新潟地方裁判所 平成17年(ワ)14号 判決 2007年9月28日
甲事件原告・乙事件被告
北川建設株式会社
同代表者代表取締役
甲野一郎
同訴訟代理人弁護士
渡辺隆夫
甲事件被告
南野商事株式会社
同代表者代表取締役
乙山二郎
乙事件原告
有限会社ヘイカワ自動車整備工場
同代表者代表取締役
丙川三郎
甲事件被告・乙事件原告訴訟代理人弁護士
関本哲也
主文
1 甲事件被告は,甲事件原告・乙事件被告に対し,606万9398円及びこれに対する平成17年1月25日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。
2 訴外丁田建材こと丁田四郎と甲事件原告・乙事件被告が,平成16年11月22日にした別紙1債権目録記載の債権の譲渡契約を取り消す。
3 甲事件原告・乙事件被告のその余の請求を棄却する。
4 乙事件原告のその余の請求を棄却する。
5 訴訟費用の負担は,以下のとおりとする。
(1) 甲事件原告・乙事件被告に生じた費用は,これを2分し,その1を甲事件原告・乙事件被告の負担とし,その余を甲事件被告の負担とする。
(2) 甲事件被告に生じた費用は,甲事件被告の負担とする。
(3) 乙事件原告に生じた費用は,甲事件原告・乙事件被告の負担とする。
6 本判決第1項は,仮に執行することができる。
事実及び理由
第1 当事者の申立て
1 請求の趣旨
(1) 甲事件
ア 甲事件被告(以下「被告南野」という。)は,甲事件原告・乙事件被告(以下「原告北川」という。)に対し,628万8608円及びこれに対する平成17年1月25日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。
イ 訴訟費用は被告南野の負担とする。
ウ 仮執行宣言
(2) 乙事件
ア 訴外丁田建材こと丁田四郎(以下「丁田」という。)と原告北川が,平成16年11月22日にした別紙1債権目録記載の債権の譲渡契約を取り消す。
イ 原告北川は,被告南野に対し,前記アの債権譲渡が詐害行為として取り消されたことを通知せよ。
ウ 訴訟費用は原告北川の負担とする。
2 請求の趣旨に対する答弁
(1) 甲事件
ア 原告北川の請求を棄却する。
イ 訴訟費用は原告北川の負担とする。
(2) 乙事件
ア 乙事件原告(以下「原告ヘイカワ」という。)の請求をいずれも棄却する。
イ 訴訟費用は原告ヘイカワの負担とする。
第2 事案の概要
1 事案の要旨
(1) 甲事件
本件は,原告北川が,丁田からその被告南野に対する売買代金債権(別紙1債権目録記載の債権。合計628万8608円。以下「本件譲渡債権」という。)を譲り受けたとして,被告南野に対し,同代金の支払を求める事案であり(附帯請求は,訴状送達の日の翌日である平成17年1月25日から支払済みまで商事法定利率年6分の割合による遅延損害金),詐害行為取消し,相殺が主要な争点として争われた。
(2) 乙事件
本件は,丁田に対する債権を有する原告ヘイカワが,丁田と原告北川がした本件譲渡債権の譲渡契約(以下「本件債権譲渡契約」という。)が詐害行為にあたるとして,原告北川に対し,その取消し及び通知を求めた事案であり,被保全債権の存否,受益者(原告北川)の主観が主要な争点として争われた。
2 争いのない事実並びに証拠及び弁論の全趣旨により容易に認定できる事実(証拠により認定した事実については,その末尾の括弧内に証拠を掲げる。)
(1) 当事者等(弁論の全趣旨)
ア 原告北川は,砂利骨材販売等を目的とする株式会社である。
イ 被告南野は,その関連会社である南野工業株式会社(以下「南野工業」という。)の商事部門を担う会社であり,南野工業に生コン材料(骨材)を販売するなどのほか,新潟県三条市内にガソリンスタンド1店舗を保有している。南野工業は,新潟市,新潟県加茂市,同県三条市にそれぞれ生コンプラントを保有している。
ウ 原告ヘイカワは,自動車の整備,販売,リースなどを目的とする有限会社である。
エ 丁田は,平成8年ころから新潟県南蒲原郡田上町において生コン骨材(砂利・川砂)の運搬販売をしていたが,平成16年12月3日,銀行取引停止処分を受けて倒産し,その事業を廃止した(乙5,弁論の全趣旨)。
(2) 本件債権譲渡契約
ア 丁田は,被告南野に対し,別紙1記載のとおり,砂,荒砂,砂利を代金合計628万8608円で売り渡した。
イ 原告北川は,平成13年4月ころから,丁田に対し,継続的に砂利を販売しており,平成16年11月22日当時,丁田に対する以下の債権(合計1500万7982円)を有していた(甲42)。
(ア) 売掛残代金合計142万7982円
原告北川は,丁田に対し,別紙4売上一覧表のとおり,平成16年8月27日から平成16年11月9日まで,継続的に砂利,砂を売り渡し,平成16年11月9日当時,売掛残代金合計102万7982円を有していた(甲21,47ないし50。残金につき甲50・3枚目)。
また,原告北川は,平成16年7月16日ころ,丁田からその振出の額面40万円の手形1通(甲22・②)を借り受けて第三者に裏書譲渡したが,これを丁田の原告北川に対する未払売買代金債務の支払のために交付したものとして処理する旨合意し,平成16年10月28日,40万円の手形による入金処理をしたが(甲50・3枚目),同年11月1日,同手形が不渡りとなり,原告北川が前記第三者から40万円を支払って買い戻したため,原告北川の丁田に対する売掛残代金に40万円が加算されることとなった。
(イ) 貸付金合計998万円(甲22・①,同③ないし⑨,同⑩ないし⑫)
原告北川は,丁田に対し,平成15年12月29日,500万円を貸し付けた。丁田は,同借入金の返済のために約束手形10通を原告北川に交付し,うち9通は決済されたが,残1通(額面53万円。甲22・①)が不渡りとなり,結局,原告北川は,丁田に対し,前記貸金残金53万円の債権を有する。
