新潟地方裁判所 平成17年(わ)146号 判決 2005年12月13日
主文
被告人Aを罰金90万円に,被告人Bを懲役2年に,被告人Cを懲役1年6月に処する。
この裁判が確定した日から,被告人Bに対し3年間,被告人Cに対し2年間,それぞれその刑の執行を猶予する。
理由
(罪となるべき事実)
被告人Aは,平成14年3月22日に設立された医療法人であり,a県b郡c所在のI病院を営むもの,被告人BはAの専務理事,被告人CはAの常務理事,分離前の相被告人D及び同Eは,いずれもI病院の事務職員,同Fは,医療用機械等の販売等の業務を営むGの代表取締役であるが,被告人B及び同Cら5名は,Aがその設立準備段階においてLセンターから電源過疎地域等企業立地促進事業費補助金の交付上限額を3875万6000円とする旨の決定を受けていたことを奇貨として,その交付金額の算定基準となる実際に支払った補助対象設備の取得費用を水増しして多額の補助金を詐取しようと企て,A事務職員Hと共謀の上,Aの業務に関し,平成13年11月29日,I病院から東京都港区赤坂所在のLセンターに対し,AがGから補助対象設備として購入した超音波診断装置等9点の医療器械の実際の購入額は1281万100円であるのにその各購入単価を水増しして同購入額は5662万円である旨記載した内容虚偽の見積書等をファクシミリで送付するとともに,平成14年2月16日ころ,新潟県西蒲原郡西川町大字鱸(現新潟市鱸)所在の西川郵便局からLセンターに,同内容の水増しに係る購入単価等を記載した内容虚偽の納品書及び請求明細書等,並びに,AがGに上記金額に消費税相当額を加えた5945万1000円の代金を支払ったように仮装した北越銀行巻支店発行に係るGの石川銀行新潟支店に開設された普通預金口座宛ての振込受付書等の各写しを郵送するなどした上,同年3月8日ころ,真実は,Aが負担した同費用はGからの購入分も含めて3371万5100円であり,これに基づき算出される同補助金充当予定額は1685万7000円であるのに,Aが負担した同費用は7752万5000円であり,同予定額が3875万6000円である旨の内容虚偽の電源過疎地域等企業立地促進補助事業実績報告書を,同郵便局からLセンターに郵送し,そのころ,Lセンター職員Jを介して,Lセンター理事長Kにこれらを受領させ,Kをしてその旨誤信させ,同年4月10日ころ,Kに,Aに交付すべき同補助金額を3875万6000円に確定させた上,同月15日ころ,同郵便局からLセンターに,その支払請求書を郵送して同金額の補助金の支払を請求し,よって,同年5月30日ころ,Kからの指示を受けたLセンター職員から,新潟市上大川前通八番町所在の株式会社北越銀行新潟支店に開設されたA名義の普通預金口座に3875万6000円の金員の振込送金を受け,もって偽りその他不正の手段により,上記正当な補助金充当予定額1685万7000円との差額2189万9000円の間接補助金の交付を受けたものである。
(証拠の標目)
略
(法令の適用)
被告人3名の判示所為はいずれも補助金等に係る予算の執行の適正化に関する法律29条1項,32条1項(被告人B及び被告人Cにつきさらに刑法60条)に該当するところ,被告人B及び被告人Cの各罪につき各所定刑中いずれも懲役刑を選択し,その所定金額または所定刑期の範囲内で被告人Aを罰金90万円に,被告人Bを懲役2年に,被告人Cを懲役1年6月に処し,被告人B及び被告人Cに対し,情状により刑法25条1項を適用してこの裁判が確定した日から,被告人Bに対し3年間,被告人Cに対し2年間,それぞれその刑の執行を猶予することとする。
(量刑の理由)
本件は,I病院を経営する被告人Aの専務理事であった被告人B及びAの常務理事であった被告人Cが,I病院の職員らと共謀の上,補助金対象設備の購入のために支払った取得費用について水増しした購入単価に基づき作成した内容虚偽の実績報告書,送金を仮装して作出した振込受付書等をLセンターに提出するなどして,あたかも補助金対象設備の購入のために実際に支払われた取得費用よりも水増しされた取得費用を現実に支払ったかのように装うなどして,不正に間接補助金たる電源過疎地域等企業立地促進事業費補助金を取得したという補助金等に係る予算の執行の適正化に関する法律違反の事案である。
本件犯行は,当時資金繰りに苦しんでいた被告人AにおいてI病院を経営するに際し,できるだけ多額の補助金を得ようとして,その設立準備段階においてLセンターから補助金交付額の上限が3875万6000円と決定されていたのを奇貨として,被告人Aの理事,I病院の職員らが共謀して組織的に敢行したものであって,公金による補助金制度を悪用し,自己の組織の利益のみを追求したその身勝手かつ利欲的な犯行動機に酌量の余地はない。
そして,被告人Bは,共犯者D及び同Eらに対し,同Fに水増しした購入価格での見積書等を作成させるよう指示し,かかる指示の下,共犯者D及び同Eらからの依頼を受けて,共犯者Fが内容虚偽の見積書等を作成するなどした上,上記内容虚偽の見積書等に見合う金額をGに送金した事実を作出するため,I病院の職員に対する賞与資金として銀行から借り入れた現金をGの口座に一旦入金した後,直ちにそれを病院関係口座に環流させて銀行の振込受付書を入手するなどして不正に間接補助金の交付を受けている。このように本件は組織的かつ計画的な犯行であって,その犯行態様も巧妙かつ悪質である。
