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新潟地方裁判所 平成20年(行ウ)10号 判決 2010年11月11日

主文

1  五泉市長の原告に対する平成18年2月17日付けの戒告処分を取り消す。

2  被告は、原告に対し、金11万円及びこれに対する平成18年2月17日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

3  原告のその余の請求を棄却する。

4  訴訟費用は、これを5分し、その1を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。

事実及び理由

第1請求

1  主文第1項同旨。

2  被告は、原告に対し、金110万円及びこれに対する平成18年2月17日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

第2事案の概要

本件は、五泉市a課課長補佐であった原告が、平成18年2月17日、五泉市長から、五泉市a課b室c係長による同課同係主事補に対するセクハラ事件(以下「本件事件」という。)について、部下の管理監督を怠ったとして戒告処分を受けたこと(以下「本件処分」という。)に関し、①原告は管理監督責任の主体とならないこと、②原告は管理監督義務を懈怠していないこと、③本件処分が懲戒権の濫用、逸脱に当たること、④本件処分における理由附記違反があること、⑤本件処分理由の主張が理由の差し替えに当たることから違法であるとして、被告に取消しを求めるとともに、本件処分が違法な公権力の行使に当たるとして、国家賠償法1条1項に基づき、慰謝料、弁護士費用合計110万円及び本件処分の日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。

1  前提事実(争いのない事実並びに証拠及び弁論の全趣旨から容易に認定できる事実)

(1)  原告について

ア 五泉市職員としての経歴概要

昭和48年4月1日 採用

平成11年4月1日 生涯学習課課長補佐

平成16年4月1日 a課課長補佐

平成18年1月1日 a課課長補佐兼b室室長

平成18年3月31日 退職

イ 原告は、労働基準法41条が定める管理監督職員として法定労働時間の適用除外を受けておらず、また、地方公務員法52条3項により、職員団体への加入が制限されている「管理的地位にある職員」、「監督的地位にある職員」として取り扱われていない(乙14の2)。原告は時間外手当が支給される一方、管理職手当は支給されておらず、職員組合の組合員である。

ウ 原告は、平成18年2月1日の午後は、年次休暇を取得していた。

エ 原告は、本件処分以外に過去に懲戒処分を受けたことがない。

(2)  a課について

a課は、b室とd室に分かれ、さらにb室はe係とc係とに分かれている(甲4、乙1)。

平成18年1月当時のa課所属人員は25名であり、課長の下に課長補佐兼b室室長(原告)及び課長補佐兼d室室長がおり、b室にはe係及びc係があり、c係は、係長(加害者)及び主査3名、主事補2名(うち1名が被害者)からなる。e係及びc係の事務内容はそれぞれ個人・法人e等、固定c等に関する事務であった(乙2)。

(3)  五泉市組織規則上の職掌(甲4)

ア 課長、局長、所長 所管事務の掌理及び所属職員の指揮監督

イ 課長補佐、次長 課長等の補佐及び課等の事務処理

ウ 室長 室の事務の統括及び所属職員の指揮監督

(4)  本件事件

ア 本件事件の加害者はb室所管のc係主幹兼b室係長の男性であり、被害者は同係主事補の女性であった。

イ 平成18年2月1日、加害者が資産調査に外出した際、同行した被害者に対し、加害者所有のアパートの1室に休憩と称して同伴し、わいせつな行為に及んだ。

被害者は、同人の先輩である同係の主査に相談し、主査はそのことを総務課に報告相談した結果、セクハラ事件として発覚した。

ウ 事件の経緯及び概要は次のとおりである(乙9、40の1、40の2、41の1ないし41の3)。

平成17年の秋ころ、被害者は、加害者と長岡に出張した際、○○に連れて行かれ、温泉に入り、午後7時前に五泉市に戻った。

その後、被害者は、通常のとおり、業務についていた。

平成17年11月末ころ、被害者と加害者が家屋調査に外出した際のトイレ休憩を、加害者のアパートでとるようになった(加害者の自宅でとることもあった)。加害者のアパートには、お菓子やジュースがおいてあるので、何回か休憩を重ねるごとにさぼりのように休憩することが多くなった。そのとき、加害者が被害者の手相をみることもあった。被害者は、加害者からアパートで休憩していることは、係内で言わないように口止めされており、また、他の職員からいじめられそうで係で言うことができなかった。アパートでの休憩は、本件事件までの間、1回20分から30分程度で、10回位行われた。

その後、被害者は、家屋調査は加害者と組まねばならなかったが、家屋調査に出てアパートに行くのがいやになり、平成17年11月7日、12月7日及び平成18年1月19日に年休を取った。被害者は、急な年休の届出(当日に届け出るもの)をする際には、電話に出た職員に伝えていたが、加害者から「年休については、上司に言うべきではないか。ドタキャンするな。」等の暴言をはかれた。

平成18年1月31日、被害者が農業委員会の依頼により仕事をしていると、加害者は、「a課の職員の仕事ではない。」、「a課の職員に仕事を手伝ってほしければ文書をもってこい。」と怒鳴るように言った。

同日夜、被害者の携帯に加害者から4回電話があったが、被害者は電話に出なかった。

平成18年2月1日午前、被害者は加害者と家屋調査に出た。車中で、被害者は、加害者から、前日の言動につき謝罪された。その際、加害者は被害者に対し、市町村合併後、業務の半分を別の者に変えたにもかかわらず、他課の職員の対応をしていることについて、恩を仇で返すのかとも言った。

同日午後、本件事件が発生した。その際、加害者は私有車を使用していた(他の家屋調査は公用車で行われた。)。

(5)  本件事件に関する関係者の処分

五泉市長は、本件を五泉市職員懲戒審査委員会に諮問し、その具申を受けた上で、平成18年2月17日、関係者を次のとおり懲戒処分した。

ア 加害者 停職2か月

イ a課長 減給10分の1(1か月)

ウ 原告 戒告

(ア) 懲戒処分書(甲1)の概要は次のとおり。

職名 課長補佐

所属 a課

懲戒処分の内容 地方公務員法第29条第1項第2号並びに五泉市職員の懲戒の手続き及び効果に関する条例により懲戒処分として戒告する。

(イ) 処分説明書(甲1)の概要は次のとおり。

処分者 五泉市長 A

被処分者 氏名 原告

職名 課長補佐

所属 a課

処分の内容 処分発令日 平成18年2月17日

処分効力発生日 平成18年2月17日

処分説明書交付日 平成18年2月17日

法令根拠 地方公務員法第29条第1項第2号並びに五泉市職員の懲戒の手続き及び効果に関する条例

処分理由 平成18年2月2日にa課職員の申し出により、同課の係長と部下との間でセクハラの事実が判明した。上司に対して相談や訴えができない職場環境であった。管理職を補佐し職場・職員の管理監督を怠ったことは誠に遺憾である。よって、その責を問い戒告する。