また,原告北川は,丁田に対し,平成16年8月12日,315万円を貸し付けた。丁田は,同借入金の返済のために約束手形7通(額面合計315万円)を原告北川に交付し,原告北川は,これら手形を全て裏書譲渡したが,同7通全てが不渡りとなり買い戻した(甲22・③ないし⑨)。結局,原告北川は,丁田に対し,前記貸金315万円の債権を有する。
さらに,原告北川は,丁田に対し,平成16年8月31日,630万円を貸し付けた。丁田は,同借入金について同年9月25日に返済するとして先日付小切手1通(額面650万円。うち20万円は利息)を原告北川に交付した。丁田は,同年9月20日過ぎころ,原告北川に対し,同小切手の決済資金を準備できないので丁田振出の手形をどこかで割り引いてもらうことで決済したい旨申し出て,被告北川もこれを了承し,約束手形3通(甲22・⑩ないし⑫。額面合計750万円。割引料を考慮したもの)を受け取ったが,結局,これら手形を割り引いてくれる者はいなかったので,原告北川は,丁田に対し,前記貸金630万円の債権を有する。
(ウ) 貸付金合計360万円(甲23・①ないし⑤)
原告北川は,丁田に対し,平成16年8月ころ,485万円を貸し付けた。丁田は,同借入金の返済等のために,丁田振出の約束手形7通(額面合計500万円。甲23・①ないし⑤)を原告北川に交付した。原告北川は,これら手形に保証の趣旨で裏書した上で第三者に裏書譲渡して割引金485万円(甲24)を受領した。しかし,丁田は,うち1通(平成16年9月30日満期のもの。額面70万円)の決済をし,うち1通(額面70万円。甲25の2・①)について前記第三者から取り戻したものの,その余の手形5通がいずれも不渡りとなり,原告北川が手形金相当額(合計360万円)を支払って買い戻した。
したがって,原告北川は,丁田に対し,貸付金合計360万円の債権を有する。
ウ 丁田と原告北川は,前記イの債務の一部(628万8608円)の弁済に代えて,平成16年11月22日,本件譲渡債権をもって充てる合意をした(本件債権譲渡契約を含む。甲1ないし4各枝番,38,原告北川代表者本人)。
エ 丁田は,本件債権譲渡契約に基づく譲渡について,平成16年11月25日ころ到達の内容証明郵便をもって被告南野に通知をし,さらに,同月26日到達の内容証明郵便をもって被告南野に通知をした(甲2,3各枝番)。
(3) 丁田の倒産
丁田は,平成16年10月29日,1回目の手形不渡りを出し,同年11月30日,2回目の手形不渡りを出し,同年12月3日,銀行取引停止処分を受け,倒産した(乙5,弁論の全趣旨)。
3 争点
(1) 本件債権譲渡契約が詐害行為として取り消されるべきか(乙事件),取り消されるとして被告南野はこれを理由に原告北川の請求を拒むことができるか(甲事件)
(2) 被告南野の相殺の抗弁(予備的)が認められるか(甲事件)
4 争点に関する当事者の主張
(1) 争点1(詐害行為関係)について
(被告南野・原告ヘイカワの主張)
本件債権譲渡契約は,原告ヘイカワの詐害行為取消請求訴訟(乙事件)によって取り消され,被告南野は,これを理由に原告北川の請求を拒むことができるというべきである。
ア 原告ヘイカワが被保全債権を有すること(丙14)
原告ヘイカワは,丁田に対し,合計836万4408円の債権を有する。
(ア) 46万9540円(+)
原告ヘイカワは,丁田に対し,平成14年4月18日ころ,日野プロティア8トンダンプを代金430万2201円で売り渡した。
原告ヘイカワと丁田は,同代金について元利払い分割弁済契約を締結し,丁田は分割金額に対応する約束手形を振り出した。
丁田は,同代金について途中(27回目)まで弁済したが,残金合計46万9540円の弁済をしない。 (イ) 400万4736円(+)
原告ヘイカワは,丁田に対し,平成15年11月11日ころ,三菱フソー9トンダンプを代金473万9215円で売り渡した。
原告ヘイカワと丁田は,同代金について元利払い分割弁済契約を締結し,丁田は分割金額に対応する約束手形を振り出した。
丁田は,同代金について途中(3回目ないし12回目)まで弁済したが,残金(13回目以降)合計400万4736円の弁済をしない。
なお,原告ヘイカワは,1回目弁済予定分(平成15年12月2日)と2回目弁済予定分(平成16年1月2日)について,丁田の依頼により,1回目弁済予定分を平成19年7月2日に,2回目弁済予定分を平成19年6月2日分にそれぞれ繰り延べたが,これらについても弁済されていない。
(ウ) 433万9707円(+)
原告ヘイカワは,丁田に対し,平成16年9月8日ころ,ホンダライフGエアロを代金72万円で売り渡した。
また,原告ヘイカワは,同売渡時までに,丁田に対し,修理費用合計401万2607円の債権を有していた。
原告ヘイカワと丁田は,同代金72万円及び修理費用合計401万2607円について元利払い分割弁済契約を締結し,丁田は,511万8547円の約束手形を振り出した。
丁田は,同約束手形金を原告ヘイカワに弁済していない。
なお,原告ヘイカワは,平成16年7月17日,前記ホンダライフGエアロを丁田から譲り受けた一色春子との間で,同車の売買残代金を全て清算した(戻し利息5万8840円)。
(エ) 103万4923円(+)
原告ヘイカワは,丁田に対し,平成13年8月13日ころないし平成16年11月18日ころまでに行った修理費用の残代金合計103万4923円の債権を有している(この債権は前記ウの修理費用とは別のもの。丙5)。
(オ) 57万7498円(−)
丁田は,原告ヘイカワに対し,平成16年11月24日に15万6508円を,同月30日に15万6000円を,同年12月23日(丙14には同月30日とある。)に13万円を,平成17年1月9日に13万4990円をそれぞれ弁済した。
