新潟地方裁判所 平成17年(ワ)152号 判決 2007年7月17日
住所<省略>
原告
X
同訴訟代理人弁護士
味岡申宰
名古屋市<以下省略>
被告
大起産業株式会社
同代表者代表取締役
A
同訴訟代理人弁護士
肥沼太郎
同
三﨑恒夫
主文
1 被告は,原告に対し,650万1566円及びこれに対する平成16年3月23日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 原告のその余の請求を棄却する。
3 訴訟費用は,これを5分し,その2を原告の負担とし,その余を被告の負担とする。
4 本判決第1項は,仮に執行することができる。
事実及び理由
第1請求
1 被告は,原告に対し,1083万7871円及びこれに対する平成16年3月23日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 仮執行宣言
第2事案の概要
1 事案の要旨
本件は,商品取引員である被告と先物取引受託契約を締結して先物取引を行い差引損で取引を終了した原告が,同損は被告従業員の違法勧誘行為によって生じたものであると主張して,被告に対し,民法715条の使用者責任に基づく損害賠償として,1083万7871円(差引損985万2610円+弁護士費用98万5261円)及びこれに対する不法行為時(取引終了時)である平成16年3月23日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。
2 前提事実(争いのない事実並びに証拠及び弁論の全趣旨により容易に認定できる事実)
(1) 本件委託契約(乙1)
原告は,平成15年11月25日,商品取引員である被告との間で,被告に委託して東京工業品取引所等の商品市場における取引をこれら取引所の定める受託契約準則に従って行う旨の契約(以下「本件委託契約」という。)締結した。
(2) 本件取引(乙6(各枝番))
本件委託契約に基づき,翌26日から平成16年3月23日までの間,別紙「売買取引一覧表」記載のとおり,白金の先物取引(以下「本件取引」という。)が行われた。
本件取引における売買差金はマイナス632万6500円,委託手数料は合計335万8200円,消費税は合計16万7910円,差引損益金はマイナス985万2610円であった。
(3) 委託証拠金(乙7~9(各枝番))
本件取引における委託証拠金の受払状況は,別紙「委託者別委託証拠金現在高帳」記載のとおりであり,現金入金の状況,各月末の委託証拠金(以下,本証拠金を「本証」,追証拠金を「追証」という。)必要額は,以下のとおりであった。
H15.11.26 現金入金90万円
(H15.11.28現在の本証90万円)
H15.12.9 〃90万円
H15.12.22 〃90万円
(H15.12.24現在の本証270万円)
H16.1.6 〃90万円
H16.1.13 〃90万円
H16.1.14 〃270万円
(H16.1.30現在の本証480万円,追証240万円,合計720万円)
H16.2.25 〃182万円
H16.2.27 〃186万円
(H16.2.27現在の本証744万円,追証372万円,合計1116万円)
3 原告の主張
(1) 原告の属性
原告(昭和35年○月○日生)は,高校卒業後,父の経営するa社(以下「a社」という。)や他の会社で工員として働いていたが,父が死亡したため,平成13年にa社の取締役に就任した。
原告は,本件取引以前に先物取引の経験はなく,本件取引に投じた資金のうち,450万円は住宅ローンの支払や娘の入学準備のために貯めていたものであり,630万円はa社の運転資金を流用したものである。
(2) 本件取引の経緯
ア 平成15年11月半ば過ぎころ,被告新潟支店従業員D(以下「D」という。)から,a社にいた原告に突然先物取引の案内の電話があったが,原告は,忙しいと言って断った。
イ その約1週間後,Dは,予約なしに突然a社を訪れ,話だけでも聞いて欲しいと要請し,原告は,断ることもできず,話を聞くことにした。Dは,資料を見せて白金の相場の話をし,20年ぶり位の高値を付けており今後値下がりするのは確実であること,取引には売と買があり,値下がりして利益になるのは売であること,白金相場は500倍の賭け率になっており,他の相場と比べて危険度は少なく,90万円を出せば1週間か10日位で50万円近い利益がほぼ確実に見込まれることを説明した。
