新潟地方裁判所 平成14年(ワ)24号 判決 2002年8月29日
主文
1 原告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1請求
1 原告が,被告に対し,労働契約上の権利を有する地位にあることを確認する。
2 被告は,原告に対し,平成14年5月から本判決確定の日まで毎月5日限り月額金22万円の割合による金員を支払え。
3 被告は,原告に対し,金145万円及びこれに対する平成14年1月24日(訴状送達日の翌日)から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2事案の概要
1 事案の要旨と争点
原告と被告間には,「Aセンター等案内業務委託契約書」と題する平成10年4月1日付けの契約書により原告を受託者とする委託期間1年間(自動更新特約あり)の契約が締結されているが,被告は,平成13年12月4日,原告に対し,平成14年3月31日で同契約を終了することを通知し,同日以後の原告の就業を拒絶した。
したがって,原,被告間の上記契約(以下「本件契約」という。)が労働契約か,業務委託契約か(被告から原告に対して平成13年12月4日の通知は,解雇か,契約終了の通告か。)が本件の主たる争点である。
2 原告の主張
本件契約は,その稼働実態に重点を置いて判断すれば,月給22万円の労働契約であり,また実質期間の定めのない契約に転化しており,解雇の法理が適用され,仮に期間の定めのある契約であるとしても解雇の法理が類推適用されるべきであり,原告には何ら合理的な解雇事由はない。
すなわち,①原告は被告のAセンター事業に不可欠な労働力として事業組織に組み入れられ,管理監督されていること,②原,被告の間では原告の出退勤時間が明確に定められ,就業場所もAセンター内に限定され,また出勤すべき日数も年210日と定められ,出欠を原告が提出する報告書で被告が管理していたこと,③本件契約上,原告の本来の職務は案内業務のみであるが,実際には被告の命令・依頼により案内業務以外の雑務に原告は従事させられていたこと,④被告は,原告に対して種々の指揮命令を行い,原告は退勤時に報告書を提出してその日の業務について報告をし,被告は原告の裁量の余地がない程の指示をしていること,⑤人材派遣会社からAセンターに派遣されているBは,労働者としての扱いを受けており,このことは,Bとほぼ同様の条件で業務を行っている原告の労働者性を裏付けていること,⑥原告がCに雇用されてAセンターで現在と同様の業務をしていた当時の契約形態は,労働契約であったこと,⑦原告はこれまでその業務を他の者に代替させたことはなく,業務の代替性がなかったこと,⑧被告は原告に対し,被告のロゴマーク入りのブレザー,専用のロッカーや事務机を貸与し,D名の名刺を与えられ,原告は業務に必要な備品を持ち込んでいないこと,⑨原告が被告に雇用される際,その労働条件は被告が提示し,原告はほぼそのまま飲まざるを得なかったこと,以上から本件契約は労働契約であることが明らかである。
したがって,原告は,被告に対し,①原告が被告の従業員であることの確認,②解雇通告による慰謝料100万円と弁護士費用45万円の合計145万円と遅延損害金の支払,及び,③平成14年5月以降毎月5日限り毎月平均賃金22万円の支払を求める。
3 被告の主張
本件契約は業務委託契約であって,被告が原告を雇用した事実はなく,また原告が被告の指揮命令に服するようなこともなく,被告から原告に対して平成13年12月4日の平成14年3月31日で契約を終了する旨の通知は,本件契約終了の通告にすぎない。
4 争いのない事実
(1) 被告は,新潟県から委託されて,Aセンターの運営・管理等を業務内容に含む株式会社である。被告の役員中には,新潟県商工労働部長がいる。
なお,Aセンターは,港を利用する者の憩いと情報提供のために近辺の地理・観光の情報提供を行うことを目的に設立された施設であるが,利用者の便宜のために休憩施設,食堂,会議室等の設備を備え,はがき・切手の販売も行っている(開館時間は午前9時)。
(2) 被告は,原告に対し,平成10年4月1日以降,Aセンター等での案内業務を委託する旨の本件契約を締結した(本件契約に基づく原告の業務を以下「本件業務」という。)。被告は,原告から身上書を徴求している。
原告は,本件業務として案内業務の外,切手・ハガキの販売,電球等消耗品の交換,トイレ等の掃除業者の監督,客用図書の管理,アンケートの配付及び回収,水道・電気使用量の確認と被告への報告,月別目的別来館者の統計等の業務もしていた(原告と同様の契約を被告と締結したEも同様の業務であるが,同人は庭木の剪定をすることもあった。)。