(カ) 90万7000円(−)
原告ヘイカワは,丁田から,日野プロフィアダンプ2台(査定額各20万円)及び三菱フソーダンプ1台(査定額50万7000円)を引き揚げ,これを残代金債権に充当した。
なお,原告ヘイカワ(甲)は,丁田(乙)に各自動車を販売するにあたり,いずれも「財団法人日本自動車査定協会・その他公正な機関による査定評価額及び乙に支払う消費税が生じた場合は,その額をもって,自動車代金等の債務・自動車の回収及びその処分可能までの保管に要した費用・査定料・立替金・部品代・修理代の債務につき,弁済期限の到来・未到来にかかわらず,甲に対するどの債務の弁済に充当されても,乙は異議ないものとします。」(丙7・17条②)との合意をしているから,原告ヘイカワが丁田から引き揚げた自動車についての債権充当は,実際の売却価格ではなく査定額によってなされるべきことになる。
(キ) 原告北川は,原告ヘイカワが主張する修理自動車について,甲第12号証の登録番号と丙第5号証の登録番号の不一致を指摘して,その信用性を争っているが,同不一致は,原告北川が持ち去った自動車についてその登録を強制抹消して,その後に再登録したことから新規の登録番号に変更になったことによるものである。
すなわち,原告ヘイカワは,原告北川が丁田から持ち去った自動車を返還しないので,原告北川がその自動車を使用できないようにするために登録の強制抹消を行った。これにより,原告北川は,自動車の使用を断念してこれを放置したので,原告ヘイカワにおいて回収し,再度登録を行い,原告ヘイカワのパソコンデータに,旧登録番号を削除して新規の登録番号を登録したものである。
原告ヘイカワのパソコンソフトは,自動車の登録番号を変更すると,修理代金請求書のデータ上も過去の分に遡って登録番号が変更される仕組みになっていた。
丙第5号証は,本件訴訟提起時前後にデータを打ち出したものであるから,登録番号が新規のものになっていたものである。
イ 本件債権譲渡契約当時,丁田は無資力であり,丁田は同契約によって原告ヘイカワを害することを知っていたこと
(ア) 原告ヘイカワの丁田に対する前記債権は,本件債権譲渡契約以前に発生していた。
(イ) 本件債権譲渡契約は,丁田の1回目の手形不渡り後で2回目の手形不渡りの直前に行われたものであり,同契約により丁田の一般財産が減少し,その結果,原告ヘイカワが,丁田から完全な弁済を受けることができないことになった。
(ウ) 本件債権譲渡契約は,平成16年11月22日に行われたものであるが(通知は同月25日到達),丁田は,同年10月29日,1回目の手形不渡りを出し,同年11月30日,2回目の手形不渡りを出して銀行取引停止処分を受けて倒産している。そうすると,丁田は,本件債権譲渡契約によってその債権者である原告ヘイカワを害することは知っていたことが明らかである。
ウ 受益者である原告北川が前記イについて善意とは認められないこと(原告北川の抗弁についての反論)
(ア) 丁田に対して多額の債権を有していた原告北川は,本件債権譲渡契約当時,丁田に対する他の債権者の手形について1回目の手形不渡りが出たこと,2回目の手形不渡りが出ることを知っていた。
(イ) 業務を行いながら手形不渡りを出す会社が,手形債務のほかに貸金債務や取引上の未払債務等を負っていることは当然のことであり,丁田の債権者であった原告北川もそのことを当然知っていたというべきであるし,少なくとも,原告北川は,自社以外に手形債権者が存することを知っていた。
(ウ) 本件債権譲渡契約当時,丁田のめぼしい財産は被告南野に対する売掛金だけであり,原告北川は,自社だけが優先的に弁済を受けるために被告南野に対する債権を譲り受け,その上,丁田が原告ヘイカワから購入した車(原告ヘイカワに所有権が留保されていた。)を持ち去った。
(エ) 原告北川は,本件債権譲渡契約当時,丁田を支援しようとしていた旨主張する。
しかしながら,原告北川が,丁田から自動車を持ち去ったことのみからも,原告北川に丁田を支援する意思がなく,自社の債権回収に走っただけであることは明らかである。
(オ) 原告北川は,原告ヘイカワが,丁田に懇願されて引き揚げたトラックを丁田に戻したことがあるから,原告ヘイカワも丁田の営業が可能であると考えていた旨主張する。
しかしながら,ここで問題なのは本件債権譲渡契約当時の原告北川の主観であり,原告ヘイカワの主観は問題とならない。また,営業が継続可能かどうかという認識と,債務者(丁田)に総債務を弁済するに足る責任財産がないときに債務者の財産を移転することにより責任財産がさらに減少することの認識とは全く別問題というべきである。
エ 被告南野が,詐害行為取消しを理由に原告北川の請求を拒むことができること
詐害行為取消しの効果は,取消権を行使する債権者と受益者との間にのみ詐害行為を無効とするにとどまり,債務者と受益者との間の法律関係には何らの影響を与えないとする相対的無効の考え方がある。この考え方は,取消しの効果を共同担保の保全の必要な範囲にとどめようとするものである。
このような考え方に立つとしても,本件のような債権譲渡行為の取消しにおいて,第三債務者との関係においても取消しの効果が生じないと解されるものではない。共同担保の保全のためには,第三債務者との関係においても取消しの効果を生じさせないと意味がない。また,第三債務者との関係においても取消しの効果が生じないと,第三債務者は受益者から請求を受けた場合,支払に応じなければならないことになり,債権譲渡が取り消された意味がなくなり,共同担保の保全もできなくなってしまう。
したがって,被告南野は,本件債権譲渡契約の取消しを理由に原告北川の請求を拒むことができるというべきである。
オ 原告ヘイカワの通知請求
