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新潟地方裁判所 平成16年(わ)564号 判決 2005年6月29日

主文

被告人A及び被告人Bをそれぞれ罰金300万円に処する。

被告人C,被告人D,被告人Eをそれぞれ罰金250万円に処する。

被告人5名においてその罰金を完納することができないときは,被告人5名について,それぞれ金1万円を1日に換算した期間,その被告人を労役場に留置する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人Aは,平成11年4月1日から同14年3月31日までの間,新潟市都市整備局下水道部下水道建設課長をしていたもの,同Bは,同14年4月1日から同15年3月31日までの間,同下水道建設課長をしていたもの,同Cは,同12年4月1日から同16年8月31日までの間,同下水道建設課課長補佐をしていたもの,同Dは,同14年4月1日から同15年3月31日までの間,同下水道建設課課長補佐をしていたもの,同Eは,土木工事,建築工事等を業とする株式会社Iの専務取締役をしていたもの,分離前相被告人Fは,土木工事,建築工事等を業とするJ株式会社の代表取締役をしていたもの,同Gは,土木建築請負等を業とする株式会社Kの代表取締役をしていたもの,同Hは,土木建築,設計施工請負等を業とする株式会社Lの代表取締役をしていたものであるが,

第1被告人A及び同Eは,共謀の上,新潟市が平成14年1月10日に執行する下建第187号鳥屋野排水区小張ノ木第2分区枝線62~690下水道工事の指名競争入札に関し,その指名業者である株式会社Iに同工事を予定価格に近接する金額で落札させようと企て,被告人Aが,同13年12月中旬ころ,新潟市一番堀通町a番地bc所在の新潟市役所第一分館において,被告人Eに対し,同工事の予定価格算定の基礎となる設計金額は9973万9500円である旨教示し,これを基に同予定価格を推認した被告人Eが,同14年1月10日,同市役所企画財政局財政部契約課入札室において行われた同工事の入札に際し,同会社の営業課長Mを介し,同工事の予定価格9973万円から消費税相当額を控除した入札書比較予定価格9498万円に近接する9300万円で入札して同会社に同工事を落札させ

第2被告人Aは,Fと共謀の上,新潟市が平成14年3月27日に執行する下建第315号姥ヶ山排水区私道(その4)下水道工事の指名競争入札に関し,その指名業者であるJ株式会社に同工事を予定価格に近接する金額で落札させようと企て,被告人Aが,同月19日ころ,前記新潟市役所第一分館において,Fに対し,同工事の予定価格算定の基礎となる設計金額は5141万8500円である旨教示し,これを基に同予定価格を推認したFが,同月27日,前記入札室において行われた同工事の入札に際し,同工事の予定価格5141万円から消費税相当額を控除した入札書比較予定価格4896万1000円に近接する4890万円で入札して同会社に同工事を落札させ

第3被告人B及び同Eは,共謀の上

1  新潟市が同14年6月26日に執行する下建第10号曽野木排水区枝線43-1~130下水道工事の指名競争入札に関し,その指名業者である株式会社Iに同工事を予定価格に近接する金額で落札させようと企て,被告人Bが,同年5月下旬ないし6月上旬ころ,前記新潟市役所第一分館において,被告人Eに対し,同工事の予定価格算定の基礎となる設計金額は6033万3000円である旨教示し,これを基に同予定価格を推認した被告人Eが,同年6月26日,前記入札室において行われた同工事の入札に際し,前記Mを介し,同工事の予定価格6033万円から消費税相当額を控除した入札書比較予定価格5745万7000円に近接する5650万円で入札して同会社に同工事を落札させ

2  新潟市が同15年3月19日に執行する下建第239号曽野木排水区私道(その1)下水道工事の指名競争入札に関し,その指名業者である株式会社Iに同工事を予定価格に近接する金額で落札させようと企て,被告人Bが,同年2月下旬ないし同年3月上旬ころ,前記新潟市役所第一分館において,被告人Eに対し,同工事の予定価格算定の基礎となる設計金額は1億482万1500円である旨教示し,これを基に同予定価格を推認した被告人Eが,同年3月19日,前記入札室において行われた同工事の入札に際し,前記Mを介し,同工事の予定価格1億482万円から消費税相当額を控除した入札書比較予定価格9982万8000円に近接する9650万円で入札して同会社に同工事を落札させ

