大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

新潟地方裁判所 平成20年(ワ)475号 判決 2011年2月25日

原告

甲野花子

同訴訟代理人弁護士

鈴木俊

堀田伸吾

関雅夫

同訴訟復代理人弁護士

石山正彦

被告

阿賀町

同代表者町長

神田敏郎

同訴訟代理人弁護士

斉木悦男

同訴訟復代理人弁護士

山田聡之

主文

1  被告は,原告に対し,6291万6413円及びこれに対する平成19年10月27日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は,被告の負担とする。

3  この判決は,第1項に限り,仮に執行することができる。

事実及び理由

第1  請求の趣旨 主文と同旨である。第2 事案の概要

本件は,平成19年10月27日午前4時過ぎころに赤井一男宅において発生した火災(以下「本件火災」という。)の消火活動(以下「本件消火活動」という。)に際して,被告の管理する防火水槽(以下「本件防火水槽」という。)に,甲野桃子(以下「桃子」という。)が転落して死亡したこと(以下「本件事故」という。)につき,桃子の母である原告が,桃子が死亡したのは本件消火活動に従事していた被告の消防署員,消防団員又は元消防団員の過失によるものであるとして,被告に対し,国家賠償法(以下「国賠法」という。)1条1項に基づき,桃子の損害である死亡慰謝料及び逸失利益並びに自己の損害である葬儀費用及び弁護士費用の合計6291万6413円並びにこれに対する桃子が死亡した日である平成19年10月27日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。

1  法令の定め

(1)消防組織法の定め

ア 市町村は,当該市町村の区域における消防を十分に果たすべき責任を有し(6条),市町村の消防は,条例に従い,市町村長がこれを管理することとされ(7条),市町村の消防に関する費用は,当該市町村がこれを負担しなければならないとされている(8条)。

イ 市町村は,その消防事務を処理するため,消防本部,消防署,消防団の全部又は一部を設けなければならない(9条)。

ウ 消防本部及び消防署には消防職員を置き(11条1項),消防職員の身分取扱いに関しては,消防組織法に定めるものを除くほか,地方公務員法の定めるところによることとされている(16条1項)。

エ 消防団には消防団員を置き(19条1項),消防団員の身分取扱いに関しては,消防組織法に定めるものを除くほか,常勤の消防団員については地方公務員法の定めるところにより,非常勤の消防団員については条例で定めることとされている(23条1項)。

(2)地方公務員法の定め

地方公務員の職は,一般職と特別職とに分けられ,一般職は特別職に属する職以外の一切の職とされる(3条1項,2項)。そして,非常勤の消防団員は,特別職の地方公務員とされている(同条3項5号)。

(3)消防法の定め

ア 消防に必要な水利施設は,当該市町村がこれを設置し,維持し及び管理するものとする(20条2項本文)。

イ 火災の現場においては,消防吏員又は消防団員は,消防警戒区域を設定して,総務省令で定める者以外の者に対してその区域からの退去を命じ,又はその区域への出入を禁止し若しくは制限することができる(28条1項)。

ウ 消防吏員又は消防団員は,消火若しくは延焼の防止又は人命の救助のために必要があるときは,火災が発生しようとし,又は発生した消防対象物及びこれらのもののある土地を使用し,処分し又はその使用を制限することができる(29条1項)。

エ 消防吏員又は消防団員は緊急の必要があるときは,火災の現場附近に在る者を消火若しくは延焼の防止又は人命の救助その他の消防作業に従事させることができる(29条5項)。

2  前提事実(末尾に証拠等を掲げていない事実は,当事者間に争いがない。)

(1)当事者

ア 原告は,平成19年10月27日,新潟県東蒲原郡阿賀町白崎<番地略>所在の三川郵便局駐車場(以下「本件駐車場」という。)内にある防火水槽(本件防火水槽)に転落し,溺死した桃子(昭和32年7月*日生)の母である(桃子が平成19年10月27日に本件防火水槽に転落し,溺死したことにつき,甲1,甲2,弁論の全趣旨。)。

桃子には,配偶者や子はいなかった(甲1,弁論の全趣旨)。

イ 被告は,消防法に基づき,本件防火水槽を管理していた地方公共団体であり,本件消火活動に当たっていた消防署員は,いずれも被告の職員である。

(2)平成19年10月27日午前4時過ぎころ(以下,年月日の記載がない時刻は,同日の時刻とする。),阿賀町白崎<番地略>所在の赤井一男宅において火災(本件火災)が発生した。本件火災現場付近の状況は,別図のとおりである。

(3)本件消火活動及び桃子が死亡に至る経緯の概要(別紙「経緯の概要」参照)

ア 阿賀町消防署員の動き

(ア)本件火災発生後,阿賀町消防本部は,119番通報により,本件火災を覚知し,その消火のため,午前4時19分ころ,消防本部から5名(以下「本部消防署員ら①」という。),三川分遺所から東野一夫,西野次夫,南野三津夫及び北野四志夫(以下「北野」といい,東野一夫,西野次夫及び南野三津夫と併せて「三川消防署員ら」という。)の消防署員を出動させた。

