新潟地方裁判所 平成18年(ワ)233号 判決 2009年12月22日
住所<省略>
原告
X
同訴訟代理人弁護士
味岡申宰
同
足立定夫
名古屋市<以下省略>
被告
大起産業株式会社
同代表者代表取締役
A
同訴訟代理人弁護士
肥沼太郎
同
三﨑恒夫
主文
1 被告は,原告に対し,1097万4325円及びこれに対する平成16年5月11日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 原告のその余の請求を棄却する。
3 訴訟費用は,これを5分し,その2を原告の負担とし,その余を被告の負担とする。
4 この判決は,第1項に限り,仮に執行することができる。
事実及び理由
第1請求
1 被告は,原告に対し,1828万6262円及びこれに対する平成16年5月11日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
3 仮執行宣言
第2事案の概要
本件は,商品取引員である被告に商品先物取引を委託した原告が,被告の従業員に適合性の原則違反,説明義務違反,一任売買,断定的判断の提供,両建等の勧誘禁止違反,無断売買,過当取引の勧誘等の違法行為があったとして,被告に対し,民法715条の使用者責任に基づき,合計1828万6262円の損害賠償金(差引損失額1662万3875円及び弁護士費用166万2387円)及びこれに対する不法行為の最終日(取引終了日)である平成16年5月11日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。
1 前提事実(証拠を掲記しない事実は,当事者間に争いがない。)
(1) 原告は,平成15年7月28日,約諾書(甲1),「お取引の口座開設申込書」(乙4)を作成して,商品取引員である被告との間で,被告に委託して東京工業品取引所等の商品市場における売買取引をこれら取引所の定める受託契約準則に従って行う旨の契約(以下「本件委託契約」という。)締結した。(甲1,乙1,4,弁論の全趣旨)
(2) 原告は,本件委託契約に基づき,翌29日から平成16年5月11日までの間,別紙東京工業品取引一覧表及び別紙建玉分析表記載のとおり,白金及び金の先物取引(以下「本件取引」という。)を行った。
本件取引における売買差金はマイナス1175万4500円,委託手数料は合計463万7500円,消費税は合計23万1875円,差引損益金はマイナス1662万3875円であった。
(3) 本件取引における原告の被告に対する委託証拠金等(以下,本証拠金を「本証」,追証拠金を「追証」という。)の現金入金状況は,以下のとおりである。(乙16)
平成15年7月28日 90万円(本証)
ただし,被告への入金は締後入金(午後3時30分過ぎの入金)のため同月29日
同年8月13日 50万円(本証)
同月25日 60万円(本証)
ただし,被告への入金は締後入金のため同月26日
同年10月10日 110万円(追証)
同月23日 120万円(追証)
同月30日 240万円(不必要入金)
同年11月13日 90万円(本証)
同年12月4日 300万円(追証)
平成16年2月24日 115万円(帳尻損金)
同月27日 117万円(帳尻損金)
同年3月2日 245万円(うち143万1485円は追証,うち101万8515円が帳尻損金)
同月9日 160万円(追証)
同月15日 165万円(不必要入金)
ただし,被告への入金は締後入金のため同月16日
同年4月16日 179万1520円(うち171万円は追証,うち8万1520円が帳尻損金)
同月28日 337万3270円(うち270万円は臨時増証拠金,うち67万3270円が帳尻損金)
合計 2378万4790円
2 争点
(1) 原告の属性
(原告の主張)
ア 原告は,●●●高校卒業後,農業に従事し,平成7年から●●●銀行に勤務し,集金と預金の勧誘業務に従事したが,平成14年9月に退職した。
イ 本件取引開始当時の原告は,アパート経営をしていたが,父が借りたアパート建築資金を相続し,その債務を組み替えるために,平成10年1月30日,●●●農業協同組合(現在の●●●農業協同組合)から4550万円を借り入れ,平成15年7月28日時点で同借入金の残元本は2672万5913円で,毎月の返済額は17万8046円であった。固定資産税額は年額73万2700円,都市計画税が年額18万2000円で,借入金によるアパート経営はあまり利益が出るものではない。
原告の所得は,農業所得とアパート賃料の不動産所得であり,平成15年中の農業所得は41万2137円,不動産所得は401万1683円の合計442万3820円である。
原告の「お取引の口座開設申込書」の年収欄には,500万円以上1000万円以下の欄にチェックがされているが,実際は年収500万円以下である。また,流動資産欄には,3000万円以上5000万円以下の欄にチェックがされているが,本件取引に投じた資金のうち自己資金は1200万円余りで,他は借入金と妻子名義の預貯金であった。
ウ 原告は,被告との間で商品先物取引をする以前において,先物取引のみならず,証券取引の経験もなかった。
(被告の主張)
ア 原告は,本件委託取引開始当時48歳で,アパート経営をしていると話していた。
平成16年4月27日昼頃,被告管理部B(以下「B」という。)が原告と面談して,「お取引の口座開設申込書」の記載内容を確認している。その際,Bは,原告から,①原告で三代目の地主であり,一般の土地の他に畑を2町歩以上持っている,②賃貸アパートとして,2棟24部屋を所有し,賃貸している,家賃収入だけで十分生活でき,普段は遊んで暮らしている,③昭和43年にバイパス工事があって自分の土地がかなり高く売れて億単位の現金を手にしており,まだそれが残っていると聞かされた。
イ 原告の主張ウは認める。
(2) 本件取引の経緯
(原告の主張)
ア 本件委託契約を締結する前の冬ころ,被告従業員のC(以下「C」という。)が原告宅を訪問し,商品先物取引の勧誘を行った。Cは,「商品先物取引委託のガイド」(第12版。甲21)を置いていっただけであり,同ガイドに基づく説明は行わなかった。原告は,商品先物取引をする気持ちはなく,漫然と話を聞いていただけであり,同ガイドも取引終了まで読むことはなかった。
イ 平成15年7月26日,被告の従業員のCとD(以下「D」という。)が原告を訪問し,主としてDが,ハイブリッド取引について,金と白金という異なる銘柄の買いと売りを同時に建て同時に決済する「サヤ取引」であり,利幅は薄いが安全確実に利益をとることができ小遣いに不自由はさせない,金と白金のハイブリッド取引の1セットは90万円であるなどと説明し,金と白金のハイブリッド取引を勧誘した。原告は,Dらからハイブリッド取引に関する説明資料を見せられてもいないし,受け取ってもいない。また,Dは,「商品先物取引委託のガイド」(第12版。甲22)も持参し,原告に交付したが,それを使って説明することはなかった。
ウ 原告は,Dの話を聞き,ハイブリッド取引は安全確実であり,Dらに任せておけば儲かると思い,90万円で取引を始めることにした。
同月28日,Cが原告を訪問した。Cは,原告に対し,「お取引の口座開設申込書」への記載を求め,予定商品は貴金属にチェックするように指示し,建玉限度額については500万円と記載するように指示した。初回取引予定額は90万円と既に決まっていたので原告はその額を記載した。また,流動資産の欄は多めに記載するようにと言われ,原告は5000万円以下の欄にチェックした。
Cは,原告に約諾書を書かせ,原告から現金90万円を受け取った。
原告は,90万円はすぐ用意できるのでとは言っていない。勧誘の過程で,Dがハイブリッド取引の1セットが90万円であると言ったので,90万円で取引することとなった。
エ 同年8月1日,Dが訪問してきて,「商品先物取引の重要なポイント」を使って説明したが,形だけの簡単なものであり,ハイブリッド取引は安全確実であり,やれば儲かるということであった。
オ 被告の主張オの同月13日の原告とDのやりとりは否認する。Dが,ハイブリッド取引は利益が少ないから白金を売りで買い足した方が利益が出やすいから買いましょうと言ったので,原告はそれに従って売建したものである。原告は,自分で値段を見ていたことはなく,自分の意見を言ったことはない。
カ 被告の主張カの原告とDのやりとりは否認する。Dが建玉の日時と枚数を決めて建てた。
キ 被告の主張キについては,被告従業員は,原告に対し,利益が40万円出ているので,これまでの取引を全て仕切って白金を買建すると言った。金の売りを7枚建玉する話や最初と逆のハイブリッドにしたらどうかという話はなかった。原告は,同年9月11日の時点で,原告の金の取引は全て終わったと思っていたが,最初とは逆のハイブリッド取引が建てられていた。
