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新潟地方裁判所 平成15年(行ウ)6号 判決 2005年1月27日

主文

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第1請求

1  被告は,Aに対し,2488万円及びこれに対する平成16年2月21日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払うよう請求せよ。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

第2事案の概要

本件は,もと両津市議会議員であった原告が,両津市の平成15年度予算において,佐渡一島一市の合併(廃置分合)の申請に備え,新市電算統合システム構築業務負担金(以下「本件負担金」という。)1億7701万円が計上され,そのうち2488万円が支出されたことに関し,両津市では,「両津市が佐渡一島一市の合併の可否を住民投票に付するための条例」(以下「本件住民投票条例」という。)を制定し,両津市が一島一市の合併に参加する場合には,住民投票を行う旨を定めているところ,本件負担金の支出は,合併に賛成する意思表明にほかならないのであるから,住民投票を実施しないで本件負担金を支出したのは違法であると主張して,平成16年3月1日の合併により両津市長の訴訟上の地位を承継した佐渡市長が,両津市長の職にあったAに対し,損害賠償として本件負担金のうち支出額2488万円及びこれに対する最終支出日の翌日である平成16年2月21日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金を請求するよう求める事案である。

1  争いのない事実

(1)  当事者等

原告は,新潟県両津市の住民であり,昭和46年10月から平成15年8月31日までの間,両津市議会議員の職にあった。

本件訴訟は,平成15年9月17日に提起され,当初の被告は,当時の両津市長Aであったが,平成16年3月1日,佐渡島に所在する両津市と他の9町村とが合併して佐渡市が誕生し,同年4月18日施行の佐渡市長選挙によりBが選出され,同月19日,佐渡市長に就任したため,佐渡市長Bが被告の地位を承継した。

(2)  本件住民投票条例の制定

両津市議会は,平成13年12月21日,本件住民投票条例を全会一致で可決した。本件住民投票条例は公布の日から施行するとされ,その第1条ないし第4条の規定は次のとおりであった。

第1条(目的)

この条例は,両津市が佐渡一島一市の合併に参加する場合,その合併の可否について,市民の意思を確認することを目的とする。

第2条(住民投票)

前条の目的を達成するために,合併に対する賛否について,市民による投票(以下「住民投票」という。)を行う。

2 住民投票は,市民の自由な意思が反映されるものでなければならない。

第3条(住民投票の実施とその措置)

住民投票は,本条例の施行の日から120日以内に,これを実施するものとする。

2 市長は,一島一市の合併問題に関する可否の表明をするにあたり,地方自治の本旨に基づき住民投票における有効投票の賛否いずれか過半数の意思を尊重して行うものとする。

第4条(住民投票の執行)

住民投票は,市長が執行するものとする。

(3)  本件住民投票条例の改正

平成14年3月,平成14年第1回両津市議会定例会において,本件住民投票条例の改正案が提案され,その提案理由につき,両津市長は,「本案は,住民投票の実施について本条例施行の日から120日以内に実施すると規定しているものを,市民に市町村合併に関する情報の提供等を行い,その上で市長が適当と認めたときに議会の同意を得て実施する規定に改正するものであります。」と説明した。

そして,同改正案は全会一致で可決され,同条例第3条が次のとおり改正された。

第3条(住民投票の実施とその措置)

住民投票は,市長が適当と認めたときに議会の同意を得て,これを実施するものとする。

2 市長は,一島一市の合併問題に関する可否の表明をするにあたり,地方自治の本旨に基づき住民投票における有効投票の賛否いずれか過半数の意思を尊重して行うものとする。

(4)  本件負担金の予算計上とその支出

平成15年度両津市予算には,本件負担金として1億7701万円が計上され,平成15年3月25日,両津市議会の議決を得た。

両津市議会は,同年12月25日,平成15年第8回両津市議会定例会において,本件負担金1億7701万円を1億1701万円に減額する補正予算(議案第130号)を全会一致で可決した。

両津市長は,代表市町村である金井町に対し,本件負担金として,同日に180万円,平成16年1月27日に1478万円,同年2月20日に830万円をそれぞれ支払った。

(5)  両津市の合併手続

平成15年6月30日,平成15年第3回両津市議会臨時会において,廃置分合についての議案として,両津市他9町村を廃止して佐渡市を設置する旨の新潟県知事に対する申請を行うための議案(議案第61号)が地方自治法7条5項により両津市議会に上程され,議決を得た。

