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新潟地方裁判所 平成14年(ワ)399号 判決 2003年12月24日

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

被告は、原告に対し、五五九万円及びこれに対する平成一三年一一月一日から支払済みまで年六パーセントの割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、自動車保険契約の被保険者である原告が、保険者である被告に対し、被保険車両が盗難されたとして車両保険金等を請求するのに対し、被告は、保険契約申込の際、原告又はその代理人が申込書中の被保険車両の自動車検査(以下「車検」という。)の有効期間の満了日(以下「車検満了日」という。)の記載が虚偽であることを知りながら同事実を告知しなかった等と主張して、保険契約の解除ないし詐欺行為による無効を理由に原告の請求を争う事案である。

1  争いのない事実

(1)  自動車保険契約の締結

ア 原告は、平成一三年六月二一日、被告と概略以下の内容の自動車保険契約(以下「本件保険契約」という。)を締結した。

<1> 保険種類 総合自動車保険

<2> 保険期間 平成一三年六月二六日午後四時から

平成一四年六月二六日午後四時までの一年間

<3> 被保険車両(以下「本件車両」という。)

車名・仕様 日産プレジデント 四五〇〇V八ソブリン

型式 JHG五〇

登録番号 <省略>

車台番号 <省略>

保険金額 車両保険 四七〇万円

身の回り品担保特約 六〇万円

代車費用担保特約 定額払

イ なお、本件保険契約の申込書(以下「本件保険申込書」という。)には、車検満了日が平成一三年一〇月二一日と記載されているが、本件車両の実際の車検満了日は平成一一年一〇月二一日であり、本件保険契約の締結時には、本件車両はいわゆる「車検切れ」の状態であった。

(2)  原告による保険金請求及びこれに対する被告の対応

原告は、本件車両をパークプラザ新光マンション(新潟市<以下省略>所在)の契約駐車場に駐車していたところ、平成一三年一〇月二二日に何者かに盗取されたとして、被告に対し、遅くとも同月三一日までに保険金の支払を求めた。

これに対し、被告代理人は、原告に対し、同年一二月一八日付け「ご連絡」と題する書面(以下「本件通知書」という。)において保険金の支払には応じられない旨の回答をし、同書面は、同日、原告に到達した。

本件通知書には、概略、以下の内容の記載がある。

ア 本件車両は、本件保険契約の締結時には車検が切れており、被告は、同事実を平成一三年一一月二〇日に確認した。このような車検切れの車両は、本来、公道を走行することができない車両であるから、自動車保険の対象とはならないと考えられる。したがって、本件保険契約自体が無効になると思われるので、保険契約金の支払はできない。

イ 仮に、本件保険契約が有効であるとしても、本件保険契約は、本件車両が車検切れであり、かつ有効な車検を取っているかのように偽造された車検証(以下「自動車検査証」を単に「車検証」という。)に基づいてなされた契約であるので、原告は当該事実を被告に伝えるべき義務があった。しかも、車検切れの事実は本件車両のフロントガラスの上部に貼付された証紙をみれば直ちにわかるはずである。したがって、原告が本件保険契約時に車検切れの事実を被告に伝えなかったことは重大な過失があるとみなされる。よって、保険金の支払はできない。

2  原告主張の事実関係

原告が主張する、本件車両の購入から本件保険契約締結に至るまでの経緯は、以下のとおりである。

(1)  原告は、本件車両をAから購入したものであるが、原告とAは新潟県立新潟西高等学校における同級生であり、卒業後も他の数人の同級生とともに友人関係を継続し、いわゆる「脱サラ」後に独立して自営業を営む者同士として、相互に協力し合う関係にあった。

(2)  Aは、平成九年六月ころ、福島県郡山市に量販店のサービス部門の業務等を行うことを業とする有限会社プロセス(以下「プロセス」という。)を設立した。Aは、このプロセス設立に際し、Bを通じて営業用車両を数台購入したことがあったが、当時使用していた乗用車の車検が切れるため、同年九月ころ、Bに対し、車両のオークションを通じて「プレジデント」の中古車を四〇〇万円以内で購入するよう依頼したところ、Bは四〇〇万円で本件車両を落札し、Aが同車両を購入することとなった。なお、Bは、本件車両の手配に関して手数料等を取らなかったし、本件車両は落札時には車検切れであったが、車検取得の費用もBにおいて負担した。