ク 被告の主張クないしシは否認する。同クないしサの取引は原告に無断でなされたもので,同シの同月22日の白金売建40枚は,Dから買建を仕切って売建するように言われて行われた取引である。
ケ 被告の主張スのうち,Dが原告に毎日連絡していたこと,Dと原告との会話は否認する。Dから両建を勧められて,原告が断ったということはない。
コ 被告の主張ソは認める。
サ 被告の主張タは否認する。原告は,取引をどうしたらよいかわからない状況にあり,売りにこだわり,いつか下がると言ったことはない。
(ア) 平成16年1月6日,原告は,平成15年12月9日に建てた白金買いの20枚を仕切ったと思っており,66枚を仕切っているとは思っていなかった。また,平成16年1月6日に,白金46枚を買い直していることは知らなかった。
(イ) 同年2月4日,Dは,原告に対し,相場が下がってきたので追証がかかると言ってきた。それに対し,原告は,お金がかからない方法はないのかと聞いたところ,Dは同枚数にすると追証はかからないと言ったので,そうすることに同意した。
(ウ) 同月6日ころ,原告は,Dから携帯電話で値動きが見られるようにしたほうがよいと言われ,Cが来て,携帯電話で値動きを見られるように入力していった。
(エ) 同月13日ころ,原告は,Dに同枚数でも追証がかかると言われ,追証がかからないようにしてほしいと依頼した。
シ 平成16年4月13日,同月15日,同月19日の取引は,Dの勧誘で行った。このうち,同月15日の取引の経緯は,次のとおりである。同日朝,Dから外出中の原告の携帯電話に電話があり,「今日どうしても会いたいから時間を作ってくれ。」と言われ,原告は,「いろいろ用事があるから,4時くらいなら会える。」と言って電話を切った。その後,Dから再度電話が入り,どうしても午前中に会いたいと言うので,原告は仕方なく午前11時に自宅で会うことにした。
午前11時,Dと被告従業員E(以下「E」という。)が原告宅に来て,Eからいきなり「今の値段を超えるとどこまでも上がるかもしれないから,買玉を55枚買えば上値900円まで追証がかからないから買うように。」と言われ,原告が「いくらなんでも900円も上がらないでしょう。」と言ったところ,Eが「わかりませんよ。」と言うので,原告はそうなると大変なことになると思い,Eに従った。そして,Eは,被告会社にいる被告従業員F(以下「F」という。)に電話を架け,原告にその電話を持たせ,「自分の言ったとおりに話すように。」と言った。原告は,Fに対し,Eの言うとおり復唱させられながら,4月限3114円を買うと電話した。
ス 同年5月11日,原告は,全ての取引を仕切った。
(被告の主張)
ア 平成14年12月16日午後9時ころ,Cは,原告宅を訪問し,原告に「商品先物取引委託のガイド」(第11版)を使って商品先物取引の説明をし,同ガイドを原告に交付した。(乙14)
イ 平成15年7月26日,Cとその上司のDは原告宅を訪問した。この場では,Dが主に説明した。Dは,「商品先物取引委託のガイド」(第12版)を原告に見せて商品先物取引の仕組みの概略を説明したのち,原告にハイブリッド取引のパンフレット(乙23)を見せながら,ハイブリッド取引は値動きに関連性のある二種類の銘柄について,一方は売り,他方は買いを同時に建てるもので,その値段の関連性の発見について被告独自の方法を開発したものだ,実際の運用上は一般の商品先物取引より利益は少ないがリスクも低く,実績もあげていると説明し,金の買いと白金の売りのハイブリッド取引を勧めた。Dの説明を聞いて,原告はほとんど取引してもいいという感じであったが,もう一度資料をよく見てみるというので,Dは,上記ガイドと上記パンフレットを原告に交付した。(乙15,17)
ウ 同月28日午前10時ころ,Cは原告を訪問した。原告は取引することを決めていたので,Cはすぐに契約手続に入った。Cは,原告に「お取引の口座開設申込書」を書いてもらいながら,資金はいくらにしますかと尋ねると,原告は,90万円はすぐに用意できるので,90万円取引することになった。その後,原告に約諾書を書いてもらった。
Cは,本件委託契約締結に際し,商品先物取引に関するパンフレット,グラフなどの資料に基づき,先物取引が清算取引であって,商品市場に上場されている商品の相場変動を予測して行う投機取引であること,取引の仕組み,売買の方法,売買による差損益の計算方法,委託手数料の額,取引の担保として必要な委託証拠金の額及び種類等について原告に解説し,受託契約準則,危険開示告知書(乙2の1の4頁)につき,その内容の説明と交付を行っている。その後,Cは,原告に商品先物取引解説のアンサホンを聴いてもらい,最後に,被告東京支店管理部のG(以下「G」という。)に電話をかけ,原告にその電話に出てもらった。Gは,原告と数分話し,原告が商品先物取引の説明を適切に受けたことを確認した。
Cは,原告から90万円を預かり,金5枚買建,白金10枚売建のハイブリッド取引を受注した。
エ 同年8月1日,Dは原告を訪問し,「商品先物取引の重要なポイント」(乙5)を使って,ハイブリッド取引も商品先物取引の一種であり,投機であって元本保証はなく,追証や損失が発生し得ることや借入金で取引するものではないことなどを再度説明し,原告の確認をもらった。
オ その後,Dはほぼ毎日原告に値段状況を伝えていたが,金と白金の値動きはほとんど同じでハイブリッド取引ではあまり損も利益も出ないような動きになった。そこで,同月13日午後3時ころ,Dはこのような金と白金の値段状況を原告に話し,全体的に貴金属は下げ基調なので,白金の売りを増やして売りで利益を狙ったらどうかと話した。これに対し,原告も値段を見ていて,自分もそう思う,金も白金も高すぎる,これからずっと下がるのではないかと言い,Dの意見に同調した。そして,Dは白金8枚売建の注文を受け,原告から同日50万円の証拠金が入金された。
カ その後も似たような値動きだったので,Dはその旨原告に報告すると,原告もDの意見に同調し,Dは,白金10枚売建を受注した。この証拠金60万円は同月26日入金された。
キ 同年9月11日,Fは原告に電話をかけ,金は利益が出ている,金は白金に追随してそろそろ天井だ,金の買建玉を利食って金の売建をし,逆に高値の白金の売建玉18枚を利食って枚数のバランスを取って白金16枚買建をしてみたらどうかと話し,受注した。
ク 同月16日朝,Dは,金も白金も高い,これから両方下がるのではないかと話し,金の売建玉7枚を利食い,白金の買建玉16枚を損切りして,新たに白金23枚を売建し,白金の売りで利益を取っていこうと話し,受注した。
ケ 同月17日朝,Dは2450円の白金売建玉10枚が利食える値段になったことを話し,10枚の利食いを受注した。
コ 同月18日朝,白金がまた下がったので,Dはその旨原告に伝え,白金売建玉を利食って売建玉枚数を増やすことを話し,受注した。
サ 同月19日午前11時ころ,Dは原告に金の日計りを狙って金を10枚買建しましょうと話し,受注した。しかし,この日手数料を超えて利食える値段が出なかったので翌日(翌営業日)の様子をみて,だめならすぐ仕切ろうという話になった。
シ 同月22日,金が思うように上がらなかったので,昼過ぎ,Dはその旨原告に伝えて,貴金属は全般的に下がるだろう,金を損切りし白金の売りで勝負することを話した。原告は,それがいいと思うと話し,Dは金10枚の損切りと白金40枚の売建を受注した。
ス その後,白金の値段は9月中はほぼ下落傾向であったが,同年10月の初めから上昇し出し,上昇傾向はずっと止まらなかった。そのため追証がかかり,同月10日,原告から110万円が入金された。しかし,その後も白金は上昇し続けた。Dはこの旨原告にほぼ毎日連絡し,このような上昇のもとでは両建したほうがよいのではないかと原告に話したが,原告はいずれは下がると言って同意しなかった。値段上昇は続き,同月21日にも追証がかかった。Dは,買建を入れて両建したほうがよいのではないかと原告に話したが,原告は同意せず,追証を入れると話した。そうして,同月23日,原告から120万円が入金された。
セ 同年9月22日以降,原告は40枚の白金売建玉のみを持っていたが,翌月になって白金は上昇したので,Fは,同年11月5日午前中,白金は上がっているものの勢いが鈍って下降気味だ,売建玉を増やして勝負してはどうかと原告に話し,白金20枚売建を受注した。
ソ その後も白金は上昇を続けた。同月13日午後3時ころ,Dは原告に電話で,買建を入れたほうがいいと話すと,原告は30枚だけ買いを入れると言うので,受注した。
タ その後も原告は売りにこだわり,いつか下がると言い続け,買建を入れては結局買建を仕切って売建だけにするという取引を続けた。しかし,平成16年4月中旬まで白金は上昇傾向を続けた。