さらに,本件で被告人AがLセンターから不正に交付を受けた補助金額は2189万9000円と多額に上っており,本件が補助金制度の根幹を忽せにしかねない社会的影響の大きい犯行であって,公金でまかなわれている本件補助金制度に対する社会一般の信用が大きく傷付けられたものと認められること等を考慮すれば,本件によって生じた結果は重大であると言わなければならない。
以上を前提に被告人3名の刑事責任についてさらに検討する。
まず,被告人Aは,救命や身体の治療,看護等人命に直結する医療行為を事業目的とし,付近住民や多くの患者が頼りとするI病院を経営しているものであるが,これらの崇高な目的に思いを致さず,不正を正す組織的機構や人材を持たず,本件のごときA理事らによる不正に走ったものであって,その社会的影響からして,刑事責任は重大である。
次に,被告人Bは,犯行当時I病院の実質的経営者であり,かつ税理士という立場にあったもので,本件犯行の違法性を十分理解していたと思料されるにもかかわらず,自己らが投資し,将来的には被告人Bの息子であるMに引き継がせたいなどとも考えていたI病院の経営を重視する余り,共犯者Eらからの報告によりGからの医療器械の実際の購入価格が約1300万円にとどまり,上限額一杯の補助金の交付を受けられないことを十分に知悉していながら,共犯者Eらに対し,Gに水増しした購入価格での見積書等を作成させ,水増しした分の支払実績を仮装するためにG名義の銀行口座に一旦払い込んだ資金を病院関係の口座に環流させること等を指示している。確かに本件では,被告人BがI病院の経営に参加する以前から本件補助金の交付上限額が3875万6000円と決定されていたものではあるが,上記のとおり不正に本件補助金を取得する段階の手続において実際に支払った取得費用が上記上限額に満たない場合には,正規の取得費用を申請すればよかったのであるから,かかる事情は被告人Bの刑事責任を格別軽減させるものではない。したがって,被告人Bは本件で中心的かつ不可欠な役割を果たした本件犯行の主犯格と評価され,その刑事責任は共犯者の中でも最も重いと認められる。
さらに,被告人Cは,被告人Bの実子であり,I病院の実質的経営者である被告人Bを補佐する等してI病院の経営に関与していたが,上記のとおり支払実績を仮装する際には,不正行為に使用されるおそれがあることを十分認識していながら,被告人Bの指示を受けて,共犯者Fから,同人名義の銀行通帳や実印を借り受けており,被告人Cが本件で果たした役割は重大と認められる。また,実父である被告人Bの指示を断りにくかったとの事情があることが被告人Cの供述から推認できるが,公認会計士という会計業務に関する最高の専門家の資格を有する以上,私情を挟まない高度の廉潔性が求められることは当然の事柄であり,かかる私的事情が被告人Cの刑事責任を特別軽減させるものではないことは当然の理である。これら被告人Cの犯行態様や果たした役割等に鑑みれば,被告人Cは,弁護人が主張するような従属的・消極的な役割にとどまるなどとは到底認められず,重要で不可決な役割を果たしていたものと認められ,その刑事責任は被告人Bに次いで重いと言わなければならない。
他方,本件の正当な補助金充当予定額との差額について,被告人Aは捜査段階から被害弁償の申し入れをした上,Lセンターに対し損害金を含め既に全額の被害弁償をしている。そして,被告人Aは,被告人B及び同CをAの理事から解任し,監督官庁に対し報告を行う等再犯防止に向けた改善策を講じている。また,被告人B及び同Cの両名は,捜査段階の当初こそ本件事実を否認していたものの,捜査の進捗に従い本件事実を認めるに至っている上,いずれも本件で初めて身柄拘束の上公判請求されたことにより,本件犯行の重大性,違法性を改めて認識しており,反省の態度が認められる。加えて,被告人B及び同Cの両名にはこれまで前科前歴がなく,それぞれ税理士または公認会計士として真面目に稼働するなどして一定の社会的貢献をしてきたものである。
その他,被告人Bには妻が,同Cには妻や幼い3人の子供といった扶養すべき家族の存在がある等の事情が認められ,これらの事情は被告人B及び同C両名の刑を定めるに当たって一定程度有利に斟酌すべき情状と認められる。
そして,被告人Bは,公判廷において,今後は税理士業を引退することも視野に入れ,2度と違法行為を行わず更生することを誓約し,その妻や知人の税理士も被告人Bの監督や更生に協力することを約束している。
さらに,被告人Cは,公判廷において,今後は本件のような違法行為を一切行わず,法令を遵守していくことを堅く誓っており,その妻や知人の公認会計士も被告人Cをしっかり監督し,その更生に協力する旨約束している。
そこで,以上のとおり認められる被告人3名のために有利,不利に斟酌すべき一切の諸情状に加え,被告人B及び同Cについては,本件によりそれぞれ税理士や公認会計士としての登録が抹消される可能性も考慮した結果,被告人Aに対しては主文の罰金刑に処するのが相当であると判断し,また,被告人B及び同Cに対しては主文の各懲役刑に処した上,被告人Cに対しては比較的短期の猶予期間を設けた上で,上記両被告人に対しては今回に限り社会内でそれぞれ自力更生の機会を付与することを相当であると判断した。
よって,主文のとおり判決する。
(求刑 被告人Aに対し罰金100万円,被告人Bに対し懲役2年,被告人Cに対し懲役1年6月)
(裁判長裁判官 大谷吉史 裁判官 三村三緒 裁判官 佐藤哲郎)