(3)  Aは、本件車両の購入に当たり株式会社アプラス(以下「アプラス」という。)に自動車クレジット契約を申し込んだが、プロセスは既に営業用車両を複数台購入していてクレジットの信用枠に空きがなかったため、原告の承諾を得たうえ、平成九年一〇月、原告を借主として自動車クレジット契約(以下「本件クレジット契約」という。)を締結した。なお、本件クレジット契約の締結手続はBが行ったものであるが、その際、Bは原告や連帯保証人とされたAの叔父であるCの署名や実印を偽造している。

(4)  Aは、平成一一年六月にプロセスの経営から手を引いて新潟に戻ったが、これにより本件車両の維持費の捻出やクレジット代金の返済が困難になり、また、同年一〇月には本件車両が車検切れとなることから、本件車両を売却することとし、その売却方を福島県在住のBに依頼し、本件車両もBに預けた。しかし、なかなか本件車両の買い手がみつからなかったため、Aは、平成一三年五月ころ、原告に対して本件車両を本件クレジット契約の残債額とほぼ同額の二四〇万円で売却することを持ちかけ、原告もこれに応じて本件車両を購入した。

なお、原告は本件車両の購入時、既に乗用車「エクシブ」を所有し、日常使用していたが、原告は、本件車両を自らの営業の顧客送迎用として使用できるし、また、金額も安いことから購入することとしたものである。

(5)  原告は、本件車両の購入後、車両の任意保険に加入することとし、その契約先選定のための情報収集をAに依頼した。Aは、これを受けて、被告の保険代理店であるホウエイ社の担当者Dに保険金額の見積りを依頼する等して原告に情報を提供し、原告は、これらの情報を元に、被告と本件保険契約を締結した。

なお、AがDに保険金額の見積りを依頼した際、DはAに対し、見積りに必要であるとして本件車両の車検証(以下「本件車検証」という。)の写を提出するよう求めたが、同車検証は当時Bが保管していたため、AはBに同車検証をファックス送信するよう依頼し、AはBからファックス送信されたその車検証の写をそのままDにファックス送信した。

3  原告の請求

原告は、被告に対し、本件保険契約に基づき、本件車両の盗難による保険金(以下「本件保険金」という。)として、以下のとおり合計五五九万円及びこれに対する商事法定利率年六分の割合による遅延損害金(その起算日は、本件保険金請求の日の翌日以後の日である平成一三年一一月一日)の支払を求めている。

<1>  車両保険金 四七〇万円

<2>  身の回り品担保特約による保険金 六〇万円

<3>  全損見舞金 二〇万円

<4>  代車費用(三〇日分) 九万円

(なお、上記<2>に関し、身の回り品関係の損害額はゴルフセット五〇万円、セカンドバック一三万円の合計六三万円であるところ、上記<2>の請求金額は保険金額の上限金額である。)

4  被告の主張

被告は、本件車両盗難の事実は知らないとしたうえ、以下の理由により原告の保険金請求を争う。

(1)  本件保険契約の解除

本件保険の保険約款・一般条項三条一項には、「当会社は、保険約款締結の際、保険契約者、記名被保険者(車両条項においては、被保険者とします。以下この条において同様とします。)またはこれらの者の代理人が、故意または重大な過失によって保険申込書の記載事項について知っている事実を告げなかった場合、または不実のことを告げた場合は、保険契約者の住所に宛てた書面による通知をもって、この保険契約を解除することができます。」との規定がある(以下、この規定を「本件解除条項」という。)。

ところで、本件車両の実質的な所有者はAであるところ、Aは、本件保険申込書の記載事項のうち、車検満了日が虚偽であることを知りながら、同事実を告げずに原告に本件保険契約を締結させたものである。そこで被告は、平成一四年四月一〇日に、原告代理人に対して本件保険契約を解除する旨の通知(以下「本件解除通知」といい、同通知による本件保険契約の解除を「本件解除」という。)を送付し、同通知は、そのころ、原告に到達した。したがって、本件保険契約は解除されており、被告には本件保険金の支払義務はない。