(6)  原告は、平成18年3月15日、五泉市公平委員会に対し本件処分について地方公務員法49条の2第1項の規定により審査請求をし、同月28日、同委員会に受理された(乙10)。

五泉市公平委員会は、同年10月4日、11月1日、平成19年2月16日に準備手続を行った上(乙6、18、22)、同年3月29日、5月9日、6月1日、同月5日、9月25日の5回にわたり口頭審理を行い(甲10、11、乙23、26、32)、同年12月25日、原告の不服申立を棄却する裁決を行った(甲2)。

これを受けて、原告は、平成20年6月17日、本件訴えを提起した。

2  争点

(1)  本件処分の適法性

ア 原告が管理監督責任を負う主体か

イ 原告に管理監督義務の懈怠があったか否か

ウ 懲戒権の逸脱・濫用について

エ 理由附記違反について

オ 理由の追加差し替えについて

(2)  国家賠償責任・損害の有無

3  争点(1)アに関する当事者の主張(原告が管理監督責任を負う主体か)

(1)  原告の主張

ア 法律上の「管理監督者」に当たらない。

(ア) 原告の地位は課長補佐であって、被告における管理監督職員ではない。すなわち、原告は労働基準法41条が定める管理監督職員として法定労働時間の適用除外を受けていない。また、地方公務員法52条3項により、職員団体への加入が制限されている「管理的地位にある職員」、「監督的地位にある職員」として取り扱われていない。原告は時間外手当が支給される一方、管理職手当は支給されておらず、職員組合の組合員である。したがって、原告が管理監督者であることに基づく本件処分はその前提に誤りがある。

(イ) 地方公務員法32条に関する主張について

a 地方公務員法32条は、上司の監督責任を根拠づける規定ではない。

地方公務員法32条は、その文理からすると、部下が上司の命令に従うべき義務を負うことを根拠づける条文であって、この条文が、上司の立場にある者に部下を監督すべき義務を課していると読むことは到底できない。

b 原告は、加害者及び被害者の職務上の上司ではない。

「上司(地方公務員法32条)」とは、職務機能の上級下級の関係を前提として、その職員を指揮監督する機能を有する上級の職にある者をいい、単に職務上の等級、階級などが上位であっても、職員を指揮監督する権限を有しない者は、その職員との関係においては、「上司」ではない。したがって、単に組織図において、原告が加害者や被害者より職務上の等級、階級が上位であることのみをもって、原告が服務監督権を有する「上司」であるということはできず、規定上あるいは実際上、原告が実質的に服務監督権を有する立場にあったということが必要である。そして、後記イ(ア)、(イ)のとおり、少なくとも、本件事件発生について、被告が問題としている服務監督権行使の懈怠との関係でいえば、原告は服務監督権を有する上司の立場にあったとは認められない。

イ 五泉市の条例等からしても、職務上の監督義務を認めることができない。

(ア) 被告が主張する原告の服務監督義務違反事実のうち「①出張時の服務規程違反行為の看過」、「②外出時の服務規程違反行為の看過」、「③外出時の私有車使用の承認の形骸化」、「④有給休暇取得手続違反に対する監督権行使の懈怠」については、いずれも命令許可においては課長が決裁権限者であり、原告には決裁権限がない。

(イ) 被告が主張する原告の服務監督義務違反事実のうち「⑤職場内言動に対する服務監督権行使の懈怠」、「⑥上司に対して訴えや相談ができない職場環境の改善懈怠」という点に関しても、一般的な課内職員に対する指揮監督については、「所管事務の掌理及び所属職員の指揮監督」を職務内容とする課長の権限である。

ウ なお、五泉市組織規則では、課長補佐の職務内容は「課長等を補佐」とされているが、前記のとおり、課長補佐は管理監督者でなく、具体的な決裁権限も有していないのであるから、「課長等を補佐」という抽象的な規定のみから、職員に対する具体的な服務監督権を認めることはできない。また、五泉市組織規則によれば、課長補佐の職務は「課長等の補佐及び課等の事務処理」であり、指揮監督権限は明らかとされておらず、少なくとも、課長の命を受けずして指揮監督を行うことは予定されていない。

エ また、五泉市事務処理規則(乙5)は「課長不在のときは、参事又は課長補佐が代決する(12条)」と規定しているが、この規定は、決裁者が不在のときにいかなる決裁もすることができないのでは支障があることから、課長が不在のときのみ課長補佐等が代決できる旨を定めたもので、その場合であっても、「速やかに決裁権者の後閲を受けなければならない(14条)」と定められている。すなわち、普段は、課長補佐や参事は、決裁権限はないことはもちろん、代決することもできないのであって、言い換えれば、課長が現実に決裁している場合に課長補佐が決裁することも承認することもできない。

よって、代決の定めを根拠として、原告に服務監督権があったとする被告の主張は失当である。

オ 被告は、平成18年1月1日から、村松町との合併に伴いb室長の兼任辞令を発していることを根拠に、前記組織規則上、所属職員の指揮監督権限があるとしている。しかし、原告は、課長補佐として本件処分を受けている。また、原告は、b室長兼任の辞令に際しても指揮監督権限について何ら説明を受けておらず、b室長兼任辞令の後も原告は法人税の実務を担当しており、その職務内容の変更はなかった。

カ 以上からすれば、原告については、懲戒処分の前提となる指揮監督権限はないか、あったとしても、課長の命を受けて行使することが前提とされているものである。仮に、課長補佐独自の指揮監督権限が予定されているとしても、そこで期待される指揮監督とは、日常の職務に関する事務処理の適正等についての指導にとどまる。

(2)  被告の主張

ア 五泉市の条例等からすれば、原告に職務上の監督義務がある。

(ア) 地方公務員法32条によれば、職員は、その職務を遂行するに当たって、上司の職務上の命令に忠実に従わなければならないと定められており、職務上の上司(部下の職員との関係で職務命令を発しうる上司)は、部下である職員に対し服務義務に従うことを要求し、また、服務を能率的かつ適正に遂行するために、職務上の命令を発する権限を持っている。このような職務上の上司による服務監督権の適正・妥当な行使は、当該上司の「職務義務」に属するものである。

