大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

新潟地方裁判所 平成4年(ワ)91号 判決 1994年2月03日

新潟県新潟市<以下省略>

原告

右訴訟代理人弁護士

味岡申宰

東京都中央区<以下省略>

被告

フジフューチャーズ株式会社

右代表者代表取締役

右訴訟代理人弁護士

肥沼太郎

三崎恒夫

主文

一  被告は原告に対し、金一一〇〇万円およびこれに対する平成四年三月三日から支払すみに至るまで年五%の割合による金員の支払をせよ。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用を二分し、その一ずつを各自の負担とする。

四  この判決の第一項は、仮に執行できる。

事実及び理由

第一原告の請求

被告は原告に対し、金二一〇九万八六〇一円およびこれに対する訴状送達の翌日から支払すみに至るまで年五%の割合による金員の支払をせよ。

第二事案の概要

本件は、商品市場における先物取引の受託等を業とする被告の従業員(B)の勧誘に従って先物取引をなし多額の損失を生じた原告が、自己の損失は訴外Bの不法行為に起因するものであるとして、被告に対し損害(なお、後記損害の一〇%を弁護士費用として加算)の賠償を求める事案である。

本件の争点は、Bがなした勧誘あるいは受託に違法性が存するか否か、である。

第三原告の主張

一  原告は平成二年五月ころ訴外Bから「株券を預けて貰えれば、投資して旨く儲けてあげる」と勧誘され、いかなる投資を行うのか説明を受けないまま、同月二八日にトーヨーサツシ株券一〇〇〇株を、同年八月二八日にセガエンタープライズ株券一〇〇〇株を預託した(これらを委託証拠金として、Bは、原告の指示を受けないままに金―銀のストラドル取引(異種の貴金属間における値段の差の変動に着目して行う先物取引)を行った(なお、最初のストラドル取引は同年五月二五日であるが、この時点においては右トーヨーサツシ株は貴金属の通常先物取引の委託証拠金とされていたのであり、これがストラドル取引の委託証拠金に振り替えられたのは同月二八日であるから、最初のストラドル取引は委託証拠金の預託がないまま行われた、いわゆる「無敷」である。また、被告主張の別紙「売買一覧表一」の平成二年八月三〇日のストラドル取引(金五一枚―白金一〇二枚)は、委託証拠金ぎりぎりの建玉(「玉」は、商品取引所における売買契約。「建玉」は、成立した玉のうち未決済のもの)であって、不当なものである。)。

その後同年九月一〇日ころ、訴外Bから追加証拠金(いわゆる「追証」)を要求された際、原告は訴外Bから初めて先物取引あるいはそれに必要な委託証拠金について説明を受けたが、「追証が入れないと今までの取引が駄目になる」、あるいは「確実に利益を挙げることができる」などと言われ、止むなく多額の株券あるいは現金を訴外Bに預託したが、被告がなした先物取引の結果、最終的には金一九一八万〇五四七円の損失を生じた。

そもそもストラドル取引は、異種の貴金属の価格変動およびその価格差に着目せねばならない複雑な取引である上、委託証拠金の額も高く、危険な取引である。

また、両建(同一商品・同一限月の売玉と買玉を同時期に建てておくこと。なお「限月」とは、受渡し期日)は、これによって局面の好転を図ることは至難であるから、未熟な委託者に対して勧めるべきではなく、損失が軽微な段階において仕切る(手仕舞う)ように説得指導すべきであるとされているところ、別紙「売買一覧表二」記載の通常先物取引においては頻繁に両建が行われている。付言するに、ストラドル取引の実質は、いわば異種の商品の常時両建てに他ならないのみならず、別紙「売買一覧表一」記載の平成二年九月二六日および一二月三日のストラドル取引は、既に大きな差損を発生している前記平成二年八月三〇日にされた建玉(いわゆる「因果玉」)を放置したまま繰り返されたものであって、極めて不当である。

二  原告は、株式取引の経験こそ有するものの、危険性が高い先物取引については全く無知であった上、既に昭和六二年に零細な溶接業を廃業して無職の身であり、被告に預託した株式は老後の生活に必須のものであった。

このよう原告の状況を考えると、前記の訴外Bの行為が、先物取引の委託契約の締結前に当然に要求される説明義務(危険開示告知の義務。商品取引法九四条の二)に違反するのみならず、商品取引法九四条一項(断定的判断の提供)、二項(利益の保証)、三項・商品取引所法施行規則三三条(無指示の受託)、商品取引法九四条四項・商品取引所法施行規則三四条三号(無断取引)に違反する、違法なものであることは明らかである。

三  よって被告は、訴外Bの使用者として民法七一五条所定の責任を負うとともに、先物取引委託契約に基づく善管注意義務違反の債務不履行責任をも負担する。

第四被告の主張

一  訴外Bは平成二年四月以降、再三にわたり原告方に赴いて貴金属の先物取引につき詳細に説明し取引委託の勧誘を行ったが、その際「商品先物取引 委託のガイド」と題する全国商品取引所連合会発行の書面を交付した。原告はこれを了解し、同年五年月二一日、東京工業品取引所等の定める受託契約準則の規定に従って取引を行うことを承諾する旨の記載のある取引委託の約諾書に署名捺印し、被告に対して先物取引の委託をした。