また,午前4時19分ころ,本件火災に関するオフトーク放送を実施した。

(イ)午前4時20分ころ,三川消防署員らは,本件火災現場付近にポンプ車(以下「本件ポンプ車」という。)で到着し,本件ポンプ車を,阿賀町白崎<番地略>付近に設置された消火栓(以下「本件消火栓」という。)付近の県道新発田津川線(以下,「県道」という。)の新発田方面へ向かう車線上に,車両の前方を津川方面に向けてエンジンをかけたまま停車させた(別図参照。以下,単に「本件ポンプ車」と記したときは,同位置に停車している本件ポンプ車を指す。)。

(ウ)午前4時21分ころ,阿賀町消防本部から更に4名の消防署員(以下「本部消防署員ら②」という。)が出動した。

(エ)午前4時23分ころ,三川消防署員らは,本件消火栓から取水して放水を開始した。

(オ)午前4時31分ころ本部消防署員ら①が,同34分ころ本部消防署員ら②が本件火災現場付近に到着した。

イ 阿賀町消防団員及び元阿賀町消防団員(以下「消防団OB」という。)の動き

(ア)阿賀町消防団の消防団員の一色平男は,本件火災発生後間もなくこれを覚知し,阿賀町白崎<番地略>所在の白崎消防機械器具庫(以下「ポンプ車庫」という。)へ向かった。

(イ)消防団OBの二見成男(以下「二見」という。)は,午前4時19分ころ本件火災を覚知し,本件防火水槽のある本件駐車場に向かった。二見が本件駐車場に到着した時,本件防火水槽付近には誰もおらず,本件防火水槽の取水口となるマンホール(以下「本件マンホール」という。別図参照。)の蓋も開いていなかった。

(ウ)午前4時21分ころ,一色平男は,ポンプ車庫に格納されていた積載車(以下「本件積載車」という。)を,阿賀町白崎<番地略>所在の二見成男宅手前のバス停付近まで運転し,県道の新発田方面へ向かう車線上に,車両の前方を新発田方面に向けて停車させた(別図参照。以下,単に「本件積載車」と記したときは,同位置に停車している本件積載車を指す。)。

その後間もなく,阿賀町消防団員の七瀬昭男が本件積載車付近に到着し,さらに,同消防団員の三田和男(以下「三田」という。),同消防団員の四谷大男(以下「四谷」という。)及び消防団OBの五木正男(以下「五木」という。)も到着した。

七瀬昭男は,本件積載車を運転してきた一色平男,その後に到着した三田,四谷及び五木の4名が揃ったため,同4名で可搬ポンプを運搬できると判断し,一人で本件マンホールへ向かった。

(エ)このころ,二見は,本件ポンプ車で作業をしていた北野に,本件マンホール蓋を開ける道具があるかを尋ね,北野から二つのかぎ手を借り受けた上,これを使用して,本件マンホール付近に来た七瀬昭男と二人で,本件マンホールの蓋を開け,同蓋を本件マンホール東側に接触する場所に置いた。本件マンホールの蓋を開けたとき,本件マンホール周辺には二見及び七瀬昭男以外に人はいなかった。

その後,七瀬昭男は,ホース展開の確認に向かい,二見は,しばらく本件マンホール付近で可搬ポンプの到着を待っていたが,可搬ポンプがなかなか到着しなかったことから,可搬ポンプの運搬を手伝おうと考え,本件積載車へ向かった。

この際,七瀬昭男及び二見は,いずれも,本件マンホールの周囲に赤色信号灯やセーフティーコーン,防護ロープ等を設置するなどの措置を講じなかった。

(オ)五木,三田,四谷及び一色平男は,可搬ポンプを本件積載車から降ろし,本件マンホールへ向けて運搬を開始した。

五木は,三田,一色平男及び四谷とともに運んできた可搬ポンプを本件マンホールの東側1~2メートル程度の場所へ置き,上体を起こしたところ,黒い影がマンホール付近で消えたのを目撃した。また,三田は,可搬ポンプを置いたとき,左横目に黒い物陰がさっと消えたのを目撃し,シャポンという音を聞いた(可搬ポンプを置いた位置につき,証人五木正男)。

(カ)午前4時37分ころ,阿賀町消防団員の六田明男は,本件マンホール内に投下した吸水管と可搬ポンプを接続し,本件防火水槽内の水を使用して本件火災現場への放水を開始した。

ウ 桃子の捜索等

午前4時32分ころ,消防団員らは,本件防火水槽内の捜索を開始し,消防署員らも,五木から救助要請を受けて,本件防火水槽内に人が転落したことを覚知し,その後,同捜索に加わった。

午前4時52分ころ,本部消防署員ら②は,本件防火水槽内で桃子を発見したため,桃子の救助を開始し,午前5時10分ころ,桃子は,本件防火水槽内から引き上げられ,救急隊によって応急措置を施された上で新潟県立津川病院へ搬送されたが,午前6時30分ころ,死亡した。

(4)本件防火水槽は,深さ約2.2メートル,容積約40立方メートルほどの大きさであり,その取水口である本件マンホールは,本件駐車場の西側(県道側)に存在しており(別図参照),その直径は約90センチメートルである。本件マンホールには,普段は鉄製の蓋がされており,本件マンホールのある部分も含めて三川郵便局の駐車場として使用されていた。

(5)本件事故当時,本件防火水槽ないし本件マンホール付近には,本件駐車場地下部分に本件防火水槽があることや本件マンホールが本件防火水槽の取水口であることの標示はなかった。