第4被告人BはFと共謀の上,新潟市が同14年9月4日に執行する下建第85号姥ヶ山排水区枝線216~224-2下水道工事の指名競争入札に関し,その指名業者であるJ株式会社に同工事を予定価格に近接する金額で落札させようと企て,被告人Bが,同年8月28日ころ,前記新潟市役所第一分館において,Fに対し,同工事の予定価格算定の基礎となる工事価格は4502万円である旨教示し,これを基に同予定価格を推認したFが,同年9月4日,前記入札室において行われた同工事の入札に際し,同会社の営業課長Nを介し,同工事の予定価格4727万円から消費税相当額を控除した入札書比較予定価格4501万9000円に近接する4490万円で入札して同会社に同工事を落札させ

第5被告人BはGと共謀の上,新潟市が同14年10月1日に執行する下建第117号新潟第5処理分区枝線323~342下水道工事の指名競争入札に関しその指名業者である株式会社Kに同工事を予定価格に近接する金額で落札させようと企て,被告人Bが,同年9月中旬ないし下旬ころ,前記新潟市役所第一分館において,Gに対し,同工事の予定価格算定の基礎となる設計金額は5925万1500円である旨教示し,これを基に同予定価格を推認したGが,同年10月1日,前記入札室において行われた同工事の入札に際し,同会社の営業課長Uを介し,同工事の予定価格5925万円から消費税相当額を控除した入札書比較予定価格5642万8000円に近接する5460万円で入札して同会社に同工事を落札させ

第6被告人Cは,土木建築工事請負等を業とする株式会社Oの代表取締役P及び同会社の社員Rと共謀の上

1新潟市が同14年9月6日に執行する下建第62号姥ヶ山排水区枝線156~191下水道工事の指名競争入札に関し,その指名業者である同会社に同工事を予定価格に近接する金額で落札させようと企て,同月上旬ころ,前記新潟市役所第一分館において,前記Rに対し,同工事の予定価格算定の基礎となる工事価格3124万円に沿う金額を教示し,これを基に前記Pが同予定価格を推認した上,同月6日,前記Rにおいて,前記入札室において行われた同工事の入札に際し,同工事の予定価格3280万円から消費税相当額を控除した入札書比較予定価格3123万8000円に近接する3100万円で入札して同会社に同工事を落札させ

2 新潟市が同15年8月27日に執行する下建第114号万代排水区流作場分区枝線105~108下水道工事の指名競争入札に関し,その指名業者である同会社に同工事を予定価格に近接する金額で落札させようと企て,同月下旬ころ,前記新潟市役所第一分館において,前記Rに対し,同工事の予定価格算定の基礎となる工事価格2666万円に沿う金額を教示し,これを基に前記Pが同予定価格を推認した上,同月27日,前記Rにおいて,前記入札室において行われた同工事の入札に際し,同工事の予定価格2799万円から消費税相当額を控除した入札書比較予定価格2665万7000円に近接する2630万円で入札して同会社に同工事を落札させ

第7被告人Dは,H及び株式会社Lの取締役営業部長をしていたSと共謀の上,新潟市が平成15年3月19日に執行する下建第233号鳥屋野排水区下所島雨水幹線16-2下水道工事の指名競争入札に関し,その指名業者である同会社に同工事を予定価格に近接する金額で落札させようと企て,被告人Dが,同月中旬ころ,前記新潟市役所第一分館において,Sから「下建第233号の和合町内の物件について勉強しています。」,「セブンティーンくらいでしょうかね。」,「17台ですかね。」と前記工事の設計価格について1億7000万円台であるかの確認を求められた際に,被告人Dにおいて,関係資料を確認した上で,「いい線だね。」などと答え,さらにSが,1億7000万円台の真ん中あたりかを問う趣旨で手を水平に横に振って「この辺ですか。」と重ねて質問したことに対し前同様に回答し,よってSに対し,同工事の予定価格算定の基礎となる工事価格1億7554万円に沿う金額を漏洩して教示し,教示された同人に同予定価格を推認させ,これを基にHが,同月19日,前記入札室において行われた同工事の入札に際し,同会社の営業部主任Tを介し,同工事の予定価格1億8431万円から消費税相当額を控除した入札書比較予定価格1億7553万3000円に近接する1億6800万円で入札して同会社に同工事を落札させもって,それぞれ,偽計を用いて公の入札の公正を害すべき行為をしたものである。