(3) 原告及びEは,被告から,被告のロゴマーク入りのブレザーを貸与され,専用のロッカーや事務机を貸与されてこれを使用しており(事務机は,交替勤務のためEと共用),原告は,「にいがたAセンター 原告」という名刺を作ってもらっていた。また,原告は,本件業務をするに際して,原告自らの器具等を持込んでいない。
業務従事時間は,午前8時30分から午後5時30分とされていた(被告の定めたAセンター等案内業務要領〔甲4,以下「本件業務要領」という。〕には,業務従事時間としてその旨の記載がある。)。
本件契約は,1年の契約期間が設定されていた。ただし,期間満了1か月前までに当事者の一方又は双方から変更又は異議の申し入れのない場合には本件契約は1か年間自動的に更新される旨の特約があった。
また,Aセンターには,原告のほか,原告と同時に契約したEと人材派遣会社から派遣されているBの3名が就業していた(この3名を以下「原告ら」ということもある。)。Bの勤務時間は,朝の8時45分から夕方5時30分までとされている。
(4) 原告は,本件業務日誌(案内業務日誌,甲5)を作成し被告に報告(ファックス)していた。
原告は,年間210日(基準日数),本件業務に従事し,有給休暇はなかった(他方,Bは土日が休みであった。)。
原告の月額22万円の報酬は,翌月5日に銀行振込で支払われ,源泉徴収はなく,給与明細もなかった。なお,上記基準日数に過不足があった場合は,1日1万3000円の割合で委託期間の最終月分で調整することになっていた。
原告には,雇用保険・健康保険・厚生年金等社会保険が適用されていない。
(5) 原告とEは,打ち合せて勤務表を作り,被告に提出報告し,これに従って出勤していた。原告が急に都合が悪くなった場合は,Eと打ち合せて勤務日を交替するなどしたが,その旨の報告を担当課長にし,Eとの日程調整ができない場合は,担当課長と相談し,Bに1人で勤務してもらうなどしていた。
(6) 平成14年2月までは,原告らがAセンターの鍵を持っており,出勤時にはそれぞれが直接Aセンターに出勤して鍵を開けていた。しかし,同年3月1日からは,原告は,朝8時ころまでに被告の守衛室に赴き,鍵を受取るようになった。その際,守衛室にある帳簿に誰が鍵を受け取ったかや受け取った時刻を記載することになっていた。
(7) 被告は,原告に対し,平成13年5月ないし6月ころ,中国語のできる人物に本件業務を委託したいとの理由で本件契約を合意解約することを打診したが,原告は,これを拒絶した。
(8) 被告は,平成13年12月4日,原告に対し,「業務委託契約の契約終了について(通知)」と題する書面を交付し,平成14年3月31日で本件契約を終了することを通知し,同日以後の原告の就業を拒絶している。
(9) 被告において職員が交替する場合,原告やEを含めて飲み会を行うのが慣例となっている。
第3証拠
本件記録中の書証目録及び証人等目録各記載のとおりであるから,これを引用する。
第4争点に対する判断
1 争いのない事実と証拠(略)並びに弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。
(1) Aセンターは,港を利用する者の憩いと情報提供のために近辺の地理・観光の情報提供を行うことを目的に新潟県が平成6年に設立した施設であり,利用者の便宜のために休憩施設,食堂,会議室等の設備を備え,はがき・切手の販売も行っている(開館時間は午前9時)。
被告は,平成8年5月に設立された株式会社であるが,平成10年ころ,新潟県からAセンターの運営・管理等を委託された。
(2) 原告(昭和8年12月生)は,小学校教員を定年で辞めた後,Aセンター設立時の平成6年にCに雇用され,同年4月からAセンターで本件業務と同様の業務に従事していた。
新潟県からAセンターの運営・管理等を委託された被告は,原告(当時満64歳)との間で,平成10年4月1日付けで,業務委託契約書(甲3)を取り交わして本件契約を締結し,被告は,原告に対し,同日以降,Aセンター等での案内業務(Aセンターを訪れる,船員等の外国人や日本人に対する説明・案内等)を委託した(業務の詳細等は,被告の定めた別紙の本件業務要領〔甲4〕記載のとおりである。)。被告担当者は,委託主である新潟県からの連絡事項等を原告らに伝えるためやAセンターにテナントとして入居している食堂と折衝等するため,さらに原告らから修繕等の報告を受けた際に当該箇所を確認し修理業者と打ち合わせる等のためにAセンターを訪れることがあったが,恒常的にAセンターを訪れたり,訪問した際に原告らに指示をすることはなかった。もっとも,被告は,原告らに対し,仕事はAセンター内のフロアーではなくカウンターの中ですることや来館者に対する避難訓練の実施について原告ら3名の訓練が必要なため後記の原告とEが決めた勤務表を変更するように指示をしたことがあった。
