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新潟地方裁判所 昭和24年(行)42号 判決 1949年8月31日

原告

重野嘉内

被告

新潟県知事

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

請求の趣旨

被告が新潟縣刈羽郡北條村大字東條字浦山三千七百四十八番畑十歩につきなした昭和二十四年三月五日付買收令書の交付による買收処分はこれを取消す、訴訟費用は被告の負担とする。

事実

原告は、請求原因として、

右土地は原告の所有であつて訴外持田米吉に賃貸していたのであるが、北條村農地委員会は右持田米吉の申請に基きこれを宅地として自作農創設特別措置法第十五條の規定により買收計画を定め被告はこれに基いて昭和二十四年三月七日原告に対しそし旨の同年同月五日付買収令書を交付した、併しながら右土地は(一)公簿上畑となつているばかりでなく訴外持田米吉はこれを畑として使用しているのであつて宅地ではないのであるからこれを宅地として定めた本件買收計画は違法である。

仮りに右土地が宅地であるとしても、(二)自作農創設特別措置法第十五條の規定に依る土地建物等の買收申請は同法第三條の規定により買收する農地若しくは同法第十六條第一項の命令で定める農地に就き自作農となるべき者が其の農地の売渡を受ける以前又は遅くともこれと同時に為すべきであつて訴外持田米吉が同法第三條の規定により買收せられた農地の売渡を受けたのは昭和二十二年十二月二日であるに拘らず同人が右土地の買收申請をなしたのはそれより一年以上を経過した昭和二十四年二月十日であるから右買收申請は適法になされたものではないのであつて右申請により定めた本件買收計画は違法である、(三)訴外持田米吉は家族五人で田三反余畑若干を耕作するにすぎず農業による收穫によつては自家用飯米を充すにも足りないのであつてその大部分の生活費は農業以外の労働によつてこれを得て居るのである、しかも右土地は公道より十数米の急勾配の坂の上に在つて持田米吉の耕作地とは半里乃至一里も遠く離れて居るので農業の為使用するには不適当な土地である、又右土地は隣接の宅地と共に昭和二十五年一月三十日賃貸借の期間満了により原告に返還されるべきものであつて其の後は原告が医院建築の為使用しなければならない必要な土地であるのみならずその地下には約四千噸の亞炭が埋蔵されてゐるので近くこれを採掘する計画が立てられてゐるのである、この様な土地に付て持田米吉が買收の申請をなすことは相当でないのであるから北條村農地委員会が右申請を相当と認めて定めた本件買收計画は違法である、さすれば右買收計画を基礎としてなした被告の本件買收処分も違法であるからその取消を求める為本訴に及んだ次第である、と謂ふのであつて、被告主張事実中北條村農地委員会が昭和二十四年二月十三日本件買收計画の公告をなし翌十四日より十日間縱覧に供したこと、これに対し原告に於いて異議の申立並訴願をしなかつたこと、新潟県農地委員会が同年三月二日右買收計画の承認をなしたことは何れもこれを認める、原告は右買收計画の公告がなされたこと及縱覧に供せられたことを知らなかつたのである、と述べた。(立証省略)

被告指定代理人は主文と同趣旨の判決を求め、答弁として、原告主張事実中、本件土地が原告の所有であつて之を訴外持田米吉に賃貸していたこと、北條村農地委員会が本件土地に就き原告主張の如き買收計画を定め、これに基いて被告が原告主張の日に原告に対し、その主張の如き買收令書を交付したこと、本件土地が公簿上畑となつてゐること、訴外持田米吉が昭和二十二年十二月二日自作農創設特別措置法第三條の規定により買收せられた農地の売渡を受け、昭和二十四年二月十日本件土地の買收申請をなしたこと、右持田米吉の家族が五人で田三反余及畑若干を耕作してゐることは何れもこれを認めるがその余の事実はすべて否認する、北條村農地委員会は訴外持田米吉の前記申請に基いて本件土地の買收計画を定め昭和二十四年二月十三日その旨の公告をなし翌同月十四日より十日間縱覧に供したところ原告より異議申立ならびに訴願がなかつたので新潟県農地委員会に於て同年三月二日その承認をなし次いで右計画に基き被告に於いて前記の如く買收令書を交付したものである。しかして自作農創設特別措置法第十五條に依つて定められた買收計画については異議の申立並訴願による不服申立の方法が認められてゐるに拘らず原告は本件買收計画についてこれをしなかつたのであるから最早右買收計画の違法を理由として本件買收処分の取消を求め得ないものであつて原告の本訴請求はこの点に於て失当である。仮りにそうでないとしても、本件土地は公簿上畑となつてゐるが、これに隣接して訴外持田米吉が原告より借受け住宅を建設してゐる宅地と一体をなして居て同人はその一部を右宅地より村道に通ずる通路としその大部分は薪木等の積場に使用し、わづかにその全面積の五分の一位の範囲を自家用の野菜作りに使用してゐるに過ぎないのであつて全体としては宅地と見るべきであるのみならず右隣地の宅地と共に持田が農業を営むについて必要な土地であるから北條村農地委員会が右持田の買收申請を相当と認めて本件買收計画を定めたのは適法であつて、原告主張のような違法の点は何等存しない、と述べた。(立証省略)