(2)  本件保険契約の詐欺行為による無効

本件保険の保険約款・一般条項九条は「保険契約締結の際、次の各号のいずれかに該当する事実があった場合は、保険契約は無効とします。」と規定し、同条一号は、「保険契約締結の際、保険契約に関し、保険契約者、記名被保険者(車両条項においては、被保険自動車の所有者とします。以下この条において、同様とします。)またはこれらの者の代理人に詐欺の行為があったこと。」を、無効事由の一つとして規定している(以下、これらの規定を「本件詐欺条項」という。)。

本件において、本件車検証を改ざんしたのは原告または原告の代理人であるAと認定せざるを得ないから、本件保険契約は無効である。

5  被告の主張に対する原告の反論

(1)  本件保険契約の解除の主張に対する反論

ア 事実関係

前記二記載のとおり、原告は、平成一三年六月、Aから本件車両を二四〇万円で購入したものであり、本件保険契約の締結当時、本件車両は実質的にも原告所有であった。

また、原告は、Aに本件車両の任意保険の契約先選定のための情報収集を依頼したにすぎず、保険契約の内容を最終的に決定したのは原告であり、本件保険申込書にも、原告本人が原告名義で署名捺印した。したがって、Aは原告の代理人ではない。

また、Aは、Bから送信された本件車検証の写をDにそのままファックス送信したにすぎず、本件車検証が改ざんされていたことを知らなかったし、原告も、本件車両の盗難に至るまで、本件車検証を見たことはなく、また、車検満了日も意識しておらず、原告もAも、本件車検証が改ざんされたものであることを知らなかった。

イ 法律上の主張

仮に、前記アのいずれかの事実が認められないとしても、以下の各理由により、被告による本件解除は無効である。

(ア) 被告の過失

本件保険の保険約款・一般条項三条二項二号は、本件解除条項が適用されない場合として「当会社が保険契約締結の際、前項の告げなかった事実もしくは告げた不実の事実のことを知っていた場合、または過失によって知らなかった場合」を挙げている。

ところで、保険業界では、新規に保険契約を締結する際には現車を確認するのが常識であるのにもかかわらず、Dは現車確認を行わずに本件保険契約を締結した。Dが現車確認を行っていさえすれば、車両のフロントガラスに貼付されている車検の満了期間を示すステッカー式の検査標章(以下「ステッカー」という。)を確認したり、車両の登録ナンバーに基づき陸運局に問い合わせるなどして、容易に本件車両の真実の車検満了期間を確認することができたはずである。したがって、Dが本件車両の現車確認を行わなかったことは被告の過失に当たり、本件解除は無効である。

(イ) 解除期間の経過

本件保険の保険約款・一般条項三条二項四号には、本件解除条項が適用されない場合として「当会社が保険契約締結の際、前項の告げなかった事実または告げた不実のことを知った時からその日を含めて保険約款を解除しないで三〇日を経過した場合」を挙げている(以下、この規定を「本件解除期間条項」という。)。

ところで、被告は、平成一三年一二月一八日付けの本件通知書において、原告に対し、重過失により車検切れの事実を被告に伝えなかったことを理由に保険金を支払わない旨の通知をしている。したがって、被告は、遅くとも同日には本件保険契約の解除事由を知ったものというべきところ、被告が本件保険解除通知を原告代理人宛て送付したのは平成一四年四月一〇日であり、既に三〇日間の解除期間は経過している。したがって、本件解除は無効である。

(ウ) 危険測定とは無関係な事項

本件で問題とされているのは車両保険であり、盗難による損害の填補である。被保険車両の車検が有効期間内のものであるか否かによって車両盗難の危険性に変わりはないから、本件解除は無効である。

