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新潟地方裁判所 平成17年(行ウ)13号 判決 2006年11月17日

原告

甲野太郎

同訴訟代理人弁護士

味岡申宰

大沢理尋

小川和男

小淵真史

土屋俊幸

松永仁

被告

新潟県

同代表者新潟県公安委員会代表者委員長

大嶽理惠子

同訴訟代理人弁護士

小泉一樹

同指定代理人

小林秀郷

外5名

主文

1  新潟県警本部長が原告に対して平成17年10月6日付でした新潟県情報公開条例に基づく行政文書部分公開決定処分のうち,第2の2の(2),(3)及び第5を公開しないとした部分を取り消す。

2  原告のその余の請求を棄却する。

3  訴訟費用は,これを3分し,その2を被告の負担とし,その余を原告の負担とする。

事実及び理由

第1  請求

1  新潟県警本部長が原告に対して平成17年10月6日付でした新潟県情報公開条例に基づく行政文書部分公開決定処分のうち,決裁欄中「係長」の印影,第2の2の(2),(3)及び第5を公開しないとした部分を取り消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

第2  事案の概要等

1  事案の概要

原告は,平成17年9月20日付けで,新潟県情報公開条例(平成13年10月19日新潟県条例第57号(以下「本件条例」という。))5条に基づき,新潟県警本部長に対して,「凶悪重大犯罪等に係る出所情報の活用について」と題する文書の公開請求を行ったが,同本部長は,同文書のうち,決裁欄中「係長」の印影,第2の2の(2),(3)及び第5にかかる情報は,同条例7条各号所定の非開示情報に該当するとして,非開示の決定(以下「本件決定」という。)をした。本件は,原告が,本件決定は,本件条例の解釈を誤ったものであり,違法であるなどとして,非開示処分の取消を求めた事案である。

2  前提事実(当事者間に争いのない事実並びに証拠及び弁論の全趣旨により容易に認められる事実)(証拠により認定した事実は証拠番号を括弧内に標記した。)。

(1)  原告

原告は,新潟県弁護士会所属の弁護士である。

(2)  本件決定

原告は,平成17年9月20日付けで,本件条例5条に基づき,新潟県警本部長に対して,「凶悪重大犯罪等に係る出所情報の活用について」と題する文書(以下「本件文書」という。)の開示請求を行ったが,新潟県警本部長は,同年10月6日付けで,本件文書のうち,①決裁欄中の「係長」の印影,②第2の2の(2)の「出所者の入所罪名」,同(3)の「出所者の出所事由の種別」,③第5の「出所情報ファイルの有効活用」について,下記①ないし③の理由から,非公開とする本件決定をした(甲1,甲2)。

なお,新潟県警本部長が本件条例2条1項「実施機関」に該当し,本件文書が同条2項の「行政文書」に該当することに争いはない。

①決裁欄中の「係長」の印影は,警部補の警察官の印影であり,本件条例7条2号ウただし書の「当該公務員等が規則で定める警察職員である場合」に該当する。

②第2の2の(2)の「出所者の入所罪名」及び同(3)の「出所者の出所事由の種別」は,出所情報ファイルへの記録対象となる者の罪名,出所事由が記載されており,公にすることにより,出所者において,自己の入所罪名と出所事由とを照合することで自己が出所情報ファイルの記録対象者であるか否かが明かとなり,記録対象者が犯罪を企図するにおいて,自己に対する警察捜査の存在を前提とした対抗措置を講じるなどし,犯罪の捜査に支障を及ぼすおそれがあると,実施機関(新潟県警本部長)が認めるため,本件条例7条4号に該当する。

③第5の「出所情報ファイルの有効活用」は都道府県警察における出所情報ファイルの具体的活用方針が記載されており,公にすることにより,記録対象者が犯罪を企図するにおいて,当該活用を前提とした対抗措置を講じるなどし,犯罪の捜査に支障を及ぼすおそれがあると,実施機関(新潟県警本部長)が認めるため,本件条例7条4号に該当する。