(証拠の標目)

(法令の適用)

被告人Aの判示第1,第2,被告人Bの判示第3の1,第3の2,第4,第5,被告人Cの判示第6の1,第6の2,被告人Eの判示第1,第3の1,第3の2及び被告人Dの判示第7の各所為はいずれも刑法60条,96条の3第1項にそれぞれ該当するところ,各所定刑中罰金刑を選択し,被告人Aの判示第1,判示第2,被告人Bの判示第3の1,第3の2,第4,第5,被告人Cの判示第6の1,第6の2,被告人Eの判示第1,第3の1,第3の2の各所為は被告人A,被告人B,被告人C,被告人Eにつき,それぞれ同法45条前段の併合罪であるから,被告人A,被告人B,被告人C,被告人Eの各所為についてはいずれも同法48条2項によりそれぞれの被告人の各罪所定の罰金の多額を合計した金額の範囲内で,被告人Dについてはその所定金額の範囲内で,被告人A及び被告人Bをそれぞれ罰金300万円に,被告人C,被告人D,被告人Eをそれぞれ罰金250万円に処し,被告人5名においてその罰金を完納することができないときは,被告人5名についてそれぞれ同法18条により金1万円を1日に換算した期間その被告人を労役場に留置することとする。

(量刑の理由)

本件は,当時,新潟市都市整備局下水道部下水道建設課長を務めていた被告人Aないし被告人B,あるいは新潟市都市整備局下水道部下水道建設課長補佐を務めていた被告人Cないし被告人Dが,被告人Eないし新潟市内の建設会社の代表取締役などの業者とそれぞれ共謀の上,これらの会社が複数の指名業者のうちの一社に各選定されていた新潟市発注の指名競争入札下水道工事に関し,同工事の予定価格算定の基礎となる工事価格ないし設計金額に沿う概略の数字等の情報を被告人A,被告人B,被告人C,被告人Dらにおいて被告人Eなどに漏洩した結果,その教示を受けた株式会社I,J株式会社,株式会社K,株式会社O,株式会社Lにおいてそれぞれ予定価格に近接した価格で上記工事の一部を落札することに奏功し,もって,偽計により公の入札の公正を害したという競売入札妨害の各事案である。

ところで,関係証拠によると,新潟市の公共工事については,かねてから小規模な零細中小企業の保護や各地域における建設業の共存共栄の美名の下に,関係業者間で事前に受注調整(談合)を行ってあらかじめ本命業者を絞り込み,当該本命業者が入札金額を可能な限り高額にして利益をできるだけ確保する目的から,入札期日以前に担当の市役所職員から設計金額の教示をうける情報収集を行うことを「ボーリング」などと呼称して励行していたものであり,行政側も,当該工事が不当に安価に落札されるなどして工事の質が保障されない事態になることを危惧したり,多年にわたる建設業界の悪しき慣行を毅然として正して法令遵守させる指導力を欠落していたことなどから,業者側のボーリングに応じることがさして罪悪視されておらず,むしろ,これに協力する姿勢で執務を担当するようにと安易な引継がなされていた時期が存したことが認められる。このような事態は,本件被告人らはもとより,これを多年にわたり放置,黙認した新潟市もきびしい批判を免れないものであり,本件各事件の背景事情には歴史的にも根深い官民癒着の実態が存したことを指摘せざるを得ないものである。