チ 平成16年4月15日,同月19日と原告は買建玉を入れ,ようやく同日現在で,原告の白金の建玉は売建玉54枚,買建玉67枚と買越しになった。ところが,同月末ころから白金は乱高下し始めて,全く値段が読めなくなり,原告は持ちこたえられず,取引は終了した。
(3) 被告従業員の違法行為
(原告の主張)
被告従業員らは,本件取引において,以下のとおり違法行為を行った。この一連の違法行為は,全体として原告に対する不法行為を構成する。
ア 適合性の原則違反
原告は先物取引の知識と経験のない者であり,前記(1)アのとおり,先物取引をする上で役立つ経験や職歴は全く存在しない。
原告は,本件取引当時,借入金によるアパート経営をしていたが,前記(1)イのとおり,それはあまり利益の出るものではなく,3人の子を抱え,生活費も多くかかっていた。原告の妻が月々少額の貯金を積み立てていたことからわかるように,原告の経済状況は,被告が主張するような大金持ちといったものではなかった。原告は,口座設定申込書に,Dからこれくらいにしておけばいいでしょうといわれて真実に反する記載をしたのである。
かかる原告の属性からすると,原告に対する先物取引の勧誘は違法である。
イ 説明義務違反
(ア) ハイブリッド取引は,異なる銘柄の値動きが同じ傾向を示しているときは,実質的に両建と同じ経済的効果であるから,単品で通常の先物取引をするよりも安全であるかのような説明をされることがあるが,値動きが逆の傾向を示したときは,通常の先物取引よりもより一層危険な取引となる。そして,値動きが同じ傾向を示し続ける保証は全くない。またハイブリッド取引は実質的には異なる銘柄の同時両建で,委託証拠金を2倍必要とし,かつ,委託手数料も2倍取られる。このようなハイブリッド取引の危険性に鑑みると,商品取引員は,ハイブリッド取引の通常の先物取引と比較した委託者における不利益,経済的負担について説明する義務がある。
(イ) 被告従業員Dは,平成15年7月26日,Cと二人で原告宅を訪問し,原告に対し,ハイブリッド取引について,金と白金という異なる銘柄の買いと売りを同時に建て同時に決済する「サヤ取り」であり,利幅は薄いが安全確実に利益をとることができ小遣いに不自由をさせない,金と白金の1セットは90万円であるなどと説明した。
(ウ) 先物取引は,本質的にハイリスクで,ハイブリッド取引も同様であるが(金と白金の値動きが逆になったときには,一般の先物取引よりもハイリスクとなる。),Dらによる勧誘の際には,ハイブリッド取引がハイリスクとの説明はなく,逆に危険性を否定し,安全性を強調する方向の説明が行われた。「相場が逆に動いたとき」(乙3)については,具体的な説明は全くなく,決済,途転,両建,難平の題目の簡単な説明がなされただけである。
被告は,本件契約締結に際し,Cが商品先物取引に関するパンフレット,グラフ等の資料に基づき,清算取引であること,取引の仕組み,売買の方法,計算方法等を説明し,また受託契約準則,危険開示告知書につき説明をしたと主張するが,そのような説明はしていない。
(エ) Dが「商品先物取引の重要なポイント」(乙5)に基づき説明をしたのは取引開始後の平成15年8月1日であり,「90万円を預けてくれれば小遣いに不自由をさせませんから。」,「利益は少ないが確実に儲かる。」などと言ってハイブリッド取引を勧誘したDが,先物取引(ハイブリッド取引)について危険であると説明するはずがない。
「商品先物取引の重要なポイント」には,ハイブリッド取引に関し,「追証や損失が発生することもあります。」と記載されており,それによるとハイブリッド取引は原則としては利益が発生し,例外的に追証や損失が発生することがあると誤信するような記載になっている。また,先物取引の説明としても,「商品先物取引の重要なポイント」に一通り線を引きながら読み上げただけであり,極めて形式的な説明に終始し,原告は,先物取引の危険性,仕組み,取引のやり方等を十分に理解できなかった。
例えば,具体的な手数料額について説明を受けていないし,委託証拠金が必要とは聞いていたが,その金額についても聞いていない。
現に,「商品先物取引の重要なポイント」には,「借入金による取引はお断りします」と記載されているにもかかわらず,平成16年2月に追証の督促を受けた際,Dは原告に借りてまで取引するように助言したことからも,Dの契約締結に際しての説明が形式的であったことがわかる。
ウ 被告取引担当者の一方的な判断による売買(一任売買)
ハイブリッド取引は,被告が考案したソフトによるコンピューター計算とその画面を見た被告取引担当者の判断に委ねられており,そのスキーム自体が一任売買としての性質を有する。したがって,いくら長い取引を経験しても,委託者本人の判断で取引を行うことができない。
その後,ハイブリッド取引から移行ないし並行して一般の単品の商品先物取引を行った場合にも,そのような委託者の取引担当者への依存状態は継続し,一般的な商品先物取引の危険性,仕組み,取引方法について理解できていないことから,自らの判断で取引を行うことができず,被告取引担当者の勧誘に従って取引せざるを得ない。
平成15年8月13日,Dは,原告に対し,新規に白金8枚の売建を勧誘している。Dは,原告に,「ハイブリッドは利益が少ないから白金を売りで買い足した方が利益が出やすいから買いましょう。」と言って,なし崩し的に金5枚と白金10枚のハイブリッド取引のバランス(金は1000倍,白金は500倍なので金と白金は1対2でバランスが取れる。)を崩した。
Dは,原告に,商品取引の値段について,携帯電話用とパソコン用の情報サイトアドレスを見てくれと言ったが,原告がその見方が分からないので見ることができないと言うと,Dは,「こちらで情報を提供するから心配はいりません。任せてください。」と述べた。
原告としては,自ら率先して取引を行い儲けるという意識はなく,Dに任せておけばうまく儲けてくれるというので取引しただけである。実際の本件取引は,Dらの一方的な判断で行われたもので,Dが原告に情報を提供し,それに基づいて原告が自己の判断で取引を行うというようなことはなかった。
エ 断定的判断の提供ないしは利益保証による勧誘
平成15年7月26日,原告が,Dに対し,失業中であることやパチンコが趣味であるという話をしたところ,Dは原告に対し,「90万円を預けてくれれば小遣いに不自由をさせませんから。」とか「利益は少ないが確実に儲かる。」などと言ってハイブリッド取引を勧誘した。原告は,Dの話を聞き,失業中でもあったことから,ハイブリッド取引は利幅は薄いが安全確実な取引であり,90万円をDに預ければ確実に利益を上げてくれ,パチンコ代などの小遣いに不自由しなくてもよいと考え,本件取引を始めた。
Dの上記の勧誘は,断定的判断の提供ないしは利益保証による勧誘であり違法である。
オ 両建・直しの勧誘
(ア) 両建の勧誘は平成16年法律第43号による改正前の商品取引所法136条の18第5号,平成17年農林水産省,経済産業省令第3号による改正前の商品取引所法施行規則46条11号で禁止されていたが,平成21年法律第74号による改正前の商品取引所法214条9号,商品取引所法施行規則103条9号で,数量又は期限を同一にしない両建を受託することも禁止されている。
また,両建の勧誘それ自体は違法と認められなくても,常時両建,同時両建,因果玉の放置については違法性を認めるのが一般的である。
(イ) 別紙東京工業品取引一覧表の番号17と18の平成16年1月30日の白金の売建3枚と買建16枚は同時両建で,平成15年11月13日の取引以降は,ほぼ常時両建の状態にある。
(ウ) 同じ値動きをすると被告が主張する金と白金のハイブリッド取引も実質的には同時両建的な機能も有しており,違法である。
(エ) 直し取引は,同一日に同一商品について仕切りと新規建玉を行う点において全く意味がなく,非合理的な取引である。これは,既存の建玉をそのまま維持するのと何ら変わりなく,いたずらに取引回数を増やして受託者への受託手数料がかさむだけ委託者にとっては有害無益なものである。
(オ) 別紙東京工業品取引一覧表の番号15は14の直し,16は15の直しであり,11の因果玉が放置されている。
カ 無断売買
(ア) 平成15年8月13日の白金売り8枚と同月26日の白金売り10枚は,その日時と枚数について原告の同意に基づいて建玉したものではなく,Dが決めて建てたものであり,その意味で無断売買である。
(イ) 別紙東京工業品取引一覧表の番号5,6の平成15年9月16日の仕切り(被告の主張ク),同番号4の同月17日の仕切り(被告の主張ケ),同番号7の同月18日の仕切り,同番号8の同日の新規建玉(売り30枚)(被告の主張コ),同番号9の同月19日の金の買建(被告の主張サ)は無断売買である。