部下の職員が「職務を遂行するについて」法令、条例、規則、規程に違反した場合には、監督者は、上司としての職務上の命令を発し、部下の職務遂行が適法に行われるよう常に注意する職務上の義務を負うのであり、監督責任が生じている。また、職員は、その職の信用を傷つけ、又は、職員の職全体の不名誉となるような行為をしてはならない(地方公務員法33条)ものであるから、私行上の非違行為にも監督責任が及ぶことがありうるものである。このことは懲戒処分の意義(職員の一定の義務違反に対する道義的責任を問うことにより、地方公共団体における規律と公務遂行の秩序を維持することを目的とする処分)からしても明らかである。

(イ)① 五泉市事務処理規則は、「課長が不在のときは参事又は課長補佐がその事務を代決する(12条)」として、副次的、潜在的に原告の服務監督権を規定している。したがって、「規定上」原告は課長に代わって服務監督権を行使しうる立場にある。

② 五泉市組織規則12条によっても、課長の職務が「所属職員の指揮監督」であり、課長補佐の職務が「課長等の補佐」とされている。上記の組織規則は、課長補佐の職務について、指揮監督権を行使する課長の職務を補佐すると規定されているのであるから、「補佐」の職務対象から「指揮監督」が除外される理由はない。また、課長の命令を受けなかったから服務監督権がないとすることは理由がない。

(ウ)① 原告は平成16年4月1日から五泉市a課課長補佐の職にあり、平成18年1月1日の新市移行後は同じくa課b室長の職にあった。

a課は、市の組織上市長部局に属し、その職員は25名にのぼり、処分時点における原告のb室はe係、c係の2係を所管しており、同室の所属員は15名であった。毎月1回以上の課長会議の前後には、課長、課長補佐(室長)、係長が会議を設け、職場所属職員に対する必要事項の伝達や職場運営の問題点を協議していたものである。

したがって、原告は、a課長のもとで、同課長を補佐し、同課b室長として同職場の運営やその規律の維持にあたっていたものである。

② 課長補佐・室長の職掌

五泉市組織規則によれば、課長補佐及び室長の職掌は、第2、1、(3)のとおりであり、課長補佐の職掌とb室長の職掌は、原告の執務内容からして分かちがたく、一体として遂行されていたものである。したがって、当該役職にあった原告としては、その組織における職掌として「課長の補佐」及び「所属職員の指揮監督」を遂行しなければならなかった立場にあったものである。

③ 職務の遂行方法

前記の課長補佐・室長の職掌の職務遂行の方法としては、①課長や所属職員との協議、合議による遂行、②協議や合議に反する行為に対しての指導、③指導に従わない職員に対する課長の監督職権発動の上申行為である。したがって、原告は、課長の職務遂行の一翼を担って、「補佐」行為として、または、「指揮監督」行為として上記のいずれかの方法を駆使できたものである。

④ 以上の職務遂行によって、課長補佐・室長としての原告は、原告が所属していたa課の職場運営や規律の維持に寄与し、「上司に対して相談や訴えができない職場環境」の改善に貢献し得たものである。もとより、その「補佐」行為や「指揮監督」行為が具体的にいかなるものであるべきで、どのような効果があげられたであろうかということは、問題の質により千差万別であり、本件でも細かく特定できるものではないが、職場の規律維持のために、本来、守るべき職場規律について、課長はじめ課長補佐・室長が遵守する努力を怠らないようにすべきであったことは、一つの指標であることは間違いない。

イ 原告の主張に対する反論

(ア) 労働基準法上の管理監督職員や地方公務員法上の「管理的地位にある職員」、「監督的地位にある職員」として取り扱われていないことをもって、行政組織上の管理監督関係を解釈することは正当でない。

(イ) 原告は、本件において、各種決裁の代決をしたことも無ければ、代決以外の関与もなかったことから、服務監督権が実質的にない旨の主張をするが、「規定上」明白に存在する服務監督権と実際にこれを行使したか否かは別であり、実際に行使しなかったからといって、「規定上」も服務監督権が消滅する訳ではない。

ウ 以上のとおり、原告は、a課における課長補佐・室長の職にあり、その職掌としての「補佐」や「指揮監督」が予定されており、その職務遂行によって、a課の職場運営や規律の維持に寄与し、「上司に対して相談や訴えができない職場環境」の改善に貢献し得たものである。したがって、本件処分には理由がある。

4  争点(1)イに関する当事者の主張(原告に管理監督義務の懈怠があったか否か)

(1)  原告の主張

仮に、原告が、課長補佐の地位ないし代決を行うべき立場から何らかの監督義務の存在が認められるとしても、次のとおり、原告が義務を怠ったり、義務に違反した事実はなく、本件事件発生につながるような服務監督権解怠の事実はない。

ア 出張時の服務規程違反の看過について

出張命令及びその復命の受理等に関しては「課長」の専決事項であり、現実に課長が決裁していたのであるから、「課長補佐」である原告は、決裁をする余地はなく、職務命令を発する余地はない。

そもそも、加害者が出張時に○○に赴いたことについては、それを知ることは不可能であり、加害者の私用車使用については、五泉市私用車公務使用要綱の「やむを得ない場合」に該当する可能性があり、加害者に服務規程違反の事実があったかどうか定かではない。

イ 外出時の服務規程違反行為の看過について

職員は「用務と所要時間」を私有車使用簿に記入し、決裁権者である「課長」の決裁を受けていたものであり、「課長補佐」である原告は、決裁をする余地はなく、職務命令を発する余地はない。

ウ 外出時の私有車使用の承認の形式化・形骸化について

外出時の私有車使用については「課長」の決裁事項であり、現実に課長が決裁していたのであるから、「課長補佐」である原告には、決裁する余地も、職務命令を発する余地もない。

なお、市内出張命令簿を備えていないということに関しては、そもそもこの市内出張命令簿は原告が勤務していたa課だけでなく、他課においても備えられておらず、しかも本件の後もその点を是正するよう指導がされたこともない。

エ 有給休暇取得手続違反に対する服務監督権行使の懈怠について

年休取得は「課長」の決裁事項であり、現実に課長が決裁していたのであるから、「課長補佐」である原告が決裁することも、職務命令を発する余地もない。

五泉市においては、一般に有給休暇について当日申請することが許容されていた上、有給休暇取得の理由は使用者に伝える必要のない事項であり、その理由を尋ねることが不適切な場合が多い事項である。そうすると、有給休暇について監督権を発動して是正すること自体不当であり、原告が管理監督して是正すべきであったとはいえない。また、本件後も、有給休暇の当日申請を是正する旨の通達や当日申請の場合には理由を聞くような指導がなされたこともなく、原告に有給休暇の当日申請を是正させたり、その理由を尋ねたりする義務があったとはいえない。