このとき,これに関連して,

議案第62号 財産や債務を佐渡市に帰属させる件

議案第63号 議会の議員定数の件

議案第64号 議会の議員定数特例を市町村合併特例法第6条8項により議会の議決をもとめる件

議案第65号 新たに佐渡市を設置することに伴い旧市町村の区域ごとに地域審議会を設置する件

がそれぞれ上程され,いずれの議案も,同日,市町村合併に関する調査特別委員会に付託され,同年7月1日開催の市議会において,全て賛成多数で議決された。

これを受けて,同年10月10日,新潟県知事は,新潟県議会の賛成多数の議決を得て前記廃置分合を決定した。そして,同年11月4日第3724号の官報において,総務省告示第664号により,両津市他9町村の廃置分合に関する告示がなされ,この告示において,平成16年3月1日からその効力が生ずるものとされた。

そして,同年2月29日をもって両津市は閉市され,同年3月1日,佐渡市が誕生した。

(6)  住民監査請求

原告,C及びDは,平成15年6月23日,両津市監査委員に対し,両津市長は本件負担金を支出してはならないとの勧告を求める住民監査請求を行った。

しかし,両津市監査委員は,同年8月20日,上記監査請求を却下し,同月21日,請求人代表であるCに対し,監査結果を通知した。

2  争点及びこれに関する当事者の主張

本件の争点は,本件負担金の支出が違法か否かであり,争点に関する当事者の主張の概要は次のとおりである。

(1)  原告

ア 住民投票の実施について

(ア) 改正前の本件住民投票条例の文言及び立法趣旨

本件住民投票条例1条,2条及び3条2項の文言並びに制定経過からすると,本件住民投票条例の趣旨は,佐渡一島一市の合併問題について両津市民の意見を聴き,市民の主体的な参加による合併を促進するため,合併に先立ち住民の意思を反映するための方法として住民投票を実施し,市長が合併問題に関する意思を表明するにあたっては住民投票の結果を尊重しなければならないとしたものである。

改正前の本件住民投票条例3条1項は,「住民投票は,本条例の施行の日から120日以内に,これを実施するものとする。」と規定しているのであり,制定経過からすれば,住民投票の実施時期については,本条例の施行の日から120日以内という範囲で市長の裁量に委ねたものである。これらの規定の文言及び趣旨によれば,改正前の本件住民投票条例においては,市長には住民投票を実施するか否かの裁量権はなく,本条例の施行の日から120日以内に住民投票を実施しなければならなかったことは明らかである。

(イ) 本件住民投票条例の改正経過及び改正の趣旨

本件住民投票条例3条1項改正案は,120日間では市民に市町村合併に関する情報の提供等が困難であるとの理由により改正するものであり,市長に住民投票を実施するかどうかについて裁量権を与えたものではなかった。このことは,市長の提案理由の説明に続く原告の質問と企画財政課長の答弁が,住民投票の実施の有無ではなく,もっぱら情報提供の方法,期間及びタイムリミットの点に集中していることからして明らかである。

原告の情報提供のタイムリミットすなわち住民投票実施のタイムリミットはいつかという質問に対し,企画財政課長から「廃置分合の議決は遅くとも15年の夏ごろまでにしなければならない。」との答弁がなされたのであり,住民投票実施のタイムリミットが廃置分合の議決前であるという意味で答弁したものであることは明らかである。この企画財政課長の答弁について,原告は更に質問することはしておらず,企画財政課長もこれ以上の説明をせず,答弁を終了している。それは,この改正案では,住民投票は遅くとも廃置分合の議決前に行われなければならないということで,議会も提案者側も一致していたからである。

(ウ) 議員らの理解

当時の両津市議会議員らは,「市長が適当と認めたときに」という意味について,住民に市町村合併のメリット及びデメリットの詳細を知らせて,その上で市長が適当と認めた時に実施するという意味であると解釈していた。すなわち,当時合併協議会の協議内容が市民に全部報告できるような状況ではなく,120日以内では不十分であるということで,市長の提案理由にも一理あると考えたのである。

議会審議に入る前に各党代表者の議案に関する自由な情報交換や意見交換をする場である「会派会議」においても,本件住民投票条例の改正案が市長に住民投票の実施自体について裁量権を与えたものであるとの発言をした議員はいなかった。仮に,本件住民投票条例の改正案が市長に住民投票の実施自体について裁量権を与えたものであるとすると,本件住民投票条例の重大かつ抜本的な修正となるため,賛否はともかく,会派会議においていずれかの議員がそのことを採り上げて議論したはずである。

