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新潟地方裁判所 平成15年(わ)178号 判決 2003年7月31日

主文

被告人を懲役8年に処する。

未決勾留日数中60日をその刑に算入する。

理由

(犯行に至る経緯)

被告人は,新潟県内の高校を中退し,その後は,一時定時制高校に通いながら土木作業員等の職を転々とし,平成12年8月ころからは土木工事会社で土木作業員として働いていたものであるが,その間の平成10年2月に前妻と婚姻し,長女と長男の2児をもうけたものの,被告人自らは夜遊びをし,妻以外の女性と不倫関係を継続しながら,妻を束縛して外出することを許さなかったり,些細なことで妻に暴力を振るうなどが原因で妻と別居生活をするようになり,被告人が2児を引き取り,その妻とは平成14年10月22日に協議離婚した。その後,被告人は,肩書住居地の自宅で,母らと同居生活を続け,母に上記2児の面倒を見てもらっていたが,上記不倫相手の女性と交際を継続する一方,同月初旬ころ,偶々,土木工事現場に交通誘導員として派遣されてきたAと知り合い,同女と交際をするようになった。被告人は,Aと交際をするうち,同女が離婚した前夫との間にもうけた長女B(平成13年9月27日生まれ)を養育しながら働いていることを知り,妻と別居し,2児を持つ被告人と境遇が似ていることなどから,次第にAとの親密の度合いを深めていき,やがて,仕事が終わると,いったん自宅に戻り,その後入浴や夕食を済ませて,子供らを寝かしつけてからA方を訪ね,そこで寝泊まりするという二重生活を送るようになった。被告人は,Aと交際するようになってからも,同女に対する独占欲が殊の外強く,1日に何度も同女の携帯電話に電子メールを送信したり電話をかけるなどし,同女からの返信等が少しでも遅れた場合には同女の行動を疑って問い質すなどし,同女と2人で過ごしているときにも同女の些細な言動に立腹しては同女と頻繁に口論を繰り返していたが,その場合も,同女が折れる形で被告人の意思に従わせていた。一方,被告人は,Aとの結婚後の生活のことなどを考えて,休日には2児をA方に連れて行ったり,被告人自らがBを入浴させるなどの面倒を見たため,Bは被告人に懐いていたが,Bも次第にAと口論を繰り返す被告人を恐れるようになり,そのため,被告人は,AがBの世話をして被告人の相手をしないと機嫌が悪くなり,Bに嫉妬するようになった。そうこうするうち,被告人は,平成15年4月3日,朝寝坊をしてしまい,無断欠勤をしたことなどがきっかけで,その後同月13日までの間,勤務先会社を無断欠勤し,同月14日に出勤したが,あらかじめ社長には電話で当日は早く出勤する旨言いながらも遅刻をしてしまい,社長に叱られた上,同月15日には社長から無断欠勤等の原因がAとの交際にあるのではないかと嫌味を言われたが,当日の仕事が終わると,いったん自宅に戻り,入浴をしたり,子供らを寝かしつけるなどした後,同日夜,A方を訪れた。すると,被告人は,当日,自己が行くまで起きて待っているようにあらかじめAに電子メールを送信していたにもかかわらず,同女がBと添い寝をしてうたた寝をしていたことなどに立腹し,その後,起きてきたAに対し,同日午後,同女の携帯電話に電子メールを送った際,同女の返事が遅れたことに文句を言うなどし,同女に自己の側に来るよう言っても,同女が意地を張って素直にその言葉に従わないため苛々を募らせた。そのため,被告人は,Aに無理難題を言って困らせれば,最後には同女が折れて自己の言うことに従うだろうと考え,その後,同女とともに同女方を出て,同女に対し,自動車で行っても30分ほどかかるゲームセンターの駐車場に置いてきた被告人のバイクを歩いて取りに行くよう言うと,予想に反してAが被告人に言われるままにバイクを取りに向かったため,今までになく,意地を張り通し,あくまでも被告人に折り合おうとしないAの態度に益々激しい怒りを募らせながら同女方に戻った。

(罪となるべき事実)

被告人は,平成15年4月15日午後10時すぎころ,新潟市a所在のA方居間において,先程まで寝室で眠っていた同女の長女B(当時1歳6か月)が居間でうつぶせの状態で嘔吐していたため,やむなくその後始末をするうち,今までになく意地を張り通し,あくまでも被告人に折り合おうとしないAの態度に対する怒りをBに向けて爆発させ,寝ていた同児を無理矢理立たせてその頭頂部を重さ約230グラムの絵本で1回叩き付け,立ったままの状態の同児の顔面を平手で1回殴打して同児を床に転倒させた上,仰向けとなった同児の胸部,腹部等を手拳で多数回殴打し,さらに,足で数回蹴るなどの暴行を加え,よって,同児に右第5,第9肋骨骨折,左第7,第8肋骨骨折,胸腹部打撲等の傷害を負わせ,そのころ,同所において,同児を同傷害に基づく外傷性ショックにより死亡させたものである。