詐害行為取消権を行使する債権者は,少なくとも,債権譲渡が詐害行為により取り消された旨の通知をすることを求めることができ,その通知がなされれば債権の取立てができることになるというべきである。
この点,譲受人が当該債権の弁済を受けていると否とにかかわらず,債権の復帰を認める余地がなく,現物返還が不可能であるため,価額賠償によるしかないという理解も可能であるように思われるなどとする見解(文献)もあるが,これは,取消しの相対的効力との整合性を貫けば,債権復帰を認めず,価額賠償によるという考え方もあるということを示したにすぎない。
そもそも詐害行為取消しの相対的効力は,取消しの効果が逸脱した財産を回復するに必要十分な範囲で相対的にのみ生ずると解すれば十分であることから導かれる理論にすぎないのであって,それ以上に相対的効力を貫く必要はないというべきである。
判例,学説,実務とも,債権復帰を認めるという考え方に立つことは明らかである。
もっとも,第三債務者に対する通知を要するとする考え方もあるので,原告ヘイカワは,通知請求をするものである。
(原告北川の主張)
本件債権譲渡契約が,原告ヘイカワの詐害行為取消請求訴訟(乙事件)によって取り消されることはないし,仮に取り消されるとしても,被告南野が,これを理由に原告北川の請求を拒むことはできないというべきである。
ア 原告ヘイカワが被保全債権を有しないこと
(ア) 修理代金債権の存在が疑わしいこと
原告ヘイカワの丁田に対する修理代請求書(丙5)には,修理当時の登録番号ではなく,その後に新規登録された登録番号が表示されている。
原告ヘイカワ代表者は,個別データを入力したのは当時である旨供述している(原告ヘイカワ代表者20頁)にもかかわらず,修理当時の登録番号が表示されていないことについて明確な説明ができていない(同10頁)。
修理代請求書(丙5)は,本件訴訟提起後に打ち出したものであること(同19頁)も併せ考えれば,原告ヘイカワが主張する修理代金債権は,その根拠が乏しいというべきである。
(イ) 自動車引き揚げによる評価の不当性
原告ヘイカワ代表者は,丁田のダンプ3台を引き揚げた(原告ヘイカワ代表者12頁)後,丁田の要請を受けて返却した(同14頁)が,その後,丁田が行方不明となると,再び引き揚げ,その評価額をもって丁田に対する債権と相殺した旨主張している。
しかし,原告ヘイカワの主張する評価額は,通常あり得ない低廉な価格であり,不当である。すなわち,原告ヘイカワは,①日野プロフィア(新潟123お4567・旧新潟123お89。平成7年初度登録。甲18)のオークション最低売却価格が140万円(甲15番号18)であるのに20万円と評価し(丙6の1),②日野(新潟123お9876・旧新潟123お543。平成7年初度登録。甲19)のオークション最低売却価格が245万円(甲15番号10)であるのに20万円と評価し(丙2の1),③三菱ふそう(新潟123お0123・旧新潟123お3210。平成8年初度登録。甲20)の評価も50万7000円と評価している(丙3の1)。
これら①ないし③の評価が相当でないことは,①ないし③の各自動車をいずれも東山産業に155万円(①),210万円(②),190万円(③)で売却していることからも明らかであり,にもかかわらず売却代金ではなく不当な低額な評価額で充当しているものである。
イ 本件債権譲渡契約当時,丁田は無資力であり,丁田は同契約によって原告ヘイカワを害することを知っていた旨の主張に対する認否・反論
(ア) 不知ないし争う。
(イ) なお,原告ヘイカワ代表者は,本件債権譲渡契約が詐害行為として取り消されたとしても,その後に取り立てることを考えていない旨供述している(原告ヘイカワ代表者20頁)。さらに,原告ヘイカワ代表者は,原告北川に対し本件詐害行為取消訴訟(乙事件)を提起した目的は何かと質問され,被告南野の代理人から訴えを起こしてくれと頼まれて提訴したものである旨供述している(同21頁)。そうすると,原告ヘイカワにおいても,自ら本件債権譲渡契約が詐害行為であるという具体的自覚をしていないといわざるを得ない。
また,原告ヘイカワも,本件債権譲渡契約当時,丁田が営業継続可能であると認識していた。
したがって,そもそも本件債権譲渡契約は詐害行為に該当しない。
ウ 受益者である原告北川が前記イについて善意であったこと(原告北川の抗弁)
(ア) 本件債権譲渡契約の経緯
丁田は,原告北川代表者に対し,平成16年10月末に金融詐欺により1回目の手形不渡りを出したが,原告北川が応援してくれれば事業は継続できると言って,砂利の取引継続と手形取立ての猶予を求めた。そこで,原告北川代表者は,これに応じた。
ところが,丁田の妻が,平成16年11月20日,大口納入先であった被告南野に集金に行ったところ,被告南野代表者の実父(会長)が,ストック場にある砂利を示し,このままではストック場からその砂利をホッパーに自社(被告南野)で運ばなければならない,その分経費がかかるから支払できないと言って集金に応じなかった。丁田の妻は,同実父に対し,被告南野に砂利を納入している他の業者も同じようにストック場に入れているのに,どうして自分(丁田)にだけそのようなことを理由に支払を拒否するのか尋ねたが,同実父は答えなかった。
そこで,丁田は,その妻と二人で原告北川を訪れ,被告南野が砂利,砂代金の支払を渋っている,自分(丁田)では回収できない,とても被告南野には勝てない(回収できない)のでとって欲しい,そして原告の債権の回収に充てて欲しい,残った債務は丁田が原告北川の仕事をして返すなどと言って懇請した。原告北川は,それまで丁田を応援してきたことから,丁田から被告南野に対する本件債権の譲渡を受けることとし,丁田とその従業員二宮夏子に原告北川の仕事をさせた。その際,原告北川代表者は,丁田に対し,「自動車屋に借金があるとダンプを取り上げられて仕事ができなくなるが,大丈夫か。」と尋ねたところ,丁田は,原告ヘイカワや西村自動車とは話がついているから大丈夫である旨回答し,自らの債務は原告北川に対するものがほとんどで他に債務はない旨回答した。