ウ 11月25日,Dとその上司のE(以下「E」という。)が,a社を訪れた。DとEは,白金の相場の話をし,12月14日に発表される南アフリカにある鉱山会社の来年度の事業計画や生産体勢について情報を入手しており,増産は間違いないこと,白金と相対するものとしてパラジウムがあり,白金の値段が上がるとパラジウムに切り替え,パラジウムの値段が上がると白金に切り替えるということが繰り返されているが,白金の値段がこれだけ高騰するとパラジウムに取って代わられること等を説明し,また,Dが営業担当員になって最初の客が原告なので,EがDのフォローアップをする,白金は天候や戦争に左右されず先物取引では一番簡単で今回の様な状況であれば必ず利益を出す等と言い,原告に対し,白金の取引を勧誘した。
原告は,D及びEの説明を信じ,同日,被告との間で本件委託契約を締結した。
エ 11月26日,DとEが,原告の自宅を訪れ,原告と原告の妻に対し,白金相場の場合1枚6万円の証拠金で売買する,初心者は10枚と決められている,10枚だと証拠金が60万円となる,90万円なら60万円が証拠金で残り30万円は預託金となる,どんなに相場が動いても60万円は戻って来るのでそれ以上にお金がかかることはない等と説明して,10枚の売建を勧めた。原告は,この提案に乗り,90万円を預け,10枚を売建した。
オ 11月下旬か12月初旬,原告夫婦は,被告新潟支店を訪れ,支店長のF(以下「F」という。)の話を聞いた。Fは,被告の会社概要,被告のインターネットやデータの集積・分析が優れていること,被告従業員は顧客に必ず利益を出させなければいけないこと等を話した上,追証について,売建したので60円値段が上がると取引停止決済か追証を払って取引継続かを決めなくてはならないと説明した。
カ 12月8日ころ,被告従業員のG(以下「G」という。)から電話があり,Gは,原告に対し,追証がかかったことを伝えた上,もう90万円あれば50万円位は利益としてすぐに返せる,明日また戦略を話したいので夫婦で来店して欲しい,と言い,原告は,翌日90万円を被告新潟支店に持って行くことになった。
キ 12月9日ころ,原告は,被告新潟支店を訪れた。これに応対したGは,鉱山会社の生産計画が発表になるまではもう少し上がる可能性があるが,発表を境に必ず値下がりする,天井値段を付けて一段下がったところで売10枚を持てば50万円位の利益になる,どんなに上がっても追証が90万円になることはない,自分に90万円を任せて欲しい等と言った。
原告は,Gの提案に乗り,かかった追証は30万円であるのに90万円を預けた。
その後,鉱山会社から生産計画が発表になったが,Gから聞いていた内容とは反対の内容であった。
ク 12月22日ころ,Gは,原告に電話をかけ,完全に天井をぬけた,後は絶対に下がる,原告に100万円単位で利益を上げさせたいので手持資金90万円があれば自分に預からせて欲しい等と言った。
原告は,Gの話を信じ,新たに90万円を預けた。
同日,売建を20枚増やし,売建30枚となった。
ケ 平成16年1月5日(仕事始めの日),90万円の追証がかかり,翌6日,原告は90万円を預けた。
その数日後,また90万円の追証がかかり,同月13日,原告は90万円を預けた。
コ そのころ,被告東京支店取引相談室長のHがa社を訪れ,a社の近くの喫茶店で原告と面談した。Hは,自分がお客様相談窓口の者であることを告げた上,本件取引の現状,1月26日に初心者マークがはずれること,その後は本証拠金の率が下がるので不必要になった預託金を返すことができること,最初に決めた取引上限額500万円を外せること等を説明し,さらに,白金の相場について,これだけ高騰すれば現在動いていない鉱山会社が稼働するので少し経てば100円~200円位はすぐに下がる,預かっている金額の半分以上が残っていて損をしたということは聞いたことがない等と話した。
サ 1月13日,Fは,原告に電話をかけ,追証がかかったことを告げた上,追証だけでは回避できない部分もあるので270万円を預けて欲しい,必ず何とかする等と言った。原告は,翌日自宅で説明を聞くことにし,この電話の後,Hと連絡を取り相談した。
シ 1月14日,Fは,原告宅を訪れ,原告に対し,Hの言うことより自分の言うことを信じて欲しい,自分は他の担当者に比べて顧客により多く儲けさせることができたため支店長になっている,あと270万円あればどんな角度からでも利益を出してみせる,必ず何とかする,これ以上の金は要求しない等と言って,270万円を預けることを促した。
原告は,Fの話を信じ,同日,270万円を預けた。
ス 1月21日ころ,Fは,原告に電話をかけ,12月限30枚買建して仕切ったところ13万円位利益が出たことを告げた上,6月限だけが値段が安いので30枚買建すると言った。原告は,よく分からなかったが,利益が出たということもあり,これを了承した。