3  争点

(1)二見が国家賠償法1条1項にいう「公務員」に当たるか(二見の公務員該当性)。

(2)二見又は七瀬昭男に,その職務を行うについて注意義務違反(以下「過失①」という。)があり,これにより桃子が死亡したか(過失①の有無及び因果関係)。

(3)北野に,その職務を行うについて注意義務違反(以下「過失②」という。)があり,これにより桃子が死亡したか(過失②の有無及び因果関係)。

(4)仮に上記(2),(3)が認められたとしても,二見,七瀬昭男,北野に違法性を阻却する事由があるか(違法性阻却の成否)。

(5)損害

4  争点に関する当事者の主張

(1)争点(1)(二見の公務員該当性)について

ア 原告の主張

国家賠償法1条1項にいう「公務員」とは,公務員たる身分を有することを要せず,公務を委託され,行政主体のために公権力を行使していると評価される者も含まれるものである。そして,消防法29条5項は,緊急の必要があるときには,消防吏員又は消防団員が火災の現場付近にある者に消防活動という公権力行使性(権力的行政作用)を有する行為を委託することができる旨規定していることからすると,同規定により委託された者は,行政組織法上の公務員たる身分を有しない者であっても,公的機関の補助者として委託事務を行ったと評価できるものである。

本件において,二見は,消防団OBに過ぎず,行政組織法上公務員たる身分を有さない。しかし,北野が二見に対して本件マンホールの蓋を開けるために二つのかぎ手を貸しているところ,北野は,かぎ手を貸す際に,二見が消火活動に従事する者であり,二見が本件マンホールの蓋を開けて消火活動に従事するためにかぎ手を借り受けたものであることを認識していた。そうすると,北野が二見に対してかぎ手を貸した行為は,消火活動という公権力行使性(権力的行政作用)を有する行為を委託したものといえ,二見らは,被告の補助者として公権力の行使をしたものであるというべきであり,国家賠償法1条1項にいう「公務員」に該当することが明らかである。

イ 被告の主張

二見は,本件事故当時,阿賀町消防団員ではなく,国家賠償法における「公務員」には該当しない。

原告は,消防署員の北野が二見に対し,本件マンホールの蓋を開けるためにかぎ手を貸していることを捉え,二見が被告の補助者として公権力の行使をしたものと主張する。しかし,本件事故当時,北野ら消防署員は,消火栓を水利として消火活動を行っていたことから,本件マンホールの蓋を開けるためにかぎ手を貸す行為をもって,消防署員の補助者として公権力の行使をしたものということはできない。

また,本件において,二見は,阿賀町の消防署員ないし消防団員から委託を受けて本件消火活動に従事したのではなく,本件火災現場の近隣住民として,自ら率先して本件消火活動に携わったのであり,北野が二見の求めに応じてかぎ手を貸しただけでは,二見の行為について被告の責任を問えるだけの委託関係は発生していないというべきである。

(2)争点(2)(過失①の有無及び因果関係)について

ア 原告の主張

(ア)本件事故発生当時,消火活動に当たって防火水槽を利用する場合,①吸水管を伸長してから蓋を開け,吸水管を投下した後は蓋をできる限り現場に復して人が転落しないような処置をすること,②これができない場合には,防火水槽の取水口の周囲に信号灯等を設置するなどの安全措置を講じ,できる限りその場を離れないことが,消火活動にあたる消防団員の遵守事項(遵守すべき規範)となっていた。しかし,二見及び七瀬昭男は,本件防火水槽に可搬ポンプや吸水管が到着しておらず,本件マンホールの蓋を開けても直ちに吸水管を投入できる状態にないことを認識しながら本件マンホールの蓋を開けたものである。

(イ)阿賀町消防団員の七瀬は,二見を残してその場を離れたが,その際,二見にその場に残るよう指示することもなかったのであって,七瀬昭男の上記行為は,上記遵守事項に違背するものであった。さらに,二見は,その後,本件マンホールの蓋を開けたままその場を離れ,開けられた蓋の周辺にはこれを監視する者がいない状態としたものであって,二見の上記行為も上記の遵守事項に違背するものであった。

(ウ)本件火災現場には,前照灯や回転灯を点灯した本件積載車や本件ポンプ車があったが,それらの灯りや本件火災による炎では,本件マンホールの位置を識別するに足りる十分な明るさはなく,本件マンホールの蓋が開けられた後,その周囲に信号灯等の安全装置も設置されてなかったため,本件マンホールの蓋が開いていると認識できる状態にはなかったものである。

また,本件事故当時は,本件防火水槽の存在自体が広く知られていなかったのであるが,その付近に防火水槽の標識等も設置されていなかった。

さらに,被告は,本件駐車場内に一般人が進入してくることは考えられない旨主張するが,本件駐車場内は閉鎖されておらず,本件マンホールに近づくことに何らの障害もない場所であったし,本件事故当時,本件マンホール付近にはポンプもなく,実際に消火活動に当たっている消防団員等もいなかったのであるから,一般人からみて,本件マンホール付近が消火活動に使用されている場所であると認識することはできなかったものである。さらに,本件火災は,午前4時過ぎに発生したものであるが,本件火災現場は民家が密集している地域であって,このような場所において火災が発生した場合,その時間を問わず不特定多数の住民等が外に出て,火災現場付近に来ることも容易に予見できる。

以上のことからすると,本件防火水槽の存在及びその取水口である本件マンホールの蓋が開いていることに気付かない一般人が,本件防火水槽に転落する危険性が十分にあったということができ,二見や七瀬もこのような危険を予見できたものである。