(3)  本件文書

本件文書は,警察庁刑事局刑事企画課長から,新潟県警本部長に対して送付されたものであり,その内容は,警察庁において,「出所情報管理システム」(法務省から,凶悪重大犯罪やこれらと結びつきやすく再犯のおそれが高い侵入窃盗,薬物犯罪等に係る出所情報の提供を受け,犯罪捜査に活用することを目的とする)が構築されるまでの間に,警察庁が,法務省から提供を受け,整理編集した,出所情報の電磁的記録(以下「出所情報ファイル」という。)について,有効活用及び適正な取扱いをするよう指示するものである(甲2)。

(4)  本件条例の規定

本件条例の内容は,別紙のとおりである(甲6,乙3)。

3  争点

本件の争点は,本件文書のうち,①決裁欄中の「係長」の印影が本件条例7条2号ウただし書の非開示情報に該当するか,②第2の2の(2)の「出所者の入所罪名」及び同(3)の「出所者の出所事由の種別」が本件条例7条4号の非開示情報に該当するか,③第5の「出所情報ファイルの有効活用」が本件条例7条4号の非開示情報に該当するか,である。

4  争点に関する当事者の主張

(1)  争点①について

ア 原告の主張

個人識別情報が非開示情報とされているのは,プライバシー保護のためであるが,公務との関係で印影が顕出されるような場合については,氏名が私生活を離れて使用される場合であるから,プライバシー保護は要請されない。

イ 被告の主張

本件条例7条2号ウただし書の「規則で定める警察職員」については,新潟県情報公開条例第7条第2号ウただし書の警察職員を定める規則(平成14年規則第48号,乙7)において,警部補以下の階級の警察官をもって充てる職及びこれに相当する職にあるものとするとされている。また,係長については,新潟県警察の組織の細目等に関する訓令(平成13年3月16日本部訓令第4号,乙8)第10条(係長等)2項において,警部補の階級にある警察官を充てるものとされている。したがって,決裁欄中の「係長」の印影は本件条例7条2号ウただし書に該当する。

このように,警察職員を定める規則において,警部補以下の階級の警察官をもって充てる職等とした理由は,警部補以下の階級の警察職員の職務は,被疑者等と直接対峙する機会が多く,警察に敵対する個人や組織等から反感等を招きやすい性質を有していることから,氏名の開示により警察職員が特定されることによって,当該警察官やその家族が脅迫や嫌がらせを受けることがないよう考慮されたことによる。一方,警部以上の警察職員については,警部補以下の階級の警察職員に比して,被疑者等と直接対峙する機会も少なく,また組織的な観点から説明責任を果たす立場にもあることから,その氏名を開示することとされたのである。

(2)  争点②,③について

ア 原告の主張

(ア) 被告は,新潟県警本部長が,警察庁から「出所情報ファイルの記録対象者の罪名及び出所事由,出所情報ファイルの具体的活用方針は,情報公開法5条4号に該当する。」との回答を得たこと,また,警察庁自体が,本件文書について,全文ではなく,概要を公開するにとどまっていること,さらには,本件文書が,警察庁において「取扱注意文書」とされており,新潟県警でも「取扱注意文書」と扱わなければならないこと,などを理由に,本件決定の正当性を主張しているが,本件では,実施機関自体の判断の相当性が問われているのであるから,この点に関する被告の主張は,本件訴訟の帰趨とは無関係である。