オ 加害者による職場内言動に対する服務監督権行使の懈怠

(ア) 第2、3、(1)、イ、(イ)のとおり、この点に関する服務監督義務は「課長」にあり、原告にはない。

(イ) 被告は、原告が粗暴な言動をする加害者に対し、その言動を改めさせることを怠った旨主張する。しかし、加害者の粗暴性について具体的に明らかになっておらず、原告が具体的にどのように対応してどのように言動を改めさせるべきであったのかも明らかでない。また、被告が問題とする平成18年1月31日の加害者の暴言については、原告は、その場に居合わせた記憶がない。

カ 本件職場の職場環境改善懈怠について

(ア) 第2、3、(1)、イ、(イ)のとおり、この点に関する服務監督義務は「課長」にあり、原告にはない。

(イ) 本件当時のa課の状況が上司に対して相談や訴えができない職場環境であったとの被告の主張は極めて抽象的である。

また、被告が根拠としている原告の部下による「あんな上司に相談しても無駄である」との発言についても、そのような発言があったかどうかさえ曖昧である。仮に、前記発言があったとしても、その趣旨は、上司に相談しても頼りにならないという趣旨ではなく、a課の内部だけで処理されてしまうことを危惧したものであり、被告の主張を裏付けるものではない。

(2)  被告の主張

ア 管理監督懈怠の基準

(ア) 職員の服務の基本

地方公務員法30条は、「全て職員は、全体の奉仕者として公共の利益のために勤務し、且つ、職務の遂行に当たっては、全力を挙げてこれに専念しなければならない。」と定め、同法35条は、「職員は、・・その勤務時間及び職務上の注意力の全てをその職務遂行のために用い、当該地方公共団体がなすべき責を有する職務にのみ従事しなければならない。」と定める。この規定は、憲法15条が定める国民固有の権利に対応する公務員の責務を具体化したもので、服務の根本基準とされているものであり、それ故に職員は条例に定めるところにより、服務の宣誓をしている。地方公務員の懲戒処分における職責懈怠の判断は、この根本基準に照らしてなされるものである。この服務の根本基準に照らせば、原告の主張は失当である。

(イ) 職務懈怠判断の基準となる法令規則

地方公務員法32条は、「職員は、その職務を遂行するにあたって、法令、条例、地方公共団体の規則及び地方公共団体の機関の定める規程に従い、且つ、上司の命令に忠実に従わなければならない。」としている。そして、地方公共団体は、職員が遵守すべき規範を詳細に定めている。五泉市が定めている本件に関連する規程、規則、要綱は、①五泉市職員服務規程、②五泉市職員の勤務時間、休暇等に関する規則、③五泉市公用車運転取扱要綱、④五泉市私有車公務使用要綱、⑤五泉市職員の旅費に関する規則である。これらの規程は、職員の服務離脱や職務怠慢、信用失墜行為等が発生することのないように、上司の管理監督に欠けるところがないようにするために制定されているものであり、また、少なくともこの規程、規則などを遵守すれば職員の職務専念義務違反を防止できることを期しているものである。上司たる者は、職員にこの規程、規則などを遵守させることはもとより、これらを基準として職員を指導監督し、さらに万全を尽くして部下の職務遂行に誤りなきを期すべき職責を負っているものであると解され、この規程等が遵守されていないときには、上司は、部下の職務離脱や勤務時間内の職務専念義務違反行為が発生することについて予見するか、その予見可能性があるというべきであるから、上司に過失があったと判断される法的根拠となる。

イ 原告の職務懈怠とその責任

(ア) 外出行為等に対する服務監督権行使の懈怠

a 出張時の服務規程違反の看過

本件加害者と被害者は、平成17年10月20日、長岡市において行われた地価動向講演会に出席する用務で同市に出張した。その際、加害者は、講演会が始まるとすぐに被害者に「会場から出るように」とのメモを渡して、会場を出て被害者を長岡市の○○に連れて行き、温泉に入って午後7時前に五泉市に帰着した。加害者の公務離脱とその後の行動は、服務の根本基準(地方公務員法30条)、職務専念義務(同法35条)に違反し、日程変更を要するときは、電話、電報などにより上司の指示を受けなければならないという規定(五泉市職員服務規程24条2項)を無視した行為である。出張した職員は所定の復命書を提出しなければならないとされているが(同規程24条3項)、原告を含む上司による加害者の服務監督懈怠により出張した職員の復命が形骸化していたものである。

b 外出時の服務規程違反行為の看過

五泉市職員服務規程20条は、職員は、勤務時間中に外出しようとするときは、用務及び所要時間を申し出て、上司の承認を得なければならないと定めている。しかし、本件においては、家屋調査のために外出する際、通常の調査であれば課長、課長補佐に報告せず、車両使用簿については帰庁後に記載しているという状況であった。本件において、家屋調査のための外出が服務規程に違反して行われていたにもかかわらず、その監督是正義務の懈怠によって、規程違反の外出が常態化していた。

c 外出時の私有車使用の承認の形式化・形骸化

五泉市私有車公務使用要綱2条は、外出時に私有車を使用するときは出張命令権者の承認を得なければならないと定めている。さらに、五泉市職員の旅費に関する規則4条は、市内の出張の場合は、所定の様式の出張命令(依頼)簿を備えて、これによって出張命令権者が発令するものとされている(ただし、市内で公用車を利用する場合にあっては運転日誌による。)。しかし、a課においては、上記の市内出張命令簿を備えていなかった。私有車を使用した外出は出張命令権者の発令の記録もない管理監督状況となっていた。市内外出の場合の私有車使用の状況によれば、外出時の私有車使用の管理監督に懈怠があったことは明らかである。

(イ) 有給休暇取得手続違反に対する服務監督権行使の懈怠

五泉市職員服務規程12条は、職員は、勤務時間規則16条の規程により、年次有給休暇を請求するときには、その前日の正午までに、休暇簿(様式第7号)に日時を記載して、承認権者に請求するものとしている。また、五泉市職員の勤務時間、休暇等に関する規則16条は、年次有給休暇を得ようとする職員は、あらかじめ休暇簿に記入して任命権者に請求しなければならない(ただし、やむを得ない事由によりこれによることができない場合には、その事由を明らかにし、遅滞なく請求しなければならない。)としている。

被害者は、第2、1、(4)、ウのとおり、年次有給休暇を取得したものであるが、そのうち何回かは、前記服務規程12条に定める手続によらず、当日の朝電話連絡をする方法でなされていたものとみられる。原告を含む上司は、このように服務規程違反の年休取得がなされた場合にこれを遵守するよう管理監督することが職責である。原告を含む上司はこれを怠ったものである。規程を遵守した年休取得がなされるように管理監督していれば、加害者の服務規律違反、ひいては同人の家屋調査外出時の本件被害者に対する行動が判明した可能性もある。