また,本件住民投票条例の改正案に対しては,同条例提出者及び原告を含む賛成者も全て賛成し,全会一致で可決された。仮に,本件住民投票条例の改正案が市長に住民投票の実施自体について裁量権を与えたものであるとすると,本件住民投票条例は住民投票を実施することに核心があったのであるから,原告をはじめとして本件住民投票条例の提出者,賛成者及び「市町村合併に関する調査特別委員会」の委員である議員らから相当数の反対者が出たはずである。

(エ) 市長による情報提供

本件住民投票条例の改正案の可決後,A両津市長は,平成14年8月から平成15年6月までの期間をかけて,合計25か所で住民説明会を実施し,市民に市町村合併に関する情報の提供を行った。このことからも,本件住民投票条例の改正案が,120日以内では市民に対する情報提供の期間としては不十分であるから,住民投票の実施時期について「120日以内」という限定をなくしたにすぎないことが明らかである。

(オ) 他の規定は改正されなかったこと

本件住民投票条例1条,2条及び3条2項など市長に対し住民投票の実施を義務付けている規定は何ら改正されなかった。このことは,本件住民投票条例は,上記改正後も市長に対し住民投票の実施を義務付けていることを表している。仮に,上記改正案が住民投票の実施自体についても市長に裁量権を与えたものであるとすると,他の自治体の住民投票条例で,首長に対し住民投票の実施について裁量を付与するものは,その旨を明記しているのであるから,本件住民投票条例1条,2条及び3条2項について,そのことを表す文言の改正が行われたはずである。

(カ) 代表民主制,間接民主主義との関係

個々の地方公共団体が法律に規定されていない住民投票制度を条例レベルで創設できるかについては,条例により住民投票の結果に長が法的に拘束されなければ合法であると解される。本件住民投票条例3条2項は,「過半数の意思に従う」ではなく,「過半数の意思を尊重するものとする」と規定するにとどまるものであり,住民投票の結果に長が法的に拘束されないものである。したがって,本件住民投票条例において,市長に住民投票の実施を義務付けている点が,代表民主制,間接民主主義に反するとはいえない。また,条例による住民投票の結果に長が法的に拘束されなければ,法的に市町村の廃置分合及び境界変更の要件を加重したことにはならない。

むしろ,地方公共団体の執行機関は,当該普通地方公共団体の条例,予算その他の議会の議決に基づく事務及び法令,規則その他の規程に基づく当該地方公共団体の事務を,自らの判断と責任において,誠実に管理し及び執行する義務を負うこととされている(地方自治法138条の2)。この規定が議会制民主主義に根拠を有することは明らかである。執行機関である市長が,本件住民投票条例で「行う。」と明記された住民投票を,本件住民投票条例が廃止されてもいないのに実施しないことは,かかる誠実執行義務に違反し,議会制民主主義に反するものである。

イ 本件負担金の支出が「可否の表明」であること

本件住民投票条例によれば,両津市が佐渡一島一市の合併に参加するか否かを決定するための手続として住民投票の実施が必要であり,両津市長は,一島一市の合併問題に関する可否を表明するにあたり,地方自治の本旨に基づき住民投票における有効投票の賛否いずれか過半数の意思を尊重して行うものと規定されている。したがって,本件住民投票条例によれば,条例上の手続として,両津市長は,本件住民投票における有効投票の賛否のいずれが過半数を占めるかが判明するまで,一島一市の合併問題に関する可否を表明してはならないことになる。そして,両津市長が合併の準備のために公金を支出することは,両津市が上記合併に加わることを当然の前提とするから,一島一市の合併問題に関する賛成の意思表明にほかならない。

両津市においては,平成15年6月30日に臨時議会が招集され,市長より「廃置分合」の申請をするために必要な議決を得るための議案が提案され,同年7月1日に可決されているのであり,少なくともこの提案がなされた時点で,市長は,合併に賛成の意思表明をしたといえる。

市長が上記議決を踏まえ,合併準備のために本件負担金の支出をすることも,合併に対する賛成の意思表明というべきである。

また,たとえ本件負担金の予算が計上されていたとしても,本件住民投票条例2条1項,3条1項及び同条2項により,支出負担行為及び現実の支出は,住民投票が実施された後でなさなければならないというべきである。したがって,両津市長が本件住民投票の実施前に上記合併の準備のための公金を支出することは,本件住民投票条例2条1項,3条1項及び同条2項に違反し許されないものである。

ウ 予算執行との関係

本件負担金を平成15年度の予算に計上することは違法ではないが,この予算は,あくまで住民投票の結果,合併に賛成する票が有効投票の過半数を占めたときでなければ,執行してはならないものである。