(イ)a 本件条例1条は,「県民の知る権利を尊重することが重要であることにかんがみ,行政文書の公開を請求する権利を明らかにし,情報公開の総合的な推進に関し必要な事項を定めることにより,県政について県民に説明する責務が全うされるようにするとともに,県政に対する県民の理解と信頼を深め,県民の県政への参加を促進し,もって公正で開かれた県政を一層推進することを目的」とするが,この規定から明かなように,本件条例の公開請求権は,憲法21条で保障されている知る権利を具体化したものである。したがって,本件条例の解釈に当たっては,本件条例の目的の重要性にかんがみ,最大限,県民の知る権利が尊重され,県政についての説明義務が果たされる方向で解釈されなくてはならず,本件条例7条4号についても,実施機関が,非公開情報該当事実を具体的・客観的に主張立証すべきである。

b 本件では,被告は,本件条例7条4号の該当事由について,「出所者が犯罪を企図する場合,検挙を逃れるために最大限の注意を払うことは容易に認められるものであり,警察が自己の出所を了知していることなどを知れば,出所後の行動や犯行手口等の選択をより注意深く行い,周囲に対する警戒を強めるなどして,当該出所情報を活用した捜査の実効性が著しく低下する」などといった抽象的説明のみをするにとどまり,国政上,県政上の重要施策である出所情報ファイルについて公開しないという決定をしているのである。

c そもそも,出所情報ファイルの運用開始前にも,警察庁から照会があれば,法務省は,出所者の罪名・出所事由を問わず,出所者の情報提供をしていたものであり,このこと自体は,秘密ではない。また,殺人,強盗,侵入窃盗,薬物犯罪については,出所情報ファイルの対象となることがマスコミ等を通じて広報されていたものである。さらに,子ども対象・暴力的性犯罪にかかる出所者の出所情報提供制度については,対象罪種は,すべて明かにされているが,これは,対象罪種の公開が犯罪捜査の実行性に影響がないと判断しているものと考えられる。

したがって,「出所者の入所罪名」や「出所者の出所事由」が本件条例7条4号に該当することについて,被告の主張立証はなされていない。

d 出所情報ファイルによって提供される情報は,氏名・生年月日・性別・本籍・罪名・入所年月日・出所年月日・出所行刑施設,出所事由・管理番号・提供年月日であるが,ある犯罪が発生した場合に,警察は,これらの情報をもとに被疑者の絞り込みを行うと考えられ,これは否定できない。しかし,これらの情報だけでは,被疑者を特定することはできず,結局は,遺留品などの捜査によって,捜査を行うことになる。また,「検挙を逃れるために最大限の注意を払」い,「犯行手口等の選択をより注意深く行い,周囲に対する警戒を強める」ことは,犯罪者一般の性向であり,これは,上記情報の提供がなされているか否かに関わらないものである。さらに,平成16年の出所総件数は,3万1474件であるが,このうち,出所情報ファイルの対象となる者は,年間2万3000件程度であるとされていることからすると,出所者のほとんどが出所情報ファイルの対象となるのであり,自己が出所者情報ファイルの対象者であることを知ったとしても,犯人の絞込み等の捜査に支障が生じるとは考えられない。

したがって,「出所情報ファイルの具体的活用方針」が本件条例7条4号に該当することについて,被告の主張立証はなされていない。

イ 被告の主張

(ア) 本件文書は,警察庁刑事局刑事企画課長から,新潟県警本部長に対して送付されたものであり,その内容は,警察庁において,「出所情報管理システム」(法務省から,凶悪重大犯罪やこれらと結びつきやすく再犯のおそれが高い侵入窃盗,薬物犯罪等に係る出所情報の提供を受け,犯罪捜査に活用することを目的とする)が構築されるまでの間に,警察庁が,法務省から提供を受け,整理編集した出所情報の電磁的記録,すなわち出所情報ファイルについて,有効活用及び適正な取扱いをするよう指示するものであり,本件文書により提供される罪種及び出所事由の選定理由,経緯等に関する記載はないのであるから,出所情報の罪種及び出所事由の選定又は要否を判断する余地はなく,その活用においても,警察庁運用責任者の指導,調整の下で行われるものであり,その範囲を超えた本件独自の運用を行うことが許されるものではない。