(ウ) 同番号14,15の平成16年1月6日に白金買い66枚を仕切って,白金46枚を買い直しているのは無断売買である。同番号16の同月21の白金買いの建玉,同番号17の同月30日の白金売りの建玉も無断売買である。
(エ) 同年2月4日の取引は,追証がかからないようにするために,同枚数にすることに同意したもので,原告は,その当時の売買の状況を把握できておらず,また,Dから具体的な売買の枚数や限月の説明を受けておらず,枚数や限月の注文を指示していないから無断売買である。
(オ) 同月6日,同月13日の売買は無断売買である。
このころ,原告は,Dに売買同枚数でも追証がかかると言われ,追証のかからないようにしてほしいと依頼した。
(カ) 同月20日,同年3月1日,同月9日,同月11日,同年4月21日の取引は無断売買である。
キ 過当取引の勧誘
(ア) 被告は,原告が預けた追証が抜けたにもかかわらずその旨連絡せず,追証を本証に流用し,取引量を増加させた。
(イ) 証拠金不足の請求と原告の不払
① 平成15年12月18日,被告から原告に対し,値洗損金が786万1000円出ており,本証756万円と追証756万円の合計1512万円の証拠金が必要であるのに対し,実際の預かり証拠金が1134万円しかなく378万円の証拠金不足が発生しているので支払うようにとの請求がなされた。(乙20の4)
追証が発生した場合には,委託者は翌営業日の正午までに証拠金の不足額を預託するか,建玉を仕切って追証がかからないような状態に指示しなければならない。しかし,原告は,お金がないからといって,被告に対し,不足証拠金を入金しておらず,被告担当者はそのことを知っている。また,平成15年12月18日から平成16年1月6日までの間,仕切り等による取引の縮小もされていない。
② 平成16年2月2日,被告から原告に対し,本証576万円と追証864万円の合計1440万円の証拠金が必要であるのに対し,実際の預かり証拠金が1155万円しかなく285万円の証拠金不足が発生しているので支払うようにとの請求がなされた。(乙20の5)
しかし,原告は,お金がないからといって,翌営業日正午までに,不足証拠金を入金せず,建玉の仕切り指示もしていない。その後,入金されないまま,同月4日,同月6日,同月18日に建玉が損切りによって縮小された。そして,被告の強い要求により,原告は被告に対し,仕切りによって発生した帳尻損金を埋めるため,同月24日に115万円,同月27日に117万円を支払った。
(ウ) 借入金と妻子の預金の無断使用による取引
原告は,平成16年2月27日,原告の預金では被告の請求額を支払うことができなくなったので,原告の妻●●●(以下「●●●」という。)に頼んで,●●●名義の●●●銀行●●●支店の預金口座(<省略>)から71万3693円を引き下ろし,原告名義の同支店預金口座(<省略>)に入金し,同口座から120万円を下ろし,被告に117万円を支払った。
これによって,原告は完全に預貯金がなくなり,その後も被告から証拠金を入れるように言われたが,もう資金がないと言って断っていた。しかし,被告従業員から「お金を入れないとこれまでに預けたお金が元も子もなくなる,お金を出せば挽回できるから。」と言って強く入金するように迫られた。
そこで,原告は,平成16年3月1日,●●●市農業協同組合から279万円と194万円の2口合計473万円を借り入れ,被告に対し,同月2日に245万円,同月9日に160万円を支払った。また,原告は,同年4月1日に同組合から470万円を借り入れ,それで同年3月1日に借りた2口のうち1口(279万円)を返済し,被告に対し,同年4月16日に179万1520円,同月28日に337万3270円を支払った。
原告は,上記借入金で不足した分は,原告の妻子名義の預金を無断で下ろし,証拠金等に使用した。
したがって,被告への現金入金額のうち,平成15年7月29日入金分から平成16年2月27日入金分の一部まで合計1220万6307円の原資は原告の自己資金であるが,同年2月27日入金分のうち71万3693円と同年3月2日から同年4月28日までの入金分合計1157万8483円の原資は借入金と妻子名義の預貯金の無断使用である。
(エ) 延納申請
原告は,被告から何度も追証等を要求されたが,資金がなく,金融機関からの借入れに時間がかかると告げたところ,Dから延納申請を出すようにと言われた。その際,Dから,借入れをすると書くとだめなので,本社の許可が得られるように理由を書くようにと言われ,原告は,出張のために資金を用意するのに日時を要すると書いたと記憶している。
原告が被告に差し入れた平成16年4月24日付け念書(乙24。以下「本件念書」という。)には,追証不足額を用意することができず,「金融機関への手続きの都合上」同年4月28日に入金する旨記載されており,少なくとも,被告担当者は原告が借入金により取引をしていたことを知っており,借入れにより取引を継続させていた。
(被告の主張)
ア 適合性の原則違反について
原告が本件取引後に1億8000万円の借入れをして貸しアパートを作り,1か月70万円の返済をするという不動産投資をしていること,原告は週3,4回パチンコをして暮らせる富裕層で,毎月家賃収入が必ず入ってくるのであるから,存在する現金,預貯金を全部使っても生活に困らないことからすると,原告に対する商品先物取引の勧誘は違法ではない。
イ 説明義務違反について
Dが原告に対し,ハイブリッド取引は安全確実に利益をとることができ,小遣いに不自由はさせないと言った事実は否認する。
ハイブリッド取引が普通の商品先物取引よりも危険性の高い取引であるとはいえない。ハイブリッド取引は,経験科学的に,間違いなく単品の商品先物取引よりもリスクが少ない。
Dが「商品先物取引の重要なポイント」(乙5)を説明したことは認めるが,乙5から「ハイブリッド取引は原則として利益が発生し,例外的に追証や損失が発生することがある」と読み取れる者はかなり商品先物取引を理解している者である。
原告の主張イ(ウ)は否認する。
ウ 被告取引担当者の一方的な判断による売買(一任売買)について
原告の主張ウは否認する。ハイブリッド取引の実態から本件取引が原告の判断に基づく取引であるとは認められないという主張は間違いである。
エ 断定的判断の提供について
原告がDに失業中であることやパチンコが趣味であるという話をした事実は認め,その余は否認する。
オ 両建・直しについて
(ア) 両建・直しの違法性は争う。特定売買がもともと不適切な売買であるというのは,一群の弁護士が作り上げたインチキである。
(イ) 異なる銘柄の同時売建,買建であるハイブリッド取引を両建と呼ぶ商品先物取引業者はいない。
別紙東京工業品取引一覧表の番号17と18は限月違いの一部両建である。
(ウ) 同一覧表の番号15は14の直し,16は15の直しであることは認める。
カ 無断売買について
原告の主張カは否認する。
キ 過当取引の勧誘について
(ア) 証拠金不足の請求と原告の不払
平成15年12月18日に被告から原告に証拠金等不足額請求書が出ているが(乙20の4),翌日,値段が戻って追証が378万円に減ったため,追証拠金不足は解消し,入金はなされていない。
平成16年2月2日は,値洗損が追証ラインを5万7500円超えたために追証となった。営業マンと原告が話し合った上,値段があまりに異常だからすぐ戻るだろうと判断して様子をみた。同月3日は,建玉の状態は前日と同じだが,値洗損が追証ラインを6500円超えたため追証状態が継続した。同月4日は,建玉を一部減らしたが値洗が追証ラインを9万4000円超えたため追証状態が継続した。同月5日は,さらに建玉を一部減らしたが値洗損が2万2000円追証ラインを超えたため追証状態が継続した。同月6日には値洗が回復して追証が抜けた。
(イ) 延滞申請について
平成16年4月23日,原告に1044万円の追証のほかに348万円の臨時増証拠金がかかり,その結果,原告の証拠金が337万3270円不足することとなった。そこで,同日午後,Eはその旨原告に伝え,もし同月26日までに入金しない場合,規則上は一部建玉を仕切らざるを得ないと話すと,原告は,すぐに入金できないが仕切るのは気が進まないというので,Eは,臨時増証拠金はすぐに外れることもあるので待つこともできる,その場合は念書を書いて欲しいと伝えた。これに対し,原告は念書を書くというので,同月24日午後9時半過ぎ,Eが原告宅を訪問して,本件念書を書いてもらった。
(4) 原告の損害
(原告の主張)
ア 差引損 1662万3875円
原告は,被告従業員の違法行為により本件取引において1662万3875円の損失を被ったから,被告は,被告従業員の不法行為について,使用者として,民法715条に基づき,原告に生じた損害を賠償する責任を負う。
イ 弁護士費用 166万2387円