セ 1月26日ころ,Gは,原告に電話をかけ,相場の値上がりサインが出ているので20枚買建したい,自信があるので任せて欲しいと言った。
同日,20枚が買建され,建玉残は,売建30枚,買建50枚になった。
ソ その後,原告は,Fの勧める取引を行い,3月3日の建玉残は,売建62枚,買建62枚となった。
その後も,原告は,Fの勧める取引を行い,売建玉については,徐々に仕切り,買建玉については,仕切ったり新規に買建したりしながら,3月23日に取引を終了した。売建玉の仕切りによる損失により,最終的な差引損益金はマイナス985万2610円となった。
(3) 被告従業員の不法行為
本件取引における被告従業員の前記(2)の一連の行為は,以下のとおり違法な行為であり,全体として原告に対する不法行為を構成する。
ア 不招請勧誘
Dによる電話勧誘は,不招請勧誘に該当する。
イ 断定的判断の提供による勧誘
本件委託契約締結に至るまでのD,Eによる勧誘,平成15年12月9日に90万円を支払うまでのGによる勧誘,平成16年1月13日に90万円,同月14日に270万円を支払うまでのH,Fによる勧誘は,断定的判断の提供による勧誘に該当する。
ウ 説明義務違反
被告従業員らは,原告に対し,先物取引の危険性・仕組み・取引方法等に関して十分な説明を行わず,虚偽の説明を行った。
エ 無断売買
平成16年1月20日に行われた新規買建30枚,平成16年1月21日に行われた前日の買建玉30枚の仕切り及び新規買建30枚,同月26日に行われた新規買建20枚は,無断売買である。
オ 連絡懈怠
平成16年3月2日,原告は,売建10枚を決済してもらおうとFに電話したが,Fが電話に出なかったため,注文を出せず,多額の損金を発生させられた。
カ 過当取引の勧誘
原告の属性は前記(1)のとおりであり,原告には余裕資金がなかった。
被告従業員は,原告に余裕資金がないことを認識していたにもかかわらず,先物取引を勧誘し続けた。
キ 無意味な反復売買の勧誘
本件取引においては,別紙特定取引一覧表記載のとおり,両建や直し取引が多用され,特定取引率77%,売買回転率5.68回,手数料化率36%となっている。
これらの指標は,本件取引が実質的には原告の判断ではなく,被告従業員の判断により行われた取引であることを推認させる。
(4) 被告の使用者責任
本件取引における被告従業員の前記(2)の一連の行為は,原告に対する不法行為に該当し,これらの行為は,被告の事業である先物取引受託業務の執行につき行われたものであるから,被告は,民法715条に基づき,これによって原告に生じた損害を賠償する責任を負う。
(5) 原告の損害
ア 差引損 985万2610円
原告は,被告従業員の違法勧誘行為により本件取引において985万2610円の損失を被った。
イ 弁護士費用 98万5261円
原告は,原告代理人に対し,本件につき差引損の1割に相当する98万5261円の弁護士報酬を支払うことを約した。
ア+イ 合計1083万7871円
(6) まとめ
よって,原告は,被告に対し,民法715条に基づく損害賠償として,1083万7871円及びこれに対する不法行為時である平成16年3月23日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める。
3 被告の主張
(1) 原告の属性について
被告従業員は,本件取引に投入された資金が住宅ローン資金,教育資金,a社の運転資金であることを聞かされたことはない。
(2) 本件取引の経緯について
本件取引の経過は以下のとおりであり,これに反する原告主張事実は否認する。
ア 平成15年11月18日,被告新潟支店従業員Dは,初めて原告に電話をかけ,被告の紹介と商品先物取引の案内をし,一度会って話を聞いて欲しい旨伝え,同月21日午後1時半に訪問する約束をした。
イ 11月21日午後1時半ころ,Dは,原告の経営するa社を訪問し,原告に対し,パンフレット等で被告の紹介をした後,商品先物取引委託のガイドを使って商品先物取引の仕組み等の説明をし,さらに,チャート,新聞記事等を見せながら白金の市況を説明した。その際,Dは,商品先物取引には売と買があり,値下がりして利益が出るのは売であり,今は白金の値段が高く値下がりが見込めるので白金の売を勧めている,証拠金は1枚9万円で2~3日から10日間位で値下がりして利益が出ることも珍しくないとの話をした。そして,Dは,説明に使用した委託のガイドその他の資料を原告に渡し,最後に原告に簡単なアンケートに答えてもらい,後日上司と一緒に来ますと言って辞去した。
ウ 11月25日午前中,Dは,原告に電話をかけ,白金の市況を簡単に伝えた後,再度訪問できないかと尋ね,午後1時半ころ訪問する約束をした。