そして,警察法によれば,県警本部は,警察庁の指揮命令下にある(警察法16条1項及び2項,36条1項及び2項)。また,警察庁においては,本件文書について,「取扱注意文書」(秘密文書の指定は要しないが,その取扱いに慎重を期する必要がある行政文書であり,秘密文書に準じて,その内容を関係者以外の者に知らせないよう適切な措置を講ずるもの(警察庁における文書の管理に関する訓令(平成13年警察庁訓令第8号)65条,乙1。)としており,新潟県警でも,警察庁の扱いに準じて,「取扱注意文書」と扱わなければならないとされている(新潟県警察の文書に関する訓令(平成14年本部訓令第8号)80条,乙2。)。さらに,警察庁は,情報公開の推進として「警察庁訓令・通達公表基準」(平成12年10月26日付け「警察庁訓令・通達公表基準について」と題する通達(警察庁丙総発第60号),乙6)を制定したが,そこでは,「警察庁訓令及び警察庁の施策を示す通達」のうち,情報公開法5条各号に掲げる不開示情報を含まないものについては全文を公表するとされているが,不開示情報を含むものについては,その名称及び概要を公表するとされており,本件文書については,警察庁は,その概要を公表するにとどまっているし,被告が,警察庁に対して,照会を行ったところ,警察庁からは,「出所情報ファイルの記録対象者の罪名及び出所事由,出所情報ファイルの具体的活用方針は,情報公開法5条4号に該当する。」との回答を得た。

以上のとおり,新潟県警本部長は,警察庁長官が創設した施策に従う法律上の義務を有し,警察庁が,情報公開法5条4号に該当するなど非公開としていることを尊重したものであり,以上の事情は,「出所者の入所罪名」,「出所者の出所事由の種別」及び「出所情報ファイルの有効活用」が非開示情報にあたるか否かの判断にあたって,考慮されるべきである。

(イ)a 憲法21条は,国民が国家機関等に情報の提供を求めることができる具体的権利まで保障したものではなく,いかなる情報を公開の対象とするかは,立法政策上の問題である。したがって,本件条例の公開請求権も,本件条例によって創設された権利であるから,非公開情報にあたるか否かについては,本件条例の解釈適用によって決せられるべきであり,この点については,新潟県情報公開条例解釈運用基準において,本件条例1条の知る権利については,現在でも,法律上は不明確,未成熟な概念であるが,「知る権利」という言葉によって,情報公開の理念である原則公開の趣旨を県民に分かりやすく伝えることができるので情報公開を推進する県の姿勢を表すため,象徴的に規定されたものである旨説明されているところである。

b 新潟県警本部長は,本件文書のうち,「出所者の入所罪名」,「出所者の出所事由の種別」及び「出所情報ファイルの有効活用」は,本件条例7条4号に該当するとしたものであるが,本件条例7条4号が,「公にすることにより,犯罪の予防,鎮圧又は捜査,公訴の維持,刑の執行その他の公共の安全と秩序の維持に支障を及ぼすおそれがあると実施機関が認めることにつき相当の理由がある情報」を非開示情報とする趣旨は,公共の安全と秩序の維持が,新潟県民の基本的利益の擁護につながる重要な責務であることにかんがみ,犯罪の予防,鎮圧,捜査等の公共の安全と秩序の維持に支障を及ぼすおそれがある情報は,その性質上,公開・非公開の判断に際して,犯罪等に関する将来予測としての専門的・技術的判断を要するなどの特殊性が認められることから,実施機関における第一次的な判断を尊重すべきとしたものである。

したがって,裁判所は,実施機関の第一次的判断を尊重し,その判断が合理性を持つ判断として許容される限度内か否かについて審理・判断すれば足りる。具体的には,裁判所は,実施機関の判断の基礎とされた重要な事実に誤認があること等により当該判断が全く事実の基礎を欠くかどうか,又は事実に対する評価が明白に合理性を欠くこと等により,当該判断が社会通念に照らして著しく妥当性を欠くことが明かであるかどうかについて審理し,それが認められる場合に限り,当該判断が裁量権の範囲を超え又はその濫用があったものとして違法とされるに過ぎないのである。そして,裁判所は,自ら第一次的判断権者として審理・判断する立場にはないのであるから,捜査の支障に及ぼすおそれが具体的・客観的に存在することについて,被告が主張立証すべきであるとの原告の主張は,本件条例の規定とは到底相容れない主張である。