公金の支出に先立って,まず,支出の原因となるべき契約その他の行為(支出負担行為)が,法令又は予算の定めるところに従って行われなければならないとされている(地方自治法232条の3)。これは,支出負担行為をする内容が法令又は予算に違反してはならないことと,支出負担行為をする手続が法令に違反してはならないことを規定したものである。さらに,出納長又は収入役は,長の命令があった場合にのみ「支出」をすることができ(同法232条の4第1項),支出に先立って,その支出負担行為にかかる「債務が確定していること」を確認しなければならない(同条2項)。このように,予算の執行については,支出負担行為と支出との2段階において,「法令又は予算」への適合性がチェックされる仕組みになっている。

本件の予算の執行は,予算に違反はしていないが,A両津市長が本件住民投票条例に違反し住民投票を経ないで合併に関する賛成の意思を表明したという点において,支出負担行為をする手続が条例に反していることになり,「法令に違反」していることは明らかである。

エ 合併手続違反

本件負担金の支出は,両津市における廃置分合の手続が適法に行われ,廃置分合による新市の成立が法的に有効となることを前提とする。両津市における廃置分合の手続の過程に違法があれば,廃置分合による新市の成立が無効となるから,当該違法が治癒されない限り,本件負担金の支出は,違法な存在に対する無用の支出となるのであって,違法な支出に該当するというべきである。

本件住民投票条例及び地方自治法によれば,両津市における廃置分合の申請に至るまでに両津市がとるべき法的手続は,①住民投票の実施(条例2条),②住民投票の結果の判明,③市長は,前記②で示された市民の意思を尊重し,合併に賛成の表明をする(条例3条2項),④廃置分合の申請の議決を得るための議会の招集,⑤市長による「廃置分合の申請の議決を求める」旨の議案の提案,⑥廃置分合の申請の議決(地方自治法7条5項),⑦廃置分合の申請(同条1項)である。

両津市においては,住民投票を実施しないまま合併の手続を進めたのであり,本件廃置分合の手続には法的瑕疵があり,違法無効であるというべきである。そうすると,廃置分合による新市の成立が無効となるから,本件負担金の支出は,違法な支出に該当するというべきである。

オ 直接請求の否決等と本件住民投票条例の解釈に対する影響

裁判所が,当該法令の解釈に際して,いわゆる立法者意思の判断の基礎となる事実として,当該法令の立法経過における議会の審議状況を参酌することはあり得るが,立法者意思の判断の基礎となる事実は,あくまで当該法令の制定当時の議会の審議状況である。他方,当該法令が制定された後の住民からの直接請求や陳情に関する議会の審議状況は,当該法令がこれらに基づいて改正されない限り,立法者意思の判断の基礎とされるべきではない。なぜなら,議会を構成する議員の政治的判断は,その時々の政治情勢や議員の考え方の変化等様々な理由によって,当該法令の議決時点以降に変化しうるものであり,当該法令が制定された後の住民からの直接請求や陳情に関する議会の審議状況は,必ずしも当該法令の制定にかかる立法者意思を推認させるものではないからである。

本件では,両津市議会が本件住民投票条例を制定したのは平成13年12月21日,同条例3条1項が改正されたのが平成14年3月であるのに対し,住民からの本件住民投票条例の改正の直接請求が否決され,また,住民投票の実施を求める陳情が不採択とされたのは,平成15年3月25日である。したがって,住民からの直接請求の否決や陳情の不採択が本件住民投票条例の解釈に対し影響を与えることはないものというべきである。

また,平成15年7月1日の廃置分合の議決,適法な廃置分合手続を経て本件負担金の支出が行われたこと,市民による両津市議会の解散の直接請求に基づき同年9月14日に実施された投票においても議会解散とはならなかったこと,同年11月23日実施の両津市市長選挙においてAが原告を破って当選したことは,いずれも本件住民投票条例の制定及び改正後の議員や投票者のその時々の判断によるものであって,同条例の制定及び改正の立法経過には含まれない事実であるから,本件住民投票条例に関する立法者意思を推認させるものではない。

(2)  被告

ア 本件負担金の支出が予算の議決に基づきなされ,適法であること

本件負担金については,平成15年度の両津市の予算に計上されて両津市議会の承認を得ており,市長が,議会の承認を得た予算に基づき支出をすることに何らの違法はない。

市長は,予算中に当該費用の支出が計上されて議会の承認を得れば当然に支出できるのであり,これは市長に予算執行権があることから導かれる結論である(地方自治法149条2号,220条1項,211条)。そして,本件負担金は,市町村合併により誕生する新市の住民の利便性を図るとともに合併後の行政事務をスムースに行うため,電算システムを統合する事業費用についての両津市負担金であった。この負担金は,正式に両津市の予算に計上され,市議会の承認を得ており,その支出についても,市議会において承認されている。また,議会の議決によって予算が成立した後は,一般に長は予算の内容に従って財政運営を行うべき法的な拘束を受け,この意味で予算は,行政の活動を規制する法規であると解釈されている。