(イ) したがって,原告北川は,丁田が他に債務を有しているか,有していたとしてもどの程度の金額かなどを知らず,原告北川の丁田に対する債権の正当な回収のために本件債権譲渡契約を行ったものであり,受益者である原告北川が前記イについて善意であった。
エ 被告南野が,詐害行為取消しを理由に原告北川の請求を拒むことができないこと
詐害行為取消しの効果は,詐害行為取消訴訟の当事者間において,その対象である法律行為の効力を否定するにすぎない相対効と解すべきであり,仮に原告ヘイカワの原告北川に対する詐害行為取消請求が認容されるとしても,原告北川・被告南野間の訴訟において効力が生じると解することはできない。
したがって,被告南野が,本件債権譲渡契約の取消しを理由に原告北川の請求を拒むことはできない。
(2) 争点2(相殺)について
(被告南野の主張)
争点1における被告南野の主張が認められない場合,被告南野は,本件債権譲渡契約に基づく通知を受けた時点で,丁田に対し,以下の債権(合計321万7942円)を有していたから,原告北川の請求する本件譲渡債権と対当額にて相殺する(予備的抗弁)。
ア 被告南野の丁田に対する軽油売掛金合計21万9210円
被告南野は,丁田に対し,軽油売掛金合計21万9210円を有している(甲7の1)。
イ 南野工業の丁田に対する軽油等の売掛金合計94万9482円
(ア) 南野工業は,丁田に対し,平成16年11月当時,軽油等売掛金合計94万9482円を有していた(乙2)。
(イ) 被告南野,南野工業及び丁田は,南野工業の丁田に対する軽油等の売掛金債権を被告南野に譲渡して,被告南野の丁田からの骨材購入代金と相殺するという合意が存した。これまでも,同合意に基づいた相殺処理がされていたが,これについて丁田から異議が述べられることもなかった。
同合意に基づき,南野工業の丁田に対する前記94万9482円の債権も被告南野に債権譲渡され,被告南野が丁田に対して有していた前記21万9210円の債権と併せて相殺されていた。
ウ 被告南野の丁田に対する損害賠償債権204万9250円 (ア) 骨材野積みに関する丁田と被告南野との合意 被告南野は,丁田等の業者から骨材を購入し,これを南野工業の新潟,三条及び加茂の3つの生コンプラントに供給していた。被告南野は,丁田に対し,南野工業の各プラントが必要とする分だけ直接各プラントの注入ヤードに搬入させていた。
しかし,丁田は,自前の砂利・砂置場を持っていなかったことから,ダンプが暇なときに運転手を遊ばせたくないとして,被告南野に対し,ヤードが満杯で南野工業が当面骨材の搬入を必要としない場合でも,加茂工場(丁田の自宅兼事務所に近い。)の空地に骨材を野積みさせて欲しい旨申し入れた。
被告南野は,丁田に対し,「加茂工場に野積みしておく骨材を使用する必要が生じたときには,被告南野の指示に従って新潟工場にでも,その他の工場にでも,無償でヤードまで運搬し,新潟工場に野積みした分は新潟工場のヤードまで搬入する」ことを条件として,加茂工場の空地に骨材を野積みすることを認め,丁田支援のために野積みされた骨材の代金も支払うことにした。
なお,被告南野としては,新潟工場に多く野積みしてもらいたかったが,新潟工場の敷地が狭かったため,新潟工場にも一部野積みはしたものの,大部分は加茂工場に野積みしてもらうことになったものである。
(イ) 丁田倒産時の野積み量
丁田が,平成14年8月から平成16年11月までの間に加茂工場に野積みした骨材の量は1226.5立方メートルとなる。また,丁田が,新潟工場に野積みした骨材の量は1516立方メートルとなる。
(ウ) 野積み運搬費用の損害
加茂工場に野積みされた骨材を新潟工場まで運搬する単価は,1立方メートル当たり1300円となる。 新潟工場に野積みされた骨材を生産プラントのヤードまで運搬する単価はショベル等の機械損料込みで1立方メートル当たり300円となる。
被告南野は,丁田倒産後,平成17年3月までの間に,加茂工場の野積み分全量を被告南野所有のダンプで新潟工場の生産プラントのヤードまで運搬し,新潟工場用野積み分全量を被告南野所有のダンプで新潟工場の生産プラントヤードまで運搬した。
よって,以下のとおり,丁田の債務不履行により,合計204万9250円の損害を被った。
① 加茂工場野積み分
1226.5m3×1300円=159万4450円
② 新潟工場野積み分
1516.0m3×300円=45万4800円
(原告北川の主張)
被告南野が主張する反対債権は,軽油代金21万9210円(甲7の1)を除き,本件債権譲渡契約に基づく通知を受けた時点はもとより,現在においても存在しない。
ア 軽油等売掛金について
(ア) 丁田が,被告南野のガソリンスタンドから軽油を購入した代金額は,本訴提起前に被告南野が丁田に送付した請求書(甲7枝番1・2)によれば,平成16年11月25日締切分で,前月請求額12万0995円,当月請求額9万8215円,当月請求額21万9210円となっている(同請求額について認める。)。
被告南野が本件訴訟において提出している請求書(乙1,2)は,正式な請求書である甲第7号証の1と対比すると,手書きの形式で信用性に欠けるものであり,納品の裏付けとなるものではない。
イ 丁田の従業員である運転手は,砂利,砂を運んで行ったときに燃料が不足していれば,被告南野本店の自家用スタンド,南野工業の自家用スタンド,南野工業新潟工場の自家用スタンドで給油していたが,給油は二日に1回位であり,運転手が自分で燃料を詰めて,メーターを自分で確認して,各事務所の事務員から伝票を発行してもらっていた。