なお,被告は,本件契約締結後の平成11年1月,原告から一般の履歴書とほぼ同内容の身上書を徴求した。
E(昭和9年1月生,当時満64歳)は,平成10年4月1日付けで原告と共に業務委託契約書(甲3)を被告と取り交わし,被告から原告と同様の業務を委託された。
(3) 本件契約には,原告とEは連帯して本件業務要領及び本契約に基づき誠実に案内業務をしなければならないと規定され(第1条),被告の定めた本件業務要領によれば,Aセンター案内業務について,同要領の外に「にいがたAセンター条例」(乙4)及び「にいがたAセンター規則」によると規定されており,上記条例によれば,Aセンターの事業は,①新潟港及びその周辺地域の地理,観光等に関する情報の提供等に関すること,②研修,会議等のための施設の提供に関すること,③ その他Aセンターの設置の目的を達成するために必要な事業と規定されている。
原告及びEは,本件業務要領等に基づき,本件業務として上記案内業務の外,切手・ハガキの販売,電球等消耗品の交換,トイレ等の掃除業者の監督,客用図書の管理,アンケートの配付及び回収,水道・電気使用量の確認と被告への報告,月別目的別来館者の統計等の業務もしていた(Eは,このほかに庭木の剪定をすることもあった。)。
(4) 原告及びEは,被告から,被告のロゴマーク入りのブレザーを貸与され,専用のロッカーや事務机を貸与されてこれを使用しており(事務机は,交替勤務のためEと共用),原告は,「にいがたAセンター 原告」という名刺を被告から交付された。
原告が本件業務を遂行するために必要な什器・備品は,被告に連絡するための電話,業務日誌を作成し送付するための事務机,パソコン,コピー機,ファクス及び業務日誌に捺印するための印鑑であるが,印鑑以外はすべて被告が用意し,原告は,本件業務をするに際して,印鑑以外の原告自らの器具等を持込んでいない。
原告及びEの業務従事時間は,午前8時30分から午後5時30分とされていた(被告の定めたAセンター等案内業務要領〔甲4〕には,業務従事時間としてその旨の記載がある。)。
本件契約は,1年の契約期間(平成10年4月1日から平成11年3月31日)が設定されていた。ただし,期間満了1か月前までに当事者の一方又は双方から変更又は異議の申し入れのない場合には本件契約は1か年間自動的に更新される旨の特約があり,この特約に基づき平成11年4月,平成12年4月及び平成13年4月に本件契約はそれぞれ更新された(新たな契約書は作成されていない。)。上記の各更新の後,原,被告は,更新の挨拶をしていた。
また,Aセンターには,平成6年の設立以来,原告とEの外に人材派遣会社から派遣されているBの3名が就業していた。Bの勤務時間は,朝の8時45分から夕方5時30分までとされている。
原告及びEは,年間210日(基準日数),本件業務に従事し,有給休暇はなかった(他方,Bは土日が休みであった。)。
原告及びEの報酬(本件契約書上は「委託料」)は,それぞれ月額22万円であり,これ以外に通勤手当等の諸手当やボーナスはなく,被告は,原告に対し,この報酬(当月分)を翌月5日に銀行振込で支払い,所得税等の源泉徴収はなく,給与明細もなかった。なお,上記基準日数に過不足があった場合は,1日1万3000円の割合で委託期間の最終月分で調整することになっており,実際,平成11年度は3日分及び平成12年度は5日分の報酬が加算された。
原告及びEには,雇用保険・健康保険・厚生年金等社会保険が適用されていない。原告は,上記報酬(平成10年分176万円,平成11年分267万9000円,平成12年分270万5000円,平成13年分264万円)の所得税について毎年自身で確定申告をしていた。
平成14年2月までは,原告らがAセンターの鍵を持っており,出勤時にはそれぞれが直接Aセンターに出勤して鍵を開けていた。しかし,同年3月1日からは,原告は,朝8時ころまでに被告の守衛室に赴き,鍵を受取り,退館時にも被告の守衛室に鍵を返すようになった。その際,守衛室にある帳簿(管理簿)に誰が鍵を受け取ったか返還したかやその時刻を記載することになった。この管理簿は,トラブルなどが発生した場合に対応するためのものであり,原告らの出退勤時間を把握するものではない。