このように,本件負担金の支払は,議会制民主主義の理念のもと,両津市議会の承認を得て適正に支出されたものである。

イ 本件負担金の支出が本件住民投票条例に違反しないこと

本件負担金の予算が議決された平成15年3月25日に,住民から「両津市が佐渡一島一市の合併の可否を住民投票に付するための条例改正請求書」による直接請求がなされたが,この内容の一部は,本件住民投票条例3条1項中「市長が適当と認めたときに議会の同意を得て,これを」を「合併協定書の調印前までに」に改め,同条2項中「一島一市の合併問題に関する可否の表明をするにあたり」を削り,「を尊重して行う」を「に従う」に改めるというものであった。また,同日,住民が同年2月27日付けで「市町村合併について住民投票を実施していただきたい」との内容の住民投票実施についての陳情を提出した。しかし,Aが市長の事務執行に関し拘束的なものであると反対意見を述べ,両津市議会は,同年3月25日,この直接請求の議案を否決し,陳情を不採択とした。

このように,本件負担金の予算が議決された際,本件住民投票条例の解釈について,住民投票を行うことが義務的なものであると市議会が認識していたものではない。また,本件住民投票条例に基づく住民投票を実施した後でなければ本件支出をしてはならないなどの意見は問題とならずに,上記予算は全会一致で議決された。

以上の経過からすれば,本件負担金の議決に基づく本件支出が本件住民投票条例に違反しないことは明らかである。

ウ Aの「可否の表明」と廃置分合の議決

原告は,平成15年6月23日に,Aが市長として両津市議会に対して廃置分合の申請をするための必要な議決をする議案を提出したことを「合併問題に関する可否の表明」に当たると主張するが,この主張を前提とすれば,Aが市長として両津市議会に対して廃置分合の議案を提出するまでに住民投票を実施する必要がある。そして,住民投票の実施が義務付けられているというのであれば,このときの市議会においてAが住民投票を実施しないことについて議論がなされるべきである。しかるに,原告をはじめ大半の議員は住民投票を実施しなかったAの対応について格別の問題提起をすることなく,同月30日に招集された両津市議会臨時会において,廃置分合に関する各議案が同年7月1日に全て賛成多数で可決承認されたのである。これは,当時の市議会は,本件住民投票条例に基づく住民投票の実施をするかしないかはAの裁量に属するものと解していたことを意味する。

原告自身もこのときの市議会において,住民投票を行っていないことを理由にAが廃置分合に関する議案を提出したことが違法であるとの発言をしていない。何よりも,両津市議会は,D議員の反対意見をも踏まえて廃置分合に関する各議案を賛成多数で議決した。このことは,本件住民投票条例を制定した両津市議会自身が住民投票を実施するか否かについて市長の裁量に属するものであると判断した証左である。

本件住民投票条例が成立した平成13年12月21日から原告が本件訴訟を提起する平成15年9月17日までの間,両津市議会の解散は行われておらず,同議会議員は一部変動があったもののその大半は同一の議員で構成されていたのであり,本件住民投票条例の制定に関与した議員がそのままその後の同条例に関わる出来事に関与してきたのである。同議会は,住民投票を実施する必要性を認めず,合併手続を進めてきたのであり,本件負担金の予算計上もかかる合併を前提としたものとして行われたのであって,議会制民主主義にかなっている。

エ 本件負担金が適法な廃置分合手続などを経た上で支出されたこと両津市議会は,本件住民投票条例3条1項に定められている住民投票の実施時期について,「市長が適当と認めたときに議会の同意を得て」の意味を,A市長及び両津市議会議員の大半が住民投票実施の必要性の有無についても市長の裁量に委ねる趣旨と考えていたのである。このことは,前記のような,両津市議会における本件住民投票条例の一部改正に関する直接請求を受けた議案の審議等から明らかである。

そして,平成15年10月10日,新潟県知事は,新潟県議会の賛成多数の承認可決を得て,前記廃置分合を決定し,同年11月4日,総務省告示第664号により両津市他9町村の廃置分合に関する告示がなされた。