(ウ) 加害者による職場内言動に対する服務監督権行使の懈怠

五泉市職員服務規程4条は、職員は、常に品位を保持し、職務を行う場合の対応については、親切かつ丁寧でなければならないとされている。原告を含む上司は、加害者が被害者のみならず、他の職場の職員に対して、不穏当かつ暴言ともいうべき言動を職場内で用いていたにもかかわらず、加害者の執務態度についてこれを改めさせることなく漫然放置してきたもので、その服務監督権限の行使を怠っていた。また、業務の配分についても,加害者が、被害者に対して偏頗な配分を行っていたのに、原告を含む上司は、これを看過していたものであり、服務監督権の行使を怠っていた。

(エ) 本件職場の職場環境改善の懈怠

上記(ア)ないし(ウ)の結果、本件当時のa課は、上司に対し相談や訴えができない職場環境であった。当時のa課の職場は課長と部下職員との間の信頼関係が不十分であったこともその要因であったとしても、原告も指揮監督権を有する課長補佐(室長)である以上、そうした職場環境の改善を怠っていたといわざるを得ない。原告を含む上司の職場管理監督懈怠が本件事件発生の温床を形成していたものである。

ウ 原告の主張に対する反論

(ア) 原告は、管理監督をなすべき地位にはないと主張する。しかし、このことは、原告が自ら職務上の上司としての服務監督権行使に対して無理解と認識不足であったことを明らかにしている。すなわち、原告にはa課長を補佐し、補佐者として所属する部下等を指導し、その規律と公務遂行を維持する責任があるからである。五泉市という地方公共団体における規律とそのa課における公務遂行の秩序維持という観点からすれば、本件事件の発生はあってはならず、事件発生に対する原告の責任が本件処分に相当するものであることは明らかである。

(イ) 原告の服務監督義務違反すなわち職務怠慢行為がなければ、職場環境は改善し、本件事件の発生を防止できた蓋然性は高いものと推定されるのであり、本件処分に必要とされる因果関係はそれで足りる。したがって、当該事件の具体的予見可能性、回避可能性を前提としてその懈怠を本件処分の理由とするものではない。

5  争点(1)ウに関する当事者の主張(懲戒権の逸脱・濫用)

(1)  原告の主張

ア 懲戒権の行使について、懲戒権者の裁量が認められることは事実であるが、裁量権の行使については、「基礎とされた重要な事実に誤認があること等により重要な事実の基礎を欠くこととなる場合、又は、事実に対する評価が明らかに合理性を欠くこと、判断の過程において考慮すべき事情を考慮していないこと等によりその内容が社会通念に照らし著しく妥当性を欠くものと認められる場合」については、裁量権を逸脱・濫用したものとして違法無効とされる。

また、本件処分が、権利の濫用として無効となるか否かについては、非違行為の態様・性質・動機・業務に及ぼした影響・損害の程度のほか、労働者の態度・情状・処分歴・使用者側の対応(非違行為後の対応の適切性を含む)等を考慮して行うのが一般的であり、妥当である。さらに、使用者による懲戒権限行使が濫用となるか否かについての判断をする際には、他の責任者への処分の軽重も考慮される。

イ(ア) 本件処分は、原告の地位(管理監督者に当たるか否か)、原告の職務権限(指揮監督権限の範囲・有無)の認識を誤り、かつ、原告には指揮監督を解怠した事実がないにもかかわらず、これがあるとの前提に立つものであり、基礎となる重要な事実に誤認がある場合に該当する。

(イ) 原告は過去に懲戒処分を受けたことがない。

(ウ) 本件事件発生には、原告以外の者の職務懈怠が大きく影響している、すなわち、ⅰ被告は、労働省の指針や人事院規則、さらに自ら主催したセクハラ研修会における指摘にもかかわらず、セクハラ防止のためのシステム構築を全く行わなかったもので、そのために本件事件が発生したといえるのであるから、システム構築を怠った処分者をはじめとする管理者の責任があり、また、ⅱ被告は、加害者について態度に粗暴な傾向が見られ、その性格・言動は職場内で承知され心配されていたと主張するが、それが事実であれば、そのような問題のある者を係長に任用することが不適切であり、処分者をはじめとする管理者らにも相当の責任があると考えられるが、処分者及びa課長以外の管理者らは本件事件につき何ら責任を問われていないこととの比較からすると、原告への処分は失当である。

(エ) 長野県教育委員会、栃木県、宮古市、滋賀県、神戸市、青森県、平塚市においては、管理職に当たらない者が、一般的な管理監督責任を理由として、懲戒処分されたケースは見あたらない(具体的な職務に関する不正に関して部下が不正を行った場合について、非管理職である直属の上司が懲戒処分を受けたケースがあるが、本件と事案を異にするものである。)。

(オ) 原告は、管理職に当たらず、服務監督権はない上、原告に服務監督義務があったとしても、部下の非違行為との因果関係は全く不明であるから、部下が懲戒処分を受けたことを理由として、原告を処分することは明らかに人事院の定めた懲戒処分の指針(甲3)及び新潟県職員についての懲戒処分の基準(甲12)に違反する。

(カ) (ア)ないし(オ)の事情を考慮すれば、本件処分は、重大な事実の誤認に基づき、社会通念上著しく妥当性を欠いてなされたものであって、懲戒権者に与えられた裁量の範囲を逸脱し、又は、懲戒権の濫用に当たり、違法である。

(2)  被告の主張

ア 本件に関しては、加害者に対する懲戒停職2か月、a課長に対する懲戒減給10分の1(1か月)、原告に対する戒告処分となっている。本件事件は、被害者に対するセクハラ行為の期間、回数、その態様を総合的に考慮すれば、被害者を退職に追い込みかねない重大な職場における非違行為であり、情状としては強い非難に値するものである。したがって、所属する課としての「職場」がこれを真摯に受け止めるためにも、相応の処分が欠かせないことは明らかである。

加えて、関係者らに対する上記の各処分は、被告における過去の処分事例と比較しても何ら相当性を欠くものではなく、原告に対する本件処分も被告の裁量の範囲に属する相当なものである。

イ 原告は服務監督権を有していること、被告は、当該事件の具体的予見可能性、回避可能性を前提としてその解怠を本件処分の理由としているものではないことを考慮すれば、原告は、上記指針等における「管理監督者としての指導に適正を欠いていた職員」に該当する。