c 「新潟県情報公開条例の施行について」と題する例規通達(平成14年3月29日付け本部(総)第31号,乙12)は,新潟県警本部長は,本件条例に基づいて行う行政文書の公開・非公開の決定に当たっては,「公安委員会及び警察本部長が保有する代表的な情報に関する審査の基準」(平成14年3月29日付け本部(総)第31号,乙12)に従って判断するものとする。そして,同基準は,本件条例7条4号に該当する代表的類型として,捜査の手法,技術,体制,方針等に関する情報で,公にすることにより,将来の捜査に支障が生じ,又は将来の犯行を容易にするおそれがある情報等を掲げているが,本件文書のうち,「出所者の入所罪名」,「出所者の出所事由の種別」及び「出所情報ファイルの有効活用」は,同情報にあたるといえる。

すなわち,「出所者の入所罪名」については,凶悪重大犯罪やこれらに結びつきやすく再犯のおそれの大きい犯罪を対象として,その範囲を画していること,また,「出所者の出所事由」も犯罪白書(平成17年度版)では「満期釈放」,「仮出獄」,「不定期刑終了」,「恩赦」,「刑執行停止」,「刑の執行の順序の変更(労役場へ)」,「余罪取調(代用監獄へ)」,「逃走」,「死亡」が公にされていることからすれば,どの罪種が対象となるか,どのような出所事由を対象とするかを公にすることは,出所者に対して,警察が出所者の出所した事実を把握していることを教示することと同じ結果となる。さらに,「出所情報ファイルの有効活用」に関していえば,出所情報ファイルの活用方法としては,凶悪重大犯罪,あるいは,こうした重大犯罪に結びつきやすく再犯の可能性が高い犯罪等について,迅速・的確な犯人絞込みが考えられ,これについては,マスコミ等にも広報されているところであるが,出所情報ファイルを利用した捜査手法は,これのみにとどまらないことからすれば,捜査を担う都道府県警察における具体的活用方針を公にすることは,出所者に対して,警察が出所者に対してどのような捜査を行うか教示することと同じ結果となる。また,出所者が犯罪を企図する場合,検挙を逃れるために最大限の注意を払うことは容易に認められることであり,警察が自己の出所を了知していることなどを知れば,出所後の行動や犯行手口等の選択をより注意深く行い,周囲に対する警戒を強めるなどして,当該出所情報を活用した捜査の実効性が著しく低下する。例えば,侵入窃盗で服役し出所した者が,「出所者の入所罪名」,「出所者の出所事由の種別」が公開されることによって,自己が出所情報ファイルの対象者であることを知れば,犯行の手口を侵入窃盗から事務所荒らしや倉庫荒らしなどに変え,犯人としての絞込みを遅らせるなどの対抗措置をとり,捜査を攪乱するおそれがある。また,松本・地下鉄サリン事件の例に見られるように,自らへの捜査を了知した凶悪重大犯罪等の犯罪者が自己に対する捜査を攪乱するために,警察機関において予測し得ない対抗措置を講じることがあり得るのであって,凶悪重大犯罪等に関わる犯罪者,犯罪集団の行動を完全に予測し得ない状況においては,これら犯罪に対する捜査の手法,すなわち警察が網羅的・制度的に保有する出所情報を活用して誰をどのように捜査するかを公にすることは,これらの犯罪の捜査に支障を及ぼすおそれがある。