丁田は,これまで,ダンプが車庫に戻ると,そこでミニタンクローリーで給油するなどしていた。
したがって,丁田が,そのダンプの燃料の給油のために,被告南野及び南野工業から大量に購入したことはなかった。
イ 損害賠償債権について
丁田は,被告南野の指定する納入場所に納品を完了していたのであり,被告南野から一時保管場所を借りたことも一時保管場所から南野工場新潟工場に再搬出する約束をしたこともない。
丁田が被告南野に発行した請求書(甲5,6)の請求明細(控)をみると,納入場所が1枚毎に明示されており,ここに表示された納入場所は最終的な納入場所であり,一時保管場所ではない。甲第5号証の8枚目及び同9枚目には,新潟工場納入の記載もあることから,新潟工場へ納入する注文品は新潟工場へ直接納入されていることが明らかである。
そもそも,新潟工場へ納入する注文品を,人手と燃料を費やして加茂まで運んで一時保管しておく必要性もない。
また,被告南野は,丁田から砂利,砂の納入を受ける都度,台秤で納入量を計量して商品を受領し,受取書を丁田に発行していた。もし加茂の空地で一時保管してさらに新潟工場へ再運搬するのであれば,再計量が必要になるが,再計量の実施それ自体が困難と考えられる。
したがって,被告南野の主張は事実ではない。
第3 当裁判所の判断
1 争点1(詐害行為関係)について
(1) 認定事実
前記「争いのない事実並びに証拠及び弁論の全趣旨により容易に認定できる事実」,証拠(甲1ないし54,乙1ないし9各枝番,丙1ないし15,原告北川代表者本人,被告南野代表者本人,原告ヘイカワ代表者本人)及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実を認めることができる。
ア 原告ヘイカワは,本件債権譲渡契約当時,丁田に対し,合計836万4408円の債権を有していた(詳細は前記「争点に関する当事者の主張」の争点1「被告南野・原告ヘイカワの主張」「ア 原告ヘイカワが被保全債権を有すること」記載のとおり)。
イ 丁田は,本件債権譲渡契約当時,総債権者に負う債務を全て弁済するに足りる資力がなく,丁田は同契約によって原告ヘイカワを害することを知っていた。
ウ 受益者である原告北川は,本件債権譲渡契約当時,前記イについて悪意であった。
(2) 補足説明
ア 本件債権譲渡契約当時,原告ヘイカワに被保全債権が存した及び現在も同債権を有することについては,原告ヘイカワ代表者丙川三郎(以下「原告ヘイカワ代表者」という。)が明確に供述しており,同供述は,関係各証拠(特に丙2ないし6各枝番)によって裏付けられており,十分にこれを信用することができる。
(ア) 原告北川は,修理代請求書(丙5)に修理当時の登録番号が印字されていないことをもって修理代金債権の存在を信用できない旨主張する。
しかしながら,この点について,原告ヘイカワは,原告北川が丁田から持ち去った自動車を返還しないので,原告北川がその自動車を使用できないようにするために登録の強制抹消を行い,原告北川が自動車の使用を断念してこれを放置したので,原告ヘイカワにおいて回収し,再度登録を行い,原告ヘイカワのパソコンデータに,旧登録番号を削除して新規の登録番号を登録したが,原告ヘイカワのパソコンソフトは,自動車の登録番号を変更すると,修理代金請求書のデータ上も過去の分に遡って登録番号が変更される仕組みになっていたので,修理当時の登録番号が印字されなかった旨主張している(丙15参照)。原告ヘイカワの同主張は,その内容自体,それなりに合理性を有する上,原告北川からこれを覆す特段の主張立証も存しないことから,この点に関する原告北川の主張は原告ヘイカワが主張する修理費用債権の存在に関する認定を左右しない。
(イ) また,原告北川は,原告ヘイカワが丁田から引き揚げた自動車の債権充当処理が不当に低廉にされている旨主張する。
しかしながら,原告ヘイカワ代表者の供述(原告ヘイカワ代表者3頁)及び丙第7号証によれば,原告ヘイカワ(甲)が丁田(乙)に各自動車を販売するにあたり,いずれも「財団法人日本自動車査定協会・その他公正な機関による査定評価額及び乙に支払う消費税が生じた場合は,その額をもって,自動車代金等の債務・自動車の回収及びその処分可能までの保管に要した費用・査定料・立替金・部品代・修理代の債務につき,弁済期限の到来・未到来にかかわらず,甲に対するどの債務の弁済に充当されても,乙は異議ないものとします。」(17条②)との合意が存したと認められる。同合意の内容については,そもそも売れない場合も存するし,保証を付したり,整備をしたり,車検に対する諸費用を付けたりするなどの事情が付加する場合もあるので,引き揚げ後に迅速かつ適正に充当するために公正な機関による査定評価額をもって処理する旨の合意をすることに合理性を有するというべきである。
本件においても,原告ヘイカワが主張する査定額は,いずれも財団法人日本自動車査定協会によるものであるから(丙6の1,2の1,3の1),原告ヘイカワは,同査定額をもって前記合意に従って充当処理をする権利を有するから,この点に関する原告北川の主張は失当である。
イ 本件債権譲渡契約は,丁田の1回目の手形不渡り後で,2回目の手形不渡りの8日前(主張・証拠内には平成16年11月25日に2回目の手形不渡りとなったとするものもあるが乙第5号証によるのが相当である。)にされたものであるから,その時期自体からも,丁田が,総債権者に負う債務を全て弁済するに足りる資力がなく,同契約によって原告ヘイカワを害することを知っていたことを推認できるというべきであり,これを覆すに足りる証拠は存しない。