このような経過の後,本件負担金合計2488万円の支出がなされたもので,本件支出が適法であることは明らかである。

オ 拘束的な住民投票条例について

憲法は地方自治行政について間接民主制を基本としているため(憲法93条),現行の地方自治制度上,住民投票制度は一般的制度としては規定されていない。他方,住民の意思を直接地方行政に反映させる制度として,地方自治法において直接請求制度や住民監査請求制度等の直接参政制度が認められているが,これらは代表民主制の補完的な制度である。このように,現行の法制度においては,合併そのものについて住民投票を行うことは認めていない。地方自治法7条5項は,市町村の廃置分合及び境界変更について,当該市町村の議会の議決を要件としているが住民投票までは要求していないのであり,法律よりも下位にある条例でもって,同条の要件を加重することは許されない。

このような憲法や法律の定めからして,条例において住民投票制度を定めるにしても,それは地方自治行政における代表民主制を損なわないものであることが要請される(憲法94条)。したがって,投票結果が拘束的な内容の住民投票条例(拘束的住民投票条例)は違法である。両津市の住民投票条例3条2項は,市長は住民投票の結果を尊重すべきとしているが,前記のとおり,両津市議会が市民からの条例改正の直接請求を否決したことからすると,本件住民投票条例の解釈が住民投票の結果に市長が「従う」という内容のものではないこと及び住民投票の実施時期について「合併協定書の調印前までに」と期限を定めての実施を義務化する内容のものではないことが示されている。

第3争点に対する判断

1  前記第2の1記載の事実に証拠(甲1ないし4,6,10,11,乙1ないし10,12,13,原告)及び弁論の全趣旨を総合すると,以下の事実が認められる。

(1)  本件住民投票条例の制定経緯

ア 平成13年6月22日,毎年1回開催される佐渡島内の市町村長及び議会議長の懇談会の席上で,佐渡市町村会長から,佐渡市町村合併検討協議会(合併任意協議会)を設置することが提案された。両津市は,これに対する態度を保留したが,同協議会の発足と役員人事が決定された。

両津市長及び両津市議会議長は,佐渡市町村合併検討協議会会長に対し,同年8月1日付けで,「検討協議会参加について(意見)」と題する文書を提出し,両津市としては,市町村合併は地域の将来や住民の生活に大きな影響を及ぼす問題としてとらえ,住民の意向を充分に反映させてから任意協議会をスタートさせるべく,住民説明会を開催する等その事前準備を進めているところであるとし,市町村合併に対する両津市の方向性が決まるまで,任意協議会として認めることはできないので,それまでの間は合併連絡協議会としての認識で参加するなどの意見を付して参加することを表明した。

イ 両津市は,同年9月8日,市町村合併に賛成・反対等の討論者による合併討論会を開催し,同年10月には,市内全世帯を対象に合併のアンケート調査を実施した。

ウ 両津市議会では,議員全員を委員とする市町村合併に関する調査特別委員会を設置し,同年12月19日開催の同委員会において,上記アンケートでは住民の意向が充分反映されていないとの意見が相次ぎ,住民投票を行うべきであるとする意見が委員の大勢を占め,出席委員全員が住民投票を行うこととしてその時期等については小委員会で検討することを了承した。

次いで,当時の両津市議会の全8会派から各1名を小委員に選出し,その8名の小委員で構成する小委員会を開催した。小委員会では,住民投票の実施時期に関して議論が集中し,住民説明会を開催するなどして住民に情報を提供した上で住民投票を実施すべきであるとする意見と,合併に参加する他の町村に迷惑をかけないようできる限り早期に実施すべきであるとする意見があったが,原告が「120日以内にして,後は市長判断に任せてはどうか。」と提案し,全員がこれを了承した。

そして,再開された市町村合併に関する調査特別委員会では,上記審議の結果を踏まえ,小委員会で住民投票条例案を作成することとされ,原告が作成した原案をもとにした同条例案は,同月21日,両津市議会において提出された。同条例案は全会一致で可決され,さらに,両津市長が再議に付したものの,出席議員の3分の2以上の賛成者を得たため,本件住民投票条例が成立した。

(2)  本件住民投票条例の改正経緯

ア 平成14年3月議会における本件住民投票条例改正案の提案に際し,両津市長は,「本案は,住民投票の実施について本条例施行の日から120日以内に実施すると規定しているものを,市民に市町村合併に関する情報の提供等を行い,その上で市長が適当と認めたときに議会の同意を得て実施する規定に改正するものであります。」と提案理由を説明した。

この説明に対する質疑応答では,住民投票を実施するか否か自体は議論の対象とはならず,専ら市民に情報提供をするタイムリミットはいつか,どこまでの情報を提供できるのかという点に議論が集中していた。市民に対する情報提供に関する原告らの質疑に対し,企画財政課長は,既に実施した住民説明会は小学校単位であったがそれでも2か月かかったのであるから,市民に理解してもらうにはくまなく住民説明会を実施する必要があり,かなり時間がかかるという認識を示した。