原告は,原告代理人に対し,本件訴訟を委任し,差引損の1割に相当する166万2387円の弁護士報酬を支払うことを約した。
ウ 合計1828万6262円
(被告の主張)
原告の差引損が1662万3875円であることは認め,弁護士費用は不知。被告の責任は争う。
第3当裁判所の判断
1 前記前提事実,証拠(甲26,乙30,証人D,証人C,証人E,証人B,原告本人及び後掲各証拠)及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。
(1) 原告の属性
ア 原告(昭和30年○月○日生)は,●●●高校卒業後,農業に従事していたところ,昭和62年に原告の父が死亡し,農地とアパート及びその建設のための借入金の負債を相続した。しかし,減反と米価の下落等から農業で生計を維持することが困難となり,原告は,平成7年から●●●銀行に勤務し,集金と預金の勧誘業務に従事するようになり,平成8年からは,農地を委託耕作に出したが,平成14年9月に●●●銀行を退職した。その後は,平成15年4月から同年11月ころまで,●●●の運転手の仕事を時折手伝い,月に2,3万円の収入を得ていた。(乙4)
イ 本件取引開始当時の原告は,母親,妻,子3人と同居し,農地の委託耕作料,●●●からの収入のほか,アパート経営により収入を得ていた。他方,原告は,平成10年1月30日,父から相続した借入金と原告の借入金を一本化するために,●●●農業協同組合●●●店から4550万円を借り入れ,同借入れの平成15年7月28日時点の残元本は2672万5913円で,1か月当たりの返済額は17万8046円であったほか,固定資産税や都市計画税として平成15年度は年額91万4700円が課税されるなど,アパート経営によって原告の手元に入る金額は多くはなかった。(甲11,12)
平成16年度(平成15年1月1日から同年末日)の市・県民税課税(所得)証明書によれば,原告の不動産所得は401万1683円,農業所得は41万2137円であった。(甲13)
ウ 本件取引開始当時,原告は,農地やアパート等の不動産を所有していたほか,●●●農業協同組合に約6000万円の定期貯金を有していたが,同定期貯金は実母の同組合に対する債務の担保として差し入れられていたため,自由に下ろすことのできない状態にあった。実際の原告の流動資産としての自己名義の預貯金は,1300万円に満たない額であった。(甲31)
エ 原告は,被告との間で本件取引をする以前には,商品先物取引のみならず,証券取引の経験もなかった。
(2) 本件取引の経緯
ア 被告従業員のCは,平成14年12月16日,原告宅を訪問し,商品先物取引の勧誘を行った。原告は,商品先物取引をする気持ちはなく,Cが置いていった「商品先物取引委託のガイド」(第11版)をその後読むこともなかった。(乙14,17)
イ 平成15年7月26日午後5時ころ,被告従業員のCとDが原告宅を訪問し,主としてDが,原告に対し,値動きに相関関係のある二種類の銘柄について一方は売建玉を,他方は買建玉を同時に建てるハイブリッド取引なる取引について,値段の関連性の発見について被告が独自の方法を開発したとして,パンフレット(甲3,乙23と同内容のもの)を用いて,金と白金の同取引について説明した。Dは,「90万円預けてくれれば小遣いに不自由はさせない。」,「利益は少ないが確実に儲かる。」などと言って同取引の安全性を強調して原告を勧誘した。(甲3,乙17,23)
なお,原告は,同日,ハイブリッド取引について口頭で説明されただけであって,資料は受け取っていないと主張しているが,被告従業員が新規の顧客に対し,複雑な内容のハイブリッド取引を口頭のみで説明して勧誘するとは一般的に考え難いし,上記パンフレット(甲3,乙23)には平成15年4月限の東京金・白金の平成14年9月17日までの価格差のグラフが表示されていること,上記パンフレットには特許出願中との記載があるところ,甲32によれば被告が平成15年に特許出願していると認められることなどからすると,平成15年7月には,同パンフレットが作成されていたものと推認しても不合理ではなく,原告が被告から交付された資料に対しその後何らの関心も持たず,引出に入れたままにしていたと述べていることからすると,原告に勧誘当初に受け取った資料についての明確な記憶があるとは認められず,上記原告の主張は採用できない。
原告が当時購読していた新潟日報には,金の先物取引の値段は終値のみが掲載され,白金の先物相場の値段は全く掲載されていないため,原告は自ら金や白金の値動きを知ることはできず,取引当初は,携帯サイトで値動きを見る方法も分からなかったが,Dは,値動きは被告従業員側から連絡するから大丈夫と述べていた。(甲27ないし29)
また,Dは,「商品先物取引委託のガイド」(第12版)及び別冊(第21版)も持参し,原告に交付したが,それらを使って原告に先物取引の説明をすることはなかった。原告は,「委託のガイド」アンケートを記載し,商品先物取引の危険性について「リスクがある取引だと感じた」にチェックした。(甲22の1・2,乙15,17)
ウ 原告は,Dの話を聞き,ハイブリッド取引は安全確実であり,Dらに任せておけば儲かると思い,同取引を行うこととしたが,その日が土曜日であったため,再度Cが同月28日に訪問することとなった。
同月28日午前10時ころ,Cが原告宅を訪問した。原告は,取引をすることを決めていたことから,Cの求めに応じて「お取引の口座開設申込書」,「約諾書」を作成した。その際,原告は,Cから「お取引の口座開設申込書」の建玉限度額については500万円と記載するように指示され,そのように記載した。また,Cから流動資産の欄は多めに記載するようにと言われ,原告は5000万円以下の欄にチェックした。なお,税込年収欄には1000万円以下の欄にチェックした。(甲1,乙4,17)
なお,流動資産欄の記載について,前記(1)ウのとおり,原告の当時の金融資産は,入担中の定期貯金も含めると7000万円を超えることとなるから,仮に,原告が自発的に,本来流動資産とはいえない担保差し入れ中の定期貯金も含めて申告したのであれば,5000万円以上にチェックされるはずであり,5000万円以下の欄のチェックは,被告従業員の指示で申告したというべきである。
この際,Cは,「相場が逆に動いたとき」という書面で,相場が建玉と反対の方向に動いた場合の対処方法として,決済,途転,両建,難平,委託追証拠金について簡単に説明をした。(乙3)
Cは,同日夕方,再度原告宅を訪問し,原告に商品先物取引の仕組みと危険性について説明したアンサホンを聞いてもらい,被告東京支店管理部のGに電話をかけ,原告の商品先物取引についての理解度確認をしてもらった。もっとも,その確認の際には,原告が,Cから「はい,はい。」言っていればいいと言われて,最初に原告が出かける予定がある,全部理解した旨述べたこともあって,Gによる実質的な理解度確認はなされず,原告が形式的に「はい,はい。」と述べるだけであった。また,このとき,Cは,原告から現金90万円(ハイブリッド取引の1セットの金額)を受け取った。この90万円は翌29日に被告に入金となった。(乙9,乙17,18の1,乙25,29の1・2)
エ 同月29日,原告は,金買い5枚,白金売り10枚を建玉し,ハイブリッド取引の形式で本件取引を開始した。
同年8月1日,Dが原告宅を訪問し,原告に対し,「商品先物取引の重要なポイント」という書面を用いて,商品先物取引もハイブリッド取引も投機であること,借入金による取引は受託しないことなどの説明を行った。また,同日,原告は,「お取引きについてのアンケートⅠ」(以下「アンケートⅠ」という。)に回答した。(乙5,6)
なお,被告の受託業務管理規則(第6条)においては,取引開始後10営業日以内に,委託者の取引意思の確認を「商品先物取引の重要なポイント」により行うものとされていた。(甲6,7)
オ 同月13日,Dは,原告に対し,ハイブリッド取引は利益が少なく,白金を売りで買い足した方が利益が出やすいから買いましょうと言って,白金の売建玉を勧め,原告は,白金売り8枚を建玉し,50万円の本証を入金した。さらに,同月26日には,白金売り10枚を建玉し,60万円の本証を入金した。このように,ハイブリッド取引として始まった原告の取引は,早々に,金1対白金2のバランスが崩された。これにより,原告はハイブリッド取引に加え,一般の先物取引としての白金の単品取引を開始することとなった。この際,被告従業員から,原告に対し,ハイブリッド取引のみの場合よりもリスクが高まる旨の説明はなされなかった。
カ 同年9月11日,利益が40万円出ているからと言われ,Fの勧誘により,原告は,白金売り18枚,金買い5枚を仕切って,逆に白金買い16枚,金売り7枚を建て,当初と逆のハイブリッド取引となった。(乙27)