そして,受益者である原告北川も,同様の理由から,本件債権譲渡契約当時,前記(1)イについて悪意であったと推認できるというべきであり,これを覆すに足りる証拠は存しない。 この点,原告北川は,前記(1)イについて善意であった旨主張し,原告北川代表者甲野一郎(以下「原告北川代表者」という。)も,丁田の1回目の手形不渡りの事実は知っていたが,2回目の手形不渡りが生じることはわからなかった
(原告北川代表者3頁,7頁),丁田から,原告北川に対するもののほか借金は存しないし車の月賦も1台のみであったなどと説明を受けていた(同11頁),丁田が仕事を続けていれば修理代債務があっても払っていけると思った(同12頁)などと供述している。
しかしながら,そもそも事業者が手形の不渡りを出すこと自体,その資金繰りの悪化を明らかにしている事情というべきであり,原告北川代表者もその事実を知っていたことを自認しているのであるから,原告北川が,600万円を超える本件債権譲渡により丁田の総債権者を害することについて悪意であったと推認して差し支えないというべきであり,原告代表者の供述を精査してみても,同推認を覆すに足りる事情は何ら見出せない。
(3) 検討
そうすると,本件債権譲渡契約について詐害行為取消しの要件を充足していると認めざるを得ない。
そこで,①被告南野は,本件債権譲渡契約の詐害行為取消しをもって原告北川からの請求を拒むことができるか,②原告ヘイカワは,原告北川に対し,通知請求を求めることができるかが問題となる。
ア ①被告南野が請求を拒むことは許されないこと
そもそも,本件訴訟は,当初,原告北川が被告南野に対し丁田から譲り受けた債権について請求(甲事件)していたのに対し,被告南野が,当初(平成17年2月17日付け答弁書)から,本件債権譲渡契約の詐害行為取消しを求めて請求棄却を求めていたものであり,その後,被告南野の代理人が,丁田の債権者である原告ヘイカワから委任を受けて,詐害行為取消請求訴訟を提起(乙事件)して甲事件と併合され,被告南野が,乙事件の結果を援用する形で原告北川の支払を免れる旨主張してきたものであり,原告ヘイカワ代表者が,被告南野に対する本件譲渡債権を取り立てる意思がない旨供述(原告ヘイカワ代表者20頁)していることも併せ,その経緯等は相当特異なものというべきである。
そして,詐害行為取消しの効果は,詐害行為取消訴訟の当事者間において,詐害行為の対象である法律行為の効力を否定するにすぎないと解されるが(これを以下「相対効」という。),第三債務者(被告南野)が,併合審理されている訴訟(甲事件)を通じて詐害行為取消訴訟(乙事件)に関与してその結果を援用するという事態は法の予定するところではなく,甲事件と乙事件について実体法上も訴訟法上も合一確定が要請されるべき法的根拠は存しないというべきである。
すなわち,第三債務者(被告南野)に詐害行為取消しの効果が当然に及ぶとすると,債務者(被告南野)は,債権譲渡前の債権者(丁田)に対する関係で債務を弁済すべき責任を負い,債権譲渡後の債権者(受益者・原告北川)に対する関係で債務を免れることになり,譲渡された債権の譲渡債権者(丁田)への復帰を認める結果となり,詐害行為取消しの相対効と相容れない結果となるから,被告南野が,詐害行為取消し(乙事件)により原告北川が債権者でなくなると主張することは,相対効に照らして実体法上失当と解すべきである。
また,乙事件判決の既判力が甲事件に及ぶ関係にないし,そもそも詐害行為の取消しは訴訟においてのみ主張できるところ,本件ではその訴訟は乙事件であって甲事件ではなく,弁論が併合されているものの前記のとおり被告南野が相対効の及ぶ当事者でないことに照らせば被告南野に詐害行為取消しの結果を援用することは許されず,訴訟法上も失当と解すべきである。
被告南野は,相対効といっても,第三債務者に効力を及ぼすことは可能である旨主張するが,採用の限りでない。
結局,甲事件において,被告南野は,本件債権譲渡契約の詐害行為取消しを理由に,原告北川からの請求を拒むことは許されないというべきである。
イ ②原告ヘイカワは,原告北川に対し,通知請求できないこと
取消後の債権に対する権利行使を考えてみると,詐害行為取消しの効果は相対効であり,譲渡人に復帰したようにみえる債権であっても,譲渡人が改めて当該債権の債権者となるわけではないのであって,前記のとおり第三債務者に効力が及ばないと解することを前提にすると,第三債務者がその債権を弁済すべき債権者となるのは,譲渡人ではなく譲受人であって,譲渡人に債権が復帰したことを前提にその債権者の代位行使を認める余地はないと解すべきである。
そうすると,譲受人が債権の弁済を受けた場合と受けていない場合とを同列に取り扱うのが相当であり,そもそも債権の復帰を認める余地はなく,現物返還が不可能であるため,価額賠償によると解すべきであり,第三債務者に対する債権譲渡の取消通知の請求を求めることはできないというべきである。 なお,当裁判所の導いた結論によれば,乙事件において,原告ヘイカワが原告北川に対し,価額賠償として606万9398円を請求すれば,認容相当と認められる。当裁判所は,原告ヘイカワ・被告南野の代理人(同一弁護士)に対し,第14回弁論準備手続(平成19年4月13日)において,当裁判所の導いた結論と同旨の見解(文献)を指摘して検討を促したところであるが,同代理人は,平成19年5月29日付け原告準備書面6において,請求の趣旨に通知請求を追加する一方で価額賠償は求めないという判断をしたものである。原告ヘイカワ代表者は,被告南野に対する本件譲渡債権を取り立てる意思がない旨供述しており(原告ヘイカワ代表者20頁),原告ヘイカワと被告南野が同一代理人である上,原告ヘイカワの訴訟提起が被告南野の依頼により被告南野の原告北川に対する弁済を免れる意図のもとで行われたとうかがえることも併せ考えれば,原告ヘイカワに対し価額賠償請求の検討の機会は与えたが,原告ヘイカワの判断によりその請求をしないとの結論を出したと認めてよいと考える。