(2)  本件契約が詐欺行為により無効であるとの主張に対する反論

前記(1)アのとおり、Aは原告の代理人ではないし、原告及びAの両名とも、本件車検証が改ざんされていたことを知らなかった。したがって、原告及びAは本件保険契約の締結にあたって詐欺行為を行っておらず、被告の無効主張は認められない。

6  保険契約の解除に関する原告の法律上の主張(前記五(1)イ)に対する被告の再反論

(1)  Dが現車を確認しなかったことが被告の過失にあたるとの主張について

車検満了日は、本来、車検証に記載されている事項であるから、その記載に具体的な疑問点、不審点等がある場合を除き、通常は車検証を確認すれば足りるものであり、車検満了日の記載に関して特段の疑問点、不審点等がなかった本件において、Dが現車の確認を行わなかったからといって、被告に過失があるとはいえない。

(2)  解除期間の経過について

本件解除期間条項における「告げなかった事実または告げた不実のことを知った時」とは、単に、保険者が解除原因の存在につき疑いを持ったのみでは足りず、告げなかった事実または告げた不実の事実につき、具体的な根拠に基づいてこれを知ることができた時と解すべきところ、被告がこれらの事実に関する具体的な根拠を知ったのは、「事実関係はBが全て知っている。」との原告の主張に基づき、Bの所在を確認したうえでリサーチ会社を通じてBから事情聴取を行った結果、被告において本件車検証を改ざんしたのはAであると確認できた平成一四年三月三一日である。したがって、同日から三〇日以内である同年四月一〇日に行った本件解除は有効である。

(3)  車検の有効期間が危険測定とは無関係な事項であるとの主張について

本件保険契約は、単に盗難だけを目的とした契約ではなく、通常の自動車損害保険であって、当然に賠償責任を含むものである。そして、車検が車両の安全性につき基準を満たしているか否かを検査するものであることに照らせば、車検の有効期間が危険測定に関係のない事項に該当するとはいえない。

7  本件の主要な争点

本件においては、上記のとおり、多くの事実上及び法律上の争点があるが、本件における主要な争点は、本件車検証を改ざんしたのは、Aであるか、Bであるかという点である。

第三判断

1  主要な争点に関する事実関係

後掲の各証拠(但し、各証拠のうち、下記認定に反する部分を除く。)及び弁論の全趣旨によれば、前記第二・一の争いのない事実に加え、本件の主要な争点に関連する事実として、以下の各事実を認めることができる。

(1)  本件クレジット契約の概要及びAによる分割金の支払状況等(甲八、九、一三)

本件クレジット契約の契約書(以下「本件クレジット契約書」という。)によれば、Aが本件車両を購入した際の車両代金は合計四八九万八九一〇円(うち車両代金四六五万円、諸費用二四万八九一〇円)であり、このうちAは八九万八九一〇円を頭金として現金で支払ったうえ、残額の四〇〇万円については三六回の分割払いとした。この分割手数料は合計六八万〇四〇〇円であり、本件クレジットの元金と分割手数料の合計額は四六八万〇四〇〇円である。また、毎月の分割支払額は、一回目が一三万〇四〇〇円、二回目以降が各一三万円である。

なお、アプラスは、本件クレジット契約の連帯保証人であるCに対し、平成一四年六月二八日作成の書面にて、同契約の残債務等合計二四一万四九一三円(うち未入金額二〇七万四八四九円、遅延損害金三三万九八五四円、回収費用二一〇円)の支払を求めた。これに対しCは、平成一四年七月一〇日、アプラスとの間で、上記未入金額二〇七万四八四九円及びこれに対する遅延損害金の支払義務のあることを確認したうえ、うち八〇万円を同月末日までに支払えば残債務額の免除を得られる旨の和解を締結した。

(2)  Aの金員等の借入状況及び原告の自己破産(甲一一、一三、原告本人、A証人)

Aは、本件車両を購入する際、原告名義を借用して上記(1)の本件クレジット契約を締結したほか、商工ローン業者から二〇〇万円を借り入れたことがあり、原告は同借入についても連帯保証人となったが、同借入の債務額は、その後約四〇〇万円にも達した。Aはこれらの債務の支払を滞るようになり、原告も債権者から債務の履行を求められるようになったため、原告は、平成一一年ないし平成一二年ころ、自己破産の申立をして破産宣告を受けるとともに、そのころ、免責決定を得ている。