同日午後1時半ころ,Dと上司のEは,a社を訪問し,原告に対し,Eが,白金の証拠金が1枚9万円であることと白金の損益計算方法を説明した後,白金の市況を詳しく説明した。その際,Eは,白金の用途,白金とパラジウムとの関係,南アフリカの鉱山会社アングロ・アメリカ・プラチナム(アングロプラット)の設備投資計画の発表が12月14日ころにあること等を話し,白金の値下がり見込みを説明した。
その結果,原告は10枚,証拠金90万円で取引を開始することになった。
そこで,Eは,再度,原告に対し,商品先物取引に関するパンフレット,グラフなどの資料に基づき,先物取引が清算取引であって,商品市場に上場されている商品の相場変動を予測して行う投機取引であること,取引の仕組み,売買の方法,売買による差損益の計算方法,委託手数料の額,取引の担保として必要な委託証拠金の額及び種類等について解説し,受託契約準則(乙2),危険開示告知書(乙3)につき,その内容を説明した上,これを交付した。その際,Eは,白金1枚の本証拠金は9万円だが,そのうち6万円は取引所の基準額で追証計算は6万円を基準として計算すること,この取扱いは取引開始後2か月で終わり,その後は本証拠金も6万円となること及び相場が逆に動いたときの対処方法を説明した。
そして,原告は,商品先物取引の危険性を了知した上,「約諾書」(乙1)に署名押印して被告との間で本件委託契約を締結し,「お取引の口座開設申込書」(乙4)に必要事項を記入して署名押印した。
次に,Eは,被告新潟支店長のFと被告商品取引部のスタッフであるGを原告に紹介し,最後に,商品先物取引について簡単に解説したアンサホンを原告に聞いて貰った。
白金10枚分の証拠金90万円は翌日午後2時に原告の自宅で集金することになった。
エ 11月26日午後2時,DとEが集金のため原告の自宅を訪問したところ,原告から,原告の妻に対して説明することを求められ,Eは,前日原告にしたのと同様の説明を原告の妻に行った。その後,Eは,原告から90万円を預かり,被告東京支店取引相談室長のHに電話をかけ,原告にその電話に出て貰った。Hは,原告の理解度等を聞き取り調査した上,問題なしと判断した。そして,Eは,原告から白金売建10枚を受注し,新潟支店のFに取り次いだ。この売建玉は2570円で成立した。
オ 11月27日午後6時半ころ,原告と原告の妻が被告新潟支店を訪れ,これに応対したFは,Gを紹介した。その後,Fは,被告のインターネットサービスの話や商品先物取引業界の話をし,商品先物取引の基本的な事柄を確認のため再度説明し,最後に,値段が売値より60円上がると追証がかかることを念押ししておいた。
カ その後,FやGは,ほとんど毎日,原告に白金の値段を報告した。
12月8日,白金の値段が上がり原告に30万円の追証がかかった。Gは,原告に電話をかけ,その旨伝え,売建の枚数を増やしても追証は抜けるので,今後枚数を増やしていくことも視野に入れてはどうかと話した。
原告は,90万円を翌日被告新潟支店に持参して入金することになった。
キ 12月9日午前中,原告が被告新潟支店を訪れ,90万円を入金した。これに応対したGは,白金は12月に入ってから大体上昇傾向となっている,アングロプラットの生産目標が発表になるまではもう少し上がるかもしれない,アングロプラットの生産計画は今のところ高くなると予想されており,そのとおりの発表となれば白金は下がる,そのときを狙って売を増やしたらどうか,白金の値段を注意しておいて下さい,との話をした。原告は,毎日パソコンで値段を見ている,とのことであった。
ク 12月12日ころ,アングロプラットの生産計画発表があったが,予想以上に生産目標が低かったため,その後も白金の値段は上昇を続けたが,同月18日に大きく下がり,その後も下落傾向を示した。
同月22日,Gは,原告に電話をかけ,売建を増やすチャンスであると話し,受注した。同日,原告から証拠金90万円が入金された。
ケ 平成16年1月5日,白金の値段は朝から上がり,原告に90万円の追証がかかった。
Gは,原告に電話をかけ,その旨伝え,なぜこんなに上がるのかわからない,じきに下がると思うと話した。
原告は,Gの話に同調し,90万円入金することになった。翌日,原告から90万円が入金された。