(4) なお,仮に当裁判所の導いた前記結論とは異なり,詐害行為取消しの効果が第三債務者に及ぶと解する見解(通知請求を肯認する見解又は通知請求を要せずに当然に第三債務者に効果が及ぶとする見解を前提)に立ったとしても,詐害行為取消しの判決が確定する前(さらに通知必要説によれば通知前)であるにもかかわらず第三債務者がその効果を援用できるのか,援用できるとしてその法的根拠をいかに解するかはなお問題となり得るし,この点について何らかの法的根拠により援用できるとの見解に立つとしても,本件の場合,前記のとおり,原告ヘイカワ代表者に被告南野に対する本件譲渡債権を取り立てる意思がなく,原告ヘイカワと被告南野が同一代理人で原告ヘイカワの訴訟提起が被告南野の依頼により被告南野の原告北川に対する弁済を免れる意図のもとで行われたとうかがえることからすれば,被告南野が詐害行為取消しの効果を援用することは,特段の事情のない限り権利の濫用にあたると思われる。もっとも,当裁判所の導いた前記結論によれば,権利の濫用について判断することまで要しないので,当裁判所と異なる見解を採用した場合に問題となり得る点として指摘するにとどめることとする。
(5) 小括
以上によれば,本件債権譲渡契約は詐害行為として取り消されるべきであるが(乙事件),その通知請求は理由がなく棄却されるべきであり(乙事件),被告南野は前記取消しを理由に原告北川の請求を拒むことは許されない(甲事件)。
2 争点2(相殺)について
被告南野は,本件債権譲渡契約に基づく通知を受けた時点で,丁田に対し,債権合計321万7942円を有していたから,原告北川の請求する本件譲渡債権と対当額にて相殺する旨の抗弁を主張しているので,以下検討する。
(1) 被告南野の丁田に対する軽油売掛金合計21万9210円
被告南野は,丁田に対し,軽油売掛金合計21万9210円を有していると認められる(争いのない事実)。
(2) 南野工業の丁田に対する軽油等の売掛金合計94万9482円
被告南野は,乙第2号証を根拠に,南野工業が,丁田に対し,平成16年11月当時,軽油等売掛金合計94万9482円を有していたとして,被告南野・南野工業・丁田が,南野工業の丁田に対する軽油等の売掛金債権を被告南野に譲渡して,被告南野の丁田からの骨材購入代金と相殺するという合意が存した旨主張し,同合意に基づき,南野工業の丁田に対する前記94万9482円の債権も被告南野に債権譲渡され,被告南野が丁田に対して有していた前記21万9210円の債権と併せて相殺できる旨主張する。
しかしながら,被告南野が,丁田に対し,平成16年11月25日締切分として送付した請求書(甲7の1)には,前記(1)の21万9210円の記載しかなく,南野工業の分と併せて清算する合意があったのであれば,南野工業分と併せて請求する書式であるのが自然と思われるが,この点について被告南野は特段の説明をしていない。
また,被告南野が主張する手書きの請求書(乙1,2)について,うち乙第1号証(被告南野分)については,甲第7号証の1の請求書と金額が異なるが,この点について,被告南野代表者は,「私もよく分かりませんけれども,三井先生のときに,うちのスタンドの所長をしてた四谷というのがいまして,それが勝手に書いたんじゃないかというふうに推測されます。」と供述して甲第7号証の1が正しい旨の供述をしていながら(被告南野代表者1頁),乙第2号証(南野工業分)については間違いない旨供述しており(同2頁),被告南野側の根拠資料の信用性には疑問を感じざるを得ない。
加えて,仮に被告南野が主張するとおり,南野工業分と併せて相殺する処理について丁田が異議を述べなかったことがあったとしても,常に南野工業の丁田に対する債権を当然に被告南野に譲渡して被告南野の丁田に対する債権と併せて当然に相殺するという処理の合意が存したとまで裏付けるに足りると評することはできないというべきである。
したがって,被告南野は,南野工業の丁田に対する軽油等の売掛金合計94万9482円をもって相殺の抗弁を主張することはできない。
(3) 被告南野の丁田に対する損害賠償債権204万9250円
被告南野は,丁田との間で,「加茂工場に野積みしておく骨材を使用する必要が生じたときには,被告南野の指示に従って新潟工場にでも,その他の工場にでも,無償でヤードまで運搬し,新潟工場に野積みした分は新潟工場のヤードまで搬入する」ことを条件として,加茂工場の空地に骨材を野積みすることを認め,丁田支援のために野積みされた骨材の代金も支払うことにしたとして,これを根拠に債務不履行に基づく損害賠償債権の存在を主張し,被告南野代表者もこれに沿う供述をしている(被告南野代表者4頁)。
しかしながら,被告南野が主張するような合意を裏付ける書証は皆無である上,資金繰りが厳しかったとうかがえる丁田が,新潟工場に納入する注文品を,わざわざ人手と燃料を費やして新潟県加茂市に存する加茂工場にまで運んで一時保管した上,さらに,求められる度に人手と燃料を費やして無償で運搬する義務を負担したという内容それ自体,相当不自然といわざるを得ない。
加えて,被告南野代表者自身,同合意に基づいて丁田が加茂工場に野積みされたものを約束どおり運び出したことはなかったことを自認している(同15頁)。
したがって,被告南野が主張する丁田の無償運搬債務の存在を裏付けるに足りる証拠は存せず,被告南野の丁田に対する損害賠償債権の存在は認められない。
(4) 小括
以上によれば,被告南野の相殺の抗弁は,21万9210円の限度で認められる。
3 結論
よって,原告北川の被告南野に対する請求を,理由のある限度で認容し,その余は棄却することとし,原告ヘイカワの原告北川に対する請求を,理由のある限度で認容し,その余は棄却することとし,主文のとおり判決する。
(裁判官 西村真人)
別紙1 債権目録<省略>