理由

北條村農地委員会が原告所有の本件土地につき原告主張の如き買收計画を定め昭和二十四年二月十三日その旨公告し同月十四日より十日間縱覽に供したところ原告より異議の申立ならびに訴願がなかつたので新潟縣農地委員会に於て同年三月二日右買收計画の承認をなし、これに基いて被告が同年三月七日原告に対し同年同月五日付の本件買收令書を交付したことは当事者間に爭がない。被告は、原告に於て右買收計画に対し異議の申立ならびに訴願をしなかつたのであるから右買收計画の違法を理由として被告のなした本件買收処分の取消を求め得ないのであると主張するので按ずるに、自作農創設特別措置法第十五條の規定に依る宅地の買收は市町村農地委員会に於て買收計画を定める都道府縣知事がこれに基いてその所有者に対し買收令書を交付してなすものであつて前後の行政処分が段階的になされ相結合して買收の效果を生ずるものであるからかかる場合には市町村農地委員会の定めた前の買收計画に対して同法の規定する異議ならびに訴願の方法により不服の申立をなさず從て右買收計画の違法を主張してその買收計画自体の取消を求めることは最早なし得ない状態にあつてもその買收計画の違法を理由として都道府縣知事が買收令書の交付によつて後になして買收処分の取消を訴求しうるものと解するのが相当であつてこの点に関する被告の主張は採用しない、そこで原告の主張の(一)について判断するに本件土地が公簿上畑となつてゐることは当事者間に爭ないのであるが檢証の結果及証人持田米吉の証言を綜合すると本件土地は公簿上の坪数より相当に廣く附近の平地より高い断崖の上に在つて訴外持田米吉が原告より借受け住宅を建設してゐる三千七百四十七番の宅地に隣接しこれと一体をなしてゐるのであつて右持田米吉は本件土地の一部を右住宅よりその北側の村道に通ずる通路として使用し、他の大部分は隣接の右宅地と共に薪、鳰などの置場や稻乾場に使用しており、北側の一部を自家用の野菜作りに使用してゐるがその面積は本件土地のわずかに五分の一位に過ぎないことが認められるのであつてかくの如く住宅のある隣接の宅地と一体をなして住居に必要な通路や薪置場又は農作物の乾燥場などに大部分を使用してゐる場合にはたとへ公簿上畑となつてゐてその一部を自家用野菜作りに使用してゐても現況は全体として自作農創設特別措置法第十五條にいわゆる宅地と認めるべきであるからこの点に関する原告の主張はこれを採することが出來ない。次に原告主張の(二)について考えるに、自作農創設特別措置法第十五條の規定に依る土地建物等の買收申請はその者が同法第三條の規定により買收する農地若しくは第十六條第一項の命令で定める農地の賣渡を受けた後に於てもこれをなし得るものと解すべきであつて右農地の賣渡を受ける以前又は之と同時にしなければならないと解すべき理由は何等存しない、同條に自作農となるべき者とあるのは別に右申請の時期を限定した趣旨ではないのである。(もつとも昭和二十四年六月二十日公布の同法の一部改正法では右農地の賣渡を受けた後一年以内に限定せられるけれどもこれが遡及して本件買收申請に適用せらるべきものでないことは言をまたない)從てこの点に関する原告の主張は結局失当であつて採用の限りでない。次に原告主張の(三)に付て按ずるに成立に爭ない甲第二号証、檢証の結果及証人持田米吉の証言を綜合すると、訴外持田米吉は田三反余畑二反を耕作して農業を営んで居り本件土地は同人が住宅を有する隣接の宅地と共に通路や薪置場、收穫物の乾燥場などに使用してゐるのであつて同人が農業を営む爲必要な土地であることが認められる。原告は訴外持田米吉に於てその生活費の大部分を農業以外の労働によつて得ていること本件土地の賃貸借が隣地の宅地と共に昭和二十五年一月三十日に期間満了しその後は原告に於て医院建築の爲使用しなければならない必要な土地であることなど種々主張するけれどもこれを認めるに足る証拠が存しない、もつとも成立に爭ない甲第四号証によれば本件土地の地下附近に若干の亞炭が埋藏されてゐることが認められるけれどもこれが採掘は到底採算が取れない爲経済的に不可能であることが同号証により窺はれる。從つて北條村農地委員会が訴外持田米吉の右買收申請を相当と認めて本件買收計画を定めたのは正当であるからこの点に関する原告の主張も之を排斥するの外はない、 すれば北條村農地委員会に於て本件土地につき定めた買收計画には原告主張の如き違法はないのであるから右買收計画に基いて被告が買收令書の交付によつてなした本件買收処分は結局適法に爲されたものと云ふべきである、よつてその違法を理由として被告のなした本件土地の買收処分の取消を求める原告の本訴請求は失当と認めこれを棄却すべきものとし訴訟費用の負担について民事訴訟法第八十九條を適用して主文の通り判決する。

(山村 松永 中村)

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