イ 被告の主張

(ア)本件事故当時,消火活動に当たって防火水槽を利用する際に原告が主張する手順を踏むことが消火活動に当たる消防団員の遵守事項となっていたとの主張については,否認する。

原告が主張する手順は,法令等により義務づけられたものではなく,本件事故以前に,阿賀町消防団は,このような手順で作業をすることについて指導を受けたことはなく,他の消防団でも,本件事故が発生した当時において,防火水槽の利用手順について原告が主張する手順をマニュアル化していたところは存在しないのであって,原告が主張する手順は,本件事故当時通例であり,かつ,必要であったとはいえない。

そして,本件消火活動においては,一人が何役もこなさなければ放水することができない人員の状況であり,しかも,本件防火水槽を使用して実際に訓練をしたことがなかった消防団員らにとっては,本件マンホールの蓋を開けるためにはどれくらい時間を要するのか等を把握していなかったのであって,可搬ポンプを運ぶ作業と同時進行で本件マンホールの蓋を開ける作業に取りかかったことは,消火活動の初期の段階においては,ごく自然な行動であったといえる。

(イ)本件マンホールの蓋を開放した後桃子が本件防火水槽に転落するまで,その付近に誰もいなかったという事実は,否認するが,仮に,上記事実が認められたとしても,次のとおり,七瀬昭男ないし二見に過失はない。

a 本件マンホールは,本件駐車場内に存在しているものであり,本件駐車場の構造からして,人が通り抜けることが全く想定できないこと,本件火災は,三川郵便局の営業時間外である午前4時過ぎに発生したものであって,このような時間帯に本件駐車場の奥へ人が進入することも考えられないこと,その構造上,県道と本件駐車場は明確に区別されていたことからすると,本件マンホールは,閉鎖された空間に存在していたといえる。また,本件火災当時,本件マンホールから5メートルも離れていない位置に消防署の本件ポンプ車があり,その周辺で消防署員が消火活動に従事していたこと,本件駐車場の位置は,いわば本件ポンプ車と本件火災現場との間に位置していたといえることから,一般人が,本件ポンプ車と本件火災現場との間にある本件駐車場に進入してくることは全く考えられなかった。

さらに,本件事故当時,本件火災の炎の明かりや,本件ポンプ車の前照灯,赤色灯及び計器灯の明かり,本件積載車のライト及び回転灯の明かりにより,本件マンホール周辺は,蓋が開いている状態を認識できる明るさであった。

加えて,七瀬昭男が本件マンホール付近から離れた時点では,すでに可搬ポンプが10メートルにも満たない位置まで運搬されてきていたものである。

以上のことからすると,七瀬昭男は,一般人が本件マンホールがある本件駐車場内に進入することや本件マンホールに転落することは全く予見できなかったものであり,二見についても同様である。

b 二見は,本件マンホール付近から離れる際,本件ポンプ車で作業をしていた北野に本件マンホールの蓋を開けたことを伝えており,漫然とその場から離れたわけではない。

(3)争点(3)(過失②の有無及び因果関係)について

ア 原告の主張

上記(1)アで述べたとおり,北野は,二見が消火活動に従事する者であり,二見が本件マンホールの蓋を開けて消火活動に従事するためにかぎ手を借り受けたことを認識していたのであるから,二見に対し,二つのかぎ手を貸与するに当たり,同人及び同人とともに消火活動に従事する七瀬昭男に対し,防火水槽を利用する際の適切な手順を踏むよう指示すべき注意義務を負っていたものというべきである。また,そのような注意義務を負っている以上,かぎ手を貸した後についても,二見らが適切な手順を踏んでいるかどうかについて確認すべき注意義務を負っていたものというべきである。それにもかかわらず,北野は,かぎ手を貸してから,本件防火水槽の付近を一度も見ておらず,二見らが適切な手順を踏んでいるかを全く確認していないのであって,上記注意義務に違反したものである。

イ 被告の主張

北野が二見を消防団員であると判断し,その求めに応じてかぎ手を貸与したことは認めるが,次のとおり,北野に過失はない。

北野がかぎ手を貸したのは本件消火活動の初期の段階であり,人手が足りない状況で,速やかに消火活動の準備を行わなければならない緊急を要する状況下であった。このような事情に鑑みても,北野は,二見を消防団員と認識し,かぎ手を貸した時点で,注意義務は尽くされているというべきである。

また,上記(2)イ(イ)と同様,北野においても,一般人が本件駐車場内に進入してくることを予見することはできなかったものであって,北野に過失はない。

(4)争点(4)(違法性阻却の成否)について

ア 被告の主張

(ア)仮に,二見,七瀬昭男又は北野に,何らかの過失行為が認められたとしても,本件マンホールの蓋を開ける行為は,消火活動の極めて初期の段階に行われた行為である。火元住民の安否の情報がなく,一刻も早く火元の火勢を弱め,近隣の住宅への延焼を防がなければならない状況下において,原告が主張する手順を踏まなければならないというのは現実的ではない。特に,本件においては,円滑に消火活動ができるだけの十分な人員は揃っておらず,一人で何役もこなさなければならない中で,吸水管の到着後に直ちに投入できるように,一人では移動させることが困難な重量の本件マンホールの蓋を開ける行為は,一刻も早く火元の火勢を弱め,近隣の住宅への延焼を防ぐという利益を守るため,やむを得ずにした行為と評価されるべきである。