コ 1月8日午後3時過ぎ,被告東京支店取引相談室長のHは,a社の近くの喫茶店で原告と面談し,その時点での原告の取引内容を説明し,現在30枚の売建玉があり,証拠金が360万円入金されており,そのうち本証拠金は1枚9万円で合計270万円だが,1月26日には取引開始後2か月となり,本証拠金が1枚6万円となる,それによって不要な証拠金が出れば請求により返金できる,取引継続するのであれば建玉限度額を外しておいてはどうか,と話した。さらに,Hは,原告から,白金の相場はどうなるのかと尋ねられ,白金の現物相場は天井を打っており,先物も買われにくい状況となっている,2~3週間後には下がってくるのではないか,と話し,最後に,原告にアンケートを書いて貰った。原告は,インターネットはよく見ており,大起産業のアスミル(インターネットサービス)も利用している,とのことであった。
サ その後も白金の上昇傾向は止まらず,1月9日,原告に90万円の追証がかかった。
休み明けの同月13日,原告からこの90万円が入金された。
同日,白金の値段が更に上がり,原告にまた90万円の追証がかかった。
Fは,原告に電話をかけ,その旨伝え,買建を入れることも考えたらどうかと話し,翌日原告宅を訪問して対応策を話し合うことになった。
シ 1月14日,Fは,原告宅を訪問し,原告及び原告の妻と面談した。
Fは,白金は中国の宝飾需要や自動車触媒需要の堅調が見込まれ,また,ドル安見通し,南アフリカの生産に対する懸念等の上げ材料があるが,高値感も強く雰囲気的には買われにくい場面となっている,しばらく20円~30円の上げ下げが続くと思う,今取引をやめれば300万円くらいの損だが,損を少なくする場面は十分にあるので少し待ったほうがいいと思う,また,今すぐではなくても30枚の買を入れて様子を見ることも念頭に入れておいたほうがよい,そのためには270万円必要である等と話した。
同日,原告から270万円が入金された。
ス 1月19日,白金はかなり上がり,翌20日も,朝から上昇傾向を示したため,Fは,原告に電話をかけ,30枚買建をしてはどうか,と話し,受注した。
セ 1月21日午後1時ころ,Fは,原告に原話をかけ,白金12月限より6月限のほうが上がりそうであることを告げ,12月限買建玉30枚を利食って6月限30枚を買建する注文を貰った。
ソ 1月26日午前中,Gは,原告に電話をかけ,白金6月限が下がっており,買い時なので買ってはどうか,原告は取引開始から2か月経っており今日から本証拠金が6万円となるので20枚買える等と話し,受注した。
タ 1月30日から白金がかなり下がり,2月に入ってもその傾向が続いたので,2月4日,Fは,原告に売建玉20枚の仕切りを勧め,受注した。
チ 2月13日,白金は天井感はあるがまだ不透明なので,売建玉62枚,買建玉62枚を両建とした。
ツ その後,白金の上げの勢いが鈍ってきたので,Fは,白金は天井を打ったとみて,2月20日,原告に電話をかけ,その旨話し,ここで買建玉を全部仕切って勝負に出ましょうと告げ,買建玉62枚全部の仕切りを受注した。しかし,これが完全に裏目に出て,同月末から白金は上昇し始め3000円を超える値段も出るようになり,原告に大きな損が出てしまった。
(3) 本件取引における被告従業員の行為等について
本件取引においては,E,F,Gらの被告従業員が,電話または面談により,原告から,その都度注文内容及び取引に必要な委託証拠金額等を確認の上,取引を受注し,かつ,成立した売買については,原告に対し,担当者から電話で報告するとともに,「売買報告書及び売買計算書」(乙8(各枝番))を送付して確認を求めている。このほか,被告から毎月1回定期的に「残高照合通知書」(乙9(各枝番))を原告宛送付して原告の確認(乙10(各枝番))を求めながら取引が継続された。
以上のとおり,本件取引は原告の意思と判断に基づいて行われたものであり,その結果生じた損失が原告に帰属すべきことは当然である。
特定売買が不適切な売買だというのは一群の弁護士が作り上げたインチキである。商品先物取引で生計を立てている者は日計りを多用している。
本件取引における被告従業員の一連の行為が全体として原告に対する不法行為を構成するとの原告の主張は争う。
被告の使用者責任についての原告の主張は争う。
第3当裁判所の判断
1 本件取引の経緯
前提事実のほか,証拠(甲1,乙1~23(各枝番),証人E,証人F,証人G,原告)及び弁論の全趣旨によれば,次の経緯が認められる。
(1) 原告(昭和35年○月○日生)は,高校を卒業し,父の経営するa社や他の会社で工員として働いた後,平成13年に父の跡を継ぎ,本件取引当時,a社の代表者であった。
原告は,本件取引以前に先物取引の経験は全くなかった。
原告は,本件取引の資金として,住宅ローンの支払資金や娘の入学準備金として貯めておいた約450万円を投入したほか,a社の運転資金約630万円を流用した。
(2) 平成15年11月18日,a社にいた原告は,被告新潟支店従業員Dから,突然,商品先物取引勧誘の電話を受けた。