イ そして,同改正案は全会一致で可決され,同条例3条1項のうち,「本条例の施行の日から120日以内に」とあったのが「市長が適当と認めたときに議会の同意を得て」と改正された。しかし,他の規定については改正されなかった。

(3)  市民に対する情報提供等の状況

両津市は,本件住民投票条例制定前である平成13年5月から同年7月にかけて,市内20会場で,同年2月に新潟県が策定した「新潟県市町村合併促進要綱」に関し,地域別住民説明会を開催した。

本件住民投票条例改正案の可決後は,平成14年8月から平成15年6月までの間,合計25か所で住民説明会が実施され,両津市民に対し,市町村合併に関する情報提供等がなされた。

(4)  本件住民投票条例改正後の経過

平成15年3月25日,両津市議会において,全会一致で本件負担金の予算が議決された。同日,両津市議会は,同年2月22日に受理した住民からの「両津市が佐渡一島一市の合併の可否を住民投票に付するための条例改正請求書」による直接請求(本件住民投票条例3条1項中「市長が適当と認めたときに議会の同意を得て,これを」を「合併協定書の調印前までに」に改め,同条2項中「一島一市の合併問題に関する可否の表明をするにあたり」を削り,「を尊重して行う」を「に従う」に改めるという内容のもの。)の議案を否決し,同年2月27日付け「市町村合併について住民投票を実施していただきたい」との住民からの陳情が提出されたものの,これを不採択とした。

そして,住民投票は行われなかったが,同年6月30日に招集された両津市議会臨時会において,廃置分合に関する各議案が同年7月1日に全て賛成多数で可決承認された。

同年7月28日,住民から両津市議会の解散直接請求がなされ,同年9月14日に解散投票が実施されたが,反対が有効投票の過半数を占め,解散とはならなかった。同年10月10日,新潟県知事は,新潟県議会の賛成多数の承認可決を得て,前記廃置分合を決定した。そして,同年11月4日,総務省告示第664号により両津市他9町村の廃置分合に関する告示がなされた。その後,同年11月23日,任期満了に伴う両津市市長選挙が行われ,Aと原告が立候補したが,Aが有効投票の過半数を獲得して三選を果たした。

このような経過の後,本件負担金合計2488万円の支出がなされた。

2  争点について

(1)  本件住民投票条例の改正の趣旨について

前記のとおり,本件住民投票条例は,両津市が佐渡一島一市の合併に参加する場合,その合併の可否について,市民の意思を確認することを目的とし,この目的を達成するために,合併に対する賛否について住民投票を行うと定めるとともに,市長は,一島一市の合併問題に関する可否の表明をするにあたり,地方自治の本旨に基づき住民投票における有効投票の賛否いずれか過半数の意思を尊重して行うものとすると定めていた。そして,住民投票の実施時期については,同条例制定当時,その施行日から120日以内に住民投票を実施するものとすると規定されていた。さらに,その改正に当たっても,住民投票実施時期につき定めた同条例3条1項のうち,「本条例の施行の日から120日以内に」とあったのが「市長が適当と認めたときに議会の同意を得て」と改正されたほかは,改正された規定はなかった。

また,本件住民投票条例制定に至るまでの議会の審議状況は,市町村合併に関する調査特別委員会において,住民投票を行うべきであるとする意見が委員の大勢を占め,小委員会では,住民投票の実施時期に関して議論が集中したという状況であった。改正時には,市長の提案理由において,「市民に市町村合併に関する情報の提供等を行い,その上で市長が適当と認めたときに議会の同意を得て実施する規定に改正する」旨説明され,その質疑応答では,住民投票を実施するか否か自体については何ら議論されず,専ら市民に情報提供をするタイムリミットはいつか,どこまでの情報を提供できるのかという点に議論が集中していたのである。

以上のような本件住民投票条例の規定の内容や改正部分,制定及び改正時の議会における審議状況からすると,本件住民投票条例の改正に当たり,両津市議会においては,住民投票を実施すること自体は前提とされていたものと認められる。そうすると,本件住民投票条例の改正の趣旨は,原告の主張するとおり,当時合併協議会の協議内容が市民に全部報告できるような状況ではなく,120日以内では市民に対する情報提供の期間としては不十分であるから,120日以内という制限をなくすための改正とみるべきであり,「市長が適当と認めたときに」の意味については,市民に市町村合併の詳細を知らせて,その実施状況を確認した上で市長が適当と認めた時に住民投票を実施するという意味であると解するのが相当である。もっとも,議会の同意が新たな要件として加えられたことは文言上明らかである。