ウ 以上によれば、本件処分において、被告に懲戒権の逸脱、濫用はない。

6  争点(1)エに関する当事者の主張(理由附記)

(1)  原告の主張

行政庁による申請拒否処分や不利益処分については、行政手続法8条、14条において、処分の際に申請拒否処分や不利益処分の理由を被処分者に対して示さねばならないとされている。この行政手続法による規定自体は、公務員関係には直接適用されないが(行政手続法3条9号)、理由附記を必要とするという法理は、行政手続法制定以前から判例法理により認められていたもので、地方公務員法49条も同趣旨の規定を置いている。

理由附記の程度については、当該処分がいかなる事実関係に基づき、いかなる法規を適用してなされたのかが、その記載自体から了知できる程度に記載されなければならず、その程度に理由附記がなされていない場合には、処分の取消事由となる。

理由附記違反の瑕疵が存在した場合には、その後の不服申立手続などでその瑕疵が治癒されることはありえない。なぜなら、瑕疵の治癒を認めてしまうと、処分そのものの慎重、合理性を確保する目的に沿わないばかりではなく、処分の相手方としても、審査裁決によってはじめて具体的な処分を知らされたのでは、それ以前の審査手続において、十分な不服理由を主張することができないという不利益を免れないからである。

本件では、本件処分の際、原告に示された処分の理由は、第2、1、(5)、ウ、(イ)、「処分理由」欄記載のとおりである。この記載自体から処分理由を察すると、本件事件が発生したことに関連し、原告が職場・職員の管理監督を怠ったことが本件処分の理由とされているということは読み取れるが、具体的に、原告のどのような不作為が本件処分の理由とされているかが不明確である(少なくとも、被告が主張している服務監督義務違反の根拠事実は読み取れない。)。これでは、どのような事実に基づき本件処分が行われたのかが記載自体からは全くわからず、理由附記の違反があることは明白である。したがって、本件処分は、理由附記違反により取り消されるべきである。

(2)  被告の主張

本件処分説明書には、第2、1、(5)、ウ、(イ)のとおりの処分理由、法令根拠が記載されている。したがって、原告が主張する「処分がいかなる事実関係に基づきいかなる法規を適用してなされたのかが、その記載自体から了知できる程度の記載が必要」との要件は満たしている。

そもそも、理由附記の趣旨は、処分権者の判断の慎重と公正妥当を担保し、その恣意を抑制するとともに、その理由を被処分者に知らせることによって不服申立に便宜を与える趣旨であるからである。したがって、原告が主張する「原告の具体的な不作為の内容」、「本件訴訟で原告が主張している服務監督義務違反の事実」は必要とされていない。また、現に、原告は、その後公平委員会審理において、具体的な行為内容及び監督義務違反事実の有無について十分にその主張を展開しており、本件懲戒処分の理由附記の程度に足らざる点はない。なお、付言すれば、公平委員会の裁決書において、①被害者の年休取得に対する配慮義務の有無、②職員の現地調査の行き先と職務の把握、③原告と加害者との関係、④職場の上司と部下職員との関係、⑤原告の実務と管理責任などの争点についてそれぞれ判断がなされている。

7  争点(1)オに関する当事者の主張(理由差し替え)

(1)  原告の主張

ア 第2、1、(5)、ウ、(イ)、「処分理由」欄記載の処分理由の記載を前提とすると、本件においては処分理由がないことが明白である。なぜなら、前記処分理由の記載を前提とすると、原告の服務監督義務違反は、本件事件発生と関連性を有するからこそ、処分の根拠とされているとしか読み取れず、被告も原告の責任は、原告の管理監督権行使懈怠によって本件事件が発生したことに伴う管理監督責任である旨主張していたが、その後、被告は、当該事件発生の具体的予見可能性、回避可能性を前提としてその懈怠を本件処分の理由とするものではない旨主張するに至り、本件事件発生と原告の服務監督義務違反との因果関係の存在や本件事件発生についての原告の過失の存在の主張立証を放棄しているからである。したがって、原告に服務監督義務やその懈怠があったかの点等を判断するまでもなく、本件処分には理由がないというべきである。

イ 被告は、本件訴訟において、原告の服務監督義務違反を基礎づける6つの事情(「①出張時の服務規程違反行為の看過」、「②外出時の服務規程違反行為の看過」、「③外出時の私有車使用の承認の形骸化」、「④有給休暇取得手続違反に対する監督権行使の懈怠」、「⑤職場内言動に対する服務監督権不行使」、「⑥上司に対して訴えや相談ができない職場環境の改善懈怠」)を挙げるが、これらの服務監督義務違反の事実が本件事件と関係なく本件処分の理由となるという主張をするのであれば、本件処分理由が、本件事件に関して服務監督を怠ったとしか読めない以上、かかる6つの事情を追加することは処分理由の追加、差し替えに該当し許されない。また、上記①ないし⑤の事情は処分説明書に挙げられていない事項であり、これらの事情を主張することは、処分理由の追加、差し替えに該当し許されない。

(2)  被告の主張

ア 本件処分は、原告の過失によって本件事件が発生したことを理由とするものではない。すなわち、具体的予見可能性、結果回避可能性を前提としてその懈怠を本件処分の理由とするものではない。

しかし、原告の服務監督義務違反、すなわち、職務怠慢行為がなければ、職場環境は改善し、本件事件発生を防止できた蓋然性は高いものと推定されるのであり、本件処分に必要とされる因果関係はそれで足りるものである。被告は、この点を主張、立証しているのであるから、被告が過失の主張、立証を放棄したとの原告の指摘は失当である。

イ 被告が本件訴訟で主張している服務監督義務違反の基礎事実は、第2、1、(5)、ウ、(イ)、「処分理由」欄記載の事実を基礎づける事実である。その時間的場所的接着性はもちろんのこと、事件関係人との関連性、行為態様等の諸事実に照らして、処分理由記載の事実を根拠づけていることは明らかである。したがって、被告主張の服務監督義務違反事実は原告が主張する理由の追加・差し替えに当たらない上、仮に処分説明書の理由に記載されていないとしても、違法とされるものではない。

8  争点(2)に関する当事者の主張

(1)  原告の主張

ア 責任

本件処分は、前記のとおり、違法な公権力の行使としてなされたものであるから、被告は、原告に対し、国家賠償法1条1項に基づき、原告に生じた損害について賠償する責を負う。