キ その後も原告は,Dや時にFの勧めにより,別紙東京工業品取引一覧表及び別紙建玉分析表のとおり,取引を繰り返していたところ,平成16年2月2日,864万円の追証がかかり,被告から原告に対し,不足証拠金として285万円の支払を求める証拠金等不足額請求書が発行された。しかし,原告は,被告に対し,お金がないと言って,翌営業日正午までに不足証拠金を入金せず,建玉を仕切って追証が解除されるような取引の指示もしなかった。被告従業員は,その状態を容認し,結局,原告は,同月4日,同月6日に建玉を仕切り,追証不足は解消した。(乙20の5,6,弁論の全趣旨)
ク 同月24日の時点で,原告の本件取引への投入金額は,1175万円となっていた。そして,被告から原告に対し,同月27日,帳尻損金と不足証拠金として116万8515円の支払を求める証拠金等不足額請求書が発行された。(乙20の10)
しかし,原告は,流動性のある自己名義の預金でそれを支払うことができなくなっていたことから,妻の●●●が毎月約1,2万円ずつ積み立てていた●●●銀行●●●支店の同人名義の預金口座から71万3693円を無断で下ろして,自己名義や子名義の預金と併せて,同月27日,被告に117万円を支払った。(甲23,24)
さらに,同年3月1日,被告から原告に対し,帳尻損金と不足証拠金として242万8515円の支払を求める証拠金等不足額請求書が発行された。原告は,Dに対し,もうお金がないと断ったところ,Dから「お金を入れないとこれまでに預けたお金が元も子もなくなる。」などと言われ,借入れするので入金を待ってほしいとDに依頼した。Dは,原告に対し,借入れではなく被告本社の許可が得られるような理由を書いて延滞申請を出すようにといい,原告は,出張を理由にした延滞申請書を作成した。(乙20の11)
結局,原告は,平成16年3月1日,●●●農業協同組合に対し,279万円と194万円の2口合計473万円の借入れを申し込み,同月2日,同金員を借り入れ,被告に対し,245万円,同月9日に160万円を支払った。また,原告は,同年4月1日に同組合から470万円を借り入れ,それで同月2日に上記279万円の借入れを返済し,被告に対し,同年4月15日に165万円,同月16日に追証拠金及び帳尻損金として179万1520円を支払った。入金のうち借入金で不足する分は,妻子名義の預貯金を無断で引き出して使用した。(甲8,9の1,甲10)
ケ 同月15日,DがEを連れて原告宅を訪れ,Eから白金が値上がりした場合の追証回避のために買建玉を強く勧められ,原告は,白金買い47枚を建玉した。さらに,同月19日,Eから追加の資金投入は不要であると言われて勧められ,白金買い20枚を買い足した。しかし,同月21日になり白金は暴落した。(乙28)
コ 同月23日ころ,Eから原告に臨時増証拠金がかかる旨の連絡があり,被告から原告に対し,帳尻損金と不足証拠金として337万3270円の支払を求める証拠金等不足額請求書が発行された。臨時増証拠金を同月26日正午までに入金しない場合は建玉を一部仕切る必要があったが,原告がすぐには資金が用意できないとEに言うと,Eは同月28日まで待つとして,同月24日,原告に対して,「金融機関への手続きの都合上」同月28日まで証拠金不足額の入金の猶予を求める旨の本件念書を作成させた。原告は,妻子名義等の預貯金をかき集め,同月28日,被告に対して,337万3270円を入金した。(乙20の17,乙24,28)
サ 同年4月27日,Bが原告宅を訪問した。これは,原告が同年3月11日に買った白金買い22枚がその後値上がりし,仕切らないまま,また値下がりしてきたことから,原告がDに対し,被告の手数料20円をとったところで仕切るよう指示したにもかかわらず,Dが仕切らなかったとして,原告が被告本社管理部に苦情を申し立てた件の対応と本件念書が出されたことによる顧客調査を兼ねたものであった。このとき,Bは原告に対し,原告の苦情については,原告が仕切値をDに言わなかったことが問題であると述べた。また,顧客調査については,Bは,原告に入金の猶予を求める事情について深く確認することもなく,単に銀行に行く都合がつかないなどと聞いただけで,原告がBの尋ねに応じて,農地やアパートを所有しているなどと述べたことから,問題はないと判断した。(乙17,26)
シ 原告は,同年5月11日,全ての建玉を仕切り,本件取引を終了させた。
2 被告従業員の不法行為
(1) 原告に対する先物取引の勧誘及び取引開始時の説明等
ア 適合性の原則
商品先物取引は,将来の一定の時期に商品の現物と対価を授受することを約してその価格を現時点で決めて行う売買取引であり,定められた将来の時点において商品を受け渡すか,あるいはその期日までに反対売買することによって差金決済することができるものであるが,少額の委託保証金によって多額の取引を行うことができる投機性の高い取引で,商品のわずかな値動きによって多額の差損金が生じるおそれがあるハイリスクな取引である。しかも,その仕組みが複雑で,商品先物取引相場も種々の要因により変動するため,相場の予測には困難が伴うことから,商品先物取引を行うには,取引の仕組みや危険性を理解して自己の判断で売買を行う能力や取引の損失に耐え得る資力が要求され,誰にでも勧められる取引ではない。
このような商品先物取引の特徴から,商品先物取引において,商品取引員は,顧客の知識,経験及び財産の状況に照らし不適当と認められる勧誘を行って委託者の保護に欠け,又は欠けることとなるおそれがないように,商品取引受託業務を営まなければならない義務を負っているものと解され,商品取引員の役員ないし従業員が,顧客の意向と実情に反して,明らかに過大な危険を伴う取引を積極的に勧誘するなど,適合性の原則から著しく逸脱した勧誘ないし受託をしたときは,当該行為は,顧客に対する不法行為となる。(平成16年法律第43号による改正前の商品取引所法136条の25第1項4号,平成21年法律74号による改正前の商品取引所法215条参照)
イ ハイブリッド取引について
(ア) ハイブリッド取引は,商品取引所に上場されている商品の価格差を利用した取引で,ストラドル(異銘柄間サヤ取り),スプレッド(同銘柄異限月間サヤ取り),アービトラージ(異市場間サヤ取り),デリバティブ(複雑な組み合せによるサヤ取り)等,全てのサヤ取りについて,被告において総称した取引であり,原告が本件取引当初に行ったのは,金と白金の異銘柄間サヤ取りである(以下,ハイブリッド取引という場合にはこの種のサヤ取りを指す。)。ハイブリッド取引においては,通常は同じような動きをする商品同士の一方が異常に急騰又は急落し,サヤが異常に拡大,縮小した場合,サヤが拡大し過ぎと思われる高値の商品を売り,安値の商品を買い,あるいは,サヤが縮小し過ぎと思われる高値の商品を買い,安値の商品を売り,そのサヤが正常に戻れば決済して利益を得るという手法の取引が行われる。(甲3,乙12,23)
(イ) ハイブリッド取引は,商品市場で値動きがよく似た動きを繰り返している異銘柄商品の組み合わせにつき,一方は買い,他方は売りで同時に取引を行うことから,値動きが上記のような場合には,概して,利幅は少ないが危険性も少ないといわれるものの,異銘柄である以上,両者の値動きが同じとなる保証はなく,予想に反した値動きとなった場合には帰って,リスクが大きくなるもので,必ずしも安全な取引といえるものではない。
しかしながら,本件取引開始時の原告に対する説明にも用いられたと認められる被告のハイブリッド取引の資料(甲3,乙23)では,「2つの商品は同じ動きをしていますから互いの損益を相殺する形になり,上がっても・下がっても損益の影響はほとんどありません。」,「株式では無理ですが,商品の場合突然の大暴落や大暴騰がおこって片方が大きな損失になっても,片方の利益も大きくなりますので,危険は小さくて済みます。」,「価格差が縮小したり拡大するのに限度はありません。しかし,無限に縮小・拡大するものでもありません。つまり,そのタイミングと方向性を見計らって取り引きすれば,利益を出せるわけです。」などと記載され,同取引の安全性が強調されている。また,本件取引後に作成された被告のハイブリッド取引のパンフレット(乙12)でも,「たとえ,テロ,国際紛争等の突発的なニュースで急騰したり,暴落しても,似た値動きを繰り返している2つの銘柄ですから,片方の大きな損失を片方の大きな利益で相殺することになり,損益には影響がありません。もちろん利益もほとんど生まれません。」と同様の説明となっている。(甲3,乙12,23)