(イ)また,北野がかぎ手を貸与した行為についても,本件消火活動の極めて初期の段階において,消防団が本件防火水槽を水利として消火活動をすることを支援する行為であり,それ自体,やむを得ずにした行為と評価されるべきものである。

(ウ)したがって,二見,七瀬昭男又は北野の行為は,民法720条1項の趣旨が妥当し,違法性が阻却される結果,被告は,損害賠償責任を負わないというべきである。

イ 原告の主張

(ア)原告は,二見又は七瀬昭男について,可搬ポンプや吸水管の到着を待たずに本件マンホールの蓋を開けたことだけではなく,本件マンホールの蓋を開けたまま何らの安全配慮の措置もとらずにその場を離れたことを過失行為として主張しているものである。

また,吸水管,延長管,可搬ポンプ等が揃わなければ本件防火水槽を水利として放水することはできないのであるから,これらを本件防火水槽の取水口である本件マンホール付近まで運搬することよりも本件マンホールの蓋を開ける行為が先行すべきではないし,その必要性もないから,可搬ポンプ等の運搬に先行して本件マンホールの蓋を開けたことについても,民法720条1項の趣旨が妥当することはない。

(イ)原告は,北野について,二見に対してかぎ手を貸与したこと自体を過失行為として主張しているものではないから,この点に係る被告の主張は失当である。

(5)争点(5)(損害)について

ア 原告の主張

桃子の死亡により生じた損害は,次のとおりである。

(ア)桃子の損害(原告がその賠償請求権を相続した。)

a 死亡慰謝料 2200万円

b 逸失利益  3371万6413円

桃子は,平成18年分給与所得として427万2335円を得ていたから,これを基礎収入額とし,生活費控除率を30パーセント,就業可能年数17年(死亡当時50歳であり,67歳まで就労可能である。)のライプニッツ係数11.274として,逸失利益は,3371万6413円(427万2335円×70%×11.274)となる。

(イ)原告固有の損害

a 葬儀費用  150万円

b 弁護士費用 570万円

本件訴訟提起及び追行のための弁護士費用としては,上記(ア)a,b及び(イ)aの損害額合計の1割が相当である。

(ウ)損害額合計 6291万6413円

イ 被告の主張

事実は知らない。評価は争う。第3 当裁判所の判断

1  前記前提事実及び証拠(乙17,乙18,証人五木正男)によれば,桃子は,五木,三田,四谷及び一色平男が可搬ポンプを運搬し,これを本件マンホール付近に置いたころに,本件マンホールから本件防火水槽内に転落したものと認められる。

2  前記前提事実,証拠(甲6,甲10,甲13,乙7,乙9,乙10の1~30,証人七瀬昭男,証人五木正男,証人北野四志夫)及び弁論の全趣旨によれば,次の事実を認めることができる。

(1)本件駐車場の構造及び本件マンホールの位置等

ア 三川郵便局の敷地内の南側全体に郵便局の建物(一部2階建)が,北側の一部に車庫(平屋建)が存在し,①県道に面した東西の幅が5~6メートルの部分と,②敷地の東側の凸部分が駐車場(本件駐車場。以下,上記①を「西側部分」,②を「東側部分」という。)となっている(別図参照)。

イ 県道と接する本件駐車場西側部分には,その北西部分に県道との境に高さ30センチメートル,長さ約3.5メートルの土台とその上に掲揚ポール2本及び掲示板が設置されているが,その余の部分は県道との間に高低差や障害物はない。また,本件駐車場西側部分と接する県道には,その境に側溝が存在し,同側溝にはコンクリート蓋とグレーチング蓋が交互に配置されている。

なお,本件駐車場西側部分付近の県道は,本件駐車場側から順に,側溝,津川方面へ向かう車道(幅員2.21メートル),消雪パイプ(幅員0.38メートル),新発田方面へ向かう車道(幅員2.31メートル),側溝が設置されている。

ウ 本件駐車場の北側は,西端から約5メートルの部分に高さ0.68メートルの塀が設置され,更にその東には高さ0.18~0.21メートルの塀が設置されるとともに,塀のすぐ南に上記車庫が存在している。また,本件駐車場の東側部分の北・東・南の三方には高さ1.3~1.34メートルの塀が設置されている。

エ 三川郵便局の建物の北西角から東に3~4メートルの部分から北に向かい,長さ3メートル弱のコンクリート製の塀が設置されており,同塀の北端と上記車庫の南西端付近に設置されているポールとの間には夜間等にチェーンがかけられることがある。

オ 本件マンホールは,本件駐車場西側部分の北端から約5~6メートル,西端から約1.5~2.5メートルほどの位置に存在する。

カ 本件マンホールの蓋は,地が本件駐車場のコンクリートの色と同様の灰色で,紺色で網目模様が施され,中心部分及び縁部分が赤色で着色されているが,蛍光塗料等は施されていなかった。