イ 損害

(ア) 慰謝料

原告は、30年以上の長きにわたって真面目に五泉市職員としてその職務を全うし、平成18年3月末日には勧奨による退職を予定していたものである。しかるに、退職を間近に控えた時期に、本件処分を受けたことにより、長年の市職員としての功労と名誉を傷つけられ、多大な精神的苦痛を被った。原告の精神的苦痛を慰藉するための慰謝料としては、100万円が相当である。

(イ) 弁護士費用

違法な本件処分と相当因果関係のある弁護士費用としては、慰謝料額の1割に相当する10万円が相当である。

(2)  被告の主張

原告の職務期間を除き争う。

第3当裁判所の判断

1  争点(1)ア(原告が管理監督責任を負う主体か)について

(1)  前記第2、1認定の事実並びに証拠(甲4、乙4の2、5、8、原告本人)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。

ア 五泉市組織規則(甲4)は、12条で、課長の職務が「所属職員の指揮監督」であり、課長補佐の職務が「課長等の補佐」と定めている。

イ 地方公務員法32条は、「職員は、その職務を遂行するに当たって」、「上司の職務上の命令に忠実に従わなければならない」と定めているところ、上記上司は、職務上の上司と身分上の上司に分かれ、職務上の上司は、身分が上に位置する者ではなく、部下の職員との関係で職務命令を発しうる者を指す。

ウ(ア) 本件事件当時の五泉市職員服務規程(乙4の2)は、23条で、「出張」について、①職員は公務のため出張を命じられたときは、出張命令簿に確認印を押さなければならない、②出張を命じられた職員が、病気その他の理由により出張ができなくなったとき、又は出張中職務上の理由により日程の変更を要することとなったときは、電話、電報等の方法により上司の指示を受けなければならない、③出張から帰庁したときは、その翌日から3日以内に復命書を提出しなければならない等と規定している。

そして、五泉市事務処理規則(乙5)別表1の2(12)は、課長及び課等所属職員に対する出張命令及びその復命の受理について専決権限を持つ決裁権者として課長(又は支所長)が指定されている。なお、同規則12条は、課長が不在のときは、参事又は課長補佐がその事務を代決(決裁権者が不在のとき、当該決裁権者に代わって決裁すること)すると定めているが(同条1項)、他方で、課長、参事、課長補佐がともに不在のときは所管の係長がその事務を代決する旨定め(同条2項)、また、代決した事項については、定例又は軽易な事項を除き、速やかに決裁権者の後閲を受けなければならないと規定している(14条)。

(イ) 本件事件当時の五泉市職員服務規程(乙4の2)は、19条で、「勤務時間中の外出等」について、①職員は、勤務時間中に外出しようとするときは、用務及び所要時間を申し出て、上司の承認を受けなければならない、②職員は勤務時間中に離席しようとするときは、自己の所在を明らかにしなければならない等と規定している。そして、上記の上司は、前記(ア)並びに後記(ウ)、(エ)に照らし、課長を指すと解される。

(ウ) 五泉市職員が私有車(二輪を除く)を公務のために使用する場合の取扱に関して必要な事項を定めた五泉市私有車公務使用要綱(乙8)は、2条で、職員は、公用車が使用できない等一定の場合に該当する時は、出張命令権者の承認を得て私有車を使用できるものとする旨規定している。そして、出張命令権者は課長が指定されていることは、上記(ア)のとおりである。

(エ) 本件事件当時の五泉市職員服務規程(乙4の2)は、11条で、「年次有給休暇」について、職員は、年次有給休暇を請求するときは、その前日の正午までに、休暇簿に日時を記載して、承認権者に請求するものとすると規定している。

そして、五泉市事務処理規則(乙5)別表1の2(11)は、課等所属職員に対する年次有給について専決権限を持つ決裁権者として課長が指定されている。なお、上記規則の代決の定めについては、上記(ア)のとおりである。

(オ) 原告は、平成18年1月1日の新市移行後は、被告のa課において、e係及びc係を所管する課長補佐兼b室長の職にあった。五泉市組織規則は、12条で、室長の職務が、「室の事務の統括及び所属職員の指揮監督」と定めている。原告において、課長補佐の職務と室長の職務を分けて仕事をしていたものではなく、一体として遂行されていた。

(カ) 課長補佐の職掌は上記のとおり課長の補佐であり、その内容には、課内で義務違反行為に及ぶ部下がいた場合、同人を指導・注意すること、そしてそれでも効果がない場合には課長に対して命令上申を行うことも含まれる。

(2)  以上によれば、原告は、課長補佐として課長の権限を介して部下の指導監督が予定されていたのであり、かつ、指導、注意及び上申により課長の権限を介して部下の指導監督を行うことが可能であったのであるから、課長の専決事項以外の一般的な事項については管理監督責任を負う主体となるというべきであり、他方、課長補佐として部下の指導監督が予定され、かつ部下の指導監督を行うことが可能であったのは上記の限度にとどまるから、課長の専決事項(出張時の命令と復命、勤務時間内外出時の承認、私有車使用の承認、年次有給休暇の承認)については管理監督責任を負う主体とならないというべきである。

この点について、原告は、上記第2、3、(1)、アのとおり、原告が労働基準法41条並びに地方公務員法52条3項に定める管理監督者でないことから、管理監督責任の主体となり得ない旨主張する。しかしながら、①労働基準法41条2号は、事業経営の管理者的立場にある者又はこれと一体をなすものであるから、労働時間等に関する枠を超えて活動しなければならない企業経営上の要請に対応する規定に過ぎず、また、地方公務員法52条は、地方公共団体の労使関係に基づく区別のための規定に過ぎないのであるから(管理職員と一般職員とは労使関係における立場が異質であり、両者が混在する団体は職員の利益を適正に代表するための健全な基礎を欠く。)、懲戒処分として管理監督責任を問う場合の管理監督者と、労働基準法上の管理監督職員及び地方公務員法上の管理的地位、監督的地位にある職員とは一致させて解釈する必要性は乏しく、②前記のとおり、原告は課長の権限を介して部下の指導をする権限がある以上、管理監督責任の主体となることは何ら不合理なことではない。したがって、原告の上記主張は採用できない。

他方、被告は、上記第2、3、(2)、ア、(イ)、①のとおり、代決権があることから、原告は課長の専決事項についても管理監督権がある旨主張する。しかしながら、上記認定の規定の仕方からみて、この規定は決裁権者が不在の時にいかなる決裁もすることができないのでは支障があるということから定められたものであり、課長補佐が「副次的、潜在的」に管理監督権を有するものと解することはできず、規定上課長補佐が課長を補佐するものということはできないこと、証拠(甲19、乙39、40の1及び2、45の1ないし45の5、46、証人B、原告本人)によれば、実際の運用上もかかる事柄について課長補佐が代決することはほとんどなく、本件事件に至る以前において、課長が不在で原告が代決したことはないと認められること等に照らすと、被告の上記主張は採用できない。