また、Aは、平成一一年六月には自己の経営するプロセスの経営から手を引くとともに、現在も、テイクアウト専門の唐揚げ販売業務の準備中であって確たる収入があるとは認められず、本件保険契約の締結当時も経済的に窮している状況にあった。

(3)  本件保険契約の締結及び保険金請求に関するAの関与の程度(甲五、一一、原告本人、A証人)

本件保険契約の締結のための準備は、保険金額の見積もりの取得、必要書類の収集等を含め全てAが行っており、原告は本件保険申込書に署名押印を行ったにすぎない。また、本件車両の盗難届の提出や、保険会社との保険金支払に関する交渉も、Aが原告に代わって行っている。

なお、改ざんされた本件車検証に記載された本件車両の車検満了日は本件車両が盗難された日の前日である平成一三年一〇月二一日であるが、原告やAは、本件車両が盗難されるまでの間、車検手続ないしは車検手続を受けるための手配等を全く行っていなかった。

(4)  Aの証言等の信憑性の判断に影響を与える事実(甲二一、A証人)

ア Aは、本件以前において、当時の勤務先の社長に命じられて、Aの父が死亡した後、父所有の不動産を担保に供するため、A証人の母と妹の署名押印を偽造したうえ、Aが父の遺産を単独相続した旨の虚偽の遺産分割協議書を作成したことがある。

イ また、原告は、本件訴訟の係属中である平成一五年六月二九日、Aの友人がたまたまBを見つけたことからAに電話連絡をとり、AがBとの電話での会話において、Bに支払った車検手数料等四〇万円の返還を求めたところ、Bが同日の正午までに三〇万円、同年七月二九日に五万円、同年八月二九日に五万円を返還することを約したことから、Aは友人を使者として金銭借用証書(甲二一)を作成したと主張する。

しかしながら、<1>同証書の作成日、弁済日を含む全ての日付の年号は、当初「平成一二年」と記載されていたものが抹消されて「平成一五(二〇〇三)」と書き換えられていること、<2>同証書の記載文字の太さが一定していないほか、「一、参拾萬圓也を平成一五(二〇〇三)年六月二九日正午迄に持参し支払う。」との記載における「九」の数字は、当初「〇」と記載されていたものが「九」に修正されたものと認められ、また、同証書の作成日付である「平成一五(二〇〇三)年六月二九日」の記載における「六」の数字も、当初「一」と記載されていた文字の上をなぞって「六」に修正されたものとみる余地もある等、同証書の記載は全体的に不自然であること、<3>本件訴訟においては本件車検証の改ざんを行った者はAかBかが問題とされているにもかかわらず、同証書は単なる金銭借用証書の形式がとられ、本件車検証の改ざんに関する事実確認等は一切なされておらず不自然であること等の点に照らし、同証書は真正に成立したものとは到底認めることはできず、Aにおいて既存の書面を変造して作成したものと認めざるを得ない。

2  主要な争点に関する判断

(1)  原告及びA証人の証言等の信憑性について

原告及びA証人は、概ね前記第二・二の原告主張の事実関係に沿う陳述(甲五、一一)及び証言をする。しかしながら、原告及びA証人の証言等は、以下のとおり不合理・不自然な点が多く、これを採用することができない。

ア 原告の主張及び証言等について

(ア) 主張と証言・陳述内容の矛盾等

原告は、平成一四年二月二五日付け準備書面においては、本件クレジット契約書における原告及びCの署名部分はBが偽造したものと主張するが、他方、陳述書においては「クレジット契約はAの事務所で行い、私がクレジットの申込用紙に署名押印しました。」と、前記主張と矛盾する内容の陳述をする。このように、自己の署名が偽造であるか否かという、極めて基本的な事項に関して原告が矛盾した主張及び陳述をしていることは、原告の証言内容等の信憑性に重大な疑問を抱かせるものである。