他方,本件当時は,新潟市側も一般競争入札制度の導入や予定価格の事前公表の改革に着手して旧弊を打破しようと努めていた時期であり,法律に違反して,公正かつ自由な競争の確保を妨げる事実上の特権を認めることは論外という姿勢に転換していた過渡期にあったと認められる。,これら改革の一環として新潟市の側では,社団法人新潟市建設業協会に対し,他県での落札率の平均を参考にするなどして予定価格から,3ないし5パーセント引いた価格で入札するように事前に一般的な形で要望していたものであり,この要望に沿う約95.7パーセントで落札した判示第7記載の株式会社Lが出現していた反面,落札率が,約99.9パーセント近くの高率なまま終わった入札もあって,この要望を無視していた業者も少なくなく,いずれにしても本件各犯行が,公正な入札制度に対する世間一般の信用を害し,不当な利益を得て納税者に損害を与えた可能性があることは看過することはできず,その社会的影響の大きさ,衝撃の強さからその犯情にさしたる径庭はなく,いずれも悪質と言わざるを得ない。

そして,検察官が冒頭陳述で本件全体の構図や歴史的経緯,背景を解明,詳述しているように,新潟市の下水道建設課では,平成4年頃以降,課長補佐以上の職員が業者のボーリングに対していわば職務行為として予定価格を漏洩する漏洩システムが生じていて,その職責に配置された職員において,これを実行して来ていた組織的,構造的なものであることが認められた。

さらに,下水道建設課における価格漏洩は,落札業者に不当な利益を得させ入札妨害に重要な意味を有するものであるが,本件入札妨害の官民癒着の構造は,それ以前に新潟市契約課において,業者一覧表の掲示をする等して指名業者の事前公表を行い業者間の談合を容易にしていた伏線がある。そして,本件事件が防止できなかった原因は,これを放置していた当時の新潟市長ら三役及び新潟市下水道部長など市の中枢幹部の不作為による部分が大であると指摘できる。

そこで,官民癒着の実態を放置し,その改善,防止に消極的であった新潟市長や幹部職員等の地位,権限とその本来の責任に比すれば,本件官側被告人4名の地位と役割は,本件入札妨害罪を支える官民癒着の全体構造の中では,主導的とも積極的とも評価し難い補助的な位置と役割に留まるものと認められる。以下,若干これを敷衍して説明する。即ち,官民談合による入札妨害の主役は,まず,新潟市においては,民間業者間における調整役の存在を中心に,連絡役,本命業者,相入札業者間の「受注調整」の美名と協力により展開し,その直接的利益はあらかじめ決定されていた本命業者に,間接的利益は関係業者に帰属する仕組みである。

従って,官側の談合行為に加担する行為中,最も重要な核心は,まず,本命業者を指名業者に加えることであり,次に参加する指名競争入札業者名の公表である。

これらの準備と作業は,新潟市の契約課・指名委員会と下水道建設課,業者らとの連携によることになる。そして,設計価格等の漏洩は,本命業者に対し談合による利益確保を確実にする貴重な情報であるが,本件前後にこれらの価格公表が現実のものとして改革されていたことからも理解できるように,業者が利用可能な設計ソフトにより概略推計可能な数字であって,下水道建設課からの漏洩がなされなくても,本命業者が入札できなくなるものではない。

もとより,本件各公訴事実で被告人らは,刑法96条の3第1項の「入札の公正を害すべき行為」をしたことを問責されているもので,同条2項の「公正な価格を害し又は不正な利益を得る目的で談合した者も同様とする」の刑責を問われている訳でないから,価格漏洩自体が,入札の公正を害すべきものであり,これを過少評価することは相当ではないことは明らかである。他方,新潟市の当時の官民癒着の実態の中において,官側被告人4名の犯行は,上命下服の行政機構の中では,同被告人ら個々人の発意や立案によって生じるなど,積極的,能動的な中心的な役割を果たしていたものではない。いずれもそれぞれが当該役職に就任する以前に,新潟市役所幹部と,業界の幹部らとの間で完成していた前述の仕組みに基づき,おおよその予定価格を漏洩する程度のことは,いわば業務遂行に付随する必要な慣行としてこれまで黙認されているものとの理解で継続していたものと認められる。

