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新潟地方裁判所 平成15年(わ)17号 判決 2003年3月28日

主文

被告人を禁錮1年に処する。

この裁判確定の日から3年間その刑の執行を猶予する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は,新潟県三条市a所在の医療法人A会B病院において,整形外科医として医療業務に従事し,左膝関節全置換手術を受けたC女(当時85歳)の診療を担当していたものであるが,平成13年2月15日午後8時30分ころ,同病院において,上記手術後の同女の心機能低下防止のため,急性循環不全改善剤である塩酸ドパミンを含有する点滴剤プレドパ注200の点滴を継続するに当たり,同女の収縮期血圧は約200ミリメートルHgと高い値であった上,同女の体重は約50キログラムで,プレドパ注200の説明書には体重50キログラムの患者に対する点滴量は1時間当たり9ないし60ミリリットルである旨記載されていたのであるから,このような場合医師としては,その記載に留意することは勿論のこと,同女の血圧状態等に応じて適正な量を点滴すべき業務上の注意義務があるのにこれを怠り,心機能低下防止に気をとられ,同病院の看護婦Dらに対し,上記C女にプレドパ注200を1時間当たり540ミリリットル点滴するよう指示し,同看護婦Dらをして,同日午後10時ころから翌16日午後1時ころまでの間,上記C女に対してプレドパ注200を1時間当たり約540ミリリットル点滴させ続けた過失により,同日午後4時35分ころ,同女を過量点滴に基づく急性肺水腫により死亡させたものである。

(証拠の標目)

(法令の適用)

被告人の判示所為は平成13年法律第138号による改正前の刑法211条前段に該当するところ,所定刑中禁錮刑を選択し,その所定の刑期の範囲内で被告人を禁錮1年に処し,後記の情状を考慮し刑法25条1項を適用して,この裁判確定の日から3年間その刑の執行を猶予することとする。

(量刑の理由)

本件は,勤務先病院の整形外科担当医師である被告人が,主治医としてかねてから心臓疾患がある被害者に対し,実施した膝関節手術の術後管理の一環として,同女の心機能を高めるために使用した点滴剤プレドパ注200(以下「プレドパ」という。)を過剰に投与したため同女を急性肺水腫で死亡させた業務上過失致死事案である。

被告人は,かねてから高齢の上,拡張型心筋症の持病がある被害者に上記手術を実施し,その手術の実施自体等に相当の問題があることを認識していたのであるから,その手術中の同女の容態等の管理については勿論のこと,その術後の心機能の管理等に万全の措置を期すべきであり,本件では手術の際には麻酔医を関与させるなどしてその手術自体は順調に終了したが,術後の被害者の心機能を高めるために使用したプレドパの薬効を高めることに気を取られ,その大量投与による副作用に対する配慮を怠ったため同女を死亡させたものであり,本件は,つまるところ,被告人の被害者に対する手術実施計画,とりわけ,術後の管理計画が適切かつ綿密になされていないことに起因するものであって,被告人が本件を惹起するに至った経緯等に酌量の余地が乏しい。被告人は,手術後の被害者の血圧及び脈拍が不安定な状態にあったためプレドパを多量かつ継続して使用したというが,手術後の被害者の血圧は正常値に比べると高めであったのであるから,かくも多量のプレドパを長時間にわたり使用する必要性があったのか疑問である上,その使用量の余りの多さから看護婦や薬剤師からプレドパの使用量としては多すぎるのではないかとの指摘を再三受けながら,その指摘を無視して,その使用量を十分に確認することなく,他の医師からは医学の常識を逸脱しているとの指摘される程の通常使用量の約9倍もの大量にその点滴を続行したため,ついに被害者を死亡させるに至ったものであり,被告人の業務上過失の程度は高く,かつ,その態様も悪質である。被害者は,膝関節の改善のためには手術が必要であるとの医師である被告人の言葉を信用し,かつ,その専門知識と技量を信頼し,本件手術を受けたもので,せっかくその手術自体は成功しながら,全く予期をしない被告人の過失から死亡するに至ったものであり,被害者には全く落ち度がなく,よもや突然苦しみながらその生命を落とすことなど夢想だにせず,むしろ手術後には膝関節の痛み等の症状が軽快し,その手術前より快適な老後の人生を送れることを楽しみにしていたであろうその心情を思うと誠に哀れであり,本件で発生した結果は誠に重大である。被告人の医療過誤からそのような母である被害者を奪われた遺族の悲しみと衝撃が極めて大きいことは容易に推察できるばかりか,遺族の被告人に対する被害感情が極めて厳しいのは誠に当然というべきである。このように被告人が,本件を惹起するまでの経緯等やその業務上過失の程度が高いことなどを考慮すると,被告人の刑事責任は重い。

他方,被告人は,被害者の異変に気付くや同僚医師らとその救命のための医療措置を講じていること,被告人は,本件犯行後,被害者の遺族との対応等に問題があったが,公判では事実を認めて,被害者の遺族に謝罪し,本件を深く反省していること,被告人は,本件後民事判決に従って合計1800万円余りの損害賠償金を被害者の遺族に支払いその慰謝措置を講じていること,被告人は,本件が新聞等で報道されるなどした上,勤務先病院で減俸処分を受けるなどの社会的な制裁を受け,引き続き今後医道審議会による行政処分を受ける予定であること,被告人にはこれまで全く前科,前歴がなく,今回初めて公判請求されて事案の重大性を自覚し,今後の更生を誓い,勤務先病院の理事長をしている兄がその更生に協力することを誓っていることなど被告人のために酌むべき情状が認められるので,これらの情状をも併せ考慮し被告人を主文掲記の刑に処し,その刑の執行を猶予することにした。

よって,主文のとおり判決する。

(裁判官 榊五十雄)

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