また、原告は、被告代理人の「あなたとしては、経済的に困っていなかったんですか、彼が福島にいたころ、平成一一年、平成一二年、平成一三年ころ。」と質問を受けたのに対し、当初、当時破産宣告を受けた事実を秘して「私は、別に困っていません。」と証言していること等に照らしても、原告の証言等をたやすく信用することはできない。

(イ) 不自然な証言内容等

原告は、Aから本件車両の購入を持ちかけられた際、本件車両の現況を確認することなく、また、本件車両の初年度登録の時期や車検の残存期間等を確認することもなく、本件車両を二四〇万円で購入した旨の証言をする。

しかしながら、まず、原告は平成一一年ないし平成一二年ころ破産宣告を受けているとともに、原告の証言によれば、原告の行っている営業の平成一三年度の売上高は八〇〇万円ないし九〇〇万円程度、経費等を差し引いた収入額は四〇〇万円程度というのであり、既に乗用車を所有している原告が、自己破産から一年ないし二年程度しか経過していないにもかかわらず、年収の半分以上に相当する金額で本件車両を購入する経済的余裕があったか、疑問である。

また、中古車の売買においては、車両の状況、車両の使用年数及び車検の残存期間が車両の評価に大きな影響を与えることから、中古車を購入する者としては、車両の状況、初年度登録の時期及び車検の残存期間等について大きな関心を寄せるのが通常であるのに、原告がこれらの点を全く考慮せずに本件車両を購入したというのも不自然であり、原告がAから本件車両を購入したとの原告の証言等は、採用することができない。

さらに、原告は、本件車両購入後に本件車両を三、四回運転したことがある旨証言するとともに、その際、本件車検証を確認することもなく、また、本件車両にステッカーが貼布してあったかどうかも分からない旨証言するが、中古車を購入した者としては、次回に行うべき車検の時期がいつであるかは重大関心事であるはずであり、車検の有効期間に全く関心を示さない原告の態度は不可解と言わざるを得ない。

イ A証人の証言等について

(ア) 客観的事実に反することが明らかな証言等

前記一(1)のとおり、本件クレジット契約書には、Aが購入した本件車両の代金は四八九万八九一〇円(うち車両代金四六五万円、諸費用二四万八九一〇円)と記載されており、同金額が事実と異なると認めるに足る証拠はない。それにもかかわらず、A証人は、Bに「プレジデント」を四〇〇万円以内で購入するよう依頼し、Bの手配により四〇〇万円で本件車両を購入した旨の上記認定と矛盾する証言をしている。また、Aは、Bが同契約書における原告の署名を偽造したと陳述するが、原告自身がこれを否定していることは、前記二(1)ア(ア)のとおりであり、このように、Aが客観的事実に反する証言ないしは原告の陳述と矛盾する証言を行っていることは、Aの証言内容等の信憑性に重大な疑問を抱かせるものである。

(イ) 不自然な証言内容等

A証人は、本件車両を約二年間もBに預けた後、買い手が見つからないため原告に本件車両を売却することとした旨証言するが、AがBに本件車両の売却を依頼した際の売却希望価格、売却できた場合のBの報酬額、Bによる本件車両の保管場所・保管方法等も明らかでないばかりか、Aは、本件クレジット契約の分割金の返済に追われていたものと認められるのに、本件車両を約二年間もBに預けたままにしておいたというのも不自然であり、AがBに本件車両を預けていたとの証言内容には疑問が残る。

また、Aは、BがAの指示を受けていないにもかかわらず、本件車両の保管中に自発的に本件車両の車検手続と修理を行い、その費用合計約四〇万円もBにおいて立替払していたと証言するが、本件車両の買い手が見つからない段階で、Bが立替払までして本件車両の車検手続を行ったとするAの証言にも疑問が残る。