したがって,新潟県警本部長は,第2・2・(2)記載の理由のとおり,本件文書のうち,「出所者の入所罪名」,「出所者の出所事由の種別」及び「出所情報ファイルの有効活用」について本件条例7条4号に該当するとしたものであり,その判断は,合理性を持つ判断として許容される限度内である。

d これに対して,原告は,子ども対象の暴力的性犯罪にかかる出所情報において罪名が公開されていることと比較し,不当であるなどと主張するが,本件では,本件文書の公開・非公開が問題となっているのであるから,他の制度との比較によって,判断されるべきものではない。 また,原告は,出所情報ファイルの運用開始前にも,警察庁から照会があれば,法務省は,出所者の罪名・出所事由を問わず,出所者の情報提供をしていたこと,殺人,強盗,侵入窃盗,薬物犯罪については,出所情報ファイルの対象となることがマスコミ等を通じて広報されていたこと,等をもって,犯罪捜査の実効性に影響がない旨主張する。しかしながら,原告が主張するような,法務省から警察庁への情報提供制度等が出所情報ファイルにかかる制度以前にあったとは認められないし,出所情報ファイルに関して,マスコミ等へ広報されてきたのは,「罪種」であって,「出所者の入所罪名」そのものではない。出所者は,殺人,強盗,侵入窃盗,薬物犯罪の「罪種」が対象となっていることを知るだけで,出所情報ファイルの対象者となる具体的な「出所者の罪名」を知らなければ,自らが確実に対象者であることを認識することはできないし,仮に,殺人や強盗で服役した者であっても「出所者の出所事由の種別」を知らなければ,自らが,対象者であることを確実に認識することはできない。さらに,出所者が「出所情報ファイルの有効活用」を知らなければ,警察が当該出所情報をどのように利用して捜査をするか,確実に認識することはできないのであるから,出所情報ファイルを有効に活用した捜査の実効性は確保されるのである。したがって,原告の主張するような結論とはならない。

第3  当裁判所の判断

1  争点(1)について

(1) 本件条例が,第1条(目的)において,「地方自治の本旨に即した県政を推進する上において,県民の知る権利を尊重することが重要であることにかんがみ,行政文書の公開を請求する権利を明らかにし,情報公開の総合的な推進に関し必要な事項を定めることにより,県政について県民に説明する責務が全うされるようにするとともに,県政に対する県民の理解と信頼を深め,県民の県政への参加を促進し,もって公正で開かれた県政を一層推進することを目的とする。」旨規定していることからすれば,本件条例の行政文書公開請求権は,憲法21条等に由来するということはできるが,知る権利の法律上の概念は,いまだ抽象的で不明確であることを考えると,本件条例の行政文書公開請求権の具体的内容は,本件条例の解釈適用によって決せられるべきである。

(2) 前記のとおり,本件条例は,公務員等に関する個人識別情報について,第7条2号ウただし書において,当該公務員等が「規則で定める警察職員」である場合は,当該公務員等の氏名は非公開情報に該当すると規定しているが,同ただし書の「規則で定める警察職員」については,新潟県情報公開条例第7条第2号ウただし書の警察職員を定める規則(平成14年規則第48号)において,警部補以下の階級の警察官をもって充てる職及びこれに相当する職にあるものとされている(乙7)。また,係長については,新潟県警察の組織の細目等に関する訓令(平成13年3月16日本部訓令第4号)第10条(係長等)2項において,警部補の階級にある警察官を充てるものとされている(乙8)。そして,本件文書のうち,決裁欄中の「係長」の印影は,警部補である同係長の氏名についての印影であると考えられるから,決裁欄中の「係長」の印影は,本件条例7条2号ウただし書に該当する。

2  争点(2),(3)について

(1)ア 前記のとおり,公開請求にかかる行政文書中に記録された情報のうち,いかなる情報を公開するかについては,本件条例の解釈適用によって決せられるべきであるところ,本件条例第7条(行政文書の公開義務)において,実施機関は,公開請求があったときは,公開請求にかかる行政文書に同条各号に掲げる非公開情報が記録されている場合を除き,当該行政文書を公開しなければならないとしている。また,本件条例第1条(目的)は,本件条例の行政文書公開請求権を,県政に関する説明責任の全うや県民の県政への参加に資するものとして位置づけ,同第3条(実施機関の責務)は,実施機関は,同権利を十分尊重して,解釈適用すべきとする。このような本件条例の規定構造及び目的・趣旨からすれば,県民から,ある文書の公開請求がなされた場合,同文書が本件条例2条2項の「行政文書」に該当するかぎり,実施機関は,これを公開するのが原則であり,実施機関が,当該行政文書に記録された情報について,非公開とする処分をなし得るのは,実施機関が,本件条例第7条各号に該当する事由を具体的に主張・立証した場合に限られると考えるべきである。