それ故,官側被告人4名においては,業者側から利益を得る目的など私利私欲の利己的な動機に基づきそれぞれの犯行を実行したものとは認め難い。官側被告人4名らは,それまでの新潟市の下水道の普及率が低迷していた状況からその普及率上昇のための建設に向けて,下水道建設工事予算が増加し仕事が繁忙になる状況下で,業者側との円滑な関係を維持することが必要であり,従前の手法を変えることでは仕事をこなせないとの認識の下で,その時々の新潟市の関係各部署の上司等の命令に従い,これらの慣行を是として,長年懸命に努力して執務に励んでいたもので,それぞれ違法性の意識は希薄であったと推認される。

いうまでもなく,これらの被告人の職責と権限からすれば,法令遵守が第一で,上司の指示や慣行が法令に違反していれば当然これを是正すべき立場にあったことから,期待可能性がないとはいえず,相応の処罰を免れないことは言うまでもない。

検察官が鋭く指摘するように,組織的な犯行においてはそれに加担すること自体で違法性が高く,厳罰をもって望むことが不可欠であり,さして情状酌量の余地はないとの立論はそれなりに説得力があり,一罰百戒の見地から懲役刑の選択こそ必須であるとも考え得る。けれども,本件各犯行は,いずれも前記被告人ら課長職や課長補佐職で立案,検討され,共謀して実行された個人的動機による犯行ではない。

法律の専門家でなく技術畑を歩んでいた官側被告人4名に対しても,それまでの市長,局長,議会等から,さして違法として問題視されなかった設計価格等の各漏洩が競売入札妨害罪に該当するとの法律的な視点,解釈に気づき,問題点を掘り出して,これを拒否し上司らに対して異議を申し立てて防止すべく行動するべきであったと求めることは理屈の上では可能で,それこそ,公務員として期待されるあるべき姿の理想であろう。,しかしながら平均的な能力の普通の公務員を想定すると,多忙を極める現場の実情のなかで,変化が激しい法律改正に留意し,裁判例や行政のあるべき姿に思いを致して,上命下服の権力構造に逆らいこれを改善することは相当に困難なことであり,主として同被告人らの法律知識の無知から旧来の悪風を改善,一掃しなかったことにはいささか同情の余地が存すると思われる。

そもそも,どのポストにあっても法令を熟知しているべきことは当然であり,法の不知は許されないというべきであるけれども,現実の生身の人間の能力,仕事の繁閑,専門分野,学歴,職場における法令に対する教育指導の具体的実情に照らせば,それぞれの被告人が,前任者が処罰されてこなかったとして,先例,慣行や上司の明示,黙示の指示に従った行政官としての日常の活動が,さしたる違法性の高い行為として認識できなかったことは,感心できる良いことではないが,量刑事情としては考慮すべき事情であろう。この条理は,官側被告人4名と全く同じ官職等について同様の行為を反覆して繰り返していたと推定される複数の市職員らが処罰されないで不起訴に終わっている実質的な理由ではないかとも推測可能である。

もとより,公訴時効の壁もあり,重要人物や参考人の死去,個別の証拠関係の存否という乗り越え難い困難な事情から,すべての関係者を逮捕し,訴追することは法律的にも実際的にもできない事柄であり,本件各公訴提起が,恣意的になされた場当たり的なものでないことは,関係各証拠から十分納得のできるところであり,本件公訴提起が不公平なものと断じることは到底できない。けれども,公訴提起された被告人らは,いずれも他に責任を転嫁するなど右顧左眄せずに,率直に自らの知る真実を吐露し,自白してその刑責に服する意思を示している。捜査段階からの供述の早い遅い,弁解の濃淡はあるが,自己の罪を悔いていることにおいては,いずれも人一倍の悔悟,実直で誠実な人柄がそれぞれ感じられ,明確に違法行為であることを認識した現在では,本件被告人らに再犯の虞はないと考えられる。

以上によれば,公務員の被告人らに対してのみ,懲役刑を選択して,これを解雇処分させ,公務員でない被告人にだけ罰金刑を選択することは,不起訴に終わった他の市役所職員等がその地位にとどまっていることとの対比,本件共犯者の量刑との比較考量からして,疑問が感じられ,いささか躊躇を覚える。公平,適正であるべき法の適用や量刑を本件各事案に当てはめて考えれば,本件犯罪は,公務員側と民間側がそれぞれ組織的に関与していたことを抜きには語れないものであり,これに関与した被告人の立場,権限の相違はあれ,個別の犯罪に関与した事情を無視して一律に民側がすべて罰金刑で,官側がすべて懲役刑と図式的に割り切れるものではない。本件事件の背後の全体像をも考慮しつつ,個々の被告人の関与した具体的な犯罪の内容に応じて,同等のものは同等に処罰して,処罰の均衡,公平を図ることにより正義が潜んでいるのではなかろうか。