(証拠の標目)

(法令の適用)

被告人の判示所為は刑法205条に該当するので,その所定刑期の範囲内で被告人を懲役8年に処し,同法21条を適用して未決勾留日数中60日をその刑に算入し,訴訟費用は,刑事訴訟法181条1項ただし書を適用して,被告人に負担させないこととする。

(量刑の理由)

本件は,被告人が交際相手の女性の子である被害幼児に対し,その胸腹部を手拳で多数回殴打し,足蹴にするなどの暴行を加えて同児を死亡させたという傷害致死の事案である。

被告人は,本件当日,交際相手の女性方において,些細なことで同女と口論になり,被告人に謝らず,意地を張り通して,あくまでも被告人に折り合おうとしない同女の態度に激しい怒りを募らせた挙げ句,被害幼児が嘔吐しているのを見て,その後始末をするうち,上記の激しい怒りを目の前にいた被害幼児にぶつけ,本件を敢行したものであり,何ら責任のない同児に無関係な怒りの矛先を向けていわば八つ当たり的に本件犯行を敢行したものであって,その動機は余りに短絡的で身勝手極まりなく,酌量の余地は全くない。

被告人は,抵抗する術すら知らないわずか1歳6か月の被害幼児に対し,同児の保護者が不在でその庇護を受けることができない状況下で,寝ていた同児を無理矢理立たせてその頭頂部を絵本で1回力一杯叩き付け,立ったままの同児の顔面を平手で1回力一杯殴打して床に転倒させた上,同児が苦しむ様子を知りながら,なおも仰向けとなった同児の胸部,腹部等をはめていた指輪が壊れるほど手拳で手加減することなく殴った回数すら分からないほど多数回殴打し,さらに,数回足蹴にするなどの非常に強烈な暴行を,約20分近くにわたって加えたものであり,その犯行態様及びその程度は,常軌を逸した極めて粗暴なものであって,極めて悪質である。

被害幼児は,突然,被告人からいわれのない強烈な暴行を加えられ,その顔面,胸腹部,背部等への多数の皮下出血,皮膚変色等を伴う右第5,第9肋骨骨折,左第7,第8肋骨骨折等の傷害を負わされ,腹腔内等に同児の全血液量のほぼ5分の1に相当するほどの多量の出血を生じさせられた挙げ句に死亡したものであり,その肉体的苦痛が極めて大きかったことは勿論のこと,同児は,被告人から強烈な暴行を加えられ,助けを呼ぶこともできないまま死を迎えたものであり,その苦痛,恐怖感は想像を絶するもので,僅か1歳6か月にしてその将来性豊かな生命を無惨にも絶たれたものであり,誠に哀れというほかなく,本件で発生した結果はあまりにも重大である。被害幼児の母親は,被告人との結婚まで真剣に考えていたものであり,その被告人から最愛の娘の生命を奪われ,その精神的衝撃の大きさは計り知れず,その母親は勿論のこと,被害幼児の父親及び祖父母らがいずれも厳しい処罰感情を有していることも誠に当然のことというべきである。

以上の犯情に加え,被告人は,本件犯行後,被害幼児の異変に気付きながらも,数時間にわたり病院に連れて行くなどの救命措置をとることもなく同児を放置し,さらには,同児の母親からの119番通報で臨場した救急隊員や同児の異変を知って駆け付けた同児の母親などに対し,自己が同児の死亡に無関係であるかのようにその場を取り繕う言動をして自己の犯行を隠蔽するかのような言動をしていたこと,これまでのところ,十分な慰謝措置は講じられておらず,犯行後の犯情も芳しくないこと,被告人は,これまでにも前妻や被害幼児の母親に暴力を振るうなどしており,被告人には粗暴癖があることが窺えることなどを考慮すると,被告人の刑事責任は重大である。

他方,被告人は事実を認めて反省の態度を示していること,本件は被害幼児の母親の態度等に起因して敢行された偶発的犯行であること,被告人の両親が,本件後,被害幼児の遺族に対し,同児の葬式代の一部として金10万円を支払うなどしていること,被告人はいまだ若年であり,これまで前科はなく,本件をきっかけに事案の重大性を自覚し,今後の更生を誓っていること,被告人の母親が今後の指導監督と更生に協力することを表明していることなど被告人のために斟酌すべき諸事情も認められるので,これらの諸情状を併せ考慮し,被告人を主文に掲げた刑に処することにした。

よって,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 榊五十雄 裁判官 三村三緒 裁判官 入江克明)

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