キ 本件ポンプ車付近からは,建物の陰等のため,本件火災の様子を視認することはできなかった。

ク 本件マンホールと本件火災現場との間には,三川郵便局の建物が存在する。

(2)本件消火活動時の本件マンホール付近の明るさ等

ア 本件事故日である平成19年10月27日の日の出の時刻は,午前6時過ぎころであり,本件事故は,日の出の約1時間半前に起こったものであった。

イ 本件消火活動を行っていた際,雨が降っていたが,視界を妨げるほどのものではなかった。

ウ 本件マンホールと本件積載車右前方部との直線距離は,39.16メートルであり,本件積載車の前照灯は,点灯していた。

エ 本件マンホールからみて,県道をはさみ真西にあたるところに本件ポンプ車の後部半分ほどが位置しており,本件ポンプ車の前照灯,車両上部にある赤色回転灯,車両両側後部にそれぞれ設置された計器類を照らすための蛍光灯(計器灯)は,点灯していた。

オ 少なくとも本件ポンプ車の付近では本件火災の炎の明るさを確認できた。

(3)本件防火水槽の水を利用して消火活動を行おうとする際,放水を開始するのに必要な機材を一度に運搬しようとすると,本件積載車に搭載されていた可搬ポンプを本件マンホール付近まで運ぶために4名,吸水管を運ぶために2名,ホース及び筒先を運ぶために数名の人員が必要であった。

(4)本件マンホール付近の消防団員等の出入り

ア 七瀬昭男は,当初,可搬ポンプが搭載されている本件積載車付近に駆けつけたが,自らの外に可搬ポンプを運搬するために必要な4名の人員が集まったこと及び本件ポンプ車の方向から「マンホールを開けろ」との声を聞いたことから,本件マンホールの蓋を開けるため,本件マンホール付近へ駆けつけた。

イ 二見は,北野に対し,本件マンホールの蓋を開けるために道具を貸して欲しい旨を伝え,北野は,二見が本件マンホールの蓋を開けるために使用するものであることを認識した上で二つのかぎ手を貸与した。

ウ 七瀬昭男は,二見と二人で本件マンホールの蓋を開けた後,本件マンホール付近を離れてホース展開等の確認へ向かったが,この際,三川郵便局の建物前の県道上で,本件積載車から本件マンホール方向へ可搬ポンプを運搬する五木,三田,四谷及び一色平男とすれ違った。

エ 五木,三田,四谷及び一色平男が本件マンホール付近まで可搬ポンプを運搬してきた時には,本件マンホール付近には,消防署員,消防団員,消防団OBその他の本件防火水槽に人が転落しないように監視等をする者はいなかった。

オ 五木は,可搬ポンプの右前の取っ手を両手で持ってこれを運んできたが,本件マンホールの存在を知っていたものの,可搬ポンプを本件マンホール付近に置いたところで初めてその蓋が開放されていることに気付いた。このとき,五木と本件マンホールとの距離は約1メートルであった。

(5)平成16年に発行された警防活動研究会編集の『消防職団員のための警防活動時安全管理マニュアル』(甲10)には,水利に係る消火活動をする消防職団員が吸水管を操作する際には,特に夜間の場合には消火栓及び防火水槽の蓋を開放するときに防火水槽等への転落を防止することや,消火栓を使用する際には,転落防止のため消火栓の蓋を吸水管伸長後に開けることが注意喚起されている。

3  争点(1)(公務員該当性)について

(1)消防組織法によれば,市町村が当該市町村の区域における消防を十分に果たす責任を負い,その消防に係る費用を負担し,その消防事務を処理するため,消防本部,消防署,消防団の全部又は一部を設置することとされており,消防法によれば,消防吏員又は消防団員が火災の現場において必要のある場合には一定の権力的な作用も行うことができるとされていることに鑑みれば,消火活動は,市町村が本来的に行うべき事務(公務)であるということができ,国賠法1条1項の「公権力の行使」に該当するものと解される。

(2)前記前提事実及び上記認定事実によれば,本件火災に対し,被告の消防署員ら及び消防団員らが中心となって,主に前者は本件消火栓を水利として,主に後者は本件防火水槽を水利として,一体となって本件消火活動に当たっていたということができ,さらに,本件防火水槽を水利として放水しようとするには,可搬ポンプ等の運搬や本件マンホールの蓋の開放作業等を要するところ,消防団OBの五木が消防団員ら3名とともに可搬ポンプの運搬に,消防団OBの二見が消防署員の北野からかぎ手を借りた上で消防団員の七瀬昭男とともに本件マンホールの蓋の開放作業に従事し(なお,本件全証拠を勘案しても,五木や二見が本件消火活動に従事することについて,消防署員ないし消防団員らが制止等をしたような事情をうかがうことはできず,かえって,同人らの活動を容認していた様子がうかがわれる。),その結果,本件防火水槽を水利として放水を開始することが可能となり,すでに本件消火栓を水利として放水を開始していた消防署員らとともに,本件火災に対する消火活動を行っていたことが認められる。

(3)そうすると,被告の消防署員ら及び消防団員らが一体となって被告の公務である本件消火活動に当たっており,その中で,消防団OBの五木や二見が水利の確保に不可欠な作業に従事していたということができる上,上記認定事実のとおり,二見は,本件マンホールの蓋を開けるために北野からかぎ手を借り,これを使用して七瀬昭男とともに本件マンホールの蓋を開けたこと,北野は,二見にかぎ手を貸与する際,二見が本件マンホールの蓋を開けるためにかぎ手を借りたものであると認識していたこと等の事情も併せ考慮すると,二見は,本件消火活動につき被告が本来有する公的な権限を委託されて被告のためにこれを行使したものと評価することができるのであって,二見の本件マンホールの蓋を開けること及びこれに関連する行為は,被告の公権力の行使に当たる公務員の職務行為と解するのが相当である。4 争点(2)(過失①の有無及び因果関係)について