そして,まず,検察庁が,事件全体をしっかり捕らえた上で,本件犯罪の根幹を支える官民癒着の問題点をえぐり出し,これまで業者側の被告人すべてについて罰金刑の求刑をしたことは,真面目に稼働し前科のない市民に向けられた刑罰権発動を求める在り方として格別疑義の感じられない穏当で適切な判断であったと思われこれまで分離した相被告人らはすべて罰金刑で確定していることが当裁判所に明らかな事実である。そうだとすると,同様に,これまで真面目に勤務し大過なく市民生活を過ごして来た官側被告人4名が,同じ犯罪に加担した業者側の分離前の相被告人らと比較してより重大であると評価すべきその他の要素が認められるであろうか。,この点に関しこれまで当裁判所は,縷々,官側の責任の重さを指摘して来た。

そもそも法令を遵守すべき立場にある公務員たるものが,組織的に違法を犯していては,その指導に依拠する民間業者(会社)に範を垂れることなどできない。

この道理は,官側におけるトップから末端の職員まで貫徹されるべきものであることは当然の事柄である。この理はいくら強調しても強調しすぎると言えないであろう。しかし,その最も重い責任は,本来,日頃,高い地位と待遇を受け,現実に市政の舵取りを委ねられている新潟市の高官にこそ存するものである。

本件では,このように,市政の舵取りを担当する高官の責任者らの刑事責任が問われている場面ではない。末端の職員であっても,私腹を肥やす動機,結果であれば,全体の奉仕者にあるまじきものとして厳罰以外に綱紀粛正の方策はないと言えよう。,本件では共犯の民間の業者が私益を追求しての動機であったのであるから,これに加担した共犯の公務員側が自らの私腹を肥やす動機が無く,分け前にあずからなかった結果をことさら分断して高く評価することは出来ないとは思われるが,情状としては,官側被告人4名にさほどの悪質さがなかったものとして評価できよう。

これを要するに,同じ共犯の業者側が積極的に主導した経緯や,官側被告人4名が何らの利得にあずからなかった結末,官側の被告人4名以外の上位の幹部職員や同僚等のほとんど大多数が結果的に刑事罰を免れる結果になっている新潟市役所の現状などの種々の特別な背景や個別事情に思いを巡らせると,業者側個人の刑事罰との比較を論じる限りにおいて,その刑罰権の量と質が業者側に比して著しく異なるべきであるとの合理的理由に乏しい。官側被告人4名に対しては,相応の高額の罰金刑を科すこと及びその後同被告人らに下されると思料される新潟市役所における各懲戒処分等で十分に再犯防止は可能であると思料される。

よって,本件の官側被告人4名に対する刑罰権の行使は,本件における前述した種々の特別な事情に鑑みて謙抑的に行使することが至当であり,相被告人であった業者ら各共犯との処罰の均衡を必要とすべき事案との結論に到った。

なお,以上の当裁判所の量刑の論旨と結論は,本件事件後,新潟市において設置された新潟市入札談合等関与行為調査委員会の活動を通じて入札談合等の原因と防止対策を調査し,検討した同調査委員会の委員長を務めた新潟市の弁護士の当公判廷における冷静で調査事実を踏まえた理路整然とした証言と,当法廷に提出された同調査委員会の報告書の内容をも斟酌,考慮したものである。即ち,これらの証言や報告書によれば,本件官側被告人4名に対するいたずらな重罰は公平,平等を欠き,官民談合防止の再犯防止の決め手になるものではなく,より抜本的な市政改革こそ必要と指摘されている。以上に加えて,被告人A,被告人B,被告人C,被告人Dの各本人質問で当裁判所に感得された下水道完備へ向けた行政への各自の信念や情熱,これまでの実績,後述する被告人毎の個別事情を検討したところ,本件官側被告人4名については,本件事案の特殊性に鑑みれば,懲役刑を選択すべき合理的な理由と必要性が乏しく,罰金刑を科して復職の機会を与え,それぞれの立場で法令遵守の徹底に務めさせ再起を図らせることが,相当との結論に到った。