二  右委託に基づいて被告は、平成二年五月から翌三年二月までに、別紙「売買一覧表一」記載のとおり金―銀のストラドル取引を行い、同表「売買の清算状況」欄記載のとおり順次に清算をした(この取引に伴う委託証拠金の受払い状況は、別紙「委託証拠金受払一覧表一」記載のとおりである。)

また被告は、原告の前記委託に基づいて、平成二年一一月から翌三年二月まで、別紙「売買一覧表二」記載のとおり貴金属の通常先物取引を行い、同表「売買の清算状況」欄記載のとおり順次に清算をした、この取引に伴う委託証拠金の受払い状況は、別紙「委託証拠金受払一覧表二」記載のとおりである。

三  これらの取引の結果、平成二年二月一四日における帳尻(決済によって生じた差損益金に委託手数料や税を加減した、差引損益金)は、ストラドル取引につき金二〇八〇万八〇五三円、通常先物取引について金五四八万一〇二八円(計二六二八万九〇八一円)の差損(被告が原告のために立て替えているものであって、原告か被告に支払うべきもの)となった。これに対し原告は同日、委託証拠金充用有価証券として被告に預託中の株券を換金するように指示し(ただし、加賀電子二〇〇〇株、日本航空一〇〇〇株、KDD二〇〇株およびメイテツク二〇〇〇株を除く。)、かつ、同月二〇日に金一三四〇万九一八四円を差し入れた結果、その時点において被告が預託を受けた委託証拠金は金二七〇八万〇二六七円となったので、被告は前記差損金を超える金七九万一一八六円および加賀電子ほか三名柄の株券を原告に返還して、原告からの委託の決済を終了したものである

四  以上のとおり、被告がなした先物取引はすべて原告自らの判断と責任において行われたのであり、したがって生じた損害も当然に原告に帰属すべきものである。

第五争点の判断

原告本人の供述によれば、原告は自営していた溶接業を昭和六三年に廃業し、平成二年当時は六一才で無職であり、商品市場における先物取引は全く無経験であったこと、原告は平成二年三月末日、被告新潟支店が開催した「経済講演会」なるものに出席し、翌四月末ころ訴外Bの訪問を受けたこと、Bはその後もしばしば原告を訪問し、「株券を預けて貰えれば、投資して旨く儲けてあげる」と勧誘したこと、これに応じて原告は、いかなる投資を行われるのか十分に心得ないままに、同月二八日にトーヨーサツシ株券を、同年八月二八日にセガエンタープライズ株券を訴外Bに預託したこと、以上の経過が認められる。これに反する証人Bの供述部分は措信しない。

そうすると、別紙「売買一覧表一」の1Aないし2B-2の先物取引は、契約内容の十分な説明(危険開示告知。商品取引法九四条の二参照)を欠き、原告の十分な指示(商品取引法九四条三項・商品取引所法施行規則三二条参照)を受けないまま受託され、かつ、原告の十分な指示(商品取引法九四条四項・商品取引所法施行規則三三条を参照)を受けることなしに行われた疑いが濃厚である。そして乙第五号証(委託者別先物取引勘定元帳)によれば、右1Aないし2B-2の先物取引の決済結果は金一九七一万円余の差損であったことが認められる。

しかるに、原告本人の供述によれば、原告は平成二年九月上旬ころ、いわゆる追証を要求されたので、訴外Bに説明を求めた結果、初めて先物取引の概要を知るに至り、そのリスクの大きさを認識したことが認められる。そしてこの時期以降は原告も訴外Bに対し頻繁に連絡を取るようになったことは原告本人の供述から明らかであるので、別紙「売買一覧表一」の3A以降の先物取引は、まがりなりにも原告の指示に基づいて受託され行われたものと推認するのが相当である。なお、右3A以降の先物取引については、通常取引も含めて、商品取引法九四条一項(断定的判断の提供)あるいは二項(利益の保証)の規定に違反するような行為があったと認定するに足りる証はない。

以上のとおりであるから、別紙「売買一覧表一」の1Aないし2B-2の先物取引については、訴外Bに法律規則に反する違法な行為が存したと認められ、 かつ、これらの取引の決済により原告は金一九七一万円を上回る損失を生じたことが認められるから、両者の間に相当因果関係を肯認しうる限り原告の被告に対する損害賠償請求は認容されるべきである。

そこで考えるに、被告が主張するように全国商品取引所連合会編「商品先物取引委託のガイド」と題する書面(乙第二号証)が然るべき時期に原告に対し交付されたことは証拠上詳らかにならないものの、被告宛ての承諾書(乙第三号証)および通知書(乙第四号証、第二三号証)に原告が署名捺印した事実は原告もその本人尋問において自認するところであり、これらの書面には、「商品取引所の商品市場における売買取引の委託」、「先物取引の危険」、あるいは「売買取引の委託」、「特定取引を委託」という文言が明記されているのであるから、原告が、価格が計一〇〇〇万円を越える株式を預託しながら、平成二年九月上旬ころまでは被告に委託した取引の内容を全く知らず、したがってそのリスクの大きさを全く認識しなかったとするならば余りにも軽率にすぎるといわねばならず、その結果を挙げて被告に帰することは衡平を失すると思われる。よって当裁判所は、原告に生じた前記損失は金一〇〇〇万円の範囲においてのみ、訴外Bの違法な行為との間に相当因果関係を有するものと判断する(なお、弁護士費用として金一〇〇万円を認容)。

以上の理由により、原告の本件請求は主文第一項掲記の限度において正当である。

(裁判官 春日民雄)

<以下省略>

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例