イ 本件において,被告は,実施機関である新潟県警本部長は,警察庁から「出所情報ファイルの記録対象者の罪名及び出所事由,出所情報ファイルの具体的活用方針は,情報公開法5条4号に該当する。」との回答を得たこと,警察庁自体が,本件文書について,全文ではなく,概要を公開するにとどまっていること,本件文書が,警察庁において「取扱注意文書」とされており,新潟県警でも「取扱注意文書」と扱わなければならないこと,などを理由に,本件文書のうち,「出所者の罪名」,「出所者の出所事由」,「出所情報ファイルの有効活用」は,非開示情報にあたると考えるべきである旨主張するが,同主張は,要するに,上級機関が非開示情報に該当すると判断したのだから,非開示情報に該当すると考えるべきである旨述べるにすぎず,前記のとおり,非公開とする処分に該当する事実については,実施機関において,主張・立証すべきであることに照らせば,主張自体失当といわざるを得ない。

(2)  前記のとおり,実施機関は,本件条例第7条各号に該当する事由を具体的に主張・立証した場合に限り,非公開とする処分をなし得るものと考えるべきであり,本件条例の規定構造及び趣旨等からして,本件条例第7条4号に該当する事由のみについて,これを異に解する理由はない。しかしながら,犯罪の予防,鎮圧又は捜査,公訴の維持,刑の執行その他の公共の安全と秩序の維持に支障を及ぼすおそれがあるかどうかは,専門的・技術的見地からの考慮を要することは否定できないから,同号の「実施機関が認めることにつき相当の理由がある」場合とは,実施機関の判断を前提とし,その判断が合理性を持つ判断として許容される限度内であることにつき,被告の主張立証責任が果たされている場合をいうものと解するのが相当である。

(3)  本件条例第7条4号の解釈基準についての当裁判所の判断は,以上のとおりであるから,実施機関の判断が裁量権の範囲を超え又はその濫用があったものとして違法とされるに過ぎない旨の被告の主張や,裁判所は,自ら第一次的判断権者として審理・判断する立場にはないのであるから,捜査の支障に及ぼすおそれが具体的・客観的に存在することについて,被告が主張立証すべきであるとの原告の主張が本件条例の規定とは到底相容れないものであるとする被告の主張は,これを採用することはできない。

(4)  本件条例第7条4号に該当するかについて検討する。

ア 前記前提事実,証拠(甲3の10ないし12,4,5,22)及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。

(ア) 警察庁は,再犯防止の目的から,平成17年6月1日より,法務省から,子どもを対象とする性犯罪前歴者の出所情報の提供を受けていた。

警察庁生活安全局長及び警察庁刑事局長が各地方機関の長,各都道府県警察の長等に宛てて送付した「子ども対象・暴力的性犯罪の出所者による再犯防止に向けた措置の実施について」と題する通達には,「子ども対象・暴力的性犯罪」として,同情報提供制度の対象となる具体的罪名や「再犯防止措置対象者に係る情報の活用」として,同情報提供制度の活用方針等が記載されているが,同通達内容は,全部公開されていた。

(イ) 警察庁と法務省は,暴力的性犯罪等のみでなく,殺人,強盗などの凶悪犯罪や侵入窃盗,薬物犯罪といった再犯の虞れが大きい罪を犯して服役した者についても,出所情報を共有することとした。そして,同情報提供制度の対象罪種は,20数罪種であること,対象者は,年間約2万3000人であり,出所者全体の8割程度に及ぶこと,これまで個別事件ごとに法務省に照会を行っていた,容疑が浮上した前歴者の出所情報の確認が容易になり,同種犯罪が発生した場合の迅速な捜査に役立つ旨の警察庁等のコメントがあったこと,等がマスコミ等を通じて報じられていた。

