積算については,Cでもその積算が可能であるにしても,Fから変更金額又は工事原価の教示を受けて,発注者側の内部情報を元にして入札した方がより工事予定金額に近い金額で落札でき,同社としてもより多額の利益を入手できること,さらにまた,④のG現場代理人の問題については,Gは,平成13年8月ころ,gダム工事の現場代理人としての職務に復帰したものの,Cでは,同年9月17日付けで同工事の現場代理人を被告人Bに変更していることが認められ,これらの事実等に照らすと,弁護人の上記主張及びその主張に沿う被告人らの上記供述は,不自然なところが多く,到底そのまま信用することはできない。

6  以上検討したところによると,関係証拠,とりわけ,F供述及び被告人両名の検察官に対する各供述調書等の関係証拠を総合すると,本件は被告人らがFに供与したパソコン等が賄賂であることを含め,その証明は十分であり,被告人らが無罪であるとの弁護人の主張は採用できない。

(法令の適用)

被告人両名の判示各所為はいずれも刑法198条(197条1項前段,判示第2の各所為については更に同法60条)に該当するところ,所定刑中いずれも懲役刑を選択し,以上は同法45条前段の併合罪であるから,同法47条本文,10条により,被告人Aについては犯情の重い判示第2の1の罪の刑に,被告人Bについては犯情の最も重い判示第1の罪の刑にそれぞれ法定の加重をした刑期の範囲内で,被告人Aを懲役8月に,被告人Bを懲役10月にそれぞれ処し,情状により同法25条1項を適用して,この裁判確定の日から,被告人両名に対し,それぞれ3年間その刑の執行を猶予することとし,訴訟費用は,刑事訴訟法181条1項本文,182条により被告人両名に連帯して負担させることとする。

(量刑の理由)

本件は,土木工事請負業を営むCのそれぞれ土木部長及び同次長をしていた被告人両名が,同社が当時の建設省(現在の国土交通省)D事務所長から請負った国道の橋梁工事等に関し,その業者に対する監督等の職務に従事していた分離前の相被告人Fに対し,同人から上記工事等に関し有利かつ便宜な取り計らいを受けたことに対する謝礼及び将来も同様の取り計らいを受けたい趣旨のもとに,ノートパソコン等を供与した贈賄事案である。

被告人らは,上記Fから要求されたためとはいえ,自社が受注した公共工事に関し,同人から好意ある取り計らいを受けたことを認識し,それに対する謝礼と将来も同様の取り計らいを受けたいとの趣旨で自社の利益のため,安易に同人の要求に応じたものであって,その動機等は利欲的であり,酌量の余地が乏しい。被告人らは,受注した工事に関連した増工等の受注等に関し,上記Fから好意ある取り計らいを受け,自社の利益を図っており,犯情は芳しくない。さらに被告人らがFに供与した賄賂は,被告人Bがノートパソコン等9点で,その時価合計が約63万4450円,被告人Aがノートパソコン等8点で,その時価合計が約35万4450円と決して軽視してよい金額ではないこと,被告人らは,公判段階において,いずれも供与したパソコン等が賄賂ではないなどと不自然な弁解をしており,反省に欠けることなどを考慮すると,その刑事責任を軽く見ることはできない。

そこで,被告人両名は,Fから要求されたことをきっかけにして業者として弱い立場から,パソコン等を供与したものであり,自ら積極的に賄賂を供与したものではないこと,被告人両名ともこれまで前科前歴はなく,今回初めて公判請求された上,本件が新聞等で報道されて,一度は勤務先会社を懲戒解雇される等の厳しい社会的制裁を受けていることなど被告人両名のために斟酌すべき情状をも併せ考慮し,それぞれ主文掲記の刑に処し,今回に限りその刑の執行を猶予することにした。

よって,主文のとおり判決する。

(裁判官 榊五十雄)

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