この点,被告は,本件住民投票条例改正後に,両津市議会が住民からの同条例の一部改正に関する直接請求を賛成少数で否決したこと,住民投票実施の陳情についても不採択の議決をしたこと,住民投票は行われなかったものの,平成15年7月1日に両津市議会で廃置分合に関する各議案が賛成多数で可決承認されたこと,住民からの両津市議会の解散直接請求について実施された解散投票において,反対が有効投票の過半数を占め,解散とはならなかったこと,任期満了に伴う両津市市長選挙においてAが原告を破り三選を果たしたことなど,両津市議会等において,合併問題に関し住民投票が実施されないことがほとんど問題視されなかったことを指摘し,本件住民投票条例の成立日から本件訴訟の提起日までの間,両津市議会議員の大半が同一の議員であったことからすると,両津市議会は,本件住民投票条例を改正し,住民投票の実施そのものを市長の裁量に委ねたと主張する。しかし,被告の指摘するこれらの事実は,いずれも本件住民投票条例の改正後の事情であり,同改正後に両津市議会の意思がこのように変化したものとは認められても,同改正時の意思も同様であったとは認められない。

(2)  本件負担金の支出の適法性について

しかし,本件住民投票条例の改正の趣旨を上記のとおりに解したとしても,市町村の廃置分合に関しては,地方自治法上,住民投票の実施が要件となっているものではなく,また,市町村長の判断が住民投票の結果に拘束されるものでもない。本件住民投票条例においても,「合併問題に関する可否の表明をするにあたり」,「住民投票における有効投票の賛否いずれか過半数の意思を尊重して行う」と規定されているにとどまり,「住民投票の結果に従う」等の拘束性を認める規定はされていないのであるから,両津市長の廃置分合に関する判断が住民投票の結果に拘束されるものではないことは明らかである。そうすると,住民投票を実施したとしても,両津市長は,その裁量の範囲内で市長としての判断をすることができるのであるから,住民投票の実施の有無自体が直接に本件の廃置分合の効力に影響を及ぼすと認めることはできない。したがって,本件において住民投票を実施しなかったことは,佐渡一島一市の廃置分合の効力には何ら影響を及ぼさないものというべきである。

そして,本件負担金の支出は,両津市議会において,平成15年度予算として適正な手続を経て議決して計上したものを,佐渡一島一市の廃置分合が正式に決定したため,同予算に従って執行したにすぎず,その手続には何ら違法な点は見当たらない。

この点,原告は,公金の支出に当たっては,支出の原因となるべき契約その他の行為(支出負担行為)が,法令又は予算の定めるところに従って行われなければならないとされているところ,本件住民投票条例2条1項及び3条によれば,合併に対する賛成の意思表明である合併準備のための本件負担金の支出は,住民投票が実施された後でなければできないというべきであるから,両津市長が住民投票を経ないで合併に関する賛成の意思を表明したという点において,支出負担行為をする手続が同条例に反し,「法令に違反」していることは明らかであると主張する。

しかし,予算の提案や予算の執行が本件住民投票条例でいう「合併問題に関する可否の表明」に当たらないことは明らかというべきである。また,本件住民投票条例は,住民投票の結果,有効投票の賛否のいずれが過半数を占めるかが判明するまで,両津市長において合併問題に関する可否を表明してはならないことまで義務付けたものとは認められないのである。

したがって,住民投票が実施されなかったとしても,本件負担金の支出は,適法な予算手続に従っているのであり,本件住民投票条例によって予算執行が拘束されるものではないのであるから,本件負担金の支出負担行為が法令に違反していないことは明らかである。

また,原告は,住民投票が実施されなかったことにより,両津市における廃置分合手続の過程に違法が生じているから,佐渡市の成立は無効であり,したがって,本件負担金の支出も違法な支出に該当する旨主張するが,前記のとおり,住民投票の実施は,地方自治法上市町村の廃置分合の要件とはなっていないのであって,本件において,住民投票が実施されなかったことは,佐渡一島一市の廃置分合の効力には何ら影響を及ぼさないから,原告の主張は失当である。

(3)  以上のとおり,本件負担金の支出は適法であるから,その余の主張について判断するまでもなく,原告の主張は理由がない。

3  したがって,本件請求は理由がないからこれを棄却することとし,訴訟費用の負担につき,民事訴訟法61条を適用して,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 犬飼眞二 裁判官 外山勝浩 裁判官 入江恭子)

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