(1)前記前提事実のとおり,二見及び七瀬昭男が本件マンホールの蓋を開けた際,その付近には上記2名以外はおらず,さらに,七瀬昭男が本件マンホール付近を離れた後,二見も本件マンホール付近を離れているが,上記1で認定した七瀬昭男,二見,五木らの動き等に照らすと,二見が本件マンホール付近を離れてから五木らが可搬ポンプを運搬してくるまでの間,本件マンホール付近には,消防署員,消防団員,消防団OBその他の本件防火水槽に人が転落しないように監視等をする者はいなかったと認められる。

この点,本件火災を見物していた証人黄田涼は上記認定に反する証言をするが,実際に本件消火活動に従事した証人七瀬昭男及び証人五木の証言並びに三田,四谷及び一色平男作成に係る陳述書(乙17~19)の記載は,上記認定と符合する内容で概ね一致しており,証人黄田涼の証言は,これらの証言ないし陳述書の記載内容と重要部分において大きく矛盾しており,信用することができない。

(2)ア  本件事故は,午前4時半ころという通常は人の通行等があまり見込まれない時間帯に起こったものであるが,前記前提事実のとおり,本件火災に係るオフトーク放送が実施されていたこと等の事情を考慮すると,本件消火活動に従事した者にとって,オフトーク放送で本件火災を覚知するなどした近隣住民等の一般人が本件火災現場の周辺に集まることは十分予見することができたということができる。そして,前記前提事実及び上記2で認定した本件駐車場の構造,本件マンホールの位置,その場所が駐車場として利用されている場所であること,本件火災現場と本件駐車場との位置関係等の事情を総合考慮すると,二見及び七瀬昭男において,本件駐車場内に進入する者がいることも予見することが可能であったと認められる。

イ この点,被告は,本件駐車場は県道と明確に区別されていること,本件駐車場は通り抜けできないこと等を挙げて,本件マンホールが閉鎖された空間に存在していたといえると主張する。

しかし,上記2で認定したとおり,県道から本件駐車場西側部分へ進入するのに物理的な障害はほとんどないし,実際に駐車場として利用されているのであるから,本件マンホールが存在する本件駐車場が物理的に閉鎖された空間であるということはできない。

また,上記2で認定した本件駐車場の構造,本件火災現場との位置関係等を併せ考慮すると,本件駐車場東側部分は,本件火災現場から一定の距離を保ちながら本件火災の様子をうかがうことが可能な場所ということができ,そうすると,本件火災の様子をうかがおうとするなどして本件駐車場西側部分から東側部分へ通行しようとする者がいることも十二分に考えられるのであって,本件駐車場が通り抜けできない構造となっているからといって,本件マンホールが閉鎖された空間に存在していたということはできない。

ウ さらに,被告は,本件消火活動をしている本件駐車場内に一般人が進入してくることは全く考えられなかったなどと主張する。

しかし,前記前提事実及び上記2で認定した本件火災現場と本件駐車場との位置関係,本件積載車や本件ポンプ車と本件駐車場との位置関係,本件事故当時の消防署員,消防団員ないし消防団OBらの動き等からすると,本件消火活動に従事している者らにおいて,本件マンホール付近が本件消火活動の活動区域内であることが認識できたとしても,一般人にとって同様の認識を得ることが容易であったということはできない。本件消火活動の一部始終を見ていたなどの事情があればともかく,そのような事情のない一般人をして,本件マンホール付近が本件消火活動の活動区域内であると認識するのは必ずしも容易でないものと考えられる。さらに,前記前提事実のとおり,本件事故当時は本件防火水槽ないし本件マンホール付近にその存在を示す標識等も存在しなかったことからすると,一般の住民の中にはその存在を知らなかった者もいたと考えられ,そのような者にとっては,本件マンホール付近が本件消火活動の活動区域内であると認識するのは容易ではなかったものと認められる。

そうすると,本件消火活動に従事している者らは,自らの認識と一般人らの認識とが共通のものであると信じ込むのではなく,本件マンホール付近が本件消火活動の活動区域内であると認識できなかった一般人等がその付近に進入することを予見すべきであったし,予見できたものといわざるを得ない。したがって,この点に関する被告の主張は採用できない。

(3)上記(2)で認定したとおり,本件マンホール付近に一般人が進入することが予見できるところ,前記前提事実及び上記認定事実のとおり,本件事故当時は日の出前であったこと,本件マンホールの蓋の色や同蓋には蛍光塗料が施されているなどしていなかったこと,本件マンホールの存在を知っていた五木も,可搬ポンプを運んできた際,本件マンホールから約1メートルのところで初めてその蓋が開いていることに気付いたこと等を併せ考えると,二見及び七瀬昭男において,本件マンホールの蓋が開放されていることについて何らの措置を講じなかった場合,本件マンホール付近に進入した一般人が,本件マンホールの蓋が開いていることを認識できずに誤って本件マンホールから本件防火水槽内へ転落することも予見可能であったと認められる。