(ウ) また,ハイブリッド取引では,サヤの異常値を標準偏差を応用して探し出し,正常な価格差に戻り始めたときに取引を開始し,サヤの平均値で決済をするために,被告において開発したとする取引開始時と決済時を割り出すシステムの数値をコンピュータ画面で見た外務員によって,取引と決済のタイミングが情報提供され,顧客はそれに従うことが前提となっている。実際,前記パンフレット(乙12)には,「どちらの銘柄を買って,どちらの銘柄を売るかはシステムが決めますので売り,買いを検討することは不要です。」,「選択した2つの銘柄の価格差が,異常ゾーンから正常レンジに入った時点で売り,買い同時に注文を指示します。また決済の時期もシステムがあらかじめ決めた平均値ですので,2銘柄同時に決済します。」と記載されている。(甲3,乙12,23,証人D,証人C)
ウ 前記1(1)で認定したとおり,原告は,商品先物取引の知識・経験がなく,高校卒業後は農業に従事し,一時,銀行に勤務していたものの,担当業務は集金と預金の勧誘と,何ら先物取引に必要な知識経験を得られるものではなく,その後は,基本的にアパート経営によって得られる家賃収入で生活していたものである。
原告に対する本件取引勧誘時のDの説明は,ハイブリッド取引についてが主たるもので,しかも,ハイブリッド取引の安全性を強調するものであった。この点,Dは同取引の危険性も説明したと証言するが,前記イ(イ)のパンフレットの記載等に照らして,Dがハイブリッド取引のリスクについて原告に十分な説明をしたとは考え難く,同証言は容易に採用できない。一般の商品先物取引については,ハイブリッド取引を説明する前提として,Dから一応の説明はあったものと認められるが,Dから原告が受け取った「商品先物取引委託のガイド」(甲22の1)には,Dが一般的に顧客に説明するとする部分に書き込み等の説明の痕跡がなく(下線が引かれているのは主に商品取引員の禁止行為や取引に関する相談部分であって,これがDによるものでないことは同人も認めており,原告が原告代理人に相談した後に下線を引いたものと認められる。),これについてもやはりその仕組みやリスクについて原告が理解可能な程度に十分な説明をしたとは認められない。「委託のガイド」アンケート(乙15)の記載は,これを覆すに足りるものではない。
確かに,Dの勧誘後,原告は,Cから「相場が逆に動いたとき」の説明を受け,Gの顧客理解度確認電話でハイブリッド取引にも追証の危険性がある旨の発言を聞き,また取引開始後まもなくの平成15年8月1日に「商品先物取引の重要なポイント」についての説明も受けているが,原告が取引を開始するための事務的な手続に過ぎないとしてそれらを重視していなかったと述べているように,それらは簡略で形式的なものであり(このことは,前記1(2)ウの顧客理解度確認電話のやりとりからも十分推認される。),既にDの説明によって原告はハイブリッド取引が安全なものと認識させられ,本件取引を行うことを決意しているのであって,その後のCの説明等に損失の話が出たとしても,それは例外的なものとして受け止めたとしてもやむを得ないものである。
また,平成15年8月1日に回答したアンケートⅠで,原告は,商品先物取引の仕組み,損益の計算方法,売買の注文方法について「ポイントは理解している」の欄にチェックしているが,「理解している」と「ポイントは理解している」の2択の中での回答であるし,「商品先物取引委託のガイド」について「読み直していない」の欄にチェックしているのであって,これをもって原告が商品先物取引について十分理解していたと認めることはできない。
そして,前記1(2)イのとおり,Dは,原告に対し,被告従業員からの情報提供により取引を行うことを前提に勧誘しており,そのため,原告は,自ら商品先物取引の仕組みや相場変動要因について理解する必要を感じておらず,自ら委託のガイド等にも全く目を通すことはなかったのであるから,原告は,商品先物取引について正確な知識を有するには至っておらず,被告従業員の示す相場観や取引の提案に依存しなければ取引を行うことができない状況にあったといえる。現に,原告は,Dに任せていればDが儲けてくれる,自分がやるのではなくDがやるのだという意識であったと述べているように,原告には,自己の責任で取引の判断をする能力はなかったもので,上記のような勧誘の仕方からして,Dらにおいてもこれを認識していたと認められる。
とすると,原告の資産状況の点を措いても,商品先物取引に対する知識のない原告に対する商品先物取引の勧誘は,商品先物取引についての適格性を欠いた者に対する違法な勧誘であったというべきであるし,被告従業員が原告に対し,一般の商品先物取引はもとより,ハイブリッド取引についても,その危険性等を的確に理解できるような十分な説明を尽くしたとは認められず,説明義務違反も認められる。さらに,平成15年7月26日の時点で,Dが原告に対し,「90万預けてくれれば小遣いに不自由はさせない。」,「利益は少ないが確実に儲かる。」などと利益が確実であるかのような断定的判断を示している点も違法である。
(2) 本件取引継続中の違法性
ア 原告は,取引開始後ほどなく,ハイブリッド取引ではなく,通常の商品先物取引の勧誘を受け,当初予定していなかった取引がなし崩し的に進められていった。その時点においても,原告には,取引経験により,商品先物取引の仕組みの理解や相場の変動に対する判断能力が獲得されていなかったが,Dが原告に対し,改めて商品先物取引の危険性について説明したことはなく,むしろ,ハイブリッド取引では利益が出ないので,白金売りを増やすことによって利益が出やすくなるかのような説明をして同取引を勧誘している。この点でも,被告が原告に説明義務を果たしたとはいえない。
もっとも,一任売買の主張については,前記のようなハイブリッド取引の特性,原告の属性からすると,原告においては,もっぱら被告従業員からの勧誘に従って取引を行っていたと認められるものの,商品取引員の従業員が顧客に対し,自己の相場観に基づいて特定の商品先物取引を勧誘し,顧客がその商品取引員の知識・経験に基づく相場観を信頼して,勧誘された取引を行うということ自体に違法性を認めることはできない。本件取引においても,原告が自ら情報収集することなく,Dらの相場観を信頼してその勧誘に従って取引を行っていたとはいえるが,原告がパチンコをしているときなどに被告従業員から電話がかかってきたと供述していることからすると,本件で全くの一任売買が行われていたということはできず,本件取引について,実質的一任売買との観点から違法であるとまではいえない。
さらに,原告は,本件取引中には,無断売買があったと主張するが,パチンコをしているときにDからの電話がかかってきたことが多かったなどと,Dからの連絡の存在は認めている上(その連絡の際,必ずしも原告がDからの勧誘を吟味して取引の注文をする状況にはなかったことが窺え,Dへの発注の電話のやりとりを原告が記憶していない可能性も高い。),被告から売買の都度,売買報告書及び売買計算書が,毎月末に残高照合通知書が送付されているところ(乙10の1ないし30,乙11の1ないし10),特に個別の取引について注文していない旨の異議を原告が申し出たとの証拠もなく(原告は,被告からの書類は取引当初しか目を通していないと供述しているが,自己の損益状態に全く無関心であったとは考え難く,これらの書類を全く見ていないとは考え難い。),また残高照合書に原告の署名がなされていること(乙31の1ないし17)も加味すると,無断売買の事実を認めるに足りる証拠はない。
イ また,原告は,両建や直しといった特定売買の違法性も主張しているところ,特定売買それ自体が直ちに違法とまではいえないとしても,それが十分な合理性もないまま頻繁に行われている場合には,手数料稼ぎのための取引と推認され得るものである。
この点,本件取引中,平成16年1月30日に白金売り3枚と白金買い16枚を建玉した取引(別紙東京工業品取引一覧表番号17と18)は,限月が異なるものの同時両建であるし,平成15年11月13日以降,ほぼ常時両建の状態となっている。両建は,建玉が値洗損になったときに,反対の建玉をすることにより,その後の相場の変動による損失の拡大を防ぎ,適当な時期に一方を反対売買して,残った建玉で利益を得ようとするものであり,相場の動向について迷った際に,発生した損失を固定させ,これを含み損の状態にして模様眺めをしつつ取引を継続し,利益を得ようとする場合には,一定の意味を有するものであるが,新たな証拠金や手数料が必要となる上,両建の解消時期の判断は極めて困難なものであるため,先物取引について十分な知識を有しない者にとっては却って損失を大きくする可能性のある不適切な取引方法といわざるを得ず,しかも,同時両建はいかなる意味においても合理性の見出し難い取引である。本件取引で行われた同時両建が異限月のものであっても,同一商品であれば限月が異なっても同じような値動きをするのであるから,その不合理性は変わるものではない。(商品取引所法施行規則103条9号参照)