同月21日午後1時半ころ,Dが,a社を訪れ,原告に対し,被告の紹介をし,商品先物取引委託のガイドを使って商品先物取引の仕組み等の説明をした後,チャートや新聞記事を見せながら白金の市況の話をし,商品先物取引には売と買があり,値下がりして利益が出るのは売であること,今は白金の値段が高く今後値下がりが見込めるので白金の売を勧めていること,90万円を出せば7~10日位で50万円近い利益がほぼ確実に見込まれること等を述べ,白金の売を勧誘した。
なお,同日,Dは,商品先物取引委託のガイドを原告に交付し,原告は,「「委託のガイド」アンケート」(乙21)に答えた。
(3) 11月25日午後1時半ころ,Dと上司のEが,a社を訪れ,原告に対し,白金の取引の仕組みや白金の市況を詳しく説明した。Eは,白金の用途を説明した上,白金の値段が上がるとパラジウムに切り替え,パラジウムの値段が上がると白金に切り替えるという関係から,白金の値段がこれだけ高騰するとパラジウムに切り替えられること,12月14日ころに南アフリカの鉱山会社アングロ・アメリカ・プラチナム(アングロプラット)の設備投資計画の発表があるが,入手した情報によれば増産は間違いないこと等の理由を挙げて,白金の値下がり見込みを強調し,白金は天候や戦争に左右されず今回の様な状況であれば必ず利益を出すと言って,原告に白金の売を勧誘した。
その結果,原告は,白金の売で必ず儲かると信じ,証拠金90万円で白金売建10枚により商品先物取引を開始することを決めた。
そこで,Eは,原告に対し,再度,取引の仕組み,売買の方法,売買による差損益の計算方法,委託手数料の額,取引の担保として必要な委託証拠金の額及び種類等について解説し,商品先物取引委託のガイド,受託契約準則,委託本証拠金額一覧を交付した上,「約諾書」(乙1),「お取引の口座開設申込書」(乙4)への署名押印を求め,原告は,これに応じた。
次に,Eは,被告新潟支店長のFと被告商品取引部のスタッフであるGを原告に紹介し(乙22),最後に,商品先物取引について簡単に解説したアンサホンを原告に聞かせた。
これにより,原告と被告の間で本件委託契約が締結され,委託証拠金90万円は翌日原告の自宅で集金することになった。
(4) 11月26日午後2時,DとEが集金のため原告の自宅を訪問したところ,原告は,原告の妻に対する説明を求めた。Eは,原告と原告の妻に対し,前日と同様の説明をした上,初心者は10枚と決められている,10枚だと証拠金が90万円になる,どんなに相場が動いても90万円以上にお金がかかることはない等と言って,白金10枚の売建を勧めた。また,同日,被告東京支店取引相談室長Hの電話による原告の理解度等の聞き取り調査が行われた。
原告は,90万円を預け(同時点での証拠金90万円),白金10枚売建を発注した。この売建10枚は,平成16年3月4日の仕切りにより,売買差金マイナス217万5000円,委託手数料9万2000円,消費税4600円,差引損益マイナス227万1600円となった。
(5) 平成15年11月27日午後6時半ころ,原告と原告の妻が被告新潟支店を訪れ,これに応対したFは,原告に対し,被告の会社概要,被告のインターネットサービスやデータの集積・分析が優れていること,被告従業員は顧客に必ず利益を出させなければならないこと等を話し,最後に,売建したので値段が売値より60円上がると追証がかかり,取引停止決済か追証を払って取引継続かを決めなければならなくなることを説明した。
同日,原告は,「商品先物取引の重要なポイント」(乙14)に署名押印した。
(6) 12月8日,白金の値段が上がり原告に30万円の追証がかかった。
Gは,原告に電話をかけ,その旨伝え,もう90万円あれば50万円位は利益としてすぐ返せる,売建の枚数を増やしても追証は抜けるので,今後枚数を増やしていくことも視野に入れてはどうか,戦略を話したいので明日来店して欲しい等と言い,原告は,翌日90万円を被告新潟支店に持参することになった。
(7) 12月9日午前中,被告新潟支店を訪れた原告に対し,Gは,白金の値段は上昇傾向にあり,アングロプラットの生産目標が発表になるまではもう少し上がる可能性があるが,アングロプラットの増産計画の発表を境に必ず値下がりする,そのときを狙って売を増やしたらどうか,天井値段を付けて一段下がったところで売10枚を持てば50万円位の利益になる,どんなに上がっても追証が90万円になることはない,自分に90万円を任せて欲しい等と言って,追証30万円のところ90万円預けることを勧めた。
同日,原告は,90万円を預け(この時点での証拠金180万円),「お取引についてのアンケートⅠ」(乙15)に答えた。