この点,被告は,本件事故当時,本件火災の炎の明かりや本件ポンプ車及び本件積載車の前照灯の光で,本件マンホール周辺は蓋が開いている状態を認識できる明るさであった旨主張する。しかし,上記2で認定した本件マンホールと本件ポンプ車や本件積載車との距離ないし位置関係等に照らすと,これらの光によって,本件マンホールの蓋が開いている状態を認識できる明るさがあったと認めることはできない。また,上記2で認定したとおり,本件マンホールと本件火災現場との間には三川郵便局の建物が存在していたこと等の事実に照らすと,本件火災の炎の明かりによって,本件マンホールの蓋が開いている状態を認識できる明るさがあったと認めることはできない(かえって,三川郵便局の建物の影により,本件マンホールの視認が困難であった可能性すらうかがわれる。)。

(4)以上のとおり,本件マンホール付近に人が進入することが予見でき,また,本件マンホールの蓋が開放されていることについて何らの措置を講じなかった場合,本件マンホール付近に進入してきた者が本件マンホールから本件防火水槽内に転落することも予見可能であった。そして,前記前提事実で摘示した本件防火水槽の構造等からすれば,人が転落した場合には,転落した者が生命を失いかねない危険があることは明らかであるところ,七瀬昭男及び二見の消防団員としての経歴等からすれば,防火水槽の危険性については十分認識があったと認められる。

もっとも,七瀬昭男については,本件マンホール付近を離れた時に二見が同所に残っていたから,同所を離れても二見によって本件マンホールの蓋が開放されていることについて何らかの対処がされると期待するのが通常であり,七瀬昭男が同所を離れたことをもって,過失があったと断ずることは困難というべきである。

これに対し,二見については,上記(1)のとおり,七瀬昭男が本件マンホール付近から離れた後,二見が本件マンホール付近にいる唯一の者となったのであるから,二見は,自らがその場に留まって本件防火水槽に人が転落しないように監視等をするか,あるいは,本件マンホール付近を離れるのであれば,誤って人が本件防火水槽内へ転落することのないよう,本件マンホールの周囲に危険性を知らせる標識を設置するなどの転落防止の措置を講じる義務があったというべきである。しかしながら,二見は,そのような措置を講じないまま,本件マンホール付近から離れたものであり,二見には,本件消火活動を行うにつき注意義務違反があったと認めるのが相当である。

この点,被告は,二見が本件マンホール付近から離れる際,北野に本件マンホールの蓋を開けたことを伝えたと主張するが,そのような事実があったとしても,自身に代わり本件防火水槽に人が転落しないように監視等をするものを手配したなどの事情があれば格別,単に本件マンホールの蓋を開けたことを伝えただけでは,上記義務を果たしたとはいえない。

(5)前記前提事実及び上記認定事実よれば,二見が転落防止の措置を講じないまま本件マンホール付近を離れた結果,桃子が蓋の開放された本件マンホールから本件防火水槽内に転落し,これにより溺死したものと認められる。

5  争点(4)(違法性阻却の成否)について

前記前提事実及び上記認定事実の全てを勘案しても,二見が本件マンホールの周囲に転落防止の措置を講じないままその付近から離れたことがやむを得ずにした行為であると認めることはできず,他にこれを認めるに足りる証拠はない。

6  争点(5)(損害)について

(1)逸失利益

証拠(甲5)によれば,桃子が本件事故の前年である平成18年に給与として427万2335円を得ていたことが認められるから,これを基礎収入額とし,生活費控除率を30パーセントとし,前記前提事実のとおり,桃子は,昭和32年7月*日生まれで,死亡当時50歳であったから,就労可能期間を17年間としてライプニッツ係数11.274により中間利息を控除して逸失利益の原価を算定すると,3371万6413円となる。

【計算式】

427万2335円

×(1-0.3)×11.274=3371万6413円

(2)死亡慰謝料

本件過失の内容,桃子の年齢,その他本件における一切の事情を考慮すると,死亡慰謝料は2200万円と認めるのが相当である。

(3)葬儀関係費用

本件不法行為と相当因果関係のある葬儀関係費用としては,150万円と認めるのが相当である。

(4)弁護士費用

原告が本件訴訟の提起及び遂行を弁護士らに委任したことは当裁判所に顕著であり,本件事案の内容,審理の経過及び認容額等の事情を考慮すると,原告に生じた弁護士費用のうち570万円については,本件不法行為と相当因果関係のある損害として被告に負担させるべきものと認めるのが相当である。

(5)損害額合計

原告は,前記前提事実のとおり,桃子の母であり,桃子には配偶者や子はいなかったのであるから,本件不法行為により桃子に生じた上記(1)及び(2)の損害の賠償請求権を全て相続し,また,本件不法行為により,原告には上記(3)及び(4)の損害が生じたものであって,これらの合計額は,6291万6413円である。

(6)なお,前記4で認定,説示したとおり,本件駐車場は,物理的に閉鎖された空間とはいえず,また,一般人にとって,本件マンホール付近が本件消火活動の活動区域内であると認識するのは容易でない上,本件事故当時,本件マンホールの蓋が開いている状態を認識できる明るさがあったとは認められないのであるから,桃子が本件駐車場内に入って行き,本件マンホールから転落したことについて,桃子に過失があったと認めることはできない。したがって,本件において,過失相殺はされるべきではない。

第4  結論

以上によれば,原告の請求は理由があるからこれを認容することとして,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 森一岳 裁判官 五十嵐浩介 裁判官 瀨沼美貴)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例