(ウ) 出所事由の種類としては,犯罪白書(平成17年度版)では,「満期釈放」,「仮出獄」,「不定期刑終了」,「恩赦」,「刑執行停止」,「刑の執行の順序の変更(労役場へ)」,「余罪取調(代用監獄へ)」,「逃走」,「死亡」があるとされている。

イ 被告は,どの罪種が対象となるか,どのような出所事由を対象とするか,さらに捜査を担う都道府県警察における具体的活用方針を公にすることは,出所者に対して,警察が出所者の出所した事実を把握していること,警察が出所者に対してどのような捜査を行うか教示することと同じ結果となる旨主張するが,前記認定事実のとおり,対象罪名や対象者の年間人数,出所事由等に関して,相当具体的な情報が報道機関等を通じてなされていることからすれば,前歴者は,自己の出所情報を警察が把握しているかどうかについてある程度予測できるものと考えられる。また,捜査上の利用方法についても,同種事件が起こった場合に,過去の同種事件の前歴者の出所情報の確認が容易になるなどといった報道がすでになされていることに加え,本件文書のうち,出所情報ファイルの活用方針にかかる情報は,わずか3行程度の記録にすぎないことに照らすと,それを公開した場合に捜査の実効性が低下するような情報が記録されているとは想定できず,そもそも,出所情報ファイルによって,犯人の検挙に直結するような捜査が可能であるとは考えにくい。

したがって,「出所者の罪名」,「出所者の出所事由」,「出所情報ファイルの有効活用」を公開したとしても,それが,出所者に対して,警察が出所者の出所した事実を把握していることを教示することと同じ結果となり,出所者に対して,警察が出所者に対してどのような捜査を行うか教示することと同じ結果となるとの被告の主張は採用しがたい。

さらに,目的に差異はあるにせよ,同種の制度である子どもを対象とする性犯罪前歴者の出所情報の提供制度に関する通達については,その内容が全部公開とされていることからすると,本件文書について,部分的に非公開とする必要性があるのか疑問を生じざるを得ないが,被告によって,これを解消する主張・立証はなされていない。

また,被告は,出所者が犯罪を企図する場合,検挙を逃れるために最大限の注意を払うことは容易に認められることであり,警察が自己の出所を了知していることなどを知れば,出所後の行動や犯行手口等の選択をより注意深く行い,周囲に対する警戒を強めるなどして,当該出所情報を活用した捜査の実効性を著しく低下させるとも主張するが,そもそも,検挙を逃れるために最大限の注意を払うのは,犯罪者の一般的性向であり,前歴者に特異な事情とは認められないし,前記のように,前歴者は,自己の出所情報を警察が把握しているかどうかについてある程度予測できると考えると,出所後の行動や犯行手口等の選択をより注意深く行い,周囲に対する警戒を強める事態が,前記の犯罪者の一般的性向を超えてさらに生じることになるのか疑問であり,仮に,そのような事態が生じたとしても,出所情報ファイルによって提供される情報内容からすると,本件文書の非開示部分の公開によって,出所の確認といった出所情報ファイルを活用した捜査の実効性を著しく低下させるとは考えられない。

以上によれば,本件文書の非公開部分が本件条例第7条4号に該当する非公開情報であるとする判断が合理性を持つ判断として許容される限度内にあるとは認められず,その他これを認める被告の主張立証がなされているとはいえない。

第4  結語

以上の次第で,本件決定のうち,第2の(2),(3)及び第5を公開しないとした部分の取消しを求める原告の請求は,理由があるからこれを認容し,その余は理由がないから棄却し,訴訟費用の負担につき,行政事件訴訟法7条,民事訴訟法64条,61条を適用して,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 大工強 裁判官 太田武聖 裁判官 宮澤志穂)

別紙新潟県情報公開条例<省略>

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