(8) 12月12日ころ,アングロプラットの生産計画発表があったが,予想以上に生産目標が低かったため,その後も白金の値段は上昇を続けた。その後,白金の値段は,同月18日に大きく下がり,その後も下落傾向を示した。
(9) 12月22日,Gは,原告に電話をかけ,完全に天井を抜け,後は絶対に下がるので,売建を増やすチャンスである,原告に100万円単位で利益を上げさせたいので手持資金90万円があるなら自分に任せて欲しい等と言った。
原告は,Gの勧めに従い,新たに90万円を預け,売建20枚を増やした(同時点での証拠金270万円,建玉残売30枚)。この売建20枚は,平成16年2月4日の仕切りにより,差引損益がプラスとなった。
(10) 平成16年1月5日,白金の値段は朝から上がり,原告に90万円の追証がかかり,Gは,原告に電話をかけてその旨伝え,原告は,翌6日,90万円を入金した(同時点での証拠金360万円,建玉残売30枚)。
(11) 1月8日午後3時過ぎ,被告東京支店取引相談室長のHは,a社の近くの喫茶店で原告と面談し,その時点で30枚の売建玉があり,証拠金が360万円入金されており,そのうち本証拠金は1枚9万円で合計270万円であること,1月26日には取引開始後2か月となり,本証拠金が1枚6万円となるので,それによって不要になった預託金を請求により返金できること,取引継続するのであれば最初に決めた建玉限度額500万円を外せること等を説明した上,白金の相場について,白金の現物相場は天井を打っており,少し経てば下がってくる,預託金の半分以上が残っていて損をしたということは聞いたことがない等と話した。
同日,原告は,「お取引についてのアンケートⅡ」(乙16)に答え,「建玉限度額解除についての申出書」(乙13)に署名押印した。
(12) その後も白金の値段の上昇傾向は止まらず,1月9日,原告に90万円の追証がかかり,原告は,休み明けの同月13日,この90万円を入金した(同時点での証拠金450万円,建玉残売30枚)。
同日,白金の値段が更に上がり,原告にまた90万円の追証がかかったため,Fは,原告に電話をかけ,その旨伝えた上,買建することも考えたらどうか,270万円を預けて欲しい,必ず何とかする等と話し,翌日原告宅を訪問して対応策を話し合う約束をした。
原告は,この電話の後,Hと連絡を取り相談した。
(13) 1月14日,Fは,原告宅を訪問し,原告及び原告の妻に対し,自分は他の担当者に比べて顧客により多く儲けさせることができたため支店長になっている,Hの言うことより自分の言うことを信じて欲しい等と言った上,今取引をやめれば300万円くらいの損だが,損を少なくする場面は十分にあるので少し待ったほうがいい,30枚の買建をして様子を見てはどうか,そのためには270万円が必要である,あと270万円あれば利益を出してみせる,必ず何とかする,これ以上の金は要求しない等と言って,270万円を預けることを促した。
同日,原告は,Fの提案に乗り,270万円を入金した(同時点での証拠金720万円,建玉残売30枚)。
(13) 1月20日,12月限30枚が買建られた。これにより,建玉残は売30枚,買30枚となった。
(14) 1月21日午後1時ころ,Fは,原告に原話をかけ,12月限買建玉30枚を仕切ったところ13万円位利益が出たことを告げ,6月限30枚を買建することを提案した。原告は,これを了承した。
同日,12月限30枚が仕切られ,6月限30枚が買建られ,建玉残は売30枚,買30枚となった。
(15) 1月26日午前中,Gは,原告に電話をかけ,相場の値上がりサインが出ている,今日から本証拠金が6万円となるので20枚買える,自信があるので任せて欲しいと言った。これを原告は,了承した。
同日,6月限20枚が買建られ,これにより,建玉残は売30枚,買50枚となった。
(16) 白金の値段は,1月30日からかなり下がり,2月に入ってもその傾向が続いたので,2月4日,Fは,原告に売建玉20枚の仕切りを勧め,受注した。
同日,売建玉20枚が仕切られ(これによる売買差金はプラスであった。),建玉残は売10枚,買50枚となった。
(17) 2月13日,白金の値段は天井感はあるがまだ不透明なので,Fは,原告に対し,売建30枚,買建12枚により売建玉62枚,買建玉62枚の両建とすることを提案し,原告は,同提案に乗り,そのとおり発注した。
(18) その後,白金の値段の上げの勢いが鈍ってきたので,Fは,天井を打ったと判断し,2月20日,原告に電話をかけ,その旨話し,ここで買建玉を全部仕切って勝負に出ましょうと提案し,買建玉62枚全部の仕切りを受注した。
同日,買建玉62枚が仕切られ(これによる売買差金はプラスであった。),建玉残は売62枚となった。