さらに、Aは、本件車両を原告に売却することとした後、本件車両を福島から新潟に移動した際、本件車両の車検の状況等を確認せず、また、その時、名義書換手続を行うため、本件車両には車検証が備え付けられていなかったとも証言する。しかしながら、Aが本件車両に実際に乗車していながら、車検手続を行ったとのBの説明を受けただけで、本件車両のステッカーの確認やBに対する口頭での車検満了日の確認すらしなかったというのは極めて不自然である。さらに、道路運送車両法六六条一項は「自動車は、自動車検査証を備え付け、かつ、国土交通省令で定めるところにより検査標章を表示しなければ、運行の用に供してはならない。」旨規定するとともに、これに違反した場合には一年以下の懲役若しくは五〇万円以下の罰金又は併科という罰則も設けられているにもかかわらず(同法一〇七条)、Aがかかる法規を無視して車検証を備え付けていない本件車両を運転したというのも不自然である。

さらに、AはBから本件車検証のファックス送信を受けた時にも車検の有効期間を確認せず、さらに、原告に本件車両を売却した後も本件車両を運転したことがあるが、本件車両が車検切れであることに気付かなかった旨証言する。しかしながら、Aの本件車両に対する車検期間に対する無関心さは、原告と同様、不可解と言わざるを得ず、特に、Aが保険代理店の資格を有すると証言していることも合わせ考えれば、A証人の証言の信憑性には強い疑問がある。

(ウ) 以上の事情のほか、<1>A証人は、以前にも遺産分割協議書という社会生活上極めて重要な書類を偽造した経験があること、<2>前記一(4)イのとおり、甲二一の金銭借用証書もAが改ざんしたものと解さざるを得ないことに照らしても、本件車検証の改ざんもAが行ったのではないかとの強い疑いを持たざるを得ない。

(2)  Bが本件車検証を改ざんした可能性について

なお、Aは、本件車検証を改ざんしたのはBである旨の証言をするのでこの点について検討すると、<1>A証人の証言によれば、Bが行ったとする本件車両の車検代は約七万円にすぎないこと、<2>車検証の改ざんの有無は、車両に貼付してあるステッカーを見れば容易に見破られる可能性が高いこと等の点に照らせば、Bが約七万円程度の利益を得るために容易に見破られる可能性の高い車検証の改ざんを行うとは考えにくい。また、原告及びAの証言以外には、Bが本件車検証を改ざんしたことを裏付けるに足る的確な証拠はなく、原告及びAの証言等がにわかに信用できないことは、前記(1)において述べたとおりである。したがって、Bが本件車検証を改ざんしたと認めることはできない。

(3)  領収書等について

なお、原告は、原告とA間において真に本件車両の売買がなされ、代金も実際に支払われたことの証拠として領収書(甲七の一~三)を提出する。

しかしながら、<1>A証人は、原告とAとは友人関係であるので本件車両の売買契約書等は作成しなかった旨証言する一方、領収書は作成したというのは不自然であること、<2>この領収書は控えの部分(いわゆる「耳」の部分)がない領収書であり、後日容易に作成することができるものであること、<3>原告は、売買代金の出所を明らかとする証拠を提出していないこと等の点に照らし、かかる領収書をもってしても原告主張の事実関係を認めることはできず、他に原告主張の事実関係を認めるに足る証拠はない。

(4)  その他の事情

以上のほか、<1>前記一(2)のとおり、本件保険契約の当時、Aは経済的に窮していたと認められること、<2>本件車両盗難は、本件保険契約の締結からわずか約四か月後に発生していること、<3>原告は、Aが商工ローン業者から二〇〇万円を借り入れる際に連帯保証人となり、また、Aが本件車両を購入する際にも借入額合計四六八万円余という多額のクレジット契約における名義貸人となっており、このことから、原告とAの関係は相当親密であることがうかがえること等の事情をも合わせ考えれば、本件車検証の改ざんを行ったのはAであり、原告もAと意を通じ、本件車検証が改ざんされていることを知って、被告と本件保険契約を締結したものと認められるのが相当である。

したがって、原告は、本件保険契約の締結の際に詐欺の行為があったものと認めることができ、本件保険契約は本件詐欺条項により無効であるとする被告の主張には理由がある。

3  結論

以上によれば、その余の点を判断するまでもなく原告の本件請求には理由がないから、主文のとおり判決する。

(裁判官 外山勝浩)

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