(5) 原告らは,別紙のような書式で本件業務日誌(案内業務日誌,甲5)を作成し,被告に毎日報告(ファックス)していた。また,前記のとおり被告の依頼により月別の利用目的別実績を書面(甲7)で報告していた。
(6) 原告とEは,両者で打ち合せて勤務表を作り,被告に提出報告し,これに従って出勤していたが,被告がこの勤務表について許可や承諾することはなく,異議を述べたこともなかった(もっとも,前記のとおり,避難訓練の実施が必要なため勤務表を変更して原告らに出勤してもらったことがあった。)。原告が急に都合が悪くなった場合は,Eと打ち合せて勤務日を交替するなどしたが,その旨の報告を担当課長にし,Eとの日程調整ができない場合は,担当課長と相談し,Bに1人で勤務してもらうなどしていた。
(7) 被告は,原告に対し,平成13年5月31日,中国語のできる人物に本件業務を委託したいとの理由で本件契約を同年7月末で合意解約することを打診したが,原告は,本件契約は平成14年3月31日まで継続していると理解しているとしてこれを拒絶した。
(8) 被告は,平成13年12月4日,原告に対し,「業務委託契約の契約終了について(通知)」と題する書面(甲1)を交付し,平成14年3月31日で本件契約が終了することを通知し,同日以後の原告の就業を拒絶し,現在に至っている。
(9) 被告において職員が交替する場合等,原告やEを含めた被告従業員による飲み会を行うのが慣例となっている。
(10) 被告の従業員は,毎月所得税等の源泉徴収をされており,給与明細もあり,雇用保険・健康保険・厚生年金等社会保険が適用されていた。また,被告の就業規則(乙2)上,被告従業員の定年は満60歳と定められており,また被告には通勤手当規程があり,被告従業員には通勤手当が支給されている。
以上のとおり認定することができ,これを左右するに足りる的確な証拠はない。
2 上記認定事実によれば,原告はEとともに自己の裁量で本件業務を実施遂行していたものであって,被告が一定の報告義務や管理簿記帳義務を原告及びEに負担させていたが,このことは,本件契約及び本件業務の性質上受託者の義務というべきであって,決して原告が被告の指揮命令に服して本件業務を実施していたと評価することはできず,結局,本件契約は,被告が原告に対して本件業務を委託した契約であって,被告が原告を雇用した労働契約ではなく,また,被告から原告に対して平成13年12月4日に平成14年3月31日で契約を終了する旨の通知は,本件契約に基づき本件契約の終了を通告したものである(本件契約書上の異議の申し出をしたもの)と認定するのが相当である。
ところで,原告は,原告が被告のAセンター事業に不可欠な労働力として事業組織に組み入れられていること,原,被告の間では原告の出退勤時間が明確に定められ,就業場所もAセンター内に限定され,また出勤すべき日数も年210日と定められ,出欠を原告が提出する報告書で被告が管理し原告は退勤時に報告書を提出してその日の業務について報告をしていたこと,原告はこれまでその業務を他の者に代替させたことはなく,業務の代替性がなかったこと,被告は原告に対し,被告のロゴマーク入りのブレザー,専用のロッカーや事務机を貸与し,D名の名刺を与えられ,他方,原告は業務に必要な備品を持ち込んでいないこと,原告が被告に雇用される際,その勤務条件は被告が提示し,原告はほぼそのまま飲まざるを得なかったことなどを労働契約を裏付ける要素として主張する。しかし,以上の諸点は必ずしも本件契約が業務委託契約であることと矛盾しない。
また,原告は,本件契約上,案内業務のみが原告の本来の職務であるが,実際には案内業務以外の雑務に原告は従事させられていたと主張する。しかし,前記認定のとおり原告の主張する雑務も本件業務の範囲に含まれることが明らかである。
さらに,原告は,人材派遣会社からAセンターに派遣されているBは労働者としての扱いを受けており,このことはBとほぼ同様の条件で業務を行っている原告の労働者性を裏付けていると主張するが,Bが雇用契約を締結しているのは人材派遣会社との間であって,被告との間ではなく,原告の主張はその前提において適切ではない。
さらにまた,原告は,原告がCに雇用されてAセンターで現在と同様の業務をしていた当時の契約形態が労働契約であったと主張するが,仮にそうであったとしても,このことが本件契約が労働契約か否かを判断する直接の決め手とはならないと解さざるを得ない。
3 したがって,本件契約が労働契約であることを前提とする原告の請求はいずれも理由がない。
第5結論
よって,主文のとおり判決する。
(裁判官 片野悟好)