(19) 2月末以降,白金の値段は上昇し始め,3000円を超える値段も出るようになり,売建玉62枚を仕切った原告に大きな損が生じた。
2 被告従業員の不法行為
(1) 適合性の原則
商品先物取引は,将来の決められた時点における商品の価格を現時点であらかじめ決めておいて,将来の時点での商品の受け渡しを約束する取引であり,定められた将来の時点において商品を引き渡すか,あるいはその期日までに反対売買することによって決済することができるものであるが,その役割は,リスク回避を行うためのリスクヘッジ,価格のばらつきを利用して儲ける裁定及び投機であり,一般消費者にとっての商品先物取引は投機である。商品先物取引では,取引する商品の総額を用意する必要はなく,取引の担保として実際に取引する商品の価格の数パーセント程度の証拠金を預ければよく,手持ちの資金に比べて10倍以上の額の商品を取引することができるため,投資した金額に比べて利益や損失が非常に大きくなるのが特徴である。したがって,投機的取引としての商品先物取引には十分な知識と資産が要求され,誰にでも勧められる取引ではなく,知識のない一般の消費者にとってはハイリスクな取引である。
このような商品先物取引の特徴から,商品先物取引において,商品取引員は,顧客の知識,経験及び財産の状況に照らし不適当と認められる勧誘を行って委託者の保護に欠け,又は欠けることとなるおそれがないように,商品取引受託業務を営まなければならない義務を負っているものと解される(現行商品取引所法215条参照)。
(2) 原告の属性
前記1の経緯によれば,原告は,本件取引開始に先立ち先物取引の仕組みや危険性について被告従業員から説明を受けたものの,先物取引の仕組みや相場変動要因について正確な知識を有するには至っておらず,被告従業員の示す相場観や取引方法についての提案に依存しなければ取引を行えない状況にあったものであり,他方,被告従業員は,原告が本件取引を行うについて被告従業員の助言や提案に依存しており,先物取引についての適格を欠いていることを承知していたと認められる。
(3) 被告従業員の不法行為
本件取引は,被告従業員の示す相場観や取引方法の提案に依存しなければ取引を行えない状況にある原告が,被告従業員の勧誘に従って行ったものであるところ,白金の値段が確実に下がることを示して取引開始を勧誘した被告従業員の行為,確実に利益を出してみせることを示して追証の預託を勧誘した被告従業員の行為,白金の値段が確実に下がることを示して白金の売建を62枚にさせた被告従業員の行為は,断定的判断の提供による勧誘あるいは一任売買の勧誘に該当し,原告の前記属性に照らすと,これらの被告従業員の勧誘は,適合性の原則に反した違法行為であり,原告に対する不法行為を構成するというべきである。
3 被告の使用者責任
本件取引における被告従業員による適合性の原則に反した一連の勧誘は,原告に対する不法行為に該当し,これらの行為は,被告の事業である先物取引受託業務の執行につき行われたものであるから,被告は,民法715条に基づき,これによって原告に生じた損害を賠償する責任を負う。
4 過失相殺
前記1の経緯によれば,原告は,商品先物取引の危険性を認識し,取引開始に当たって被告従業員によって示された白金の値段の動向についての予想が取引開始後早々に外れたことが明らかであったにもかかわらず,その後も利益を求めて,資金が尽きるまで,被告従業員の示す相場観を頼っての本件取引を続けたものであるから,本件取引を行うについては,原告にも相応の過失があったというべきであり,本件不法行為(使用者責任)に基づく損害賠償については,40%の過失相殺をするのが相当である。
5 損害賠償の額
原告は,被告従業員の前記不法行為により,本件取引による差引損失額985万2610円の損害を被ったのであるから,被告が使用者責任に基づき原告に生じた損害につき賠償すべき額は,これに40%の過失相殺をした後の額591万1566円(985万2610円×0.6=591万1566円)及びその10%相当の弁護士費用59万円の合計650万1566円(591万1566円+59万円=650万1566円)とするのが相当である。
6 結論
以上によれば,原告の本件請求は,650万1566円及びこれに対する不法行為の日である平成16年3月23日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があり,その余は理由がない。
よって,原告の本件請求を理由のある限度で認容し,その余を棄却することとし,主文のとおり判決する。
(裁判官 山﨑まさよ)
<以下省略>