2  争点(1)イ(原告に管理監督義務の懈怠があったか否か)について

(1)  被告は、前記第2、4、(2)、イのとおり、原告の管理監督義務の懈怠として、外出行為等に対する服務監督権行使の懈怠(①出張時の服務規程違反の看過、②外出時の服務規程違反の看過、③外出時の私有車の使用承認の形式化、形骸化)、④有給休暇取得手続違反に対する服務監督権行使の懈怠、⑤加害者による職場内言動に対する服務監督権行使の懈怠、⑥本件職場環境改善の懈怠を主張する。

(2)  上記のうち、①ないし④は、それぞれ出張の命令及び復命、勤務時間中の外出等、私有車の使用及び年次有給休暇の承認について、原告が管理監督責任を負う主体であることを前提とするところ、そのようにいえないことは上記1説示のとおりである。

(3)  すすんで、上記⑤について検討する。

ア 被告は、前記第2、4、(2)、イ、(ウ)のとおり、a加害者が被害者のみならず、他の職場の職員に対して、不穏当かつ暴言ともいうべき言動を職場内で用いていたにもかかわらず、加害者の勤務態度についてこれを改めさせることなく漫然放置した、b加害者が被害者に対して偏頗な業務の配分をしていたのにこれを看過した旨主張する。

イ 証拠(甲10、乙9、16、18)によれば以下の事実が認められる。

(ア) 加害者の暴力的な言動

① 原告が、生涯学習課に在籍していた際、加害者が暴力的な言葉を使うことにつき、注意をしたわけではないが、話をしたところ、翌日、加害者が原告に対し「何をやってるんだ」と食ってかかってきた。

② 原告は、加害者がポケットに手を突っ込んでしゃべること等に苦慮していた。

③ 原告が、a課係長以上を集めて、課内のお茶汲み等について男性、女性も一緒になり当番を作り担当することも必要ではないかと述べたところ、加害者は、「そんな事はばからしくてやってられっか」と言って席を立って会議の席から出て行った。

④ 加害者は、自分の仕事の中で上司が関わったりするのを嫌っていた。

⑤ a課長C(以下「C課長」という。)は、加害者の目上の人に対する言葉遣いや態度が気になっていた。

⑥ C課長が、加害者に対し、声を荒げて注意したところ、同人は、上司に向かっての言葉ではなく、開き直ったような態度で、C課長に接してきた。

(イ) 平成18年1月31日の加害者の言動

加害者は、被害者及びD主査がいた職場において、上下水道局E技師より業務に必要なので閲覧させてもらいたいとの申し出があった際に被害者が対応していたところ、同人に対し「a課の職員の仕事ではない」と怒鳴るように言い、E技師に対し「a課の職員に仕事を手伝ってほしければ、文書をもってこい」と怒鳴るように言った。

ウ しかしながら、前記認定の事実及び証拠(甲10、11、19、乙9、原告本人)によれば、加害者は本件事件当時のa課(合計25名)の中で、課長1名、課長補佐2名、係長3名、係員19名中の係長であり、これまでに懲戒処分を受けたことはないこと、当時のC課長は、加害者について、目上の人に対する言葉遣いや態度が気になっていたが、セクハラをするような人かどうかというような事は当時は考えもしなかった旨、問題を起こすというより何不自由なく育てられた子だという感じで見ていた旨述べていること、平成18年1月31日の事柄は原告が不在の間に行われたこと等が認められ、以上の事実に照らすと、上記イの事実をもって、加害者に対して何らかの管理監督権を行使するべきであったとまではいうことができない。

エ また、bについては、証拠が全くない。

(4)  さらに、上記⑥について検討する。

被告は、前記第2、4、(2)、イ、(エ)のとおり、上記①ないし⑤の結果、本件当時のa課は、上司に対して相談や訴えができない職場環境であった旨主張する。

しかしながら、上記①ないし⑤が、いずれも原告の管理監督義務の懈怠といえないことは、これまで認定・説示したとおりであるから、少なくとも原告に対する関係で上記⑥の主張は理由がないというべきである(なお、被告は、本件職場の環境が上司に対し相談や訴えができないものであったことの根拠として、被害者から本件事件を聞いて総務課のF補佐に連絡をしたc係の主査Gがその際、「あんな上司に相談しても無駄である」旨発言したことを挙げる。しかし、証拠[甲11]によれば、上記Gは、「a課の上司に相談してもと思い」とは言ったが、上記発言をしたか否か判然としないこと、当時どういう気持ちで言ったか今は分からないがa課の中だけで処理されてしまうということを心配して総務課に相談すべきと判断した旨述べていることに照らすと、上記被告の主張は採用できない。また、証拠[甲11]によれば、本件事件当時a課e係の係長であったHは、本件職場は課としてバラバラで、誰かがリーダーシップをとるという雰囲気はなく、コミュニケーション不足で上司に相談しにくかった職場であった旨述べていることが認められるが、上記供述は具体性を欠くものであること、証拠[甲10]によれば、当時a課長であったCは、相談ができない職場環境ということについては特に思い当たることはないと述べていると認められること等に照らすと、上記Hの供述はにわかに措信できない。そうすると、上司に対し相談や訴えができない職場環境であったことについても証明はされておらず認められないというべきである。)。

(5)  以上によれば、原告に管理監督義務の懈怠を認めることはできない。

そうすると、その余の点について判断するまでもなく、本件処分は違法であって取消しを免れない。

3  争点(2)について

本件処分は違法であり、被告の公権力の行使に当たる公務員である処分者が、少なくとも過失に基づき違法に原告に損害を与えたものであるから、被告は、国家賠償法1条1項に基づき、原告に生じた損害について賠償する責を負うというべきである。

そして、前記認定の事実及び証拠(甲19、20、原告本人)によれば、原告は約30年以上五泉市職員として勤務していたこと、これまで懲戒処分を受けたことはなかったところ、退職を間近に控えた時期に本件処分を受け、名誉を傷つけられて精神的な苦痛を受けたことが認められ、これを慰藉するための慰謝料は10万円と認めるのが相当である。そして、原告が本件訴訟代理人らを選任して本件訴訟を遂行してきたことは当裁判所に顕著であるところ、被告に請求し得べき弁護士費用は1万円と認めるのが相当である。

第4結論

以上によれば、原告の請求は、主文の限度で理由がある。

よって、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 草野真人 裁判官 谷田好史 藤田壮)

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