さらに,原告は,平成16年1月6日に白金66枚を売建玉し(同番号14),同日,白金46枚を買建玉して直しを行い(同番号15),同月21日,その白金46枚を売建玉し(同番号15),同日,白金35枚を買建玉して直しを行っており(同番号16),常時両建状態の中で,その片建玉について直しを繰り返し,因果玉が放置されているところ,かかる取引は原告にとって手数料の負担するだけで何らの利益もない取引である。Dは,そのことを認めながら,かかる取引を行った理由を説明できていない。
このように,原告にとって合理的理由が何ら見出せない両建・直しが行われていることからすると,被告従業員は,原告に先物取引についての基本的知識がないことを利用して,手数料獲得目的で合理性のない取引を勧誘して行わせたものと認められ,違法性が認められる。
(3) 過当取引について(原告の経済状態を無視した取引の拡大・継続)
ア 前記1(2)キのとおり,平成16年2月2日,追証がかかり,被告から原告に対し,285万円の証拠金等の請求がなされているにもかかわらず,原告は,翌営業日正午までの入金も,建玉の損切りもしなかった。被告は,同月6日に追証不足が解消するまでの間,その状態を容認したというのであるが,被告が原告の追証の延滞を容認した合理的理由は説明されていない。証拠金等の請求に対して,直ちに入金がなされない以上,被告従業員は当然その理由を原告から聴取するはずであり,資金がないので入金できないという原告の状態を被告従業員は認識していたはずである。また,Bは,証拠金不足か否かは本社管理部が管理しており,入金を猶予する場合には管理部に上がってくると証言しているところ,仮に,当時,管理部において原告の入金延滞に気がつかなかったのであれば,被告においては顧客管理が極めてずさんであったということになるし,気がついていてもそのまま合理的理由もなく容認したというのであれば,仕切りによる顧客利益よりも取引継続による被告利益を優先する被告の姿勢を露呈するものでしかない。
イ 本件取引当時,原告は,アパート経営による定期的収入はあるものの,日々の生活はそれほど余裕があるわけではなく,流動資産として先物取引に注ぎ込むことができる預貯金は1300万円に満たなかった。原告名義の預金はほかに6000万円ほどあったとしても,それは担保に入れられていて,投機的取引に用いることはできないものであった。
他方,原告の本件取引中の被告への入金状況は前記前提事実(3)のとおりであるところ,原告は,平成16年2月27日の入金に先立ち,自己名義の預貯金がなくなったために,妻名義の預金を下ろしている。さらに,同年3月1日以後は,農協から借入れをしてまで,被告に対して入金している。原告は,Dから,入金しないと元も子もなくなるといわれ,やむを得ず,借入れまでして取引を継続させたのであるから,それ以後の取引は,明らかに過当取引である。
この点,被告は,借入金による取引であったことは知らなかった旨主張し,その当時の担当従業員Dも同旨の証言をしている。しかし,上記のとおり,平成16年2月2日の時点で被告従業員(当時の担当者はDと認められる。)は原告の追証の未入金を容認し,原告の資金が尽きていることを知りながら,取引を継続させているのであるから,その後の追証発生時に,原告がDに対し,上記のような工面をしなければ被告に対して入金できない状態となっていることを秘する必要性はない。また,被告は,原告からの入金の延滞申請は,同年4月27日付けの本件念書のみであるとして,それ以前の延滞申請書の存在を否定しているが,この点について,原告は,資金をすぐに入金できないと言ったところ,Dから延滞申請を出すようにと言われ,被告本社管理部に通るように出張を理由にして,延滞申請を提出したと具体的に述べていて信憑性が高い上,文書提出命令が確定したにもかかわらず,取引の電話録音テープを存在しないとして提出しないといった被告の応訴態度(しかも,被告は,その後,取引開始時の確認の録音テープがあったとして乙29を提出しているのであって,他の録音テープも存在しているものと認められる。)を加味すると,借入れ時の延滞申請書も存在するものと推認される。したがって,原告の借入金による取引を知らなかった旨の被告の主張は採用できない。
ウ 加えて,前記1(2)サのとおり,Dは,原告の取引の縮小指示に理由もなく応じなかった。(Bの原告宅訪問理由の一つが原告のDに対する上記行為に対する苦情申告によるものであることは,証人Eの証言で明らかであり,上記事実が認められるというべきである。)
エ さらに,平成16年4月24日付けの本件念書は,Eの指示で作成されているところ,延滞の理由が,Eが証言するような単に複数ある自己名義の預貯金の中のどれを下ろすか迷っているというものであれば,それを被告が許すはずはなく,Eは原告がすぐには資金を用意できない事情,すなわち本件取引に投入できる原告の資金が底をついている事情について原告から何らかの説明を受けているはずである。そのころ,原告が金融機関から借入れしたことの証拠はないから,本件念書にある金融機関の手続が借入手続であったとは認められないが,既にそれ以前に原告が借入れしたり,妻子名義の預金を解約したりしている事実からすると,同日の時点で原告がかき集めようとした預貯金の大半は妻子名義のものであった可能性が高い。
以上のアないしエの事情によれば,被告従業員は,原告に資金がなくなっていることを認識しながら,無理に資金を調達・入金させて本件取引を継続させたこととなる。
オ 他方,平成15年10月30日の240万,平成16年3月15日の165万円の入金は本来その必要がなかったものであるところ,原告が不必要な資金を予め被告に入金してまで積極的に取引を拡大しようとしていた事実は認められず,これらは,被告が本来入金の必要がなくなったにもかかわらず(いったん追証がかかり不足金請求した後に,値が回復した場合には,追証が解除されることがあり,入金されても余剰資金ということになる。),それを告げずに,原告に入金させたもので,後日,新たな資金を投入しなくても建玉ができるなどと勧誘して原告に建玉をさせ(甲26,原告本人),結果的に原告の取引を拡大させている。Dは,このような場合に顧客には余剰資金になることを告げていると証言するが,入金の必要がないことを原告が告げられているのであれば,本件取引の経過からすると,原告がかかる入金をするはずがないのであって(特に平成16年3月15日の165万円は,原告が既に借入れによる取引を開始した後の入金で,余剰資金を投入できるような経済状態でなかったことは明らかである。),Dの同証言は到底信用できない。
以上のように,被告においては,原告の経済状態を無視して,本件取引を継続・拡大させる方向で勧誘していたことが認められる。
(4) 以上によれば,本件取引に関し,被告従業員による適合性原則に反する勧誘,説明義務違反,断定的判断の提供,違法な両建・直し取引の勧誘,過当取引の勧誘が認められ,原告に本件取引を勧誘し,これを行わせた被告の行為は全体として原告に対する不法行為に当たるといえ,その使用者である被告は,民法715条により,本件取引で原告が被った損害について損害賠償責任を負うというべきである。
3 損害
(1) 原告が本件取引で被った損害は,差引損失額1662万3875円で,これは前記認定の被告従業員の不法行為と相当因果関係のある損害である。
(2) もっとも,原告は,本件取引開始時に「お取引の口座開設申込書」にCから言われるがままに資産を申告し,商品先物取引について十分に理解していないのに,被告管理部の電話確認にも理解した旨の安易な返答をし,アンケート等にも同旨の記載をし,被告から交付された「商品先物取引委託のガイド」を原告代理人に相談するまで一切読むことなく,被告従業員の勧誘に安易に従い,取引を拡大し,乙5の書類で借入金による取引ができないことを知らされているのに,損金を取り戻そうと借入金を投入して,取引を継続しているのであるから,原告にも落ち度がある。とすると,不法行為に基づく原告の損害賠償について,原告の過失割合を4割として,過失相殺するのが相当である。
したがって,前記(1)の損害額のうち被告が原告に賠償すべき金額は,その6割である997万4325円となり,被告の不法行為と相当因果関係が認められる弁護士費用として,その約1割の100万円を認めるのが相当であるから,結局,合計1097万4325円が被告が原告に賠償すべき損害額となる。
第4結論
以上によれば,原告の本訴請求は,損害額1097万4325円及びこれに対する不法行為の最終日である平成16年5月11日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し,その余は理由がないから棄却することとし,主文のとおり判決する。
(裁判官 中俣千珠)
<以下省略>