そこで,被告人らの各情状及び罰金額を検討する。

被告人Aは,犯罪歴がなく,本件以外では真面目に職務に精励していた公務員であって,本件発覚後は,当初から自己の犯行を包み隠さず供述して深い反省の態度を示しているがこのことが本件捜査の進展に益するところが少なくなかったと認められる。さらに,被告人Aは,事件後,職務を離れて休職扱いを受けるなどそれなりのきびしい社会的制裁を受けているなど酌むべき事情が存するが,多年にわたり下水道建設課の中で勤務し,課長補佐や課長職に在任して業者に情報漏洩を果たし,後任課長にもその引継をしていた事情等を勘案すると,その刑責は罰金刑の選択を可能かつ相当と判断できるが,被告人Aに対する罰金額は,共犯者中で最も重い300万円が妥当と判断される。

被告人Bは,前科がないが,被告人Aの後任として下水道建設課の課長職に在籍し,その在任中に官製談合防止法が成立していたのでこれに十分留意すべきであったこと,本件捜査に対し,当初は漏洩事実を否認していたがその後は自白し真実を述べるに到った経緯,被告人Aと同様に多年にわたり下水道建設課に在籍し業者に協力していた事情等を勘案すると,その下水道建設課長の在籍期間が1年間と短期間であったこと,心臓病に罹患し手術後通院治療中であることなど被告人Bに酌むべき事情を斟酌しても,被告人Bに対する罰金額も,被告人A同様に共犯者中の最高額である300万円が相当と判断される(なお,被告人Bは,本命業者がどの業者であるとの認識はなかったと述べ,業者との具体的共謀を否定するような供述を繰り返しているが,前述した多年の官民談合の仕組みを知悉していた以上,最終的にどの業者(会社)が本命業者になるかについての個別で具体的な共謀をするまでもなく,設計金額のボーリングを行う者の所属する会社が本命業者になることは確実な疑いのない慣行とされていたことを理解していたものであり,その結果,ボーリングをする者に設計金額を教示する毎に本命業者に落札させる旨の共謀が暗黙裡に成立していたものと当然判断されるものであり,被告人Bの前記供述やこれに沿う同弁護人の主張は,前に詳述した本件犯罪の生じた歴史,沿革,官民癒着の構造,実態や関係各証拠に照らして不自然,不合理と判断され,採用できない。)。

被告人Cは,懲役前科がなく,多年にわたり下水道各課に在籍して職務に精励していたもので,課長補佐として被告人Aや被告人B同様に本件犯行に加担した刑責は軽くないが,本件犯行を深く反省していることや相被告人等の罰金額を総合勘案すると,同被告人に対する罰金額は250万円が相当と判断される。

被告人Dは,犯罪歴がなく,多年にわたり市職員として職務に励んで来たもので,課長補佐として被告人Aや被告人B同様に本件犯行に加担した刑責は軽くないが,本件犯行を深く反省していること,相被告人等の罰金額を総合勘案すると,同被告人に対する罰金額は250万円が相当と判断される。

被告人Eは,下水道建設課長から設計金額の情報を得て判示のとおり3件の競売入札妨害を敢行していて,業者間での談合でも重要な役割を担い,終始株式会社I等民間業者の利益追求を目的として活動する中で前記犯行に至ったもので,その刑責は軽くない。ただ,被告人Eに懲役前科はなく,捜査段階から本件事実を認めて真摯に反省していること等を考慮し,相被告人等の罰金額を総合考慮し,250万円の罰金額を相当と判断した。

(求刑被告人A,被告人B両名に対し,それぞれ懲役1年6月,被告人C及び被告人Dに対し,それぞれ懲役1年,被告人Eに対し罰金300万円)

(裁判官 大谷吉史)

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